魔化折衷(第二章 星心からの離脱)
※誤字脱字は発見しだい修正しています。(名前の入力ミスや、漢字の変換間違いなど)
序章から三章までは繋がりがあるので、順番に読んで下さい。
※11月5日 矛盾の修正(名前や人口など)
5日 身体測定数値の入力ミスを訂正。
6日 総人口の数を訂正。(コスモス、最中、登場後)
7日 一部、地の文を変更。
第二章 星心からの離脱
航宙歴五百十七年四月八日。
午前七時。
雪玉、葡萄の房、そんな風に比喩が出来る存在があった。
「……や、柔らかいけど……く、苦しい……」
私は朝の目覚めと共に、ハンバーガーのパティ気分を味わっている。
毎日の光景で、状況には慣れているが、苦しい部分には慣れたくなかった。
私を中心に音穏が私の右半身を、瀬名里が私の左半身を抱き枕にしている。
私の真上には美優がうつ伏せで乗り、寝息を立てていた。
「花菜と陽葵は、瀬名里と音穏の上か……」
瀬名里と私の上に体を半分ずつ乗せる花菜と、音穏と私の上に体を半分ずつ預ける陽葵の寝顔が見える。
「あれ? 琥珀と手鞠は…………あっ、居た」
複数の足が整列する下半身、圧迫されない位置に二人が寝ていた。
瀬名里と花菜の足を巻き込む状態で、琥珀が私の左足を抱き枕にしている。
手鞠は、音穏と陽葵の足と一緒に、私の右足を抱いて寝ていた。
「これなら、星野家の異様さにも慣れてくれそうね」
他では無い、朝の状況に馴染んでくれている事に、私は安堵する。
「時間は…………へっ、七時十分!」
今日の身体測定は午前八時から、つまり時間に余裕が無かった。
「みんな! 起きて、時間が無い!」
私の大声が星野家を揺らす。
私の脳裏に、それを聞いて笑顔を見せる母の顔が、何故か浮かんだ。
午前十一時十五分。
「次の方、どうぞ」
母の女子生徒を呼ぶ声が響く。
午前八時から始まった身体測定は、私の担当する女子生徒二十一人の内、十三人が終了している。
有樹先生の方は、成人男性二十七人と男子生徒五人の内、二十三人の身体測定を終えており、有樹先生は別邸に隣接したマンションで測定をしている。
別邸では園児十人の測定を終え、園児を帰した母と、成人女性十人の測定を終えた栗夢先生が、私のサポートに来ていた。
母は、深緑色の長袖ニットYシャツにデニムのロングパンツを穿いた私服姿でいる。
デニムは綾織りの生地で、青藍色の縦糸と未晒しの横糸を使用した衣類の事だ。
同じ綾織りでも、青藍色が未使用だと、デニムとは言わない為、ジーンズと名前が変化する。
栗夢先生は、昨日と同じ男性用スーツを身に纏い、警備員を担当していた。
栗夢先生は強い、女子生徒の裸体を見た異性は、対価として死を実感する。
「初等部四年 笹井 春夏です」
測定を受ける人は、まず職業や学年を言ってから、名前を名乗る。
「測定しますので、両手を上げてじっとして下さい」
測定方法はメジャーを利用した古風な物で、測定箇所が多い為、時間が掛かった。
誤差を少なくする為に下着も脱いでもらう為、女子生徒二十一人全員が、自分の測定を終えるまで裸になっている。
「服のリクエストは、紙に書いたままで間違いありませんか?」
「はい、間違いありません」
「では、測定結果を伝えます。測定結果は……」
服のリクエストを確認した上で、本人に測定結果を伝えた。
「以上で測定は終了です」
「ありがとうございました」
十分ほどで測定が終わり、下着と制服を着る為に、女子生徒は学友の居る場所へ戻る。
下着まで脱ぐ本当の理由は、混沌への汚染対策の一つだ。
混沌に汚染されると、初期段階で、胸や股に白や黒などの変色肌が出るため、早期発見出来やすい、真優先生のように短期間で手遅れになるのは、魔力順応力の高い人だけで、
順応力は信任と比例する為、信任の高い子ほど短期間で混沌に染まる。
星野家の未成年が全員で風呂に入るのも、星野家から混沌を生まない為だ。
「後は、星野家の家族だけね」
「順番なんて無いのに、みんな何してるんだろう?」
「さぁ? 名前で呼んで見るわね」
「うん。お願いお母さん」
「和星 美優さん、どうぞ」
少し待つと、美優がやって来た。
「初等部六年 和星 美優です」
「星野家のみんなが、最後になった理由は分かる?」
「えぇとね。服を選ぶのに迷ってたから」
開始から三時間は経過している。
三時間迷うのは長い気がするが、過去には戻れない、私は割り切って測定を始めた。
「美優、アンダーバスト六十二のトップバスト七十四になってるから、アンダー六十のBカップにサイズアップだね」
「本当に? やった!」
「動かないで、測定場所が沢山あるんだから」
身長、体重、スリーサイズだけではなく、二の腕、ふくらはぎ、太もも、足首、股下、ヒップ高、靴サイズと全身の測定をする。
これが一人に十分も掛けている理由だ。
「BMIは普通体重だし、腕や足の太さも正常っと……」
「終わった? 穂華お姉ちゃん」
「うん。下着と制服を着て待っててね。裸のままで居たら、お昼ご飯無しだから」
「うん。分かった。陽葵お姉ちゃんの所に居る」
昨日の夜から美優は、今まで以上に陽葵を頼るようになった。
あの素直さから来る行動力が、美優の長所になる。
「星恵 花菜さん、どうぞ」
美優が戻ったのを確認した母が、花菜を呼んだ。
防犯の為、全員が終わるまで、教室のドアは鍵を掛ける。
全員が服を着てからドアを開け、ラッキースケベの出現を防止する為だ。
窓も完全密封で、暗幕で視界を遮っている為、視線に関しては完全防備の状態になる。
「高等部一年 星恵 花菜です」
「八伸様は連れて来ている?」
「はい、私の中に……」
花菜の発言と共に彼女は現れた。
八尺の身長に、白色のデンガロンハットを被ったロングヘアーの黒髪が印象的で、後ろ髪は腰の位置にまで伸びている。
ロング丈の白色ジャンパースカートは、初等部の制服と同じで生地が胸の上まであり、肩紐が短いタイプだ。
肩紐が無ければ、チューブドレスに外見が似ているが、肩紐で服の落下が防止出来る為
胸や腰は余裕のある服になっている。
肩紐の無いチューブドレスやチューブトップブラの場合、胸部分が締め付けのある服になる。
胸部分で固定出来ないと落下してしまうからだ。
「八伸様も美人なのね」
母の素直な感想に、八伸様は笑みを見せる。
私はその反応を確認してから浮かんだ、疑問を聞いてみた。
「もしかして、直接会話は出来ない?」
「魂の劣化で発言能力を失ってるけど、私とテレパシーで会話出来るわ」
人の心や感情から生まれた八伸様は、幽霊では無く、神や妖怪に属する存在だが、心と
魂の劣化がある。
生命から生まれた以上、避けられない運命だ。
