七話
一度転生局を出てみると、強い冬の風がエリカの肌を打った。
思わず声が出てしまいそうになるが、その衝動を押し殺して案内に専念する。
「次に行く場所は、アカーシャ国転生局が管理する建物の中でも最重要とされる施設、異世界転生者の保護施設です。グリス王国、ナイト連邦という二つの大国が異世界転生者の隔離を国策として採用していない以上、この場所は異世界転生者が保護されている世界で唯一の施設となります」
これは台本ではなく、エリカが昔から考え、ずっと言いたかったことでもあった。
転生者結社を作っているような者たちを除けば、異世界転生者が命を狙われずにすむ場所は、世界でここだけなのだ。
この場所は、アカーシャ国転生局職員の誇りと言ってもいい。
それからも、エリカは声を途切れさせず、転生局の隣にある保護施設に足を進める。
「保護施設内部には異世界転生者が生活する五棟の建造物──異世界では集合マンションと言うそうですが──が存在し、それを取り囲むようにして職員や警護役が勤める職員用の建物があります。さらにその周囲には二重に高い壁が存在し、脱走や他の異世界転生者の侵入を防いでいます」
「刑務所みたいな風景ですね……」
エリカたちの眼前に映る灰色の壁を見つめながら、ユキがそんな感想をこぼす。
考えて言った言葉というよりは、思わず本音がこぼれた、という様子だった。
刑務所、という響きに少しエリカは気分を害したが、さすがにそれで怒るほど子供ではない。
何事もなかったように、エリカは話を続ける。
「ここに保護された異世界転生者たちは、先述した身体検査をしてから、それぞれ内部の建物で暮らすようになります。原則としてその後は一生この施設から出られませんが、生活態度が模範的な者に対しては、外部との人間の面会を許すこともあります」
「……現在、何人の異世界転生者がここにいる?」
低い声で、鏖殺人が問いかける。
一般常識にあたる質問だったため、エリカはすぐに返答した。
「昨日の時点で約百五十名です。その内、三分の一が移動型異世界転生者、残り三分の二が再誕型異世界転生者となっています」
「その百五十名たちは、毎日何をしているんだ?」
「基本的にこちらから定めた義務はありません。このため、多くの方は暇潰しとして何らかの趣味を選択し、それに一生を費やす形となります。絵画や執筆、運動などですね。保護施設内部ではいくつものサークルが作られているんですよ」
「そういった趣味の成果は、どう処理している?」
「製作された物も禁忌技術の一つですので、外には持ち出されず内部て処分されます。ただ、外の人に見せられないことが残念になるくらい、素晴らしい絵や彫刻を作る方もいらっしゃるんですよ」
矢継ぎ早に飛んでくる質問を、淡々とエリカは処理していく。
エリカは、異世界転生者を「家族」と言い切るほどにまで、この保護施設に通いつめてきた。
彼ら家族の質問についてなら、いくらでも答えられる。
「魔法の対策は?」
「原則として使用禁止です。守らなかった者には懲罰房での罰が与えられます」
「衛生面、医療面での対応を聞きたい」
「掃除自体は中に住む異世界転生者の手で行われます。医師も非常勤ですが、三名雇用しています。また、現在保護されている異世界転生者の中に、異世界で内科医をしていた人物がいるため、彼には施設内での医療行為を許しています」
「そうか。なら……」
その後も、鏖殺人とエリカはいくつかの質問の応酬をこなした。
もちろん、保護施設を囲む壁に沿って歩きながらであるため、あまり細かいことまでは言えなかったが。
だが、質問を繰り返すうちに、エリカは少し気になることがあった。
些細なことと言えば、些細なことなのだが────鏖殺人がエリカの答えに茶々をいれるような様子は見せないのである。
ただ質問し、その答えを受け入れる。
その様子は、初めて聞くことを理解しているというよりも、答えがわかっていることを、再確認しているかのようだった。
前回の視察からそれなりの年数が経過し、変化した規則も多数存在するのだが、それを聞き返すようなこともしない。
