星域環境(承 前半)
被服と日常が中心の内容です。
宇宙に関しての内容もありますが、
あくまでフィクションなので、現実の知識との
比較は避けるようにお願いいたします。
次回は11月20日。日常から宇宙での艦隊戦に繋がるお話しです。
※ 11月14日 見直し修正
新天地の日常
航宙歴五百十七年四月九日 午前九時三十一分
私達には、十三年前から目覚まし時計が無い。
多くの人命を失ったあの日から、機械の多くが生活から消え、利便性は最低限の物だけになっている。
「もう…………食べられないよ……ラプラタ……」
私の左耳から美優の寝言と息遣いが聞こえた。
ゆっくり目を開けると、私の中から念話が聞こえて来る。
穂華――起きたのね。お早う――。
コスモス――お早うって――もう照明光が高いでしょ――。
えぇ――午前九時三十分を過ぎたわ――。
目に入る光が強く、高い位置になっている。
どうやら熟睡してしまったようだ。
「美優、手鞠、朝だよ」
二人の体が、私の上に乗っている。
彼女達に起きて貰わないと私が起きられない。
「ふぁぁぁぁ…………随分寝てしまったようね」
「お遅うございますだよ。花菜」
「そうね穂華、文法的には合ってるけど……私はおそようございますの方が発音しやすいわ。穂華もそう思うでしょ?」
「うん。でも、文法としては、おそようは間違いだから。それよりも美優と手鞠の起床を手伝って、私が起きられない」
左足のふくらはぎに抱き付いていた花菜が起きて、美優と手鞠の胴体を手で揺らす。
「美優、手鞠、起きなさい。穂華が嫌いになるそうよ」
「それは嫌!」
「…………」
花菜が発言した瞬間、二人の美少女が飛び起きた。
条件反射で私に抱き付いて、私と花菜の二人を交互に見ている。
素直に気持ちを出す美優と、無言のまま不安そうにする手鞠。
二人の性格を象徴する態度に、花菜と私は微笑んでいた。
二人の飛び起きに反応して、私の右足を抱いていた音穏と陽葵が起き、左腕を掴んでいた瀬名里が起きる。
自由になった私が体を起こした所で、琥珀が居ない事に気が付いた。
「あれっ……琥珀は?」
三十分前に起きたわよ――家の周囲を探検するって――。
コスモスの念話に、私はスターテリトリーの展開を始める。
すると、星野家の裏庭を歩く琥珀の気配を捉えた。
「ほんとだ。裏庭を歩いてる」
あそこの池には七色に輝くイナニアが居るわ――草食だし――綺麗よ。
コスモスから念話で情報が伝わって来る。
鱗が七色に輝く小魚が、記録から見えた。
直接見たくなった私は、部屋のみんなに声を掛ける。
「着替える前に全員で琥珀の所へ行こうか」
「それが良いな。イナニアを見たくなった」
「さ! 賛成です」
「美優は絵を描く!」
「朝の散歩ね。付き合うわ」
瀬名里、手鞠、美優、花菜の順に返答が来た。
続いて、陽葵が発言をする。
「そ、外に誰か居ないでしょうか……」
陽葵はパジャマや下着姿など、普段見せない着衣を家族以外に見られる事が、恥ずかしいと思う純粋さがある。
美優にも見習って欲しい部分だ。
「星野家の周囲には居ないよ」
「それじゃあ私も行きます」
陽葵の安堵した顔を確認した私は、最後の一人を誘う。
「音穏は?」
「私は、主の赴く所へ」
「よし! それじゃあ行こうか」
「はい!」
私の言葉に続く、家族の返事、それが重なり合った事に私は一瞬驚き、笑みをこぼしながら廊下へ続くドアに手を掛けた。
「琥珀、おはよう」
裏庭にある十メートル四方の池。
そのほとりに立つ琥珀に、私は背後から抱き付いた。
「ひゃあ! おっ……お早うございます……」
顔を赤くして俯く琥珀が、とっても可愛い。
私の後ろからは、花菜と瀬名里が便乗して、私に抱き付いている。
「花菜と瀬名里が、寝る時以外で密着するのは珍しいね」
「私達も時々、起きてる時に穂華成分を補給したくなるのさ」
「そういうこと。音穏も抱き付いたら? 温かいわよ」
瀬名里の本音を聞き、花菜の誘いを受けた音穏が、ゆっくりと私に抱き付く。
「音穏、星野家だけの空間だったら、遠慮無く抱き付いてね。住民の居る場所では駄目だけど…………」
「はい、主。嬉しいです」
音穏の密着が強くなる。
やはり遠慮していたようだ。
「あっ! あれが、イナニア?」
美優の声が響く、彼女は密着よりも、絵描きの方に興味が向いていた。
私は肯定しながら、美優に魅力的な提案をする。
「そうだよ。美優、ラプラタと描いてみる?」
「えっ? ラプラタ起きてるの?」
「うん。ラプラタ、お願いね」
私の体の中に意識体が居ると、意識体が起きてるか寝てるかが、直感で理解出来た。
ラプラタの動く気配と、念話が返ってくる。
了解しましたぞ――。
私のお腹から、大きな海豚が浮き出て来た。
三百十二センチの体長が、ゆっくりと外へ出て行く。
尾びれが最後に出ると、凜々しいラプラタが池の上に浮かんだ。
「全員、熟睡出来たようですな。体調を整える事も大事な勤めです」
「ラプラタ! 絵を描こう。イナニアを描きたいの!」
「おっと、そうですな。では、美優の横で私も描きましょう」
「どっちが綺麗に描けるか勝負だよ。ラプラタ」
「承知しました。朝から元気なのは良い事です」
ラプラタが屈託の無い笑顔を見せる。
それに美優も笑顔で応え、絵描きが始まった。
十分後、美優は手で、ラプラタが鼻で描いた絵が、池のほとりに浮かんだ。
絵が上手くなれば、浄化戦で有利となる為、星の魔力が使用出来る。
絵を浄化の手段とする、美優とラプラタに許された特権だ。
「綺麗ですね。イナニアも喜んでいます」
琥珀から感想が出る。
イナニアには、五歳児と同等の知能があった。
体長十センチ程度の小魚が、高い知能を持つ、地球の記録には無い生物になる。
「そうだね、琥珀。イナニアが水面を跳ねて踊ってる」
