星域環境(起 後半)
起承転結の起の部分、後半になります。
天地反転風呂や宇宙への解釈など興味深い部分がありますが、
この作品はフィクションです。
それをご理解の上ご覧下さい。
※ 11月12日 読み返しながら、矛盾の修正をしました。
※ 3月25日 ハシブトに関する部分での記述を訂正。(姉妹 → 姉弟)
※ 9月23日 氷柱と千香についての地の文に矛盾があった為、訂正。
発声出来ない記述がありましたが、削除しました。
この後、発声している場面があり、矛盾となるからです。
航宙歴五百十七年四月八日 午後八時四十分
アカと私の目の前に旅館が建っていた。
三階建ての木造建築に見えるが、外の外壁や室内の内壁に木材を使用しているだけで、鉄筋コンクリートの建造物になる。
「新しい星野家は眩しいね」
「屋根のアルミの影響よ。軽くて加工しやすく、すぐに表面が錆びて錆止めの役割をしてくれるから、便利な金属だわ」
屋根は瓦に似せて作った、厚さ二センチのアルミで覆われていた。
強風や暴風などの天候影響が無い環境だからこそ、柔軟な金属を屋根に使用出来る。
「アニマル艦隊の代表も、全員集合しているみたいだね」
新しい星野家は、星から信任を得た人だけでは無く、星の意識体の休憩所としても機能する。
建物が大きくなったのは、星の意識体が滞在する部屋を、作った為だ。
「みんな紹介するわ。でも、男性意識体の方は風呂上がりになるわね」
星野家の家族、アニマル艦隊の代表の双方が、浴室区画から気配を出している。
「みんな、浄化戦や遠征で疲れただろうから、しょうがないね」
「さぁ、私達も早く入浴しましょう。天地反転風呂だっけ? あれ、良いセンスね」
「そう? ありがとうアカ」
「えぇ、常識に縛られないのは、意識体の適性がある証拠よ」
私達は、玄関を開けて中へ入る。
真正面に二本の廊下が並列し、厚さ十センチの壁が廊下を分けていた。
左廊下は、居間とキッチン、二階へ続く廊下で、二階は意識体の部屋がある。
二階の廊下を経由して三階へ上がると、四十八畳と十二畳の二部屋があり、有樹と栗夢が十二畳の部屋を、私達が四十八畳の部屋を使う事になっていた。
一人六畳分使えるから、家具や小物も置けるかな――。
心の中だけで、感想を反芻する。
「先行組も、私達の気配に気がついたようね」
「うん。視線が増えて来た」
玄関で靴を脱ぎ、右側の廊下を五メートル進んだ所で、視線を床越しに感じた。
浴室区画は地下一階に男性脱衣所と男子風呂があり、地下二階に女性脱衣所と女子風呂
がある。
中地下二階には、男女兼用のプールがあって、男性脱衣所と女性脱衣所の二ヶ所からでないと入ることが出来ない。
中地下二階とは、地下一階と地下二階の間にあるフロアのことだ。
「寝室までの移動距離が長くなったけど……これで良かったの?」
「良いよ。家族に柔な人は居ないし、玄関前を通過させる事で、羞恥心も保てるから」
玄関先は、誰でも来る可能性のある場所になる。
女子だけだと、羞恥心が薄くなるが、男性意識体や有樹とも会う機会が増える為、体や下着の露出には気を付けないといけない。
廊下の突き当たり、玄関から三十メートルの地点が地下への階段となる。
十メートルほど降りると、先ほどとは逆に進む廊下があり、廊下中央の右側に男性脱衣所の入口が佇んでいた。
我々も入るか――大福。
あぁ――久々に風呂を体験するかの――。
私の体の中から念話が聞こえる。
休憩を取っていたキルトと大福だ。
私は笑顔で体の中へ話し掛ける。
「それじゃあ、風呂上がりに二階の和室へ集合ね」
承知した――。
アカ、風呂上がりにゆっくり話そうや――。
「エロが無かったら、付き合うわ大福」
よし来た――コスモスや最中も一緒に宴会じゃな――。
羽目を外しすぎるなよ――大福。
分かっとるよ――キルト――。
キルトと大福の二体が、私のお腹から出て廊下へ着地する。
「穂華の中も良いが、風呂も捨てがたいからの」
「行くぞ、大福。ツキノワやハシブト、ラプラタやオオハクが待っている」
「ふむ。友との入浴は初めてじゃな。新鮮じゃわい」
「穂華、コスモスと最中を頼んだぞ」
「うん。反転風呂を楽しんできて」
霊体に近い特性を持つ、二体の星の意識体は、扉を開ける事無く、脱衣所へ入った。
私は止まっていた歩みを再開させて、三体に話し掛ける。
「私達も行こうか、アカ、コスモス、最中」
あら――休憩を終えた事に気が付いていたの?
率直に驚く最中に、コスモスの感心する声が続く。
さすが穂華ね――アカは風呂の経験はある? ――。
「初めてだから期待してるわ。コスモスと最中も入浴後の宴会に参加するでしょ」
えぇ、参加するわ――。
私は大福のお目付役ね――。
最中は、大福のエロを警戒していた。
それに同情して、アカが声を掛ける。
「伴侶が下心たっぷりだと……苦労するわね」
男の性だからと割り切っているわ――大福は私が注意すれば良いのだし――。
最中からは、肝っ玉母さんと思える気丈さを感じた。
さて――階段を降りましょう――女性脱衣所は下でしょ?
