1-6「昔の話」
夕方頃だろうか、長い時間ベッドに篭っていた気がする。
途中何度か、うたた寝もしていたとも思うが…
いい加減、ベッドから降りてアイロンのかかった自分のシャツに袖を通し、部屋から出る。
城内をフラフラしていると、働いているメイドと数回すれ違うのだが、ここは静かな場所だな…と改めて思い、それと同時に何で俺はこんな所に居るんだろうと、疑問に思った。
「あら?シンヤ殿?…おーいっこちらですよーー」
一階の中庭に隣接する廊下を歩いていると、ライラの声が聞こえた。
声の方を見ると、ライラが中庭の真ん中にあるテーブルセットに座りこちらに手を振っている。
呼ばれたから、というのもあるが何となく彼女の側へ行くと
ライラの隣には、あまり見かけた事のない中年の執事が1人居た。
「陛下、あまり大きな声で呼びかけるものではありませんよ。みっともなく思われます。」
「ねぇ、シンヤ殿。今丁度お茶の時間なのだから、お茶会を開いているの。でも、この堅物はどうしても私とはお茶が飲めないというのよ。」
執事の事を無視して、俺に話しかけ
「だから、シンヤ殿。私と一緒にお茶しませんか?」
と、誘われた。
特に断る理由もないし、居候させてもらっている身だからこそ、俺は執事が引いた椅子に座る事にした。
「シンヤ殿とは、初めて顔を合わせるわよね。私の手足のゼフィルよ。」
「お初目にかかります、勇者殿。私はゼフィルと申します。以後お見知り置きを…。」
深々と頭を下げられて、会釈を返す。
近くで見ると、白髪交じりの黒い髪をオールバックにした短髪の男性で、180cmだろうか?かなり背は高い。
「初めまして、龍崎慎也です。こちらこそよろしくお願いします。」
「移動するときとか、お茶の時とか、基本的には一緒に居るからこれからはよく会うかもしれませんね。私共々仲良くしていただけたらと、思います」
ニコニコと嬉しそうに話すライラに、俺もとりあえず、ぎこちなくニコッと笑う。
「でも、大変だよな…1人で移動できないっていうのは……」
と、気が少し緩んだからか、ずっと思っていたが口には出さなかった言葉が出てしまった。
「あ、いや、その…悪い意味とかは無いんですけどね…ぇっと…」
「お気遣いありがとうございます、シンヤ殿。そうですね…不便で無い、と言ったら嘘になりますし…、この身体を嘆いた事は無いか、と聞かれたら、もちろん昔はよく嘆いていました。」
俺に向けていた視線が、手元に移り
俺は、彼女の視線を追う。
「そうだ!私の昔の話をしましょうか!」
と、急にパッと顔を上げて楽しそうに言うライラに、俺は無言で頷いた。
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昔の話です。
そう遠くはない過去の話。
貴族の中には、沢山の子供が居ました。
その中から、時期国王が現れると予言されてからは、鳥籠の中で大切に、大切に育てられていました。
王族、国王となる者は必ず、身体や何処かしらに欠陥が10歳を過ぎると現れ、その日から王族教育が始まり、15の成人と共に王座に着くのです。
ある者は、神へ捧げた物による神託者と言い
ある者は、切り離すことのできない呪いだと言いました。
そんな大人の事情なんて気にせず、鳥籠の中では、まるで兄妹のように仲の良い3人組がいました。
1人は、とても泣き虫で、甘えん坊の女の子
1人は、臆病だけど、とっても優しい男の子
そして、元気だけが取り柄の強気で頑固な女の子…。
3人は何をするにも一緒で、いつも3人で過ごしていました。
毎日毎日それはとても楽しくって、ずっとずっと3人で一緒居るものだと思っていたのです。
でも…
そんな日は長くは続かなかった。
子供達が9つになった頃。
あんなに優しかった男の子が、突然自分の殻にこもってしまい、話すことも、彼が部屋から出てくる事もなくなってしまい。
元気だけが取り柄だった女の子は、それと同じ時期に身体の半身が動かなくなってしまいました。
急な身体の不自由さに慣れず、苦しんでいると
「実に素晴らしい事だ。」
「こんなにも早く現れるなんて…」
「奇跡の子だ…」
「気色の悪い娘だ…。」
色々な大人達の初めて向けられた知らない視線に囲まれて
突然周りとの交流を断たれ、『王になる為の』教育が始まりました。
それが、昔の私です。
そこからは、あんにも仲の良かった、泣き虫な女の子とも、あの後どうなってしまったのか分からない男の子とも、話すことも会う事も叶わなくなり、月日だけが経ちました。
