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魔化折衷  作者: 星心星道
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魔化折衷(第一章 星野学園)

初投稿です。よろしくお願いします。

※誤字脱字は発見しだい修正しています。(名前の入力ミスや、漢字の変換間違いなど)

序章から三章までは繋がりがあるので、順番に読んで下さい。


7月27日 就寝前の部分 入力ミスを修正 (幽体から霊体に変更)

11月4日 矛盾のある文書を修正(複数箇所)

11月5日 入浴前の会話部分、総人口の矛盾を訂正。


第一章 星野学園


 航宙歴五百十七年四月七日。

 無量大数の星の魔力。私には小学校入学前に受け入れた膨大な星の魔力がある。

 当時に得た知識は豊富で、学園を三年間早く卒業した私は、母から学園長の役職を受け継いで、創立十二年目の星野学園の運営管理をしている。

「明日でこの場所ともお別れね。それまで何も無ければ良いけど」

「混沌には常時警戒しているし、大丈夫だと思うよ」

 私は家の居間で、母と会話をしていた。

「穂華が園児に作ってくれたスモックにも、星の魔力が付加されているのよね」

「うん。混沌の魔力に対して、防御効果があるから、お守り程度にはなると思う」

 服を作るようになった私は、母から園児用の衣類を頼まれている。

「そう、みんな喜んでいたから。新調の時もお願いね」

「分かった。次は女の子用にスカートとレギンス、男の子用にロングパンツを作るよ」

 スカートはティアードスカートを予定している。

 フリルで横を数段に飾ったスカートの名称だ。

 レギンスは航宙歴の始まる以前には、スパッツとも呼ばれていたらしい。

 男子はパンツを、ショーツ、下着(肌着)と解釈することが多いが、女子にとっては、ロングパンツやショートパンツなど、男子で言うスボンの解釈で理解している。

 ショーツは、西暦時代に販売側が浸透させた名前だ。

 その影響か、同じ意味を持つ、パンティーという名称は使用されなくなる。

 西暦という時代には、米国という英語圏において、半ズボン(ハーフパンツやショートパンツ)という意味で、ショーツの名称が使用されていた。

 でも、航宙歴に入ってからは、下着の意味で使用されている。

「今日はお母さんも一緒に行っていい?」

「うん。みんなも呼んでくるね」

「先に玄関前で待っているわ穂華」

「わかった。お母さん」

 私は身支度をしている同居人達を迎えに、二階へと上がる。

 私と同じ星の魔力を持つ子達で、混沌から身を守る為に同居している仲間達だ。

「みんな、そろそろ行くよ」

 私は声を掛けながら、部屋のドアを開ける。

 すると、下着の姿の美優みゆを、瀬名里せなりが追いかける光景があった。

 世話好きの瀬名里が制服を着せようとして、最年少の美優がそれを拒んでいる。

「美優! その姿で登校でもする気? 恥をかくよ」

「だったら学校行かない、だって、服が無い方が動きやすくて良いんだもん」

 二人の追いかけっこを見ていた陽葵ひまりが、私に気が付いた。

 陽葵は、水色の長袖ワンピースの上に水色の長袖ブレザーを着ている。

 ワンピースの白いラウンドカラー(丸襟)には、乙女色のリボンタイが身に着けられていた。

 ワンピースはショート丈のフレアスカートで、膝上五センチの裾が、朝顔型に広がり、ひだ(プリーツ)等によって波打っているシルエットを持つスカートになる。

 スカートの裏地は橙色で、裾がフリルになっていた。

 陽葵が履く橙色の靴下は、ふくらはぎが半分隠れる丈で、ハイカットのサイズになる。

 ロングヘアーの黒髪に赤い瞳が印象的な十四歳の陽葵は、年相応の幼さが残った可愛い顔で、私を確認すると、美優へ向けて語りかけた。

「美優、美優。穂華が来てる」

 陽葵の発言で、二人の動きが止まった。

 騒動の原因である美優が、ゆっくりと私の方を見る。

 桃色のショーツとブラジャーを着た美優と目が合った瞬間、私は静かに語りかけた。

「美優、制服着ないなら置いて行くけど……良いの?」

 言葉に心配の感情を込めて伝える。

「うっ! ……ごめんなさい。すぐに……着ます」

 私の視線に耐えられなかった美優が、素直に制服を着始めた。

 それを、世話好きの瀬名里が手伝い始める。

 ショートヘアーの金髪に黒い瞳を持つ十六歳の瀬名里は、幼さの抜けた美人顔が印象的で、水色の長袖Yシャツに紺色のリボンタイを身に着けて、深緑色の長袖ブレザーを着用している。