コスモスの念話に、視覚に意識を集中させると、下り階段が目の前に来ている。
話しながら歩くと、知らない間に移動している事が多い。
「うん。階段を降りて、廊下中央の左側だよ」
進行方向が一階と同じ向きになる為、男性脱衣所の丁度真下にある。
壁や床、天井には意識体や霊体の通過を禁止する結界がある為、覗きをする事は不可能に近い、扉から堂々と侵入してくる者が居れば、話しは別だが――。
チーターと、モミヤマは先に来ているようね――。
コスモスの呟きに、最中が疑問を出す。
でも、チーターは水が苦手だったはず――。
「穂華と陽葵の為に水嫌いを克服するそうよ――健気ね」
疑問にはアカが答え、念話と会話の双方が一旦落ち着いた。
木を貼った内壁や床、天井を見ると、鉄筋コンクリート造である事を忘れそうだ。
老舗の木造旅館を見ているようで、心が落ち着く。
「コスモス、最中、そろそろ出て、女性脱衣所に入るから」
了解――。
えぇ、今出るわ――。
念話の直後に、二体の意識体が私の左肩とお腹から出て来た。
白茶に茶の縞模様の猫が左肩の上に浮遊し、背中が茶色、お腹が白色の犬が地面へ着地する。
「入るわよ。穂華、コスモス、最中」
二体の出現を確認したアカは、私達に声を掛けてゆっくりと女性脱衣所へ入った。
航宙歴五百十七年四月八日 午後八時五十四分
雲に浮かぶ逆さまの女子風呂、その中で五体の意識体と九人の人間が入浴している。
上を見上げると、西暦時代の記録を参考に描いた市街地や田畑、川や山があった。
「これが、穂華の作った天地反転風呂ね」
コスモスが天井を見上げながら、感嘆している。
「実際に逆さまに入浴していると、錯覚するでしょ」
私は嬉しい気持ちになって、反転風呂の新鮮さを伝えた。
大風呂の浴槽は白色で、洗い場の床や鏡の周囲も白色になっている。
壁は澄んだ空色に、写実絵画のような雲が描かれ、天井の航空写真のような地上を見上げると、自身が雲の底面で逆さまに風呂へ入浴しているように錯覚出来た。
「これは、穂華お姉ちゃんが書いたの?」
瀬名里達と一緒に、長風呂をしていた美優が寄ってくる。
美優は天井と壁の絵を見て、目を輝かせていた。
「違うよ。これを書いたのはラプラタ、ドルフィン艦隊はみんな絵が上手だから」
「今から会いに行っても良い?」
「風呂上がりまで待って、この後の宴会で意識体の代表とは全員会えるから」
「……ラプラタも入浴中だもんね……うん。我慢するよ、穂華お姉ちゃん」
「美優は良い子になったね。こうやって傍に密着させたいくらい」
私は美優を前側から軽く抱きしめる。
私の手が美優の背中に触れ、美優の右肩に顔を置くと、美優の息遣いが聞こえた。
「私もだし、みんなもだよ。みんなで密着したい」
百合というよりは、家族と触れあう温かさを感じる。
その証拠に私と美優だけでなく、周囲の家族や意識体も顔を和ませていた。
「こうして天井を見上げると、惜しい星系を失ったと思うよ」
「そうだね。記録でしか拝見出来ないけど……太陽系は良い輝きだったと思う」
聞き覚えの無い声に、私は同意した。
大鷲の外見に、橙色の嘴と白色の羽毛に覆われた体を持ち、羽の一部と尾の先が、赤墨色になった発言の主は、私に笑顔を見せる。
「人間の欲望は信頼出来ないが…………支配と独占を捨てた君達なら信用出来る気がする……これから、よろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いします。モミヤマ」
フクロウ艦隊の代表であるモミヤマは、指揮官を務める手鞠と一緒に近付いて来た。
アカは瀬名里の横に移動して、会話を始めている。
体長百センチに、体高六十八センチの体を持ったモミヤマは、フクロウのように夜間も自由に動きたいという理想を持っていた。
モミヤマとの挨拶が終わった所で、彼女の隣に居た手鞠が声を掛けてくる。
「住民の案内ご苦労様です。こちらは長風呂で二名ほどダウンしました」
「あら……陽葵と花菜か……手鞠は、あまり無理しないでね」
「はい、のぼせそうだったらお湯から出て休みます」
大風呂の横、木製の長椅子が並ぶ位置で、陽葵と花菜が目を回していた。
花菜の横には八伸様が居て…………んっ?
「…………あぁ、花菜がはしゃいで、陽葵が驚いて騒いだのね」
花菜の横には、八伸様の他に二体の霊体がいる。
氷柱と千香の名を持つ、元は怨霊だった二人だ。
八伸様と同様に、今は怨念が消え、神格化されている状態にある。
魂の劣化により記憶の一部を失っているが、八伸様と異なり発声が可能な子達だ。
氷柱はタロンペの魔力を持ち、千香は火柱の魔力を持つ。
二人は、優衣や真衣と一緒に、私の体の中で浄化戦に備えて貰う。
「男風呂の方も盛り上がっているようだ。有樹は男女の双方が好きなのか?」
モミヤマは耳が良い、階上の音が聞こえている。
「男女や種族を問わず、魅力のある者が好きなんだって。星らしいでしょ」
「まったくだ。信任が低いのが残念なくらいだな」
モミヤマの口調は、瀬名里に似ていた。
女性でありながら、男性の頼もしさを発言に感じる。
「穂華も聞こえているのだろう?」
「いいえ。私の場合は全域の気配探知があるから。人の秘密を知ったら危険だし」
「そうか、私もプライベートな内容は聞いていないが、確かに危険だな……今後は、聞く内容を限定するよ。星の意識体である私は、混沌にはならないが、混沌に消滅させられる可能性はあるからな」
「そ、それが良いと思います。聞くのは星野家の会話だけにして下さい」
「承知した」
手鞠の提案に、モミヤマが同意した。
プライベートな会話を、盗聴して無断で聞く事は、独占と支配の両方に該当する。
それだけは絶対に出来ない。
「穂華お姉ちゃん。琥珀と最中が呼んでるから行くね」
「美優、行ってらっしゃい」
「うん!」
私の前で静かに目をつむっていた美優が、突然起きて離れていく。
美優も少しだけ、気配を捉える力を得たようだ。
美優と入れ替わるようにして、星の意識体が一体、私達に近付いて来る。
「どんどん仲間が増えるわね。水は苦手だけど……温泉と心の温かさは好きよ」