プリズムシールのように、光を反射、屈折する鱗が、イナニアに七色の煌めきを纏わせていた。
美優の絵には躍動感があり、生きているように見える。
ラプラタの絵は、瞬間の美しさがあり、プロの写真家が出す渾身の一枚に見えた。
「同じ写実絵画でも、動き重視か、調和重視かで、全然違うのね……」
花菜の呟きに、私は捕捉を加える。
「美優のは、イナニアに焦点を当てて、ラプラタはイナニアと景色の双方に焦点を当ててるから」
絵の描き方に優劣は無い、重要なのは描いた対象の本質を見抜けるかだ。
「さて、勝敗は誰に決めて貰いましょうかな」
「陽葵が良いと思うよ。HHブランドのデザイナーだから」
私の意見に、ラプラタの目が光る。
絵描きとデザイナー、同じ芸術仲間を見付けた時の興味が、陽葵に向けられていた。
「え……えぇぇと、芸術面ではラプラタが、浄化戦では美優が良いと思います。水の波紋やイナニアの躍動感、池のほとりの新緑が繊細に描かれた絵は、美術館に飾れるほどの絵ですが、動きの少ない景色は、浄化戦で本質が薄れる可能性があります」
「それは何故ですかな?」
陽葵の発言に、ラプラタは目を細めて優しく問い掛けた。
陽葵は彼の目を見て、柔らかい笑みで答える。
「美優は景色を描かなかった時間で、イナニアの細かな色彩や、筋肉の動きを色の濃淡で描くなど、生命の本質を描いています。絵の実体化は、描く対象の情報をどれだけ絵に纏えるかで効果が変わります。浄化力で見た場合は、美優の勝利です」
陽葵の回答を聞いた美優が、陽葵の傍にそっと近付いて行く。
「陽葵お姉ちゃん。それは、美優の方が強いって事?」
「そうだよ美優。浄化戦でもその実力を見せてね」
「やった! ラプラタに勝った! 後で背中に乗せて貰おう」
満面の笑みになった美優が、陽葵に抱き付いた。
私達家族とラプラタは、その光景を微笑ましく見ている。
「穂華、陽葵は良い感性の持ち主ですな。デザイナーに最適の人材と言える」
「うん。陽葵は他者の心を照らす優しさと、物事の利点を的確に捉える感性を持っているから」
星野家の共通点は、他者への優しさと、自分への厳しさを持って居る事。
支配と独占を持たない思考は、他者の思いを認め、受け止める強さになる。
美優はまだ自分勝手な心が生まれる事があるが、私達が正して行けば良い。
大事なのは、支配欲や独占欲に囚われる前に、間違いを悟らせ、直したいと本人に思わせる事だ。
本人に改善の気持ちが無ければ、私達が教えても意味が無い。
私が思慮を巡らしていると、音穏のお腹が鳴る。
「主。そろそろお腹が空きました」
顔を赤くした音穏が、静かに思いを伝えて来た。
その発言に瀬名里も同意してくる。
「私も空腹だな。着替えてご飯にしないか」
「そうね。早くしないとお昼になってしまうわ」
今は十時十分頃だろうか――起床してから一時間は経過していないが、油断しているとお昼が来る。
「わ……私達は、午後から柚香や檸檬と遊ぶ約束があります」
「純輝や小梅、瀬菜も一緒です」
花菜の発言に不安な様子で、手鞠が姉妹の名前を出し、琥珀が兄妹と一人っ子の名前を伝えて来た。
全員孤児の子で、心遣いの出来る生徒達になる。
「女子だけでなく、男子とも交友関係が出来たんだね。分かった、ご飯食べたら遊んで来て」
「ご飯を今から、作るとなると…………大変じゃないですか?」
「その点は心配無いよ琥珀。なぁ、穂華」
琥珀の不安に答えた瀬名里が、私に同意を求めてくる。
「そうだね、栗夢の気配をキッチンに感じる」
私達がイナニアを見ている間に、朝食を作り始めていたようだ。
「栗夢の料理は美味しいですか?」
「美味しくて豪快だよ、手鞠」
「ご……ごうかい」
「うん。大盛りだからお昼の弁当は少しにしておくね」
私の言葉を聞いた手鞠が、冷や汗を軽く出す。
その悪い予感は、間違っていないよ手鞠――。
心の中だけで、手鞠に同意を伝えると、美優が琥珀の右袖を掴んでいた。
「琥珀達の約束に、美優も混ざって良い?」
美優のお願いに、琥珀は笑顔を見せて答える。
「良いよ。一緒に行こう」
「だ、大歓迎です」
琥珀の後に、手鞠の嬉しい声が届き、美優は軽く跳ねながら、琥珀に抱き付いた。
「純粋な優しさとは良い物ですな。純粋な悪意は大嫌いですが、純粋な良心は大好きですぞ、私が子供の頃を思い出します」
ラプラタの声に視線を向けると、美優の動きに合わせて、彼が跳ねていた。
空中を泳ぎながら跳ねて、楽しそうにしている。
「ラプラタは三百九十九億年前まで生物だったんでしょ?」
「そうですぞ。私は平均寿命七百三十歳の種族でした。戻りたいとは思いませんが、懐かしく思う事はあります」
ラプラタも、アカと似た心情を持っている。
星の意識体とは、支配や独占の自己中心的な思考を捨てた者の姿なのかもしれない。
近くでお腹の音が聞こえたかと思うと、私の左手に手を伸ばす音穏の気配を感じた。
「主。ご飯が出来ているようです。早く行きましょう」
空腹を訴える音穏が私の左手を掴み、引っ張り始める。
彼女のお腹は限界のようだった。
「ちょ……ちょっと待って、みんなご飯食べに行くよ!」
引っ張られながら、私は後ろへ声を掛ける。
「陽葵、そこの三人を頼むな」
すぐに反応した花菜と瀬名里が私の横に並び、瀬名里が陽葵へお願いをしていた。
「あっ、はい。分かりました」
陽葵は、会話が弾む三人に近付いて、琥珀の左肩と美優の右肩を掴む。
美優の驚いた声が短く聞こえた所で、私を牽引する音穏が家の角を曲がる。
陽葵達の姿が見えなくなると同時に、声も聞こえなくなっていた。
航宙歴五百十七年四月九日 午前十時二十六分
「いただきます!」
食卓に全員の声が響く。
六分遅れて居間へ来た四人の内、美優と琥珀は少し不機嫌になっていた。
手鞠は申し訳なさそうな顔で周囲を見ており、陽葵は二人の態度に困った反応を浮かべている。
