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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
八章 鏖殺人と仮面の姫
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六話

 鏖殺人を出迎えてから、エリカとイム以外の職員たちはそれぞれ、自分の職場へと戻っていった。

 せっかくの視察だと言うのに、働いている職員がいないのでは話にならないからだ。


 そして、彼らが元の位置に戻ったことを確認してから────エリカは、鏖殺人とユキを転生局の中へ案内した。

 静かな廊下に、コツコツというエリカたちの足音に、ユキの車椅子が奏でるきゅらきゅらという摩擦音が混ざる。


「……こちらが、アカーシャ国転生局の執務室です。主な業務は経理、事務、決済。私自身もここに出勤する立場にあります」

「広いですね。……ここには何人ぐらいの方がいらっしゃるのですか?」


 車椅子に座ったまま、精一杯首を伸ばして周囲を見渡していたユキから、質問が飛んでくる。

 いかにも興味津々、といった態度に、エリカは笑みをこぼした。


「今目の前にいるのは五十名ほどですね。転生局全体での常勤職員は約二百名。異世界転生者保護施設の職員を合わせれば、その倍以上にはなるでしょう」

「そんなに」


 想定以上の数だったようで、ユキは目を丸くする。


「うちは中央警士局の助けがあると言っても、常勤四名なのに……」

「まあ、こちらは転生者の保護をする分、世話役が必要だからな」


 不意に、鏖殺人が口を挟む。


「異世界転生者を『処理』しない以上、面倒を見なくてはならない。そのために、大量の職員が必要になるんだ」

「なるほど……考えられているんですね」


 ふむふむ、とユキは何度も頷いた。

 対してエリカの方は、説明したかった内容を鏖殺人に盗られた形になり、行き場をなくして口をパクパクとさせる。


「どうしました?天司顧問」


 エリカが何を考えているかわかっているだろうに、鏖殺人はしゃあしゃあと続きを促す。

 エリカはその態度を「そのくらいの説明は言われなくてもわかっている」という意思表示────要するに遠回しな嫌みだと受け取った。


 ──負けるものか!


 心中で気合いを入れ直し、エリカは笑顔を崩さないまま足を進める。


「……執務室で行っていることは、普通の書類仕事であり、ただ見ていてもお二方には退屈でしょう。次に参ります……」


 そう言って、エリカは次の部屋に案内をする。


 次に連れていった場所は、転生局の倉庫。

 普段は滅多に開けない場所なのだが、禁忌技術────異世界由来の危険な知識や技術の保管も完璧である、という事を見せつけるためにも、一度は連れてこなければならないのだ。


「基本的に、保護した異世界転生者には保護施設内での自由な生活を確約していますが、危険なものについては没収し、こちらで保管しています」

「没収するものとは、具体的には?」

「武器は当然として、ロープや料理器具といった攻撃的な意図に使われ得るもの。それと、植物の種のような、この世界の生態系を壊しかねないものですね。……ただ、保護施設内で問題なく、模範的な生活を送っている者に対しては、危険度が少ない物品を返却することもありますが」


 前々から対策して練り上げておいた甲斐があり、エリカの口から台本の文言がすらすらと出てくる。

 あまりにも流暢すぎて逆に鼻につくほどだ。


「うちの倉庫にはないものもありますね……」


 キョロキョロ、と擬音がつきそうな勢いでユキは辺りを見渡す。

 その様子は、初めての遠足に歓喜する子供のようだった。


 ──こんな子も、向こうの転生局で働いているのね……。何だか、不思議な感じ。


 ほんの少しの間だが、エリカは転生局顧問の立場を忘れ、彼女の姿をじっ、と見つめる。


「……一つ、いいか?」


 背後で鏖殺人が声をあげ、エリカは一瞬で臨戦態勢にはいる。

 鏖殺人とエリカは、転生憲章の会議で激しい論戦を繰り広げた仲だ。

 その論戦の続きとも言えるこの場では、気を抜いた方が敗北するとことを、エリカは肌で感じ取っていた。


「没収するのはいいのだが、魔法への対策は、どうなっている?異世界転生者の全てがいずれは魔法を使えるようになる以上、この保護施設にはその対策があるはずだが」


 案の定、の質問だった。

 視察対策で、まず間違いなく聞かれるだろうと思われた内容だ。

 故に、エリカは用意しておいた言葉で打ち返す。


「まず、魔法発現前の人間は、普通の手荷物検査をしてから保護施設へ入れます」

「ふむ、では魔法発現後は?どんな魔法で危険な所有物を隠されるか分かったものではないぞ?」

「はい。そこで、自己申告で所有物を提出させた後、暫くは保護施設に入れず、予備の部屋で隔離します。その部屋で二ヶ月から三ヶ月を過ごさせ、何か持っていないか監視します」

