恐怖体験
薄暗い夜道、電灯はチカチカと一定のリズムを刻みながら道を灯していた。 自分以外に人がいない世界に迷い込んだかと思えるほどの静けさのなか、叩きつけるような強い風の音と僕の足音だけが辺りに響き渡る。
息を吐くと白い息がメガネを曇らせ視界が遮られた
手足は冷え、心までも凍えてくるようだ。
「船木 正人君」
とても小さな声だが静けさが支配するこの世界では、はっきりと聞き取ることができた。
後ろを振り返ると一人の少女が立っていた。
向こうは僕のことを知っているようだが、この少女のことが僕は思い出せない
必死に思い出そうとするが頭に鍵がかかっているように出てこない
「愛してます」
四月八日 一通の手紙がこの物語を動かす
桜が舞う季節。陽気な気持ちになるとともに、新生活が始まる人たちも多いことだろう。
例にここ勢院高校も入学式が行われた。
少し緊張している新入生たちを先輩となった生徒たちは色んな思惑の中見わたす。
可愛い子はいないかとかイケメンがいないかとか部活の勧誘を誰にするかなど様々だ。
僕も黒縁のメガネをかいして新入生の戦闘力を測る
『 戦闘力5か...ゴミめ』
フッとニヒルに笑いながら言うことは一度は言ってみたいセリフランキング五位には入るだろう
ちなみに一位は『ここは俺に任せて早く行け』だ
僕も生徒会の一員として次世代の仲間探しをする
有能そうな人を心の中でメモしておく
あとで生徒会にさりげなく誘ってみよう
ここの生徒会は人気投票上位4位と学年一位の成績の人で構成されている生徒会の〇〇ではないので現役メンバーが一存で後任を決める必要がある
新入生を見ていると入学式を見守る側となったことに時間の経過を感じる。
自分も期待と不安でいっぱいだったことが昨日のことのように思える。校長先生の長くありがたい言葉を頂き無事に入学式が終わった。
ようやく解放された体をほぐし、新しい階になった教室に向かう。
この学校では学年の数字が教室の階になる。
階段をのぼるごとに責任の重さが増すというシステムになっているのだ。
クラス替えが行われ、僕の所属することになった2-3の教室は騒がしくなっていた。見知った顔と挨拶をしている人。新しい顔と仲良くなろうと必死になっている人。机に突っ伏して寝たフリをしている人がいた。
寝たフリをして友達いなくても大丈夫アピールをしている人に後で話しかけてあげようと思う。
ああいうのは話しかけてもらうのを待っているポーズだと聞いたことがあるしな
「よっ 今年もよろしくな!」
「やったぜ! まっさと同じクラスだ!」
「今年も室長よろしくね!」
そんなクラスの中心にいるのが僕ーー船木正人だった。
自分で言うのもなんだが、僕は友達が多い。
生徒会に一年生の後期から入っていたからそれなりに顔も広いし、テニス部では副キャプテンを務めているから部員にも慕われていると思う。
人と話すことが好きで積極的に人と関わろうしたり、頼られることが嬉しくて人助けをすることが好きだったりする。
世話好きなことからセバスチャンなんてあだ名があるぐらいだ。
新しくなったクラスメイトと適当に挨拶を済ませてから席に着く。 今日行われる授業の教科書を机の引き出しに入れようとしたら、中に何かあることに気づく。机や椅子は新しくなっているから本来ならなにもないはずなのに
不思議に思いながら、僕はそれを手に取る
それは綺麗に折りたたまれた一通の手紙だった。
これは一体.....?
もしかしたらもしかするかもしれない
ラインで告白することが主流となった現代では、もはやシーラカンスと同じ扱いとなっている生きる化石のあれかもしれない
僕は周りをクリアリングして安全なことを確かめてから手紙の中を読む
「好きです」 とだけ書かれていた
ヨシッ 小さくガッツポーズ
落ち着くんだ
まずは深呼吸をして考察してみよう
誰かのイタズラか?
それとも、恋文とかいうやつなのか
優しいやつ認定で全然モテたことがない僕にもついに春が来ちゃったのかー!
しばらく心臓の高鳴りを抑えることに苦労した。
始めは誰かのいたずらかと思ったが、とても綺麗な文字で書かれた手紙からは何か強い想いのようなものを感じられる
しかし、名前がどこにも書かれていない。
もしかしたらシャイな子なのかな?
ラブレターと決まったわけではない
友達として好きなのかもしれないし
なにが好きとは書かれていないし
もしかしたらパエリアが好きなのかもしれないしね
さっきから僕は何の話をしているのだろう...