「そう……水霧の衣類を出すから着て貰って、その間に、花菜の身体測定をするから」
私は水の球体に霧を纏った浮遊物を召喚する。
「これが水霧の衣類、八伸様が思う通りの服に変形するから、手に持ってみて」
八伸様が腰を曲げて私へと手を伸ばしてきた。
球体を受け取った彼女が腰を真っ直ぐに戻すと、球体が発光して体が霧に包まれる。
「さぁ花菜、今の内に測定するよ。十分ほどで八伸様が着替え終わるから」
「お手柔らかにね。学園長」
身長と体重を測定しBMIを出す、アンダーバストを測り、トップバストにメジャーを
回した所で花菜が鳴いた。
「あぁん…………やっぱり穂華に触られると感じるわね」
「頼むからここで百合はやめてね。大事件になるから」
「だ……だからこうして声を抑えてるんじゃない……あぁん」
「はい、終了。EカップからFカップに変更ね。胸が大きくなってる」
「あぁ、それはおそらく穂華にもま」
「はい! ストップ」
続く言葉が想像出来たので中断させる。
「冗談よ。穂華と居ると楽しいから、ずっと一緒に居たいわね」
「私も、花菜と一緒に居たいよ」
公共での百合が無ければね――。
心の中の呟きを、声に出すことはしなかった。
過度な否定や拒否は、誹謗中傷になる。
混沌に力を与えない為にも、悪口や妬み、見下す心は所持出来ない。
「手や足の太さも問題無し、胸と股も異常無いね」
手足の太さは変化が小さく、身長の伸びと共に股下やヒップ高の変化が大きいのが人間の特徴になる。
「風呂で毎日見てるのだから、分かるじゃない」
「風呂で一瞬見るのと、測定で異常を調べるのとでは全然違うから」
「みんな穂華にだったら、ずっと見られて良いと言ってるわ」
「私が百合になったらね。今は違うから」
話が斜めに逸れている間に、霧に変化が起きた。
「八伸様の着替えが終わったみたいだね」
八伸様の周囲から霧が晴れ、白色の長袖サックドレスに身を包んだ姿が現れる。
着やすさと動きやすさの二点で評価の高い服だ。
体型カバーの側面もあるが、八伸様の痩せ気味の体型には意味の無い物となっている。
「ミモレ丈か……ロング丈よりは動きやすいわね」
花菜は、ふくらはぎが半分隠れた裾の長さを見て発言した。
その反応に八伸様は笑顔を返す、西暦時代に人を襲っていたとは思えない表情だ。
「それは進呈するから自由に着てね。八伸様」
私に軽くお辞儀をした彼女は、花菜とアイコンタクトを取ると、花菜の中へ消える。
「服をありがとう、戦闘と百合には協力するから期待してと言ってたわ」
一つ余計な物が混じっているが、彼女の戦闘力には期待が持てた。
「花菜、戦闘で期待してるって伝えておいて」
「分かった。あっ、それと穂華攻略同盟は、何時でも百合ハーレム歓迎だから」
意味深な言葉に反論する前に、花菜は女子生徒の集団へと戻る。
「花菜の方が、言葉では一枚上手ね」
冷静な分析をする母を、私はジト目で見た。
母はそれを無視して、呼び出しをする。
「虹星 陽葵さん、どうぞ」
終了予定の午後一時までは油断出来ない、私は出てきた欠伸を噛み殺しながら、気合いを入れ直して身体測定に望んだ。
午後三時。
身体測定を終えた私達は、別邸から星野家へと戻り、昼食を済ませていた。
幸い、美優の問題行動が今日は無く、陽葵の教育効果が出ている。
私は星野家裏の庭園を抜け、離れの玄関をノックしていた。
「はぁい……あら、穂華じゃない」
「有樹、身体測定ご苦労様です。栗夢は居ますか」
「ここに居るよ」
玄関から手だけが見える。
二人の在籍を確認した私は、手に持っていた二つの大籠を、胸の前に掲げた。
「身体測定の結果から、新調した衣類を持って来ました」
「相変わらず早いわね。カラクリでもあるの?」
「それは企業秘密です」
有樹の質問に、私は定番のお断りをする。
「まぁ……良いわ。早速着てみるわね」
「はい、古いのは寿命が近いので、今着ている服も、脱いだら絶対に着ないで下さい」
「分かったわ」
有樹の肯定を聞いてから、私は奥に居る栗夢へと声を掛けた。
「栗夢、昨日のスラックスも追加で作製して置いたので、着てみて下さい」
瞬間、手だけしか見えなかった栗夢が、駆け足で玄関へと迫る。
「うわっ!」
「本当に? 忘れられたかと思っちゃった! ありがとう」
私の驚く声も気にせずに、話す栗夢に、有樹は後ろでごめんねと手を合わせていた。
「栗夢も古いのは捨てて下さいね。糸くずになって壊れてしまいますので」
一度劣化したパルタイトは再利用が出来ない、キルトが大量に保管してある為、枯渇の心配は無いが、三ヶ月に一回の新調は必ず必要になる。
「うん。新しい服で、有樹とファッションショーを開くわ」
「何か問題があれば言って下さい、修正しますので」
「HHブランドに間違いは無いのでしょう。大丈夫よ信頼してるから」
ウインクをした栗夢が、離れの奥へと消えた。
「ごめんね穂華、栗夢は服の新調で浮かれているのよ」
「毎度の事なので慣れました。有樹はスカートの種類を増やしてますね」
「えぇ、私服の方でね。大丈夫よ、新天地の学園は無地の服装で行くから」
「そこは心配していません。ただ、より女性に近付いた気がするので」
服への細やかなこだわりは、女性ならではの視点になる。
有樹は男性でありながら、より女性へと感覚を寄せていた。
「大丈夫よ。栗夢がより男性の感覚に寄っているから」
「釣り合いが取れているということですか?」
「そう、私達こそベストカップルだわ」
「分かりました。お二人を信頼します。全民集会の午後五時までには、地下への荷物移動を済ませておいて下さい」
「了解。それじゃあまたね」
「はい、また……」
離れから星野家へと戻った私は、二階が騒がしい事に気が付いた。
喧騒という状態で、学校の休み時間を思い出す。
「もう……みんな何やってる…………の?」
二階の共同部屋を開けた私は、呆然とする。
母を含めた八人が、一糸纏わぬ姿で居たからだ。
「あら、遅かったのね。有樹達に服を渡して来てたの?」
「はい…………お母さん。この現状は何ですか?」
「服を新調する前に、全員の測定結果を発表しようと思ってね。司会の穂華を待っていたのよ」
「服はまだ一階にあります。それと全裸に何の関係が?」
「どうせ新調した服にすぐ着替えるのだもの、古い方を着ている意味は無いでしょう?」
お母さんは変態だった――。
「ということで穂華、安心して私達に身を任せてね」
母を除いた七人が、私を包囲するように迫っている。
何時の間にか音穏の体によって入口は塞がれ、四面楚歌になりつつあった。
「音穏、新調した服を取りに行きたいのだけど……」
「主、すまない。これも穂華攻略同盟の為だ」
そんな百合の結束いらないよ!
