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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
一章 鏖殺人と普通の研修生
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十一話

 ────子どもの頃、ライトは一度だけ転生局職員の姿を見たことがある。

 もう十五年近く前の話だ。

 池内大我の一件の後、ライトは久し振りにその頃の夢を見た。




 当時のライトは、基礎教導院に通う子どもだった。

 一等職員を目指して勉強していたが、それ以外は他の子どもたちと変わらない、何の変哲もない学生である。

 通学の際は友達と駆けっこしながら学校に向かい、帰り道ではする必要もないのに寄り道に励んでいた。


 中でも帰り道に楽しみにしていたのは、通学路沿いに住む人たちがくれるおやつである。

 ライトの実家は農家なのだが、その周辺にも同じような農家が多かった。

 そしてどんな年代の人にも子どもは可愛かったらしく、ライトたちが帰宅していると、農作業中の大人がおやつをくれることがよくあったのだ。


 特に多かったのは、型崩れした果物である。

 スイカのように甘みがあり、しかも山の獣たちのせいで傷物が出やすい作物は、子どもたちにとって狙い目だった。

 だから夏の間は、学校が終わるや否やスイカ農家の家に駆けこむのが子どもたちの日常だった記憶がある。


 こうなると、味を占めるのが子どもという生き物だ。

 ライトたちはやがて学校付近の地図を持ちだしてきて、おやつをくれる農家の家をチェックするようになった。

 大麦の鈴木さんがどうの、ブドウの太田さんがどうのと、農作物を買い取る業者よりも詳しく農家について把握していたと思う。


 そんな地図の中に、「ワクリのおじちゃん」はいた。

 個人名は覚えていない。

 ライトたちが住んでいた場所では、主に作っている農作物を言えばそれで個人が識別出来たから……子どもの頃は、よくあることだった。




 ワクリというのは、リンゴや梨に似た果物である。

 少し柔らかくした酸っぱいリンゴを想像してもらえれば、大体合っている。

 異世界転生者たちの故郷である地球には存在していない、アレル原産の植物との話だった。


 ワクリはそのまま食べてもいいし、ジャムにしてもいい。

 発酵させて果実酒とする家も多かった。

 当の「ワクリのおじちゃん」も、主に果実酒とジャムを作ることで生計を立てていた農家の一人である。


 ライトの記憶が正しければ、彼は地図を作って初期の頃は名前が入っていなかった。

 恐らく、彼の家がライトやその友達の家がある場所とは反対方向────村の中でも外れの方に存在していたからだろう。


 そんな彼が、どうして地図に載るようになったのかは分からない。

 皆で遊んでいる内に偶然見つけたのか、仲間が盗み食いでもしてその存在を知ったのか。


 何にせよ「ワクリのおじちゃん」の存在が知られてから、その家が子どもたちの間で大人気になったことは事実だ。

 ワクリ自体の収穫時期は夏から秋だが、彼はワクリをジャムにして一年中保存していた。

 だから子どもたちが来るたびに、彼はジャムを塗ったパンやクッキーをくれたのである。


 いつでもお菓子をくれるということで、彼はたちまち子どもたちの間で偉人となり、グリス王国建国者の名前は知らないが「ワクリのおじちゃん」の家は知っている、という子どもが続出するに至った。

 勿論ライトも、彼の家に通い詰めていた子どもの一人である。


 ……そんなライトたちが、偶々昼時に彼の家を訪ねたのは、彼の家が地図に載ってから丁度一年後のことだった。


 その日は基礎教導院の先生が出張ということで、授業が午前中に終わった日だった。

 大人になった今からすれば、午後が休みになったところで大したことではないけれど、当時の子どもたちにとって授業が午前中しかないというのは大事件だった。

 あれもしようか、いやこれをしようか、などと友達の間で壮大な行動計画を練り、とりあえず「ワクリのおじちゃん」の家で腹ごしらえをしよう、という結論にたどり着いた。


 その後、彼の家に誰が一番早く辿り着けるか競争しよう、という話になったのだと思う。

 授業が終わるとすぐ、ライトたちは彼の家に向かって走り出した。


 だが当時のライトは、運動だけはからっきしだった。

 今では人並みには出来るつもりだが、子ども時代はひ弱な方だったのだ。

 当然、友達の間で瞬く間に最下位となり、ゼーハー言いながら彼の家に辿り着くことになる。


 しかしそこで、ライトは奇妙な光景を目にした。

 先に辿り着いていた友達が、誰一人として彼の家に入っていないのだ。

 揃いも揃って、外壁の門の前にたむろしている。


 当時、「ワクリのおじちゃん」の家の常連客と化していた彼らは、仮に門が閉まっていようが塀を乗り越えておやつをたかりに行っていたくらいなので、全員が門の前で動きを止めているのは明らかに異常事態だった。