「チーター、念話の時以来だね」
声の主は、キャット艦隊代表のチーターだった。
スターフラワーへの入港前に、念話で会話した星の意識体である。
ミーアキャットの外見に、天色の体毛を持ち、足先が群青色をしていた。
彼女の尻尾は深緑色で、尾先は黒色になっている。
体長は九十二センチで、体高が六十三センチと、西暦の動物とは関係が無い存在だ。
「ラプラタが入りたい気持ちも理解出来るわね……こうして穂華にも会えたし」
「今後はどうしますか?」
「宴会の時に話すわ。艦隊の代表全員で決めた事があるから。それにしても、日常では霊が苦手なようね……私の指揮官は…………」
「陽葵は、浄化戦の時は平気なんですが……日常は駄目みたいです」
特に今回は、見知らぬ霊体が居たので動揺したようだ。
チーターの発言を待っていると、モミヤマが声を掛けてくる。
「チーターも昔は霊体が苦手だった。案外お似合いじゃないのか?」
「昔の話を出さないでモミヤマ。貴方は男っぽい口調のままなのね」
「これが私の個性だからな。星野家にも口調の合う人間が居て、安心したよ」
モミヤマは、アカやコスモスと話す瀬名里を見ていた。
最中は、美優や琥珀と談話をしており、音穏は私の背後に居る。
「音穏は、会話に参加しないの?」
「……初対面の相手が多くて、緊張する……」
「畏まる事はないぞ。星の意識体は、星野家と家族になったんだ。支配と独占が無ければ我々は家族として同じ立場で生活が出来る」
音穏の緊張に、モミヤマは明るく優しく答えた。
その快活さを見て、音穏の顔から緊張が消えていく。
「モミヤマは闇属性なのに、相手を明るくするのよ。星らしい柔軟な心でしょ?」
「はい、とても頼りになりそうです」
チーターの言葉に、音穏が同意した。
それを見たモミヤマは、手鞠に寄り添いながら、私達へ発言する。
「私の指揮官は手鞠だが、穂華は総司令官で、音穏は私の同僚だ。これからよろしくな」
「よろしくお願いします」
音穏から完全に緊張が消えている。
これなら、他の意識体とも仲良く出来そうだ。
「瀬名里達の方へ移動しましょうか? 女性全員で話した方が楽しいわよ」
「チーターの指揮官も意識を戻したようだしな」
二体の声に視線を移すと、花菜と陽葵が起き上がっている。
花菜の傍らでは八伸様が居て、氷柱と千香は私の方へと移動して来た。
「氷柱、千香、二人が気に病む事無いからね。霊体に慣れないと駄目なのは、私達の方で二人の行動に間違いは無いから」
私は霊体の二人を抱き留める。
そして、花菜と陽葵へ声を掛けた。
「花菜、陽葵、私の方へ来て、自己紹介を始めるから」
私達は瀬名里の近くまで移動して来ていた。
必然的に、女性全員が一ヶ所に集まる事になる。
「栗夢も一緒にお願いします」
女子風呂の奥、湯煙の中に栗夢は潜んでいた。
「了解。すぐに行くわ」
「穂華、案内ご苦労様、みっともない姿を見せたわね」
「ご、ご苦労様です」
栗夢の返事が届き、近くに来た花菜と陽葵の声が続く。
全員が裸である為、裏の無い会話が出来そうだ。
「陽葵、氷柱と千香に謝って、見える状態になった以上、霊から目を背ける事は出来ないの、フレリの分身体が持つ記録を受け継いだ、陽葵なら分かるでしょ?」
「はい、すみません。ちゃんと謝ります」
すぐに素直な反応が返ってくる。
驚いただけで、罪悪感はしっかり抱いているようだ。
「氷柱、千香、私の前に、それと、優衣と真衣も、私の前に」
「えっ?」
油断した反応を返す陽葵の顔が、一瞬固まる。
スターマインドで浄化した、混沌側の心音が束縛していた霊体が、私の中から現れた。
「皆さん初めまして、優衣です!」
「真衣です。これからよろしくお願いします」
霊体でありながら、明るい声を発生させた事に全員が驚く。
「優衣と真衣は、魂の劣化が少ないアンドロイドの霊体なの」
アンドロイド、機械と人間の折衷役を務めていた彼らは、太陽系と一緒に消えている。
優衣と真衣の存在は、混沌側に太陽系を消した当事者が居る事を証明していた。
「に……虹星 陽葵です。よろしくお願いします」
「よろしくね!」
「よろしく」
陽葵は今度は感情を静められたようで、優衣や真衣と握手を交わしている。
それが終わると、陽葵は氷柱と千香の方に体を向けた。
「氷柱、ごめんなさい。もう逃げないから私と仲良くしてくれますか」
陽葵の発言に、氷柱が笑顔で手を出す。
「千香、ごめんなさい。私と家族として仲良くして下さい」
星の心に味方する仲間は、家族だ。
その陽葵の思いに、千香も笑顔で手を見せる。
陽葵はその二人の手をとって、笑顔で握手を交わした。
「生命と霊体との違いは、霊体を格納する肉体があるかどうか…………幽体という水の鍵があえば、格納出来る。つまり肉体が金属になっても不思議では無い…………そう考えると、複数の星や銀河、宇宙を肉体とする星の意識体も、極大規模の肉体を持つ、生命体と判断出来るわね…………」
水は水素と酸素だけとは限らない、星の信任が無い人間には有害な水銀も、高熱で融解した溶岩も、極低温で生まれる液体窒素も、液体全てが幽体となる物質だ。
私は、花菜の言葉に続いて、宇宙の理を語り始める。
「惑星の血液は、溶岩やマントルで、地表は皮膚、空気はオーラである。恒星は意識体のシナプスであり、ダークマターは神経伝達物質に該当する」
「つまり……宇宙は一つの生命体であると言う事ですか?」
突然始まった花菜と私の発言に、陽葵が疑問で追従してくる。
「そうね。他の宇宙との接続を担う、ブラックホールも物質移動だけでなく、シナプスの機能があって、複数の宇宙で一つの星の意識体を生み出す結果を出している」
陽葵の心には、花菜が答えた。
星の意識体は、宇宙という巨大な体に住む、白血球のような存在である。
宇宙の外は、無が広がり、無から侵入した混沌はウイルスに比喩出来た。
私達がウイルスに染まるか、白血球に味方するかは、支配欲や独占欲の有無に委ねられている。
マクロ(巨大)な宇宙が、ミクロ(極小)の私達に命運を握られてしまう。
無の侵攻は、そんな不可思議な現象を生み出していた。
