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魔化折衷  作者: 星心星道
6/32

星域環境(起 前半)

 魔化折衷の続き、星域環境です。

起承転結の起に当たる部分ですが、量が増えた為、二つに分けて投稿します。

※5月18日   入力ミス訂正(艦隊名、人物名など)

※7月27日   人口と人数の辻褄が合わない大きなミスを修正

※11月11日  矛盾の修正完了。(住宅街案内時の地の文や会話など)

※3月10日   星域環境の後半と矛盾する部分を訂正(巡航速度から、戦闘速度に訂正)


 星花せいか星域環境せいいきかんきょう


 航宙歴五百十七年四月八日 午後六時十八分

 正五角錐の巨大船体、その花びらが三分咲きに開いていた。

 宙母の機能を持つスターフラワーは、その内部へアニマル艦隊を格納させている。

 五つの花びらは、赤色、茶色、黄色、水色、緑色の五色の輝きを放ち、五角錐の底面が灰色の発光を煌めかせていた。

 時速五百キロまで減速した脱出艇は、花の中へ進入を始める。

「中は随分と空間が広いのね……」

 操舵担当の栗夢が小声で感想を話す。

「動物の艦隊には、一千メートルを越える大きさの艦艇があるからだと思うわ」

 栗夢の言葉に、有樹の的確な回答が出た。

 その返答を聞いた私は、疑問を有樹へ投げ掛ける。

「あれ? 有樹に艦隊の情報って教えてたっけ?」

「ホープアローの通信索敵コンソールに、艦船データが入ってるわよ」

「そう……キルトとコスモスは、誰が登録したか分かる?」

 私の体内に居る、星の意識体へと声を掛けた。

 私の問いに、姿は出さずに念話だけが聞こえて来る。

 この几帳面さはアカだと思うわ――。

 金属性が主軸のアカは、穂華の艦隊構想を気に入っていたからな――艦隊建造も彼女が先頭に立って、建造されている――。

 張り切りすぎて、機能を増やしてしまったのね――艦隊構造や大きさを諜報された程度では、穂華の艦隊は敗れないわ――そうでしょ? 穂華――。

「うん。艦隊は移動手段であって、浄化戦で重要なのは、星の魔力と、支配や独占を嫌う

心のあり方だから」

 アカは瀬名里が指揮するフォックス艦隊の代表だ。

 外見が狐に似た意識体で、色が特徴的な体毛をしている。

「アカは、もう乗船しているんでしょ?」

 えぇ、フォックス艦隊とベア艦隊は、スターフラワーに着艦済みね――。

 我々の横には、スワン艦隊とフクロウ艦隊が随伴しているな――。

 後方からは、クロウ艦隊とキャット艦隊、最後尾はドルフィン艦隊ね――。

「あぁ……道理で、想像よりも視界が狭いわけね」

 キルトとコスモスの念話に、栗夢が反応した。

 有樹がその発言に対して、疑問を伝える。

「栗夢は、両脇のが壁だと思っていたの?」

「それは無いけど、間近で見ると山脈の間を抜けているような感覚だわ」

 操舵担当の栗夢は艦の安定と、他艦との距離に集中している。

 発艦時と着艦時が、最も無防備な瞬間となる宙母(航宙母艦)は、短時間での早い機動が必須だ。

「無事故で着艦してね栗夢。初着艦成功で縁起を担ぎたいから」

「任せて穂華。その代わり着艦したら、一番に風呂をお願いするわ」

 栗夢の希望の後に、有樹の声が届いてくる。

「私も入るわね穂華」

「良いよ。ただ、男子と女子で風呂を分けたから、離れの感覚で入浴しないようにね」

 水着を着るプールを中央に、その上下に女子風呂と男子風呂を分割していて、分厚い壁と天井や床が、男子更衣室と女子更衣室以外からの入場を断っていた。

 壁には意識体や霊体の通過を検知する、防犯魔力も付与している。

 異性の裸体視認は、二十四時間厳重注意の罰となる為、エロの話は禁句と男性意識体の間で決められているようだ。

「瀬名里達、まだ戻って来ないわね」

「学園の友人の所へ行ったからね。着艦までは顔を見せないと思うよ」

 有樹の心配に、私が事実を伝える。

 操縦室は、信任六割以上の生命で無いと入れない為、瀬名里達七人が、学友の居る簡易居住区画へ出向いていた。

 操縦室は静かで、瀬名里達が不在だと寂しく感じる。

「おかげで、私は操縦に集中出来るけどね」

 渓谷の間を抜けているような感覚の栗夢にとって、今の状況は良い。

「最中と大福は寝たの?」

「少し体を休めるって、衣類の配達の辺りから無理をさせているから、今はゆっくり休息をとって貰うつもり」

 有樹の質問に、私は彼らの疲労を伝えた。

 その後に、栗夢の本心が聞こえる。

「私達にも休息が必要よね?」

「うん。異常が無ければ、三日目の朝に出陣するつもり、今のスターフラワーは一日目の夕方だから、一日半の休日になると思う」

 私に断る理由は無い、浄化戦で美晴の相手をしてくれた二人が得る、当然の権利だ。

「未開の地へ赴くようで、胸が高鳴るわね」

「有樹が暴走しないよう、私が随伴するわ」

「あら、失礼ね。私がいつ暴走したの?」

「ホープアローを初めて見た時、小躍りして、跳ねて、船体に頬を付けてた」

 有樹の顔が赤くなる。

「…………好奇心の成せる行動よ……」

 加えて、有樹の言い訳が、本人の行動を肯定した。

 有樹の態度を見た栗夢が、微笑みながら私にお願いをしてくる。

「という訳で、着艦後は風呂に入るから、住民の案内を頼んだわ」

「は、はい……」

 女装の男子と男装の女子の二人は、心ではまだ男子と女子の感覚を消せていない。

 男性は夢と希望を追って、大きな成功と大きな失敗という賭け人生を歩みやすい。

 女性は現実と確実性を重視して、小さな成功の積み重ねと、小さな失敗をしやすい。

 狩猟生活をしていた男性と、家庭を家事や育児で守っていた女性の遺伝子記憶がこの差を生むらしいが、全ての人間に当てはまる訳では無く、賭け人生の女性や、堅実な男性も少数ながら存在する。

