魔化折衷(第三章 星花への旅立ち)
※11月9日 矛盾を消す為に、脱出時の地の文と、会話を修正中。
※11月10日 矛盾の修正完了。20行前後の削除と、10行前後の新規入力をしてます。
みんなが星野家を出ると同時に、遮音の魔力が消える。
別邸は隣接しているが、高い塀があり、噴水公園側の正面口から内部を覗ける程度だ。
私は、キルトと大福の気配を別邸の裏庭に感じ、彼らが無事である事を確認する。
「穂華、敵の戦力は?」
冷静な瀬名里が、情報収集能力の高い私に、質問をしてきた。
「恐らく、混沌の信任六割から八割、でも実際の戦闘力は未知数かな?」
信任と魔力は同等では無い、混沌の場合の魔力基準が分からない以上、戦ってみないと実力差は判別不能だ。
正面口から入り、別邸内には入らず、塀伝いに裏庭へと迂回する。
正面には庭が無く、すぐ玄関となる別邸内には、真優先生の時と同じ遮断の魔力が発動して、別邸全体を広い密室状態にしていた。
別邸内にはデコイが、人間の気配を放ち、別邸内に人が集合しているという誤認情報を混沌側に与えている。
「キルト、大福、ご苦労様」
「ほ、ほのかぁぁ」
「これ、持ち場を離れるな」
私に飛び付きそうな大福を、キルトが抑えた。
「す、すまん嬉しくてつい」
「直接会うのは久しぶりだもんね」
キルトと大福の顔には痣がある。
コスモスの鉄拳制裁を貰った影響だろう。
「心の中では何時でも会えるが、穂華の体は触れんからのぅ」
大福の心は老年のようで、キルトの中年よりも、心が老化していた。
一番宇宙の誕生から五百十二億年も経過していれば、老けるのも当然だと理解出来る。
エロの部分は理解出来ないが――。
「大福、最中の代わりにその腐った性根を直してあげましょうか」
コスモスの据わった目を見て、大福の白い尻尾が垂れ下がった。
大福の外見は、全身真っ白の犬で、体高八十センチの、体長八十八センチと、キルトと同等の体格を持っている。
それが、体高五十センチ、体長七十五センチの猫に怯える不思議な場面となっていた。
「今は我慢して」
このまま傍観したい気もするが、簡易結界に異常を感知する。
混沌側の簡易結界突破を確認――真っ直ぐここを目指している――。
突然の念話にも、星野家の仲間は慌てずに対応した。
簡易結界の傍に一人が残って、三人が突入するみたい――。
「全民集会中の警備、みんなお願いね」
私は、念話を中断して、戦闘態勢では無く、警備と発言した。
混沌側にも勘の良い相手がいる。
警戒をさせない為に、戦闘という単語は発言出来ない。
「キルト、大福、警備頑張ってね」
「おう」
「ほっほっほ、腕が鳴るのぅ」
キルトは遮断の魔力を維持し、大福が欺瞞の魔力でデコイを保持する。
かつて、切断と接続の結合操縦者と呼ばれたキルトと、欺瞞と攪乱の困惑創造者と呼称された大福が、その魔力の鱗片を見せていた。
別邸は彼らに任せて、私達は混沌が来る方向へ、陣形を構築する。
便利に見える念話にも欠点がある、意識体とだけしか、送受信が出来ない点だ。
これは、私だけが念話の送受信能力を持ち、瀬名里達が受信能力しか持たない事に理由がある。
私は以前、念話の不便さをキルトとコスモスに訴えた事があった。
コスモス曰く、念話は元々、宇宙や星の心と会話する為の手段で、生物との会話を考慮していないのが原因らしい。
そして、星と会話が出来るのは、星の信任が最も高い存在と決まっているそうだ。
私が不便だと言うと、キルトが怒っていたのを思い出す。
生物には言葉や身振り手振りがあるが、星には無い、傷付けられ破壊されても、苦情や悲しみが生物に対して伝えられない星達は、どうすれば良いのだと――。
念話は星同士の会話の為に、意識体は生物の価値観を変えて、星を守護させる為に誕生したのだと、キルトは涙を浮かべながら訴えていた。
「琥珀、手鞠、美優、警備が終わったらお菓子を作ろう」
「はい、楽しみです」
「わ、私も……クッキーを作ります」
「手鞠は料理上手いの?」
「はい、だ……大好き、です」
「美優はクッキー大好き!」
唐突な会話に対応出来た事で、私は三人の集中力が高い事を確認した。
瀬名里や花菜が微笑み、陽葵や音穏の緊張がほぐれたのが分かる。
幼さの残る三人は、私達にとって癒しをもたらす天使であり、母性をくすぐられる存在でもあった。
「主……」
「うん。分かってる」
別邸と隣接する八階建てマンション、その屋上に三人の気配がある。
見晴らしが良く、私達の配置を確認出来る絶好の場所だ。
コスモス――フォールピラーお願い――。
「了解、牽制には丁度良いわね」
念話を受信したコスモスが、先手を打った。
星野家以外の住民が一泊したマンション。今は無人のマンションが灰色に発光する。
コスモスの魔力、柔と剛の空間創造者の二つ名を象徴する魔力が発動した。
「柔と剛の共演、楽しんで下さい。混沌の皆様」
屋上から三階までの構造物が消え、一階から二階が生コンクリートに似た半固形に変化する。
跳躍する機会を逃した三人が、自由落下を始めた。
「さぁ、能力を見せなさい、混沌の意識体!」
猫の外見を持つコスモスが、仁王立ちをして、二本の前足を水平に伸ばす。
すると、前足の肉球が灰色に光った。
「創造魔力、フォールピラー」
コスモスの発声と共に、消えていた三階より上の構造物が再出現する。
柱、床、天井、家具、マンションにあった全ての物が、数百の柱を形成し、先行落下中の混沌をめがけて落下した。
落下すれば半固形の沼に埋まり、柱の回避は困難となる。
あの柱と沼は混沌にとって劇毒だ。
星の魔力を纏った攻撃は、混沌に触れるだけで、混沌を浄化する。
その為、混沌は攻撃による相殺や盾などでの防御を選択しやすい。
「全員戦闘用意! キルトと大福は現状維持して、防御は私の方で担当するから」
「了解した」
「承知したぞい」
これで終わるほど混沌は弱くない、それは十三年前の敗北が証明している。
「中々派手な事をする猫ちゃんね。久しぶりに蹂躙したくなったわ」
最も身長が低い、外見が六歳前後の混沌が、高らかに殺意を見せた。
「腐裕のエユ! 猫に肉薄しなさい!」
幼い顔からは想像出来ない高飛車な声が響き、彼女から薄橙色の蔦が伸びる。
両手両足から二本ずつ、計八本の蔦が、私達とは正反対へ成長していく。
蔦の動きが停止した瞬間に残りの二人が捕まり、戦場に短い静寂が訪れた。
蔦の中から、火属性と光属性の魔力を感じる。
あれは――推進の魔力――。
私が思考した瞬間、それは空中を蹴った。
時速八百キロへと瞬間加速した脅威に、仲間の反応が一瞬遅れる。
瞬時に反応出来た私は、一秒にも満たない時間で盾の魔力を発動させた。
直径五メートルの円形の盾が五つ展開し、混沌側の軌道を閉じる。
「葉波、盾の演舞」
葉波の愛称と技名を名乗り終える前に、私の盾と混沌の蔦が衝突した。
衝突による衝撃波と風は、盾で跳ね返され、着地寸前だった数百の柱を吹き飛ばす。
「あら、亜音速に対応する相手がいたわ。猫を左肩に浮かせているのが、盾の展開者ね」
「ロゼイナが言ってた。穂華という人間だと思う、私のカードが効くか試してみたい」
「霊力も高いみたい、私の優衣と真衣が戦いたいって言ってる」
秒速二百二十二メートルの運動エネルギーを止めた盾を挟んで、両者が対峙する。
混沌側の三人は、私に興味を持ったようで、三つの殺意が融合していた。
「穂華すまない、反応が遅れた」
「ありがとう穂華、助かったわ」
瀬名里と花菜が真っ先に感謝を伝えてくる。
前衛を任せる為の、冷静さと度胸は失っていないようだ。
「お礼は後でね、今は戦闘に集中だよ」
私は中衛担当の三人を見る。
反応の遅れた陽葵と美優を、有樹と栗夢が抱えて、中央の音穏へと集結していた。
音穏は畳二枚分の大きさの厚い氷を召喚してそれを盾としている。
「有樹、栗夢、音穏、その調子でお願い。陽葵と美優は私の傍に来て、援護するから」
「あっ……はい、お願いします」
「う、うん。穂華の傍に寄る」
陽葵と美優は心は冷静だが、体が亜音速に慣れていない。
星の信任が高く、星の魔力を使用する状態の私達は、音速を軽々と出せる力を持つが、体が慣れるまでの数秒間は、反応が遅れる。
先ほど仲間の反応が遅れたのも、亜音速に体が付いて来なかった為だ。
私は、両脇に寄り添う琥珀と手鞠を見た。
「琥珀と手鞠は大丈夫?」
「まだ、大丈夫です。穂華と一緒に居ると安心出来ます」
「わ……私も、戦えます」
動揺を少し感じるが、冷静さはまだ保持している。
これなら、陣形の維持と、反撃が可能だ。
私は、盾で相手の攻撃を封じながら、管制能力と、支援能力を発動させる。
「全スターシステムオンライン、スターテリトリー展開、戦闘領域全体への支援を開始」
西暦の情報で存在する、空中管制機と電子支援機の情報を元に作った、私の固有魔力が仲間に魔力増幅の効果を、混沌に順応阻害の効果を与える。
順応阻害とは、無理矢理繋がった混沌と生命の魂の接続に、星の魔力を当て、接続不良を起こさせる物だ。
電子機器を狂わせる妨害電波や電磁波と同様の効果を、混沌の意識体へと与える。
「葉波、甲羅の舞」
私は盾をキルトと大福へ移動させた。
展開範囲が狭くなり、キルトと大福の周囲を完全に覆う。
先ほどよりも強固な防御となり、高密度の星の魔力を纏う盾に混沌が舌打ちをする。
「ちっ! こちらの能力減退に、弱い人間を守る猫と犬を、盾のシェルターで隠したか」
「問題無い、二割程度の能力低下で、私達は負けない」
「霊力の高い子は生け捕りでお願い。他は消滅しても良いから」
混沌側の会話を聞いていると、一番背の低い子がリーダーに見えた。
「黒色のイートンキャップのお嬢さんがリーダーですか?」
「あら、左肩に浮かぶ猫と違って、見る目があるわね。混沌に欲しいわ」
薄橙色の蔦を出す子が私を見る。
「内殻侵攻班、副隊長の土原 美晴です。皆様を混沌に染める為に外殻から参りました」
副隊長と名乗った、黒いイートンキャップを被ったロングヘアーの黒髪少女が、緑色の瞳を私に向けていた。
白色の長袖スウェットの中には緑色のTシャツを着ているようで、ラウンドネックの上からTシャツのネックラインが少し見えている。
茶色のサロペットスカートの胸当て部分とバンド状の肩紐が、スウェットの一部を覆いスカート部分はマイクロミニ丈と、男子が喜ぶ短さになっていた。
「この場にロリコンが居なくて残念でしたね」
「そうね。少女や幼女趣味の男子だったら、混沌側に誘惑出来そうだったけど……」
美晴は有樹を見る。
「あら、私は女装男子よ。高飛車なお子様に誘惑されたりしないわ」
「あぁ、オカマ男子ね。貴方は消滅させて上げるわ」
美晴のサロペットスカートの裾からは、緑色と白色のボーダーショーツが、チラ見せを繰り返し、膝上二十センチ以上の位置に裾がある、マイクロミニ丈の大胆さを露呈させていた。
足元も特徴的で、紫色の靴下は足の甲部分までを隠すフットカバーを履いている。
靴は、白色のヘップサンダルで、足での移動は考慮していない印象を受けた。
「美晴、私達も名乗って良い?」
「えぇ、どうぞ、ロゼイナが興味を持つ相手ですもの、丁重に扱わなくては」
「うん」
二番目に背の低い九歳前後に見える子が、美晴に伺いを立ててから名乗る。
「隊員の平原 叶菜乃です。新しいカードを探しに来ました」
叶菜乃は、私達全員を値踏みするように見渡す。
彼女の腰にある焦茶色のホルスターは長方形の七つの格納部分を持ち、拳銃や刃物では無い武器が入る事を示唆させていた。
「うん。紺色のジャージを着た子なら、カードに出来そう」
「今まで何人の人間を、カードにしてきたの?」
私の質問に、冷静な叶菜乃が、ほくそ笑む。
「観察力高いね。カードに出来たのは六人。でも、三百四十九人はカードに変化する前に消滅しちゃった。カード化に耐えられる魂って、少なくて困るよ」
淡々と答える性格と、外見の年齢が一致していない。
私達は星の意識体を、体や魂に溶け込ませて共存している。
だからこそ、私達は心を失わずに済んでいた。
しかし、混沌は生命の魂に意識体を強引に食い込ませて、生命の心を殺す。
その上で負の感情のみを残し、記憶を奪い利用する。
混沌にとって、生命とは宇宙を消滅させる為の、道具でしか無いのだ。
「そう……星野家の人間は簡単に攻略出来ないよ。私が守るから」
私は目で、混沌を威圧する。
「へぇ……私以上の闇を含んだ威圧だ」
叶菜乃は目を見開き驚いていた。
黒髪のショートヘアーに黒い瞳の彼女は、白色の長袖浴衣に、桃色の伊達締めを腰に結んでいる。
ミモレ丈の長さで終わった浴衣の足元には、足の甲を包むフットカバーの水色靴下が、黄緑色のモカシンに覆われる状態で、佇んでいた。
「ねぇ、叶菜乃も混沌に欲しいでしょ」
「うん。ロゼイナと同等か、それ以上の混沌に出来そう」
美晴と叶菜乃が、私を狙う、粘着性のある無数の手が絡みつくような視線を感じる。
「それは、私が支配と独占を持ったらの話でしょ。闇は星側にも味方として存在するの」
「その、色に支配されない思考、宇宙の創成者を、思い出すわ」
私の反論に最も背の高い子が、感想を出した。
私は彼女が名乗って無い事に気付き、名を尋ねる。