声にならない訴えが、心に出た。
「さぁて、まずはブレザーとスカートからね」
瀬名里が指揮を執り、全員が率先して行動している。
本気を出せば魔力無しで逃げられるのに、体が固まっていた。
「琥珀と手鞠はスカートを脱がせて、私と美優は穂華を抑えるから、ブレザーを脱がせるのは花菜と陽葵でお願い」
混沌の気配は無いが、母から支配欲を感じる。
魔力順応力の無い母は、支配欲や独占欲を持っても、混沌の影響が無い。
体を拘束された私は、白色の長袖ブレザーと白色のプリーツスカートを脱がされた。
「ふむ。今日の穂華は白色の長袖Yシャツと白色のショーツか、ブラジャーも白色かな」
「花菜は冷静に分析しない!」
私の反論を気にせず、花菜は自分の世界へと入っている。
拘束が解けないまま、Yシャツと白色靴下が体から離れた私は、泣きそうだ。
Yシャツの横には落下した桜色のリボンタイが悲しそうに鎮座している。
「よし、Yシャツと靴下は脱がせたわね」
「最後の下着を攻略するよ!」
瀬名里の状況把握に、美優の掛け声が随伴した。
「ちょ……やめて……」
花菜と琥珀が私を抑えて、瀬名里と陽葵が白色のブラジャーを取り、美優と手鞠が白色のショーツを脱がすと、みんなと同様に裸になった私が現れる。
「…………もうお嫁に行けない」
決まり文句言う程度の余裕はあったが、目からは涙が落ちそうになっていた。
「さぁて、身体測定をさせてもらうわ」
「私達だけ公開というのは、ずるいです」
花菜の発言に、琥珀の不満が続き、私は疑問を持った。
「あれ? 私の測定データはお母さんに渡しているけど……」
「えっ? 穂華は自分のデータを今回は隠しているって……」
私の会話と瀬名里の会話は、何故か噛み合わない、私がその原因である人物を見るのと同時に、全員の視線がその人物へと集中する。
「あら、バレちゃった? 裸の付き合いをもう少し眺めていたかったのだけど……」
全員の白い目が母へと向けられ、首謀者が特定された。
体に力の戻った私は、母へ歩きながら、音穏へお願いをする。
「音穏、星菜を抑えて」
「了解です。主」
素早く背後に回った音穏が、母を羽交い締めにする。
「ごめんね、羞恥心を教えるべきなのは、星菜だったのに、美優にばかり教育をしようとしてたよ」
「穂華、目が据わってるわよ、みんなも軽蔑した目で私を見ないで……」
音穏から母を受け取ると、母を引きずりながら、私は部屋の最奥で窓を開け放った。
眼下には噴水公園に隣接した水深三十メートルの池がある。
「羞恥心を学んで来い!」
母が弁解をする前に、私の左腕が魔力無しで、母を勢いよくぶん投げた。
母は弾丸のように池の中央へと着水し、十二メートルの水飛沫を上げる。
時刻は午後三時三十分。
公共に晒されて、羞恥心を持たない人はいない、これでもし新たな快感を覚えていたら私は母との縁を切る。
「豪快だったわね。二階を覗いている人はいないかしら」
「その心配は無いよ花菜、この方向に住宅は無いし、みんな全民集会に向けて新調された服を確認しているはずだから」
新調された衣類は、キルトとコスモス、それに大福と最中という犬に似た意識体が配達していた。
園児のティアードスカートとレギンス、そしてロングパンツも一緒に配達させている。
きっと無邪気な笑顔を見せてくれる事だろう。
午後四時には配達を終える予定だから、今頃は四方八方へ疾走している頃になる。
私はドアを閉めると改めて全員に向き直った。
「悪戯好きの母で申し訳無い! 冷水に浸かって目を覚ましただろうから、今回は許してくれないかな?」
「許すも何も、私達の方こそごめん。穂華を傷付けるような事をしてしまった」
瀬名里の土下座に合わせて、全員が土下座をしている。
全員から、ごめんなさいと、謝罪の言葉が何度も発せられ、申し訳無い気分になる。
「おあいこってことでどうかな? 私もみんなに測定データを教えて無かったのが悪いし……丁度良いから、みんなで発表し合うのはどう? みんな仲良く全裸だし」
「それもそうね。ほら、陽葵と美優も起きて、穂華が許してくれるって」
花菜が陽葵と美優を起こし、その横で瀬名里と音穏が立ち始めた。
私は、起きない琥珀と手鞠の間に移動して、二人を抱きかかえながら立たせる。
「はい、しっかり立つ。元通りの琥珀と手鞠になってくれないと、嫌いになっちゃうよ」
「本当に許してくれるんですか?」
「うん。私はみんなが大好きだからね」
私は二人を抱いたまま、琥珀と手鞠の頬へキスをした。
「わっ! 分かりました。元に戻ります」
「ほ……ほっぺに接吻……」
効果は高く、二人に活力が戻る。
私は直立不動で家族を見てから、高らかに宣言した。
「全員の測定結果を私が書くけど……異論のある人はいる?」
誰も反論を言う人はいない、私は深呼吸をすると、収納スペースが無い壁部分を押す。
すると壁の一部が回転してホワイトボードが出現した。
「埋め込み式は便利よね。衣類や家具が部屋を占領しないから」
「そうだね花菜、布団を入れる押し入れが無いのが残念だけど……」
「八人分の布団を入れる場所なんて、何処の家庭にも無いわよ」
朝に畳んだ布団は、専用のハンガーに掛けられて、部屋の隅へ移動している。
「うん。全てに利点を求めるのは、贅沢だよね」
花菜の意見に同意した私は、改めてホワイトボードへと向き直った。
ホワイトボードマーカーを手に、測定データの記入を始める。
星野 穂華、ロングヘアー灰色の髪、黒色の瞳。
六月七日生まれ、AB型の十六歳。
身長百五十七センチ、体重五十四キロ、BMI二十二の普通体重。
トップバスト九十五センチ、アンダーバスト六十八センチ、七十のHカップ。
ウエスト六十一センチ、ヒップ八十五センチ、二の腕二十五センチ。
太もも四十九センチ、ふくらはぎ三十三センチ、足首十九センチ。
股下七十四センチ、ヒップ高七十九センチ、靴サイズ二十五センチ。
「ダイナマイトボディだな。Hカップもあると思わなかった……」
次は驚いている瀬名里のデータだ。
姫原 瀬名里、ショートヘアー金色の髪、黒色の瞳。
二月八日生まれ、高等部二年、B型の十六歳。
身長百五十四センチ、体重五十二キロ、BMI二十二の普通体重。
トップバスト九十二センチ、アンダーバスト六十七センチ、六十五のGカップ。
ウエスト六十センチ、ヒップ八十三センチ、二の腕二十五センチ。
太もも四十八センチ、ふくらはぎ三十二センチ、足首十九センチ。
股下七十三センチ、ヒップ高七十七センチ、靴サイズ二十四センチ。
「あら、瀬名里はGカップなの? 負けてしまったわ」
私は、冷静な口調の花菜のデータを書き始める。
星恵 花菜、ロングヘアー黒色の髪、茶色の瞳。
三月七日生まれ、高等部一年、A型の十五歳。
身長百五十二センチ、体重五十一キロ、BMI二十二の普通体重。
トップバスト八十八センチ、アンダーバスト六十六センチ、六十五のFカップ。
ウエスト五十九センチ、ヒップ八十二センチ、二の腕二十四センチ。
太もも四十七センチ、ふくらはぎ三十二センチ、足首十八センチ。
股下七十一センチ、ヒップ高七十六センチ、靴サイズ二十四センチ。
「胸は隠密に邪魔だから、小さくて良いな」
動きを重視する音穏のデータは次の通りだ。
星静 音穏、セミショート黒色の髪、青色の瞳。
一月一日生まれ、中等部三年、AB型の十四歳。
身長百五十センチ、体重五十キロ、BMI二十二の普通体重。
トップバスト七十七センチ、アンダーバスト六十五センチ、六十五のBカップ。
ウエスト五十九センチ、ヒップ八十一センチ、二の腕二十四センチ。