「私には、よく分からないけど……花菜と穂華の発言が正しいの? コスモス、最中」
栗夢は困惑しながらも、会話に付いて来てくれている。
「その通りね。発言だけでなく、念話の方も正しいと言えるわ」
「宇宙が一つの体なのだから、人間の体内にも宇宙があると比喩出来るわね……、フレリの作った物質世界の素晴らしい魅力よ」
どうやら、私の思考は念話で出てしまっていたらしい。
栗夢にコスモスが肯定の意思を伝え、最中は人間に新たな輝きを発見していた。
「あの……そろそろ上がりませんか? のぼせそうです……」
「そうだね。男性風呂の気配も動いたようだし、みんなで上がろう」
琥珀の提案に、私は素直に同意した。
時刻は、午後九時二十九分。
瀬名里達は、一時間以上、風呂に居る計算になる。
「ねぇ、穂華。氷柱と千香も、私達と一緒に体の中へ入りたいって」
「真衣も体の中へ戻ってるね。お風呂に触れたら眠くなっちゃった」
優衣のお願いに、真衣の思いが続く。
「良いよ。八伸様も入ってみる?」
八伸様の視線を感じた私は、誘いを掛けてみる。
何となく寂しそうな目をしていたからだ。
しかし、八伸様は私に笑みを見せてから、お辞儀をする。
「遠慮しておくそうよ。穂華の優しい心遣いに感謝するって」
彼女の心を花菜が代弁すると、八伸様は、静かに花菜の体内へ消えていった。
私の体には、優衣と真衣が入り、続いて氷柱と千香も溶け込んで行く。
私はそれを見届けてから、アカにお願いをする。
「アカ、先行して男性を会場に案内して頂戴。キルトと有樹の足が止まっているから」
「了解、コスモス。先に行ってるわね」
アカは狐の外見に似た意識体である為、衣類を着る必要が無い。
体毛で覆われた体が、少し羨ましく思える。
「穂華、後でマフラーかボレロを作って頂戴。羽織る程度であれば、私達でも違和感無く着衣出来ると思うから」
「うん。分かった可愛いのを作るね」
アカの要望で、私は気が付く。
どうやら、羨ましいと思っていたのは、お互い様らしい。
アカは体毛のある側として、全身に服を纏える人間が羨ましいようだ。
隣の芝生は青く見える。
西暦時代の言葉を借りるとすると、そんなところだろう。
羨ましい程度であれば問題は無いが、そこから妬みや執念が生まれると、支配欲、独占欲へ繋がる。
私は気持ちを切り替えると、傍に来ていた美優に声を掛けた。
「美優、一緒に上がろう」
「うん。早くラプラタに会いたい!」
絵を描く者同士、惹きつけ合うのだろう。
美優の目が輝いている。
「瀬名里、宴会で話さないか、他人とは思えん」
「おっ! 良いねぇモミヤマ、アルコール抜きで付き合うよ」
私達の後ろには、性格と口調が似た一人と一体が随伴していた。
脱衣所の引き戸では、花菜が私達を急かしている。
「早く着替えるわよ。新調のパジャマや下着も届いているし……」
「手鞠、下着見せて」
「あっ……はい、見せ合いっこしましょう琥珀」
「お二人共、私も混ぜて頂戴。琥珀と手鞠の下着って、私見た事なかった」
脱衣所の中では、琥珀と手鞠が下着に手を伸ばして、栗夢が声を掛けていた。
環境が変わったので、今後は栗夢とも入浴する事が多くなる。
「意識体も増えたし、賑やかになりそうね」
家族を見ていた花菜が、和やかな感情を示した。
私は花菜の発言に、微笑みながら同意する。
「大家族状態の家になるからね」
花菜が扉を閉めると、風呂からの湯気が遮断された。
「さぁ、私達も着替えましょう穂華」
「そうだね。花菜」
自分のパジャマと下着がある籠の前に来ると、ショーツへ手を伸ばす。
毎日が新鮮な思い出になるだろう、私は服を着ながら、期待に胸を膨らませていた。
航宙歴五百十七年四月八日 午後十時一分
私達は、星野家二階の和室部屋前に来ていた。
着替えと、髪の乾燥、身嗜みを整えてから廊下へ出た為に、深夜と呼べる時間になっている。
和室部屋は男性意識体が滞在する部屋で、畳の良い香りが廊下に漂っている。
い草という植物の匂いに、近い草(宇宙産)を使用しているらしい。
「結構広いな」
先頭で和室に入った瀬名里が、感想を漏らす。
私は、その感想に、この部屋の趣旨を伝える事で答える。
「二階は二部屋だけだし、星の意識体が滞在する部屋だから」
三十畳の大宴会場のような部屋も、意識体にとっては手狭な空間だ。
「おっ! 来ましたな。奇跡の生命体が」
聞き覚えの無い口調と声が響く。
部屋の中央、天井近くの位置に海豚が浮いていた。
薄紫色の体に、白藤色の胸びれと背びれを持ち、尾びれは薄桜色をしている。
淡く綺麗な花と、海豚の美しいシルエットを合わせたような意識体だ。
体長は三百十二センチと大きく、体高は六十七センチになる。
「美優、彼がラプラタだよ」
ラプラタを見る美優の目が光った。
美優は私の前へ出ると、軽く足を屈伸させて跳ねる。
「おっと、我が艦長は、陽だまりのようですな。感性が合いそうです」
「よろしくね! ラプラタ」
美優は空中に浮かぶラプラタに飛び付いていた。
跳ねた影響で埃が舞うが、料理や飲料はまだ出ておらず、美優を注意せずに済みそうだ。
「お風呂の絵の描き方を教えてほしいの! 一緒に描こう!」
「これから一緒の時間が増えます。その時に一緒に絵を描きましょう」
「うん。よろしく!」
美優は手で、ラプラタは鼻で、共に写実絵画を書く者が密着している。
全員が部屋の中ほどにまで入ると、私達が入って来た引き戸が再度動く。
廊下から入って来たのは、唯一この場に居なかったツキノワだった。
「料理が出来ました。さぁ皆さんセルフサービスで頼みます」
ツキノワの後ろには、運搬の魔力で浮いた大量の皿とコップ、料理がある。
熊の外見でありながら、料理が得意なツキノワはこの日を楽しみにしていた。
霊体と近い特性の星の意識体は、直接、飲料や食べ物を摂取出来ない。
お墓に置くお供え物のように、置かれた料理を視覚や匂いで楽しむ。
「直接食べてくれる生命が、味方になって良かったよ」
ツキノワから本音が漏れる。
誰だって、自分で作った料理を、直接食べてくれる存在が居れば、嬉しいものだ。