「その後は?」

「晴れて保護施設へ入所、です。ただし、暫くはこちらで抜き打ちの持ち物検査をします。これに抵抗した場合は、懲罰房への移動などの罰則があります」


 淀みなく言い切って、エリカは鏖殺人の仮面を見つめ返す。

 相手は、その表情が読めない顔で、なるほど、とだけ呟いた。


 納得してもらえた、と感じ、エリカは少し肩の力を抜く。

 だが、それと同時に鏖殺人は言葉を返してきた。


「では、逆に言えば、相手に三ヶ月間は魔法を使わないでいよう、と判断できるだけの理性があり、かつ入所してからも周囲を警戒できるような異世界転生者なら、どうする?」

「それは、抜き打ちの持ち物検査で……」

「それでも見つからなければ?魔法というのは、常にこちらの想像を越えてくるぞ?」

「え、と、その場合……」


 つかれたくない点を的確についてくる。

 エリカの頭の中で台本がこんがらがり、少し、言葉に詰まった。


「そもそも、異世界に来たばかりで混乱しており、警戒心も強くなっているだろう異世界転生者に、自己申告をさせて、どのぐらいの意味があると考えている?嘘をつくに決まっているじゃないか」

「……そうと決まったわけでは」

「そうか、なら、君たちは異世界転生者の善意に期待しているのか?」


 いかにも小馬鹿にしているかのような雰囲気だった。

 だが、一度言葉に詰まったことでエリカは焦ってしまい、焦りだけが加速する。

 それを見越して鏖殺人が話しているというのなら、この会話は中々に執拗で、性格の悪い攻撃だった。


「……ティタン様、議論はまたの機会にしましょう。予定が押しています」


 突然助け船を出したのは、今まで無言を貫いてきたイムだった。

 さりげなく、かつ断りにくい理由で質問を打ち切る。


「ああ、失礼」


 鏖殺人の方も、そこまで興味があったわけでもないのか、あっさりと身を翻す。

 その背中を見て、エリカは冷たい汗を流さざるを得なかった。


 ──最初から、この調子か……。


 イムに軽く頭を下げつつ、エリカは気を引き締め直した。

 これはきっと、戦いなのだから。






「まだ、か……」


 右手で拳銃を弄びつつ、リーダーはぼそりと呟く。

 その背後では舎弟たちも待ちきれない様子でうろうろしていた。

 その様子は忙しなくはあったが、不安は感じ取れない。


 やはり、リーダーの持つ拳銃が効いているのだろう。

 いわゆる、「拳銃を持つと自分が強くなったような気がする」という感覚だ。


 実際にそれを持っているリーダーはもちろん、それを見つめる舎弟たちも、一種の万能感や高揚感を感じ取っていた。

 その驕りが、彼らをお喋りにする。


「これさえあれば、どうとでもなる……さっさと来い、人質ども」


 返答を期待していない、強気の独り言。

 当然、受け答えなどない────はずだった。




「本当に、そうでしょうか?」




 およそこの場所に似つかわしくない、凛とした声が鼓膜を震わせる。

 リーダーも含めて、その場にいる全員が背後を振り返った。

 そして、同時に驚嘆する。


「……メイド?」


 本来、異世界転生者保護施設にいる者たちは、あまり華美な服装ができないようになっている。

 故に、誰もが代わり映えのしない普段着を来ているはずなのだが、眼前の女性はその括りから大きく外れていた。


 氷を思わせる美貌。

 漫画やアニメによく出てくるメイド服。

 すらりと伸びたスレンダーな体つきは、モデルと言われても信じてしまいそうだ。


 その女性が、感情を感じさせない声で問いかける。


「本当に、それだけの武器で、鏖殺人に勝てると思いますか?」

「……いや、その前に、あんた誰っスか」

「お前みたいなやつ、この施設の中で見たことねえぞ」

「もう一度聞きます。本当に、勝てると思っていますか?」


 舎弟たちの疑問をはねのけ、メイドはただそれだけの事を聞いてくる。

 その異様さに、やがて全員が黙りこんだ。

 それを確認して、メイドはもう一度口を開く。


「もし、『人の翼』があなたたちを支援する用意があるといったら……あなたたちはどうしますか?」


 その声が、メンバー全員の脳裏に刻み込まれたのは、ある意味では当然の結末だった。

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