太もも四十七センチ、ふくらはぎ三十二センチ、足首十八センチ。
股下七十一センチ、ヒップ高七十五センチ、靴サイズ二十三センチ。
「私も、音穏くらいの胸だったらなぁ……」
小さい胸に憧れ持つ、陽葵のデータを記入する。
虹星 陽葵、ロングヘアー黒色の髪、赤色の瞳。
十一月二十日生まれ、中等部二年、O型の十四歳。
身長百四十七センチ、体重四十八キロ、BMI二十二の普通体重。
トップバスト八十一センチ、アンダーバスト六十四センチ、六十五のDカップ。
ウエスト五十七センチ、ヒップ七十九センチ、二の腕二十四センチ。
太もも四十六センチ、ふくらはぎ三十一センチ、足首十八センチ。
股下六十九センチ、ヒップ高七十四センチ、靴サイズ二十三センチ。
「私は、大きい胸が良いかな。最低でも陽葵お姉ちゃんくらいは欲しい」
巨乳を望む、発育途上の美優のデータはこうだ。
和星 美優、セミロング黒色の髪、緑色の瞳。
七月二十二日生まれ、初等部六年、B型の十二歳。
身長百四十四センチ、体重四十六キロ、BMI二十二の普通体重。
トップバスト七十四センチ、アンダーバスト六十二センチ、六十のBカップ。
ウエスト五十六センチ、ヒップ七十八センチ、二の腕二十三センチ。
太もも四十五センチ、ふくらはぎ三十センチ、足首十七センチ。
股下六十八センチ、ヒップ高七十二センチ、靴サイズ二十二センチ。
「私は今くらいの胸が丁度良いです。これ以上大きくなりませんように」
マイベストな胸を持つ、琥珀のデータを書き始める。
鈴川 琥珀、セミショート黒色の髪、金色の瞳。
五月十五日生まれ、中等部一年、O型の十三歳。
身長百四十六センチ、体重四十七キロ、BMI二十二の普通体重。
トップバスト七十八センチ、アンダーバスト六十三センチ、六十五のCカップ。
ウエスト五十七センチ、ヒップ七十九センチ、二の腕二十三センチ。
太もも四十五センチ、ふくらはぎ三十一センチ、足首十八センチ。
股下六十九センチ、ヒップ高七十三センチ、靴サイズ二十三センチ。
「わ、私はCカップくらいが……理想です」
最後は、平均的な胸を目指す、手鞠のデータだ。
煤川 手鞠、ロングヘアー黒色の髪、紫色の瞳。
二月六日生まれ、初等部六年、A型の十一歳。
身長百三十六センチ、体重四十一キロ、BMI二十二普通体重。
トップバスト六十九センチ、アンダーバスト五十九センチ、六十のAカップ。
ウエスト五十三センチ、ヒップ七十三センチ、二の腕二十二センチ。
太もも四十二センチ、ふくらはぎ二十九センチ、足首十六センチ。
股下六十四センチ、ヒップ高六十八センチ、靴サイズ二十二センチ。
「こうして見ると、全員BMIが二十二なんだな……」
星の信任が八割以上の人はBMIが二十二付近で落ち着く、理由は解明されておらず、悪影響も無い為、放置されている。
混沌側の人間は、BMIが十七の痩せすぎに安定するらしく、キルトとコスモスが首を傾げていたのを思い出した。
ブラジャーはトップバストとアンダーバストの差で、カップが決められている。
六十五のCカップだと、アンダーバストが六十七から六十三の間で、トップとアンダーの差が十五センチだ。
カップは二センチ五ミリ増加すると、一段階上がる。
Aカップは十センチ差で、Bカップは十二センチ五ミリ差となる為、前後一センチ程度の誤差であれば、問題無く身に着けられた。
胸の形は様々なので、窮屈感を感じる場合は、アンダー七十でカップをBにする方法もある。
アンダーが大きくなった分、トップ側の差を小さくすることで、胸の窮屈感が消える事もあるのだ。
「穂華、コスモスが来た」
本当は意識体の位置を完全把握出来ている私だが、音穏の言葉で知ったふりをする。
「お待たせ! 新品の服を持って来たわよ」
「ありがとう。コスモス、最中」
ドアを開けて入って来たコスモスの後ろには、茶色の犬がいた。
腹部分だけが白色の意識体で、最中という名前がある。
「穂華、直接会うのは久しぶりね。大福も会いたがってたわよ」
体高七十センチ、体長七十七センチの最中が、尻尾を全力で振り喜んでいた。
「キルトと大福は、今来たら殴るけどね」
普段は私の中へ溶け込んでいる為、意識体と直接会話が出来る時間は少ない、普段は念話で心の中と会話する感覚になる。
「そう思って、キルトと大福は星菜の救出に向かわせたわ」
コスモスの発言通り、噴水公園の池のほとりに、二体の気配を感じた。
「機転が利くね。ありがとうコスモス、最中」
「穂華の目を通して、一部始終を見ていたのよ」
「キルトと大福には見せなかったから、安心して」
コスモスが事実を述べ、最中が捕捉を付ける。
「背中に浮かんでいるのが私達の服ですか?」
「そうよ。今降ろすから、ちょっと待ってね琥珀」
ふさふさの尻尾を揺らしながら、最中が笑顔で答えた。
最中の背中に九つの籠が浮かび、運搬の魔力が発動中であると分かる。
九つの籠が、等間隔で床に置かれると、コスモスが籠について説明をした。
「名前の付いた籠が本人のだから、早速着てみて」
私が午後二時からの三十分で作成した、七十五人分の衣類の内、九人分の衣類が並んでいる。
一人は裸で外出しているが、キルトと大福が彼女をフォローしてくれるはずだ。
大量の衣類を短時間で作れた理由には、魔力が関係しているのだが、今はHHブランドの企業秘密としておく。
「全民集会には私服で出席だから、みんな制服は籠に入れた状態にしててね」
私の確認に、みんなが首を縦に振る。
「さぁみんな、キルトと大福に裸を見せたくなかったら、しっかり服を着て」
コスモスの発言に敏感に反応したのは美優だった。
素早く自分の籠に手を入れて、下着や私服を取り出している。
陽葵を見ると、彼女はウインクをしてきた。
陽葵先生の教育効果は、順調に出ている。
「今日着ない服は地下へ持って行くの?」
白色のブラジャーと白色のショーツを着た花菜が寄ってきた。
「そうだよ花菜、忘れたら着替え無くなるから」
全民集会後の行動が上手く行けば、明日はここには居ないことになる。
パルタイトも再作製するほどの余裕が無い為、衣類は絶対に忘れられない物だ。
私は、桜色のブラジャーを着て、桜色のショーツを穿くと、周囲を観察する。
新調した衣類が初めて身に着けられる瞬間は、製作者にとって一番気になる瞬間だ。
瀬名里は紫色のブラジャーと紫色のショーツの上から、青色の半袖Tシャツを着ようとしている。
「穂華、隣で着替えても良いですか? 最中が質問攻めにしてきて……」
白色のブラジャーと白色のショーツに身を包んだ琥珀が困り顔で助けを求めて来た。
琥珀の後ろには、黒色のブラジャーと黒色のショーツを纏った手鞠が居る。
「わ、私も隣りが……良いです」
手鞠も、最中の人好きに困っていた。
部屋の中央付近では、コスモスが、目を煌めかせている最中を、必死に抑えている。
白茶色に茶色の縞柄を持つ猫が、茶色と白色の犬を拘束する光景は稀だ。
「あぁ……ごめんね二人共、最中は人間大好きだから、新しい家族には興味津々なの」
「いえ、服が着られれば問題無いので」
「隣で……着ますね」
琥珀は左側で白色のサーキュラースカートに両足を入れ、手鞠は右側に密着する状態で黒色の長袖Tシャツに片腕を通している。
私は桜色の長袖ニットYシャツを着て、ボタンを止めている途中だ。
「主、キルトと大福が星菜の運搬を開始しました」
桃色のブラジャーと桃色のショーツを着た音穏が、報告に来る。
噴水公園の気配が、確かに移動を始めていた。
私は距離を詰めて来ていたコスモス達に声を掛ける。
「コスモス、最中、一階でキルトと大福を引き止めて」