「私と交代で作って貰うから、これからよろしくね。ツキノワ」
私はツキノワの手(右前足)を左手に掴む。
大きい手だが、とても優しい手だ。
「あぁ、よろしく。共に食卓を華やかにしよう」
「うん。よろしく!」
三十畳の和室部屋は、男性意識体用の滞在部屋として、用意された空間になる。
部屋には長方形の長いテーブルが並び、座布団がその列に随伴して配置されていた。
星野家と意識体の双方が、ツキノワが浮遊させて来た料理へと集まっている。
「私はシーザーサラダと、豆腐ハンバーグを貰うわ」
有樹はヘルシーな料理を好んで選び始めた。
有樹のパジャマは、桃色の長袖オーバーシャツに、セーラーカラーの襟と、ラッフルカフスの袖口を採用しており、私達のパジャマとは違う外見になっている。
ボトムスは、白色のスカンツ(スカーチョ)を穿いて、くるぶしの八センチ上にある裾から、紫色のレッグウォーマーが顔を出し、足首付近までを覆っていた。
スカンツは、裾がふくらはぎよりも上になった付近から、キュロットスカートと名称が変化する。
スカートの内側に、インナーパンツを設けたスカパンとも、混同されやすい為、注意が必要だ。
レッグウォーマーは主に、足首からふくらはぎの保温が役目で、西暦の末期にはファッションとして、室内だけでなく、外でも纏うようになっていたらしい。
「有樹、宇宙産の食材も使用しているそうだから、味わって食べて」
「ほんと? どんな食材かしら」
体が男子で、心が女子である有樹は、女性用のパジャマに身を包みながら、頬に手を当てた。
セミロングの黒髪で顔立ちも整っており、二十二歳でありながら中等部に見える童顔の為、男性と気が付かない者も時々居る。
「リンゴ味とグミの食感を持つ、キュピル。牛肉の味とレタスの食感がある、ハイシュがおすすめ」
キュピルはバナナの外見に、桜色の皮と黒色の果実。
ハイシュは人参の外見に、群青色の根と空色の葉。
どちらも、地球の記録では無かった食材で、栄養価も高い。
「そう、じゃあそれを貰うわね」
「うん、遠慮なく食べて」
有樹は宇宙産の食材を大盛りにした。
それを見たツキノワは、満面の笑みを湛える。
「星の信任を得ている有樹は、やはり違うな。通常は警戒の態度や不安の感情を示すのですが…………素直に食べようとしてくれる事が、とても嬉しい」
「私達が信頼している星が出す食べ物ですもの、疑うわけないでしょ」
有樹の強い信頼と優しい笑みに、ツキノワの穏やかな発言と明るい笑みが返る。
「そうですね。それは盲点でした」
それは、二者の信頼関係が一段階向上した瞬間だった。
全員が食事を皿に取り、座布団の上に座る(乗る)と、キルトから声が届く。
「星の信任を得た人間と、星の意識体の代表者。宇宙の希望がここに集った。今回は宴会と題名は明るいが、この先の浄化戦と、その為に払拭しておきたい不安の解消をする場となる。全員、心を通わせる場であって、遊びやストレス解消の場ではない事を、理解して貰いたい」
星の意識体の王様であるキルトから、冷静な声が広がった。
支配と独占を持てない私達にとって、宴会はストレス発散や愚痴を述べる場では無い。
愚痴は相手の心に対する支配欲へ繋がり、ストレス発散の為に騒ぐと、周囲の他者に不快感を与える。
その為、空間や場の独占欲へ心が傾きやすい。
「私達も、今日は意識体の皆さんと親睦を深める為に参加しています」
だから、私は笑顔でキルトの心遣いに応じた。
それに、コスモスが感想を出し、ラプラタが褒めてくれる。
「穂華は優しいわね。王妃である私が惚れそうだわ」
「良い心の在り方ですな。宇宙の命運を託せるだけの強さを感じます」
「ありがとう。美優、ラプラタとは後で密着出来るから」
「うっ…………うん。分かった」
私の言葉に、自分の座布団を飛び出しそうな美優が留まる。
「美優、私は隠れたりしませんぞ、宴会の終了後、好きなだけ話しましょう」
「ありがとうラプラタ」
彼の温かい心遣いに触れた美優が、温和な笑みを見せた。
「むぅぅ……これは何とかならないか? 花菜」
「ハシブト諦めて、八伸様、優衣、真衣、氷柱、千香、美女と美少女に囲まれて本望でしょ。私も混ざりたいけど……今は遠慮しておくわ」
ハシブトは自分の座布団の上で、五体の霊体に密着させられていた。
彼は漆黒の刀に似た外見を持っている。
柄は桜色で、鍔は灰色。
鞘に相当する部分は無く。
峰や棟側から、練色の羽を出していた。
柄や鍔の脱着は不可能で、羽と魔力で自由に動けるなど、物では無い事を、彼の行動は証明している。
刀身に似た部分は七十センチあり、柄に見える部分は二十センチあった。
「はぁ…………了解した。小織に示しが付かないから、このままでいよう」
隠世の管理者である意識体の小織とは、生前に姉弟だった過去を持つ。
小織が姉で、ハシブトが弟の関係だ。
「ハシブト、話しが纏まったのなら、本題を続けるぞ、本来の目的が脱線してしまう」
「了解しました。キルト」
キルトの視線が私を捉える。
サバトラ柄の猫に似た王様は、私達の宇宙に対する理解度を試そうとしていた。
「穂華、物質が光速を越える事は可能だと思うか?」
「魔力無しだと、相対速度の上では可能です。例えば秒速一万キロの宇宙船を開発出来る生命体が居たとして、秒速二九万キロ以上で反対方向へ向かう物質が存在すれば、両者の相対速度は光速や超光速となります。ただし、可視光を含めた電磁波での観測が不可能で証明する事は不可能となります」
宇宙が黒いのは、宇宙が光速以上で膨張している為だ。
生命が観測出来るのは、可視光、赤外線、紫外線、X線といった電磁波であり、光速や超光速で離れる存在を、観測する事が出来ない。
「正解だ。瀬名里、接近してくる恒星が、相対速度で光速を越えていた場合、どのような変化が起こると思う?」
次の質問は、私の左隣に座る瀬名里へ飛んだ。
瀬名里は、真向かいに座るアカと目を合わせてから、静かに回答を出す。
「可視光や電磁波よりも早く接近するので…………私達は接近を感知出来ません。衝突や通過後に、電磁波が届く不思議な現象が起こります」