 これも多様性といえるのだろうか――。

 考え事しながら、右を見ると、フクロウ艦隊の速度に変化がある事に気が付いた。

 私は、すぐに栗夢へ声を掛ける。

「栗夢、着艦の最終フェイズに入って」

 スワン艦隊とフクロウ艦隊が減速に入っていた。

 二つの大艦隊はそれぞれの着艦位置へ進路を微調整している。

「了解、有樹は放送をお願い、二分で着艦するから」

「分かったわ、栗夢」

 有樹が通信コンソールを操作して、艦内へ案内を行う。

「間もなく着艦します。着艦時に揺れますので、艦内の移動はご遠慮下さい」

 正五角錐の底面、その中央にホープアローの着艦位置があった。

 スワン艦隊は中央から三キロ左に、フクロウ艦隊は中央から三キロ右に入港する。

 その為、両脇の艦隊と距離が開いてきた。

「あれが、フォックス艦隊とベア艦隊?」

 放送を終えた有樹が、私に確認をする。

「うん。もう船体の整備点検を始めているみたいだね」

 中央から左下へ十五キロの位置に、フォックス艦隊が入港していた。

 金茶色きんちゃいろの船体が見え、時折、灰色の発光が確認出来る。

「ベア艦隊の色は群青色ぐんじょういろなのね」

「音穏は水と氷を主軸にした魔力だからね」

 中央から左へ十五キロの位置では、ベア艦隊が佇み、灰色の煌めきが見える。

 私も、美優の事は言えないか――。

 人の常識が通用しない宇宙空間や浄化戦は、芸術的であると言える。

 動物の形状と色が地球の常識とは違う点も、宇宙や星の視点では当たり前だ。

 でも、人の思考から見れば、奇抜な芸術作品に見える。

 常識の通用しない宇宙と浄化戦は、常識に拘る人間にとっては、厳しい現実だと思う。

 私達は日常で常識を信じて――浄化戦で常識を捨てている――。

「分かってはいるけど……違和感は拭えないわね」

 有樹から、私の内心と似た感想が漏れた。

 彼が不安にならないように、私は理由を挙げながら同意する。

「私達はまだ、宇宙と浄化戦の経験が少ないから」

「私は、何が起きようと、星の道を信じるのみだけどね」

 栗夢は気丈さで、有樹の違和感を吹き飛ばした。

 おそらく、星野家の中で最も心が大人の彼女は、二十二歳の美人顔と男装という意外性から、男子生徒からの人気が高い。

 姉御肌の部分も少しある為、星野家でも頼りになる存在だ。

 船体の速度が時速十キロまで低下する。

 着艦場所が目の前にあり、上方向に艦首が向き始めた。

 ホープアローが着艦の瞬間に向けて、その身を九十度回頭させている。

「他の艦隊は着艦が難しそうね」

 有樹の感想が私に届く、数百メートルから数千メートルのアニマル艦隊は、着艦の為に百八十度回頭をして、艦尾側を港に付けていた。

 時速五キロにまで減速した、スワン艦隊とフクロウ艦隊は、熟練した動きで衝突する事無く、百八十度回頭をしている。

「アニマル艦隊は、全周囲に視界を持っているから、あの程度は朝飯前かな」

 アニマル艦隊は、宇宙や星の集合意識から生まれた星の意識体が操舵していた。

 星の意識体は、宇宙の消滅を回避する為、支配欲と独占欲を所持しない生命を探索して私達と出会っている。

 私達は七十五人と少数で、他の人間は死に、太陽系も五百年以上前に消滅している。

「ねぇ、彼らはどうして艦隊を作ろうと思わなかったのかしら……」

 有樹が人として当然の疑問を、私に向けてきた。

 私は、星や宇宙の視点で物事を思考する、彼らの思いを伝える。

「恒星や惑星、宇宙やワームホールが本体の意識体は、宇宙空間の移動時に船を必要としないから……浄化戦の為に艦隊を構築する発想自体が無かったみたい……」

 実際、艦隊構想を出した当初は、否定的な意見が多かった。

 申し訳ないが、必要を感じ無い――。

 浄化戦で役に立つとは、思えない――。

 これらの意見が多かったが、誹謗中傷する発言は皆無になる。

 他者を馬鹿にし蔑む行為は、相手の感情に対する支配欲だ。

 宇宙の消滅を狙う、混沌の意識体が大好きな欲で、星の意識体にとっては大嫌いな欲望となっている。

「着艦するわよ! 揺れるから気を付けて」

 私と有樹が会話をしていると、栗夢の配慮が聞こえた。

 ホープアローが、三秒ほど軽く揺れて、接地音が響く。

「お疲れ様でした。下船後は移動せずに待機して下さい」

 有樹が艦内へ放送を流す、混沌との戦時状態を長く経験している私達は、身勝手な行動を嫌う、星野女子学園の移転時と同じく、統率の取れた行動をしてくれるだろう。

「栗夢、艦を休眠状態にさせて、警備装置も同時に起動」

「良いの?」

「休眠状態でも、艦内機能は動くし、警備装置も混沌に反応するだけだから大丈夫」

「了解」

 艦内の照明が少し暗くなる。

 休眠時は艦本体の移動は出来なくなるが、その他は正常に利用が可能だ。

 視界も少し薄暗い程度で、人の顔や表情もはっきりと確認出来る。

「休眠状態にしたわ、艦を降りましょう」

「穂華、私達は別行動でも良いかしら」

 栗夢が艦の設定を終えて、有樹が意見を求めてきた。

 私は条件を付けて肯定する。

「外で待機している仲間が動き始めてからね。放送した本人が勝手な行動をしたら、示しが付かないから」

 瀬名里達の気配を外に感じる。

 学友達と一緒に、外へ降りたようだ。

「それで良いわ。スターフラワーの地図はある?」

「うん。ここに……」

 私はA四サイズの紙を召喚する。

 紙には、行動可能範囲を示した地図が記載されていた。

 それを見た栗夢が、疑問を伝えてくる。

「あれ? 全部が移動出来る訳ではないんだ」

「稼働区画は通路も動くから生物は立ち入り禁止。通行可能なのは星の意識体だけです」

「混沌の意識体への対策は?」

「スターマインドは元移民船だった為、星の魔力を全部に浸透させる事が出来ませんでした。今回は星の意識体が全てを造船したので、艦内の全てに星の魔力が浸透しています」

 星の魔力は、混沌の意識体を接触しただけで浄化する。

「じゃあ、混沌にとっては猛毒の世界と言う訳ね」

「はい、でも……支配や独占を持つと、猛毒の中であっても体を奪いに来るので、注意して下さい」