「分かったわ。でも時間稼ぎにしかならないわよ」
「兄部屋のコレクションが処分対象だって、私が言ってたと伝えれば大丈夫」
あの部屋には意識体の女性が写った、淫猥な写真集が隠されている。
「何かの暗号?」
「うん。その後、星菜を置いて兄部屋に行くから、最中は星菜の運搬を、コスモスは後を付けてみて」
コスモスは女性としての感が鋭い、これだけで状況が把握出来たようだ。
「星の意識体や生物以外に好意を向けているのは許せないわね」
星の価値観では、一夫多妻や一妻多夫、一夫多夫や一妻多妻が公認されている。
浮気心を禁止する態度は、独占欲に該当するからだ。
ただし、嫌がる相手を付け回す行為や、無理矢理入手する行為は、支配欲になる。
本という加工商品への浮気は、独占欲には該当しない、生物の魂や意識体の心が、本の中には無いからだ。
「それじゃあお願いねコスモス。後一分で玄関に来るから」
「えぇ、足し止めしてくるわ。最中行くわよ」
「? ねぇコスモス、さっきの話、良く分からなかったのだけど……」
「良いから付いて来なさい、星菜を運んで貰うから」
「う? うん。わかった」
状況把握不能の最中が、惰性で随伴して行く状態となった。
部屋を出て行った二体から、視線を移動させると、全員が動きを止めている。
「さぁみんな動いて、サービスシーンを作りたい訳では無いでしょ?」
私の発言と同時に、一斉に動き出す、どうやら先ほどの会話に耳を傾けていたようだ。
美優が一番早く、水色のブラジャーは水色の半袖Tシャツへと隠れ、水色のショーツは
橙色のプリーツスカートへ隠れようとしている。
昨日の朝からは予想出来ない成長だ。
陽葵は赤色のブラジャーと赤色のショーツの下着姿から、黒色の半袖Tシャツへと手を
掛けていて、一番遅くなっている。
隣で服を着ている瀬名里との会話が影響しているようだ。
瀬名里は、紫色のショーツを、深緑色のブルームスカートで隠し、青色の半袖Tシャツが、紫色のブラジャーを覆う寸前になっている。
会話をしてても動きを止めない器用さが、服を着る早さに反映されていた。
「着替えたらすぐに行きますか?」
琥珀の質問に、私は白緑色のプリーツスカートを穿きながら答える。
「まだ午後三時三十二分だから、午後四時頃に行こうと思ってる」
「美優がいっちばん!」
黒色の靴下を履き終えた美優が、嬉しそうな声を上げた。
裸に対する羞恥心が芽生えても、子供心はまだ健在している。
膝上五センチまで足を覆ったオーバーニーサイズの靴下が、私の方へと寄ってきた。
「穂華お姉ちゃん。傍に居ても良い?」
「良いけど、邪魔にならないようにね」
「はぁぁい」
美優は機嫌が良い、陽葵はどんな教育をしたのだろう――。
陽葵が群青色の長袖ニットYシャツと橙色のフレアスカートを穿き終えた頃には、全員が服の着用を完了していた。
「お待たせぇぇ、星菜を持って来たわよ」
部屋のドアが開き、星菜を背中で浮遊させた最中が、ゆっくりと入室してくる。
「ぎゃぁぁぁぁ……」
「おっ、お助けぇぇ」
階下からは、キルトと大福の悲鳴が聞こえた。
コスモスがヌード写真集を見る二人を、現行犯で確保したのだろう。
背中の母は、まだ気を失って――ん?
「最中ちょっと止まって」
「えぇ、良いけどどうしたの?」
私は母の真上に左手をかざす、悪戯好きの性格は、池に落ちても改善していなかった。
「五秒以内に起きない場合、手刀を降ろします」
魔力無しでの亜音速の手刀は、切断こそ出来ないが、骨の粉砕と内蔵破裂の威力を持つこの状態の母を戻すには、この程度の警告が必要になる。
「五、四、三、二」
「ちょっと待った!」
手刀に勢いが付く寸前で星菜が起きた。
「穂華、今本気で当てるつもりだったでしょ」
「星菜こそ、反省の意思が無いのは何故」
「穂華も、そろそろ百合に染まったかなと思って」
ぽっと赤面して話した母は、声を出さずに口パクで警告をしてくる。
混沌に聞かれている――作戦をフェイズ二に移して――。
母の気配察知能力は高い、私は意識を外へ集中する。
微弱ではあるが、確かに防御結界の外側から気配を感じた。
「最中、地下室に一名様ご案内、片道切符で」
「良いの?」
「うん。母はそれを希望している」
まずは母を敵に感づかれないように地下に送る。
最中は裸の母を乗せたまま、母の衣類籠を背中へと浮遊させた。
「母さん、地下でしっかり反省してきてね」
「気が向いたらね」
対立しているはずなのに、母と私が見せる笑みに、皆が首を傾げている。
最中は部屋のドアを開けると、地下を目指してゆっくりと退室していった。
「ねぇ……最後のん!」
美優の質問を右手で押さえた私は、左手を口に寄せて人差し指を立てる。
それが何を意味しているのかは、全員が理解していた。
あっあっ――テステス――全員聞こえる――。
念話を始めた私に、全員が黙って頷いている。
簡潔に言うね、音穏にも感知出来ない位置で混沌が斥候中――。
この報告に音穏が顔を膨らませた。
おそらく簡易結界の外側から――ここの音声を拾っている――。
結界外側の混沌は、隠密に長けた存在のようだ。
魔力の気配は無く、僅かな視線だけが感知出来る。
脱出船の話は絶対に避けて――存在がバレたら脱出出来なくなるから――。
全員の顔から疑問が抜けて、緊張した顔になる。
それを確認した私は、話題を唐突に変えた。
「全員のコーディネートを確認しよう」
前触れの無い念話の中断と、突然の提案に皆が呆然としている。
「ほら、まだ四時までは二十分もあるし、着衣を確認する時間はあるでしょ」
私の意図に、最初に気が付いたのは陽葵だった。
「そ、そうですね。私も穂華に服を見て欲しいです」
「良いよ。楽しそうじゃん」
次に瀬名里がウインクをして賛同した。
瀬名里が花菜に目配せをすると、花菜も気が付いた様子で話を合わせてくる。
「分かったわ。暇つぶしにはなりそうね。穂華の目の前で服を見せてあげる」
若干百合気味な花菜に、私は一歩後退した。
花菜のノリを見た、琥珀と手鞠も参加してくる。
「私も穂華に服の魅力を伝えます」
「私も……服を密着させて……見せたいです」
「うん。ほどほどにね」
私の笑顔は引きつって無いだろうか? 混沌側の盗聴前提で話を逸らしたのだが、百合の雰囲気に身の危険を感じた。
「美優も参加する!」
「主、私も賛成します」
最後の方で肯定した四人は、この話題の意味を正確に理解出来ていない気がする。
自己アピールのチャンス――。
密着出来るかも――。
楽しそうだから――。
皆が参加するから――。
そんな各人の、心の内が見えた。
「じゃあ、穂華からだな」
「そうね。私達のリーダーだし」
瀬名里が私の右側へ、花菜が私の左側に並び、四人の接近を防いだ。
それに呼応して、陽葵が発言をする。
「それでは私が解説し……しますね」
三人共、他の四人が真意を理解出来ていない状況を、理解しているようだ。
四人の不満が出る隙を、無くしている。
「穂華は、水色の半袖Tシャツの上に、桜色の長袖ニットYシャツを重ね着しています。ニットYシャツの裾付近は、桜の花びら模様が白色で描かれていて、可愛さと儚さを感じます。白緑色のミニ丈プリーツスカートは、白色で葉っぱのシルエットが描かれ、黄色の裏地は裾がフリルになっており、さりげなく自己主張をしています。スカートの裾は膝上十五センチで、すぐ下には膝上五センチまで上がった、オーバーニーサイズの白色靴下があります。清楚で可憐な服装に、黄色の大胆さを添えた印象です」
「陽葵って、評価が上手いのね」
私は素直に感想を伝える。