「あなたの名前は?」
「私は、村神 心音貴方の持つ体を奪いに来ました」
十四歳前後に見える心音は、黒色の長袖Tシャツを着てから、白色のカシュクールワンピースを纏っている。
ワンピースはマイクロミニ丈の裾を持ち、美晴と同様に見えるはずだが、白色のタイツがその可能性を相殺して、露出を抑えていた。
タイツはパンティーストッキングよりも太い糸で作製しており、肌が透けにくい点と、破けにくい点の二つで利点を持っている。
靴は白色のブーティーを履いていて、白色のタイツと融合しているように見えた。
「ふぅ……心音は露出は控えているのね」
「えっ? そんな事無いけど、ほら」
心音はワンピースの裾を持ち上げて、腰骨までを覆うタイツを晒す。
白いタイツに紫色のショーツが薄く浮かび、淫猥な雰囲気を周囲へ出していた。
混沌っておかしい――。
私の心の叫びは、念話となって仲間に伝わる。
それに同意するように、星野家全員の首が上下に揺れた。
「さて、始めましょうか。早くしないと隊長が痺れを切らせて乱入してくるかも」
「そうね美晴、私はジャージの子を狙うわ」
「えぇ、任せます。心音はロゼイナのお気に入りと、黒色のパーカーを着た子ね」
「うん。分かった、優衣と真衣で丁重にもてなすよ」
「さて、私はオカマ男子ね。女性の戦闘に絡む不純物、粉砕してあげるわ」
混沌側の殺気が分散する。
個々の実力に、高い自信を持っているようだ。
私は戦闘が始まる前に、全員の動きを念話で指示する。
私と花菜で心音を浄化します――。
有樹は栗夢と音穏の三人で美晴の浄化を――。
瀬名里は少しの間、叶菜乃を惹きつけてください――。
琥珀、手鞠、陽葵、美優の四人は私の傍へ――。
四人の能力は、前線での戦闘よりも、後方からの援護に利点があった。
私は念話を終えると、みんなの顔を確認する。
全員が私に対して、親愛の感情を向けていた。
信頼すら越えた心の繋がりを守護する為に、私達は動き出す。
「目標。噴水と池の中間点、全員跳躍!」
私の掛け声と共に、別邸の裏庭からキルトと大福を除く、星野家の仲間が跳躍した。
噴水公園側の一ヶ所に、時速一千キロの速さで着地する。
母を投げた水深三十メートルの池と、公園中央の噴水の間に、陣形が再構築された。
「全員亜音速が出せるんだね。もしかしてさっきは油断してた?」
心音がゆっくりと歩いて追いかけて来る。
しかし、動作はゆっくりなのに移動速度が速い、よく見ると足が浮いていた。
「私は肉体と霊体の中間、幽体に属する者、そして私の可愛い人形を紹介します」
心音の前方に白い霧の固まりが出現し、二体の霊体が出現する。
「赤のドレスが、綾川 優衣」
心音が右の霊体に手を向ける。
十一歳くらいの少女が、セミロングの黒髪を揺らしながら、黒い瞳で私を凝視した。
赤色のバブルドレスはマイクロミニの裾を持ち、桃色のショーツが見えている。
足は、膝上五センチまでを覆うオーバーニーの白色靴下を履き、白い肌に溶けていた。
赤色のボーンサンダルを足に履く優衣からは、混沌では無い気配を感じる。
「青のドレスが、綾川 真衣」
心音が左の霊体に手を伸ばす。
年齢は優衣と同じに見えるが、真衣の方が少し身長が低く見えた。
髪もセミショートと優衣より少しだけ短いが、白肌に見える点は一致している。
真衣の方は髪や瞳も白色の為、青色のバブルドレスだけが空中に浮いているようだ。
こちらはマキシ丈の長さを持つバブルドレスで、くるぶしの位置まで到達したドレスの裾に、黒色の靴下が隠されている。
真衣は、青色のボーンサンダルを纏いながら、ゆっくりと私達へ接近してきた。
「花菜、八伸様を、私は小織を出す」
「分かったわ、スターテリトリーの展開は継続してね」
「うん分かってる。私と花菜以外は霊体に直接触れないで、危険だから」
私の体と心は特殊で、花菜は高い霊力を誇る。
星の魔力とは異なるこの特性は、死後の世界に触れた危うい生命が抱える能力だ。
霊感の無い生命に、霊体の相手をさせる事は難しい。
全ての宇宙から信任を貰っている私は、現世に限らず、隠世の管理権限も保持している。
死んだ生命を蘇生する事は出来ないが、現世へ召喚して、宇宙を守る為に助力を請う事は可能だ。
ただし、相手の同意が必要で、同意無しの召喚は、支配欲に該当してしまう。
「琥珀と手鞠は私の左側に、陽葵と美優は私の右側に寄り添って、私の傍にいる限り安心だから。瀬名里は、叶菜乃を警戒して必ず来るから」
「了解した!」
防御向きに特化した四人の魔力特性は、混沌との直接戦闘に不向きで、援護で光り輝く能力になる。
瀬名里と音穏は霊感が微少で、霊に触れる事も触れられる可能性も無い、霊力の高い者に霊体は惹かれる為だ。
「有樹、栗夢、音穏は美晴の強襲を警戒!」
「任せて」
有樹が返答して、栗夢と音穏が頷く、三人共高い集中力だ。
私は全員の位置を確認してから、すぅっと目を閉じる。
意識を闇の中へと集中し、虚無を覗く、私以外が見ると、失明し発狂する空間だ。
輪廻転生は生命だけにでは無く、星や宇宙、星の意識体にもあり、物質世界で生まれた存在全ての宿命となっている。
宇宙全体での物質循環――。隠世(幽世)すらも含めた循環の流れが、輪廻転生の本来の姿であり、生命であるか、ないかは無関係だ。
星や宇宙、金属や土、植物にも心がある。
霊感の無い生命が、霊体の言葉を聞けないのと一緒で、意思表示が確認出来ない事を、心が無いと判断した人間は、生命のみが循環する輪廻転生を考えてしまった。
虚無には、生命以外の心が大量に存在する。
人間は虚無を覗くと、心が無いと考えていた金属や土、植物の声を聞いてしまう。
それが脳の情報処理能力を超え、失明したり発狂したりするのだ。
「小織、虚無の手発動!」
小織の承認を得た私が、現世に虚無を呼び出す。
星の意識体と協力する私達の第一目標は、星や宇宙の破壊を防ぐこと。
生命第一では無く、物質世界の生存第一で動く私達は、星を破壊する生命が居た場合、敵として攻撃する意思がある。
星や宇宙の心に触れて、混沌の存在を知った私達の価値観は、激変したのだ。
「八伸様、虚無の手と連携します」
花菜の発言に八伸様が頷いて答える。
七メートルの距離まで迫った優衣と真衣の周囲が、黒く歪み始めた。
地面や空中に、漆黒の穴が開き、私達に取り憑こうとする霊体へと手が伸びる。
「優衣、真衣、超音速!」
心音が張り上げた声と共に、二体の幽体が消えた。
虚無の手が目標を指向して、その場で高速回転をしている。
花菜は八伸様と一緒に、虚無の手の傍らで、目を閉じた。
「さて、そろそろ本気で行きます!」
今度は心音が視界から外れた。
周囲を薄い残像が飛び回り、目での追跡が不可能になる。
「全員、管制誘導を優先。視覚での追跡を中止!」
目で追跡出来ない相手に視覚を使う事は、自殺行為だ。
気配での追跡に切り替えて、迎え撃つ。
「有樹! 左四十、上七十六、小円、物理毒」
私は、気配から攻撃の方向と、攻撃特性を解析し、仲間へと伝えた。
この場合は、有樹へ向けて、有樹の正面方向から左へ四十度、水平位置から上に七十六度の位置から、半径三メートル前後の毒を纏った物理攻撃が来る、という情報を省略して
伝えている。
「物騒ね。スターウォーカー!」
それを受け取った有樹が、気配のある分身を作り出し、美晴の奇襲を回避した。
濃硫酸を纏った蔦が二つ、地面へとめり込み、穴から化学反応による煙が上がる。
「ふむ。先読みは厄介ね」
「全然困ってるように見えないけど」
「それは、お互いに余裕を隠し持って居るからでしょ。オカマさん」
美晴は、地面に刺さった二つの蔦を、バネを押すように縮ませた。
「さぁ、次は何処からオカマを狙おうかしら」
発言を終えると同時に、蔦に掛かった圧力を解放して、美晴が跳躍する。
「瀬名里! 右六十、水平、小円、物理土」
入れ替わりで、前衛の瀬名里へ突入する脅威を感じた私は、警告をした。
「了解! マテリアルソード」
瀬名里が自身の固有魔力を展開する。
魔力で出来た双刀を握り、亜音速で飛来した一メートル四方の岩石に振り下ろした。
超音速の双刀が金属性を纏いながら、岩石を二つに割り、双刀から膨らんだ木属性が、二つの岩石を、斜め後方へと受け流す。
敵の動きを掌握して、仲間へと伝える。
管制能力の本領が発揮されていた。
「花菜! 右八十、水平、霊体接触」
「八伸様! 左五、下九十、霊体接触」
花菜の右後方から、青いドレスの真衣が超音速で突撃してくる。
八伸様の足元からは、赤いドレスの優衣が地面から浮き出て奇襲を仕掛けて来た。
「さて、舞うわよ八伸様。シフトアンブレラ! ダイバーエレメント!」
花菜が二種類の固有魔力を同時発動する。
色が移り変わる七本の傘が出現し、光属性の魔力が地中の浅い場所を潜行した。
「私を忘れてもらっては、困ります」
真衣の突撃に呼応して、消えていた心音が、真衣とは反対方向から超音速で突入する。
彼女は、真衣との連携攻撃を狙っていた。
「単純ね。心音ちゃんは、穂華頼んだわよ」
「了解、花菜」
私は、意識を集中する。
服の新調時と同じ時空干渉で、私は一秒の現実時間を一時間の体感時間へ変更した。
伸びた体感時間の中で、私だけが普通に動き、心音を迎撃する為の魔力を、心音と花菜の間へと仕掛ける。
遙花――抱擁の網――。
糸で素早く編み目の細かい罠を作り、心音の進行方向を塞いだ。
私は時空干渉で、一秒を最大で十億秒の体感時間へと変更できる。
通常は、亜光速や光速になると、体や頭の神経がその動きに対応出来ない、時空干渉をして実際の時間と、体感時間に大きな差異を生んで、初めて身体が動くからだ。
罠を設置したら、すぐに四人の中心へと戻り、時空干渉を解除する。
「花菜、後はお願い」
「えぇ、ありがとう穂華」
「何を言って…………なっ!」
心音の声が最後まで続く事は無かった。
音速の体は為す術無く網へと当たり、サッカーのゴールネットのように網を押す。
運動エネルギーを無くした心音を、網が囲い込み、最後には捕らえられた魚のように、網の中で抵抗する心音が完成した。
「ちょ! 何よこれ、破れ無いし、絡まりがほどけない」
心音の困惑する声が響く横で、花菜と真衣が衝突している。
花菜は水属性の傘で、真衣の突撃を受け止めて、闇属性の傘で彼女のドレスを突いた。
「水は肉体と霊体を繋ぐ物、水という幽体を体内の主成分とする事で、私達は肉体と霊体を接続している」
花菜は水を纏った傘で、真衣を拘束している。
四本の傘が水で真衣を止め、闇を付与した三本の傘が、彼女の両足と喉仏に先端を食い込ませていた。
水は心を映し、隠世への出入り口を作る。
「混沌の闇は魂を拘束する物。星の闇は生きる者に精神の眠りと恐怖心を与え、死んだ者に心の平穏を与える。そして星の闇は、混沌の闇を打ち砕く」
星と混沌を知り、隠世を知る私達の価値観が、花菜の口から詠唱となって発せられた。
星の闇は、睡眠を私達へ与え、恐怖心が生きる知恵と警戒心を私達へ進呈する。
「さぁ、魂の牢獄を破りなさい! 傘の闇よ!」
花菜が声を張り上げた瞬間、真衣の青いバブルドレスが崩壊した。
魂を束縛していた混沌製の衣類が霧散し、灰色の光となって消えていく。
花菜が三本の傘で、服を浄化していたのだ。
「ふぅ…………少し疲れたわ。八伸様は……終わってるようね」
優衣をお姫様抱っこした八伸様が、花菜の元へと歩いて来ている。
私が花菜を見ていた数十秒で、勝敗が付いていた。
有樹と栗夢、音穏は、真優先生を浄化した学園の正門付近で、美晴と戦っている。
瀬名里は一人で、叶菜乃の相手をしていた。
瀬名里は霊感は無いが、私の次に魔力が高く、叶菜乃との実力は拮抗している。
「しっかり抑えててね八伸様」
花菜が優衣の傍へと近付いた。
優衣は八伸様の手を離れようと抵抗しているが、全く動けない。
八伸様は、相手の動きに合わせて移動速度を変え、怪力で相手を捕縛する。
悪霊だった西暦時代は脅威の対象だったらしいが、今では頼もしい仲間だ。
「す……凄い連携でした。八伸様と小織の虚無の手が、優衣の未来位置へと先回りして、彼女の機動性を潰してて…………」
「うん。光の柱が当たるように、八伸様と小織が協力してた。二人共仲が良いんだね」
「わ……私は、姿が見えただけです…………」
「初めて霊体の戦闘を見たけど…………八伸様も小織も格好いい」
陽葵、美優、手鞠、琥珀の順で感想が漏れた。
光の柱とは、花菜の発動したダイバーエレメントの事で、地面を潜行して対象の真下で間欠泉のように噴き出す特性がある。
四人は、他に敵が居るのに、観戦する油断を見せていた。
それでも私が全力で守るが――。
管制能力で全域を監視する私に、死角は無い。
花菜が四人の霊感発現を喜び、期待を伝える。
「あら、四人共霊感の適正ありね。瀬名里と音穏には無かったから、将来有望だわ」
「はぁ…………仕方がない、後で四人にも霊体戦の特訓をするから」
見えない状態なら必要無いが、見えてしまったからには、自衛手段は覚えてもらう。
霊体は見える生命へと寄って来る為、見えるほど霊力があるのに、対抗策を持たない事は危険だからだ。
「穂華、お願いね。私のように手取り足取り、教えて上げて」