自分を客観的に見て冷静になった。
僕の席が決まったのもついさっきだし
まだ書いている途中で間違えて入れてしまったのかもしれないな
取りに戻った時になかったら困るだろうし
僕はそっと引き出しの中に戻しておいた。
聞き慣れた鐘の音ともに授業が終わり、休み時間になった。 どうでもいいことだが、学校の鐘の音は教会に流すメロディのオマージュらしい
「セバスチャーン! 」
クラス中に響き渡る声で駆け寄ってくる人物がみえた。
地毛の茶髪と鋭い目つきのお陰で完全に不良に見えるこいつは、僕の幼馴染で腐れ縁の白澤 竜樹だ。
「セバスチャンなんて知らないし 宿題は見せないぞ」
僕はセバスチャンと呼ばれることはあまり好きではない。 僕の顔は日本人顔だし、大きな声で呼ばれたら誰だって恥ずかしいだろう
「頼む前から断られた!?」 悲壮感に満ちた顔で白澤は僕を見る。
「次の授業はあの竹岡なんだ! あいつに目をつけられたら終わりなんだよー」
「すでに目をつけられてると思うけど」
白澤は遅刻やら授業中に居眠りやらで先生からは疎まれている
本当は夜遅くまでバイトをしているから仕方ないのことなのだが
うちの学校は申請したらバイトはできるけど、白澤のバイトは全部が申請出来るようなバイトじゃないらしい
「あいつににらまれるだけで身震いがするぜ」
白澤は大げさに肩を震わせる
竹岡は生活指導の先生で生徒たちに恐れられている。 本当は家庭菜園が好きな生徒思いの人ではあるから相談したら力になってもらえるとは思うけど
「頼む神様仏様まっさ様!」 白澤は僕に泣きついてきた。
「しょうがないな」カバンから取り出した宿題のノートを僕は差しだした。 ペットショップにいる子犬のような目をするこいつはいつもずるいと思う
「もうセバスチャンって呼ぶなよ」
「もう呼ばない! サンキューな」 白い歯でニカっと笑いながら白澤は言う。こういう所が憎めないやつである。 基本僕としか話さないし、休み時間も寝ているから少し浮いた存在だけどこいつを慕っているやつも結構いる
「いやー やっぱもつべきものは小さい頃からの親友だな!」
「僕はシロに助けられたことないんだけど」
「そんなことねぇーって 小学生の時に川で溺れたのを助けてやったじゃねぇか!」
「それはシロがはしゃぎ過ぎてそれに巻き込まれた僕が川に落とされたせいだろ?」
「じゃ じゃあ中学生の時に俺が原付でお前をはねそうになったのを避けたのは?!」
「むしろ殺されかけてるだろ!」
「うーん うん?」 白澤は唸りながら考えているが多分わかってないだろう、僕を外の世界に連れ出してくれたことがどれだけ嬉しかったのかを
「そんなことはどうでもいいんだよ! お前と俺は親友なんだからな!」 白澤は考えることをやめた。
「ところでさっきから気になってたんだけどよ」
白澤は僕の机の引き出しから手紙を取り出して中を読み始めた。
「ちょっと まって!」 僕は手紙の内容を読み始める白澤を止めようとしたがもう遅かった。
「なになに 好きですってぇぇ! これラブレターじゃねぇか!!」
白澤が皆に聞こえるように大きな声で言った。
「そんな大きな声出すなって!」 時すでに遅し、クラスメイトはこちらに注目していた。
みんなの視線がオモチャを見つけた子供のような目をしていた。
「わりぃわりぃ でもよ この手紙名前が書いてないぜ?」
「だから間違いかもしれないだろ」
実際、間違いだったら可愛そうなことをしてしまったな
「なるほどなぁ よしっ!」 白澤は何かを決めたように立ち上がった。
「俺がこの手紙の犯人を捕まえてやるぜ!」
「別に悪いことはしてないんだけど」
「いつも世話になってるし 差し出し人を探してやるよ」 白澤は僕の肩に腕を回しニヤリと笑った。
「そのかわり これからも宿題頼むぜ」
白澤なりに僕に恩を返してくれるらしい。
「ほどほどにしてくれよ」
「わぁーてるって 軽く問い詰めてやるだけさ」
そう言って白澤は自分の席に戻っていった。
ほどほどの意味を理解しているのだろうか?
あいつが問い詰めたらイジメているようにしか見えないと思うけど
白澤が席に戻るとすぐにクラスメイトが僕の元に集まってきた。
「正人にもついに春が来ましたかー!」
「くぅ〜 俺のまっさが取られるなんてな」
皆んな僕を茶化しにきただけだった
自分自身、手紙の差し出し人が気になっている
だから、白澤のことは強くは止めようとはしなかった。
この時はまだ、あんなことになるなんて