星域環境(承 後半)
浄化戦直前までの投稿です。
次回投稿は、12月5日です。
※11月21日 一ヶ所の時間訂正と、発進直前部分での一行追加。
※11月30日 次回投稿日を12月5日に延期。(申し訳ありません)
※1月1日 入港経過時間を修正(二十四時間 → 約二十時間)
※3月3日 地の文に矛盾を発見、2行を削除
※7月29日 住民の地下への移動先を訂正(住宅街 → 大木)
※2018年12月9日 陽葵の疑問に対する穂華の返答を訂正(念話でですか? の後の発言)
航宙歴五百十七年四月九日 午後〇時十四分
「時空干渉終了っと…………陽葵、ご苦労様」
「お疲れ様です。穂華」
通常の時間に戻った私達の目の前に、十一着の服が浮いていた。
意識体十一着で、八伸様と同じ水霧の衣を使用している。
異なる点があるとすれば、着用者本人の希望を、私達が反映させた事だ。
八伸様の時は、彼女自身が思い描いた服を纏ったが、今回は希望を聞いた私達が、水霧の衣を形状記憶させている。
「優衣や真衣、氷柱や千香には直接渡すんですか?」
「うん。八伸様と同じように水霧の衣を渡して、着て貰うつもりだよ」
私を宿主とした霊体の心配をする陽葵に、私は穏やかな笑みで答えた。
後は、園児を背負った人へのお礼と、琥珀、手鞠、美優へのご褒美を作るだけだが――――星の魔力の適用外の為、魔力無しでの手作りとなる。
「陽葵はお裁縫は得意?」
「はい、服のほつれや、破けを自分で直してます。パルタイトは用意出来ないので、畑から少量採れる綿が頼りでしたが…………無い物ねだりは出来ませんね」
綿は、スターマインドと共に消滅している。
「そうだね。失った物は戻らない……そう割り切らないと、混沌を呼び寄せるから」
「穂華は、パルタイトを持ってますか?」
「管理はキルトの担当だから後で聞いて。私欲の為で無く、生活に必要と判断されたら渡してくれると思う」
食品と衣類以外の物資は、意識体が供給してくれている。
意識体が見えない人も、物資が空中を移動する状態を、何度も見掛けている為、意識体の存在を信じる要因の一つとなっていた。
「今は無理なんですか?」
「キルト達、宇宙の代表者は、他の宇宙との念話中。仲間の意識体が常に状況報告してくるけど、キルト達は彼らの報告を分析して、動きを指示する責任があるから」
キルト達、意識体の代表者は、一万五千から、五千五百五ヶ所の宇宙を本体とする存在だ。
当然、宇宙という肉体に対して、キルト達は動きを指示する必要がある。
つまり、キルト達は、宇宙にとっての脳なのだ。
「最中や大福もですか?」
「うん。ワームホールが本体だから、ワームホールから来る状況報告に対して、今は動きを指示しているよ」
私の中から、宇宙の四方八方へ、念話が飛んでいる。
受信者を限定した秘匿念話で、生命の中では私だけが受信出来て居た。
「それじゃあ、キルトには後で聞く事にします」
「そうだね。私達の仕事を終わらせちゃおう」
「私は何を作れば良いですか?」
「園児を背負った人達に、メッセンジャーバッグを作って、私はご飯のご褒美と、ぬいぐるみの作製をするから」
メッセンジャーバッグは、郵便配達人が使用していたバッグを参考に作られた、肩から斜めに掛ける形態のバッグだ。
西暦時代や、十三年前のスターマインドでは、主に書類の持ち運びに利用されている。
間口が大きく、出し入れしやすい構造の為、書類の代わりに、衣類の格納も出来るだろう。
「十人分ですね。材料はあの大籠ですか?」
「うん。青い大籠の方ね。キルトがパルタイトを生地の状態にしてるから、縫い合わせるだけで、作れるようになってるよ」
園児はこれから魔力順応力を持つ可能性を秘めた、原石だ。
その原石を守る事は、星を守る事に間接的に繋がって行く。
だからこそキルトは、特例としてパルタイトの提供をしてくれた。
本来は、服の新調時と学園入学時期だけなのに――――――生地の状態にまで加工するお節介まで見せて――。
「キルトも、園児を背負ってくれた彼らに、感謝しているんですね。これなら十人分でも二時間程度で作製出来そうです」
大籠の中身を全て出した陽葵は微笑んでいた。
私は赤い籠の中身を出しながら、完成までの時間を計算する。
「私の方も、二時間くらいだから、丁度良いかもね」
完食のご褒美と、ぬいぐるみは、星の守護と関係が無い物だ。
その為パルタイトでは無く、綿とよく似た特徴を備える、宇宙産のキピが、糸となって赤い籠に入っている。
「パルタイトとも、綿とも違いますね…………自然で茶色の糸が出来る植物って初めて見ました」
それを見た陽葵が、正直な感想を伝えて来た。
陽葵と私で、材料が異なる理由も、陽葵には理解出来ている。
「綿が出来るのは、アオイ科のワタ属という多年草の、種子が生やす毛からだけど…………キピはポピールと呼ばれる一年草が出す、種子の毛だから」