花菜は頬を染めて、私を見つめる。
それを見た四人が、私の方を見て一斉に声を出した。
「密着特訓お願いします!」
「花菜ぁぁ。後で、説教するから」
花菜は八伸様が両手で持つ優衣に三本の傘を当てて、服を浄化している。
残りの四本が瀬名里の方へと向かい、接近戦を仕掛けて来た叶菜乃を牽制していた。
「戦いが終わった後なら、たっぷりと受け付けるわ」
「……分かった。次は瀬名里の方か」
「えぇ、傘と虚無の手だけでは、決め手が無いわね」
瀬名里の防御を虚無の手が援護して、叶菜乃の攻撃行動を四本の傘が妨げている。
「花菜、優衣と真衣を私に預けて頂戴。私の中で、教育するから」
「良いわよ穂華、可愛い子達にしてあげて」
先に混沌から解放されていた真衣と同様に、優衣も混沌の服による束縛から解放されていた。
二体の霊体は、目を閉じて白い肌を晒しながら、胸をゆっくり上下へ動かしている。
「寝ているわね」
「この子達の魂は、支配欲と独占欲が無いから、服で無理矢理従わせていたみたい」
この二体の霊力は強力だ。
恐らく、八伸様以上の力を発揮出来るだろう。
「混沌側の使い手が未熟で助かったわ」
「そうだね。猪突猛進っ子の心音で助かったよ」
花菜と私の感想が漏れた所で、網に捕らわれた心音が反論してきた。
「ちょっと! 聞こえてるんですけど! 私は猪じゃ無いですからね」
「私達は感想を言っただけよ。ね、穂華」
「そうです。被害妄想は止めて下さい心音」
彼女は、網が纏う灰色の光により、体が消滅し始めている。
優衣や真衣と異なり、支配や独占の心で、魂が混沌に汚染された生命は、心を失う。
混沌の意識体が占領し動かしていた体は、混沌が浄化されても持ち主に戻る事は無い、消えた心が体に戻って来ないからだ。
持ち主の消えた体は、別の混沌が入らないように、浄化と同時に消滅する。
星の意識体は、生命の心との共存で、魔力を貸してくれている為、心の消えた体に入る事は、絶対に無かった。
「ロゼイナも隠し事が……好きね……強敵じゃない……この……子……た……」
最後の一文字を語る前に、心音が灰色の輝きへ変化し消失する。
少しの間、彼女達のお世話をお願い、それと彼女達の不安を解消してあげて――。
私は、眠る優衣と真衣を、体の中へ入れると、コスモスに念話でお願いをした。
了解したわ――可愛いから穂華が大好きな霊体にしてあげる――。
お願いね――。
私は念話を終えると、噴水の反対側で戦う有樹へ声を掛けた。
「有樹! まだ持ち堪えられそう?」
「えぇ、栗夢と音穏が連携してますので、大丈夫ですわ」
「こっちは、任せなさい! 美晴に遅れはとらないわ」
「主、こちらは心配いりません」
フェイントを混ぜた蔦を、三人が回避しながら、戦闘をしていた。
接近戦による連続攻防になると、管制指示は間に合わない、単発高威力攻撃であれば、管制指示は有効だが、近接状態での手数による戦いの場合、個人の判断で回避する方が、戦いやすくなる。
「支援能力を上げます!」
代わりに私は、スターテリトリーの魔力濃度を上昇させた。
混沌の能力が三割低下し、仲間の能力が三割上昇する。
「ありがとう穂華。有樹、連携するわよ」
「そうね。久々のコンビネーション、いきましょう」
栗夢がリコーダーとラッパを召喚して音を出し、有樹が踊りで音へ応えた。
リコーダーからは十センチ四方の小文字が、実体を持って出現し、主に火や光の魔力を纏いながら音速で突撃して、美晴の蔦を損傷させている。
ラッパからは、七十センチ四方の中文字が、鉱石へと変化し、主に木や土の魔力を格納しながら、扇状へと拡散して有樹に足場を与えていた。
「ここですわ、カオスエンド!」
ラッパの鉱石により機動範囲を奪われた蔦へ、有樹の魔力を集束した手刀が炸裂する。
「なっ! 音速で当てたのに、結構硬いわね」
「そのままです。有樹」
五センチほどの陥没で止まった手刀に、音穏の超音速蹴りが重なった。
音速の二倍の運動エネルギーを受けた手刀が、美晴の右足から出ていた蔦の一本を切断する。
「ふむ。オカマと男装ブスより、忍者もどきの方が手強そうね」
美晴からは挑発的な言動が目立っていた。
怒りは支配欲へと連結している。
混沌である彼女は、混沌の意識体が奪いやすい体を探していた。
「分析している暇は無いですわよ」
音の足場を跳ねながら、有樹が美晴へと接近する。
「リオートナイフ……ウォーターグレネード」
音穏は氷のナイフと浮遊する水球を出して、美晴の蔦へ投擲した。
ナイフの中には魔力が内包されており、接触と同時に前方へと噴出する仕掛けがある。
接触までナイフの中の属性は不明で、音速の三倍で風を切っていた。
水球には、火や土、金や木など、水とは異なる魔力が入り、今にも破裂しそうな発光を水球の中心から放出している。
黄色に発光する土属性、赤色に発光する木属性など、水球の中には色で判別不能の魔力があり、美晴へと音速の二倍で突撃していた。
「女装男子が私の傍に寄るな!」
接近した有樹へ、美晴の右手から伸びた蔦が強襲する。
「スターウォーカー!」
その攻撃を有樹は、ラッパの石を踏みながら完全回避していた。
有樹は、五芒星を描くように足を運ぶ事で、敵の魔力を完全回避する固有魔力を持っている。
足の移動先を変えたり、停止した瞬間に効力が無くなる為、防御に専念する時のみ有効な魔力だが、オカマ嫌いの攻撃を誘引する利点を生み出していた。
「音穏、私は彼女と踊るから、蔦をお願い」
「了解です。有樹」
先ほど投げたナイフと水球が、美晴の左足から伸びた二本の蔦を破壊している。
右足に残った一本の蔦も、氷のナイフが内部へ火と金の魔力を送り、蔦が中から焼かれ液体金属が蔦の細胞に大穴を空けていた。
蔦の外部からは、至近距離で破裂した水球が、木や土の魔力を蔦の表面へと穿ち、大穴を蔦の切断面へと変えている。
指向性を持たせた破裂の為、美晴だけが損傷を負っていた。
内部と外部からの同時浄化、音穏が得意とする魔力の一つになる。
二分ほどの観戦で、私は有樹達の戦況を判断した。
「あちらは大丈夫そうね」
「はい、浄化出来そうです」
私の感想に、琥珀が同調して、私達は瀬名里の方を見た。
マテリアルソードで岩石を斬ってから、瀬名里は攻撃の主である叶菜乃と一人で戦っている。
「陽葵、琥珀、手鞠、瀬名里へ援護を、美優は私を写実して」
「ヌード?」
「美優、ふざけないの、瀬名里が押されてるから急いで」
「うん。分かった」
三人は魔力の展開タイミングを計り始めた。
美優は星の魔力で作られた筆とパレットを出し、浮遊するカラースプレーを肩の上で待機させる。
「花菜、説教無しにするから、瀬名里の援護へ先に行って」
「了解。八伸様、混沌の魔女を浄化するわよ」
八伸様が頷き、私達五人へと軽く手を振ってきた。
それにみんなで手を振り返すと、八伸様は優しい笑みを見せる。
「八伸様が、六人で霊体戦が出来る日を楽しみにしてるって」
花菜が八伸様の言葉を代弁し、瀬名里の方へと加速した。
隠世を知る仲間が増える事を、彼女は楽しみにしている。
「よし! 完成。メイド穂華に、執事穂華、着ぐるみ穂華」
美優は空中に残像が見えるほどの速さで、写実絵画を三体描いていた。
桜色のメイド服、深緑色の執事服、白猫の着ぐるみを着た絵が動き出す。
描いた絵の実体化、美優の固有魔力が発動されていた。
「クリエイトアートとフロートペイントの調子が良い、穂華の支援のおかげだよ」
笑顔を見せる美優を、私は左手で優しく撫でる。
しかし、右手は美優の胸周りを捕縛するように掴んでいた。
「美優、描いた服について、後でゆっくり話そうね」
「う…………うん。分かった」
日常では着ないコスプレ風の衣装は、現実性と確実性を求める女性の思考からは違和感を感じる。
新天地に着いたら、美優とその点について意思疎通しないと――。
「よし、私達は突入するから、陽葵、琥珀、手鞠はタイミングを計って魔力発動、美優は発動を維持しながら四人で花菜の隣へと移動して」
花菜は七本の傘で敵の魔力発動を阻害して、潜行魔力で叶菜乃の未来位置を狙っている徐々に正確性が増し、叶菜乃の体に花菜の魔力が当たるようになっていた。
私と写実絵画の私達が構える。
「行動開始!」
私は跳躍で音速の二倍へと加速した。
音よりも速く動き、叶菜乃へと肉薄する。
「榎園瞬斬桜花」
桜色の火の花びらを撒きながら、群青色の炎を纏った大剣が音速の五倍で叶菜乃の身体を狙う、メイド穂華が光属性を、執事穂華が闇属性を、着ぐるみ穂華が水属性を手と足に宿しながら、私の浄化へ同調する近接格闘術を見せていた。
「実体四体、ただし三体は魔力の人形か、形勢不利ね。 心音はやられたようだし……」
私と絵画の攻撃に掠りながら、叶菜乃は周囲を観察している。
瀬名里と花菜はインターバル(休憩)をとっており、七本の傘が周囲を守るように展開されていた。
「コロナコート! プロミネンスバリア!」
叶菜乃の後方から陽葵の声が聞こえた。
コロナコートが叶菜乃の周囲を包み、動きの鈍化と、攻撃速度低下を与える。
そして、プロミネンスバリアが攻撃の消滅効果をもたらした。
「水と闇属性ですって! 名前の通りなら火属性じゃない!」
私と陽葵から弱体効果を受けて、叶菜乃の顔に焦りが出る。
「名前は、攻撃のイメージを象徴する物であって、属性や色は関係無い、叶菜乃は人間の記録に囚われすぎてるでしょ」
「なっ! 私が物質に感化されている…………そんなはずは……」
私の指摘を受けた叶菜乃は動揺していた。
名前、見た目、常識、日常生活では大切な事も、戦闘中となれば負ける要因となる。
アイスと名の付く火や雷、フレイムと名の付く氷や闇など、名前と属性が関係無い攻撃もあり得るからだ。
「琥珀、手鞠、今だよ!」
「はい、穂華。ルクスフェイク!」
「い……いきます……ダークミスト」
叶菜乃の周囲を、光と闇が同時に覆う。
琥珀の光が攻撃弱体を生み、手鞠の闇が防御弱体を与え始める。
「さらに弱体効果…………これは、まずい!」
焦った叶菜乃が六枚全てのカードを取り出す。
「コスミックレイ! ニュークリアーレイ!」
指向性の強力な電磁波と放射線が写実絵画の穂華達を捕らえた。
プロミネンスバリアの消滅効果を上回る魔力が展開されている。
恒星表面に匹敵する魔力攻撃を受けて、絵画の三人が消失した。
「手鞠! シャドウウォール、急いで!」
指向性の死が矛先を変える、花菜へ向けて移動中の四人を狙っていた。
目では見えない為、魔力の気配を探る事に慣れていない四人には、回避が困難になる。
「小織、虚無の壁」
「シフトアンブレラ!」
私が、四人の目の前に巨大な壁を展開し、花菜が七つの傘に金属性を付与して壁の前にもう一つの装甲を用意する。
鉛を含む傘が放射線の通過を阻止し、闇の壁が電磁波の通行を拒んでいた。
「この身体を捨てるつもりでいく! エターナルエンド! フレイムストーム」
叶菜乃はさらに二枚のカードを発動させる。
頭上に闇の穴が空き、炎の雨が夕日のように地上を染めて降り注いだ。
鉄を溶解する炎雨と、闇の中に吸い上げる穴が、相乗効果を作り炎の竜巻が完成する。
「シャドウウォール!」
竜巻が地上に着地する寸前、手鞠の声が空気を貫いた。
闇が陽葵、美優、琥珀、手鞠の四人を包み、炎と吸引を無効化している。
手鞠の固有魔力、シャドウウォールには影内の対象を無敵化する効果があった。
「くそ! 身体の維持が限界か…………カード候補は何処に……」
「ここだよ」
狙われた四人、四人を援護する私と花菜、その間に注目から外れた瀬名里は、叶菜乃の背後から強襲をかける。
「まだだ! ジェットクラッシュ!」
叶菜乃は背後を振り向かずにカードを発動した。
彼女の背中で岩石が出現し、マテリアルソードを展開中の瀬名里を指向する。
「まずは……一名……消えろ!」
叶菜乃の叫びと共に、岩石が瀬名里の体を貫通――――する事は無かった。
それどころか、全てのカードの魔力が戦場から消えている。
「私達の初浄化です」
「せ、瀬名里は渡しません」
琥珀、手鞠の二名から勝利宣言が出た。
シャドウウォールは解除しているが、弱体効果の魔力は継続している。
そう、ルクスフェイクとダークミストが、叶菜乃の体を浄化させていた。
本来は、攻撃弱体と防御弱体を与えるだけの魔力だが、光属性と闇属性、二つの魔力が融合する事で、灰色の光となり、星の魔力が増幅している。
それが、無理にカードを発動する彼女の意識体を弱らせていた。
「さ……最後の…………カード」
「往生際が悪いよ、叶菜乃」
瀬名里が、マテリアルソードで最後のカードを突き刺した。
他のカードは既に灰色の光を放ち消え、叶菜乃の体も、胸から下が消滅している。
双刀から土属性が出てカードに密着すると、カードから水が溢れ、灰色の光がカードに絡み始めた。
それを瀬名里が悲しい表情で見つめている。
敵である意識体に同情しているのだ。
私達、星の魔力を持つ者は、戦闘中でも、相手に殺意や憎しみを持ってはならない。
浄化をする、相手を助ける、星を守る、癒しや守護の感情を持って戦う。
そうしないと、戦闘中に混沌へ染まる仲間が出てしまうからだ。
情けでは無く、敵を倒す時の意識が、私達の浄化には必要になってくる。