 ショート丈のプリーツスカートは、深緑に黒と白の格子柄(タータンチェック柄)で、

裾は膝上七センチの位置にあり、黄色の裏地は裾付近がフリルになっていた。

 黒色の靴下は、ふくらはぎの下の丈で、ハイクルーのサイズを履いている。

 高等部の制服は色の選択が可能で、紺と白と深緑の三色があった。

「みんなは準備できたの? って、音穏は?」

 音穏ねおんの姿が見当たらない、家の中からも気配が消えている。

「音穏なら隠密行動に入ってるわ。穂華を陰ながら支えるって」

 ロングヘアーの黒髪に茶色の瞳の花菜かなが音穏の代わりに返答してくれた。

 花菜は音穏の一年先輩になる。

瀬名里と同じ高等部の花菜は、十五歳で十二歳程度に見える可愛い童顔と、大人びた声にギャップがある子だ。

 花菜は、撫子色の長袖Yシャツに、赤色のリボンタイを身に着けている。

 その上から白色の長袖ブレザーを重ね着していた。

 白色でショート丈のプリーツスカートは裾が膝上七センチの位置で、桃色の裏地と裏地を飾るフリルが可愛い印象を添えている。

 桜色と白色のボーダー(横縞)の靴下は、膝上五センチの丈で、オーバーニーのサイズを履いていた。

「教えてくれてありがとう花菜」

「私の守護霊が、伝えた方が良いと言ってたの」

「八伸様だっけ、身長が八尺ある」

 以前一回だけあった事がある、長身の美しい女性だ。

「そう、一度しか会ってないのに、記憶力が良いわね穂華は」

「今度は八伸様に服を作るね」

「霊体の服も作れるの?」

「うん。任せて」

「そう、それじゃあお願いするわ」

 霊感の特に強い私と花菜は、よく霊の会話をする。

 魔力順応者は霊感も一緒に持つが、強い霊感を持つのは稀で、霊体を直接浄化する私達は特異な存在だ。

「穂華。美優の着替えが終わったよ」

 瀬名里の声に振り向くと、初等部の制服を着た美優の姿があった。

 白色の長袖Yシャツに、黄色のリボンタイを身に着けて、水色のジャンパースカートと水色のボレロを重ね着している。

 スカート部分は裾が膝上三センチの位置で、ショート丈のボックスプリーツを採用していた。

 白色の裏地からフリルが見えていて、美優の可愛さと純粋さを象徴している。

 白色靴下はふくらはぎを半分まで隠す、ハイカットのサイズだ。

 十二歳の美優は、可愛い顔に美人の鱗片を見せている。

「うん。制服を着た美優は可愛いね。抱きしめたいくらい」

 セミロングの黒髪を触りながら、緑色の瞳を私へ向ける美優に、私は語りかけた。

「穂華お姉ちゃんだったら良いよ。私もギュッとしてもらいたい」

「そう? じゃあ、遠慮なく」

 美優の前に近づいて、両手を美優の背中に回す、そっと抱きしめると美優の温かい体温が伝わってきた。

 子を抱く母親の気分とはこんな感じなのだろうか? 優しい感情が溢れてくる。

「はい、ありがとう美優。そろそろ時間だから行こうか、みんな」

 音穏はすでに学園を見張っているようなので、私達五人と母での登校だ。

「美優が玄関に一番乗りする!」

「あっ、階段を走ると危ないよ美優」

 張り切って部屋から廊下、階段を降りようとする美優を追いかけて、世話好きの瀬名里が部屋を出て行った。

「陽葵、私達は歩いて行こう」

「はい、穂華と花菜の間を降ります」

 星野家の階段は横幅三メートルと広い、三人並んで降りても余裕がある。

「このまま隠世に行けそうね」

「花菜、冗談は止めて、管理者の私が反応に困る」

「そうね。軽率だったわ……ごめんなさい」

 階段を三人で降りていく、その姿を見る六つの眼球があった。

「さぁ、出るわよ。閉門二十分前だわ」

 階下の玄関から母の声が届く、下では母と瀬名里、美優が階段を見上げて待っている。

 靴を履いて、鞄を持った玄関の三人は、すでに準備万端のようだ。

 星野家から星野学園までは、徒歩十分程の距離になる。

「今日の通学路は安全ね。怨霊はいないみたい」

「通学時間に居たら問題だからね」

 花菜の独り言に、私が返答をする。

 花菜は時々、ぼそっと霊に関する情報を話す。

 彼女の癖なので、こちらが慣れるしかないのが現状だ。

「穂華と陽葵の鞄を持ってくるわ」

「うん。お願い花菜」

「お、お願いします」

 陽葵は過剰な気遣いで、声が途切れる事がある。

 とても優しい性格だ。

「ありがとう花菜」

「ありが……とう」

「良いのよ。家族なんだし、穂華と私達は愛で結ばれているでしょ」

 花菜が戯けてみせる。

 それで、陽葵の緊張が和らいだ。

 母と私以外は、私が星野家に招いた子達だが、私は彼女達を本当の家族と思っている。

 家族とは血の繋がりよりも、意思や心の繋がりの方が大切だからだ。

 私は、学園指定の靴であるローファーを履いて立ち上がる。

 私と陽葵が茶色、瀬名里と先に出ている音穏が黒色、花菜と美優が白色のローファーを履いていた。

 母は、白緑びゃくろく色の長袖セーターに白のロングパンツを穿いている。

 セーターの中には乙女色のニットYシャツを着ていて、セーターのネックラインから、シャツの襟が前に出る形になっていた。

 靴は桜色のスニーカーで、ラフな格好をしている。

 白色の靴下は、靴とロングパンツの隙間に少し見えるだけで、丈は分からない状態だ。

 三十七歳の母は、年相応の美人で、Fカップの胸を持ち、園児からの人気が高い。

 身長も百六十センチと高めの方だ。

 宇宙船という閉鎖空間の中で一つ利点を挙げるとすれば、服の流行が無いことになる。

 流行に乗らないとダサいという考え方だと、大多数の人間が同じ服装になるからだ。

 個性とは、他者に無い物を周囲に示すことだと、私は考えている。

 流行や人気の服装は魅力的ではあるが、他者と同じ物を示すことになり、個性が薄れる危険があるのだ。

 ここには、人の個性を誹謗中傷する人間は居ない、それは生物にとっての多様性を増加させる要因になる。

「さぁ、行きましょう」

 私達は、母を先頭にして星野家を出た。

 学園までは三百メートルほどと近いが、すでに余裕が無くなって来ている。

 玄関を出ると目の前が、温水の出る噴水公園だ。

 車の無い内殻では徒歩しか移動手段が無く、十三年前に起きた混沌との戦闘が原因で、温泉区画「オリンポス」農業区画「タイタン」の二つ以外は大破し、その機能を停止させている。

 四季のあった宇宙船の環境装置にも異常があり、日中十八度、夜間十二度の気温が十年前から続いていた。

 人口も現在七十六人と少なく、大破した区画には最近になって混沌の魔力を持つ敵が、確認されている危険な状態となっている。

「瀬名里! 校門まで競争だよ。もちろん魔力は無しで」

「美優は負けず嫌いだなぁ、よし、負けた方が夕食の後片付けな」

「うん。分かった!」

「穂華、そういうことでスタートの合図お願い」

 公園の中央、噴水の横まで来た所で競争が始まろうとしていた。

 毎回見る光景で、通算成績は瀬名里の五百七十六勝三十三敗七引き分けになる。

 ここから校門までは百五十メートルほどで、校門前には教師と警備員を兼任する人物が立っていた。

「二人とも良い? 位置について…………よぉい……ドン!」

 私の合図と共に、全力疾走で二つの風が校門へと駆け抜ける。

「二人とも元気ねぇ、穂華は走らないの?」

「私は早朝と夜のジョギングで間に合ってます」

 母の質問に、私は真面目に返答する。

「あら、穂華はもう仕事モードか」

「母さんも早く切り替えた方が良いです。ほら、幼稚園の園児が近寄って来ています」

 慌てた母が仕事モードへ切り替わるのと、幼子が声を掛けて来たのは同時だった。

「ほのかせんせい、せいなえんちょうせんせい、おはようございます」

「おはようございます。今日も海翔かいと君は元気だね」

「おはよう海翔君。一緒に幼稚園へ行こうか」

 元気な男の子の挨拶に、私は明るい笑顔と優しい声で、母は穏やかな笑みと声で挨拶を返す。

 人口の減った内殻で、未成年の男子は希少だ。

 幼稚園で三人、星野男子学園でも五人だけで、宇宙船の中という理由で、外部からの入居も望めない、敵勢力の混沌には完全包囲された状況で、いつ防御結界が突破されて混沌の勢力が侵入するか分からない環境にある。

「ほのかせんせい、さきにいってるね」

 気が付くと私の母と手を繋いだ海翔君が、三十メートルほど先で手を振りながら歩いていた。私はすぐに手を振り返して海翔君を見送る。

「穂華が思慮に耽るのは珍しいわね」

「あの……大丈夫ですか?」

 私と母の後ろから、園児を優しい眼差しで見守っていた花菜と陽葵の二人が声を掛けて来た。

「うん。大丈夫、あっ! 時間の方は?」

「後五分で校門閉鎖、朝のHRまでは後七分」

「急がないと危ないです……」

 冷静に答える花菜と、少し不安そうな陽葵を見て私は決意する。

「あぁ……二人共、ごめんね。ちょっと手を貸して一気に校門まで行くから」

 星の魔力を使う為には、理由が必要になる。

 私的な理由では無く、星に関連した存在を、守りたいという守護の理由だ。

 私は、二人が遅刻しないように願う、遅刻による不名誉や不利益から守護することは、立派な理由となる。

「行くよ二人共!」

 左手に陽葵、右手に花菜の手を繋いだ状態で、加速の魔力を発動させた。

 その瞬間、足が少し浮いて左右の景色が一瞬で流れる。

 遠目に見えていた校門が目の前に来ると、一瞬で加速が止まり私達三人の足が地面へと着地した。

 加速度の急激な変化にも関わらず、体への負荷が無いことに花菜と陽葵は驚きの表情を浮かべている。

「相変わらず見事な加速ですね。穂華学園長」

「警備ご苦労様です。有樹先生」

「学園長が遅刻ギリギリなのは関心しませんよ」

「すみません。以後気を付けます」

「私としては、学園長の魔力順応力を垣間見れたので、嬉しいですけど」

 星絹ほしきぬ 有樹ゆうき先生も、星野家の家族だ。

 セミロングの黒髪に黒い瞳、二十二歳で中等部に見える童顔を持っている。

 服装は、白色の長袖Yシャツに水色のリボンタイを身に着けて、桃色のジャンパースカートと白色のボレロを着用している。

 水色靴下は膝上十センチの丈で、オーバーニーのサイズだ。

 ジャンパースカートの、スカート部分はブルームスカートになっていて、裾が膝上十五センチとミニ丈になっていた。

 靴は白色のローファーで、外見からは教師と判断できない。

「さぁ入ってください、校門を閉めます」

 女性としか思えない声と姿だが、トップとアンダーのバスト差が三センチの男だ。

 百七十一センチの身長があり、女子生徒からの信頼も高い。

 星野家の人は、全員この事実を知っていて、その上で普通に接している。

 有樹には恋人としか思えない男装した女性が居て、安心感を覚えるからだろう、星野家では庭園の離れで生活をしてもらい、トイレや寝床も別にしてある為、有樹が猥褻行為を犯す可能性はとても低い、何より有樹は男子でたった一人の星の魔力の保有者だ。

 星の魔力は、独占欲、支配欲のある人間には絶対に宿らない、二つの欲は混沌の魔力を象徴する物で、混沌側に加わる可能性が極めて高いことが理由に挙げられる。

 子供や恋人の行動を束縛したり、自由意志を奪うことも独占欲、支配欲に該当するので

航宙歴に入ってからは、ストーカーや、子供の進路を勝手に決める親が居なくなった。

「三人共遅いよ何してたの?」

「HRまで後四分。急ぐよみんな」

 美優と瀬名里が不満な顔をしながらも待っていてくれた。

「ごめんね。瀬名里、美優。花菜と陽葵は二人と一緒に先に行って頂戴。私は有樹先生と一緒に職員室へ向かうから」

「分かりました。行こう陽葵、もう時間が無いわ」

「う、うん。有樹先生、穂華学園長。お先に失礼します」

 四人の後ろ姿が平屋の校舎の中へと消えていく、生徒が三十一人と少ない星野女子学園は平屋の元旅館を改装した校舎を利用している。

 靴の履き替えが不要で、外から靴を履いたまま教室へ行ける、その為、朝のHR四分前に校門から走っても間に合うのだ。

「穂華学園長は、童顔で可愛いですね。初等部高学年に見えます」

 ロングヘアーの灰色の髪と、黒色の瞳を持つ私を見て、有樹先生が褒める。

「有樹先生も、中等部に見える可愛い顔じゃないですか」

 私と有樹先生は、お互いに微笑み合う、肌が若いのは良い事だ。

「今日の学園長は…………白の長袖Yシャツ、桃色のリボンタイ、乙女色の長袖ブレザーに、白のショート丈プリーツスカート、あら裏地は撫子色のフリルですか、紺色靴下と茶色のローファー以外は学園長と思えない服装ですね」