 浄化された混沌は、無へと帰り、宇宙へのパスポートを失う。

 死ぬ訳では無く、強制送還な為、奪える体を発見した場合は、毒にも突入してくる。

「それは恐ろしいわね。気を付けるわ」

 私と栗夢の会話に、有樹の感想が繋がった。

「お二人は、居住区画に入ってから、別行動でお願いします」

 私のお願いを聞いた栗夢が、笑顔でお誘いをかけてくる。

「分かった。穂華、住民の案内が終わったら、風呂に来なさい、私達は長風呂をしていると思うから」

「はい、そのつもりです」

「栗夢、穂華、そろそろ行きましょう。視線が集中してきたわ」

 有樹は、男性にしては視線と気配の探知能力が高い、外からの視線が操縦室に集中して熱視線となっていた。

 女装の有樹は、女性寄りの心を持つ、男性で視線が分かるのも、その為だろう。

「確かに耐え難い量の視線ね」

 有樹の提案に、栗夢の感想が繋がった。

 私は、肯定する意思を伝えて動き出す。

「うん。急いで降りよう」

 衣類などの荷物は、スターフラワーに乗船済みの星の意識体が輸送してくれる。

 七十五人の人間に対して、約七千万体の星の意識体が活動する船内は、主役が星である事を主張するには、充分な乗船比率だ。

 薄暗くなった船内から、明るい船外に出ると、操縦室に指向していた視線が、こちらに向けられる。

「主、全員下船しました。荷物も配達中です」

 音穏が無音で私の前に移動してきた。

 残像が出来る速さで、星の魔力未使用でも、時速三百キロは出ている。

 私の背後では、星の意識体達が運搬の魔力で浮遊させた荷物を運んでいた。

 病人の十一人も担架に乗せられて、浮遊している。

 病人に負担が無いように、私達の後続をゆっくりと来て貰う考えだ。

「ありがとう音穏。先行した人は居る?」

「いえ、空気の無い場所もあるようなので、全員待機しています」

 艦の着艦場所は、空気のある場所が限定されている。

 星の意識体は、生物とは異なる為、呼吸が必要無い。

 星や宇宙が本体の彼らは、意識体と呼ばれる霊体に近い存在を、派遣して私達の浄化を手助けしてくれる頼もしい存在だ。

「分かった。有樹、栗夢、一旦住民の所へ行こう、地図だけでは不明な所もあるから」

「説明してくれるってことね」

 栗夢の声に、私は頷く、すると有樹が声を掛けてくる。

「なら、速く住民の集団へ行きましょう。スターフラワーの探検を早くしたいわ」

 有樹の目が輝いていた。

 好奇心と探究心が、強く現れている。

「うん。音穏は全員を整列させて」

「了解です」

 発言を終えると同時に、音穏が消えた。

 すぐに住民の集団へと、残像を残しながら合流し、整列を促している。

 音穏の魔力無しでの最大速度は、時速六百キロ。

 私の魔力無しでの時速九百キロには負けるが、静音性では音穏が勝っていた。

「あっ! 穂華だ」

 集団の中から元気な声が響く。

 人混みを縫うように出て来た少女は、私の胸を目掛けて加速する。

 私は即座に右足を一歩後ろへ下げて、受け止める構えになった。

 時速四百キロの小柄な体が、私の胴体に当たり、顔が私の胸に埋まる。

「美優、学友とはたくさん会話した?」

「うん! 友達も浄化戦のサポートに回るって」

 アニマル艦隊は星の意識体による運用だが、スターフラワーは人間と星の意識体の共同運用を想定して造船させていた。

 信任の低い人や、魔力順応力が無く魔力を得られない人は、浄化戦の時に後方支援担当となる。

 具体的には、長期戦に入った時の食事や家事、艦内の治安維持が役割だ。

「ところで、美優。胸の谷間の感想はどう?」

 美優は、私の胸に顔を密着させた状態で会話をしていた。

 視線と口は上を向いて若干離れているが、顎がHカップの谷間と接触している。

「柔らかくて、温かいよ。ずっと密着していたいくらい」

「そう……後ろの脅威を回避出来たらね」

 私の声を聞いた美優が、素早く後ろを向く。

 琥珀と手鞠がジト目で、美優を見ていた。

 その後ろには、瀬名里と花菜がいて、美優の大胆さに複雑な表情をしている。

「はぁ……まだ教育が必要ですね」

 陽葵が歩きながら、美優の傍へ来た。

「陽葵、美優に公共での常識について教えてあげて」

「はい、美優、公共の場での礼儀について教えるから、一緒に来て」

「う……うん。分かった」

 親と幼い子の関係なら、数分の密着も普通だが、兄弟姉妹での長い密着は他者に違和感を与えてしまう。

 私と美優の関係が、同居人になる事実を知る住民にとっては、なおさらだ。

「琥珀、手鞠、手を繋ごっか」

「はい、美優は原石のようですね」

「す、少し……羨ましいです」

 私の提案に、琥珀の比喩と、手鞠の願望が伝わって来た。

「美優が、星野家の中では一番純粋だから」

 脳を、星の魔力で完治させた事も、要因かもしれない。

「穂華、全員お待ちかねよ」

 有樹の声を聞いた私は、住民の方を向いた。

 琥珀の右手と、手鞠の左手が、私の手に随伴して、二人の立ち位置も移動する。

 成人男性二十二人が、左側に整列していた。

 正面では成人女性四人が整列をして、先ほどの美優の大胆さを語っている。

 ただし、その会話に誹謗中傷は無く、大胆、羨ましい、私も姉妹としたいなど、肯定的な意見で、最後には公共の場では慎もうと結論が出た。

 右側には、幼児を含む三十一人の星野女子学園の生徒が並び、私の発言を待っている。

「あれ? 星野男子学園の生徒は?」

「あぁ、彼らならあそこよ」

 有樹の手の平が向く方向、丁度、スワン艦隊とベア艦隊の停泊する方向を見る。

 空気のある境界線付近、見晴らしの良い場所に、男子生徒五人が集合していた。

 それを、栗夢が注意しに行って、男子生徒の肩を落とす姿が確認出来る。

「あぁ……男は格好良くて、大きい物が好きですからね」

「あら? 意外と男の感性が分かるのね」

「近くに良い見本が居ますので」

「栗夢? それとも私?」

「内緒です」

 有樹の問い掛けを、私は笑顔ではぐらかす。

 有樹に男性的な特徴を伝える事は、女性の心を目指す、彼の心を誹謗中傷する事実へ繋がる。