「穂華は良い度胸ね。料理をしない上に、ご飯だけ食べに来るなんて」
笑顔で発言する栗夢は、怒っていると言うよりも、状況を楽しんでいた。
私達や有樹と同じパジャマ姿の栗夢は、カットソーの青色長袖Tシャツと、ロング丈で黒色のオックスフォードバッグスを穿いている。
ワイドパンツの系統で、西暦時代にはバギーパンツの原型とも言われていたらしい。
カットソーは、ニット(編み物)を裁断縫製して作られる衣類の総称で、織物生地を縫い合わせて作られるシャツなどに対比した言葉だ。
つまり、カットソーとニットは、服の種類名では無く、加工方法(製造方法)となる。
栗夢の下着は、昨日の風呂上がりから着替えていなければ、若菜色のブラジャーと深緑色のショーツのはずだ。
男装と女性の下着を好んで着る、栗夢の個性が出た服と言える。
「一人一キロのご飯と、四百グラムの野菜、後は六百グラムの肉。残さず食べてね」
栗夢が楽しそうに、目の前の料理を紹介した。
合計二キロが、一人一人の前に並び、私達の胃袋を刺激している。
お茶碗六杯分のご飯と、宇宙産の野菜が山盛りに、厚い肉は湯気を上げながら私達の鼻に美味しそうな匂いを届けていた。
女子が一食で食べる量じゃない――。
栗夢の料理は、過去に何度か食べる機会があったが、量が多い。
魔力の影響で基礎代謝や消費カロリーが多い私達は、一食一キロ前後を食べる。
それでも一食二キロの量となると、吐き気が出るほど厳しい。
「肉はパルナ鳥の胸肉?」
「そうよ。ニワトリに味と食感が似ているというけど……ニワトリを食べた事が無い私達には比較出来ないわね。さぁ、食べてしまいましょう」
私の質問に返答した有樹が、食べ始める。
「全員残さず食べたら、許して上げるわ」
栗夢の言葉に、全員が箸を手に取った。
だけど、三人だけが料理の上で箸を止めて躊躇している。
美優は二度吐いた事があり、琥珀と手鞠は初めて見る量だ。
心が折れかけ、胃や喉が受け付けない状態に見える。
「美優、琥珀、手鞠、食べきったらご褒美あげる」
だから私は、三人に元気になる言葉を掛けた。
三人の目が光ったと思うと、箸が動き始めて、急激に料理が減る。
「良いわね。私にはないの?」
それを見ていた花菜は、目を細めて私に悪ノリしてきた。
「花菜は毎回食べきっているでしょ。見返り欲しさの嘘は、混沌を呼ぶよ」
「それは危険ね。他で頑張って、穂華から接吻を貰うわ」
本気では無かった花菜は、悪ふざけを続けていた。
琥珀や手鞠、美優の三人も花菜の性格を理解し始めていたが、何故か箸の動きが加速している。
「音穏、大根おろしも出来るだけ食べてね」
「うっ! …………了解した」
私の声を聞いた音穏が、少し涙目になった。
苦手な物も、強制は出来ないが、助言やお願いは出来る。
有樹と栗夢の料理も、強制では無いので、残す事も可能だ。
強制は支配欲になるという危険が、浸透する現在では、他者への配慮が重要になる。
「穂華、地球原産の食材は、どの程度残ってるの?」
「スターマインドから移動出来たのは、野菜五割と魚二割だけだね、牛と豚は大きさと移動時のリスクから、断念している」
栗夢の疑問に、私は正直に答えた。
私達は、住民の移動が混沌側に察知されなかったから、脱出に成功している。
七十五名の脱出成功も、囮の私達に混沌が注意を向けてくれたおかげだ。
あれ? そういえば――――。
キルト、コスモス――星菜と私が人口に含まれていないのは――何故?
私が念話を出すと、私の中にいる意識体から、念話が返ってくる。
星菜は自分が人間ではないと知っていたからな――。
人間に転生した宇宙の創成者――人間から支配と独占の欲を無くして――星の協力者になって貰う――――その目的を忘れないように星菜が自分に戒めをしたの。
自身を人に含めた場合――フレリの目的を忘れると思ったのだろう――。
魔力を失った状態で、十分の一の老化速度なんて――――人としてありえないでしょ。
だが、そのおかげで我々は協力者を見付けられた――フレリの判断は間違っていなかったと言うことだな――。
えぇ、欲を糧に生きる生命が、支配と独占の心を捨てられたんですもの――星菜の奇跡には感謝しているわ――。
キルトとコスモス、二体の念話が交互に伝わって来て、私は改めて母に感謝する。
フレリが私達に希望を見出し、星菜が私達を星側の思考にしなければ、スターマインドは太陽系と同じ運命を辿っていただろう。
人間は混沌の道具となり、全員死んでいたはずだ。
穂華が入っていないのは、星菜の実の子だからだろう――。
星夜は心夜が連れてきた子で、星菜との間に誕生した子では無いのよ――。
穂華は、人間と星菜の間に生まれた――人と意識体のハーフと言うことだ。
人であって――人とは違う存在――だから星菜と同様に人数に含まれていないのよ。
二体の念話に、私は抗議の念話を送る。
そんな爆弾発言を――軽くするんだね――。
穂華は感づいて居たようだからな――初等部の頃に――。
幼児の時に穂華は、大学院生と同等の知識を得ていたでしょ――。
不満は出てるが、驚きが無い、むしろ安心感が出ているのが証拠だ――。
疑念が解消したからでしょ? 穂華は、この程度では揺らがない強い心があるわ――。
我々はそう確信しているからこそ――真実を正直に話している――。
キルトとコスモス、交互に届いた念話は、私を安心させていた。
大切なのは、血縁では無く、心の繋がりが有るか無いか、血の繋がりは無くても、心の繋がりがあれば、私達は家族になれる。
二体の念話で、私は初等部の頃から抱えていた疑念を解消する事が出来た。
キルト、コスモス正直に話してくれてありがとう――私は心の繋がりで家族を決めるから――これからもよろしくね――家族として。
あぁ――穂華と星野家は我々の家族だ。
穂華――私達は家族として穂華を信じるわ――。