「まだ学生と同じ十六歳だからね。あまり堅苦しいのは……って、有樹先生の格好も教師として変ですよ」

「あら、バレましたか……では、お互いに見て見ぬふりというのはどうでしょうか?」

 ブルームスカートを両手で掴みながら、軽くお辞儀をする有樹先生からは、悪戯好きの少年のあどけなさを感じた。

「分かりました。お互いに不問と言うことで」

「柔軟な思考の学園長で助かります」

 校舎からHRの本鈴が鳴り響いてくる。

 それと同時に職員室から届いた気配は、不穏な者だった。

「この気配は…………真優先生? でもこれって」

「有樹先生、確認しに行きましょう。職員室から動かれたら厄介です」

 この気配が本物だった場合、女子学園の移動も考慮しなければいけない事態になる。

「分かりました。行きましょう」

 真優先生ではありませんように――。

 星の気配が薄れ、混沌の気配を出し始めた存在が、職員室に居る。

 私は、それが真優先生で無いことを祈りながら、職員室へと駆けだした。


 職員室のドアを開けると、部屋の中央に身長百五十七センチの真優先生が居た。

 私は最悪の可能性を念頭に置きながら、真優先生へと声を掛ける。

「おはようございます。真優先生」

 真優先生は、空色の長袖ブラウスに黒色で膝丈(ミディ丈)のヨークスカートを穿き、ハイカットの青色の靴下と、黒色のローファーを履いていた。

 長袖ブラウスは、ネックラインがギャザードネックで、袖がビショップスリーブの形状をしている。

「真優先生、大丈夫ですか?」

 返答が無い為、もう一度声を掛けると、返って来たのは返事では無かった。

 反物たんものが真優先生の左腕から伸びて、空中を蛇のように蛇行しながら向かって来る。

「あれは、HHブランドの布地では無いわね、混沌側の素材よ、学園長」

 冷静な有樹先生の声が、背後から聞こえたが無視をした。

 今は前の脅威を取り除かないといけない、私は反物の回避はせず、あえて反物を左手で掴み取った。同時に左足を前に一歩、右足を後ろに一歩動かして一気に反物を引っ張る。

「えっ? そんな……」

 動揺した真優先生は、一気に私の方へと引き寄せられた。

 体と体が接触する間際、私は左腕を彼女の鳩尾みぞおちへと当てる。

「うっ! うえっ」

 左肘ひだりひじを軽く当てただけだが、引き寄せられていた彼女は、加速度の急激な変化を、鳩尾だけで受け止める状態になり悶絶した。

 真優先生のBカップの胸が一瞬だけ揺れて、そのまま床へと倒れ込む。

「あの一瞬で手に星の魔力を纏うなんて、学園長の発動速度は素晴らしいわね」

「あのくらい、有樹先生だって出来るでしょ。それより、真優先生が起きる前に初等部の教室へ運びましょう」

「あぁ、逃がさないようにする為ね」

「そう。私が手の方持つから、有樹先生は足の方をお願いします」

「分かりました。学園長、移送中に真優先生が目覚めたら、眠らせてくださいね。私の方からは表情が確認出来なくなりますので」

「大丈夫、有樹先生を攻撃させるような行動はさせないから」

「頼もしいですね。それでは参りましょうか」

「はい」

 私と有樹先生で、真優先生を持ち上げる。

 そのまま職員室を出た私達は、二十メートルほど離れた初等部の教室を目指した。


「おはようございます。真優先生」

 私は二回目の挨拶を、初等部の教室でしていた。

 初等部の教室が一つ、中等部と高等部合同の教室が一つ、二つの教室しかない星野女子学園では、有樹先生が高等部と中等部を、真優先生が初等部を担当している。

「わ……私は気絶していたのですか?」

「うん。私の返り討ちにあってね。ねぇ、真優先生、混沌に侵食されてるでしょ」

「うっ、見抜かれましたか……」

「真優先生は、独占欲か支配欲を抱いたわね。そこを混沌に狙われた」

 高等部と中等部のHRを終えたのだろう、有樹先生が初等部の教室へと入って来た。

「そうだね。有樹先生の言う通り、真優先生は混沌を受け入れてしまっている」

「美優ちゃん。初等部生徒を教室の後ろへ、念のためね」

「はい、有樹先生。みんな、後ろへ下がって」

 初等部の中で星の魔力が最も強い美優に、有樹先生が指示を出した。

「分かっていて生徒の居る教室へ連れて来るなんて……穂華学園長は大胆ですね」

「職員室だと逃げられる可能性があるからね。教室の方が星の魔力で戦える仲間が多くて逃げることは難しい」

 私が冷静に返答すると、真優先生は悟ったような顔をしていた。

「六割だった星の信任が消えかけています。しかも、混沌の信任が五割に増えて来てるんです」

 真優先生の状態は、独占欲、支配欲を抱いてしまった者の定型的なパターンになる。

 私は混沌の侵食度合を確かめる為に、質問をした。

「何日前から?」

「五日前からです……支配欲を消すことが出来ませんでした」

「真優先生が固執することは何?」

「犬のジェシカです。一週間前に愛犬が亡くなったのですが、死を受け入れることが出来ずに、生き返らせようと、ジェシカの体に治癒魔力をかけ続けていたら、ジェシカを生き返らせる方法があると、心の中で囁かれまして…………」

「それが、混沌のロゼイナだったと」

「はい。穂華、有樹、私はどうしたら良いでしょうか?」

 私も幼少の頃に、混沌のロゼイナに誘われたことがある。

 兄に会えると――。

 しかし、死んだ生き物を蘇生する行為は、対象の魂と体を無理矢理現世に留める支配欲に該当する為、混沌に染まる危険性が高い、十三年前にもそれが原因で大量の魔力順応者が星から混沌の魔力へと染まり、星の魔力保持者を裏切っていた。

 私は、すぐに彼女へ回答せずに、人生の先輩へと意見を聞くことにする。

 私の中に居る意識体で、星達の王様と王妃として混沌と戦って来た存在だ。

「キルト、コスモス。真優先生から混沌を除くことは出来そう?」

 すると、私の右肩に灰に黒の縞模様が入った猫が、左肩に白茶に茶の縞模様が入った猫が出現する。右肩の方が星の王様のキルトで体高六十センチ、体長九十センチの体格だ。

 左肩に居る王妃のコスモスは体高五十センチ、体長七十五センチの体格になる。

 体高は足元から背中までの高さ、体長は前足上の胸から後ろ足上のお尻までの長さで、頭部や首の付近が含まれない事が、人間との最大の違いだ。

 猫や犬など、四足歩行の動物に、この基準が適用されている。

 二体の猫は、私の両肩の真上で浮遊する状態となり、真優先生を見ていた。

「無理そうだな。すでに魂にまで侵食が進んでいる。もって後二日だろう」

「そろそろ、混沌のロゼイナもこちらを観測出来る頃よ。ねぇ、本当はこちらを観察しているでしょ。ロゼイナ」

 二つの意識体が真優先生に問いかけると、その声は現れた。

「お久しぶりね。キルト、コスモス。星野家の幼女を同時に誘った時以来かしら」

 姿は無く、真優先生の胸の付近から声だけが聞こえてくる。

「ロゼイナ、念の為聞くのだけど……オリンポスとタイタンを見逃す気は無いのね」

「えぇ、星の王と王妃が居る場所を見逃すと思う? それに四面楚歌なのは、そちらの方よ。星の信任十割の穂華ちゃんも気になるしねぇ」

 コスモスの質問に、ロゼイナが戯けた感じで返答してきた。

「混沌のロゼイナさん。一つお願いがあるのですが……」

「何かしら穂華ちゃん。混沌に来たいと言うのなら大歓迎よ」

「私の兄と父の体を使う、混沌の意識体に伝えて下さい。私と会う機会があれば、確実に浄化すると」

 姿の無い声だけのロゼイナだったが、息を呑むのが分かった。

「…………キルトとコスモスが人間の中に留まる理由が分かったわ、穂華、貴方に家族や仲間を守る意思はあるの?」

「星側の生物は命を懸けても守ります。しかし、混沌に染まり混沌の魔力を使用する生物は、家族や仲間であっても浄化します」

 混沌の魔力が目指している物は、物質の全く無い世界だ。

 そんな世界を容認する訳にはいかない、宇宙と星は私達が守る。

「そう……欲望まみれの人間から、こんな子が生まれるなんてね。あの時、仲間を送って

殺しておくべきだったかしら」

「そんなに無から生まれた宇宙が嫌いですか?」

 宇宙はビックバンにより、無から始まっているが、それにより生まれた物質が無の空間を狭くしている。

 宇宙が分裂と膨張を繰り返して、無の範囲を圧迫しているからだ。

「当然でしょ。無だけの安定した空間だったのに、突然現れた宇宙が急激に膨張して私達の空間を侵食した。先に攻めて来たのは宇宙と星で、私達は被害者よ」

 高揚した声が、真優先生の胸の中から聞こえて来る。

 真優先生は、体への負荷が大きいのか、再び気を失っていた。

「混沌……いえ、無の最終目標は宇宙が誕生する前の空間に戻すことですか?」

「えぇ、私達は必ず元の世界を取り戻す、物質なんて無には不要なの」

 無の意識体は、物質を消し、宇宙を消失させることで、無だけの世界を再び作ろうとしている。

 無が混沌と呼ばれている所以は、その方法にあった。

 無の意識体は、物質を持たない為に単体では宇宙への干渉が出来ない。そこで考えたのが、宇宙の一部として活動する生物の体を、奪う方法になる。

 意識体は霊に近い特性を持つ、目では一部の生物にしか存在を感知されず、物質を透過出来る点だ。

 霊と異なる点は、時間経過による魂の劣化が無い点になる。

霊は生物の死後の姿だが、意識体は星や無の集合意識が生み出した存在であり、生物では無いからだ。

 無の意識体は、物質の破壊に繋がる意識、つまり負の感情を持つ生物を侵食して、魂を食らう。魂を半分食らった所で、無の意識体が魂の欠けた部分へ接続し、その体を通して物質の破壊をするのだ。