 栗夢に対しては、女性的な特徴を伝えると傷付くので、注意が必要だ。

「お待たせ、男子生徒を整列させたわよ」

 成人男性の右隣に男子生徒が整列する。

 私から見ると、一番左側に出来た列になった。

 私の後ろには、栗夢と有樹が立ち、右側には私と手を繋ぐ手鞠と、音穏が居る。

 左側では、琥珀が私の左手を掴み、花菜と瀬名里が整列した住民の方を見ていた。

 陽葵と美優は、栗夢と有樹のさらに後ろ、ホープアローに近い位置で会話をしている。

 素直な美優なら、陽葵の教育もすんなりと記憶してくれる事だろう。

「お待たせしました。新天地の案内を始めます。全員私の後に付いて来て下さい」

 ホープアローの着艦場所は高台になっており、星の魔力が無い人にとっては、死ぬ危険のある高さだ。

 灰色の底面だけは、魔力で重力を発生させてある為、普通に歩き、走る事が出来る。

「居住区画は、どのくらい広いのですか?」

 歩き始めると、琥珀が質問をしてきた。

「移動範囲は狭いかな。居住区画の広さは八百メートル四方くらい」

 スターマインドの移動範囲より狭くなっている。

 だが、七十五人の人口には、充分な広さだ。

「えっ? この船自体は、スターマインドより大きいと思いますけど……」

「うん。でも、私達は人口が少ないし、星の意識体達が他の区画を運用するから」

 主役はあくまで星の意識体達で、私達は協力者といえる立場になる。

 星の魔力も、私達を信任して星が貸してくれる魔力で、信任を失えば、魔力を失う。

 私達は、不老不死では無くなり、怪我や病気も再発する。

「あっ! すみません。新天地が嬉しくて、星の心を考えていませんでした」

「大丈夫だよ琥珀、星の意識体達は、琥珀の優しさをしっかり見ているから」

 星や宇宙は、私達の上辺や虚偽を見抜き、心の中の本心で信任を変化させる。

 混沌に染まる人間がいないか見ているのだ。

「ここから、艦内へ入ります。整列は崩さずにお願いします」

 高さ十メートル、横幅三十メートルの金属製扉が開き始める。

 隔壁と呼べるような重厚感のある分厚い板が、中央から二つに分かれ、自動扉のように入口を開けていた。

 中には大きな通路があり、下り坂になっている。

「もしかして降りるのか?」

「これから、この通路を降りて行きます」

 瀬名里の質問には、私の大声が答えた。

 これで、全員が移動先を認識出来る。

 斜度三十パーセントの通路は、百メートル進むと三十メートル降りる通路だ。

 角度とは異なる値なので、見間違いしないように注意しないといけない。

 三百メートル下を目指して、約一キロの通路を降りる。

「本当に……宇宙船の全てが、星の魔力に満ちているのね」

 花菜は、率直な感想を言いながら、瀬名里の横を歩いていた。

 スターマインドとは異なる環境であると、周囲の気配が主張している。

 私が格納する星の魔力よりは弱いが、フレリの分身体の半分に相当する魔力が、宇宙船に浸透していた。

「花菜、居住区画に着いたら見せたい物があるから」

「穂華の体とか?」

「それは風呂で見てるでしょ。八伸様の友達になれそうな人」

「そう、楽しみにしておくわ」

「うん。期待してて」

 花菜の内心が、躍っている事を感じる。

 態度には見せないが、今の花菜は、居住区画への移動に心が躍っていた。

 陽葵と美優は集団の最後尾に随伴していて、まだ会話を続けている。

 五百メートルほど通路を進んだ所で、私は園児の姿を確認した。

 真新しいティアードスカートとレギンスを着た女の子と、ロングパンツを穿いた男の子を見る。

 スモックに包まれた上半身が小刻みに揺れて、疲労している事が窺えた。

「全員止まって下さい。余裕のある方は、園児の手助けをお願いします」

 その一言で全員に理解が広まった。

 若い成人男性が率先して動き、園児を背中へ背負い始める。

 二十代の男性七人と、三十代の男性二人、男子生徒からも一人が動いて、幼稚園の園児が全員、背中へ背負われる格好となった。

雪川ゆきかわ 星雲せいうんか、男子で唯一の高等部だけあって、体力面で期待出来そうだな」

 瀬名里は、異性では認めた相手の名前しか覚えない。

 体力の高さを認め、ライバル認定する心を瀬名里から感じた。

 十三年前から、有樹以外の男は、星の信任を失っている。

 その為、体力と精神力のみで、支配や独占の誘惑に打ち勝たなくてはならない。

 個では無く、全での行動を重視する姿勢と、心のあり方が求められていた。

「出発します。園児を背負った人は、後で報酬があるので、期待して下さい」

 私の発言に、該当者の気合いが入る声が伝わる。

 航宙歴を生きる男性は、簡単には下ネタに繋げない。

 西暦時代であれば、褒美とエロを関連付けようとする男性がいたらしい。

 しかし、高確率で支配欲や独占欲へと繋がる影響で、下心丸出しの男性は一人だけになっている。

 慎重に見極めてから、下心を出し始めるのが、航宙歴の男性の姿だ。

「誠実な男性は好ましいです」

「わ、私もそう思います」

「そうだね。私も、心遣いの出来る男性は好きだよ」

 琥珀と手鞠の意見に、私は同意する。

 心遣いとは、言葉や行動で、相手に優しく接する態度だ。

 手鞠のように、遠慮しがちで、相手を傷付けないように言葉を選び取るのは、気遣いとなる。

 両者は似ているが、心遣いは明るい印象を与え、気遣いは大人しい印象を与えていた。

 気遣いは、会話の選び取りに時間が掛かり、発言の機会を逃してしまう事が多い為で、どちらも優しさから来るものだが、印象では大きな差を生んでいる。

「主、前方に意識体が二体居ます」

 九百メートルほど進んだ所で、音穏が、アカとツキノワの気配を探知した。

 彼らは気配を消していた為、私以外の人間に発見された事実を驚く。

「我々の気配を捉えるとはな。流石さすがは、我が艦隊の指揮官だ」

「呼吸も動きも無い私達を見付けるなんて、素晴らしい才能だわ」

 音穏を賞賛しながら、二体の意識体が前に現れる。

 ツキノワはアライグマの外見に似た姿で、体長八十センチ、体高二十八センチの体格をしている。