「…………み……」
最後の言葉は一文字だけで、叶菜乃は浄化された。
「瀬名里、まだ戦えそう?」
「あぁ、まだ大丈夫だ」
「分かった。引き続きよろしくね」
「おう」
私の小織は耐久力が一割低下して、花菜の傘は耐久力が四割低下している。
「小織、ご苦労様戻って頂戴」
「シフトアンブレラ格納!」
私達は、体の中へと固有魔力を戻し、回復に専念させた。
「有樹達の方、凄いですね。動きが違います」
琥珀が乱戦状態の廃墟を見て、驚嘆している。
美晴の蔦が再生して、有樹達を襲っていた。
速度は音速と、魔力戦闘においては普通の戦いだが、お互いの手数が違う。
有樹と音穏が攻撃を惹きつけて、栗夢が音波を中心とした攻撃を加える。
敵の美晴は八本の蔦で、攻撃と防御を分担して、蔦に異なる属性を内包する事で、臨機応変な戦いを可能としているようだ。
「有樹と栗夢の魔力残量が、そろそろ危険なはず……」
私のスターテリトリーは、美晴の能力を弱くし、音穏の能力を強化させているが、有樹と栗夢はその恩恵を受け取らずに戦っている。
私が所持する星の魔力は強大だが、ある困った特性を抱えていた。
魔力援護をした相手との、魅了効果がお互いに出てしまう点になる。
有樹と栗夢は、すでに二人で愛の巣を築いている為、魅了効果による仲違いを避けたいと言って、能力強化の利点無しで浄化をしていた。
「瀬名里、マテリアルナイフ用意」
「了解」
瀬名里は十二本の投げナイフを召喚する。
双刀は背中に浮遊して随伴させたままで、武器を切り替えられる状態を作った。
「花菜、ダイバーエレメント用意」
「あら、なんとなく連携の内容が見えてきたわ」
花菜が姿勢を低くして両手を構える。
十二個の魔力球体が両手に浮かび、潜行の開始を待ち始めた。
「陽葵、有樹達の元へ駆け付けて、ハローラインを近距離展開して」
「えっ? あれは遠距離用の防御ですけど……」
「陽葵なら、近距離でも応用が出来るって信じてるから」
「…………分かりました。全力で制御してみせます」
気合いを入れた陽葵が、クラウチングスタートの構えになる。
合図である私の掛け声に備え、魔力を溜めていた。
「美優は瀬名里と花菜に随伴して、ヒーリングペイントを有樹達にお願い」
「うん。とっておきの癒しを与えるね!」
美優は筆とスプレーを再度召喚して、写実を始める。
動物を描くようで、四足歩行の足部分が空中に浮いていた。
「琥珀は私達の浄化の後、美晴のカウンター狙いを、テレスコープリストレイントで拘束して欲しい」
「分かりました。瀬名里達の場所から発動します」
琥珀は望遠鏡を召喚して、望遠鏡で見た対象を拘束する魔力を持つ。
「手鞠は、瀬名里達の防御を、シャドウウォールで担当して」
「は、はい! 頑張ります」
琥珀と手鞠が仲良く配置に着いた。
私は自分の役割を遂行する為に、美晴の体を指向して構える。
「一、二、三、今だよ!」
陽葵が音速の二倍で有樹達の傍へと跳び。
「マテリアルナイフ!」
「ダイバーエレメント!」
瀬名里の七色のナイフと、花菜の地を這う閃光が美晴の方へと音速の三倍で移動した。
音穏のナイフとは違い、魔力は内包せず、周囲に纏う状態となっている。
花菜の潜行魔力も、光属性だけでは無く、七色の発光が地面を移動していた。
「ヒーリングペイント、水熊君行ってらっしゃい!」
美優がヒグマの外見に似た写実絵画を、有樹達の方向へ向かわせる。
何故か水色の熊は、軽やかに横っ飛びをしながら、陽葵の後方を音速で駆けた。
水色の熊か――西暦時代の記録には居なかったな――。
きっと美優のオリジナルだろう、やはり独創性の高い芸術的な思考を保持している。
さてと――。
瀬名里と花菜の魔力が、美晴の蔦と重なる瞬間、私は再度時空干渉を行って、一秒間の現実時間を、一時間の体感時間へ変化させた。
この中で、時速五キロで歩いた場合、現実時間では時速一万八千キロの速度が出る計算になる。
音速の五倍から、細かな動きが無理になる為、時空干渉の能力は、実用性の高い能力と言えた。
音速の動きも、時空干渉の中では静止して見える。
星野家のみんなが時空干渉能力を持っていない点は残念だが、親愛で心が繋がっている為、不満は無い。
むしろ、私自身の心と、星の魔力は、集団での結束を好む。
過剰な浄化は蹂躙として認知され、敵の実力にあった魔力の使い方が求められる。
私が一方的に混沌を浄化出来ないのも、星からの制限を守っている為だ。
星を守る者が支配欲を持ってはならない、蹂躙は支配欲と判断される。
相手に合わせて魔力の強さを調整していく、非常に困難な制約が星の魔力には存在していた。
美晴の背後に来た所で、時空干渉を解除する。
現実時間に戻ったその直後に、七色のナイフが蔦へと刺さり、潜行していた光が蔦へと吹き上がった。
ナイフにより一瞬動きの停止した蔦へ、七色の光が貫通する。
火、水、土、木、金、光、闇、七属性を纏うナイフと光の柱が共演をして、蔦の魔力を無力化させた。
陽葵がハローラインで混沌の魔力を弾く雲を召喚して、疲労困憊状態の音穏と有樹、栗夢の三人を防御する。
そして、美優の作った熊が三人へと接近し、回復魔力を発動していた。
「私から、蔦を外すなんて…………さすがね。で、カウンターは誰が防御するつもり?」
瀬名里達の場所へ、過剰供給の恐怖が迫る。
ナイフが当たる間際、蔦の先端から音速の三倍で高濃度の酸素が射出されていた。
酸素が五人を飲み込もうと、音を置き去りにして移動している。
「シャドウウォール!」
酸素が黒い半球へ当たり、迂回するように後方へと弾かれた。
手鞠の発動した影が、瀬名里と花菜、美優と琥珀、手鞠の五人を死の気体から隠す。
「火の竜巻を無効化した魔力か…………」
カウンターを防がれ、集中力が散漫になった美晴を、琥珀が望遠鏡のレンズ越しに観測し始めた。
テレスコープリストレイントが発動し、美晴の胴体と手足は石のように動きが消える。
「これで、勝利したつもりかしら」
「三人の目的は時間稼ぎ、男の隊長は混沌の侵食地域の拡大が目的でしょ」
私は話掛けながら、背後から針を打ち込んだ。
百萌が美晴の体内から星の魔力を放出して、体が内部から消滅を始める。
「い……いつの間に後ろに…………そう、知ってたのね穂華は…………」
「私達も、時間稼ぎだったから、それに心音の実力は単純な加速と霊力に頼った強襲のみで、使い捨てにさせられた印象を受けたしね」
「そう、お互いに時間稼ぎだったの……気付けない私は未熟ね」
「美晴は高い耐久力と攻撃の手数が多い代わりに、魔力による必殺技が少ない」
「あら、直接……戦って…………いないのに、よく分かるわね」
「私は、戦闘地域の気配を常に監視しているから」
「その……管制…………能力、混沌にとっての…………猛毒となりそうね」
美晴の腰から下が消え、両手も消滅を始めた。
呼吸器官系が浄化されるにつれて、発声も出来なくなる。
「隊長は……私とは……べ…………か」
別格とでも言いたかったのだろうか――。
美晴の顔が最後に灰色の光となって霧散し、完全に体が消えた。
「終わったの穂華」
回復により体力を取り戻した有樹が、傍に寄ってきた。
「うん。私達と同じで時間稼ぎだったみたい」
混沌との境界が、星野家の百五十メートル先まで迫っている。
急がないと、脱出艇も混沌に包まれてしまう危険な状況だ。
「それなら、急ぎましょう。私達も体力なら全快だから」
「はい、分かりました。あれ、音穏は?」
有樹と栗夢の背後を見ると、音穏が水色の熊に抱き付いている。
役目を終え消失するヒグマを、音穏が悲しそうに見送った。
「後で、熊の小物を上げなさい、音穏喜ぶから」
「うん。そうするよ栗夢」
音穏の女性らしい可愛い一面が、見られた気がする。
「陽葵、防御ありがとう」
私は、栗夢の後ろを歩いていた陽葵に、お礼を伝えた。
「いえ、近距離で安定展開出来たので、自信が持てました」
「なら、今度は距離に関係無く魔力を使用してみようか?」
「はい、色々と浄化パターンを考えてみたいです」
会話しながら、星野家へ向けて駆け出すと、音穏が寄ってくる。
「あ、あの主……」
「音穏、後で熊の小物と、ぬいぐるみを作るから、今は我慢してね」
言う前からお願いを理解出来ていた私に、音穏は笑顔で抱き付いてきた。
「大好きです! 主」
「あらあら、愛の告白ね」
「音穏、加速するからしっかり掴まって」
「はい」
時間の無い非常事態に、私は有樹の発言は気にせず、音穏を装備したまま加速する。
「おぉ、穂華お姉ちゃん、速い!」
「何を急いでるんだ」
「待って下さいみなさん」
「あ、私を置いて行かないで……」
笑顔の美優、困惑の瀬名里、不安の琥珀、動揺の手鞠、それぞれの感情が交錯しながら私達は星野家の地下を目指す。
キルト、大福、任務を解除、脱出艇へ急行して――。
念話での返答は無く、代わりに別邸から遮断とデコイの魔力が消えた。
これで、任務を解いて移動した事が理解出来る。
敵の隊長がどう動くかで、対応が変化するが、混沌の領域侵食の方が、直接戦闘よりも危険な匂いを出し始めていた。
「お母さん……どうしてここにいるの?」
星野家の玄関、その廊下側に脱出艇へ居るはずの母が立っている。
母の右側にはキルトと大福が並び、左側には最中が座っていた。
玄関の周囲には遮音の魔力が展開されていて、私は不安を覚える。
「星菜、早く行こう、混沌に飲み込まれちゃうよ」
混沌の侵食領域の境目を見た美優も、事態の深刻さに気が付き、母を急かす。
しかし、母は静かに顔を横に振り、美優の提案を受け入れなかった。
「そう…………やはり、出られ無いのね。星創のフレリ」
「えぇ、人間の体に転生しても、運命からは逃げられないみたいね」
私の左肩から出たコスモスが、母と聞き慣れない会話をしている。
「フレリ様は全権を穂華に与えると言ってくれた。我々意識体は、穂華の可能性に懸けてみようと思う」
キルトからも知らない人の名前が出た。
他のみんなも突然始まった未知の会話に、質問する機会を失っている。
「穂華、星からの全幅の信頼を得ている貴方なら、私の名前にも心当たりがあるはず」
母の言葉を聞いた私の脳裏に、ある記録が浮かんで来た。
五百十二億年前に無から宇宙を創造した、無の裏切り者、星創のフレリ。
その意識体と母の姿が重なるようで、私はまじまじと母の体を見つめる。
母は黄色の長袖ブラウスに、深緑色のフィシュテールスカートを穿いていた。
ブラウスはネックラインがスカラップネックで、肩がカットアウェイショルダーの形状をしている。
袖口はペタルカフスで、ネックラインと合わせて可愛さを主張していた。
肩に穴が空いたデザインには、肩のラインを美しく見せる効果があり、このブラウスは女性の美しさと可愛さの両方を、魅せる服に仕上がっている。
スカートは前が膝上十八センチの裾を持つミニ丈で、後ろが膝丈(ミディ丈)裾になるフィシュテールスカートになっており、エレガントな雰囲気を持つ。
白色の靴下はふくらはぎを半分隠し、青色のスニーカーへと繋がる気配を感じた。
「母は宇宙を創ったフレリの転生体、私はフレリの魔力と記録を受け継いだ母の子供」
「そう、よく分かったわね」
「そして、瀬名里、花菜、音穏、陽葵、美優、琥珀、手鞠はフレリの分身体の記録と魔力を継承した」
フレリは宇宙が広がるにつれて、個での管理能力に不安を覚えていた。
だから、七つの分身体を生み、本体を含めた八つの意識体で宇宙を管理する分割統治を実行している。
その後、星や宇宙の増加に比例して、フレリ以外の意識体も増えて、今に至っていた。
「母がフレリの転生体なら、何故、魔力を持てないの?」
「意識体としての禁忌を犯したからよ。穂華」
母が理由を答え、コスモスが詳細を私達へ伝えてくる。
「私達、星の意識体は、生物の思想や感情に感化されては駄目なの。星や宇宙を守る私達は、人や知的生命体を敵に回す事も多い、それは何故だか分かる? 瀬名里」
質問は私にでは無く、瀬名里へ飛んだ。
分身体の記録と魔力を受け継いだ七人は、最初こそ驚いていたが、現在は冷静に事実を認識している。
瀬名里達七人も、フレリの記録が脳内に浮かんで来ているようだ。
「生命、特に知的生命体の活動は、自身の繁栄と子孫の増加の為に費やされている。利益を得る為に、星の表面を汚染して、時には同族同士での殺し合いもする。そして宇宙でもそれは変化せず、過去に三百七十一の星が、知的生命体の欲望の為に破壊されている」
星には心があり、汚染は肌荒れや病気のように、破壊は怪我や死の痛みへ繋がる。
「そう、その通りよ。有樹と栗夢以外は内容を理解出来ているようね」
最中が瀬名里の回答を肯定して、見回した視線を有樹と栗夢の位置で止めた。
「コスモス、二人には私から説明しておきたいのだけど……良いかしら」
「えぇ、お願いね。二人共、信頼のおける人間だから」
有樹と栗夢は、純粋な人間からの順応者になる。
二十三番宇宙、かつて太陽系が存在していた宇宙の意識体達によって二人は選ばれた。
最中の先導に従い、星野家の奥へ進む二人が気になった私は――。
「有樹、栗夢、私達は二人の事が大好きだからね」
二人を不安にさせないように、声を掛けていた。