数光年先に見えていた星が、急に衝突したり、通過した後に、その映像だけが遅延して届く、実際に生命が体験したら、死ぬ実感すら沸かない事態だ。
「光の速度自体に影響を与える物は?」
「重力と……光の反射や屈折を与える物質。後は宇宙の密度です」
強大な重力の前では光も屈折したり、進路変更の影響を受ける。
銀河やブラックホール、身近な物では水など、その原因は多種多様だ。
屈折時には僅かに速度が低下し、ブラックホールの影響を受けると急激な速度変化で、吸い込まれる事も多い。
「正解。美優、十光年先にある恒星は実際とは違う姿を見せる。どのように違う?」
「えぇぇとね…………十年前の姿を見ていると思う」
遠くの星や物質は、過去の姿を見せる。
数億光年先の天体などは、数億年前の姿を見ている為、すでに現在は天寿を迎え消えている可能性もあった。
「正解だ。我々、星の意識体とフレリの力を受け取った八人なら、距離に関係無く天体の死や誕生を感知出来る。それは何故だと思う有樹?」
星の信任は得ているが、フレリの力は受け継いでいない有樹に質問が飛ぶ。
「えぇぇっと…………。宇宙や星が念話や星の魔力で情報共有をしているから……」
自信の無い有樹の発言に、キルトは笑顔を見せて語り出す。
「正解だ。念話や星の魔力の速度は光速を超える。そうでなくては、複数の宇宙で一つの意識体を構成する事が出来ないからな」
人の尺度では無く、宇宙や星の視点に立った尺度。
それが宇宙での生存には必要不可欠になる。
「では、時間という概念について、人視点と宇宙視点では時間の意味は異なって来る…………栗夢は、時間についてどう思う?」
次の質問は、栗夢へ投げられた。
栗夢は冷静に思考を巡らせてから、発言を始める。
「時間とは、物質の相対速度上での移動を見る基準で、全く動きの無い世界は時間を観測出来ないと思います。私達が秒速一千キロで動いても、周囲の物質も秒速一千キロで同じ方向に動いていたら……生命は動きを感知出来ません。静止しているように見えてしまいます」
「音に関してはどう思う?」
「音も同じです。音速で音が伝わっても、私達が音速で離れれば音は届かなくなり、宇宙では音を伝える物質密度が低い為、宇宙空間の多くでは振動が伝わりません」
物質密度の低い空間では、電磁波は伝わるが、音は伝わらない。
気体、液体、固体など、物質の振動を私達は、音として捉える。
しかし、宇宙空間は星や小惑星、ガス星雲などに物質が集中している為、星と星の間は物質の密度が極めて低い、物質の全く無い空間も多く、人間の視点からすれば、その空間に何があるのか、畏怖さえ抱く事もあったらしい。
「正解だ。花菜、宇宙で物質の全く無い場所には何が満ちていると思う?」
今度は花菜の方へ、キルトの声が指向した。
花菜は霊体側への感性が高い、的確な質問に、彼女は笑みを見せて回答を始める。
「私に相応しい質問ね。星の心や意思を伝達するエネルギー、宇宙の精神力が満ちていると思うわ。西暦の人達は、科学で正体を見極めようとしていたみたいだけど…………」
科学には自然科学の一部である化学や、天文の分野も含まれている。
人は観測不明な存在に、興味を抱き、恐怖を覚える事が多い。
生きる為の生存本能と、未知への探究心が複合する為だ。
「素粒子に関してはどう説明する?」
キルトは花菜への質問を続ける。
「仮説上の素粒子であるスーパーブラディオンやタキオンは存在が未確認のままで、クォークやレプトン、ゲージ粒子やスカラー粒子に代表される、素粒子のグループは星や宇宙が索敵する為の通信手段だと思うわ」
他にも粒子は数多くあるのだが、ボソンなどは実在する素粒子と、未確認の素粒子の両方が存在する影響で割愛させて貰う。
「つまり、ダークマターが星の心で、素粒子や電磁波は我々の通信索敵手段という考えだな…………良い感性だな花菜は」
「正解で良いの?」
「あぁ、間違いでは無い。ただ……ダークマターについては訂正したいな。暗黒物質では無く、心のエネルギーという捉えた方で居て貰いたい、物質の無い空間は、宇宙空間にも存在するからな」
宇宙が広がる理由は、外の無に物質が無い影響だ。
圧力のある宇宙と、圧力の無い外。
膜が厚い為に、宇宙が割れる事は少なく、割れた場合も、新たな宇宙を生むブラックホールとなる。
宇宙で物質の無い空間は、星や宇宙のエネルギーが満ちている為、混沌側に味方する事は無い。
「そう、分かったわ。認識を改めておく」
花菜の返事を聞いたキルトは、音穏と陽葵の方を見た。
そして、まだ質問を受けていない二人へ内容の違う事を尋ねる。
「次の質問になるが……。音穏と陽葵は我々の事をどう捉えている?」
キルトの曖昧な質問は、星の意識体の認識を激変させる物だ。
二人は少し悩むと、お互いに目配せをして、音穏の方から語り出す。
「肉体の無い意識体が混沌、肉体の有る意識体が星、宇宙の破壊意思が混沌、宇宙の防衛意思が星、この違いがあるだけで、意識体自体に差異は少ないと思います」
「つ……つまりは、人間と同じで、無理矢理奪う、騙して奪うのが混沌で……命を懸けて防衛する、相互協力の関係を大事にするのが星です。混沌に合う幽体と肉体が無い為に、混沌は、生命を利用しているだけで、星と混沌の意識体としての性質の差は、少ないと思います」
二人の回答に、星の意識体達は、感心の意思を示した。
「穂華は良い心の仲間に恵まれたな。フレリが作った因果により、宇宙や星は、星の意識体にとって安住の地となり、混沌の意識体にとって劇毒の海となっている。しかし、元はフレリも無の住人だった身だ。当然、我ら星と、混沌の意識体には共通点も多い」
キルトの信頼した声が伝わり、コスモスが混沌側の事情を語り出す。
「だからね。混沌から星へ亡命希望の意識体も稀に居るの。多くは、私達と接触する前に消滅させられているようだけど…………」
「私達が見極めて、信頼出来るようなら、星側に亡命させる認識で良い?」
「えぇ、それで良いわ。穂華」
私の問いに、コスモスが笑顔で答えた。
キルトはそれを確認してから、琥珀と手鞠の方へ声を掛ける。