 体毛は白藤色しらふじいろで、四本足が紫色の靴下を履いたように見えた。

 尻尾は、紫色と白色の横縞の毛色を持ち、目は群青色の瞳を所持する。

 体長は尻尾や首、頭部を含めない為、全てを含めると一メートルを越えていた。

 体高は四本足が地面に接地した状態での、地面から背中までの高さで、二足歩行の人間とは違う測定基準がある。

 アカは、体長七十センチ、体高四十七センチで、狐の外見に瓜二つなのだが、体毛が白と桜色のボーダー柄で、地球の記録で知った狐とは、違う存在である事を主張していた。

 瞳は赤色で、白い顔を持ち、尻尾は桃色と可愛い外見になっている。

「音穏、男性の意識体の方が、ベア艦隊の代表、ツキノワだから」

「は、初めまして……これからよろしくお願いします」

 音穏が珍しく緊張している。

 それを見たツキノワは、すぐに原因を見抜いた。

「私の暗器を感知したか…………穂華、音穏は優秀だな」

「うん。探知と静音では音穏が最強だよ」

 ツキノワは、前足の爪を射出出来る固有魔力を持つ。

 音穏は無意識にその存在を捉えて、緊張した態度をとっていた。

「お話し中悪いけど、移動を再開しましょう。ほら、エレベーターシャフトから昇降機が上がって来たわ」

 アカが先頭に立って造船した、スターフラワーとアニマル艦隊は、彼女にとって第二の故郷のような環境になる。

 船の構造を熟知しているのは、私とアカ、造船に携わった星の意識体のみだ。

 その為、彼女は艦内の案内が出来る事を、嬉しがっている。

「移動を再開します。今上がって来た昇降機に全員で乗りますので、離れないで下さい」

 私の声に、住民と学生が移動を再開した。

 星野家と二体の意識体を先頭に、百メートル先の昇降機へ近付く。

 二十メートル四方の巨大な昇降機は、耐荷重三十トンの魔力動作式で、人員輸送が本来の目的では無い、造船時の作業用で使用した物を、特別に一機だけ残して貰っていた。

 今回は特別に使用を許可するわ穂華――。

 突然、コスモスが念話をしてきた。

 続いて、キルトの念話も聞こえる。

 本来は、十キロの下り通路を移動して貰うのだが――今回だけだぞ。

 コスモス、キルト、休憩はもう良いの?

 私は、歩きながら念話を始めた。

 えぇ、後は穂華が寝た時にするわ――。

 住民にとっては、帰りの無い、片道切符だ――全員覚悟は出来てるのか?

 うん――私も住民も、学生も、園児でさえ現実は理解出来てる。

 太陽系を五百年以上前に無くした私達にとって、この船を失う事は、死と同じだ。

 スターフラワーと艦隊が敗北した瞬間に、私達は信任を失う。

 星側も、複数の宇宙と数千兆規模の星を失う結果に繋がる為、人間と星の双方が、多大な危険を背負っている事になる。

 私達は危険を覚悟で、混沌を宇宙から追い出す為に、生命と協力している――。

 穂華、人間で混沌になりそうな者が居たら――すぐに伝えてくれよ。

 うん。分かった――必ず伝えるよ。

 私の返答を聞いたコスモスとキルトは念話を終えて、私の体の奥へ潜った。

「キルトとコスモスは慎重ね。穂華、油断は厳禁よ」

 歩みを止めた場所。

 昇降機の中央付近で、アカが声を掛けて来た。

 ツキノワは、昇降機の隅で音穏と会話している。

「分かってる。星の意識体の九割が集結したんだね」

「あら……分かるの? 穂華」

「うん。スターテリトリーが教えてくれている」

 私の固有魔力が、スターフラワーに集まる全ての気配を捉えていた。

「穂華の心配は無用ね……将来、意識体への転生も出来そうなくらいだわ」

「えっ? 人間からの転生も出来るの?」

「キルトとコスモスも、五百七億年前は生物だったのよ。私は五百五億年前までね」

「じゃあ……その姿は、生物だった頃の姿ってこと?」

「そう、穂華も一億年くらい星の信任を維持出来れば、転生可能になると思うわ」

 衝撃の事実と、気の遠くなるような年月に、実感が沸かなくなる。

 それを見たアカは、笑顔で私に次の行動を促した。

「気楽で良いわよ。穂華は時空干渉を使える、つまり、時間を無限に延ばし、一瞬に短縮する事も出来る。それよりも、昇降機を降下させるから、声を掛けて頂戴」

「分かった」

 私は大きく息を吸う、周囲では雑談が始まっていて、普通の発言では聞こえない。

「昇降機を降ろします! 転倒しないように注意して下さい!」

 私の大声で静寂が訪れた。

「降ろすわよ。穂華」

「うん。お願い」

 震度三程度の揺れが一瞬起きて、昇降機が下降を始める。

 毎分三百メートルの下降速度で、三千メートル下を目指す。

 通路を延々と降りるよりは楽だが、十分間の下降時間は、喧騒を生んでいた。

「賑やかですね。学園に居るようです」

「陽葵、教育は終わったの?」

「はい、美優も公共では、密着を慎むと約束してくれました」

 美優は音穏の元へ移動して、音穏と一緒にツキノワと談笑している。

「ツキノワは両手に花ね」

 それを見たアカが、微笑みながら感想を言った。

 私も、アカに同意の意思を示す。

「ツキノワも嬉しそうだね。笑顔が可愛いし、ぬいぐるみみたい」

 西暦時代の遊園地では、時々見掛けていた光景らしい。

 信任が無い人、魔力順応力の無い人には、意識体は見えないが、住民や学生も、意識体の霊体に似た特性を理解している。

 その為、違和感は覚えてないようで、各々の会話を続けていた。

 琥珀と手鞠は私と手を繋いだままで、真上を見上げている。

「ずっと見てると、首が疲れるよ」

「昇降機って初めてなので、胸が高鳴ります」

「わ、私は……少し緊張します」

 琥珀は好奇心で楽しい気分となり、手鞠は不安で緊張が出ている。

 二人共、新天地を移動する事で、心が躍動しているようだ。

「アカ。この昇降機は、この後塞ぐの?」

「えぇ、二十八枚の隔壁で閉鎖するわ。厚さ三十メートルの複合装甲板よ」

 複合装甲とは、セラミック、チタニウム合金、繊維強化プラスチック、合成ゴムなどに星の魔力で発生させた防衛魔力を合わせた装甲で、土のそうや木の年輪のように、重なり合って防御性能を向上させた物だ。