「私も、穂華の心と服が好きよ」
「私は家族として星野家に付いて行くわ、人間とか意識体とか出生や立場は関係無い」
有樹の穏やかな感情が響き、栗夢の信念が私の不安を消す。
どうやら私の方が、不安に駆られていたようだ。
「うん。脱出艇でまた会おうね」
「えぇ、必ず」
「穂華の料理を楽しみにしているわ」
私の約束に、有樹、栗夢の順で肯定が返ってくる。
「二人共、私の子供達を頼むわね」
「星菜、貴方の記憶は一生忘れないわ」
「私達を、穂華達と出会わせてくれた星菜に感謝します」
大人の三人は、穏やかに最後の別れをしていた。
有樹や栗夢にとって、母は寮母のような存在であり、気の合う飲み仲間になる。
最後はお互い晴れやかに別れる……そんな心遣いが、三人を包んでいた。
「さぁ、行くわよ。有樹、栗夢」
「えぇ、それじゃあね、星菜」
「何時かまた会いましょう」
「えぇ、またね。二人共」
最中の誘導に従って廊下の奥を曲がった二人は、脱出艇のある地下へ導かれて行った。
「続きといきましょう……フレリは六百九年前に、生命体が持つ喜怒哀楽に惹かれて生命を説得して、物質世界存続の為に、宇宙と星を守る知的生命体を得ようとした」
母の解説に、コスモスの補足が繋がる。
「結果は芳しく無かったわ。知的生命体に感化されて、敵になった者。騙され利用されて最後には混沌に消滅させられた者。多くの星の意識体が犠牲となった」
「我々は道具では無い、しかし星や宇宙に心が無いと思う知的生命体に、文化や思想、国や社会を捨ててでも、信じようとする者は現れなかった」
キルトの言葉には悲しみが含まれていた。
母は、キルトの頭から背中を優しく撫でていて、サバトラ柄の毛並みが輝いて見える。
「でもね。五百十八年前に転機が訪れたの、太陽系が混沌の侵攻で破壊され、宇宙へ進出していた、たった一隻の恒星間移民船を残して、人類と地球起源の生命体は絶滅した」
コスモスは説明を続けており、母がその後へ言葉を追随させる。
「フレリは思ったわ、国を失い、故郷を失った彼らなら、星と宇宙の為に戦う仲間として私達星の意識体を理解してくれると…………」
「それが、私達の祖先なのですか?」
「えぇ、そうよ琥珀、移民船の人間は遺伝子の状態で輸送されていたの。フレリは遺伝子から人間を誕生させて、自分が人間に転生する事で、宇宙の為の守護者を作ろうとした」
琥珀の質問に、母は穏やかな顔で答えた。
私達が受け取った宇宙の記録も完璧では無い、不鮮明な部分もあり、現存する意識体や仲間から聞いて学ぶ必要がある。
「しかし、宇宙を創った女王が人間になる事は、禁忌以外の何物でも無かった。人間へと転生する代わりに、魔力を失い、記憶も記録としてコピーされて、他の意識体が分割管理する事になった」
「き……消えた魔力は、何処にいったのですか?」
「十三年前に私の中へ入ったよ。管理権限の無い魔力が、八割あるけど…………」
手鞠の疑問には、母では無く私が答えた。
幼少期に何故か全幅の信頼を得た私は、膨大な魔力を体の中へ内包している。
「穂華には、キルトとコスモスにお願いして、リミッターを掛けさせてもらっていたわ。成長と共に支配欲や独占欲を持つ可能性もあったから」
母は申し訳なさそうに私を見ながら、事実を語った。
「その心配は無用だったようじゃがの」
「えぇ、人間とは思えない感性に、感銘を受けるわ」
大福の渋い声が届き、コスモスが同調している。
十三年間の成長を見て、深い信頼を私は得られたようだ。
「それじゃあ……」
「えぇ、フレリがかつて保有した魔力の全てを、穂華の管理に任せます。星を失望させる最悪の未来だけは作らないでね」
「星菜、その前に言うべき事があるのではなくて」
コスモスの言葉に、母は罰が悪そうな顔をした。
それを、キルトとコスモスが厳しい眼差しで注視している。
「……もう、分かったわよ。そんなに攻めないで……」
「時間も余り無い、今言わなければ後悔では済まないぞ」
「そうよ。人間に転生したのは、躊躇する為では無いでしょう」
キルトとコスモス、二体の意識体からの指摘を受けて、母の顔から迷いが消えた。
「穂華、瀬名里、花菜、音穏、陽葵、美優、琥珀、手鞠、このスターマインドが元移民船だったという事は、フレリの記録から、何となく想像が付くわよね?」
「が、外殻が遺伝子の保管施設と自動航行施設だったと言う事ですか?」
「そうよ。陽葵、内殻は誕生した人間達が、教育を受けて新たな星へ移住する為の知識を学ぶ場だったの」
「それと、お母さんが船を出られないのと、何が関係あるの?」
「それはね穂華、フレリが転生した五百五年前に理由があるの…………この船は、大量の宇宙線を浴びて、機能不全に陥る寸前だった」
「人間は太陽系の外の厳しさを安易に見ていた。宇宙には大量の電磁波や放射線、小惑星やガスが存在している。中でも宇宙線と呼ばれる電磁波や放射線は回避が困難で、数分で致死量に匹敵する量が飛来する事もある世界だ」
「太陽風に守られていた人間は、相殺されている宇宙線の量を正確に計算出来なかった、結果的に宇宙線を反射する装甲が、耐えきれずに壊れ始めていたの」
私の問いに、母、キルト、コスモスの順で返答が来た。
そして、最後に母が核心部分を語り始める。
「だから、フレリは転生する直前に、この船を作り変えたの、船の管理者を転生後の私にして、星の魔力で装甲の強化と保全を行える仕組みを作った。その代償として、私の魂はこの船の維持の為に、船と連結している」
「星菜にとって、この船は幽体と霊体が繋がった自分自身と言う訳ね」
「その通りよ花菜。私は隠世にも行けず、船と運命を共にする業を背負っている。でもね……私の心に不満は無いわ、人間の十分の一という老化速度が、私に星の意識体が理解出来る生命の誕生を促してくれた。そして十三年前に穂華が覚醒して、穂華が貴方たち七人を選んだ」
「じゃあ、美優が頭が良くなって、絵を描けるようになったのは、穂華お姉ちゃんの恩恵って事?」
「そうね。穂華が選び、分身体の魔力と記録が入った。美優は頭脳を、花菜は命を、陽葵は精神を、瀬名里は手足を、音穏は耳と目を、琥珀は血液を、手鞠は内臓を、失い掛けていた幸せを、穂華は再生させている」
幸せも不幸も、目の前にある日常に眠っている。
大切なのは、何を守り何を失うかだ。
損失をせずに利益のみを得られる好条件など、世の中には無い。
現実を恐れず行動する事が大切で、私は彼女達へ不老不死の利益と、自由を束縛し混沌との戦いを強要する損失を与えている。
「私の不整脈が治ったのは、穂華のおかげだったんですね」
「わ、私の排泄と顔色が良くなったのも、ほ、穂華の恩恵……」
琥珀は白血病が進行し、手鞠は腎臓と膵臓に癌があった。
人は失う物の大きさを知って、初めて自分自身の心を試される。
美優は脳の一部損傷から、花菜は怨霊の取り憑きから、陽葵は幻覚と目眩から、瀬名里は手足の切断から、音穏は視覚と聴覚の欠乏から、琥珀と手鞠を含めて全員が十三年前の戦闘の被害を受けて、肉体的に精神的に心のあり方を試されていた。
「みんなには、生きたいという強い生存本能があったけど…………健常者への妬みや恨みなどの負の感情が無かった。他者への呪いは支配欲となり、自分だけが生き残ろうとする行為は独占欲となる。もし七人がこれらの感情を抱いていたら、星の魔力は宿らず死亡者の一人に名を連ねていたと思う」
私の言葉に全員が優しさと悲しさを同時に湛えている。
実際に多くの人間が助けられずに亡くなった。
混沌になり、浄化された者も大勢いる。
音穏と瀬名里は十二年前に、陽葵と美優は十年前に、花菜は九年前に、そしてつい先日に琥珀と手鞠が心を、星の意識体によって審査されて、失う不幸から逃れる事が出来た。
「星菜は、自身の選択に後悔は無いのか?」
音穏の不安げな質問に、母は迷わず即答する。
「音穏、人は行動した後の後悔よりも、行動しなかった時の後悔の方が大きいの。私には不満は無いけど後悔はある。でもそれは、自分の行動と選択が招いた結果だから……納得しているわ。過去には戻れないのだもの……行動あるのみよ」
母の顔は穏やかで、負の感情が一切感じられない、私達はそれを見て、星菜の心の強さを再認識する。
自分の運命を悔やみ、他人への妬みや恨みで心を晴らそうとする生命がいるが、それは心の弱さだ。
混沌にとっては大好物であり、星にとっては大嫌いな心のあり方になる。
生命が星の声を聞けないのは、支配欲や独占欲を捨てられない心の弱さにあった。
それを、少数の人間とはいえ、消してくれた星菜の功績は素晴らしい物がある。
すぅっと、遮音の魔力が消えた。
キルトと母の目が合っており、キルトが魔力を解除した事が分かる。
「せ、星菜はこれからどう行動するのですか?」
「この船はもうすぐ混沌に染まる。そこが私の寿命のようだから、フレリの旧友を迎撃してくるわ」
陽葵の問い掛けに、母はそう答え、二本のトンファーをキルトから受け取った。
超高密度の星の魔力が内包されており、殴るだけでも強力な効果があると判断出来る。
「フレリが残してくれた……魔力を持てない私への贈り物。フレリの選択が間違って無い事を証明する為にも、私は行動するわ」
狭まった混沌との境界には、男の隊長だけで無く、ロゼイナの気配を感じた。
「突進の和弥……深淵のロゼイナ……無空のフレリの代理が、相手をするわ。お手合わせ願えるわよね」
境界付近の気配が増大した。
母の正体を混沌側が感付き、恨みと喜びの混じった複雑な気配が肌を刺激する。
「行くわね。穂華、みんな」
青色のスニーカーを履き、私達の中央で止まった母が、最後の別れを告げた。
最初に私が感じた、靴へと繋がる気配は、これだったのだろう。
「うん。隠世に行ったら、心夜お父さんと、星夜お兄さんを、ぶん殴ってやって」
「あら、ここで死んだらあの世に行けるとは限らないわよ」
「物質世界……つまり宇宙と星がある限り、隠世は存在する。そして星の意識体と生命に等しく切符が渡る。土や金属でさえ、隠世に行けるから、お母さんも行けるよ」
現世と隠世の管理権限を持つ私が、母へ保証をした。
「そう、穂華が保証するなら大丈夫ね。だったら、何故、欲に負けて体を混沌に渡す事になったのか、問い詰めてやろうと思うわ」
「そうだ。お母さん、私の分もよろしくね。父と兄に浄化で協力してもらう為に、隠世を覗いても、奥に隠れてて……」
小織の時と同様に、相手側の許可が必要で、無理矢理呼ぶのは支配欲となる。
呼び掛けに応じて貰う必要があるのだが、父と兄はそれを拒んでいた。
「分かったわ穂華、あなたの分も二人へ伝えるわね」
母の返答が届き、その後に瀬名里が質問をしてくる。
「そう言えば、穂華、混沌の意識体は浄化後に何処へ行くんだ?」
「無へ強制送還されるよ。そして、二度と物質世界へは入れなくなる」
生命体の支配欲と独占欲につけこみ、宿主の心を殺し、魂の半分を喰らい、物質の消滅の為に、魔力順応力を持つ生命の体を、道具のように使用する彼らだ。
宇宙へのパスポートが無くなるのは、同然の結果だと思う。
これに対して、怒りや憎しみを持てない私達の戦いは、星の魔力を得て、不老不死の体となった私達八人にとって、厳しい不利益となる。
憎悪は支配欲へ直結している為だ。
「琥珀と手鞠も気を付けてね。星の信任を失うと、魔力を失って、不老不死では無くなるから」
私の注意に、琥珀が不満をこぼす。
「穂華、不老不死になった実感が沸かないです……」
「私達はまだ子供だから、二十歳までは体が成長して、そこから老化しなくなるの、幼児や初等部の未発達な体で成長が止まったら、私達も生活で困るし、星側もまともに浄化が出来ないと、困る事になるから」
過去に瀬名里達へしてきた回答を、琥珀と手鞠へ伝えた。
有樹や栗夢も老化が遅くなるが、不老不死には至っていない。
星の魔力の内包量、つまり信任と順応力の二点で老化速度が変化する。
有樹と栗夢は一つの宇宙から、七割と八割の信任を得て、老化速度が五分の一へと変化した。
瀬名里達は、私が選び、星の意識体の審査を経て、フレリの分身体の魔力と記録を宿す状態にある。その信任は二千四十八ヶ所の宇宙から、九割の信任を得ており、結果として老化が二十歳で止まる、不老不死となる。
私は、六万五千五百三十五ヶ所の宇宙から十割の信任を得て、不老不死と時空干渉能力を星から預けられていた。
「全員の成人姿を見られないのは残念ね」
「隠世側からは接触出来ないからね」
隠世に接続出来るのは、私だけだ。
花菜でさえ、隠世である虚無を覗いてしまえば、心を壊してしまう。
高密度で大量の心が自己主張をしている隠世は、現世に居る生命にとって過酷な環境と言える。
「穂華からの接続を待ってるわ」
「でもお母さん。私的には呼べないよ。あくまで浄化時の手助けとして協力してもらう為の召喚で、私的に呼んだら独占欲になるから」
隠世の存在は、現世の存在と、私的な会話が出来ない、これは公平性を保つ為の物で、浄化の間も、私的な会話は独占欲と見なされる。
例外は、八伸様のような初めから体を持っていない霊体か、優衣や真衣のように浮遊霊として隠世へ一度も行っていない霊体だ。