キピの糸と、キピの織物生地、後はパルナ鳥の羽毛が私の前に並んだ。
パルタイトは決して潤沢では無い。
それを勘違いする人間がいるとしたら、星からの信任を失いやすい人間と言える。
キピの織物生地をキピの糸で縫い、ぬいぐるみには、パルナ鳥の羽毛を使う。
羽毛は紫色だが、ぬいぐるみの中へ隠れるので、問題は無い。
「キピも生地に仕立ててるんですね。キルトはお裁縫の才能があると思います」
緊張の無い陽葵からは、流暢な発言と、積極性が出ていた。
私は、キルトの故郷の情報を添えて、陽葵の感想に答える。
「キルトの生前の故郷は、ルタ惑星だけど、毛の惑星という二つ名が付くほど、獣毛、羽毛、植物の毛に恵まれた環境だったから……キルトは生地を移動式住宅の壁や屋根に使う遊牧民として生きていたみたい」
衣類としての生地では無く、建築素材としての生地を、生前のキルトは作製していた。
「それで、綺麗な生地が作れるんですね。肉球と爪のある前足でお裁縫が出来るなんて…………器用で素晴らしいです」
陽葵の赤色の瞳が輝き、尊敬の思いが私にも伝わってくる。
「それは人間も同じだよ陽葵、足の指でスプーンや箸を持って食事をしたり、足の指にペンを挟んで文字を書いていた人だっているから…………諦めたら退化するけど、正しい努力を続けたら、生物は進化していけるの」
努力にも、正しい努力と間違った努力がある。
努力が実らず、諦めた人は、努力の仕方や加減を間違っていたか、心の弱さに負けた人と言えた。
肉体を鍛える為の努力は、数年から数十年単位での努力を必要とし、肉体の構造を変化させるには、数世代単位での努力が必要になる。
「そうですね。私も努力を続けて、キルト達を助けようと思います」
「うん。一緒に宇宙を救おう。陽葵」
「はい!」
私達は笑顔で握手を交わした。
一人よがりの努力では無く、合意形成が出来た状態での仲間との努力は、素晴らしい効率と効果を、過去に生み出している。
孤独な努力は、無駄に終わる事も多く、仲間の反感を買いやすい。
それを理解する星野家では、家族との合意形成が重視される。
外出時に行き先を告げるのも、その為だ。
メッセンジャーバッグの材料を、手に取った陽葵が、パルタイトの特徴を伝えてくる。
「パルタイトは肌触りが良くて、熱に強く、耐久性も高い。三ヶ月という寿命が無ければ最適な素材ですね」
「そうだね。でも…………三ヶ月という短所があるからこそ、パルタイトは星の魔力を纏えるんだと思う、どんな存在にも必ず短所と長所はあるから、星と混沌にも短所があるように、無敵の存在なんて、この世には存在してない」
「だからこそ、私達は助け合うんですよね? 星野家の家族として」
陽葵は私が言いたい事を、良く理解出来ていた。
自分の短所を隠す者、理想ばかりで現実を直視出来ない者は、短所がある事に対して否定的な意見を伝えて来る。
自分の弱さを自覚し、それが他者に見える事を恐れているからだ。
陽葵は、弱さは全ての者にある事を認めた上で、自分の弱さを補う為の手段が、星野家の結束であると、意思表示していた。
「その通り、陽葵はさすがだね。さぁ、作っちゃおうか。もたもたしてると、夕方からの作業に影響が出ちゃう」
「はい! 綺麗に仕上げてみせます!」
陽葵から良い気合いが伝わって来た。
私は、茶色の糸と生地を手に取ると、魔力未使用でのお裁縫を始める。
時空干渉の時とは異なり、周囲の環境が出す音をBGMとしながら、縫い合わせるのも趣があって楽しいものだ。
航宙歴五百十七年四月九日 午後二時三十六分
とても綺麗ね――――二人共、キルトに負けないくらいの出来よ――。
本当――綺麗ね、贈られる人は、幸運だわ――。
私達が、贈り物を完成させたタイミングで、コスモスとアカが念話を出した。
秘匿念話の往来が少なくなり、宇宙という肉体に対して、意識体からの指示が終えて来ている事を示唆させている。
「コスモス、アカ、ご苦労様。混沌は発見出来ていないみたいだね」
私の方は異常無しね――――七百年前と三百六十四年前に、混沌と浄化戦をしたのが、最後になるわ――――。
私の確認に、コスモスの念話が届き、続いてアカから念話が来る。
私は警戒宙域が四ヶ所の宙域であるわね――混沌の活動は無いけど、支配と独占の感情を持った、知的生命体がいる――。
「内一ヶ所は、文明レベルが高度だね。注意しておかないと、星が破壊されかねない」
穂華だけは――秘匿念話を受信出来るのでしたね。
正に第二のフレリと言った状態ですな――――信頼しておりますぞ――穂華。
内情を知る私の発言に、ツキノワの確認と、ラプラタの信頼した念話がくる。
彼らも、無事に指示を終えたようだ。
陽葵が作った贈り物は――何時運ぶ予定かしら?