私の念話でのお礼に、二体の返礼が念話で届くと、テーブルを挟んで真向かいに座る音穏から声が聞こえてくる。
「ご馳走様、美味しかった。ありがとう栗夢」
「私も食べきったわ。丁度満腹になる量ね」
音穏の後に、有樹も完食の感想を出す。
カロリー消費の多い隠密の音穏と、肉体が男の有樹らしい、たった四分の早食いだ。
「お粗末様でした。みんなは無理せず食べて……何事も加減が必要だから」
栗夢の言葉に、勢い良く食べていた三人が速度を落とす。
やはり三人は、無理をしていたようだ。
「穂華は食べないの? 私はもう少しで完食だけど……」
花菜の発言に、私は自分の料理へ目線を落とす。
九割ほど残った食べ物が、私の完食を待っていた。
「穂華は急いで。十二時から用事があるでしょ?」
「あっ……そうだった。ありがとう栗夢」
栗夢の心遣いにお礼を言って、私は箸の動きを素早く行う。
急速に料理が消えていく光景に、星野家の全員が私を見て驚いていた。
航宙歴五百十七年四月九日 午前十一時十七分
「まさか、一分で完食するとは思わなかったわ」
自室に来て着替えようとする私に、コスモスが珍しく笑い掛けていた。
羞恥心で顔を少し赤くしながら、私はコスモスに返答する。
「今までは一食一キロで足りていたんだけどね…………魔力のリミッター解除と、浄化戦は想像以上にカロリーと栄養を消費するみたい……」
「当然よ。これからは一食二キロを基本にした方が良いわね。食べ物の九割が星の魔力で効率良く消化されるから、お手洗いの回数が増える心配も無いし、肥満の心配も無いから安心して」
女性の意識体であるコスモスだからこそ、女性の体調や体格に関する話しも遠慮無く出来る。
着替えを始める為、男性意識体は私の中、幽体の奥で視覚と聴覚を塞いで貰っていた。
キルトやラプラタも、その点は理解出来ているようで、ラプラタは私の中へ戻り、キルトと一緒に、私の幽体部分に溶け込んでいる。
オオハク、ツキノワ、ハシブトは、大福の下心を防ぐ為に、幽体の奥で彼を監視しているようだ。
広い部屋の一ヶ所に、八人が集まり、私服への着替えを始めようとしている。
「四十八畳の部屋でも、着替えや就寝時は寄り添っていたいわね」
「はい、これだけは……必須です……」
「今日の夜は私が先行して、穂華に抱き付きます」
花菜の発言に、手鞠が同意して、琥珀が決意を示す。
二人が星野家の雰囲気に馴染んでくれているようで、私は嬉しい。
「学園は何時から再開するの?」
「スターフラワー発進後の翌日、十一日の朝に再開するよ。場所は公園の地下だから」
美優の質問に、私は学園の情報を伝えた。
スターフラワーの操縦室も学園に隣接している為、授業中でもすぐに浄化戦に対応可能となる。
「主、今後は直接戦闘を行う機会はありますか?」
「艦隊戦が主体と言っても、侵入されたり、救助で知的生命体の宇宙船に行く事もあると思うから、心構えは必要だと思う」
音穏の疑問に、私は理由を添えて答えた。
「分かりました。心に留めておきます」
音穏は私に返答をすると、群青色の長袖オーバーシャツを脱ぎ始める。
ボタンが外れ、袖から腕と手を抜くと、白緑色のブラジャーが顔を覗かせた。
音穏の右隣では、オーバーシャツを脱いだ美優と手鞠が、キャミソールを着ようとしている。
「美優、手鞠、新しいキャミソールの着心地、後で聞かせてね」
「うん。分かった」
「わ…………分かりました」
美優の落ち着いた返事と、手鞠の少し緊張した回答が私に届く。
手鞠はやっぱり昔の陽葵に似ているな――。
私は心の中だけで、昔の陽葵と手鞠の性格を、重ね合わせていた。
優しい故の気遣い。
心遣いのように目立たないが、他人思いの美徳が手鞠にはある。
手鞠は着替え中も、家族の着替えを妨害しないように気を配っていた。
途切れる回答や、大人しい声も、最良の言葉を選び取って話す、手鞠の優しさになる。
手鞠が群青色のキャミソールを両手に持ち、頭を裾から通す、青色のブラジャーが隠れると、すぐに両手がキャミソールの中を抜けて、キャミソールの裾が、股の五センチ上で落ち着いた。
美優は白色ブラジャーを隠すように、水色のキャミソールを着ている。
「穂華、手が止まっているわよ。着替え無いの?」
「あっ……ありがとう花菜」
オーバーシャツとイージーパンツを脱ぎ、下着姿になった花菜が、私を心配していた。
「職業病も良いけど、自分の行動を阻害しない程度にね」
「うん。気を付けるよ」
黒色のブラジャーと黒色のショーツを着た花菜は、黄色のボックスプリーツスカートを穿こうとしている。
プリーツが箱状に折り畳まれており、ひだ(プリーツ)の数が少ないスカートだ。
花菜のスカートには、裾に朝顔が描かれており、赤色、青色、紫色、白色の四色が裾を華やかにしている。
朝顔は別名モーニンググローリーと呼ばれ、スターフラワーに移動出来た数少ない植物の一つだ。
西暦時代には、気象現象でも同じ名前があったらしいが、巨大なロール状の雲の帯という記録しか確認出来ない為、詳細までは分からない。
私はオーバーシャツとイージーパンツを急いで脱ぐと、白緑色のブラジャーと白緑色のショーツを家族に晒す。
「主、私と同じ色だな」
「私も、同系統の色です」
私の下着を見た音穏と琥珀が、声を掛けて来た。
異性が居ない環境だからこそ、安心して下着の見せ合いも出来る。
音穏は白緑色のブラジャーを、緑色の半袖Tシャツで覆い、黒色のプリーツスカートを穿こうとする段階だった。
音穏が穿く白緑色のショーツが、私達に見えている。
「音穏の下着は可愛いね。琥珀のは美しさと可愛さを両立出来てて、素晴らしい」
私の発言に、二人の顔が赤面していた。
琥珀は緑色のブラジャーと緑色のショーツ姿で、右手にはこれから穿こうしている桃色のプリーツスカートが待機している。
