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ある異世界転生者の、ごく標準的な運命

 風野凛花が最後に見たものは、自身を照らすトラックのヘッドライトだった。

 その後に訪れたであろう、体が吹き飛ばされる衝撃だとか、心臓が止まっていく様子だとかは、記憶にない。


 ただ何となく、暗い場所へ落ちていく感覚だけがぼんやりと残ってはいた。

 「消える」でも「壊れる」でもない、「落ちる」としか表現のしようのないあの感覚。

 あれがきっと、「死」というものなのだろう。


 ──じゃあ、今、死について考えている私は、何?


 幾度も繰り返す思考のループの中、ようやく凛花の中に感想らしきものが浮かんできた。

 自分でも理解できていない思考の流れが途切れ、彼女の脳が目の前の光景を再び理解し始める。


 今の彼女は、葉を豊かに揺らす木々の中に立っていた。

 彼女の記憶では、今は冬のはずなのだが、木々はその認識と逆行するように青葉を茂らしている。


 それだけでも奇妙なのだが、輪をかけて彼女の脳を混乱させるのが、眼前で揺れる木の葉の様子だった。

 緑色をしているのは、まだいい。


 しかし、形が奇妙だった。

 綺麗な正三角形をしているのだ。


 大きさは、凛花の手のひらよりも一回り大きいくらい。

 加えて、葉脈が葉の中心を軸に同心円状に複数本通っている。

 そんな異常な葉が、五メートルほどの樹木の枝から何百と生えている様子は、恐怖を超えて一種のシュールさを凛花に感じさせた。


「……こんな植物、見たことない」


 自分の中の常識を確かめるべく、あえて声に出してみる。

 思った以上に響いた声は、木々の間をすり抜け、そのまま消え失せた。


 それだけで、自分の近くに誰もいないことが察せられて、凛花はぶるり、と身を震わせる。

 この森の中で目覚めてからずっと考えていたこと──実は手の込んだドッキリ、事故にあって意識を失っている間に見ている幻覚、知らぬ間に映画のセットに迷い込んだ──が「あり得そうな選択肢」から「現実逃避の妄想」に移り替わりつつあるのを、凛花はしっかりと感じ取った。


「ど、どこかの国には、あるのかな……こういう植物も」


 それでも一縷の望みが捨てきれず、言い訳めいた語句が口から発せられる。

 実際のところ、元の世界の植物図鑑をどうひっくり返してみても見つからない、地球の植物とは別の進化を遂げた植物たちなのだが、彼女がそれを知るすべはない。


 じわじわと、何度も打ち消してきたこの状況への解答が、現実味を帯びてくる。


 高校からの帰り、交通事故にあったはずなのに、傷一つない制服姿の自分。

 眼前の視界を埋め尽くす、自分が見たこともない木々で構成された森。

 冬用の制服では汗ばむほどの、十二月ではありえない気温。


 そして何より、目覚めてから常に感じていた違和感。

 自分が今まで生きていた世界とは何もかもが変わってしまった、と叫ぶ第六感のようなものが、彼女の結論を後押しした。





「私、異世界に来ちゃった……」





 目が覚め、パニックに陥ってしばらくわめき続けたのが、五時間ほど前。

 夢か何かだと思い、現実に戻るのを待って無為に過ごそうと決めたのが三時間前。

 気のせいでは済ませられなかった空腹を手持ちのお菓子で誤魔化し、この状況を現実と仮定して思考し始めたのが、ちょうど一時間前だった。


 そして、その思考が導いた結論こそ、「異世界転生」である。


 照りつく日差しが気になり、凛花は目をひそめながら顔を上に向けてみる。

 目が覚めた時点では、彼女から見て左手の空の半ばに存在していた太陽は今では彼女の真上、あるいは少し右手寄りに浮かんでいる。


 その周囲の空は彼女が知っている空と比べ、少し紫がかっていた。

 学校帰りに起きた事故から五時間たっているのにまだ昼過ぎ、というのはまだ説明がつかなくもないが、夕暮れ時でもなく、雲一つない空が紫がかっている、というのはやはり異常だった。