誹謗中傷や流行が消えて、個性が重視された現在は、陽葵のように客観的に評価すると好まれた。
個人的な好みの強要は、他者の感性や個性を縛る可能性がある。
流行や噂には思考の支配欲と、利益の独占欲が絡んでいたのだが、好みの押し付けも、相手が嫌がっている場合は、相手に対する支配欲となるからだ。
「ありがとう」
恥ずかしそうに返答してきた陽葵の頭を、私は撫でる。
「全員の評価をお願い出来る?」
「はい、わ……私で良ければ」
「よろしくね」
陽葵は両手をグーにして、気合いを入れていた。
彼女の態度から、嬉しさが伝わってくる。
「では、瀬名里から行きます。青色の半袖Tシャツの上に、長袖紺色ジャージを着込んでいて、スポーティーな感じです。深緑色のミニ丈ブルームスカートは裾が膝上十五センチで、紫色の裏地は裾をフリルで飾っています。ふくらはぎの下までを覆った紺色靴下は、ハイクルーのサイズです。ジャージで格好いいイメージを持たせて、スカートを穿くことで、可愛さも主張する。男装と思わせない加減が素晴らしいです」
これで下がロングパンツだったら、男装に見えやすくなっていた。
特に瀬名里は寒色や黒色の服装が多いので、新調の時にスカートを選択した事で、私は安堵している。
「穂華の言う通りだね。陽葵の魅力を一つ発見だ。ありがとな陽葵」
「ど、どういたしまして、です」
普段は緊張で発言が途切れやすい陽葵が、服の評価時は、安定して話せていた。
このギャップに、私は好感を持ち始める。
「すぅぅぅぅ……。次は花菜です」
深呼吸をした陽葵が、花菜を見た。
花菜は優しい笑みと、余裕を湛えた表情で、大人びた雰囲気を出している。
「お手柔らかにね」
「はい、花菜の服装は藤色の半袖Tシャツに、黒色の長袖パーカーを着ています。白色でミニ丈のインバーデットスカートは、膝上十五センチの裾で、桃色の裏地は裾からフリルを出して、乙女の秘密を感じさせます。オーバーニーの白色靴下は膝上五センチまでを覆って、清楚感を前面に出しています。白と黒の彩度が同じで、明度の異なる色で、自身の個性を服に反映させて、藤色や桃色を少し見せる事で、可愛らしさを秘めた印象も与えています」
現世の白は光を、黒は闇を象徴し、隠世の白は霊体を、黒は常世に置き換えられる。
常世(常夜)は、隠世と同じ場所を示し、霊感の強い私達はそこに触れた事があった。
「素晴らしい評価ね。穂華が居なかったら、陽葵との百合を考えているわ」
「そんな事無いですよ。それに、穂華攻略同盟の悲願達成で、解決するじゃないですか」
「あぁ、そうね。全員で百合をすれば良いんだわ、ありがとう陽葵」
「いえ、どういたしまして」
二人の会話は、冗談半分、本気半分だ。
これを真に受けているのは、先ほど状況把握出来ていなかった四人だけだろう。
「次は音穏の服です」
「へっ?」
服の解説を続け始める陽葵に、音穏が変な声を上げた。
美優、琥珀、手鞠の三人も無言で間の抜けた顔をしている。
やはり、本気の会話と思っていたのだろう、花菜がそれを見て笑顔を見せていた。
馬鹿にした笑顔では無く、純粋さを愛でる母性的な表情になっている。
陽葵は少し困った顔をしながらも、中断した説明を再開した。
「青色の長袖Tシャツに、深緑色のミニ丈ジャンパースカートを穿いています。裾は膝上十五センチで、プリーツスカートの形状が可愛らしさを、桃色の裏地がスカートの裾からフリルを露出させて恋心を主張しています。膝下までを隠したハイソックスサイズの茶色靴下を合わせると、外見に暗い色を集めて、隠密性を高めています。代わりに、中には明るい色を着て、隠れた乙女心を桃色フリルで少しだけ見せている。音穏の個性が良く出た服装です」
「あ、ありがとう。主以外にも守りたい存在だ」
「音穏、家族や仲間は、全員守るべき存在でしょう」
「おっ……そうだった。すまないみんな」
音穏は真面目さが原因で、口下手になっている。
私のフォローに、音穏が素直に反応する事が、彼女の長所だろう。
「次は……」
「学園の先輩後輩順に言ってるから、次は陽葵ね」
「えっ?」
自分は最後だと思っていたのか、私の発言に陽葵は驚いていた。
私は、陽葵が固まっている内に、陽葵の横へ移動して服の紹介を始める。
「という事で、私が陽葵の服装を解説します。黒色の半袖Tシャツを着て、群青色の長袖ニットYシャツを重ね着しています。このYシャツは襟付近の群青色から裾に向かって色が変化していて、裾では橙色になります。橙色のミモレ丈フレアスカートの裏地は桜色で裾のフリルが陽葵の純心さを体現しており、ふくらはぎの下までを隠したハイクルーの赤色靴下が強い主張をしています。夕暮れ時をテーマとした服装で、夜の部分と夕空の部分を着衣で表現した個性と独創性の高いコーディネートです。私は恒星の陽葵も見てみたいなぁ」
「なっ! 何を言ってるんですか?」
「靴下が恒星を例えているなら、同色の下着も恒星でしょ。私は陽葵の温かな心が大好きだから」
「あっ……」
意味を理解した陽葵が、嬉し泣きをしそうになる。
私は陽葵を抱くと、左手で優しく背中をさすった。
下心の無い、抱擁は心を落ち着かせる効果がある。
泣きそうになった陽葵が感情を落ち着かせて、涙をこらえたのが分かった。
少し出た涙は、私のニットYシャツへと吸い込まれて、証拠を隠している。
「落ち着いた? 後で好きなだけ出して良いから、今は我慢してね」
「はい、全員で穂華に抱きつく事にします」
混沌に聞かれているので、主語を抜いた、どうとでも取れる発言をした。
感情の揺れは、精神の疲れに繋がり、混沌の介入を許す心の隙を作る事もある。
冗談半分で本当の気持ちを伝えてくる陽葵は、心に冷静さを戻せたようだ。
「それじゃあ、続きをお願いね」
「はい! 頑張ります」
「次は美優?」
控えめに聞いてきた美優に、陽葵が優しく回答する。
「ごめんね。学年順だから次は琥珀なの」
「そっか……うん。じゃあ待ってるね、陽葵お姉ちゃん」
美優の成長は早い、昨日なら次は美優だよねと、断定した上で聞いて来て、陽葵の回答を聞いて、拗ねていたはずだ。
陽葵と美優の心がもたらした相乗効果だろう。
「美優は良い子ね。さて、琥珀の服装を紹介します。黄色の半袖Tシャツに、橙色の長袖ニットYシャツを着ています。まるで……宝石の琥珀を見ているようです。下は白緑色のミニ丈サーキュラースカートを穿いていて、灰色の裏地は裾付近がフリルに変化して星心を秘める琥珀の心を象徴しています。スカートの裾は膝上十五センチです。ハイクルーの白色靴下はふくらはぎの下までを覆っていて、好きな白色を忘れずに纏わせる、こだわりを感じます。自分の名前と、星の心、好きな色を合わせた素晴らしい個性の発現方法だと思います」
普段、手鞠と同じように遠慮がちで、口数の少ない陽葵とは思えない、表現力だ。
灰色は星の意識体が持つ発色光で、星の魔力を示す色、つまり星の心になる。
パジャマの時もそうだが、琥珀は服で、星への信頼を示し始めたようだ。
「ありがとうございます。個性が認められるのって嬉しいですね」
「うん。私も、自分の個性が肯定される事が嬉しいから」
琥珀と陽葵がお互いに声を交わし、笑っている。
誹謗中傷の消えた世界でこそ見れる、輝かしい瞬間だ。
「陽葵、ちょっと良い? 正式にお願いしたい事があるの」
「あっ、はい、何ですか穂華」
陽葵の長所を活かす為に、私は彼女へ提案をする。
「HHブランドの副代表兼、デザイナーになって」
陽葵の表現力を、私が服として製造する。
陽葵は自分の感性を服に出すのでは無く、他者の思いを受け取り、第三者視点から服を創造する事が出来る。他人の個性を服に出せる才能があるように思えた。