「私のはどう思う? 穂華」
「瀬名里は、美しさと華やかさのある下着で、とても似合っているよ」
桃色のブラジャーと桃色のショーツを身に纏った瀬名里に、私は本音を伝えた。
瀬名里の足元には、茶色のソフトプリーツスカートがあって、右手には黄色のタンクトップが掴まれている。
スカートの隣に畳まれた青藍色の長袖ブラウスを見ると、瀬名里の私服姿が想像出来た。
「ありがとう。穂華のは優しい色合いの下着と服で、私は好きだよ」
私が穿く下着や、足元に畳まれたパーカーとゴアードスカートを確認した瀬名里が、私に話しながら穏やかな笑みを見せている。
「私は、瀬名里の包容力と優しさが好き、だから……これからもずっと家族でいようね瀬名里」
「あぁ、当然だ」
私と瀬名里は笑顔で見つめ合う、恋心では無く、強い信頼感が前面に出た表情だ。
「意識体の服と男性達への報酬は、何時作りますか?」
「この後作るから、協力よろしくね陽葵」
「はい。全力でデザインします!」
着替え後の初仕事に気合いを入れる陽葵は、水色のブラジャーと水色のショーツを私達に見せながら、白色の長袖Tシャツを着始める。
彼女の足元には橙色のジャンパースカートがあって、陽葵の手に掴まれる時を待っていた。
私は桜色の半袖Tシャツで白緑色のブラジャーを隠すと、水色のゴアードスカートを手に取る。
スカートには桜の花が、桜色で描かれており、水面に映る桜のように、儚さと美しさをスカートに添えていた。
裏地は白緑色で、裾がフリルになった構造は、可愛さと下着の見えにくさを両立する役目を持っている。
「主、私はこの後、艦内の構造を把握したいので、探検をしてきます」
黒色のプリーツスカートを穿いた音穏が、私に意思を伝えてきた。
スカートの裾は膝上五センチで落ち着いており、ショート丈である事を主張している。
白色と黄色の星柄がスカートに目立たない程度に点在して、隠密と可愛さの融合を目指す音穏の思考を象徴していた。
「靴下と靴を履いたらね。それと、居住区画と学園、操縦室や浄化区画以外は空気の無い場所ばかりだから、立ち入り禁止だよ」
「むっ…………分かりました。行ける所だけ、入念に調べてきます」
少し不満そうな音穏は、自分のスカートを片手で少し持ち上げる。
白色の裏地が顔を出し、裾のフリルが軽く揺れ、音穏の可愛さを際立たせていた。
「私は、八伸様と散歩でもしてくるわ。公園の空気は新鮮で心地良いようだから」
花菜の発言に合わせて、八伸様が顔を出す。
ミモレ丈の白いサックドレスが揺れて、八伸様の優雅さと妖艶さを示していた。
八伸様は笑顔で私達に一礼すると、花菜の中へゆっくり戻っていく。
「皆さんも如何ですか? と八伸様も誘ってるわ」
黄色のボックスプリーツスカートに青色のタンクトップを纏った花菜が、八伸様の言葉を代弁していた。
その言葉に、瀬名里がいち早く返答する。
「私は、荷物の整理と屋内の清掃があるから無理だな」
黄色のタンクトップに、茶色のソフトプリーツスカートを穿いた瀬名里は理由を付けて断っていた。
その上で助言を添える優しさを、瀬名里は見せている。
「琥珀と手鞠、美優は友達と遊ぶ約束をしているし、陽葵は穂華とHHブランドの初仕事で、音穏は探検だから…………栗夢や有樹を誘ったらどうだ? 二人は予定が無い」
「そうね……着替えたら二人の部屋に行ってみるわ。隣室になって行きやすくなったし。ありがとう瀬名里」
花菜のお礼に、瀬名里は照れながら青藍色の長袖ブラウスを纏い始める。
「家族なんだから……当然だよ」
照れ隠しに出たセリフに、私や花菜だけでなく、その場の全員が微笑んでいた。
航宙歴五百十七年四月九日 午前十一時三十四分
「主、私は探検に行って来ます」
全員が私服への着替えを終えた頃、音穏が一番に出発の意思を示してきた。
音穏はチュニック丈の黒色長袖スウェットに、ショート丈の黒色プリーツスカートを纏っている。
チュニック丈は、マイクロミニ丈から膝丈(ミディ丈)の長さを持つ、TシャツやYシャツ、パーカーなどに使用される用語で、トップスとしての利用が多く、ワンピースとして利用される機会が少ない衣類に対して、使用されやすい言葉だ。
音穏が着ているのは、裾が股下の位置で、マイクロミニ丈と同様の長さになる。
スウェット(トレーナー)は伸縮性、吸汗性、防寒性に優れた厚手のTシャツの事で、本来は衣類の名前では無く、生地の名称だ。
スウェットは、元来スポーツ選手が着た衣類であった為、西暦時代の日本という国では、トレーナーとも呼ばれていたらしい。
「隠密性は問題無さそう? 音穏」
「はい、上下の星も主張の少ない柄で、可愛いので気に入ってます」
音穏のスウェットには左胸に赤色の星がワンポイントで添えられて、プリーツスカートの星柄と合わせると、可愛い外見となっている。
星柄は五芒星の枠のみを色付けした状態で、中を塗っていない為、黒色の服に違和感無く馴染んでいた。
「靴下も星柄で可愛いでしょ?」
音穏の履く深緑色の靴下にも群青色の星が描かれ、ふくらはぎを半分覆うハイカットの丈になっている。
「はい、とっても気に入ってます」
私の質問に、音穏が満足そうに答えた。
音穏の首元では熊のネックレスが輝き、セミショートの黒髪では熊のヘアピンが光る。
童顔で青色の瞳を合わせると、抱き締めたくなる可愛さだ。
音穏を目で愛でていると、着替えを終えた花菜が、音穏にお誘いを掛ける。
「公園に立ち寄る事があったら、声を掛けてね。八伸様と一緒に歓迎するから」
「分かった。星域病院にも行くから、見掛けたら声を掛ける」
花菜の提案を、音穏は微笑みながら受け入れた。
意識体だけでなく、霊体との交流も増えた私達は、支配や独占を持たない霊体も仲間と認識出来るようになっている。
花菜の着る白色の長袖ブラウスは、デタッチドスリーブの袖で、取り外し可能な袖だ。