「さて琥珀、手鞠、明暗を司る二人に質問だ。フレリが何故、可視光や電磁波を生み出したか分かるか?」
「電磁波は闇を際立たせ、闇を宇宙の主役に添える立役者です。電磁波が無ければ、私達は宇宙の存在も知らず、自分の立ち位置も認知出来ないまま消えていたと思います」
即答したのは、琥珀だった。
光と闇、双方を褒めながら、的確な回答を出す琥珀に、星の意識体達が感心している。
「手鞠はどう思う?」
「わ、わたしは…………闇は電磁波を中和して、電磁波の強さを優しくしてくれる。慈愛の心だと思います。宇宙の電磁波が闇を消すほどに強力だったら…………私達の体は耐えきれません。闇が広いからこそ、私達は適切な量の電磁波を認知出来ます」
飲食や睡眠に適切な量や時間があるように、電磁波や闇の大きさにも適切な量がある。
手鞠はそれを理解して、琥珀とは少し異なる回答を出した。
それを聞いたコスモスが感動の声を上げ、キルトが信頼の感情を伝える。
「二人共、信任を得て日が浅いのに、素晴らしい心の在り方ね」
「あぁ、余計な心配だったようだな。我々が星の命運を託せるだけの優しさと心の強さを全員が持っている」
「そろそろ良いんでないか? キルト。我々は匂いや見た目で食事を終えられるが、穂華達はそうもいかんじゃろう」
大福が珍しく、下心以外での心遣いを見せていた。
伴侶の最中が横で驚いていたが、すぐに優しい笑みを見せ始める。
「おっと、そうだな大福。我々の確認は以上だ。少し冷めてしまって申し訳ないが、食事を楽しんで欲しい」
「私が温めましょうか。星の為の会話だったから、料理の加熱も許可出来るわ」
キルトが発言を終えると、チーターが魅力的な発言をしてくれた。
星野家全員で頷き返すと、彼女は自分の座布団の上で、前足を上げる。
群青色の足先が前に出ると、肉球が灰色に輝く。
すると、料理が赤や橙の淡い光に包まれて、料理の温度が上がり始めた。
「本来は料理を作る時だけの特例だけど……今回は特別にね」
チーターはウインクをしながら、私達に笑顔を見せる。
天色の体毛や、ミーアキャットに似た外見もあり、彼女はとても可愛い。
加熱が終わると、私達は笑顔で料理を食べ始めた。
航宙歴五百十七年四月九日 午前〇時四十四分
星のついての会話を行い、ご飯を食べ終えた頃には、日付が変わっていた。
「失礼、穂華。そろそろ本題に入りたいのですが」
「あれ? オオハク、琥珀に羽を貸してなかったけ?」
時間と浄化戦、環境変化の疲れが、私と瀬名里以外の人を、眠りの世界へ誘っていた。
琥珀が指揮を執る、スワン艦隊代表のオオハクは、先ほどまで柔らかい翼の羽を、琥珀の頭に貸していたはずなのだが――――。
「穂華と瀬名里以外は、運搬の魔力で、三階の皆さんの部屋へ移動中です。穂華も疲れていますね。気配の察知力が弱くなっている」
「七十五人分の被服を新調後に、浄化戦をして、住民の案内をして、何時も以上に体力を消費したからね」
星の魔力により不老不死となっていても、日常では限定的にしか魔力は使えず、体力や気力の消費は、魔力とは別枠となる。
つまり、体力を消費したら眠気が出るし、気力が減れば倦怠感が生まれていた。
「瀬名里は、アカやハシブト、チーターと会話中か……」
キルトの周囲には、コスモスや最中、大福やラプラタ、ツキノワが集合している。
「モミヤマが運んでくれてるの?」
「えぇ、彼女は闇と夜を象徴する意識体、眠った仲間を起こさぬように運搬するのは得意です」
ハシブトに密着していた霊体達も各々の居場所へ戻り、魂を休めていた。
「それで、本題というのは?」
「二つありますが、まずは一つ目、スターマインドで浄化された真優さんの事です」
「そうか…………オオハクは真優先生に信任を与えた当事者だもんね」
オオハクは、私達の居る二十三番宇宙を、本体の一部に持つ意識体になる。
私の兄や父に信任を与えたのも彼の裁量であり、少なからず責任を感じているようだ。
「彼女は何故、無理矢理魔力を引き出そうとしたのでしょうか?」
私達は星の魔力を、宇宙や星から借りて使用している。
その使用条件は、星の防衛に必要な行動である事だ。
直接的には、宇宙や星の破壊を狙う混沌や生命体への使用。
間接的には、人間が生きる為に必要な食事や被服、星側の生命保護など。
魔術や魔法とは異なるこの特徴は、宇宙や星が生存を勝ち取る為に身に着けた防衛本能と言える。
「人は大切な物を失う事を恐れ、無関係な物を切り捨てようとする部分があります。人は個という存在を頑なに守りながら、流行や社会など全という環境に馴染もうとする。不安定な弱さがあるんです」
「我々は生命であった時も、全体意識という物を大切にしながら、個性を維持していた。しかし、西暦の人間やスターマインドの人間は違っていたんですね」
「はい、全体意識に欠け、自分と個性の合わない存在を、誹謗中傷しながら、自身は人の集団に溶け込もうとする。矛盾がありました」
他者を蔑み、個性の合う者だけと仲良くする。
または、将来の出世を狙い、目上の者に良い顔で接し、目下の者を罵倒してしまう。
星の意識体が大嫌いな、支配欲や独占欲が渦巻いていた。
「真優先生は、家族である犬の命に執着しすぎました。結果、星を守る意識を見失い、星の了解無しで、魔力を使用してしまった……」
星の魔力を無理に使う事は出来るが、代償として信頼を失う。
免許を持った者が、違反行為を行うのと同じ状態だ。
「残念ですね。生ある者には必ず死はある。大切なのは生に執着するのでは無く、心を開き個性を見せる事、他者の個性を認める事なのですが…………」
流行や感性の合う仲間で集うのとは違う。
誹謗中傷を無くし、支配欲や独占欲以外の、思考や感性を認め尊重する事。
それを最も阻害していたのは、通貨だろう。
通貨が貧富を生み、貧富の格差が恨みを、通貨から生まれた利便性が、他者を平気で排除する悪しき心を作り出す。
負の感情が行き着く先は、犯罪であり戦争だ。
そして混沌が狙うのは、破壊の意思を持った、心の貧しい生命になる。
だから、星は支配や独占の感情を持つ生命を敵として認知していた。
「オオハクは私達の事が信頼出来ない?」