優衣や真衣が、隠世行きを望めば、私は断れないし、一度隠世に入ると、先ほどの条件が適用される。
隠世から出られる唯一の可能性は、来世への転生だが、記憶を受け継ぐ保証は無いし、転生対象も選べない、虫や微生物、石や酸素など物質であれば、何にでも転生する可能性があった。
「えぇ、私的な会話は出来ないけど、戦闘には参加出来るでしょ。トンファーを持つ霊体として、混沌側を浄化させてみせるわ」
母からは一切の怒りや恨みは感じない、物質世界を消滅させない為に、混沌は浄化する対象ではあるが、殺す対象では無い。
戦闘中も混沌へは、無へ戻して上げるという優しさで、浄化を継続する責務がある。
命を保証された私達が持つ損失は、そういった精神的な強さの継続だ。
家族と仲間を失っても、星や宇宙の為に、負の感情無しで混沌を浄化し、星を破壊する生命体が居れば、その生命体を隠世へと送る必要も出て来る。
生命視点では無く、星視点の立場で動く私達に課せられた責任は、西暦時代の人間には決して継続出来ない、つらい物があると、私達は思っていた。
「分かった。もし呼ぶなら、小織と一緒に呼ぶから、小織とは面識を作っておいてね」
小織は隠世を担当する意識体で、私を信任し、私に管理権限を預けてくれた者になる。
「えぇ、コンビネーションすら出来るようにしておくから」
この発言に、八伸様が現れて、対抗姿勢を見せた。
どちらが連携が上手いか競い合いたい意思を感じる。
「八伸様がライバル認定するそうよ。星菜」
「それは、光栄ね。会話は出来ないけど……浄化戦でまた会いましょう」
八伸様に認められてから、瀬名里達へ一人ずつ握手を交わすお母さん。
多くの仲間を失い、仮初めの平時を過ごしていた私達は、大声で泣いたり、心の痛みを叫んだりする事が無くなっている。
戦時特有の慣れという異常もあるが、負の感情を魔力順応力のある者が所持しては駄目という、損失が存在する事が一番の原因だ。
それでも、美優からは数滴の涙が溢れ、みんなが別れを惜しむ表情をしている。
琥珀と手鞠は、家族としての期間が浅い為に、学園の元学園長や、先生としての別れを実感しているように見える。
「穂華、涙が出る事は支配や独占では無いわよ」
コスモスから言われて、私は初めて自分が涙を流している事に気が付いた。
キルトも私を見て、助言を伝えてくる。
「悲しみの先にある、憎しみや怒り、妬みが、支配や独占に繋がるだけだ。悲しみの感情では、混沌はよって来ない」
「穂華、そろそろ行くわね。ロゼイナが待ちきれなくて、ここに突撃しようと構えているみたいだから」
外の気配が、玄関へと強い視線を送っていた。
獲物を狙う獰猛さと、知り合いに出会う嬉しさの、混ざった気配が届いている。
「うん。お母さん、今までありがとう……隠世でも私達を見守ってね……」
涙を少し流しながら、私は顔を母の胸へと埋めた。
それを母が優しく抱きとめて、親子で最後の抱擁をする。
「ずっと、家族を見守っているわ。琥珀と手鞠も、私の家族だから、私を忘れないでね」
「はい、絶対忘れません」
「ま……またお会いしましょう」
「えぇ、浄化戦で前衛役の霊体として参戦するわ」
私と母の抱擁が終わったと同時に、廊下側に居た大福から声がする。
「最中から念話で報告じゃ! 後十分」
詳細を省いた大福の声が、私達を急かしていた。
後十分で、脱出艇がスターマインドから離脱する。
「急ぎなさい! ここから走らないと余裕が無いわよ」
脱出艇までは、徒歩で十五分。
何度も折れ曲がる細いメンテナンス通路を通る為、魔力での加速は出来ない。
厳密には私は出来るが、瀬名里達が出来ない、一人での先行は独占欲となるし、家族を置いて行く卑怯な真似は、私がしたく無かった。
「みんな急ごう! お母さんは、外の二人をよろしく!」
私の気丈な振る舞いに、母が元気に応じる。
「えぇ、任せて頂戴。それじゃあ……みんな、浄化戦で!」
「はい!」
母の別れの言葉に、意識体を除く、全員の声が重なり、私達は玄関先を後にした。
航宙歴五百十七年四月八日 午後五時四十五分
「随分と長いお別れだったわね。無空のフレリ」
星野家まで八十メートルと迫った境界を背に、ロゼイナは仁王立ちをしていた。
身長は百七十センチ前後と大きく、Cカップ程度の胸に、痩せ細った体格をしている。
セミロングの白髪の下からは、黒い瞳が星菜を射抜き、彼女の感情を代弁していた。
白色と黒色の斜め線が螺旋のように浴衣のネックラインから、裾まで伸びて、混沌側の思想を反映させている。
浴衣の伊達締めは白色で、霊体に近い気配を出していた。
「ロング丈の浴衣ね。変わってないわね、深淵のロゼイナは」
足のくるぶしから、十センチ上に浴衣の裾があった。
星菜の言葉に、ロゼイナは呆れ顔を作り返答する。
「フレリが大胆すぎるのよ。浄化された美晴には負けていたようだけど」
ロゼイナが意味深に笑っていた。
靴下は無く、両足に黒いブーティーを履いている。
浴衣と合わせると、何処までも白と黒の二色を好む印象だ。
「あぁ、マイクロミニ丈のあの子ね。見えるか見えないかぐらいが丁度良いのに」
「星側の美優とかいう子には負けてたようだけど」
「美優は若さゆえの大胆さよ。今は直ってるわ」
双方の世間話には、お互いの諜報網の高さが誇示されていた。
「あぁ、あなた……穂華に池へ投擲されたんですって? 簡易結界から諜報していた仲間が腹を抱えて笑っていたわよ」
「あら、あれを見てたの? 外の相手をしているロゼイナに見せられなくて残念だわ」
「そうそう、何よあれ、星の意識体が艦隊で来訪するなんて、初めてなんですけど!」
「穂華の考えた浄化艦隊よ。お互い生身同士での浄化戦では決着が付けにくいでしょ」
「はぁ……私のお気に入りが、フレリの魔力と記録を持った人間だとは思わなかったわ」
全宇宙からの信任十割という異常さは、既に星と混沌の双方に認知されている。
穂華が、浄化の穂華と、混沌側から畏怖される日も近いかも知れない。
「フレリの突拍子もなさは、無に居た頃からでしょ」
「転生体である、貴方が言うセリフじゃないわよ、それ」
お互いの会話が途切れる。
再会を楽しむ余裕もここまでだ。
「さて、喜びはここまでね。残念だけど、この船と共に消えてもらうわ。無の裏切り者」
「えぇ、そのつもりよ。でも、最後に混沌側に殴打くらいは、させて貰うわ」
そう言って星菜は、トンファーを強く握り、身を低くする。
「人間になったフレリが、魔力武器だけで私達を浄化出来るかしらね……。突進の和弥、お相手して差し上げなさい!」
混沌の領域を拡大させていた男が、持ち場を離れた。
「本体のロゼイナによろしくね。分身体のロゼイナさん」
「えぇ、しっかり伝えておくわ。それじゃあ……さよなら、旧友だった裏切り者……」
ロゼイナは少し寂しさと悲しさを滲ませながら、消えていった。
混沌側の総司令官であるロゼイナだけは、宿主を持たない、四十四の分身体がサポート役として、複数の宇宙で活動する混沌の意識体を支えている。
ロゼイナが無からの魔力を中継して、仲間を援護しているからだ。
その魔力を活用した攻撃が脅威だが、今は使用する気が無いように見える。
「その体は十三年前に手に入れた物ね、突進の和弥」
和弥が奪った体には見覚えがあった。
森林区画ピテルの、代表者の息子に外見が酷似している。
「あぁ、先輩だった貴方が裏切るとは思わなかったよ、フレリ」
深緑色の長袖デッキジャケットは、胸の下までボタンが外れており、中には青色のセーターが見えた。
黄土色のロング丈チノパンツが彼の細い足を包み、BMIが十七の痩せすぎで固定する混沌側の異質さを露呈させている。
チノパンツと黒色のデッキシューズの間からは、黒色の靴下が確認出来るが、くるぶしの五センチ上から、チノパンツの裾へと潜っている為、靴下の丈までは視認出来ない。
「体を奪った時から、体の老化が止まるのね……」
身長は百六十センチ前後と、彼は成人の男としては小さい体格だ。
顔も十四年前に会った時から、変化していないように見える。
「体の事ばかり気にして、後輩の私は無視か、フレリ」
和弥が拳を胸の前へと持ち上げて、左足を半歩前へと出した。
「重力での近接格闘術か……貴方らしいスタイルね、和弥」
「五百十二億年間の恨みと怒り! 無を代表して、伝えさせてもらう!」
「来なさい! 物質世界の魔力を堪能させて上げるわ!」
お互いが叫んだ瞬間、和弥が消えた。
魔力での加速が出来ない星菜は、目視では追跡せず、そっと目を閉じる。
気配と気体の動き、視線と死線の読取りから、星菜は敵の位置と速度を認知できた。
グラビティーナックル――。
「旋棍交差!」
トンファーが交差する星菜の前、交差点に、重力を纏った和弥の拳が衝突する。
混沌を浄化する星の魔力と、物質の消滅を求める混沌の魔力がせめぎ合い、暴風が二人の周囲を取り囲んだ。
「初撃を、魔力を格納しない体で防ぐとは見事、しかし次は捕らえられるかな」
和弥が再び消える。
星菜は静かに構えを変えた、左手を前に、右手を後ろに回す事で、体をひねった状態にして、和弥の行動を待っていた。
重力拳――。
今度は音速の三倍で、下から突き上げるアッパーが星菜の顎を狙う。
「甘いわ」
気配と死線で攻撃を呼んでいた星菜は、後方へと身を倒し、右手のトンファーで地面を押した。
垂直へと復帰しながら、星菜は左手のトンファーを振る。
遅い――。
しかし、音速を超えている和弥には当たらず、空を切った。
和弥が動きを止め、星菜が構えると、最後の別れのように和弥が切り出す。
「残念だよ。無空のフレリ、俺は貴方の事を気に入っていたのだがな……」
「私も、無に居た頃は、突進の和弥に好意を持っていたわよ。でもね……何も変化の無い無の空間に私は飽きたの。そして、物質世界を作った。この感性が和弥には分かる?」
「分からないし、分かりたくも無い! 無の総意で貴方を消滅させる」
宣言と同時に、和弥を見失った星菜だったが、天井からの轟音で、内殻の天井へと着地した事が理解できた。
「運動エネルギーを纏った重力と、火と土の共演、これで無の恨みを晴らす!」
和弥が必殺の一撃を放つ事が理解出来た星菜は、右手を前にして、左手を後ろへ回す。
「さっきと同じ手法じゃ、これは止められないぞ!」
星菜の体勢を見た和弥が吠えて、天井を蹴った――音速の五倍で隕石が飛来する。
エクスプロージョンクレーター――。
「和弥は闘牛のようね……さて……体をバネのように縮めて……今だ! 星の竜巻」
それを見た星菜は、人間の出せる最大の柔軟性を駆使して、跳ねた。
真上から飛来した隕石の和弥へ向けて、星菜はフィギュアスケートの選手のように回転しながら立ち向かう。
二本のトンファーから溢れた魔力が、星菜の周囲に随伴して、ドリルの形状を維持していた。
火と土の二属性に運動エネルギーを加えた隕石が、星菜の持つトンファーと当たり、星と混沌の押し合いが始まる。
本来であれば、地面へ落下するはずの星菜は、星の魔力によって支えられて、和弥の力に屈服せずに済んでいた。
「フレリに感謝ね。魔力の無い私が、武器だけで混沌と戦えている」
「馬鹿な! 人間に落ちた分際で、魔力武器のみで……私の魔力と張り合うだと!」
「和弥は、昔と変わらず盲目ね。ロゼイナはとっくに他の仲間と共に待避しているわよ」
「何……待避……だと」
和弥の顔が、訝しげに変化する。
「私の家族も、浄化艦隊と合流したようだし……私は後が無い」
混沌の領域は星野家まで五メートルと接近していた。
星菜は自分の体が、死に始めている事を悟る。
「ねぇ、超新星爆発って知ってる? 和弥」
「巨大な星が迎える最後の重力崩壊だろう……中性子星やブラックホールが誕生するって言う…………まさか!」
「ご名答! 物質世界を作ったフレリの転生体らしい最後だと思わない?」
和弥の顔が恐怖に歪む。
「ロゼイナ! 私を捨て駒にしたなぁ!」
彼の絶叫を合図にするように、二本のトンファーが光った。
超新星の魔力を格納するトンファーが、混沌の魔力に誘発されて、爆発を起こす。
混沌側への殴打としては、充分すぎる浄化だ。
眩い灰色の発光が内殻全体を包み、星菜の意識が光へと呑まれていく。
「穂華、みんな、宇宙と星を頼むわね…………」
星菜は穏やかに微笑んでいた。
傍で叫ぶ和弥の声は、光に埋もれて聞こえなくなる。
さて、穂華が管理する隠世はどんな空間かしら――小織に挨拶しないとね――。
この思考を最後に、元移民船だったスターマインドと、生命の協力という奇跡を生んだフレリの転生体が、巨大な光に覆われて、現世から消えた。
後に、星の意識体達から、奇跡の創造者と呼ばれる歴史を残して――。
航宙歴五百十七年四月八日 午後五時四十分
「全員全力疾走! 後六分だよ!」
私の声が、狭い通路に響き渡る。
内殻と外殻の間にある、メンテナンス通路を、八人と三匹が疾走してした。
最中からの念話で、栗夢と有樹は、脱出艇の操舵席と索敵通信席で、発進準備を進めている事が分かった。
数カ所で混沌の侵食が確認出来る為、この通路も長くは保たない。
噴水公園での浄化戦の間に、他の生徒や大人は、脱出艇へと乗り込んでいる。
後はここで疾走する私達が最後だ。