「少し……勿体ない気がします」

「移動で使用しないのですか?」

 琥珀の感想に、手鞠の疑問が続いた。

 私は、昇降機の利点と欠点を伝える。

「昇降機は振動や攻撃に脆弱で、落下の危険もあるから使用不能にするの。利便性が高い

と、人は災害時や緊急時にも利用しようとするから」

 西暦時代、災害で車移動を選び、逃げ切れなかった人が居たという記録を思い出す。

 太陽系が消滅した今では、記録しか存在せず、直接見た訳では無い。

 しかし、利便性や価値のある物を、選択肢から排除出来ない人が居た事実は分かる。

「この艦が沈む時は、人間が星の信任を失う時で、私達の大多数が本体の星と一緒に消滅する時なのだけどね」

 星の意識体であるアカは、微笑みながら厳しい現実を伝えてきた。

 私達を不安にさせないように笑顔で、自身にも影響する事柄を話す。

 彼女の優しさに、私も優しさで答える。

「私達が浄化戦を勝ち続けるから、そんな未来は無いよ。だから、今は新天地の案内役をよろしくね。アカ」

 私は笑顔でアカに抱き付いて、頬に軽くキスをした。

 アカから離れると、彼女は白と桜の体毛を少し赤色に染めて、照れている。

「…………穂華が百合を増やす理由が分かった気がするわ……でも、ありがとう。案内を続けるわね」

 アカの元気が回復し、気力が戻ったのを感じた。

 でも、百合を増やす理由ってなんだろう――。

 念話には出さず、私の心の中だけで、反響する疑問。

 私の両脇では、琥珀と手鞠が、恋愛感情に疎い私を、真っ直ぐ見つめて居た。



 航宙歴五百十七年四月八日 午後七時三十三分

 脱出艇の着艦場所から、約一時間の移動で、私達は居住区画の傍へ来る。

 歩調を合わせた移動は、速く移動したい人は苦痛かもしれないが、私は好きだ。

 他者に対する配慮と優しさが感じられて、心が穏やかになる。

「昇降機と、エレベーターシャフトの閉鎖を始めるわね」

「お願い、アカ」

「了解」

 昇降機から三十メートルほど離れた位置で、アカが桃色の尻尾を振り始める。

 すると、尻尾が灰色に輝き、エレベーターシャフトが小刻みに揺れた。

「創造魔力、メタルクリエイト」

 金属創造の先駆者と呼ばれる彼女が、二十八枚の隔壁を作り始める。

 エレベーターシャフトが上から順番に塞がれて、星の魔力が隔壁に宿っていく。

 数十メートル単位の建造は、スターフラワーを造船したアカにとっては、朝飯前だ。

 それを見た琥珀が心証を語る。

「純度の濃い魔力ですね」

「艦隊の代表は、宇宙が本体の意識体だから」

 私は、その理由を簡潔に話した。

 続いて、手鞠が質問をしてくる。

「き、キルトとコスモスもですか?」

「うん。キルトが一万五千ヶ所の宇宙を本体とする意識体で、コスモスが一万二千ヶ所の宇宙を本体にする意識体だよ」

 星の意識体は、宇宙や星の集合意識で生み出されていた。

 その為、おのずと複数の宇宙や星を、本体とする状態で存在する。

 宇宙はワームホールで、他の宇宙と繋がり続けており、ブラックホールが出入口の役目を担う。

 宇宙が一つのニューロン(神経細胞)と例えると、ワームホールはシナプスと同じ効果を宇宙に与えている。

 もし、ブラックホールが無ければ、ワームホールが無い宇宙同士で孤立して、混沌側のやりたい放題に消滅させられる運命が待っていただろう。

 星をニューロンと比喩すると、ダークマターがシナプスの役割を担当している。

 念話が可能なのも、宇宙やワームホールに、ダークマターが満ちている為だ。

「私は、五千五百五ヶ所の宇宙を本体としているわ」

 エレベーターシャフトの閉鎖を終えたアカが、自身の情報を伝えてきた。

 アカの説明に、私の補足を添える。

「アニマル艦隊代表の意識体は、全員五千五百五ヶ所の宇宙を本体とする意識体ね」

 キルトとコスモスの本体数と合わせると、丁度、六万五千五百三十五ヶ所の宇宙だ。

「あれ? 最中と大福が抜けてますけど……」

「琥珀は良いことに気が付くね。最中と大福は、ワームホールを本体とする意識体で、ワームホールの数は、現在十八万四千三百七ヶ所ね」

 ワームホールも宇宙の一部であり、星の意識体が居る。

「だから、キルトやコスモスと一緒に穂華の中に居るんですね」

 私の回答を聞いた手鞠が、意識体についての核心をついてきた。

「そう。宇宙の存続に最中と大福は必要だから、キルトとコスモスの傍を離れないの」

 そう言って私は、勘の良い琥珀と手鞠の頭を、優しく撫でた。

 それを二人は心地良さそうに受け入れている。

 ワームホールは、一番宇宙と同じく物質と魔力密度の濃い空間を持つ。

 混沌にとっては奪う体も無い、劇毒空間でしか無い為、混沌の意識体はワームホールを避けて、宇宙の外側、無の空間から宇宙への直接侵入を実行している。

「さぁ、行きましょう。案内の時間が無くなってしまうわ」

 アカを先頭に歩行を再開した私達は、五百メートル先の扉を目指す。

 会話中も不満無く待機する住民達は、支配と独占を捨てる努力をしてきた人達だ。

 その優しさと心の強さに、私は感謝している。

「穂華、風呂には入れるのか?」

 花菜と会話していた瀬名里が、私の傍へ寄って来た。

 私は返答しながら、二人の情報も知らせる。

「入浴可能だよ。栗夢と有樹も風呂に入るから」

「私も、入るわ。穂華は入らないの?」

「花菜は、みんなと先に入ってて、私は住民や学生を案内する役目があるから」

 母の亡くなった今、人間側の代表は私に移譲されていた。

 住民や学生が不安にならないように、居住区画を運営する責任がある。

「美優も入る」

「主、私も先に入らせて貰います」

「良いよ。案内を終えたら私も入るから」

 私達の風呂は、星野家の地下にあり、星の信任が低い人は入れない。

 だから、住民用にも別の場所に同じ設計の風呂を用意してある。

 人数が多い分、私達の風呂よりも大きい浴場とプールを作った。

 個人用の小さな風呂は無くなってしまうが、男湯、女湯、プールが二十四時間入浴可能となる為、快適性が良くなると思う。

 なにより、掃除好きの星の意識体が居住区画に常駐するから、住民の負担が減る。

「……わ、私も入って良いかな……」

 二人の会話から解放されたツキノワは、話し疲れていた。

 休日の父親を見ているようで、微笑ましく思える。

「うん。星野家の男子風呂に入って、一人女装した人も入るけど、良識のある人だから」

 星野家の風呂は、星の意識体の入浴にも使用して貰う。

「分かった。遠征の疲れをとってくるよ」

 ツキノワが管理する宇宙までは、最短航路でも七十億光年の距離がある。

 超光速で移動出来る私達にとっては、戦闘速度で一週間の航路だが、星の魔力を消費する影響で意識体の精神は疲労していた。

「陽葵はどうする?」

「私も風呂に入ります。新調したパジャマも気になりますので…………」

 陽葵は、人の個性を尊重しながら、自身の身嗜みを気にする美徳がある。

 経済活動の消えた環境も、彼女の心に好影響を与えていた。

 利益重視では、私と陽葵の個性重視は邪魔になる。

 流行を生み出せないからだ。