「いえ、星野家の皆さんは信頼出来ます。身近な者が消えても、星の守護意思を失わずに他者の個性を尊重する優しく強い心を保持してますから」
「うん。これからは私達がずっと一緒だから、元気だしてオオハク。私達が意識体に転生する将来を思い描けば楽しみでしょ」
「そこまで先を見据えてますか。素晴らしい事ですね。大切なのは自分への優しさでは無く、他者に対する優しさです。宇宙が優しさで満ちれば、天寿以外で亡くなる命は居なくなる。穂華、幼少の頃、あなたが示した言葉を叶えられます」
先ほどまで暗い顔だったオオハクの顔に光が戻った。
彼は光を象徴とする意識体なので、希望の灯った顔がとても凜々しい。
「うん。だからオオハクも協力して、私達が混沌から宇宙を守れるように」
「分かりました。さて…………キルト、私の意思は肯定です。もう一つの話しをお願いします」
オオハクの背後で会話をしていたキルトが私の方を見た。
「これで、全員の肯定を得られたな。未来の宇宙心に相応しい素質だ」
「宇宙心って?」
「全宇宙の心を宿し、守護する。意識体の事よ穂華」
私の疑問にはコスモスが答えた。
彼女はキルトに寄り添う位置で、私に慈愛の意思を向けている。
「神とは違うぞ穂華、神とは人が創造した人の理想を叶え、希望となる心の拠り所じゃが我々星は、特定の者には荷担しない、破壊を悪、守護を善とする宇宙の心じゃ」
「大福、そんな事、穂華や瀬名里なら分かってるよ。穂華、瀬名里、私達の意思を聞いてくれないかい。大福が言うと脱線しそうだから、アカ、あなたから頼むよ」
「良いの? 最中。てっきりキルトから提案されると思っていたけど…………」
「浄化艦隊のリーダーはアカだ。遠慮無く話してくれ」
アカの心配を、キルトは穏やかな口調で払拭した。
星の意識体の会話には、裏が無い。気遣いや心遣い、注意に関しても、全てが他者への優しさで満ちている。
「分かったわ。穂華、私達の滞在場所を、キルトやコスモスと同じ、あなたの体内にさせて欲しいの。艦隊やスターフラワーの全域には仲間の意識体が常駐するし、私達は浄化戦の時に、光速や超光速で艦隊に乗船すれば良い。だから、安全面では心配ないわ」
「私は嬉しいけど……何か理由があるの?」
「穂華は星野家と星の意識体にとっての特異点となってるわ。星にとって最も安全な場所であり、星の急所ともなり得る存在、つまりは星の心臓となっているの」
アカの回答に、瀬名里の思いが繋がる。
「私は、穂華の為なら命を懸けられるけどな」
「瀬名里もそう思うでしょ。私も、星の命運を穂華に懸けたいと思うし、穂華を信任した全ての宇宙が、運命を穂華に託す考えよ。だから、その穂華の傍に居たいの」
「仲間の許可は得ておりますぞ。だから、穂華が心配する事はありません」
ラプラタは薄桜色の尾びれを振りながら、私に配慮を見せていた。
「私の料理もバリエーションを増やしたい所です。一緒に居られるのは幸運と言える」
「ツキノワは研究熱心だな。私は、穂華を通して、手鞠と瀬名里を見守るよ」
家族の運搬を終えたモミヤマが、会話に加わって来る。
ツキノワとモミヤマには、星の守護以外の目的があるようだ。
「私は、穂華と陽葵が創作する被服が見たいわね。私達のボレロやマフラーも作ってくれるのでしょ?」
「うん。明日作るよ。音穏のぬいぐるみや、幼児を背負った男性達への贈り物も作るから忙しくなる」
チーターの言葉に、私は肯定の意思を出す。
その会話を聞いたコスモスは、慈愛の眼差しで私へ思いを伝えてくる。
「被服以外で、魔力の協力は出来ないけど、その間の警戒監視は私達がするわ。だから、穂華は安心して作って頂戴」
「ありがとうコスモス。そろそろ休まない? 眠気が限界になりそう……」
「中には小織も居るのか?」
「居ないよ。彼女は隠世から私に協力してくれるけど、隠世を留守にする事は無いから」
ハシブトから安堵の雰囲気が伝わってくる。
小織に対して、苦手意識があるようだ。
隠世の管理をする意識体である小織の魔力は、最中や大福並に大きい為、隠世に帰ってからもしばらくは気配が残る。
人や幽霊が残すと言う残留思念にも似ているが、小織の場合は、心の残滓と言うより、魔力の残滓の方が正しい。
「さて、では寝ましょうか。穂華の意識が薄らいでいるわ」
コスモスの言葉に、私は同意する。
「うん…………布団まで移動するから、瀬名里、肩を貸して」
「良いよ。途中で眠っても引っ張って行ってやるから」
私のお願いに、瀬名里から頼もしい返答が来た。
「我々は中に入るぞ穂華。寝てからだと出入りが気まずくなるからな」
「うん。私が寝る前に入ってキルト、みんな」
霊体と意識体には、共通点もある。
その一つが、私が持つ幽体に同居する点だ。
霊体に直接同居しようとすると、宿主の心を蝕み、魂を消してしまう恐れがある。
それでは、混沌と同じになってしまうので、幽体部分に同居して、宿主の肉体と霊体を守護していた。
次々、私に溶け込んで行く、宇宙の心。
だけど一体だけ、入るのを躊躇している意識体が居た。
「ハシブトは……入らない……の?」
「刀である私が入っても良いのでしょうか?」
「大丈夫だよ…………私には、魔力武器として協力してくれている意識体がいるから…………大切なのは、外見ではなく、中身でしょ? 星の魔力に満ちた意識体のハシブトなら私を傷付ける事無く、溶け込めるから…………ね。入ってみて……」
強い睡魔で言葉が続かない、そろそろ意識を保つのが限界のようだ。
私の左手が、瀬名里の右肩から背中経由で左肩に伸び、彼女へ預ける体重が増えて来ている。
「分かった。穂華の中から星野家と花菜を見守る事としよう。素直で純粋な優しさに感謝する」
ハシブトは私に感謝の心を伝えると、キルト達の後を追って、私の中へと消えた。
「穂華、寝ても良いぜ。私が責任をもって布団まで運ぶから」
「うん。お願い……瀬名里」
二階の廊下から、三階の階段を確認した所で、私の意識が落ちる。
「普段頼ってばかりだからな。頼られるのは嬉しいよ」
最後に瀬名里が漏らした本音は、眠りに落ちた私に心地よい夢を見せてくれた。