「あ……あの、私は置いて行って下さい」
「文句言わないで手鞠、私の背中がそんなに嫌?」
途中で足を捻挫した手鞠を、私がおんぶして運んでいる。
魔力の使えない状況だと、私達も生身の人間に近くなっていた。
それでも、時速百キロで疾走しているのだが――。
「だ、大好きだから……困るんです……」
「なら、良いじゃない。それにほら、みんなの注目の的だよ」
幅五メートル高さ八メートルの通路を、風のように通過しながら、視線が横を向く家族に、私達は囲まれていた。
西暦の時代なら、ホラー映画で使う音楽が、流れていたかも知れない。
「う……」
手鞠が私の背中へと顔を埋める。
「全員前向いて! この先、連続の鋭角カーブ!」
私の声で、周囲の視線が前へと修正された。
不本意だが、独占欲が禁止されている私達の環境では、西暦では無い事が現実になる。
一夫多夫や、一妻多妻でさえ、容認しないと、混沌に体を狙われる世界なのだ。
連続の鋭角カーブを抜けると、正面に大きな空間が見える。
「おっ! 格納庫だな。脱出艇もあるぞ!」
瀬名里の移動速度が増加して、私達も速度を合わせた。
広いコンクリート製の空間に一隻の船が、稼働音を響かせて鎮座している。
脱出艇ホープアロー、私が浄化艦隊の製造と同時期に頼んだ船で、新天地の宇宙船への連絡艇だ。
魔力で動く脱出艇に、スラスターなどの推進機関は無く、凹凸の少ない滑らかな形状が幼子の肌のように、綺麗な輝きを見せている。
「発進一分前よ。早く乗って」
連絡艇の前へ来ると、笑顔の最中が出迎えてくれた。
「最中、住民の様子はどうじゃ?」
「キルトと、大福のおかげで、私達よりも、早く脱出艇に着いていたわ。今は、落ち着いて、寝ている子も居るくらいね」
穏やかな笑みで話す最中に、大福は安堵の表情を示す。
「そうか、なら安心じゃな。操縦室へ向かうとしよう」
船体に浮遊感が一瞬生まれて、脱出艇の出入口が閉じ始める。
「穂華、私と大福は先に行ってるわね」
「宇宙に出る前に、操縦室へ入った方が良いぞ」
「分かった。一つ気になる事があるから、終わったら私達も行くよ」
私の返答を聞いた二体が、操縦室の方へと消えていく。
私は、手鞠を背中に背負いながら、瀬名里と音穏の二人に、視線を移した。
「さてと………………瀬名里と音穏、二人共、八伸様が見えてるでしょ」
私の言葉に、二人が明らかな動揺を見せる。
「な……何を言って」
「ぬ、主、そんな事は」
それを花菜は見逃さない。
「あら、穂華、二人にも霊感があったの?」
悪戯心を出しながら、八伸様を召喚して、二人へ迫った。
「うん。玄関先で母と別れた時に、出現した八伸様の方に目が向いていたから」
魔力順応力とは異なり、霊感は誰の中にもある。
環境、思考、趣味、事故、病気、遺伝など、目覚める要因が多い為、後天的に霊感を持つ事も、珍しくは無い。
霊感が無いと思う人は、その才能が眠っているだけだ。
「そう、ほら八伸様、隠世に近付いた、新しい霊感保持者よ」
八伸様も花菜の悪ふざけに同調して、ゆっくりと接近した。
「や……やめて」
「ぬ、主……助けて下さい」
私の左側に瀬名里、右側に音穏が寄り添い、ブルブルと震えている。
「冗談よ。穂華、陽葵達と一緒に特訓して上げて、この状態だと、九年前の私を再現する可能性があるから」
花菜は、瀬名里と音穏の霊感に対する抵抗力を見ていた。
私と同じ心配に行き着く花菜に、信頼の眼差しを向けながら答える。
「うん。分かってる。瀬名里と音穏もスターフラワーに着いたら特訓ね」
「わ、分かった。特訓を受けるよ」
先に冷静さを取り戻した瀬名里から、肯定の意思が届く。
音穏は、まだ動揺しているようで、突拍子も無い事を私に伝えて来る。
「主の指示とあれば、隠世にも飛び込みます」
「隠世に行かれたら困るから、特訓するの!」
霊を知り、死の知識を溜める事は、自分が死に近付く事でもあった。
しかし、星や宇宙を守る為には、物質世界の一部である隠世の事も、知っておく必要がある、この矛盾を抱えつつ、私達は混沌との浄化戦を継続して行かなければならない。
「は、はい……分かりました、主」
私が何故注意したのか、理解出来ない音穏が、キョトンとした顔で私を見つめていた。
午後五時五十分
十三年前、私の中へ入った星の魔力の通り道、その大穴を脱出艇が加速する。
星の魔力が通過した影響で、混沌側もこの穴の封鎖が出来ないようだ。
穴に残った星の魔力を回収しながら、ホープアローは出口を目指している。
全高三十メートル、全長七十メートルの円錐型の船が、七十五人の人間と三人の霊体、四つの星の意識体を乗せて、宇宙空間へ出ようとしていた。
私達の居る操縦室は、円錐の頂点近くにあり、住人や生徒が居る簡易居住区画とは違う部屋になる。
八メートル四方の操縦室は、左右に六席ずつ計十二席があり、一番前に操縦担当の席と索敵担当の席があった。
「星菜は戦い始めた頃かしら」
「うん。今頃最後の輝きを放っていると思う」
最中の言葉に、私は同意した。
最中の横では、大福が目を閉じ、念話を送っている。
他の星の意識体が救援に来ているので、彼らとの連絡を取っていた。
意識を船の進行方向へ向けると、有樹の声が操縦室に伝わる。
「間もなく脱出よ。宇宙が見えて来たわ」
内殻で私達が生まれてから、初めて見る宇宙。
意識体の記録や教育からしか、判断出来なかった宇宙が、目の前に広がった。
「綺麗……星空がこんなに綺麗だなんて……」
「うん。まるで、宝石を並べたみたい……」
服に感性の高い陽葵と、芸術に感性の高い美優が、心を輝かせる。
「本当だね。フレリの生んだ心が、沢山浮かんでる」
「穂華らしい感性ね。私は、星の意識体が見えるようになった今が、大好きよ」
私、花菜の順で声が繋がる。
霊感の高い、私達らしい感性だ。
「主、この宇宙空間なら縦横無尽に駆けられるでしょうか?」
「生身だとちょっと厳しいかな……呼吸に必要な気体が微少だから」
仮に、星の魔力で空気を随伴させても、数時間が限度だろう。
「あの、星の上を走れるかな、穂華」
「あれは、恒星だから無理かな」
瀬名里らしい興味に、私は微笑む。
近くに見えても、あれは三十二光年先の光だ。
それはご遠慮願えないかな――。
実際に念話で、その恒星から返答が届く。
念話には距離が関係無い為、広大すぎる宇宙空間では便利な物だ。
星達は、瀬名里達の発言を、私の耳を通して聞いており、すぐに念話で回答が来る。
私しか人間で、送受信能力を持たない為、私を中継役としていた。
受信能力は瀬名里達や、有樹と栗夢も持っている為、星の声は瀬名里達へ届く。
「あっ、ごめんなさい、これからよろしくお願いします」
あぁ、よろしく、混沌と星を破壊する生命体を、浄化してくれよ――。
私達は、フレリが託した存在に、命を懸けるわ――。
瀬名里の謙虚な返答に、恒星から挨拶が届き、同じ方向にあった惑星からも、希望の心が伝えられて来る。
生命では無く、星と宇宙の為に戦う、その現実を実感する瞬間だ。
「穂華、前方に友軍、ドルフィン艦隊と、キャット艦隊よ」
有樹の声が、浄化艦隊の出迎えを告げた。
海豚の形状を持つ大艦隊と、猫科の形状を持つ大艦隊が、宇宙空間から現れる。
ロゼイナが、外へ注目せざるを得ない状況を生み出した。
星の意識体による艦隊になる。
こちらドルフィン艦隊代表――ラプラタ――癒しの木でスターフラワーへ誘導する。
こちらキャット艦隊代表――チーター――火を湛えて随伴します。
深緑色のドルフィン艦隊と、赤銅色のキャット艦隊が私達を中央に配置するように回頭して、同じ進行方向へと推進を始める。
機械と星の魔力を合わせた魔化折衷の艦隊が集結していた。
私が設計した、星の意識体が動かす艦隊だが、推力には星の魔力が使用されている。
その為、外見にはスラスターのような推進機関や、ミサイルのような武装が全く無い。
動物型の形状で違和感を覚えないのは、動物には無い凹凸が消えているからだ。
「ドルフィン艦隊は後で美優の指揮下に、キャット艦隊は陽葵の指揮下に後ほど入ります異存はありませんか? ラプラタ、チーター」
念話で良いのだが、陽葵と美優が理解出来るように、私は声を出した。
出た声は、私の耳へと再度入り、念話として伝わる。
先ほど、豊かな感性で星を例えてくれた子だな――ドルフィン艦隊に異存は無い。
素直に星を褒めてくれた子ね――キャット艦隊も異存無しよ。
「あ、あの穂華お姉ちゃん……それって、どうゆう……」
「スターフラワーに着いたら説明するね。まずはお守りを着けておいて」
私は、美優に海豚のネックレスとヘアピンを、陽葵に猫のネックレスとヘアピンを贈呈した。
ネックレスは純金製で、ヘアピンは白金製になる。
艦隊を動かす指揮官が身に着ける物だが、お守りとして肌身離さず所持して貰う。
「あ、ありがとう」
「これってもしかして、愛の籠もったプレゼント?」
「うんそうだよ。だからお風呂以外では必ず身に着けてね」
「はい」
二人の声が重なる。
これで二人は、艦隊の指揮官となった。
「後方に魔力の爆発を感知。星の魔力がスターマインドを爆散させているわ」
有樹の警告が、私へ届く。
後方に直視出来ない光が出現した。
魔力の気配から、母が持っていたトンファーが、爆発した事を理解する。
これは、母が私達に届けてくれた最後の光だ。
私の心がそう感じている――。
二つの大艦隊が、私達のホープアローを囲み、爆発からの影響を遮断している。
多重の防衛魔力が、直近の大爆発を無力化する装甲として発現していた。
「近くに無防備な星の意識体が居なくて助かったわね」
脱出時に私の体へと戻っていたコスモスが、お腹の辺りから出て来た。
「コスモス、優衣と真衣は?」
「穂華に協力するそうよ。隠世にはまだ行かないって、支配と独占も無いし、混沌に怒りや憎しみを持っていない、あの子達なら浄化戦も出来そうね」
「そう……それじゃあ、服が出来るまで私の中にいるように伝えておいて」
「了解したわ。あっ、キルトは少し寝るそうだから」
「分かった。監視の方よろしく」
「えぇ、大福よりは薄いけど、キルトにも下心があるものね」
そう言って、コスモスは再び私の中へと入る。
男性が持つ下心を警戒する、女性特有の感情は、意識体とも共有が出来た。
「全員よく聞いて、これから星野家の七人には、一人につき一つの大艦隊の指揮権を保持して貰います。スターフラワーの周囲には残りの五つの大艦隊が集結済みです」
私の会話に、疑問を持った栗夢が質問をしてくる。
「私はどうすれば良い?」
「栗夢はスターフラワーの操舵を、有樹はスターフラワーの索敵通信を頼みます」
索敵は混沌と敵性生命体の警戒に、通信は知的生命体が出す電波を捕らえる目的で設置していた。
「主、いきなり言われても……方法が分かりません」
私は、仲間が不安で混乱しないように優しく語る。
「うん。スターフラワーに着艦したら説明するから、大丈夫だよ」
スターマインドでは、混沌の牢屋に閉じ込められた状態だった為、星の要請に応答不能だった。
しかし、自由になり、星の援護要請に応答可能になった今の私達には、責務がある。
「星の要請に応えて、複数の宇宙空間を光よりも早く移動する。超光速艦隊をここに発足します!」
私の大きな声が、全宇宙に念話を通して伝わった。
返信は念話では無く、星の魔力供給が増大する形で返ってくる。
「素晴らしい、相互協力の関係ですね」
「私も……星の期待に応えたいです」
琥珀が感動して、私の背中では、手鞠が強い意思を示した。
星の魔力を得て、私達が戦い、星と宇宙が消滅から免れる。
物質世界存続の希望が、ここに芽吹く。
「穂華……ね、捻挫が治ったようなので……降ろして貰えませんか?」
「自然治癒出来た? ごめんね。浄化戦の時だったら、回復魔力で一瞬で治せたんだけど…………」
私は手鞠に謝りながら、彼女をゆっくりと降ろす。
借り物である星の魔力には、使用制限がある。
手鞠の捻挫は、浄化戦が終わった後の、地下へ続く階段での怪我だった為、星の魔力が使用出来なかった。
「か、完治出来たみたいです…………魔力無しでも、体力や自然治癒力が高いのは…………う、嬉しい事ですね」
自身の足で立ち、足の柔軟で痛みが無い事を確認した手鞠は、素直な感情を私に伝えて来る。
「そうだね。その点については、星に感謝かな」
私達は、星の信任を得た日から、身体能力が飛躍的に向上する。
日常では力加減の器用さが必須だが、魔力の使用出来ない日常においては、利便性のある特徴と言えた。
「前方三百億キロ先に、スターフラワーと、随伴艦隊よ」
「後二十分で、着艦体勢に入ります」
栗夢が到着が近い事を伝え、有樹が艦内へ放送を流す。
生徒や大人に対しての案内放送だ。
放送が終わると同時に、陽葵が艦隊について聞いて来る。
「あの……穂華、艦隊の事ですけど……あの色って」
「気が付いた? そう、陽葵の得意な火属性、美優の得意な木属性だよ」
「でも海豚は、緑じゃないよ?」
何時の間にか傍に居た美優が疑問を出す。
「宇宙に色の常識は関係無いから、浄化戦では常識が通用しないの」
宇宙には、赤い水もあれば、紫の癒しもある。