袖に合わせてネックラインの形も決まる為、見た目がオフショルダーに見える。
袖口はリボンカフスで、ブラウスの裾部分はフラウンスになっていた。
フラウンスはフリルと同じひだ飾りで、大きく寄せた物をフラウンス、小さく寄せた物をフリルと呼ぶ。
「穂華、私もそろそろ出るわ、帰りは夕方になるから」
クロウ(鴉)のネックレスとヘアピンを纏った花菜が、音穏の方へ体を向ける。
花菜の茶色の瞳がロングヘアーの黒髪に隠れて、私から見えなくなると、少し寂しさを感じた。
私はその寂しさを紛らわせようと、花菜が興味を持ちそうな情報を与える。
「うん。公園は宇宙生まれの植物が多いから、調べてみるのも楽しいよ」
「そうね。八伸様と見て来るわ。音穏、玄関まで一緒に行きましょう」
「分かった。行こう」
音穏を先頭に、入口へ向けて歩き始める二人。
花菜が穿く黄色のボックスプリーツスカートが揺れて、裾に描かれた朝顔が踊る。
時折、スカートが軽く浮いて、桃色のフリルになった裏地が見えた。
「花菜、膝上十五センチのミニ丈だと、ショーツが見える危険もあるから、異性の目線には気を付けてね」
私の心配に、音穏と花菜が立ち止まって、花菜が振り返る。
「その心配は無いわ。もし見られたら足で蹴るし、八伸様の目線もあるから」
花菜の言葉に彼女の足元を見ると、ハイカットの黒色靴下が花菜の美しい足を保護していた。
「手加減して蹴ってね」
「えぇ、ちゃんと私も八伸様も分かってるわ。音穏も大丈夫よね?」
「ん? あぁ……ショーツを覗き見る不届き者が居ても、五メートル飛ぶ程度に加減しておくから大丈夫だ」
微妙に不安のある音穏の回答だが、星の意識体達が警戒していないので大丈夫だろう。
感情や嘘を見抜ける星の意識体は、家族や仲間が危険な感情を持つと私達に通知してくれる。
盗聴では無く、気配や雰囲気で捉える為、詳細は分からないが、混沌の侵入を防ぐには有効な手段だ。
「分かった。それじゃあ行ってらっしゃい」
「行って来るわ」
「主、行って来る」
私の言葉に、花菜と音穏が答えて部屋を出て行く。
二人の後ろ姿を見送ると、今度は元気な声が私の前に来る。
「穂華お姉ちゃん! 私達も行って来るね!」
灰色の長袖Tシャツに、水色のミニ丈ジャンパースカートを纏った美優は、無邪気な笑顔を見せていた。
美優の動きに合わせて、ジャンパースカートに白色で描かれた猫の肉球が舞っている。
膝上十二センチの位置では、裏地の桃色フリルが顔を出して、肉球とダンスを魅せていた。
スカート部分はインバーデットプリーツスカートの形状で、ボックスプリーツを裏返しにしたような、ヒダ山が内側に向いた突合せをしている。
ジャンパースカートの襟は白色のセーラーカラーで美優の純粋さを詰めた服に見えた。
「美優、忘れ物は無い? 夕飯までには帰って来てね。夜には訓練もあるから」
「忘れ物は無いよ。靴下も履いたし、海豚さんも装備済み!」
美優の水色靴下は、膝上五センチまでを覆う、オーバーニーの丈で、リボンの付いた紐が靴下の落下を防ぐ、ガーターリングと同様の役目と、可愛らしさを両立していた。
海豚のネックレスとヘアピンは、美優の首元とセミロングの黒髪で輝いて、美優を見守ってくれている。
「夕飯までには必ず帰るね!」
笑顔の美優は緑色の瞳を輝かせて、眩しいほどの元気を発揮していた。
美優を見ていた琥珀は、冷静になるように彼女を促す。
「美優、焦っても友達は逃げません。落ち着いて行きましょう」
「美優、今からはしゃいでたら…………遊ぶ時に疲れちゃうよ」
続いて手鞠の優しさが、美優の体力を心配していた。
琥珀は、青色の半袖Tシャツの上から、空色の長袖パーカーを重ね着している。
パーカーには白色のハートが、ワンポイントとして添えられて、キュートな印象をさりげなく与えていた。
桃色のプリーツスカートは、膝上十五センチのミニ丈で、白色のフリルが裾から顔を見せている。
「琥珀、中等部のお姉さんとして、美優と手鞠の見守りをよろしくね」
「はい、二人は私が責任を持って守ります」
姉としての決意を見せた琥珀は、桜色と白色のボーダー(横縞)柄の靴下を履く足に力を入れていた。
膝上七センチまでを覆うオーバーニーの靴下が、琥珀の姉としての態度に、子供の可愛い印象を付与させている。
「わ、私は……美優の傍に居て、一緒に遊びながら、美優が怪我したりしないように気を付けたいと思います」
手鞠は、遊びながらも注意力を失わない冷静さを持つ。
美優は遊びに夢中になると、周囲が見えない事もある為、手鞠のような遊び相手は必須だった。
紺色の半袖Tシャツに、水色長袖ニットYシャツを纏った手鞠は、琥珀と同じ白色のハートのワンポイントを左胸に示している。
ボトムスは、水色のアコーディオンプリーツスカートで、アコーディオンの蛇腹部分のような、ひだ飾りを持ったスカートを穿いていた。
膝上十二センチのミニ丈の裾からは、裏地である灰色のフラウンスが見えて、光と闇の双方を大事にする意思を示している。
膝下までを隠すハイソックスの黄色の靴下からは、明るくなろうと努力する手鞠の向上心が垣間見えた。
「三人共、ミニ丈で見えやすいから、男子の視線だけは注意してね」
「分かったよ。穂華お姉ちゃん!」
「分かりました。男子には気を付けます」
「わ、分かりました」
美優の大きな声に、琥珀と手鞠の返答が続いた。
琥珀の首元とセミショートの黒髪には、白鳥のネックレスとヘアピンが輝いて、手鞠の首元とロングヘアーの黒髪には、フクロウのネックレスとヘアピンが煌めいている。
「みんな忘れずにアクセサリーを纏っているみたいだね。これからも忘れずに身につけてね」
私の言葉に、琥珀と手鞠が頷いて、琥珀の金色の瞳と、手鞠の紫色の瞳が、私に向けられる。
美優はすぐに出掛けたいようで、目線が廊下の方へ向いていた。