──なんだか、突然物わかりが良くなったような……。
何とはなしに疑問を抱きながらも、エリカはそこを追求することはなかった。
わざわざ事をややこしくする必要もないだろう、という判断だ。
そんなことをしているうちに、高く長い壁にただ一つ空いた穴────保護施設の入り口に辿り着く。
本来は門番たちとの間で煩雑な手続きを必要とされる場なのだが、流石に客人をそこまで待たせることはできない。
原則から外れてはいるが、特別に一切チェックをせずに中に入る形となった。
そこからさらに進んで二つの壁を越え、その先にある、職員棟に用意されたとある部屋に入る。
「これは……」
鏖殺人に車椅子を押される形で前に進んだユキが、部屋に入った声をあげた。
「ガラス、でしたっけ?」
「ああ、異世界で使われている強化ガラスだろう。防弾仕様かもしれないな」
ユキの声に鏖殺人が反応する。
その様子を見ながら、エリカは内心、鏖殺人の博識さに舌を巻いた。
鏖殺人の言葉通り、そこにあるのは防弾ガラスだ。面会室に置かれている強化ガラスと同様の使用例である。
このガラスの場合は、以前やってきた異世界の警察機構の職員が──機動部隊の隊員だったらしい──持っていたものを繋ぎ会わせ、部屋の壁に嵌め込む形で使用していた。
そしてこのガラスの奥には────異世界転生者たちの暮らしが広がっていた。
エリカたちが入った部屋は、職員用の監視室。
このガラスを通して、異世界転生者たちが住む居住棟の様子や、外にいる異世界転生者の動きを見張るための部屋である。
その用途の都合上、この部屋は職員棟の最上階にして中心部────異世界転生者の様子を一望できる場所に置かれていた。
短い時間でこの施設の事を理解してもらう都合上、視察にはもってこいの部屋である。
エリカがガラス越しに視線をやれば、そこにはいつも通りの「家族」たちの姿があった。
ドッジボールに励む子供の異世界転生者。
バスケットボールをしている若者たち。
その様子を絵を書いている異世界転生者は、芸術サークルの一員だろうか。
皆、思い思いに過ごしていた。
だが、エリカはそれを見て、少し惜しいものを感じていた。
──皆、少し緊張しているかな……。
長い間接してきただけのことはあり、エリカはその不自然さに気がつく。
全員が全員、エリカたちのいる監視室に目をやっていないのだ。
今まで人がいなかった部屋に、突然人が現れたのだから、多少は反応してもいいだろうに。
──まあ、来ているのが悪名高い鏖殺人だから、無理もないか。
本人相手には決して言えないことを、エリカは心の中で告げる。
「……天司顧問。あの、隅の方にいる異世界転生者は、何だ?」
静かに異世界転生者の事を眺めていた鏖殺人が、突然口を開いた。
エリカは慌てて思考を打ちきり、それに対応する。
「すみません、誰のことでしょう?」
「バスケットボールをしている異世界転生者たちの奥、居住棟の壁に寄りかかるようにしてたむろしている異世界転生者だ」
鏖殺人に言われるがまま、エリカは彼の指の方向を見つめる。
すると確かに、鏖殺人が言った通りの者たちがいた。
「ああ、彼らはごく最近保護された異世界転生者です。たしか、異世界で暴走族、という職業についていた人たちだそうですよ。少々容姿は奇抜ですが、手荷物を没収してからは、特段危険な行動をするわけでもなく、こちらで保護しています」
尤も、粗暴な振るまいからあまり周囲と馴染めておらず、エリカ自身もよく話し合ったことがない「家族」なのだが、流石にその事は言わなかった。
すると、ちょうどその時。
偶然、彼らの一人が監視室に目をやり、エリカたちと目を合わせた。
集団の中でも中心に居座る、リーダー格の男が、である。
彼はエリカたちと視線を交わすと、一瞬不快そうに顔を背け。
それから、慌てたようにして顔を戻し、ニコリ、と笑った。
はっきりと、無理をしているとわかる笑顔で。
「……異世界転生者の演技指導までは、しなかったようだな」
皮肉混じりの鏖殺人の言葉に、エリカは苦笑を返すばかりだった。




