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三夜 花に見惚れる月

 どこからか鈴の音が聞こえてきた。


夜見世よるみせの始まる合図ざんすよ」


 妓楼にいる女性たちは格子の前に集まって、座った。格子に座る女性たちを小さく指さして、灯鈴様がぼそっと「うちもだけれど、花魁以外の体を売るのを『女郎』と言う」と教えてくれた。

 男が、格子の間の油皿に火をともして歩いている。

 何が起こるのかと思っていたら、多くの人が道の端にかたまり、道の奥を見つめる。

 

 ああ、大輪の花。

 大輪の花が咲いている。

 男女構わず、人々は、そのきらびやかな様に目を奪われる。

 ここにきた時に見た人たちとは違う、上品さ。唇は赤く、遠くを見据える瞳は生命力にあふれている。幼いながらにも、この女性に惚れる男は多くいるだろうと悟った。

 頭には装飾のついた幅のあるかんざしが髪を結い止め、派手な着物と前で結ばれた大きな帯、足元は厚く高い黒塗りの下駄をはいている。

 足を外に八の字を描くように回して、変な歩き方だ……。

 女性のそばには、わっちより少し上ぐらいの年の女の子が、寄り添い、大きな傘を女性にかざして、もうひとりは肩に手を置かれている。


「きれいざんしょう、夕顔ゆうがお太夫でありんすよ。隣りにいる子供は、禿。夕顔花魁が肩に手をおいてるのは『肩貸し』の禿じゃ。

 花魁は、吉原の顔であり、花でありんす。

 つきみ、これは花魁道中おいらんどうちゅうという行事ざんすよ」


 花魁道中。その言葉の響きですら華やかさがある。

 灯鈴様の甘く溶けるような声は耳にすんなり入ってきて、わっちは頭を縦にふることしかできなかった。

 月に照らされた夕顔太夫が、天女のように美しく、優雅さと清らかさを持ち、ほっそりとした体を隠す堂々たる姿に、釘付けになっていた。

 夕顔太夫のまわりだけ時間がゆっくり流れているようだ。

 わっちのそばを通る夕顔太夫をじっと見ていた時、夕顔太夫の視線と絡んだ。黒く丸い瞳がわっちを捕らえると、瞼が少し伏せられ、瞳は丸い形を失い、まっすぐな赤い線だった口元が弧を描いた。その一瞬の笑みをわっちは見逃さなかった。

 夕顔太夫の笑みはわっちの心に焼き付いた。

 まさしく大輪の花。吉原の花。

 あちらこちらで「夕顔太夫は美しい」「ぜひ一度は抱いてみたいもんだ」という声が聞こえてくる。

 

「闇の夜は吉原ばかり月夜かな」


 だれかがそう言った。

 その言葉を聞いていた人は皆頷いた。

 灯鈴様も頷いていた。

 夕顔太夫の後ろには、白で染まった顔の娘が数人、それから男が数人。

 夕顔太夫が人々の前を通り過ぎると、皆、妓楼に戻ったり、格子の前で女性を吟味し始めた。蝶の鱗粉のようにもうばらばらだった。


「うちも、そろそろ格子の前につかねばなあ。戻ろう、つきみ」

「あい」


 灯鈴様に手を引かれ、夜櫻屋に戻った。

 

「今日はもう、寝なんし。疲れたであろう」


 そう言って、わっちを布団に寝かせた。


「おやすみ、つきみ」

「灯鈴様、おやすみなさい」


 静かに襖がしまった。外から賑わう人々の声が微かに聞こえる。

 わっちはこの先、どうなるの。

 そんな心配を被りながら、眠りへと落ちていった。


  


 

用語。

女郎……遊女のこと。(遊女という言葉自体最近できた)


「闇の夜は吉原ばかり月夜かな」は実際に詠まれた句である。

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