「ホープアローから、荷物を運んでくれた意識体にお願いするつもり、私達も彼らも、お互いに忙しい状態だから」
念話で来たコスモスの質問に、私は人間側の事情を話した。
引っ越しした翌日というのは、荷物の整理や周囲の状況把握などで、来客を迎える余裕は無くなる。
荷物が衣類と食器、小物しか無かった星野家は異例と言えるだろう。
収納家具や生活家電こそ、意識体側が用意してくれたが、娯楽や趣味に使える家電や書物は無く、住民達がスターマインドからの脱出時に、荷物に含めて持参していた。
その為、住宅街では昨日に引き続き荷物の整理をしている気配がある。
「その方々は、もう呼んでますか?」
「呼んでるよ陽葵。午後三時の約束だから、もうすぐ来てくれる」
こちらに近付く、意識体の気配を感じる。
星域病院へ患者を運んでくれた星の意識体と同じ気配だ。
自分の肉体の事とはいえ――――指示に時間が掛かるのは不便だな――。
気持ちは分かるけど――怠けたら自分が消えるわよ――モミヤマ。
「チーター、モミヤマ、お疲れ様。混沌の活動は無かったみたいだね」
えぇ、無かったわ――警戒宙域が二ヶ所で――知的生命体同士の戦争は起こりそうだけど――。
私の方は警戒宙域が一ヶ所――でも、文明レベルが低いから――まだ安全かな――――もちろん警戒は続けるけどね――。
チーターの少し不安そうな念話に、モミヤマの気丈な念話が聞こえた。
その念話に、陽葵が不安そうな口調で声を掛ける。
「肉体と意識体が離れてると、大変そうですね」
それほどでも無いわよ陽葵――人間も電波を使って遠隔操作する機械があったけど――――あの感覚に似ているわ――違う点があるとすれば――肉体が傷付くと意識体の私達も心に傷を負う点ね――――私達の肉体は――あくまで星や宇宙、ワームホールだから――。
陽葵の心配に、チーターが優しく語り掛けた。
私は、陽葵が深刻に考え込まないように、話題を変える。
「陽葵、贈り物を運ぶ意識体達が、星野家の玄関まで来たから、ここに案内して」
「あっ……はい、ちょっと行って来ます」
「お願いね。陽葵」
私の発言に、思考を切り替えた陽葵が、二階の廊下へと出て行く。
それを見ていたチーターは、私に穏やかな口調で念話を送る。
優しいのね――穂華は――。
「私は一緒に秘匿念話を受信しているから、心構えが出来てるけど……陽葵達は、違うから、悪い報告を油断している時に聞くのって……精神への負担も大きいの」
私達の精神は、あくまで人間。
支配と独占を捨てても、人間の精神力は弱い。
それを自覚して動かないと、私達は混沌に負けてしまう。
どうやら――穂華を秘匿念話の受信対象者に設定したのは――正解だったようだな――――。
えぇ――おかげで悪い報告を気兼ねなく伝えられます――。
私が人間の弱さを伝え終えると、キルトとオオハクの念話が聞こえた。
私は秘匿念話から得た情報を、事実確認を兼ねて質問する。
「ここから、七光年の位置に混沌に追われている船がありますね」
一隻の大型巡洋艦と三隻の中型駆逐艦が、複数の混沌に追われていた。
オオハクは、その戦闘で受けた星側の被害を、冷静に伝えて来る。
その戦闘で――月と同規模の衛星が二つ――小規模のガス星雲が一つ――消滅させられています――警戒から浄化に移行しなければ――。
「キルト、スターフラワーは動けそう?」
意識体側の準備は万全だ――ただしアニマル艦隊は整備中で動かせない――。
「入港してから、約二十時間しか経過してないからね……仕方がないか…………キルト、今後は悪い報告は私だけに伝わるようにして、瀬名里達は宇宙の全域を把握出来ないから私の方で情報を纏めて、瀬名里達には私から伝えるようにする」
瀬名里達は、信任を得た時に、欠損した肉体の一部を星の魔力で完治させている。
それは、星の魔力が肉体の代理を務めている事と同じ状態だ。
だからこそ、身体能力や自然治癒力が向上し、精神面も強化されている。
でもそれは、あくまで人間の肉体と精神を、基準にしたらの話しだ。
初めから、人間と星の意識体のハーフである私は、母の星菜と同じく、人間とは思えない身体能力と精神力、自然治癒力を持つ。