でも、過去に太陽系があった事を知る私達は、西暦の常識を元に発想を転換させて行きたい、地球に存在していた名前を艦隊に付けたり、魔力の技名に付けたりするのは、人間の故郷を忘れないようにする為だ。
「宇宙だと八伸様が活躍出来ないわね……」
「そんな事ないよ? 花菜のクロウ艦隊は、霊体との連携を考えて建造してあるから」
霊体に近い意識体と、霊体との連携、花菜らしい浄化戦になると、私は確信している。
「それと、お守りを体に密着させておいて」
私は、花菜にクロウのネックレスとヘアピンを渡す。
陽葵達と同じく、指揮官を認める物だ。
「愛情の贈り物ね」
「お風呂以外では、外さないようにしてね」
「分かったわ……大好きよ! 穂華」
金のネックレスが光る花菜の胸が、私の顔を圧迫した。
目線を上に向けると、白金のヘアピンが髪と一緒に揺れている。
「私の艦隊は?」
私の視界が白くなってきた所で、瀬名里が声を掛けてきた。
おかげで、花菜の拘束が解ける。
私は深呼吸をして、酸欠間際の体を回復させると、瀬名里へ顔を向けた。
「瀬名里のフォックス艦隊は、速度と浄化力が主軸の艦隊だから、敵の懐に飛び込んで、攪乱したり敵の増援を分断してもらう、即応艦隊として動いて貰う考えだよ」
そう言って私は瀬名里へ、狐のネックレスとヘアピンを贈った。
瀬名里はそれを優しく抱き留めて、笑顔を見せる。
「ありがとう、穂華の愛情に応えられるように、活躍してみせるよ」
瀬名里の愛情からは甘えではなく、信頼を感じた。
心が最も大人びている瀬名里は、格好良く見える。
「それと……」
背後に寄っていた二つの気配に気が付いた私は、急反転してその二人へ抱き付いた。
「ひゃあ!」
「にゃ、にゃあ!」
琥珀が驚き、手鞠が猫語? を話す。
「まぁ……良いか」
不可思議な擬音は、気にせず私は本題を伝える。
「琥珀のスワン艦隊と、手鞠のフクロウ艦隊は、友軍防衛能力と、敵の攪乱能力に長けた艦隊です。星野家と星の意識体を守る為に、琥珀と手鞠の力を貸して下さい」
光と闇、宇宙の存続に必要な二つの要素を、琥珀と手鞠は持っていた。
二人は私達にとって、重要な浄化力を秘めている。
「分かりました。穂華と一緒に居る為にも、星と宇宙を守ります」
「私は、穂華が大好きで、星野家の家族が好きで、動物の艦隊が大好きです!」
「それは、協力してくれるって事よね? 手鞠」
手鞠から予想外の答えが来た為、私は再確認をした。
「もちろんです!」
手鞠のテンションがおかしい、動物の外見を持つ艦隊に、手鞠は一目惚れしたようだ。
琥珀には白鳥のネックレスとヘアピンを、手鞠には梟のネックレスとヘアピンを贈り物として持たせる。
「ありがとうございます。肌身離さず大切にします」
「一生の宝物にします!」
感動する琥珀に、興奮する手鞠の声が続いた。
二人の胸に金色が輝き、髪からは白金の加護が煌めいている。
「カメラの最大望遠にスターフラワー! 残り二百億キロ!」
有樹の声が艦内に響いた。
メインカメラで、スターフラワーの輪郭が、少しだけ見え始めている。
周囲に居る五つの大艦隊は、まだ姿が見えない、この辺りは恒星が近くに無い影響で、光源に乏しい場所になる。
母が超新星爆発を実施出来たのも、付近に恒星や惑星が無い為だ。
「主、私の艦隊は何処ですか?」
「音穏のベア艦隊は、スターフラワーの右下に居る、熊型の艦隊ね」
熊と隠密性、関係無い気もするが、音穏の特性は、敵の動きを探知して攻撃する琥珀や手鞠とは真逆の立場になる。
隠れた敵を叩く、その攻撃性は熊に近い物があると思うし、何より音穏は熊好きだ。
「主! 大好きです」
音穏が力強く私に抱き付く、七分前に体験した密着を、私は再度体験している。
予期していたが、長時間は耐えられない圧迫だ。
熊のぬいぐるみ――スターフラワーに着いたら作らないと――。
心の中だけで、私は今後の予定を思考する。
なんだか視界がぼやけて、意識が薄くなってきた。
「音穏……そろそろ離れて……落ち……ちゃう」
「す、すみません。主」
私の言葉に、締め落ちる寸前の私を見た音穏が、私から離れる。
意識と視界が復帰した私は呼吸を整えると、音穏の頭を優しく撫でた。
「嬉しいのは分かるけど、加減を考えて抱き付いてね」
「はい、分かりました」
音穏が返事をすると、私は熊のネックレスとヘアピンを渡す。
「音穏も常に身に着けておいて、私の愛が籠もった物だから」
「はい、主。大切にします」
音穏が指揮官の証を纏う、これで七人の胸に金の輝きと、髪には白金の光が宿った。
私の後方から、美優の声が聞こえる。
「最中と大福は艦隊を持たないの?」
美優の言葉に、最中の背中が毛で逆立っていた、まるで収穫時期の麦畑のようだ。
最中は冷静に美優を一瞥すると、私の方を見て許可を求める。
「穂華、見せても良いかしら」
「…………ここに出してね。宇宙へ出すのは、艦隊編成を終えてから」
星の意識体達が、機械を利用して集結するのは、今回が初めてだ。
未登録の存在を宇宙に出して、混乱を招きたく無い。
「了解、仕方ないわね。ほら、大福! 新しい連携魔力行くよ!」
「ふぅ……少し体に応えるが……頑張って出し切るか……」
最中の気合いを受けた大福が、魔力の展開を始める。
「準備は良い? 大福」
「おう、何時でも良いぞ、最中」
「それでは……」
「創造魔力、ドッグファイト!」
大福と最中の声が重なり、二体の犬の上に、大きな翼が現れた。
翼は丸みを帯びた胴体と連結しており、胴体の後ろ側には、火を吐き出す口がある。
「これが……最中と大福の艦隊……」
空中に浮かぶ翼を見た美優が、目を輝かせていた。
それに笑顔を見せた最中が、私へ同意を求めてくる。
「そう、艦隊では無く、編隊というべきかしらね。穂華」
「うん。それは、西暦時代の戦闘機をモデルにした魔力だから……」
大福の頭上では、イーグル七機とトムキャット六機が、旋回飛行を続けていた。
最中の頭上では、ジュラーブリク八機とベールクト五機が、コブラやクルビットと呼称する機動を繰り返し、飛行を満喫している。
艦内での発動の為、実際の大きさよりも縮小された機体が飛んでいた。
「最中と大福は、その編隊でスターフラワーの直掩機(護衛機)を担当してもらうから」
「キルトとコスモスは?」
美優が好奇心旺盛に聞いて来た。
大人になる前の純粋さという特権を、美優は全力で出している。
何時の間にか、周囲の耳が私の口へ向けられており、星野家全員が、興味津々である事が理解出来た。
「キルトには、スターフラワーの戦闘補佐を担当して貰って、コスモスには、コスミックとスターダストの魔力補佐をして貰う考えだよ」
私の回答に、瀬名里が確認をしてくる。
「コスミックとスターダストは、穂華の宇宙戦用の浄化魔力だっけ?」
「うん。強力だから威力調整が厳しいけど……混沌側も本気を出してくるはずだから」
スターマインドで浄化した敵は、混沌のロゼイナの発言通り、混沌の中では最弱の魔力保持者だった。
「穂華のリミッターが外れた事で、私達の魔力も上昇したのでしょう?」
「そうだね花菜、全員、私の管制支援無しで、美晴を単独で浄化する魔力を得ているよ」
今の瀬名里達なら、美晴、叶菜乃、心音の三人を、一人で浄化出来る。
彼女達の魔力上昇は、フレリの本体魔力を受け継いだ私と、フレリの分身体魔力を継承した瀬名里達七人の、魔力での繋がりを証明する物だ。
私達は心だけでなく、星の魔力でも深い絆を持てている。
星の心に感謝しないと――。
「混沌側も、更に強い魔力保持者を送って来ますよね……」
ロゼイナの発言を聞いていない琥珀から、敵に対する警戒心が届く。
彼女は慎重さと、冷静な分析力を所持している。
「その冷静さを忘れないでね琥珀、気を緩めた瞬間に敗北へ繋がるから」
「はい、星と穂華の為に頑張ります!」
私の右肩へ、琥珀の左頬が付く、彼女は体を密着させて来た。
私が琥珀の頭を左手で撫でると、目を閉じて顔を綻ばせている。
猫の気配を感じた手鞠とは異なり、犬の気配を琥珀から感じた。
私が、琥珀の方を見ていると、左肩に近付く手鞠の存在を察知する。
「スターフラワーに着いたら特訓ですか?」
そう言いながら彼女は、私の左肩へ抱き付いた。
手鞠の右頬が私の左肩に触れて、体も琥珀と同様に私に寄り添っている。
「混沌は一時的に撤退して、星からの救援要請が無いから、目一杯休もう」
「へっ? 休むの、穂華お姉ちゃん」
私の正面に移動していた美優が、間抜けな顔で聞いて来た。
私の発言が意外だったのだろう。
「今休まないと、実力を発揮出来ずに敗北するから」
浄化戦を寝不足で行う事は、自殺行為だ。
「おい、穂華。スターフラワーにプールがあるって有樹から聞いたんだけど本当か?」
「そうだよ瀬名里、みんなの水着も用意してあるから」
「よっしゃ! 新天地バンザイ!」
運動好きの瀬名里が興奮している。
風呂とプールを融合させた浴室区画は、浄化訓練や霊力訓練の特訓後に入る計画だ。
瀬名里が喜んでいるので、今は黙っておこう。
こちらラプラタ――そのプールは我々意識体も入れるのか――。
はい、男性と女性で別れますが入浴可能です――お誘い合わせの上、来て下さい――。
了解した――。
ドルフィン艦隊の意識体は、木属性を主軸に、他の属性を融合させた魔力を使用する。
美優と相性の良い、この艦隊は、水好きな為、風呂やプールが気になるようだ。
琥珀と手鞠が、私の両肩から離れる。
二人の視線の先には、手を振る美優の姿があった。
活発で甘え心を持つ美優の姿は、元気の良いウサギのイメージを抱く。
「美優が呼んでいるので行って来ます」
「私も……美優と話します」
「うん。思いっきり楽しんできて」
「はい!」
二人の元気な声が重なった。
幼心と好奇心、甘えと不安、純粋さを残す三人は、私達の心を和ませている。
美優は脱出艇の分厚い窓ガラスから、宇宙を移動する星の意識体達の発光を見ていた。
そこに琥珀と手鞠が合流して、談笑を始めている。
右へ向いていた視線を戻すと、正面にも宇宙に浮かぶ光が見えていた。
前方を注視していた操舵担当の栗夢と、索敵通信担当の有樹が心情を語る。
「星の意識体達が集結を続けているわね、有樹」
「えぇ……こうして見ると圧巻だわ……」
七つの大艦隊以外にも、スターフラワーに乗り込む意識体達が、続々と集合している。
昔、星創のフレリにより生み出され、今は、星菜が残した最後の輝きを灯台として集う星の仲間達、彼らはフレリの記録と魔力を受け継いだ、私達を信任して来てくれていた。
私達は、その信頼に星と宇宙の守護という形で、応える意思がある。
「星心星道、星天の煌めきを持って、星王星鳥を得ん」
意識体が出す心の輝きに、感動していた私は、ふと言葉を漏らす。
「良い言葉ですね。どんな意味ですか?」
その言葉に反応したのは、私の右側へ並んだ陽葵だった。
やはり彼女は、他者の個性を尊重する美徳を持っている。
HHブランドに誘ったのは、正解だったようだ。
「星の心を信じて、星の道を歩めば、星天の煌めきが、星王の力を貸してくれて、私達は星鳥を得られるだろうって意味だよ」
「つまり、支配と独占を捨てて、星の魔力を貸して頂き、星と宇宙の為に戦う、私達の事ですよね?」
「そう、陽葵は凄いね。発想力が豊かだ」
「あ……ありがとう」
素直なお礼で答える陽葵の頭を、私は左手で撫でた。
彼女はそれを、心地良さそうに受け入れている。
西暦の人間だったら、私の発言を中二病や妄想人間として認識して避けていただろう。
星の意識体は、生命の文化や歴史、国や組織では善悪を判断しない。
仮に人間と宇宙人が宇宙を舞台に戦闘を行い、星が破壊された場合は、人間と宇宙人の双方が、星にとっての敵となる。
星や宇宙を破壊する力を所持している事、その攻撃を使用する事、この二点で敵と判断するのが、星と私達の意思だ。
これが、生命第一では無く、星第一の私達が持つ基本理念になる。
全ては、宇宙が消滅させられない為に、私達はそれを目的として動く。
「さぁ、みんなそろそろ座って、着艦まで後十分だから」
私の呼び掛けに、宇宙に出てから立ち続けていた、家族が着席した。
右後ろの席では、琥珀、美優、手鞠の三人が寄り添って座っている。
真後ろの席を見ると花菜が、瀬名里と音穏に、霊の知識を教えているようだ。
八伸様が花菜の左側に寄り添って、花菜が八伸様の声を代弁している。
陽葵は私の右側へ座って、前方の光を見ていた。
すると、今まで遠慮していたチーターが念話を送ってくる。
厳しい浄化戦と――楽しい航海が待ってそうね――。
はい、心に弱さを持つ私達ですけど――支配と独占を捨てて、支え合って戦うので――協力をお願いします――。
こちらこそ、生命が宇宙の為に戦ってくれる――その奇跡を起こしたフレリと星菜の光に感謝しているわ――だから協力させて頂戴――。
全方位から星の声が届いている。
フレリの奇跡、星菜の灯台、私達の出陣、これらを喜び、信任を寄せる心だ。
はい、これからよろしくお願いします――。
私の念話に、チーターだけでなく、全ての宇宙から賛同の声が集まる。
脱出艇の後方では、中性子星となった魔力武器のトンファーが、星菜の功績を宇宙全体に示そうと、星の灯台として輝き続けていた。