「もしかしたら、私が知らないだけで、そういう自然現象かも……」


 性懲りもなく現実逃避のたわごとをつぶやいてしまい、軽く自己嫌悪に陥る。

 すべてのサービスが使えなくなり、圏外とだけ表示するスマホを見て、現状を理解したはずなのに。


 異世界転生。

 あまり漫画やアニメを見ない──彼女は中学時代から吹奏楽一筋だ──凛花とて言葉ぐらいは聞いたことがある。

 自分の記憶が正しければ、確かそれらの話はこういう感じで始まるはずだ。


「主人公の〇〇は、トラックにはねられ、気が付いたら異世界に転生していた!?」


 状況は符合する。

 交通事故で死んだはずの自分。

 明らかに今までとは異なる世界。


 テンプレート、と言ってもいいかもしれない。

 どう考えても、自分は別の世界に来てしまったように思える。


「どうすればいいの……?」


 一度、転生したという確信を得てしまうと、即座にとめどない不安が襲ってきた。

 何せ、凛花には頼れる人がいない。


 少なくともこの五時間、移動せずにこの場に立ち尽くしているが、誰とも会っていない。

 何をどうすればいいのかも、もちろんわからない。


 そもそも、このままでは生存すら怪しい。

 持っていた水筒の水と、僅かなお菓子は混乱している間に全て食べてしまった。

 周囲を見渡しても水はなく、食べるものなど存在しない。


 ここがどんな場所であろうと、移動しなければ遠からず死ぬ。

 そこまで思い至って、ようやく凛花は、震えながら足を踏み出した。

 半ばやけくそだが、動かずにはいられなかったのだ。




 ────そして、彼女の耳は、唐突に小さな足音を捉えた。




 人生で一番、といっていいほどの俊敏さで、凛花は足音がした方を振り返る。

 目覚めてからずっと、風の音以外は聞こえてこなかった。


 それが今、初めて、自分以外の存在を知覚したのだ。

 ただそれだけのことで、彼女の眼には薄く涙がたたえられていた。


「あ、あの!」


 逃すものか、という勢いを込めて足音の方に声を発する。

 これが仮に、山の獣であったとしてもかまわない。

 とにかく、自分以外の動物を目にしたかった。


 そうこうしているうちに、最初はかすかにしか聞こえなかった足音が、はっきりとした、草木を踏み分ける音に変わってくる。

 木々に隠れ、その姿は見えないが、なぜか凛花にはそれが人のものであると感じ取れた。

 気が付けば動くことも忘れ、凛花はじっと近づいてくる足音に耳を澄ます。


 ……ほどなくして、彼女の期待通り、人影が木々を分け入って姿を現した。

 嬉々として話しかけようとした凛花は、その姿を見て一瞬────いや、しばらくの間、言葉に詰まる。


 最初に目に入ってきたのは、顔全体を覆う仮面だった。

 というのも、眉の上から鼻の下あたりまでを、その人物は仮面で覆っていたのだ。


 加えて、目元の近くでは、両目を覆うようにして青色のバイザーが身につけられていた。

 何でできているのかは分からないが、陽光を反射し、その仮面はひどく眩しく映る。


 視線を下にずらすと、口元の方は、革のマスクのようなもので覆われていた。

 要するに、前述の仮面と合わせて、顔のほぼすべてが隠れているのである。


 正直、パッと見た感じでは、人間の顔をしているかどうかすら分からない。

 仮面が届いていない黒い髪の毛と、マスクをひっかけている両耳の存在から、何とかそれがロボットや人形ではなく、人間らしい、と認識できる有様だった。


 尤も、首から下に関しては、その仮面に比べれば、まだ奇妙なものではなかった。

 視界に映るのは、地面につきそうなくらい長いマントと、西洋風の軍服を思わせる衣装。

 色は黒一色で、この気温ではかなり暑そうだったが、なぜか顔と同じくぎりぎりまで体を覆い、肌を見せないようにしていた。


 そして、それらを凌駕するほどの印象的なのは、彼──体格からして男性だろう──の右手に、無造作に握られている日本刀である。