 体を盗まれた生物は、心が死に、幽体を経由して霊体へと変わる。

 残った体は、混沌の意識体が宇宙を破壊する為の、道具として利用され、最後にはゴミのように廃棄処分となる運命が待っていた。

 結果として、決して無の意識体と生物の魂が交わることは無く、互いに反発をしながら無理矢理繋がる渦の構造になった。

 融和の無い、宇宙の破壊だけが目的の無の意識体、彼らが混沌と呼称される所以がそこにある。

「真優先生は私が浄化します。混沌のロゼイナ、貴方も必ず浄化してあげますので楽しみにしていてください」

「そう、意思も固く度胸が有るわね…………いいわ、貴方の意思を挫いて、混沌に染めてあげる。星の信任十割の生物が、混沌に染まることの意味は、理解しているわよね」

 その言葉は私にでは無く、キルトとコスモスに向けられていた。

「あぁ、ある意味穂華との出会いは懸けだ。我々は、混沌を宇宙から追い出し物質世界を守る為に彼女の可能性に懸ける」

「失敗したら、物質世界の消滅が待っているけど、私達、星の意思はそれを承知で穂華に未来を託したの、ロゼイナ、貴方には負けないわ」

 キルトとコスモスの意思を確認したロゼイナは笑っていた。

 声だけで表情こそ確認できないが、楽しい笑い声が聞こえてくる。

「ふふふっ……久しぶりに楽しい戦闘が出来そうよ。星の勢力のみなさん、明日に部下が攻勢に入りますので、私を失望させないで下さいね。彼らは混沌の勢力の中で、最も弱い部下達ですから…………それでは、失礼いたします」

 真優先生の胸から気配が消えた。

「穂華、真優先生は限界だわ。早く浄化してあげましょう」

 有樹先生の発言を聞いて、私は真優先生を見る。

 真優先生の体の様子を見た私は、美優の方を向くとアイコンタクトを送った。

 美優が頷いたのを確認してから、私はキルトへお願いをする。

「キルト、私達の周囲だけ、遮断して」

「了解した」

 キルトが右前足を上げると、肉球が光った。

 光が広がって、教室の前側半分が灰色の膜に包まれる。

「相変わらず強いわね。発動速度が速く、威力も大きい……キルトが人間の男だったら、惚れていたわ」

 女子学園でも、女装男子と周知されている有樹から、不穏な言葉が出た。

「そのセリフ、生徒の前では言わないでね。みんな引くから……それと恋愛感情で独占欲や支配欲を持たないように注意して。星の信任七割の有樹先生が、混沌になったら栗夢が悲しむから」

「私は大丈夫よ。栗夢には自由に行動してもらいたいし、誰かを束縛しようとは思わないわ」

「分かった。少しでも混沌に傾いたら言ってね」

「えぇ、必ず学園長に伝えるわ。HHブランドの服を着られなくなるのは嫌だもの」

 バストとアンダーバストに差の無い有樹先生は、私がオーダーメイドで作った女性用の服を気に入っている。

 体が男子でありながら、心が女子だと服装で困る部分もあるようだ。

「コスモス、真優先生のスキャンをお願い」

「分かったわ」

 コスモスが私の左肩で浮遊しながら、左前足を前にかざす。

 すると肉球部分が灰色に発光して、真優先生の胸を淡く照らした。

「……急激に侵食が速まっている……ロゼイナの通信機として利用された影響ね…………もって後六時間しか心は生きられないわ……その後は、混沌の意識体の道具になる」

「残念だが、ここで浄化するしか無いな。今解放したら次は敵として現れる」

 星の意識体であるコスモスとキルトの意見に私は頷き、有樹先生へと声を掛ける。

「有樹先生、浄化を始めるので、警戒をお願いします」

「分かったわ学園長。キルトとコスモスも一緒に警戒してね」

「言われなくても、分かってるよ」

「有樹先生、信頼してますよ」

 一人の人間と、二つの意識体の会話を聞きながら、私は意識を真優先生の魂へと集中させる。浄化とは魂から混沌を剥離し、混沌を強制的に無に帰すことだ。

 憑依した霊体を体から除霊する事に似ているが、混沌の意識体は、星の魔力を所持した生物でなければ浄化が出来ない。

 つまり、独占欲と支配欲を持つ生物に、混沌の浄化は不可能ということになる。

「百萌精密突撃モード。目標、心臓左心房」

 私の前、意識不明の真優先生の真上に、百萌ももという愛称の針が現れた。

 星の魔力により私が生成した魔力武器の一つで、全てに愛称がある。

「百萌……突撃」

 瞬間、針が超音速で真優先生の左心房へと刺さった。

 真優先生は苦悶の表情を浮かべるが、声は出さず汗を浮かべている。

「じゃあね真優先生、混沌は私が必ず宇宙から追い出して見せるから」

 一瞬、安堵の表情を出した真優先生の体が、灰色の光に包まれた。 

「嘘、浄化って五分は掛かる作業じゃないの…………」

 たった一分で浄化を終えた私を、有樹先生は驚いて見ていた。

「有樹先生は、五分掛かりますか?」

「えぇ、調子の良い時でも三分は掛かるわ」

 灰色の光が治まると、真優先生の体は消滅していた。

 混沌に染まった者は、心が生きていたとしても、混沌を引き剥がした時の痛みに加え、魂の半分を欠損した痛みが現れる為、絶命する。

 死体が残らないのは、別の混沌の意識体が入るのを防ぐ為と、蘇生させようとする者が現れないようにする為の防衛手段だ。

 十三年前の星からの大量離反を教訓としている。

「遮断を解除するぞ、穂華」

「うん。ありがとうキルト」

 灰色の膜が消えて、廊下や初等部の生徒が見えた。

 有樹先生は、少し考え事をすると、今後の危険を指摘してくる。

「ペットの死体も消滅させないと、真優先生の後を追う者が出て来るわね」

「そうですね……キルト、人間以外の生物の体も、消滅の対象に出来る?」

 私は、有樹の意見に同意した、同じ理由で混沌へ染まる仲間を作る訳にはいかない。

「少し時間が掛かるが、可能だ。我々の方で調整しておこう、コスモス。意識体の代表を招集だ。穂華、すまないが体の中で会議をさせてもらうぞ、星の信任十割の穂華の中であれば、みな安心して集合するからの」