私が、隠世(常世)を覗いて精神が平気で居られるのも、六万五千五百三十五ヶ所の宇宙全域の情報収集が可能なのも、私が人では無いと言える証拠になる。
穂華の精神は――フレリを超える存在となりそうだな――小織が隠世の管理を任せる理由がようやく理解出来たよ――。
ハシブトご苦労様――――警戒宙域が多いみたいね――。
私が考え事をしていると、ハシブトの念話と、彼を労うコスモスの念話が聞こえた。
警戒宙域が十四ヶ所――――内二ヶ所で警戒から浄化になりそうな危険宙域があるな――浄化に移行したら穂華に知らせるよ――――。
「うん。お願いね」
穂華――先ほどの提案だが――――我々も賛成だ――陽葵の心情を見ると――突然の悪い知らせは害悪と判断出来るからな――我々も穂華に情報を伝えて――――穂華から情報を瀬名里達に伝えて貰うのが最適と思える――――。
だから――穂華の負担が増えるけど――よろしくね。
キルトとコスモスから、肯定の念話が伝わって来た。
私は、陽葵を気遣う星の意識体達に声を掛ける。
「陽葵はもう意識を変えられたようだから大丈夫。キルト達は私をもっと信用して、私が星の信任十割なのは知ってるでしょ?」
明るく戯けた感じを見せて、星の意識体達を安心させる。
私自身の能力は、借り物であって、威張ったり、横暴をする為にあるのでは無い。
星の意識体とスターフラワーの住民、みんなを安心させる為にあるのだ。
それを前面に出すと、キルト達の心が明るく変化するのが分かる。
人間と我ら星にとっての天使じゃな穂華は――。
大福――先に報告があるでしょ? 穂華――先ほどのキルトの意見には――私も賛成よ――ワームホールの異常は無かったわ――。
数だけは多いから時間が掛かってしまったわい――――すまんのぅ穂華――。
「大福、最中、お疲れ様。陽葵が戻って来るから、この話しは一旦終了ね。キルトはスターフラワーの意識体に発進準備を頼んで。発進は二時間後。後は全員私の中で待機。発進してからの瀬名里達のサポートをお願い」
スターフラワーの操艦は、私と瀬名里達がする。
瀬名里達は浄化と防衛の担当だが、機動が特殊なスターフラワーは、サポート無しでは操艦出来ない難しさがあった。
了解した――私も穂華の中からスターフラワーの仲間に秘匿念話を送ろう――瀬名里達の方は頼んだぞ――――穂華。
「うん。任せてキルト」
「戻りました」
キルト達との念話を終えるのと、陽葵が戻るのは同時だった。
陽葵の後ろには西暦時代に居たというアライグマの外見に酷似した意識体が十体随伴している。
「ホナエルの皆さん。お疲れ様です。これを、園児を背負ってくれた青年と少年にお願いします」
桃色の体毛に藍色の瞳が特徴の彼らは、小惑星やガス星雲で生まれた星の意識体だ。
彼らの役目は、死から生を繋げる事。
つまり、恒星の超新星爆発から、新たな星の誕生まで、物質を運搬する役目にある。
宇宙の年齢に比べると寿命こそ短いが、ホナエルは自身の生存を最優先としない。
宇宙の生存を最優先する為、自身の生存を優先する生命体とは、異なる雰囲気を持つ。
「お願いしますね。ホナ」
陽葵の言葉を貰ったホナエル達が、陽葵に体をすり寄せている。
短時間でとても仲良くなれたようだ。
「これが配達先だから、お願いします」
私は、ホナエル達に声を掛けると、念話で配達先の情報を送った。
彼らは、私達の発言を理解出来るが、文字までは読めない。
宇宙やワームホールが本体のキルト達とは、違う意識体なのだ。
分かりました――宇宙心様――未来の希望を支えた彼らに――確実に届けます――。
十個のメッセンジャーバッグを運搬の魔力で浮かせた、十体のホナエルが私に念話で挨拶をして二階の洋室部屋を退室して行く。
ホナエルの退室を見届けた陽葵が、私に疑問を伝えて来る。
「宇宙心ですか?」
「後で説明するから。ぬいぐるみを私達の部屋に運ぼう。それから、外出している家族を、公園中央の星域病院前に集めるから」
「念話でですか?」
「スピーカーでだよ。まずは一階の居間で休憩している、瀬名里と合流してからだけどね」