「分かった。先に入って待ってて」

「はい、みんなとお話ししながら、待ってます」

 陽葵の肯定が届いた所で、アカが立ち止まった。

 目の前には、高さ十メートル、横幅三十メートルの隔壁扉がある。

 下り通路に入った時と同様の金属扉で、空気のある区画で、複数存在していた。

「さぁ、開けるわ」

 アカの言葉に、私は頷いて全員に声を掛ける。

「この先は公園になっています。途中数名が別れて行動しますが、皆さんは私に随伴して下さい」

 住民や学生には、意識体が見えない人も居る。

 存在は信じているが、魔力順応力が低くて姿を認識する事が出来ない。

 霊感の無い人が、霊体を感知出来ない状況とよく似ている。

 アカの尻尾が淡く光ると、扉が開き始めた。

 星の魔力のみで開閉する扉は、混沌の侵入を防ぐ役目を背負う。

「公園に入ります。列を乱さないようにお願いします」

 扉から居住区画に入ると、両脇に花壇があった。

 左側では、菱形の白い花が咲き、水色の発光をしている。

 右側には、螺旋状に上へ成長した赤い花が、桜色の発光を出していた。

 私の隣へ移動してきた花菜が、花を見て発言する。

「明らかに宇宙産の花ね。未知との遭遇だわ」

「花菜は、地球以外の動植物に興味がある?」

「えぇ、宇宙人共会ってみたいわね」

「私は、支配と独占を持って無い宇宙人なら会いたいかな」

「それは星にとっての悲願達成にもなるわね」

「うん。フレリと星菜の思いが、今の私達を作ったから」

「私達も、仲間を作れる可能性はある。と言う事ね」

「そう、だから協力をよろしくね。花菜」

「えぇ、穂華のためにも誠心誠意動くわ」

 公園の中央、大木の前でアカが動きを止めた。

 アカは私を見て、提案をしてくる。

「ここで別れましょう。星野家は左で、私達は右になるわ」

「そうだね。栗夢、ちょっと来て」

「何? 穂華」

 私の呼び声に、栗夢が近付いてくる。

「これ、星野家内部の地図だから、家族で把握しておいて」

 星野家の中で最も精神面が大人である栗夢に、私は地図を託す。

「了解、瀬名里、点呼をお願い、迷子無しで星野家へ行くよ」

「分かった。星野家は私達の前に集合!」

 大木の左側、集団から五メートル離れた位置で、栗夢と瀬名里が家族を集める。

「それじゃあ、私達も行きますね」

「先に……行ってます」

「うん。琥珀と手鞠もゆっくり休んで、もう午後の七時五十二分だから」

 大木と寄り添う木製の柱に、時計が設置されていた。

 街灯は無いが、植物が淡く発光して、月明かり程度の明るさがある。

 私は、両手から温もりが離れると、少し寂しく感じた。



 大木から右へ歩いて、三百メートルの位置に住宅街があった。

 八軒ほどの平屋の木造家屋と、三階建てのマンションが一つある。

「木造家屋は世帯用に、マンションは個人用に用意されています。ただし、どちらで生活しても、風呂や洗濯は空の湯でする事になります」

 人間との交流があったとはいえ、生活感の違いをアカに伝えるのは苦労した。

 キルトやコスモスの助言で正確に伝わったが、危うく洗濯機や乾燥機が生活から消えるところだった。

 先ほどまで、背負われていた園児達も、元気になって自ら歩いている。

「まずは住む場所を決めて下さい。それと、未成年で孤児の皆さんは、私の前に集合をお願いします」

 私の声に生徒が集まり始める。

 三分後には、男女合わせて十四人の生徒が、私の前に集まった。

 男子生徒が三人、中等部女子が一人、初等部女子が一人、園児が九人と、とても多い。

「十四人には右側にある木造家屋で生活して貰います」

住宅街から少し外れた位置、五十メートルほど離れた場所に、大きな家があった。

木造の洋館で、赤色の屋根に焦茶色こげちゃいろの外壁で新築特有の輝きがある。

宇宙船も家も、全てが真新しい新天地だ。

「衣類や荷物は後から届きます。部屋は個室で場所は決められています」

 私の説明に疑問を持った、笹井ささい 春夏はるかが質問をしてくる。

「あの……学年順でしょうか?」

 彼女は、初等部四年で、魔力順応力が無い代わりに、人望を得やすい長所があった。

「二階が女子と園児、一階が男子と寮母で、部屋は円形の廊下を囲むように設計されています。角部屋が無く、全室外が見渡せる間取りで、すりガラスを採用している為、窓を開けないかぎり覗きの心配もありません」

「あの! 男子が二階に上がる事は出来ますか?」

 大きい声で質問をしてきたのは、中等部三年の天野あまの 川居かわいだった。

 航宙歴に入ってからは珍しい、ダメージジーンズのロングパンツを好んで穿く男子生徒で、黒色のジーンズが所々切れて、ほつれている。

「不純異性交遊を防止する為、男子が二階に上がる事は出来ません。しかし、一階の食堂や談話室など、共有空間があるので、成人までに心を近付ける機会はあります」

 魔力順応力が少しある彼は、支配欲を少し出す事がある。

 思春期の男性がよく心に抱く、異性絡みの下心だが、相手の心を蔑ろにする事があり、星の信任が無く、混沌に狙われやすい要因になっていた。

「はぁぁぁ……分かりました……」

「不服な場合は、混沌になる危険を覚悟の上で行動して下さい」

 理性より、欲望の方が大きい彼でも、私には助言しか出来ない。

 強制は支配欲になる為、意思の変更には、あくまで相手の同意が必要だ。

「……熟慮します」

 上辺だけの声が彼から出た所で、成人した住民が私に寄って来る。

「穂華、入居場所を全員決めたよ」

 ロングヘアーの金髪で、端正な顔立ちの女性が声を掛けてきた。

 私が初等部六年の頃の卒業生で、今は成人女性の代表として生活している。

「どうなりましたか?」

「私が洋館の管理人を担当して、マンションに男性が住むから」

 独身の男性は、個室を好んでいるようだ。

 残りの木造家屋については、三十代後半の女性が話し始める。

「八軒の木造家屋は、私達のような家族が使います」

 家族の中には、園児で唯一家族の居る、海翔かいと君の姿もあった。

 星菜が亡くなった影響で暗い顔になっていたが、少し明るい表情が見え始めている。

 家族との触れ合いや、新天地の環境が、良い気分転換になっているようだ。

「分かりました。男性で否定する意見はありますか?」

「無い。女性を訪問する時は、自己責任で動くさ」

 独身男性側の代表が、吞気のんきな口調で答えた。

 三十代前半の人で、支配と独占が出来ない世界を、ハーレムのチャンスと捉えている。

 下心を出しながらも、女性に対する心遣いが素晴らしく、好意を持っている女性も二人居るらしい。

 成人した女性だけを恋愛対象とする事も、高評価に繋がっている。

「分かりました。最後に洋館の隣にある建物について説明します」

 私は周囲を見渡す。

 該当の建物からは白い湯気が出ており、温泉だと予測は出来るが、住民は耳を傾けてくれていた。

「あちらは、入浴施設の空の湯になります。洋館に隣接する二階建ての建物で、一階が男性風呂と男女共用のプールで、二階が女性風呂と警備室になります。幼児の男子以外は、女性風呂への入浴を禁止してますので注意して下さい」