「はい、分かりました」

 外見が猫に似た意識体が二つ、私の体の中へと溶け込んで行く、無量大数に及ぶ意識体を宿す私は、宇宙で最も安全なシェルターと言っても良い存在だ。

 混沌の魔力を浄化し、独占欲や支配欲を否定できる特異な存在である限り、その状態は維持される。

 私は、周囲の気配を探りながら、教室の後方で六人の初等部の生徒を守っていた美優に声を掛けた。

「美優大丈夫だった?」

「うん。初等部は全員無事、混沌の気配も全員無いよ」

 美優は、初等部の生徒に混沌の気配を宿した者がいないか確認してくれたようだ。

 後は、壁に耳ありを再現している仲間に状況を聞き、幼稚園の安全を確保する。

「了解……そこで、聞き耳立てている瀬名里さん。高等部と中等部の方は?」

 初等部前の廊下、初等部の壁に張り付くように生徒達が集まっていた。

「ぜ、全員混沌の気配はありません。みんな無事です」

「そう。音穏! 防御結界外側の状況は?」

 私が大きめの声で呼び掛けると、一瞬で音穏が姿を現した。

 西暦時代の忍者と暗殺者を祖先に持つ音穏は、隠密と探知能力に長けている。

「目視で偵察しました。防御結界の外側に混沌の魔力保有者が数人居ます」

「すぐに入って来そう?」

「いいえ、牽制とこちらの動向調査が目的だと思います」

「敵側の斥候ってところね」

「はい」

「分かった。それはそうと音穏。制服が汚れてる」

私は、桜色のハンカチで音穏のスカートに付いた土汚れを拭き取る。

「ありがとう」

「音穏、少し身嗜みに気を配って。音穏は可愛いのに、汚れてると可愛さが半減するよ。あっ、リボンタイが曲がってる」

 私は音穏の前に立って、彼女のリボンタイを直す。

 陽葵と同じ中等部の音穏は、白いラウンドカラー(丸襟)の水色長袖ワンピースに深緑のリボンタイを身に着けて、水色長袖ブレザーを着用している。

 ワンピースのスカート部分は、膝上五センチのショート丈フレアスカートと陽葵と同じだが、裏地の色が異なり、黄色のフリルが裾から出ていた。

 靴下は膝下の丈で、黒色のハイソックスを履き、靴は黒色のローファーを履いている。

 音穏は私がリボンを直すのを、顔を赤くしながら見ていた。

 セミショートの黒髪と青色の瞳を持つ、十四歳の音穏は、童顔の所持者で初等部高学年と、大人から見間違いされやすい。

 音穏の着衣を直し終えた私は、有樹先生へと話し掛ける。

「有樹先生。栗夢先生に連絡を、星野女子学園を星野家別邸へと移動します」

「分かりました。送信の魔力で伝達しておきます」

 私の指示を受けた有樹先生が、職員室の方へと教室を出て行った。

 初等部の教室には、初等部から高等部までの生徒、二十一人が集まっている。

「みなさん、これから混沌の侵攻に備えて、防備の固い星野家別邸へ学園を移します」

 明日の夕方までを乗り切れれば良いのだが、混沌が侵入済みの場所は危険が大きい。

「家族はどうしたら良いですか?」

 中等部の生徒が、不安を訴えた。

「家族の人には別邸に隣接したマンションに宿泊してもらいます。宿泊の説明については生徒のみなさんから家族へとお願いします」

 緊張した空気が和らぐのを感じる。

 大きな不安が一つ解消したからだ。

「花菜、陽葵、幼稚園の生徒を迎えに行ってあげて、母一人だけだと大変だろうから」

 幼稚園は私達が今居る平屋校舎の裏手にある。

 母は魔力を持てない代わりに、気配や視線の察知能力が高い。

 今は、園児を集めて校舎側の気配を伺っている頃だと考える。

「分かったわ、行って来るわね」

「わ、分かりました」

 冷静な花菜と、緊張気味の陽葵、二人の後ろ姿を見届ける。

 他の生徒も一斉に荷物を纏め始めた為、休み時間のような喧騒が出てきた。

 早い生徒は荷物を纏め終えていて、廊下で次の指示を待っている。

「さてと……鈴川 琥珀さん、煤川 手鞠さん、こっちへ来て頂戴」

 私は、中等部一年の琥珀こはくと、初等部六年の手鞠てまりに声を掛けた。

「学園長なんでしょうか?」

 少し警戒する琥珀に、私は笑顔を見せ、二人へ向けて語り掛ける。

「二人共、通学再開日に迷惑を掛けてごめんね」

 琥珀は血の病気で、手鞠は細胞の病気で休学していたが、体が完治した為、学園へ復帰して来た。

「あの、学園長……私達、病院を退院したので、家が無いのですが……」

「か、看護婦からHHブランドの代表者が私達の家を提供するって聞いたんです……」

 琥珀、手鞠の順に不安を訴えてくる。

 二人は瀬名里達と同じ孤児で、十三年前の悪夢が、孤児の多い環境を生んでいた。

 通常は、孤児専用の寮に入って貰うのだが――。

「琥珀、手鞠は私の氏名が分かる?」

「えぇと、星野 穂華さんです」

 答えたのは、琥珀だった。

 私は二人を諭すように、手鞠へ聞く。

「そう、手鞠、私のイニシャルは?」

「……H、Hって、あっ!」

 手鞠が気が付き、琥珀へと耳打ちする。

 琥珀の表情が驚きへと変化した所で、私は本題を伝えた。

「私の家に荷物は届いてあるから、今日から家族の一員として生活してね」 

 二人は星の信任が九割に増加している。

 病気が完治したのも、星からの信頼を勝ち取れた恩恵だ。

 顔を赤くした琥珀が、用事を伝えてくる。

「……病院の方で手続きがあるので、夕方に行きます」

「分かった。玄関前で待ち合わせね」

「は、はい分かりました」

 私の回答には、緊張気味の手鞠が答え、解散となった。

 二人が廊下の隅、友達の元へと離れて行く、琥珀と手鞠の顔は真っ赤になっている。

 どうしてだろう――。

 私が二人の事を考えながら、初等部教室へ入ると、有樹先生が戻ってきた。

「栗夢先生と連絡が取れました。男子生徒の手綱は握っておくと言ってましたわ」

「ありがとう有樹先生」

「穂華学園長、職員室の資料や小物も移動します? 結構ありますけど」

 机や椅子は別邸にある為、重量物の移動は必要無い、だけど資料や小物だけでも結構な重さになる。 

 私は教室の窓際で初等部の友達と会話している美優と、廊下から初等部の教室を覗いていた瀬名里を呼んだ。

 そして、朝から元気の良い二人にお願いをする。

「瀬名里と美優は、有樹先生と一緒に職員室の小物の移動をお願い」

「分かった。素早く移動させる」

「瀬名里、別邸まで競争だよ」

「お、良いねぇ美優、さっきの負けをチャラにしてやる」

 発言から察するに校門までの競争は美優が勝っていたようだ。

「良いよ。その代わり瀬名里が連敗したらトイレ掃除追加ね」

「うっ! トイレ掃除かぁ…………分かった。その懸け乗った!」

 その様子を心配そうに見ていた有樹先生が聞いて来る。

「穂華学園長。あの二人で大丈夫なの?」

「態度は悪く見えるけど、有言実行は出来るから、口だけの相手よりは信頼出来るよ」

「そう、ならしっかり手伝ってもらうわね」

「えぇ、疲れたぁって言うほど運ばせてやって」

「分かりましたわ。瀬名里、美優、行くわよ。付いて来て」

 有樹先生に手を引かれる状態で、瀬名里と美優が教室を出る。

 この頃になると、全生徒が身支度を終えて、別邸へと移動する合図を待っていた。

「幼稚園の生徒が合流したら、すぐに出発します。それまでは昇降口の外に集合して待機していてください」

 私の指示を受けた生徒達は、冷静な態度で移動を開始する。

 混沌との戦時状態でありながら、平時の生活を営む特殊な環境を生徒の一人一人が理解しているからだ。

「音穏は私と一緒に付いて来て、生徒を護衛しながら噴水公園を横断するから」

「分かりました」

 移動する生徒達の最後尾を、私と音穏の二人が歩く、昇降口までは徒歩三十秒と近い為すぐに待機をする状態となる。

 五分ほど待つと、十人の小さな人影と、三人の大きな人影が見えてきた。

 園長先生である母が先頭で、花菜が左側を、陽葵が右側を、丁度、幼稚園の生徒を囲むようにして引率している。

 高等部が先頭を、初等部と園児が中央を、中等部が後方に付く隊列になると、母が真優先生のことを聞いてきた。

「真優先生の最後はどうだった? 穂華」

「途中、苦悶の表情を浮かべたけど……最後は安堵の表情で浄化出来ました」

「そう、それは不幸中の幸いね」

「はい……幼稚園の方で移動が必要な資料や小物はありませんか? 有樹先生と瀬名里と美優が職員室の資料と小物を運ぶので、ついでに運ばせます」

「幼稚園の方には無いわね。生徒の名簿も、資料も、このバレルバッグに入れて来たから大丈夫よ」

 そう言うと、母はパンパンに膨らんだ黄色のバレルバッグを片手で掲げて見せた。

 どう見ても、二十キロ前後はありそうなバッグを、肩に掛けることも無く、片手で楽々と持っている。

 母は、生身の人間としての力しか無いが、筋力は高いようだ。

「穂華、何か今…………失礼な事を考えなかった?」

 す――鋭い――。

「…………別邸に着いてからの行動を考えていました。警備装置の新設と身体測定の警戒態勢、明日の夕方まで混沌が攻めて来なければ良いのですが…………」

「それは無理でしょうね。一戦は交えるはずよ」

「はい、みんな戦う覚悟は出来てますが、実戦経験が無いのが不安です」

 VR、仮想空間での戦闘訓練であれば学校の授業で週十時間ずつ行ってきた。

 信任六割から上は戦闘を、下は避難の仕方や後方支援の知識を学び、新天地での活動に向けた準備をしている。

 しかし、実戦で動ける仲間が何人居るかは未知数だ。

「いざとなったら、穂華が一人で混沌を撃退してくれるでしょう?」

「なんか、含みの有る言い方ですね。お母さん」

「失礼な事を考えていた穂華へのお返しよ」

 どうやら、感の良い母を誤魔化しきれていなかったようだ。

 だから私はある条件を提示する。

「夕食のチーズフォンデュで手を打って貰えませんか」

「懐かしい料理ね……良いわ。それで勘弁してあげる」

 六万五千五百三十五ヶ所、全ての宇宙から信任を得て、無量大数の星の魔力を体の中に秘める私だが、プライベートでは母に勝てないようだ。

「内輪もめは解決した? なら、そろそろ出発しましょ。ほら、みんな待ってる」

「あれ、いつの間に合流して居たんですか有樹先生」

 青色のキャリーバッグを持った有樹先生が後ろに来ている。

 有樹先生の背後には、赤色のキャリーバッグを持った瀬名里と、緑色のキャリーバッグを持った美優が来ていた。

「学園長と園長先生が、内輪もめをしている間にね。あ、それと私はグラタンね」

「美優はピザ!」

「私は、ハムとチーズの入ったナンで」

「わ、私は……チーズを餃子の皮で包んで揚げた料理を……」

「…………薫製のチーズで……」

「主、私はチーズカレーが良いです」

 有樹先生、美優、瀬名里、陽葵、花菜、音穏の順番で料理のリクエストが出てきた。

「これは、星野家の料理長として同意するしか無いわね。穂華」

 母は、含みの有る笑顔を見せている。

 その肉親を、私はジト目で見ながら、仲間のリクエストに肯定せざるを得なかった。


 星野女子学園の移動を無事に終え、お昼ご飯の後で生徒を下校させた私は、有樹先生、栗夢先生と一緒に星野家別邸の警備装置を強化していた。

 男子学園も今日はお昼で授業を終わらせて、星野家別邸に隣接したマンションへの宿泊を、家族と一緒にして貰っている。

 有樹先生には二百坪の別邸を担当してもらい、私と栗夢先生は五百坪の裏庭が担当だ。

「栗夢先生、男子の様子はどうでしたか?」

「魔力順応力の無い彼らだけど……冷静さと心構えは一人前ね。逆に女子生徒を心配する余裕が有ったわ」

「そうですか、それは頼もしいです」

 名間なま 栗夢くりむ先生は有樹先生と同じ二十二歳で、星野家の同居人だ。

 白色の長袖Yシャツに青色のネクタイを身に着け、紺色のシングルスーツを着ている。

 下は紺色のスラックスを穿いて、黒色の靴下と茶色のローファーを履いていた。

 スラックスはロング丈の為、靴下の丈は分からない状態にある。

 私は、黒髪のショートヘアーに黒い瞳の栗夢先生へ、素朴な疑問を投げかけてみた。

「男性用のスーツなんですね」

「あら、有樹の女装は肯定で、私の男装は否定するの?」

「いえ、ただ今まで見かける機会があまり無かったので」

「あぁ……そういえばそうね。見慣れて頂戴、私は男装の方が多いから」

 私は、栗夢先生が穿くHHブランドのスラックスが目に止まった。

 スラックスは背広や制服など、特定の上着と対で用いるロングパンツの事で、男子生徒の制服にも採用されている。

 西暦の時代には、女性用のロングパンツの事も、スラックスと呼んでいた。

 しかし、航宙歴の今は、背広や制服を着た場合のみ着る衣類として、スラックスが存在している。

「栗夢先生、スラックスが傷んでいるので、後で新しいのを支給します」

「あら、作ってくれるの?」

「はい、後でサイズを測らせてください」

「HHブランドより良いのを作れるかしら」

「それ、分かってて言ってますよね」

 HHブランド代表が私だと分かってて、とぼける栗夢先生に、私は不快な表情を示す。

「ごめんごめん。埋め合わせに裏庭の警備装置は私が全部担当するから」

「分かりました。では、お願いします」

「あっ、その代わり有樹の様子を見てきて、彼、人目が無いと気が緩むから」

「はぁ…………私、栗夢先生の方が学園長向きな気がして来ました」

「穂華には星と星に属する仲間に好かれるっていう、自慢すべき長所があるじゃない」

「でも……」

「でもじゃない。私の口の上手さはあくまで社交性においての優位であって、星の信任や混沌の浄化には何の利点も無いでしょ。要は適材適所ってこと、穂華が学園長になったのは、ちゃんと理由が有るのよ」