HHブランドが利益目的では無く、オーダーメイドだからこそ、陽葵の感性と他人思いの第三者視点が活かせる。
「あ、あの……私なんかで、本当に良いのでしょうか?」
「私も賛成だよ。服を解説する陽葵は輝いている、それは才能だ」
「私も賛成ね。八伸様も賛成だと言っているわ」
瀬名里と花菜、花菜に寄り添う八伸様が、肯定の意思を示した。
その後に、音穏、美優、手鞠、琥珀の四人が続いてくる。
「賛成だ。主のブランドを輝かしい宝石にしてくれると思う」
「良いよ! 陽葵お姉ちゃんだったら、優しい服が出来そう!」
「さ、賛成です……陽葵は私の目標だから……」
「大賛成。陽葵だったら、穂華と協力して良い衣類が表現出来そう」
みんなの意見を聞いた陽葵には、自信が宿っていた。
自分の感性を出すのでは無い、他人の個性を服にデザインする。
その強い思いが、陽葵から溢れていた。
「ありがとう、みんな…………穂華、よろしくお願いします」
「うん。こちらこそ、よろしく!」
陽葵と私は、固い握手を交わした。
部屋には微笑ましい空気が満ちて、心地よい気分になる。
「さぁ、副代表。美優と手鞠の着衣解説をお願いね」
「はい、代表。頑張ります」
陽葵が美優の方を見る。
美優と手鞠は共に初等部六年だが、手鞠は早生まれの為、美優の方が年上だ。
「美優は、水色の半袖Tシャツに、空色の長袖スウェットを重ね着しています。白色の雲がスウェットの裾付近に描かれていて、日中の青空を纏っているようです。橙色のミニ丈プリーツスカートは、裾が膝上十二センチの位置で、水色の裏地を飾ったフリルが美優の純粋さを象徴しています。スカートには黒色で雲が浮かんでいて、夕空を穿いている感覚です。オーバーニーの黒色靴下は、膝上五センチまで足を隠していて、小さな点がちりばめられて、宇宙が靴下に宿っています。日中、夕方、夜、一日が凝縮された服で、上半身で美優の優しさを、下半身で美優の元気で活発な心を、美優自身を表現した良い服です」
水色や空色は、白よりの色で、白は純粋さや清潔感を印象付ける。
橙色や黒色は、炎や恒星、格好良さや力強さを連想する色だ。
戦闘では色や形で属性を判断出来ないが、日常生活には、西暦時代の色の常識が残る。
「美優は陽葵お姉ちゃんの服を見て、自分の個性と合わせて見たの。どうかな?」
「とっても良いよ美優。でも、どうして私の服なの?」
「陽葵の服から、宇宙の輝きと、陽葵の心の温かさを感じたの!」
星の意識体から力を借りている私達は、人間本位の考えでは無く、星の心に寄り添った思考を持つ、星や宇宙に心があると知り、無に混沌という名の敵対心がある事を理解した私達は、種族や立場を選ばず、星や宇宙にとって味方か敵かで、判断する心がある。
「ありがとう、美優、でも私だけじゃなくて、穂華や瀬名里、花菜や音穏も頼ってね」
「うん。みんな大切なお姉ちゃん達だから、一杯頼る!」
美優の純粋さが爆発している。
誕生して間もない、青白い恒星のような輝きだ。
美優は、先ほどまで私が居た、瀬名里と花菜の間に体を挟めて、腕を組む。
親に甘える子供のような行動に、瀬名里と花菜は困りながらも、笑顔を見せる。
「あらあら、美優は活発で良いわね」
「美優、困った事があったら何時でもお姉ちゃん達に相談しろよ」
花菜が思いを伝えて、瀬名里が美優の心に優しく触れた。
「うん!」
元気な返答が、部屋へと広がる。
家族とは、血縁では無く、心の繋がりなのだと、改めて実感する瞬間だ。
その光景を見守っていた陽葵が、服の紹介を再開する。
「はい、注目! 服の解説を続けます。手鞠の服装は、黒色の長袖Tシャツに、薄橙色のミニ丈ジャンパースカートを穿いています。スカート部分はソフトプリーツスカートで、裾は膝上十二センチ、白色の裏地は裾からフリルを見せて輝かせています。灰色靴下は、ふくらはぎの下までを隠し、ハイクルーのサイズとなります。黒のTシャツで格好良さを出し、薄橙色のジャンパースカートが、温もりのある印象を与えてくれます。スカートの裏地から白色を覗かせる事で、純粋さと清楚感を心の中に持ち、灰色の靴下が、星の意識体への信頼感を象徴していると思える服装です」
「す、素晴らしい、とても正確な解説で……まるで私の心が見えているみたい……」
手鞠が控えめに驚嘆してした。
恐怖感は無く、賞賛する感情が現れている。
西暦時代は、他者を蹴落とし自分が優位に立つ為に、誹謗中傷があった。
その為心を、つまり弱みを見せる事を恐れていたが、航宙歴の今は誹謗中傷が無い為、個性を出し、個性が批判される事を恐れる人は、この宇宙船には居ない。
支配欲、独占欲を持つ危険性を、幼い頃から理解している為だ。
「穂華、キルトと大福を全民集会へ向かわせたわよ」
着衣の紹介が終わった時に、コスモスと最中が部屋へと入って来た。
廊下でタイミングを見ていた事を、気配で理解していた私は、微笑みながら返答する。
「じゃあ私達も行こうか、星菜は地下で反省している?」
「えぇ、しっかり反省させているわ」
最中が真剣な表情で答えた。
既に混沌との駆け引きは始まっており、私達の言動を混沌が信用してくれる事が、私達の勝利条件に必要な物になる。
時刻は午後四時。
全民集会という、混沌との戦闘は午後五時の予定だ。
新天地へ行くための準備は最終段階だが、住民の移動を混沌に悟らせない必要がある。
その為、私達が混沌を迎撃する、陽動役になる必要があった。
「最中、私達の籠をお願い、服を忘れたら大変だから」
「えぇ、任せて頂戴、その代わり全員無事にね」
「うん。行って来ます」
混沌を誘導する為のデコイ、魔力順応力の高い私達が、星野家別邸裏庭を目指す。
無駄に広い裏庭と、高い塀を隔てて隣接する噴水公園、この二ヶ所で迎撃する予定だ。
部屋を出て、二階の廊下へ出ると、私の後ろを歩く琥珀が不安を訴えてくる。
「私達にも、連携が出来るでしょうか?」
「琥珀と手鞠は心配しないで、学園での戦闘訓練を思い出せれば、大丈夫だから」
「穂華の管制能力は強力なんだ。格上の敵が来ても勝てるよ」
私の前を歩いていた瀬名里が、自信たっぷりに発言した。
手鞠はそれを疑問として聞いて来る。
「管制能力? ですか」
「うん。戦況を把握して優位に戦えるよう仲間を誘導するの」
本当に危険な時は、私の方で防御を担当する考えだ。
ロゼイナは宇宙に居る敵対勢力に注意を向けているようで、真優先生の一件以来、私達の住む内殻を無視する状況が続いている。
「防御は心配しないで、どうしても防げない時は、私が防御するから」
私の体には、キルトとコスモスが掛けたリミッターがあるが、それでも星の魔力を発動すれば、超音速での移動が可能だ。
狭い空間での高速移動は制御が困難で、発動が長いと宇宙船の構造物や仲間に衝突する危険がある。
それでも、私が自信を持っているのは、時空間に干渉できる為だ。
私は、足元を随伴するコスモスへ目配せをする。
それを見た白茶に茶色の猫は、遮音の魔力を発動させた。
星野家を覆うように、空気が固まり、一切の振動が伝わらなくなる。
「さぁ、これで星野家の外へ、音は漏れないわよ」
「ありがとう、コスモス。今の内に、配置を決めておくね」
階段を降り、玄関へと来た所で役目を伝える。
「瀬名里、花菜、前衛を頼みます。音穏、陽葵、美優は中衛をお願い、琥珀と手鞠は私の横で一緒に後衛ね」
全員を把握出来る位置に居ないと、管制指示は出来ない。
気配で位置を知る事は簡単だが、気配では味方や敵の姿勢までは把握出来ない為、視覚の確保は重要になる。