「幼児以外の男性が二階に行った場合は、どうなりますか?」

 質問を出したのは、下心を出していた川居だった。

 私は冷静に彼を見て、事実を伝える。

「二階に上がって、二歩目で警告音、四歩目で軽い電撃、六歩目で失神する電撃が侵入者に与えられます。洋館にも同じ警備がありますので、下心は持てません」

 空の湯の女子風呂の脱衣所までは、階段から五十メートルある。

 魔力の無い人間には、六歩で五十メートルの移動は不可能だ。

「……警備が万全すぎる……」

 彼の落胆を確認した所で、私は空の湯の説明に戻る。

「洗濯機と乾燥機は、風呂手前の脱衣所にあるので、衣類が盗難にあう心配は、ほとんどありません。女性が一階のプールを利用する際は、二階の脱衣所で水着に着替えてからの利用となります」

 家から空の湯への移動中に、下着を落とすような油断でもしない限り、下着泥棒は不可能になっていた。

「それなら、安心ね」

 成人女性代表の言葉に、女性や学園の女子が頷いている。

 川居以外の男は、それを受け入れて、誠実に女性と接する考えのようだ。

 それを証拠に、川居だけが、ふて腐れた顔を見せている。

 意識体の皆さんで、彼の警戒をお願いします――。

 私は意思変更の強制が出来ない為、彼の改心を期待しつつ監視を付ける。

 星の信任が無い人に、星側の念話は、受信出来ない。

 その為、彼は知らない内に、星の意識体から注視される存在となった。

「八軒の木造家屋には警備がありませんが、星の意識体がこの宇宙船には満ちています。死角無く私達を見守っているので、犯罪なんて無謀は、考えないようにお願いします」

 成人した女性達は、身を守れるように合気道を学んでいる。

 男子の川居でも、侵入する危険性は理解出来ていると信じたい。

 「それでは、荷物を届けますので各自で準備して下さい」

 先ほど私達が入って来た居住区画の入口に、荷物が多数浮かんでいた。

 その横には、病気で動けない十一人が担架で浮かんでいる。

 彼らは大木の裏手、林の中にある星域病院に入って貰う。

 病人の中には精神病の患者も三人居る為、病院にはサナトリウムの役目もある。

「まるで手品だな……」

「勝手に浮遊しているようだ」

 意識体が見えない、成人男性の二人が驚いていた。

 正確には、星の意識体達が運搬の魔力で移動させているのだが、この場で意識体が認知可能な人は未成年の十六人で、星の信任が得られそうな候補は少なくなっている。

 有樹や栗夢は高等部の時に星の信任を得ており、成人するまでに信任を得られなかった人は、魔力順応力を失う。

 失った後は混沌に染まる危険は消えるのだが、支配と独占を嫌う習慣が、女性を中心に根付いており、欲望のままに動いた人間は、過去に男性で三人だけだった。

 そして、その三人は混沌により殺害され、優衣や真衣と同じように霊体の状態で自由を奪われている。

 現在も彼らの魂は行方不明で、混沌側に道具として利用されている可能性が高い。

 体は奪われなくても、死後の霊体が捕縛される危険があった。

「男子! 動かないの? 荷物の方が早く届くわよ」

「おっと……ほら、そこの二人、早く新居に行くぞ」

 女性代表に急かされた男性が、男性代表を先頭にして移動を始める。

 私は、アカと一緒にそれを見届けてから、孤児の子達へ声を掛けた。


 航宙歴五百十七年四月八日 午後八時二十八分

 円形状の洋館で、孤児の案内を終えた私達は、星域病院へと来ていた。

 大木と正反対の位置に、林へ入る小道があり、七十メートル歩くと平屋の病院がある。

「意識体にも医者はいるの?」

「いいえ、でも……癒しや治癒の魔力が使える意識体を常駐させるわ」

 私の疑問にアカが答えると、病院内に電気がつき、カーテンが閉まり始めた。

 居住区画の植物は、地球とは異なり、全てが夜間に発光する。

 光合成を行う葉緑体(葉緑素)がある点は地球と一緒だが、蓄光性ちっこうせいの高い細胞が、ここの植物にある為、夜間でも満月の夜と同程度の明るさになっていた。

 記録でしか――満月の夜を確認出来ないけど――。

 私の不満は念話では出さずに、心に留めておく。

「住民でも五人、医療の心得がある人が居るから、交代で常駐させるね」

「えぇ、お願い。病気を考えると、生命だった頃が懐かしくなるわね」

「アカは、生命に戻りたいと思ったことはある?」

「いいえ無いわ。懐かしいけど、宇宙と星を守護出来る。今の立場が好きだから」

 支配と独占、この二つの感情を消すだけで、視野が広まり、心が豊かになる。

「私も、星と宇宙が好き、だから、混沌を追い出した後は、私も意識体になりたいかな」

「穂華なら、大歓迎よ。一億年間、信任を維持出来たら、私が推薦するわね」

 アカは狐に似た白い毛の顔を向けて、満面の笑みを見せた。

 彼女の赤い瞳からは、嬉しい感情が溢れて、気持ちを共有出来る素晴らしさを私は感じている。

「病人は、無事に病室へ入れたみたいだね」

「えぇ、星の意識体が運搬するんですもの、安心よ」

 患者には、意識不明の人間も居る。

 スターマインドに居た時に、琥珀と手鞠が退院した事で、成人患者だけの病院となった。

「病人や妊婦がいる限りは、続けていかないとね」

「えぇ、人口を増やして医者の卵をもっと増やして頂戴」

「あぁ……私は相手が居ないし、百合の環境があるから厳しいかな」

「それなら、百合の七人と穂華の全員が、一人の男に惚れれば良いのよ」

 アカは無理難題を言ってくる。

 支配と独占の危険がある以上、迂闊に異性は選べない。

「悩む必要は無いわ。支配と独占の無い、若い男が居たら、星の意識体から信頼される事になる。つまり、星の信任を得た若い男と付き合えば危険は少ないわ」

 悩む私に、アカは助言をしてくれた。

「うん。その時になったら星野家の家族に紹介してみるよ」

「えぇ、私もその男を審査するから安心して」

「よろしくねアカ。そろそろ戻ろう、風呂に先行した家族がのぼせちゃう」

 私は、風呂で待っている家族を思う。

 ラプラタとツキノワの気配も、星野家の男性風呂から感じる。

「それなら、私に乗って。運搬の魔力で星野家まで駆けるから」

 生命は、星を守る理由が無いと、星の魔力は使用出来ない。

 それを深く理解するアカの心遣いに、私は感謝する。

「ありがとう」

 お言葉に甘えた私が、アカの背中に乗ると、アカは疾風となって星野家へ駆けた。


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