「分かりました。私に出来ることをやってみます」

「えぇ、その前向きな気持ちが穂華の良いところよ。ところで、星菜さんと瀬名里ちゃん達はどうしたの? ここには居ないようだけど……」

「私が夕食を作る代わりに、タイタンへ食材調達に行って貰ってます」

 星野家に同居している家族は、母と一緒に夕食の食材を農業区画「タイタン」へ取りに行って貰った。

「食材ってまだ食料庫に大量に無かったっけ?」

「お昼に出た料理、覚えてますか?」

「あぁ……チキンにオニオンスープにラビオリにポルチーニ茸のバター焼きに豪華な料理だったけど…………まさか、穂華が作ったの?」

「はい、夕食のリクエストを聞いていた生徒達が自分達も食べたいと言い出しまして」

 ラビオリは、小麦粉を練って作ったパスタ生地の間に、挽き肉やチーズ、みじん切りの野菜を挟み、四角に切り分けた料理だ。

「男子生徒にまで作る必要は無かったのに」

「噂で広まったら、男子生徒から不平不満が出ますから、女子生徒に出す以上、男子にも出さないといけません」

「結構律儀なのね。穂華って」

「その影響で星野家の食材が空になったんですけどね」

「リクエストを生徒達の目の前で言い出したのは、瀬名里ちゃん達なんでしょ?」

「はい、ただ母に対してだけは、私の方から提案しています」

「どうして?」

「感の良い母の前で、筋力の高い母だと考えてしまったので」

「あぁ、それは自業自得ね。星菜さんは相手の心の中まで気配で察せる人よ」

 母は魔力が使えない、しかし、視線や殺気、気配だけで相手の動きを把握出来る特技がある。

「食料調達には、星の魔力が使えるのよね?」

「はい、星の意識体達から特例として認めて貰っています」

 私達の生死に直結する食材は、星の意識体達も、特別に星の魔力の使用を許可してくれている。

 移動で加速の魔力を、食材に対しては運搬の魔力を使えば大量の食材を移動可能だ。

「そういえば……有樹が資料と小物の移動で疲労していたけど……人力だったの?」

「生徒の護衛に対しては星の魔力が使えましたが、資料と小物の運搬は星を守る事と関連性が無いので許可が下りませんでした」

 星の魔力は、星が自分達を守る為に生命に貸し与えている力だ。

 自分本来の力では無い為に、思いのままに使用出来る魔法とは、違う存在で有ると認識する必要がある。

「そう……精神力さえ有れば、欲望のままに使える魔法で無くて良かったわね」

「どうしてです?」

「私達の得た力が、星の魔力では無くて、魔法だったら……今頃私達は独占欲や支配欲に染まっていたはずよ。人間は欲を糧として生きる生物だから」

「そうですね。誹謗中傷が無くなったのも、星の魔力が有るからだと思います」

「えぇ、私達は独占や支配を捨てた人間らしからぬ人間、新人類ってところかしら」

「はい、混沌に対抗する為には、今の私達のような存在が必要です」

「そうね。新人類同士頑張りましょう穂華」

「はい、私は有樹先生の方を見て来ますので、庭の方はお願いします」

「えぇ、任せて頂戴」

 栗夢先生の笑顔を確認した私は、星野家別邸の庭から、別邸の中の警備装置を強化している有樹先生へ向けて歩き出す。

「有樹より穂華の方が魅力的かも……あっ、でも穂華は恋愛に疎いところが有るか……」

 栗夢先生の発した不穏な言葉を、別邸の裏口に手を掛けていた私が知る事は無かった。


 平屋の星野家別邸には、T字の廊下と四つの部屋が存在する。

 私が入った裏口から見ると、直線の廊下に、左に食堂と休憩室、右に大会議室が有り、食堂と休憩室の先には左に進める廊下があった。

 左へ曲がると右側にトイレがあり、曲がらずに真っ直ぐ行くと、正面口がある。

 正面口の手前左は警備室で、室内の機械が警備装置と連動していた。

「有樹先生! 何処ですか」

 私は、大声で呼んで耳を澄ます。

「学園長、私はトイレの方ですわ」

 左に曲がった廊下の先、トイレの方から声が響いた。

 私は、その声をめがけて歩みを進ませる。

「だ……男子トイレ……」

 右側の二つのトイレの内、手前の男子トイレから手が出ていた。

 仮にも男子である有樹先生を警戒して私は一歩下がる。

「学園長? どうしたんですか……あぁ、ここ男子トイレでしたね。配慮が足らずに申し訳ありません」

 有樹先生が男子トイレから出て来た。

 手には旧式の警備装置が有り、交換を終えたことを示唆している。

「い、いえ……交換ご苦労様です。残りは何処ですか?」

「後は、警備室と大会議室ですわ。奥の方から交換していましたので」

 そう言って有樹先生は裏口側を指差す。栗夢先生が心配する事は無かったようだ。

「分かりました。大会議室を担当しますので、有樹先生は警備室をお願いします」

「了解しました学園長。それでは、これをお願いしますわ」

 黒色のエンベロープバッグから、二つの警備装置を取り出して渡してくれる。

 私は、それを両手で受け取ると有樹先生と別れて、大会議室へと入室した。

 中は幅十一メートル、長さ二十五メートルほどの部屋で、窓からは高い塀が見える。

 鉄筋コンクリート製の別邸だが、長机と椅子が木製で、引き戸やロッカーが木目調の柄で有るため、最低限の温かさは確保していた。

「旧式の警備装置は…………あぁ、あったあった」

 大会議室の窓際、中央部分の柱に、警備装置が二つある。

 私は、交換の為に星の魔力を両手に纏わせた。

 そして空の右手を旧式の警備装置へと近づける。

 すると、勝手に装置が外れて私の手に収まった。

 今度は左手に持つ新しい警備装置を、柱へと近づける。

 今度は逆に壁へと装置が吸い寄せられた。

 私は、これを二回繰り返す。

「これで、この部屋の交換は完了っと……」

 警備装置は防犯上の理由から、星の魔力保有者で無ければ交換が出来ない、混沌の生物に解除されることを防ぐ為で、人力や混沌の魔力では絶対に取れない防衛機能がある。


 私が交換を終えて廊下に出ると、有樹先生と栗夢先生が正面口の前、丁度警備室の横で談笑をしていた。

 女装の男子と男装の女子、嗜好が似ている為か、二人は恋人のように仲が良い、寝食を共にしているほどで、結婚も間近ではないかと噂が出ている。

「有樹先生、栗夢先生。ご苦労様です」

「ご苦労様、学園長も終わりましたか?」

 私が声を掛けると、栗夢先生が返答をしてくれた。

「はい、ということはお二人もですか?」

「えぇ、終わって夕食の話をしていたところですわ」

 女性の口調で、有樹先生が答えてくれる。

「それじゃあ、戸締まりをして帰りましょう。そろそろ食材調達に行った母や瀬名里達も帰って来るはずです」

「分かりました。有樹、行きましょう楽しい夕食が待っているわ」

 外はまだ明るいが、後一時間ほどで夕日が再現された照明になる。

 ここが宇宙船の中で有ると言う事実を、忘れそうになる再現度だ。

「えぇ、行きましょう。学園長、裏口と窓の戸締まりは終えてますので、警備装置の起動と正面口の施錠をお願いしますわ」

「はい、任せてください。料理が出来たら離れに呼びに行きますので」

「お願いね」

 二人は長年連れ添った夫婦のように正面口を出る。

 私は、警備室で警備装置を起動させてから、正面口を出た。

 正面口の施錠も星の魔力が必要で、混沌の魔力での解錠は絶対に不可能になる。

「まるで西暦時代の銀行の金庫室ね……見たこと無いけど」

 厳重な警備装置と、厚さ二メートルの壁を持つ別邸は、意識体から教わった西暦時代の金庫室を連想させた。

 私は施錠を済ませると、家へと歩きながら明日の予定を思い出す。

「明日は、午前に身体測定と、午後に全民集会か……」

 身体測定は定期的に行っていて、衣類の供給元がHHブランドしかない環境の今、衣類のサイズを記録更新する為に必要な行事だ。

 有樹先生が男子生徒と成人男性を、栗夢先生が成人女性を、母が園児を担当する。

 私の担当は女子生徒で、今回は別邸で測定する予定だ。

「混沌が来るとしても、明日の夕方まではオリンポスを死守しないと」

 混沌の侵食で、緩やかな崩壊を迎えている宇宙船スターマインドは、安住の地とは言えない、混沌の包囲を突破して新天地を目指す必要がある。

 穂華、生物に対しての消滅手続きが終わったわ――。

 心の中から、コスモスの声がした。