「み、美優は私達が見てますので、穂華は安心してHHブランドの仕事をして下さい」
「私達が美優を見守る対価は、夕ご飯という事で」
二人が示す美優への優しさと、私に対する配慮に、私は満面の笑みで答える。
「分かった。腕によりを掛けて、ツキノワと一緒に作ってるね」
料理は――私と穂華にお任せ下さい――――。
私の声に反応して、ツキノワの念話が伝わって来た。
念話に反応して、琥珀と手鞠が、私の幽体に溶け込むツキノワに声を掛ける。
「はい、楽しみにしてます」
「き、期待してます」
えぇ、絶品の料理を作ります――美優もしっかり遊んで――沢山食べて下さい。
「うん。分かった、全力で遊んで、目一杯食べるね!」
美優の純粋な返答に、私の中に居るツキノワから喜びの感情が伝わってくる。
純粋な善意を前面に出した美優は、生まれて間もない恒星のように、相手の心を明るく照らしていた。
会話が落ち着いた所で、琥珀が出発を促す。
「それでは、私が先頭で行こうと思います。手鞠は一番後ろで美優が寄り道しないか見てて、私は美優が駆け出さないように、先導するから」
琥珀の発言に同調して、手鞠は美優に優しさを見せる。
「はい、美優、興味の沸く物があっても、寄り道しないでね」
「うん。遊ぶ時間が減るから、琥珀に付いて行くね!」
その発言に不満を持つ事無く、同意の出来る美優は、家族や他人の優しさを理解出来る心の成長を、私達に示していた。
自分に厳しく、他人に優しくの心構えを、星野家の家族は維持している。
「では行って来ます。夕方までには戻ります」
「行って来ます」
「行って来るね! 穂華お姉ちゃん」
琥珀、手鞠、美優の順に届いた声に、私は元気に返答する。
「いってらっしゃい!」
「うん。帰って来たら、ご飯の時のご褒美もよろしくね!」
美優の純粋な返答に、琥珀と手鞠も期待の眼差しを一瞬向けてくる。
私の返答を待たずに、小走りで廊下へ駆け出す三人に、私だけでなく瀬名里や陽葵も母性を感じられる笑顔を見せていた。
航宙歴五百十七年四月九日 午前十一時五十五分
「穂華と陽葵が被服や小物を作る間に、私は三階から地下二階までの清掃を担当しておくよ」
狐のネックレスとヘアピンを纏った瀬名里が、今後の行動を伝えてきた。
瀬名里の言葉に、私は正直な気持ちを伝える。
「ごめんね瀬名里、面倒な仕事を背負わせちゃって……」
星野家の二階に移動した三人は、意識体の服と、男性へのお礼、音穏のぬいぐるみなどを作る準備を、二階の洋室部屋で始めていた。
「家族だから遠慮はいらない、穂華やツキノワに夕飯を作って貰えるし、夕飯の片付けは琥珀や美優、手鞠の担当だから、お互い様だ」
「穂華、準備出来ました。瀬名里も手伝ってくれてありがとう」
陽葵のお礼に、瀬名里は明るく返答しながら、私達に提案を伝えてくる。
「お安いご用さ、もし良ければ私をモデルにしてくれ、格好良い服だけでなく、可愛い服も着てみせる」
「ほんと? ありがとう瀬名里。機会があったらウィッグと服も用意するから、よろしくね」
瀬名里のように、男女の衣類を両方纏える人物は貴重だ。
金髪の地毛とショートヘアーが基本の瀬名里は、ウィッグで髪型を自由に変更出来る長所を持っている。
黒い瞳と美人顔を活かした服の構想が、浮かんでは消えて、私の心を浮かれさせた。
「あぁ……了解した。その時は呼んでくれ、私は家に居ることが多いと思うから」
瀬名里は長時間の外出を好まない性格で、友達と遊ぶ時も、二時間程度の計画的な行動をする。
「分かった。陽葵、夕食後から浄化訓練までの間に幾つか服のデザインを考えておいて、訓練が始まったら、考えている余裕は無いと思うから」
「分かりました。でも今は意識体の衣類と、男性へのお礼のデザインですよね?」
「そう。出来たら教えて、私の方の準備は出来てるから」
陽葵は色鉛筆とクレヨンを使用して服を描いている。
陽葵の動きに合わせて猫のネックレスが揺れ、ロングヘアーの黒髪では肉球のヘアピンが踊っていた。
美優のが写実絵画だとすると、陽葵のは水彩画に見える。
全体を詳細に描く写実絵画とは異なり、水彩画は細かく描きながらも、輪郭がぼやけた部分を作る印象になっていた。
写実絵画が百パーセントの現実とするならば、水彩画は七十パーセントの現実に、三十パーセントの想像力を加えた絵で、他人の脳内補完を前提とした絵になっている。
陽葵の他人思いの思考が、絵にも反映されているようで、私は嬉しい。
「地下二階の女子風呂から清掃を始めるよ。栗夢や有樹も出掛けたんだろ?」
「うん。琥珀達が玄関を出る七分前に、花菜と一緒に出掛けてる」
スターテリトリーが、全ての住人と意識体の、気配と位置を捉えている。
宇宙に関しては、向こうから情報が伝わってくる為、宇宙にあるすべての空間が、手に取るように理解出来た。
「時空干渉は使って良いのか?」
今回は一人だけの清掃だからな――我々、意識体の代表が許可しよう――。
瀬名里の質問に、私の体内からキルトの念話が返る。
分身体の記録と魔力を受け継ぐ七人も、私のリミッター解除で、時空干渉が可能な魔力を得ていた。
被服の作製とは違い、清掃は魔力使用が出来ないのだが、今回は特別に許可してくれるらしい。
「了解、浄化戦でも使えるように、使い方の加減を調べてみるよ」
「瀬名里、時空干渉の時は自分自身の制御を忘れないでね。周囲の空間と自分自身の肉体は制御が異なるから」
「心拍数の制御と、肉体への強化魔力と回復魔力の常時展開だよな。大丈夫、その感覚を掴む為に使用してみたいんだ。浄化戦本番で大博打は出来ないだろ?」
時空への干渉は、一歩間違えると自分を殺す。
アニメやゲームのように、ご都合主義とならないのが、現実の時空干渉だ。
良い心掛けね――浄化戦の訓練でも、時空干渉の訓練をするのでしょ?