 彼の腰に備え付けられている鞘といい、その細い刀身といい、凛花にはそれが日本刀にしか見えなかった。

 凛花の知っているそれとの違いをあげるとすれば、刃の部分が薄く青色をしているくらいか。


「え、……っと」


 しばらく、現代日本ではコスプレ以外に目にすることがない服装を見て、凛花は言葉を失う。

 だが、幸いにしてすぐに冷静さを取り戻した。


 ここが異世界だというのなら、この世界の人間がどんな服装をしていてもおかしくはない。

 もしかするとこの世界では、右手に日本刀を持つことが、一般常識なのかもしれない。


 とにかく、目の前のこの人物こそ、凛花がこの世界に来て初めて会った人間であり、何が何でも頼らなくてはならない人なのだ。

 そう結論づけ、今度こそ凛花は彼に話しかけようとする。


 ────しかし、その瞬間。

 相手が不意に発した言葉を聞いて、今度こそ凛花は絶句した。

 彼は、こう言ったのだ。





「……()()()()()()()()()()()?」





 ……その言葉を聞いた瞬間、凛花の脳内に、様々な驚愕と疑問を表す言葉が駆け巡る。

 だが、それらの言葉が口から出ることはなかった。

 それは、驚きや混乱故ではなく────瞬時に距離を詰めた目の前の人物が、その日本刀らしきものを、凛花の腹に突き立てたからだった。


「え……」


 そんな、間の抜けた声を漏らす。

 続いて、彼女は反射的に視線を下に向けた。


 驚くほどに、痛みは無い。

 針に刺されたような感じすら、しなかった。

 ただ、自分を支えていたものが一気に無くなってしまったことを、凛花は感じ取っていた。


 それはおそらく、「活力」とか「生命力」とかいうべきものだったのだろう。

 あるいは、「魂」だったのかもしれない。

 事態の急変についていけなくなった凛花にできたことといえば、刀に貫かれた自身の腹部と、それを行った人物の顔を見比べることだけだった。


 今、凛花を刺してみせた人物の顔には────凛花の顔面数センチ手前、というところで停止している仮面からは、勿論何の表情も読み取れない。

 ただ、初めて見えた喉のあたりに顕著な喉仏を確認し、そこでようやく、自分を殺そうとしている人物が男性で間違いないことが分かった。


 ──死にそうになると、どうでもいいこと考えるんだね、人って。


 ぼんやりとした感想が浮かんでくるのと。

 眼前の人物が刀を引き抜くのは、ほぼ同時だっただろうか。


 刺された時と同じく、彼女に感じられるのは、ほんの少しの違和感のみ。

 だが、刀が引き抜かれた瞬間に凛花は膝から崩れ落ち、自分の感覚以上に、自分が傷ついていることを察した。


 しかし、そんな冷静な認識に浸っていられたのも、せいぜい数秒の間のこと。

 すぐに、凛花の体にあの感覚が襲ってくる。


 自分を、トラックの光が照らしてきた時と同じ感覚。

 ここへ来る直前に感じた、「落ちる」としか表現できない、あの感覚が。




 ──……ああ、これが……「死」。


 凛花が最後に思考した内容は、それだけだった。




 風野凛花。

 異世界生存時間は五時間と三十六分。


 ここに彼女は、二度目の死を迎えた。

 仮面の男────鏖殺人によって。






 ……遅くなったが、少しばかり、前置きを語っておこう。

 ここは所謂、「地球」とは異なる異世界────「アレル」。

 ある種の自然現象として、しばしば地球から死者が流れ込み、異世界転生をしてくるこの世界には、唯一絶対ともいえる掟が存在する。


「異世界転生者は全て殺すこと」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、全ての人間が心に決めた約束事。

 そしてそれを実行する者こそ、この仮面の男、鏖殺人。

 異世界転生者はすべて殺し、それ以外のものは何一つ殺さない。




 これは、そんな男の作る歪んだ秩序と、そこで生きる人々の物語。

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