 我々はもう休むから、穂華は早く星野家の玄関へ行った方が良い――。

 キルトの声に玄関へと注意を向けると、二つの見知った気配がいる。

 うん。すぐに向かうね、ありがとうキルトとコスモス――。

 それじゃあお休み穂華――。

 また明日な穂華――。

 また明日――。

 キルトとコスモスの気配が、体の中に消えた事を確認した私は走り出す。

別邸の敷地内を抜けて、噴水公園側に出ると二人の人影が星野家の前で立っていた。

「琥珀、手鞠、早いねもう来てたんだ」

 時刻は午後四時、私は、もう少し遅く来ると思っていた。

「これから、よろしくお願いします」

「お願いします」

「よろしくね。琥珀、手鞠」

 左手に深緑色のノヴァックバッグを持ち、茶色のリセサックを背負った琥珀は、音穏や陽葵と同じ中等部の制服を着ていた。

 水色の長袖ワンピースと、水色の長袖ブレザーはまだ新品同様で、彼女が病院から退院したばかりである事を、示唆させている。

 白いラウンドカラーには、深緑色のリボンタイが身に着けられていた。

 膝上五センチに裾がある、ショート丈フレアスカートの緑色の裏地は、裾部分がフリルになっており、琥珀の優しさと冷静さを感じる。

 ハイカットの白色靴下を穿き、白色のローファーを履いた琥珀は、セミショートの黒髪に金色の瞳を持ち、嬉しそうな顔をしていた。

「よろしくお願いします。穂華学園長」

「学園以外では、穂華で良いよ。星野家ではみんな穂華と呼んでくるから」

「はい! よろしく穂華」

 琥珀と握手をすると、私は手鞠の方を見た。

 彼女は陽葵と雰囲気が似ている。

 手鞠は美優と同じ初等部の六年だ。

 右手に黒色のサッチェルバッグを持ち、青色のメッセンジャーバッグを背負っている。

 彼女も制服のままで来ており、白色の長袖Yシャツに青色のリボンタイを身に着けて、水色のショート丈ジャンパースカートに、水色のボレロを着ていた。

 スカート部分は美優と同じボックスプリーツで、裾も膝上三センチと同じだが、裏地は美優とは違う黒色で、裾のフリルも黒色になっている。

 黒には暗い印象があるが、手鞠の纏う気配は、黒糖のような甘い雰囲気で、黒色は彼女の甘え心と、遠慮する優しさを象徴していた。

 ハイカットの黒色靴下を穿き、黒色のローファーを履いた手鞠は、私の右側に近付くと抱きついて来る。

 ロングヘアーの黒髪が私の服へと密着して、紫色の瞳が私を見た。

「ずっと、HHブランドを作った穂華に憧れていました」

「私も、手鞠のような素直な子が妹になってくれて、嬉しいよ」

「い、妹ですか?」

「うん。星野家のみんなは家族だから」

「う、嬉しいです……」

「私も一緒に抱き付く」

 手鞠と琥珀、二人からの抱擁に私は嬉しくなる。

「二人共、星野家のみんなと仲良くしてね」

「はい、みんなと家族になって仲良くしたいです」

 琥珀から素直な回答が届いた。

 続いて、手鞠からは少し不安な返答が来る。

「星野家の仲間で、穂華ハーレムを目指します!」

「そう……支配と独占は抱かないようにね」

「はい!」

 私は、不安を受け流す事にした。

 二人が私から離れた所で、声を掛ける。

「さてと、琥珀右手を貸して、手鞠は左手を」

 差し出された二人の手に、私の手を重ねる。

 琥珀の右手と私の左手、手鞠の左手と私の右手、丁度私を真ん中にして手を繋ぐ状態となる。

 私は、星野家の玄関を見据えると、二人に向けて歓迎の言葉を発した。

「星野家へようこそ! 琥珀と手鞠の入居を心より歓迎します」

 笑顔を見せた二人の手を引き、私は、家の中へと入る。

 それは、家族の増加という嬉しい場面だった。


 個室が無く、大部屋で一緒に寝る事実に驚く二人だったが、一人で居たいとは思わないようだ。

 不快な感情は無く、むしろ同年代と寝食を共に出来ることを嬉しがっている。

 離れに居た、有樹や栗夢も歓迎してくれたが、本人達は教師の同居に驚いていた。

 今は、星野家の案内を終えて、リビングのソファーに座って貰っている。

 私は、料理の準備でキッチンに入っていた。

「わ……私達も何か手伝えませんか?」

「今日は初日だからゆっくりしてて、自己紹介が今日の二人の課題だから」

 心遣いをする手鞠の思いだけを受け取る。

 自己紹介も終えていない二人に、星野家の家事をお願いすることは出来ない為だ。

「琥珀は花菜と友達なんだよね」

「はい、私は霊感は弱いですけど……花菜とは気が合うので」

「うん。心さえ開いていれば、全員と仲良く出来るよ。個性を誹謗中傷する人は、星野家には居ないから」

 娯楽が少なく、利便性の低い環境も、人を無視する原因を無くしている。

 人との関わりこそが、喜怒哀楽を生み出す土台であると教えてくれるからだ。

 娯楽が多いと他者との関わりを重視しなくなり、利便性が高いと他人を頼らなくなる。

 一人でも生きていける、他人なんてどうでも良いという感情が、誹謗中傷を生み出す。

 私は、この田舎のような環境が好きだ。

 だって、他人を傷付ける心の貧しい人間が、生まれにくいのだから――。

「ただいま!」

 玄関の方から元気の良い声が届いた。

 続いてリビングへ駆けてくる足音が聞こえる。

「こら! 美優。廊下を走るな!」

 瀬名里の声が足音を追いかけるように付いて来た。

 私は、いつもの光景に自然と笑みがこぼれてしまう。

「おかえり、美優、瀬名里」

 リビングのドアが開くと同時に私は声を掛けた。

 美優の背中には大根とネギ、ゴボウと白菜が浮いていて、運搬の魔力が発動していると分かる。

 瀬名里の背中には魚と肉が浮いており、料理人の腕が鳴り始めた。

「ただいま穂華お姉ちゃん」

「ただいま穂華、食料庫にも食材大量に入れて来たよ」

「うん。ありがとう。他のみんなは」

「私達だけ走って来たから、もうすぐ来ると思う」

 瀬名里の発言の通り、玄関から声が届いた。

「あれ? 琥珀さん、手鞠ちゃん。遊びに来たの?」

 二人の存在に気が付いた美優が質問をする。

「美優、こ、こんばんわ」

「こんばんわ美優、瀬名里さん」

 手鞠の後に琥珀が挨拶をした所で、私は自己紹介の場を設けた。

「みんながリビングに来たら発表したいことが有るから、それまでは待ってて」

「発表したいこと?」

「そう」

「えぇぇ、なになに?」

 疑問を投げ掛けてくる瀬名里と、興味本位で私に寄って来る美優を軽く押さえる。

「すぅぅ……。星野家のみなさん! 集合!」

 家中に響くほどの大声を私は出した。

 美優が耳を押さえ、瀬名里が驚いて硬直している。

 ほどなくしてリビングのドアが開き、母と花菜、音穏と陽葵の四人が顔を出した。

「穂華が大声を出すなんて久しぶりね」

「主が大声を出した所、初めて見た」

「は、発声の綺麗な大声でした」

 母、音穏、陽葵の順番で感想が届くと、瀬名里と美優が不満を訴えてくる。

「うぅぅ……耳が壊れそうだったよ。穂華お姉ちゃん」

「穂華、いきなり大声出さないで……心臓止まるかと思ったよ」

「ごめんね瀬名里、美優。お詫びにパンプキンポテトと、抹茶ラテを追加するから」

「……分かった。でももう注意する時以外に、大声は出さないでね」

 条件付きで大声を出しても良いという提案に、私は美優の成長を感じた。

 私が頷くと美優に笑顔が戻る。

「で、穂華が大声を出してまで、みんなを集めたかったのは何故?」

 瀬名里は理由を聞いてから判断したいようで、問いかけてきた。

「実はね」

 私は、発言をしながら瀬名里の耳元へと口を近づける。

「二人が星野家の家族に加わる事になったの」

 離れる時に首に息を吹きかけることも忘れない、瀬名里は首が敏感なのだ。

「ひゃぁぁ……もう、穂華。何するのよ」

「あっ、瀬名里が喜んでいる」

「嬉しくないわよ」

 花菜の冷静な指摘に、顔を赤くしながら瀬名里が反論する。

「本当に?」

「うっ!」

「私は穂華に胸を触られたら嬉しいけどなぁ……」

 花菜は胸が敏感だ。入浴時や、衣類の採寸時に触らせようとする思いさえ感じる。

「……う……嬉しいわよ。首だけで無く、脇も……やって欲しいくらいに……」

「という感じに、星野家には百合が溢れているけど……穂華自身にその気は無いから安心して暮らしてね」