「それと…………有樹と栗夢は遊撃を担当して下さい!」
一階廊下の奥、風呂の脱衣所で気配を消していた二人へ、私は招集を掛けた。
「あら、バレていたのね」
「穂華から隠れるのは不可能よ」
栗夢、有樹の順に声がして、廊下へと姿を現す。
「二人は籠を持って行きましたか?」
「えぇ、しっかり二つの籠を預けて来たわ」
有樹が返事をして、私達の居る玄関へ二人が近付いて来る。
有樹のセミロングの黒髪が揺れ、黒い瞳には自信が溢れていた。
身長が百七十一センチの有樹は、歩くだけで存在感を放つ。
「下はミニ丈のキュロットにしたんですね」
「えぇ、戦闘で男子の下着は見たく無いでしょう」
女装を譲れない有樹が、最大限に気を使って白色のキュロットスカートを穿いている。
パンツ(ズボン)のように裾が分かれたスカートで、下着が見えずらい点、女性らしく見える点、二つの利点があるスカートだ。
裾は膝上十八センチで、もう少しでマイクロミニ丈になる短さを持ち、ホットパンツの外見にも少し似ている。
似た衣類で、スカパンとスカンツがあるが、スカパンはインナーパンツをスカートの中に設けた物を示し、スカンツはミモレ丈からマキシ丈の長さを持つ、膝より下の裾を持つキュロットスカートの呼び方になる。
「私達は家族ですから、トランクスが見えても良いですけど…………星野家以外の人には見せない方が良いですね」
有樹は男性の下着を穿き、栗夢は女性の下着を身に着けていた。
さすがに下着まで、女装や男装に変更する気は無いらしい。
服の新調で改めて確認出来たので、安心している。
「分かってるわ、穂華達はブラウスを着ないのね」
「フリルやギャザー、装飾があって可愛いのですが、立体的になる分、重ね着には不向きですので」
それに、ブラウスは何かの行事やパーティーに着ていくような特別なイメージと、大人の女性が着るような優雅さを感じて、何故か避けてしまう傾向があった。
「そう? 穂華達がもう少し成長したら、ブラウスの良さが分かると思うわ」
有樹は水色の長袖ブラウスを着ている。
ネックラインはレースアップフロントになっており、袖口はサーキュラーカフスを採用していた。
ブラウスとTシャツは襟が無く、ネックラインの形状で変化を付けている点は一致しているが、Tシャツにはギャザーやフリル、装飾と言った女性を引き立てる物が無い、男性がTシャツを着られて、ブラウスを着られない理由もそこにある。
女装趣味の有樹は例外になるが――。
「そんな物でしょうか?」
「そうよ、一生価値観の変化しない人間はいないから」
私は、ストレートスカートの形状に見える、キュロットスカートの下に目線を移す。
膝下からは桃色の靴下が肌を覆っていた。
男の有樹は体重が七十キロあり、BMIが二十四となっている。
普通体重で、ウエスト七十五センチと、男にしては痩せている方だ。
有樹は、星の信任七割で、BMI二十二の法則に該当しない為、BMIが二十三から二十五の間を身体測定の度に往復している。
「また三ヶ月後が楽しみね」
だから、三ヶ月ごとに服の新調が必要な現状を、有樹は気に入っていた。
服が小さい大きいで、悩む必要が無いから――。
それが最大の理由らしい。
「三ヶ月は衣類を保持して下さいね。無くしたり、浄化戦で傷付いても交換不可能なので乱暴に扱うと、服が途中で無くなります」
「えぇ、分かってるわ。混沌にHHブランドの服は、触れさせないから」
有樹は回避魔力で特殊な物を持っている。
それが有樹の冷静さと優雅さを生み出していた。
二人が私達の居る玄関前まで来ると、有樹の後ろを歩いていた栗夢が急かしてくる。
「早く行きましょう。全民集会の時間まで後五十分よ」
「はい、新調した服の着心地はどうですか?」
「完璧ね。HHブランドに入社したいくらい」
「副代表兼デザイナーは居るので、広報になりますが」
「営業は?」
「営利目的では無いので居ません」
「そう、それならモデルでどう?」
「女性服のモデルなら大歓迎です」
「…………考えておくわ」
これはやる気が無いな――。
栗夢の黒い瞳がゆっくりと私から外れ、顔もショートヘアーの黒髪で隠れた。
男装しか受け付けない意思を感じる。
栗夢は、青色の長袖ニットYシャツを着て、ロング丈のデニムジーンズを穿いていた。
ニットYシャツの襟から胸付近のボタンは外れており、黒色のTシャツが見えている。
身長百六十八センチに、アンダーバスト七十三センチのトップバスト八十六センチと、Bカップの胸を持つ栗夢は、アンダー七十五のBのサイズを持つブラジャーを纏う。
ウエスト六十六センチ、ヒップ九十一センチの体のラインは美しく、体重は六十二キロで、BMIは私達と同じ二十二になっている。
茶色靴下は途中でジーンズの中へと入り、丈を判別不能にさせていた。
「太ももと、ふくらはぎが、もう少し細ければ良かったのに……」
「細すぎると折れますので、今くらいが適正です」
栗夢は、太もも五十二センチ、ふくらはぎ三十五センチの足に悩みながら、左手は右手の二の腕を揉んでいる。
まさか二十七センチの、二の腕まで太いと言うのだろうか――。
「穂華が言うのなら、この太さで納得する事にしたわ」
「はい、栗夢は格好いいので大丈夫です」
ここで間違っても、可愛い、美しいと言ってはいけない――。
男装が普通な栗夢にとっては、批判的な意見に聞こえる為だ。
「ありがとう穂華、優しい穂華は家族として大好きよ」
笑顔の栗夢が、軽く抱擁をしてくる。
私の心遣いを、栗夢は理解してくれていた。
「私も、有樹を姉として、栗夢を兄として大好きです」
私は、家族として好きな本音に、有樹と栗夢への心遣いを添える。
栗夢が、私から離れながら満面の笑みを見せた。
有樹は、優しい笑顔でお礼を述べてくる。
「ありがとう。私達は一生星野家に付いて行くわ」
「浄化戦は任せて頂戴、活躍してみせるから」
有樹の後に、栗夢が二人の意思を伝えてきた。
「はい、信頼してますので、お願いします」
私と二人の会話が止まると、瀬名里から声が掛かる。
「靴はどうする?」
玄関を見た瀬名里が靴の処遇を心配していた。
新調された靴は、私服用に三足と、学園用に二足が、置かれている。
「最中に任せるから心配しないで」
最中に念話を送る。
私だけが、星の意識体へ念話を送信できる能力を持つ。
「最中に伝えたから大丈夫だよ。瀬名里」
「ありがとう。穂華」
今日は、ローファーでは無く、スニーカーを履いて行く、軽くて脱げる心配が少ない点で評価の高い、運動に向いている靴だ。
「行くわよ。穂華」
「うん。コスモス行こう」
茶色のスニーカーを、私と陽葵、栗夢の三人が履く。
瀬名里と音穏、手鞠の三人は黒色のスニーカーを履く為にしゃがんでいた。
白色のスニーカーは、花菜と美優、琥珀と有樹の四人の手元にあり、座った体勢から足へと誘導されている。
「星菜はどうしたの穂華?」
母の姿を見ていない、有樹が尋ねてきた。
栗夢も耳を向けて、私の返答を待っている。
「起動の為に、先に地下に行って貰ったの」
母の沽券を守る為、裸の部分は省略した。
「そう、エンジン起動までに混沌を撃退出来れば良いのだけど……」
「そう甘くは行かないでしょ。有樹は油断しないで、私と全力で動きなさい」
有樹の甘い予測を、栗夢の厳しい優しさが支える。
男性の夢や希望を追う性格と、女性の確実性を求める現実的な性格は、女装や男装の姿でも変化がないようだ。
「全員、靴を履いたわね。出発するわよ」
コスモスの声に全員が頷いている。
私達は、白茶と茶の縞模様の猫を先頭にして、星野家を出た。