 だからすぐに、ライトはどうしたの、と聞いたのだろう。

 友達は、何も言わずに家の中を指さした。


 指さした先の門は空いていて、玄関の扉も開いたまま。

 更に奥には、彼の家の居間が見えた。

 そこに、「ワクリのおじちゃん」が座っていることも確認出来る。


 それらは全て、ごく普通の光景だった。

 だが、他ならぬ家主の様子が異様だった。


 この時の彼は……両掌を合わせて、何かを必死に祈っていた。

 彼の前には小さな木の板のようなものが床に立たせてあり、その傍には複数個のワクリと果実酒が置いてある。

 小さな木の板には何やら複雑な文字が刻んであって、ワクリは何かに供えるかのように綺麗に並べられていた。


 そして、何より。

 この時の「ワクリのおじちゃん」は、泣いているように見えた。

 それを見てようやく、ライトは友達が家の中に入っていかなかった理由が分かった。


 子どもというのは、何も考えていないように見えて案外大人の機微を察知しているものだ。

 学校の先生が怒っていれば、必死に機嫌を取る。

 両親が夫婦喧嘩をすれば、あえて道化に徹して彼らの怒りを推し量ってみる。


 だからライトたちは、「ワクリのおじちゃん」がとてもじゃないがおやつをくれるような精神状態ではないことをすぐに察した。

 誰も何も言わず、ライトたちはめいめい家に帰った。




 ……後から聞いた話だ。

 前世で────すなわち()()()()()()()()()()、彼は熱心な仏教徒だったらしい。


 彼が見つめていたのは位牌であり、置いてあったワクリは仏へのお供え物だった。

 ライトたちの見た光景は、この世界に存在しない宗教に基づいた一つの儀式だったのだ。




 今なら分かる。


 作物の運搬が大変だろうに、村の外れに住んでいたことも。

 訪れる子供たちにいつもお菓子をくれるほど子ども好きなのに、家庭を持つ様子がなかったことも。

 大人たちとの交流が少なかったことも。


 全て、彼が異世界転生者だったからなのだ。


 彼はあの日、隠し通してた宗教的な習慣を子どもの前で見せてしまった。

 だからあの時の友達の中に、「ワクリのおじちゃん」の様子を親に伝えたものがいたのだろう。

 その時代のティタンがライトたちの村にやってきたのは、翌日のことである。


 まだ子どもだったライトは、鏖殺人とは話してすらいない。

 しかし、彼が村に来た時には何故か学校が休みとなった上に外出禁止令が出たので、よく記憶している。

 やっと外出禁止令が解除されたのは、鏖殺人が村から出ていくと言った時である。


 何が起きているのか気になったライトは、外出可能となってからすぐに外に出て────村の入口で馬に乗る鏖殺人と、大人たちがぺこぺこと彼に頭を下げている様子を遠巻きに眺めたはずだ。