星の魔力を動力としたスターフラワーにとって、七光年の距離は、一秒にも満たない移動時間だ。
宇宙を詳細に把握出来ている星の意識体だからこそ、通常空間を超光速移動する能力が持てる。
三階に上ると四十八畳の部屋に入り、入口近くに音穏の大きな熊を置く。
その横には、陽葵が抱えた三つの小さな熊が並び、熊の親子が佇む光景が生まれた。
「陽葵、手伝ってくれてありがとう。さぁ、瀬名里の所へ行こうか」
陽葵は理由を聞かずに付いて来てくれている。
時が来たら教えてくれると、信じているからだ。
「はい。早く瀬名里と合流しましょう」
スターテリトリーが、スターフラワーに常駐する星の意識体達の活発な動きを捕捉している。
予定よりも早い発進に、星の意識体達も急いでいるようだ。
一階まで下りて来ると、二階への階段近くにトイレがあり、廊下の中央に居間への入口がある。
居間へ入室すると、ソファーに座った瀬名里が私達の方へ顔を向けた。
「時空干渉ってのは、思った以上に繊細だね。二時間ほど休んでるけど、まだ疲労が取れない」
「お疲れ様瀬名里。二階の掃除は廊下だけと言っても緊張したでしょ?」
私達が贈り物を作製した洋室部屋は、女性意識体の滞在部屋で、昨日、宴会という名の交流会を開いた和室部屋は、男性意識体の滞在部屋だ。
その為、この二部屋だけは、私達が掃除する必要が無い。
「あぁ、二人の時空干渉を乱さないように、頑張ったよ」
「瀬名里も安定した時空干渉だったね。あれなら応用の方も出来るよ」
基本が不安定だと、応用は出来ない。
勉強やスポーツと同じで、段階をふむ事が必要だ。
「ありがとう。それで、何かあったのか?」
「うん。星野家の全員を星域病院前に集めて、住民には大木の地下に入って貰う」
「という事は、浄化戦か?」
「その通り、ここから七光年の位置で、混沌に追われている艦隊がいるから、その宙域に向かう」
瀬名里は勘がいい。的確に今の状況を見抜いて来る。
「それじゃあ私も気合い入れないとな。星野家の戸締まりはどうするんだ」
「星の意識体に任せるよ。今の星野家は、星の意識体にとっての休憩所でもあるから」
スターフラワーに集結した、星の意識体達の別荘。
その役割を、新しい星野家は備えている。
「陽葵は大丈夫か? 少し不安そうな顔だけど……」
「あっ…………はい、大丈夫です」
陽葵の変化に気が付いた瀬名里が声を掛けるが、返事に元気が無い。
このままでは浄化にも支障が出る為、私は特効薬を使う事にした。
「陽葵、瀬名里、私の方に近付いて」
私の声に、瀬名里がソファーから立って、私の前に来る。
陽葵は私の後ろから左横に来て、肩と肩が触れあう距離になった。
「ごめんね」
私は短く謝罪の言葉を口にすると、瀬名里の唇を奪う。
「ひゃっ……き、キス……」
私と瀬名里の接吻を見た陽葵が声を上げた所で、私は素早く瀬名里から離れ、陽葵の口に自分の口を付けた。
「穂華も大胆になったな。ファーストキスを奪われるとは思わなかったよ」
私は瀬名里の発言に、陽葵の唇から離れながら返答する。
「元気が出たでしょ。今の私達に必要なのは、前を向く心と、元気だから」
陽葵を見ながら、私はキスをした意味を、二人に伝えた。
陽葵の顔が、問題を解いた時の明るい顔になって、小悪魔を思わせる表情に変化する。
「元気になりました。でも…………ファーストキスだったんですから、責任とって下さいね。穂華」
恥じらいながら大胆な事を言う陽葵は、愛らしい。
「当然でしょ。私は陽葵や瀬名里、星野家の家族が大好きなんだから。責任は取るから浄化戦は前向きにお願いね」
私の発言に、二人の顔が笑顔になる。
「よし! そうと決まれば穂華攻略同盟に連絡だ。穂華が百合になったと!」
「はい! 今日は素晴らしい日です!」
瀬名里の快活な声に、陽葵の嬉しさに満ちた声が続く。
あれ? ――私が意図した結果と違う方向に向かってる――。
穂華――スターフラワーは――英語圏の文化では無くて――日本の文化を残す環境よ――――キスは挨拶では無くて――恋人としての意味を持つわ――。
私が思わず出した念話に、コスモスが私の誤算を念話で伝えて来た。