「そのつもりだよコスモス。亜光速や光速で動く相手が、混沌側にも居ると思うから」
五百十二億年前に最初の宇宙を創造したフレリも、元は混沌側の意識体だった。
だったら、光速や超光速で動く混沌が居ても、不思議では無い。
「それじゃあ、ウォーミングアップも兼ねて、清掃で時空干渉を使用してくる」
「あっ! 瀬名里、私達の方でも時空干渉を使うから、近くを通る時は気を付けてね」
「五感が狂う可能性があるんだっけか? 分かった近くを通る時は制御に集中するよ」
私の心遣いに、笑顔を見せた瀬名里が、廊下へと出て行く。
一階へと階段を降りる足音が聞こえ無くなると、数秒の静寂が訪れた。
「穂華、女性意識体の被服デザインが出来ました」
「よし、それじゃあ時空干渉を使おうか。陽葵は私の干渉に合わせて発動して、肉体側の制御も忘れずにね」
「はい、了解です」
時空干渉は、時空を人間の思いのままに操作出来ると、勘違いされやすい。
しかし実際は、時空を操るよりも、自身の五感と体力、耐久力を強化して時間の見え方を変えると言うのが正しい解釈だ。
事故などで時間の進み方が遅く感じたり、スポーツで周囲の動きが遅く感じる現象も、時間の見え方を変化させた時空干渉と言える。
「時間が遅く感じる世界で、普通に動くには、心拍数の増加と、呼吸効率の改善、肉体の耐久力の強化と、空気の安定供給、肉体の損傷を考慮しての回復が必要です」
陽葵が声を出しながら、時空干渉の基本を確認していた。
一秒間を百秒に伸ばした状態で、日常のように動くと、肉体や精神が保たない。
時空干渉とは、時空そのものを操作するのでは無く。
肉体強化による体感時間の低速化であるからだ。
「私達は時間の見え方を遅くしているだけで、時空そのものを変える訳では無い。時空の変化は質量変化であって、質量を自在に扱えない限り、時空には干渉出来ない」
質量と物質の加速には密接な関係があり、時間は質量と物質の両方に関係している。
重力は物質自身が、最も質量が大きい存在に引き寄せられる時の加速度で、超光速で膨張を続ける宇宙に歯止めを掛けようと、星創のフレリが作った魔力の一つだ。
強大な重力空間では、光速で動く電磁波は速度低下し、時間経過は遅くなる。
電磁波は極限に質量の少ない物質であり、無の世界にあった可視霊体を参考にフレリが創製した魔力だ。
時間とは、電磁波や物体の振動で感知出来る。物質移動の変化過程であって、無の世界には存在しない。
高重力空間では、物質の動きが束縛され、電磁波さえも緩慢な動きとなる。
その為、時間経過が遅くなるのだ。
「ここまでは基本ですよね。浄化戦用の応用は使えないんですか?」
「時空干渉は、発動者以外を巻き込んで、殺す可能性があるから、日常での使用は禁止」
「基本だと、どのくらいまで速く動けますか?」
「私で光速の八十パーセント。陽葵だと光速の六十パーセントくらいだと思う」
光速を越える為の時空干渉には、二通りの方法がある。
質量を星の魔力によって一時的に消すか、一時的に無限大に増加させるかの、二つだ。
質量とは、重さでは無く、物体や物質の動かしにくさを表す量になる。
質量と重力は比例する為、質量を無限大にする事は、自身が一時的にブラックホールと同等の存在になる事を意味していた。
「ブラックホールの先のワームホールを抜ける時は、質量を無限大に増やして通過するんですよね」
陽葵の的確な確認に、私は捕捉を加えながら返答する。
「うん。ブラックホールと同じ質量を纏う事で、圧力の均衡を保ちながら通過するの」
ブラックホールよりも質量が大きいと、ブラックホールを吸収して破壊してしまい。
質量が小さいと、ブラックホールに潰されて取り込まれてしまう。
質量を同じにする事で、重力(圧力)の中和(均衡)が生まれ、ワームホールを通過出来るようになるのだ。
「質量ゼロが宇宙空間を超光速移動する為の手段で、質量無限大がブラックホールをワームホールとして通過する為の手段ですね」
フレリの分身体の記録を持つとはいえ、陽葵は理解力が高い。
「その通り。魔力無しでは実現出来ない事だから、星からの信任を失う事の無いようにしないとね」
この魔力はあくまで星からの借り物。
精神力や媒介があれば、自由に使える魔法や魔術とは違う存在だと言う事を、忘れてはならない。
「穂華との同調、完了しました。さぁ、HHブランドの仕事を始めましょう」
気が付くと、陽葵が私の時空干渉に同調し続けていた事が分かった。
基本の肉体強化の場合でも、体感時間の誤差があると、会話が出来ない。
違和感無く会話が出来た事で、陽葵の魔力制御力の高さが理解出来る。
「了解、副代表始めましょう」
「はい! よろしくお願いします。穂華」
私達はお互いに笑顔で、強い信頼を心に抱きながら、被服の製作を始めた。