そして、13歳の誕生日。
盛大な誕生日会を開かれ、次期女王と祭り上げられましたが
周りの大人達の傲慢なパーティーだからこそ問題がなかったのか、私は、体調が優れないからと欠席しました。
主役なしのパーティーなのに、それすらも大人達は喜んだわ…。
1人で自分の部屋に篭って
いつかの、あの楽しかった時間を思い出してしまって…
大切な友人、私の自由、楽しかった時間。
全てが私の中から零れ落ちて、何も残らない様な喪失感に襲われて、ずっと泣いていました。
泣き疲れて眠ってしまった私は、硬い物がコツコツと当たる音で目を覚まし
音のする窓の方を見ると…
窓をノックしている女の子と、その子に首根っこを掴まれている分厚い本を大切そうに抱えている男の子が居て。
あの時とは、だいぶ雰囲気が変わって居たけれど、すごく久しぶりに顔を見たのに、一目であの時の…
泣き虫な女の子と、優しかった男の子だってわかったわ。
私が気付いたことに、彼女達が気づくと、女の子が足元に置いていた白い花を手にとって息を吹きかけると、その花は窓をすり抜けて、私のもとへふわふわと飛んで来くる。
私が手に取ると、キラキラと光り小さな白い鳥に変わり
『そんなに暗い顔をして、どうしたの?小さなお姫様?』
と、鳥からあの子の声がして
『私たちの知っているあなたはもっと元気で、強くて頑固者なのに、そんな様子じゃダメダメね。』
私は、手の中でお話しをし始める鳥を通して、窓を見ると
女の子と男の子が、私の様子をうかがっていた。
『ねぇ、ライラ。ライラが泣き虫なら、私が強くなる。ライラがか弱くなるなら、僕が頑固者になるよ。』
「私…、私は……。」
二人の言葉にまた泣きそうになってしまう。
「ライラ!!笑って!辛いなら、ライラが背負うものを私にも背わせて!自由じゃないって言われるなら、私がライラの手足になる!つらい思いなんて絶対にさせない。ジェイドも、ライラも。私が絶対に一人にはしないから!!」
と、窓から大きな声を私に届けてくれる。
何も返せなかった。
嬉しい気持ちが大きすぎて、それと同じくらい自分自身がとても情けなくて。
男の子が持っていた本の表紙を私に向けてくる。
「ゆ、うしゃ伝説…?」
タイトルを読むと、彼は頷いて窓のところに立てかける様に置き、来た道を戻るかのように、柵の外へと身を乗り出す。
「ちょ、ちょっと!まだライラと全然話せてないの!!待ちなさい!」
「どうせまた来るし…これから嫌でも一緒にいる事になるんだろ。先に僕は帰るよ。」
二人で揉め始めるものだから、とてもハラハラしたけれど
女の子は私に向かって、少し寂しそうな笑顔を向けて
「少し…時間がかかってしまうかもだけど…、絶対にライラの傍に行くから。またね、ライラ。」
手を振って、男の子のあとを追いかけて行ってしまう二人を、私は何も返せないまま見送ることしかできなかった。
二人がいなくなると、私の手の中にあった白い鳥も、弾ける様に消えてしまう。
「またね……か…」
久しぶりに会えたからなのか、とてもとても寂しくて
今でも、あの時の二人のあとを付いていくことが出来る体だったらって何度も想像した。
数年後、様々な教育を叩き込まれた私は15歳になり、国中をあげての戴冠式が行われました。
知らない人達に囲まれ、神輿の様な椅子が備え付けられている台に座り知らない人達に担がれて、国民の花道を通り華やかに飾られた道を優雅に過ぎていき、私はまるで、見世物の荷物の様だと苦笑してしまた。
城の中に入り、王座に座らせられると
流れとしては、戴冠式の日から不自由な王のために、騎士が何人か傍に置くことになっていて
その、特別な騎士と、騎士団を取り仕切る団長、副団長の紹介から始まる。
「女王陛下に騎士を。」
その声が響くと、周りがざわつき始める。
私の前に現れたのは、凛とした綺麗な女騎士だった。
あまりの綺麗さに目を奪われてしまう。
王の騎士と言えば、基本的には男性の騎士がほとんどなのだが、女性騎士であることも、周りのざわつきや視線で珍しいという事が伝わってくる。
でも、そんな周りの様子になんて一切目もくれず、真っ直ぐに私の方へ向かってきて
真っ直ぐ私を見る目に心を強く掴まれるような感覚を覚えた。
惚けてしまっていると、女騎士が私の前に跪く。
「陛下の剣であり、手足になる喜びを。私は陛下に私の全てを捧げます。」
私の隣に立っていた男性が、彼女の剣を私に渡し、それを受け取り、彼女の肩にそっと剣先を乗せる。
現実味のない光景を今でも忘れることができな衝撃は、その後も続いた。