瀬名里と陽葵は、念話に気が付かないほど、浮かれている。
「穂華、そうと決まれば、早く星域病院前に家族を集めましょう」
満面の笑みになった陽葵が、私の左肩を掴む。
「陽葵の言う通りだ。すぐに浄化して、百合を育もう」
それに便乗した瀬名里が、私の右横に移動して右肩を掴んだ。
私は瀬名里の笑顔を見ながら、彼女の内心を指摘する。
「瀬名里、私の意図を理解して、わざと勘違いしたフリしてるでしょ?」
「まぁね。でも、穂華も百合に心が傾いて来てるだろ?」
「私達が、支配欲と断定されていないのが、証拠です」
瀬名里の発言に、陽葵の援護が加わり、私は百合を否定出来ない立場となった。
どうやら陽葵も浮かれたフリをしていたようだ。
「これはもう百合を認めるしか無いね。でも、まずは浄化戦が終わってからね。浮ついて負けるような事があったら、百合だけでなく、命も亡くなるから」
私達は、常にスターフラワーを前線に置いて、浄化戦をする。
それはHQや空母を、混沌の射程圏内に置きながら、戦うようなものだ。
「不退転の覚悟だな。分かってるよ。なぁ、陽葵」
「はい! 私達は負けません。百合の為にも」
趣旨がずれている気がするが――問題は無いだろう――――穂華、住民への呼び掛けは任せたぞ――。
キルトの念話が届いて、先ほどのコスモスと同様に、私の幽体の奥へと戻って行く。
私は両肩に乗った手を、優しく退けると、居間の奥にある受話器へと向かった。
受話器を右手に取り、液晶画面に左手を伸ばすと、後ろを随伴していた二人から声が掛かる。
「これって、電話ですか?」
「でも念話以外で話す相手って、居るのか?」
陽葵の質問に、瀬名里の疑問が繋がった。
私は星野家だけでなく、住民にも動いて貰う必要性を伝える。
「これは、公園と住宅街にあるスピーカーに繋がってるの。念話を受信出来ない人にも、浄化戦の時は動いて貰う必要があるから」
星の信任が無い人や、魔力順応力が無い人には、意識体は見えず、念話も聞こえない。
だが、支配や独占の心を捨てる努力を続けている彼らも、浄化戦には必要な者達だ。
液晶画面に左手を付けると、手理認証の確認が始まり、OKの文字が出る。
手理は、手紋と同じ意味で、手の平の筋を示す。
指紋認証よりも防犯性が高いが、成長と共に、更新が必要なのが難点だ。
私は右手の受話器を口に近付けると、液晶画面に出た受話開始のボタンを左手で押す。
「スターフラワーの住民と、星野家のみなさんに、お知らせします。ここから七光年の位置で混沌が確認されました。すでに衛星が二つと、ガス星雲が一つ、彼らの手により消滅させられています。我々はこれより、この混沌を浄化する為に、スターフラワーでの浄化戦に臨みます。星野家の家族は、星域病院前へ。住民の皆さんは、公園の大木へ集合して下さい。病院スタッフは、星域病院の患者をお願いします。集合時間は今から三十分後です。よろしくお願いします」
私は情報を集約して放送で伝えた。
私達にとって最も重要なのは、星や宇宙を守る事だ。
混沌が追っている者達が、私達の味方とは限らない。
その為、第三勢力の存在は伝えずにいる。
「さぁ、星域病院へ向かおう」
私は受話器を置いて、液晶画面の消灯を確認すると、二人に声を掛けた。
「はい、魔力無しで全力疾走です」
「穂華を真ん中にして手を繋ごうか」
私の発言に、陽葵が走る意欲を見せ、瀬名里が手を出す。
「外に出てからね」
私は短く肯定すると、玄関へ向けて歩き出す。
星野家の外では、意識体だけでなく、人間も活発に動き始めている。
スターテリトリーから感じる慌ただしさに、私は心は静かに燃え始めていた。
航宙歴五百十七年四月九日 午後三時五十七分
「三人共、よく瀬菜を守ってくれたね。とっても偉いよ」
星域病院の前、星野家の集合場所で、私は三人の行動を讃えていた。
私の発言に続いて、花菜が三人を褒める。
「星に味方する生命を助けるのは、素晴らしい事だわ」
花菜の横では、八伸様が美しい笑顔を見せて、三人の行動に感心していた。
「なんで、私達が瀬菜を星域病院に運んだ事が、分かってるんですか?」
