五夜 冷たい風に晒される月
広い茶の間に女郎や禿が大勢集まり、食事をとっていた。並べられた長机に人がぎっしりと詰まっている。
大勢で食事をとるということは今までなく、これが初めてと言ってもおかしくはない。
少しの緊張と喜びがあったものの、その気持ちはすぐに畳の隙間に埋もれてしまった。
わっちはずっと気付いていた。
全身を貫くような、軽蔑する鋭い視線が刺さっていることを。
白米と漬菜、味噌汁を食べながらも、女たちはわっちの髪をちらちらと見ている。
わっちは気づかないふりをして、食事に集中しようとした。が、嫌でも聞こえてくる話し声。
黒い言葉が箸と茶碗が当たる音に混じっている。
「あれみてごらんよ、白髪だい、わかいのにかわいそうにねえ」
「わちきは、ああはなりたくないねえ……狐かね、ありゃ」
「あねさん、あの子、なして髪がしろうなってるの」
「黙って食べなんし、お菊」
歪んだ笑みをわっちに向けている。
もしかして、毎日こんな悪口の中で過ごさなければならないのかと思うと、嫌になる。せっかくのおいしい白米がまずくなってしまう。
できるだけ声を聞こえないように声から意識を遠ざけて、食事に戻った。
それからしばらくして。
隣で灯鈴様は黙々と顎と動かし、最後の一口を食べ終えると、手を胸の前で合わせた。茶碗とわっちの茶碗と重ねる。
表情を崩さず、澄ました顔でお盆を重ねると、お盆を持って立ち上がった。
「行くよ、つきみ」
声に優しさはなく、氷のように冷たい。
わっちのせいで気を悪くさせたかな。
わっちも慌てて手を合わせてから立ち上がり、灯鈴様の後をついていった。茶碗同士がぶつかってガシャガシャと鋭い音をたてる。茶の間を出て、裏口近くまで来ると台所に入った。そこで一人の女性がぽつんと立っていた。
わっちたちに気付くと、真剣だった目を和ませて微笑む。
「おや、リン。そっちの娘がツキちゃんだね」
「神咲姉、つれてきんした」
リン? ツキちゃん?
髪を頭の高いところで一つに結んで、馬の尻尾のよう垂らしている女性は神咲というらしい。灯鈴様が「神咲姉」と呼んでいるということは、灯鈴様より歳は上なのだろう。
神様は、袖口を腕まで上げて、袖だけを腰紐でたすき掛けして動きやすそうな格好をしている。
お玉を鍋に戻すと、神咲様はわっちの頭に手をおいてにっと笑う。
片方の頬が凹んでえくぼができていた。
「あちきは、女子供の世話役で『遣り手』をしているのさ。リンの禿とは、リンも成長しんしたねえ」
「うちの禿だからねえ、うんと可愛がらないと。神咲姉みたいに厳しく育てたりしないさ」
「うそをつきなんし」
灯鈴様はくすくす笑う。神咲様は口元を手で隠すと上品に笑った。
「神咲姉はうちを厳しく育てた! 雪時に聞いても同じことをいいんすね」
「どうざんしょう。あちきは優しゅう育てたつもりさ」
「あいあい。遣り手の姉さん、茶の間がうるさすぎるから、叱ってくんなまし」
「そりゃいけねえや。ああ、キセルは外か部屋で吸いなんし」
灯鈴様は、袖に入れた腕を抜いて、「あい」と返事をした。
神咲様は、たすき掛けを解くと、腰に巻いて、台所から出ていった。
それから少しして、茶の間の方から、怒鳴り声が聞こえてきた。そのあと、賑やかだった声が聞こえなくなった。
怒鳴り声を聞いて、灯鈴様は満足げに頷くと、わっちの手を引いて外に連れ出した。
「どこにいきなんすか?」
灯鈴様は、わっちの方を振り返り、髪に花を咲かせると唇に人差し指を立てて艷やかに微笑んだ。
実際、吉原では、漬け菜が有名だったそうで、それを毎日おかずとして食べていたそうです。
『遣り手』という人は、遊女たちが気を緩めてしまわないように、口うるさかったり、意地悪をしたりしたそうな。