プロローグ 『扉』
なにげない日々、、綺麗に咲く桜並木を横目に
これからまた始まる生活に憂鬱な気持ちと、なにもしないで過ぎてしまった冬休みに戻りたい気持ちを抱きながらため息混じりに、ゆっくりとした足並みで通学路を歩いていた。
まだ7分咲きくらいの桜を眺め、物思いに耽る…
遂に遂に、だ。
俺に下級生が出来、さらには上級生との間で板挟みに悩まされ
一番楽しくも、一番面倒くさい高2という立場になったのか…と。
だらだら歩きながら、一瞬、ほんの一瞬だけ暗い気持ちになり俯きかけた…がしかし!!
顔を上げそんなに長くもない髪を俺は掻き上げ、鼻でフッと笑う
板挟みでなにが悪い、寧ろ人生で一番楽しい時!そう、この俺の未だに来ていないモテ期がおそらく始まり!!!そして、俺のいつかは発揮するであろう秘められた可能性やあらゆる力を今この時まで温存していたものを遂に活躍させる時が来たのだと思うと寧ろ心が踊る程だ!!!
と、心の中で1人で本当は憂鬱な気持ちを誤魔化すようにごちゃごちゃと考え、既に情緒不安定なような、はたから見たら気持ち悪く道端で笑いを殺す様にしているこいつこそが
龍崎慎也。まだ思春期を引きずる、厨二病患兼主人公だ。
「シンくーーん!おっはよぉー!!」
1人自己陶酔にひたっていると…
背後から声をかけられたと思ったのと同時に、背中に鋭い痛みを感じた。
「っ…ぁ!?…っなんだ、あんずか…おはよ……」
叩かれた背中がジンジンと痛み、若干の涙目になりながら後ろを振り返ると…
おそらく俺の背中を叩いたであろう手をヒラヒラさせて、ニコニコ笑いながら何事も無かったかの様に会話を続ける女子がいた。
「シンくん、1人で笑ってて気持ち悪かったよ?また1人でなんか変な事考えてたんでしょ??」
小首を傾げて可愛らしく、口元に指を当てる仕草をするのは
桜井あんず、俺が幼稚園の頃からの幼馴染だ。
だからこそ、だからこそなのか話しにくいというか、色々と接し方が一番難しい相手だ。
いや、断じて俺がコミュ障という訳ではない。
「朝から元気なやつだな…今日から新学期だぞ、そんなにハイテンションだと後半持たないんじゃないか?」
2人で足並みを揃えて学校へと向かい始めるのだが、女子と2人で登校なんて、周りの目もあるし正直避けたい
が、あんずが相手ではどうしようも出来ない。寧ろ、逃げた時の方が怖い。
「新学期だからだよ!更には、新入生!後輩もできるしさ!!ほら、後輩は可愛いっていうでしょ?楽しみで楽しみでっ」
うきうきとした表情で、落ちつきのない手振りをするあんずを俺はやれやれと、冷めた目で一瞥し
「俺は嫌だな、寧ろ冬休みが終わった悲しみと、夏休みがはやく始まる事をひたすら願うだけだ。」
と、はぁー…とわざと目につくような大きなため息を吐く。
が、それを見たあんずがわなわなと拳を握りしめた。
「そんな事言うと、本当に楽しく無くなっちゃうよ?せっかくなんだから楽しめばいいのに……」
悲しげに言うとあんずは足を止めた。
それに合わせて、俺も足を止めて振り返る…と
「よしっ!そんなやる気のないシンくんには……闘魂注入だねっ!!」
やけに、気合いの入った顔をしたあんずが、更に拳を固く握っていた。
俺は顔面蒼白になり両手であんずを落ち着かせようと、どうどうと身振りをする
「お、おい待て待て待て、お前の闘魂注入とか言って思いっきり俺を殴るあれはマジでやめろ?怪力なんだからな?いや、えっとその…やめてください…」
「と〜こ〜んっちゅーにゅーっっ!!」
俺の話なんて全く聞いている様子のないあんずは、俺の肩あたりに拳が勢いよく突き出して来てそのままの勢いで思いっきり、当たりそうになる…がっ!
「甘い!お前と何年の付き合いだと思ってるんだ!?いつもいつもこんな拳如きに怯え慌てふためくと思うなよ!!この俺にかかれば今日こそは!簡単に避けれるぞ?!」
カッコイイんだかなんだかの台詞を吐いている割には、当たった時の為に身構え、更にはちょっと怖くて身体が畏縮していた。
そして、あんずの拳が肩に触れるか触れないか、そんな時に……
ーーーーガッコン
大きな機械音が聞こえた
殴られる覚悟を決めていたわけではないのだが、いつ迄も肩に鋭い痛みと、衝撃が来ない事に不思議に感じた俺は、強く閉じていた目を恐る恐る開くと
目の前であんずの動きが完全に止まっていた
「な、なんだ…これ…」
ーーーギ…ギギギギギ…ィ
建てつけの悪い扉がゆっくり開く様な変な音がし
俺は周りを見渡すが、扉らしき物も何もない
さっきまで鬱陶しかった春の風が寧ろ、吹いていない事に俺は気づいた。
更には…
「う…嘘だろ……?」
ひらひらと舞っていた桜の花びらが、空中に浮いたまま地面に落ちる事なく、止まっていた……
今、何が俺自身の身に起こっているかの理解すら追いつかないまま、俺は、急に目が開かない程の眩しい光につつまれた…
眩しいと思った瞬間には、立っていた筈の地面の感触も無くなってしまい…
「ーーっ!?!?」
文字通り声も出ないまま、落ちた
だがそれも一瞬で、目を瞑っていてもあんなに眩しかったのに、突然真っ暗になり
落ちていく感覚が不意に無くなり、まるで急に高いところからジャンプして着地したかの様な激痛が脚に響く
「っ…!?」
もう、頭も身体もついてきていないのに、声にならない痛みと、暗いと思ったらまた明るくなった景色に目の奥が痛む
何が何だかわからないまま、ゆっくりと痛みが治り始めた目をそっと開けると…
目の前にはレンガ状の壁があり、なんだかよくわからない狭い通路に俺は立っていた
「何、なんだ…?いってぇ……っ」
疑問よりも何よりも感覚の方が冴えていて
未だに脚の痛みと闘い足を摩っていると…
「そこの君!!」
突然、後ろから声をかけられた。
もう色々な事がいっぺんに怒りすぎて訳の分からなくなっている頭と、まだ目がチカチカしている様な状況で、俺が振り返ると、そこには1人の男がいた。
更には、俺が声を出す前に、そいつは耳を疑う言葉を投げかけてきた
「ま、まさか!君は伝説の勇者だろ?!」
と、キラキラした目で言うもんだから
「……へ?ぇ?あ、ぇっと、はい?」
と、ちょっと身構えていた割には、かなり間の抜けた返事をしてしまったのだった