「びょ……病院には、裏口から入ったので、分からないはずです」
「み、美優達は……怒られると、お、思ったんだけど……」
琥珀と手鞠、美優の三人は、約四十分遅れで集合場所に来ていた。
怒られると思っていた三人は、私達が予想と違う反応で、戸惑っている。
「三人とも、私が浄化戦で見せたスターテリトリーを忘れてない?」
私の発言に、三人の心が落ち着いていくのが分かった。
美優がほっと胸をなで下ろし、琥珀と手鞠の顔からは不安が消えている。
「瀬名里達が先行して準備してるから、私達も行くわよ」
発言した花菜が、星域病院横の建物へと歩き出した。
私は、歩き出した三人の真ん中に移動して、三人へ助言をする。
「瀬菜の事は心配だと思うけど、これから浄化戦だから気持ちを切り替えてね」
橋本 瀬菜孤児の少女で、年長の園児である彼女は、三人のお友達だ。
住宅街での隠れんぼで、木の上から落ち、左足を打撲している。
普通ならば助けに行くべきではと、思うかもしれないが、過保護は保護対象への支配欲となり、ワガママな子を育てる要因にもなってしまう。
その為、琥珀や手鞠、美優が彼女を助けた瞬間に、私が彼女を助ける必要性が無くなってしまった。
支配欲や独占欲が禁止された世界では、体裁を無視したような行動を実行しなければ駄目な事もある。
「午後四時五十八分の発進まで一時間を切ったわ。急ぎましょう」
鉄筋コンクリート平屋建ての入口を開けた花菜が、建物の中へと入って行く。
「陽葵、手鞠、美優。ゆっくり急ぐだよ」
私は早歩きになって、三人を牽引した。
琥珀がすぐ後ろに付いて、話し掛けて来る。
「はい、慌てず急ぎます」
「美優は琥珀の動きに合わせる」
「あっ! 美優、足元には気を付けて下さいね」
その後ろを、美優と手鞠が随伴する状態となり、私達は花菜の後を追った。
航宙歴五百十七年四月九日 午後四時三十三分
航宙母艦としての機能を持つスターフラワーには、単艦での浄化戦が可能な性能がある。
正五角形の本体に、二等辺三角形の可動区画が五つ繋がり、蕾のように閉じた状態から満開のように開いた状態にまで、可動する機能を持つ。
二等辺三角形の内側には、さらに正三角形の可動区画があり、正三角形を閉じたまま浄化戦をする事により、二等辺三角形が開いても、本体の防衛能力が失わない特徴を備えていた。
「それにしても、ホープアローが米粒に思えるくらい巨大ね」
「本体の正五角形だけで、アニマル艦隊全ての体積を超越してるから、見てるだけで目眩がしてくるわ」
スターフラワーの操縦区画。
その操舵席と通信索敵席で、男装の栗夢と、女装の有樹が、スターフラワーの大きさに畏怖していた。
本体である正五角形の大きさは、中心から角までの距離が二十キロ。
厚さは七キロもある。
アニマル艦隊の着艦場所から三キロ地下にある居住区画だが、その下には四キロの構造物が存在していた。
「栗夢と有樹の仕事は、浄化宙域に入ってからだから。まずはコンソールの操作に慣れておいて」
スターフラワーは五芒星を利用した陣形を採用している。
地球に存在していた陰陽道とは、直接の関係が無いが、五つの属性に、光と闇の二属性を足した七つの属性が、星の魔力が持つ基本となっていた。
「私達の役目は可動区画への魔力供給と、可動区画からの魔力発動だな」
「理屈は分かったけど、浄化戦の規模が大きくなりずぎて、実態が掴めないわ」
金属性が得意な瀬名里と、土属性が得意な花菜が、私の前の席で自分の役割を確認していた。
「スターフラワー全体の魔力制御は私の方で担当するから、可動区画に魔力を流すイメージトレーニングをしておいて」
私は左前に座る花菜と、右前に座る瀬名里に声を掛けた。
花菜と瀬名里の前では、有樹と栗夢が隣り合った席に座り、会話を続けている。
「穂華、可動区画の無い私達はどうすれば良いでしょうか?」
私の左に座った手鞠から、不安を伝える発言が出た。
私の右に座る琥珀も、こちらを見て不安な視線を向けている。
「手鞠と琥珀は、私達の居る居住区画が何色の発光をしているか分かる?」
私の質問に二人は首を傾げた。
「居住区画のある本体は灰色の発光をしているの。琥珀と手鞠が浄化戦で見せた光は何色だったっけ?」