 大人たちの行為が、決して感謝から来ている訳ではなさそうだと察したことを、よく覚えている。


 ティタンの姿は、現在の鏖殺人のそれとほとんど変わらなかった。

 今の鏖殺人がその立場についたのは確か十年前だから、ライトが遠目に見たのは先代の転生局局長──今の鏖殺人の父親──の姿ということになる。

 しかし背丈も、服装も、今の鏖殺人と何ら変わりがなかった。


 強いて違いを挙げるならば、その黒髪にちらほら白髪が混じっていたことぐらいか。

 転生局の局長は就任にあたり「ティタン」の名を襲名するが、どうやら服装も受け継ぐらしい。


 鏖殺人が去って間もなく、いつも通りの生活が戻ってきた。

 同時に、ライトたちはそれぞれの親から「ワクリのおじちゃん」が引っ越したと伝えられた。


 どこに引っ越したのか、何故引っ越したのか。

 誰も教えてくれなかった。


 だが自分も含め、子供たちは薄々察していたと思う。

 どうやら「ワクリのおじちゃん」は異世界転生者だったらしい、ということは。

 そして、先代ティタンが「ワクリのおじちゃん」を殺したということも。


 事実その後のライトたちは、あれほど通い詰めていた彼の家に向かうことをしなくなった。

 彼の痕跡を探すことぐらいは出来たかもしれないのに。


 皆、分かっていたのだ。

 もう彼に会うことはないと。

 自分たちが彼に会おうとすれば、寧ろ自分たちに不利益が及ぶと。


 大人たちの会話を盗み聞きして、大体の真相を看破しながら。

 子どもたちは、「ワクリのおじちゃん」のことを忘れるように努めた。




 ……それから、随分と時は過ぎた。




 あの時、「何故」と大人たちに向かって問いかけたかったことを、「仕方ない」の一言で済ませられるくらいには諦めが良くなった。

 かつての「ワクリのおじちゃん」の記憶も、転生局で働き始めてから初めて思い出す程に風化した。

 自分が異世界転生者を害する立場になっても、「評判の悪い部署に配属されたな」としか思わない程度には……ずるくなった。


 恐らく、想像力が足りなかったのだろう。

 人を死なせるということに対して。

 一等職員の研修を始めてから、一筋縄ではいかない問題がこの世には山ほどあることは、様々な場面で痛感した。


 これもきっと、その一つ────。






「……のみやさん?……四宮さん?」


 長過ぎる夢は、可愛らしい呼びかけで中断される。

 はっと気が付いてみれば、ライトは転生局の机に突っ伏していた。

 すぐ傍には、車椅子に乗ったユキがいる。


 ずっと見ていたはずの実家周りの風景が一変し、ライトは頭が真っ白になる。


「あの、すいません。昨日からほぼ徹夜ですから、眠くなるのは本当によく分かるんですけれど、始末書は早く提出しないとまずいので……その、この始末書さえ出せば今日はもうお休みなので、後少しだけ頑張れませんか?」


 続けてのユキの言葉で、ライトはやっと大体の状況を把握した。

 ちらりと時計を見れば、時刻は十五時。

 小一時間は寝ていたらしい。


 異世界転生者の死体を抱え、無様にも吐いてしまったのが約五時間前。

 鏖殺人は無表情で現場の掃除を命じ、それが終わったら帰って良しと告げた。


 彼の指示に従って、掃除を終えてここに戻ったのが二時間前だ。

 戻ったライトを待っていたのは、鏖殺人からの伝書カラスで状況を把握したユキだった。


「殺害には成功していますし、遺留品も特に無いので構わないと言えば構わないんですが、地方警士局が何か言ってくる可能性があるので……」


 そう言いながら彼女申し訳なさそうに持ってきたのが、始末書である。

 曰く、ライトは池内大我の殺害現場を嘔吐物で汚したことは一応問題になってしまうので、始末書を提出して欲しいというのだ。

 簡単に反省文を書く程度で良いので、という言葉に励まされつつ転生局事務室の机に向かったのだが────疲労の蓄積で、いつの間にか眠っていたらしい。


「本当にお辛いんでしたら、明日でも大丈夫ですけど……」

「いえ、大丈夫です。いけます」


 明日最初にやる仕事が、始末書の記載というのも気が滅入る。

 慌てて否定し、ライトは始末書に向き直った。

 安心したのか、ユキが車椅子をきゅらきゅらと動かして離れていく。


 始末書自体は、二等職員のころに大きな失敗をやらかして書いたことがある。

 だから今回も同じ要領で何とかなるか────そう思ったところで、始末書の末尾が目に入った。

 始末書用の原稿用紙に、最初から印字されているお決まりの文章が。


「以上の点を深く反省し、これ以降は国家のための仕事に邁進します」


 ──国家のための仕事、か。


 今回の一件を反省して、国家のために仕事をし続けるというのなら。

 それはつまり、またあの光景を見なくてはならないということなのだろうか。

 死体の発する熱を受け止め、再び彼や「ワクリのおじちゃん」のような人を殺せということなのか。


 初日からこんなことをやらかしている自分が、ここに正式に配属されることは恐らくない。

 たった三ヶ月辛抱すればいいだけだ。

 だがその三ヶ月で、自分は何人の異世界転生者を殺す手伝いをするのだろうか。


 再び吐き気がこみあげてきそうになるのを、何とか堪える。

 同時に、かつての自分の姿が自然と瞼の裏に浮かんだ。


 ──あの頃から俺は、一体どれだけ成長したんだろうか……?


 ふと、そんな言葉が胸に浮かび上がった。

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