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二夜 夜櫻の月

後々に用語をまとめた記事をつくります。

 大通りから左右に分かれて伸びる通りの、二列目を右に曲がり、一際大きな建物の前で男が足を止めた。


「ここだ」


 男は、その建物の横に通っている狭い路地にわたしを連れて行く。引き戸を開けると、「おーい、楼主!」と叫んだ。


「なんだい! 声がでかいよ」


 廊下の奥から女性が現れた。小じわの目立つ、されど昔は美人だったであろう顔が名残を残している。男の顔を見てから、わたしを一瞥して、静かに「ご苦労」と告げた。


「そこの娘、おいで」


 男の手を解き、女性のあとを黙ってついていく。草履を脱ぎ、時々きしむ廊下を歩き、ある部屋の前についた。決して広いとは言えない部屋。女性が部屋の隅にある行灯に火をつけると、相手の顔がぼんやりと見えるまで明るくなる。

 冷えた床に正座をして、向かい合う。


「さっきの男は、『女衒ぜげん』と言ってな、お前さんみたいな女の子供をつれてくるんだ。あちきはここ――『夜櫻よざくら屋』の楼主、松だ。お前さん、名は?」

月命つきみ


 松様は「そうかい。つきみ、ここでは自分のことを『わっち』といいなんし」


 わっち。わたし、でじゃなくわっち。

 静かに頷くと、松様はにっこりと微笑み、音もなく立ち上がると、戸を開けた。そして、人の名前を大声で呼んだ。あまりの声の大きさに耳をふさぎたくなった。

 パタパタと小走りをする音が聞こえ、若い女性が出てきた。

 外にいたたくさんの女性たちとは違う、取り繕った感じがなく、顔も真っ白じゃない。

 血色の良い唇が開いた。


「この子で」


 女性は、そういったあと、嬉しそうに頬をほころばせた。女性が部屋に入ると松様は部屋の外に出た。


「あとのことは任せた。あちきは用がある」


 女性がわっちの前に座る。

 ふたりきり。

 灯りに照らされた透明感のある肌。長いまつげに縁取られた目が艶っぽい。そして、行灯よりも色の濃い紅に染まった波打つ長い髪。

 湧き水のように澄んだ声が聞こえた。

 

「うちは、灯鈴ひりんざんす。これからうちの禿かむろとして、働いてもらう。うちがここのすべてを教える。ぬし、名前は? 歳は?」

「わた……わっちは月命つきみ、十歳」


 灯鈴様の腕がわっちの頭に伸び、優しく撫でる。


「つきみ、か。うちよりも九つ下か。大変なことばかりざんすが、うちがついてるから。

 少しずつここに慣れていけばいいからの。言葉遣いも教えるから」


 そう言うと頭を撫でるのをやめ、戸を開けて、行灯の火を消した。

 わっちの手を取り、部屋を出る。

 廊下を少し歩くと、左に曲がると階段が見えた。階段をのぼると、階段の後ろと右に廊下が伸びていた。

 灯鈴様は右に曲がらず、後ろに伸びる廊下を歩く。突き当りまで行き、右に曲がり、更に突き当たりまで歩くとそこで足を止めた。

 この建物は、外から見ても分かるけれど、かなり大きいようだ。


「うちらのような人を置いているところを妓楼ぎろうと言いんす」


 桜の花びらが描かれている襖を開けると、八畳の部屋だった。部屋の隅には鏡台が置かれている。

 背中を押されて中にはいる。

 さっきの部屋とちがって、西日が部屋に差し込んでいる。

 鏡台以外には、行灯ぐらいしか置かれておらず、殺風景な部屋だった。

 灯鈴様は、押し入れの襖を開ける。中には、布団と、着物が入っていた。真新しい、しわもはいっていない着物を布団の上に乗せて、布団をおろした。

 

「これ、着なんし」


 着物をわっちに手渡し、灯鈴様はせっせと布団を敷き始める。

 着物を抱いて、着替えるとこを忘れ、灯鈴様の髪に見とれてしまっていた。腰まで伸びた艶のある唐紅色。赤い花々が咲き乱れているようだ。その髪は凛とした顔立ちを際立たせている。

 見とれてしまっているうちに、いつの間にか、灯鈴様が着替えさせていた。


「あっ……ありがとう」

「うちの前ではそれでも良い。しかし、人前では「ありがとうござりんした」といいなんし」

「うん、わかった」

「「うん」も、「あい」というざんす」

「あい」


 わっちにはどうして、こういう言葉遣いをするのかちっともわからぬ。

 黒っぽい紫色の生地で、袖口や袂、裾には桜の花や花びらが散らばっている。


「つきみ、ここに座り」


 鏡台の前を指して言った。

 大人しく正座をすると、灯鈴様は引き出しから櫛を取り出して、わっちの髪を梳く。ぼさっとしていた髪が綺麗にまとまった。

 肩まで伸びた横の髪と同じくらいの長さの前髪をすくい上げて、つむじ辺りまで持っていった。引き出しをまたあけて、黒い簪を取り出す。前髪をかんざしで止めた。視界の半分以上を占めていた前髪がなくなり、視界が広くなる。


「よし、完成しんした。外へ行こう。良いものが見れるからのう」


 ほっそりした指がわっちの手を握った。

 ……おかあ様。ふと、おかあ様と手をつないでお散歩をしたことを思い出して泣きそうになる。下唇を噛んで涙をこらえた。涙が落ちないようにまばたきをして、深呼吸をする。

 どうか気づかないで。

 外に出ると、辺りは暗くなっていて、妓楼のそばに置かれている行灯に火が灯っていた。

 わっちと同じ高さに腰をかがめて、灯鈴様がこそっと囁いた。


「つきみ、あれをごらん」


用語説明。

妓楼ぎろう……遊女たちをおいている建物。

楼主ろうしゅ……妓楼の経営者。本来は男性がつとめています。が、ここでは女性です。

女衒ぜげん……簡単に言うと人身売買をするひと。

禿かむろ……はげではありません。本来上級の遊女や花魁のお世話係のようなことをし、吉原での作法等を学んでいく子供です。だいたい10歳ぐらいまでですね。


言葉

~なんし……~しなさい。命令を表す。

ざんす、ざいます、ざます……です。

 

文中の「完成し「んした」」……完成しました。過去を表す。


言葉遣いはあまり自信がありません。江戸時代の吉原の遊女はエアプなのでガバガバなところがあると思いますが許してくださいっ!

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