それを聞いて初めて二人の顔が明るくなる。
「私達は、本体の担当という事ですね。でも、何をすれば良いですか?」
正解を出した琥珀が、すぐに疑問にぶつかった。
「本体から浄化魔力と防衛魔力の展開をして貰う、瀬名里達と違う点は、前方より後方や側方の魔力展開を重視してほしい事かな」
可動区画を担当する瀬名里達は、本体の前方と側方に魔力展開出来るが、本体の後方は死角となる。
その為、本体の魔力展開には琥珀と手鞠の二人を配置した。
私自身は、全体のサポートと、魔力制御を担当し、強い混沌と遭遇した時には、切り札としての役割も背負っている。
「それじゃあ、私達は家族や友達の背後を守るって事ですね」
手鞠は私の言葉に、笑顔を見せて前向きな言葉を伝えて来た。
琥珀からも、疑問が消えて、晴れやかな言葉が発せられる。
「なるほど、仲間の死角を守るのも、格好良くて良いですね」
「そうでしょ。家族は守り合う者だから、お互いの死角を補い合う事も大切なの」
私は琥珀の言葉に、星野家が浄化戦に有利な点を伝えた。
「穂華お姉ちゃん。美優の担当は木属性だけど……他と連携しても良いの?」
「今回はスターフラワーの初戦だから、連携はまだ駄目かな。二回目から連携も見せて貰うから。よろしくね美優」
以外にも、私の後ろに座る美優が、スターフラワーでの浄化戦に高い適応力を見せていた。
イメージが大切な事が、美優の適応力の高さに繋がっているのかもしれない。
「うん。分かった。今回は自分の場所に集中するね」
私の発言を聞いた美優から、素直な返答が届く。
それを見た陽葵が、美優へと要望を伝える。
「それじゃあ、二回目からは私と連携してみましょう。火属性は木の成長を助けるんですよ」
手鞠の左隣りに座る陽葵は、火属性の担当だ。
火は木を燃やしてしまうイメージがあるが、火は恒星の光でもある。
そして恒星の光は、木が成長する為に必要な要素だ。
「主、基本は大体理解出来ました。私は何時でも浄化戦に望めます」
「音穏は水属性だから、液体全てを扱えるようにイメージしててね」
宇宙にとっての水は、液体になる。
水素と酸素の化合物が水で、他は違うというイメージは、人間だけが持つ価値観だ。
水銀、液体窒素など、宇宙にとっての水は、多様に存在する。
「了解しました主。溶岩すら展開出来るようにして見せます」
琥珀の右隣りに座る音穏からは、隠密中には見せない気配が溢れていた。
栗夢は、全員が時間把握出来るように、時間を伝えて来る。
「午後四時四十八分。発進十分前ね」
「索敵通信に異常無し。周囲に星や星雲が無いから、遠方まで見渡せてるわ」
有樹には、知的生命体の通信傍受や艦船発見に優れた電子装置を操作して貰っている。
混沌の戦力には、知的生命体の支配欲と独占欲が関わってくる為、今回の浄化戦でも、第三勢力との通信を有樹には頼んでいた。
住民は――隣接するサポート区画に入ったようね――。
星域病院には――強力な防衛魔力が展開される――後は浄化戦を乗り越えれば――――何も心配する事は無い。
「コスモス、キルトお疲れ様。意識体側の準備は終わったみたいだね」
発進七分前だからな――――穂華の方こそ――準備万端のようだが――。
「作ったのはアカだけど、設計は私だからね。自分の手足のように、スターフラワーを感じるよ」
それなら安心ね――――私達は穂華のサポートに回るわ――穂華は超光速巡航の制御をお願いね――。
「任せてコスモス。惑星、衛星、恒星、星雲、小惑星。全てを回避して、通常空間を超光速で駆け抜けるから」
スターフラワーに集った星の意識体は、可動区画の動作をサポートする役目で集結している。
実際にスターフラワーから浄化魔力や防衛魔力を展開するのは、私と瀬名里達、そして意識体の代表であるキルト達だ。
「全員、気を引き締めてね。五分後には浄化宙域だから」
私の言葉に、全員の集中力が高まるのを感じる。
「間もなく超光速巡航に入ります。サポート区画の住民は席を立たないようにお願いします」
ホープアローの時と同様に、有樹の放送が終わると、短い静寂が訪れた。