 百合話を止めたのは、母の星菜だった。

「あ、ある意味それが一番問題なんですけど……」

「美優は腰を触ってほしい!」

「主、私は首と腰で」

 陽葵が静かに不満を漏らし、美優と音穏が百合を肯定する発言をする。

「お、思ったよりも良い」

「みんなと仲良く出来そうです」

 手鞠、琥珀の順に出た不穏な発言に、私は確認をしてみた。

「ふ、二人も何処か触って……欲しいとか?」

「私は耳と足裏です」

「わ、私は脇と背中……かな」

 琥珀に続いて、手鞠も敏感な場所を教えてくる。

 あぁ――新たな家族も、百合の適正ありだ。

 私が、項垂れて(うなだれて)いると母が話掛けてくる。

「穂華、穂華自身が百合に染まらなければ大丈夫よ」

「お母さん、それフォローになってない」

「しかし、信任の高い子はみんな百合だなんて、星や宇宙は百合好きなのかしら」

「それ、星を敵に回す発言だから……」

「冗談よ。それより自己紹介をするのでしょう? 席に座りましょう」

 母の発言で脱線していた会話が元に戻った。

 円形の大きなテーブルを囲む状態で座り、私の左側に並んで座った琥珀と手鞠に注目が集まっている。

「中等部一年生の鈴川 琥珀です。今回星の信任が九割に増えたので、星野家に同居することになりました。よろしくお願いします」

「琥珀、これからは家でも会話が出来るね」

「はい、花菜さん。楽しみです」

「一緒に、穂華攻略の作戦会議でもしましょう」

 再度の脱線が有りそうな所に、母の大きな咳払いが届いた。

 母は悪ノリはするが、公私混同はしない人である。

「初等部六年生の煤川 手鞠です。お、同じく星の信任が九割に届いたので、ここで生活することになりました。よ、よろしくです」

「よろしくね手鞠ちゃん。一緒に穂華お姉ちゃんを攻略しよう」

「うん。よろしく美優」

 星野家に馴染めるか不安だったが、百合要素で仲良くなっている二人を見ると、余計な心配だったようだ。

 私を百合に染めようとする物騒な会話がメインで、たまに食事の話が聞こえて来る。

 私の貞操は守れるのだろうか――。

 新たな不安を抱えつつ、私は席を立ち、キッチンに積まれた食材へと向かった。

 こんな時は、他のことに意識を向けるに限る。

 キッチンには母が持ってきたチーズと牛乳、花菜が持ってきた調味料(業務用)、陽葵が持ってきたお米、音穏が持ってきたキノコ(毒キノコ含む)など新鮮な食材? ばかりが並ぶ、瀬名里や美優が持ってきた食材を含めると、冷蔵庫や棚が溢れる量だ。

「毒キノコは処分するとして……使わない食材は格納して置かないと」

 星の魔力を得て、病気や食中毒とは無縁となった私達だが、毒は不味いし、腐敗した物は吐き出すほどに不味いと感じ、嫌悪感さえ覚える。

 グラタン、ピザ、ハムとチーズの入ったナン、チーズを餃子の皮で包んで揚げた料理、薫製のチーズ、チーズカレー、パンプキンポテト、抹茶ラテと今日の料理を確認した私は静かに集中力を上げて料理へ取り掛かった。

 

「いただきます!」

 完成した料理が円形テーブルへと並び、箸とスプーンが一斉に移動を開始した。

 席は自由で、今日は、私の左側に琥珀と手鞠、右側に美優と花菜が座っている。

 円形のテーブルを挟んだ真正面には音穏が座り、音穏の左隣りに瀬名里、右隣りに陽葵が座っていた。

 離れから匂いを嗅ぎつけて来た有樹と栗夢は、キッチンに隣接したカウンター席で母と一緒に談笑をしている。

 彼らが席を同伴しないのは、私達に気を使ってのことだ。

 お酒を嗜む三人と、学生服を着た未成年の私達、大人としての気遣いが出来る三人に、私は感謝する。

「美味しい! これとっても美味しいです」

 チーズカレーを頬張る琥珀が、笑顔で味を評価した。

「うん…………とっても美味……今までで一番美味しいかも」

 手鞠も静かに味を評価している。

 病院食が基本だった二人に、家庭の味は美味なはずだ。

 二人の素直な感想に、私は嬉しくなる。

「もっと食べてね。おかわりもあるから」

「穂華、おかわりね」

「私も、おかわり!」

 朝からたっぷりと運動をした瀬名里と美優は食欲旺盛だ。

「はいどうぞ、瀬名里、美優」

 私は、ご飯とチーズカレーを載せた大皿を、二人へ返す。

「この味は格別……八伸はっしん様にも食べて貰いたいくらい」

 静かに食べていた花菜が、感想を呟いた。

「さすがに霊体には無理かな」

「そう……」

 西暦の頃は伸では無く、尺が付いていた花菜に協力する霊体は、悪霊だったらしいが、今は浄化されて神格化されている。

 この霊体の魂が劣化しないのは、死んだ人間から生まれた訳では無く、数多くの人の心から生まれた為だ。

 肉体の無い状態から生まれた為に、意識体ほどでは無いが、劣化しにくい存在になる。

「その代わり服を作ったから、明日の身体測定の時にでも着替えさせてみて」

「本当に作ってくれたんだ」

「うん。水霧の衣類って言ってね、着色された水と霧が形状記憶で服の形態を維持するの耐久力も高いし、電気も通さないから快適だよ」

元々電気を通さない絶縁体である水だが、他の物質が混ざると電気を通す。

 西暦の頃、飲料水には微量の塩素が、海水には塩が混ざっていた。

 そのため、水は電気を通すと誤認されやすいが、不純物の無い純水は、電気を通さない絶縁体になる。

 着色は、同じく絶縁体であるゴムとガラスの粉末を利用した。

 そこに、星の魔力による形状記憶で服の形態を維持させて、混沌の魔力を跳ね返す効果も付加させてある。

「ありがとう穂華、八伸様と一緒に明日の身体測定を楽しみにしてるわ」

「うん。期待していてね」

「お……おかわり」

 陽葵が遠慮がちに皿を差し出して来た。

 私は笑顔で皿を受け取り、ご飯にチーズカレーをかけて、陽葵へ戻す。

「はい陽葵、どうぞ」

「あ、ありがとう」

 みんなが美味しそうに食べてくれて、私は嬉しい気持ちで一杯になる。

 琥珀と手鞠の大皿にはチーズカレーがまだ半分ほど残り、彼女達が小食か遠慮している状態にあるようだ。

「音穏はおかわりいらない?」

「では、もう一杯お願いする」

 音穏は、こちらから聞かないとご飯をおかわりしない子だ。

 星野家に来れば上下関係の無い家族なのに、遠慮する所がある。

「はいどうぞ、音穏」

 顔を赤くした音穏がご飯大盛りのチーズカレーを受け取った。

 隠密で体力と精神力を消費しやすい音穏は、大食いの傾向がある。

「この中で運動神経の一番良い人って誰なんですか?」

「それって、魔力無しでってことか? 琥珀」

「はい瀬名里さん。普段は殆ど魔力を使用せず生活していると聞きましたので」

「わ……私も気になります」

 話題を振った琥珀と、それに随伴する手鞠が、瀬名里の発言に注目している。

「この中で一番運動神経が良いのは音穏かな? 隠密移動は魔力を使用していない、敵の気配を探る時は魔力を使うようだけどね」

「へぇ、どうしてですか?」

 身を乗り出して質問してきた琥珀に、音穏は少し仰け反りつつも返答する。

「運動神経が鈍るし、体が弱くなるから……混沌と戦う時に自分が弱かったら、主や仲間に迷惑を掛けるし……だから、自分を鍛えている」

「わ、私も自主練しようかな」

「付き合うよ手鞠、一緒に頑張ろう」

 手鞠と琥珀は、身体能力の強化を決めたようだ。

 私は、無理をしないように二人へ声を掛ける。

「ほどほどにね。星の信任がある人は、基礎能力が高いのだから」

「はい、分かりました」

「りょ……了解です」

「穂華、制服を洗濯に出しても良い? 美優との競争と、食材調達で汚れちゃってさ」

 会話が終わり、静かになった時を見て、瀬名里が話題を変えてきた。

「あ、美優も出したい!」

「良いよ。ただ瀬名里は夕食の食器洗い忘れないでね。他に出したい人はいる?」

 しまったと落胆する瀬名里を、有樹と栗夢がいじっている。

 嫌がらせでは無く、じゃれ合いという状態だ。

「わ、私も出します」

「主、私も出す」

「八伸様の晴れ姿、私も綺麗な制服で見たいわ」

「病院からの引っ越し作業で汚れたのでお願いします」

「私も同じく……お願いします」

 陽葵、音穏、花菜、琥珀、手鞠の順で声が上がり、最後にはカウンター席の三人も手を上げて洗濯物が膨大になる。

「分かった。今日は業務用の大型洗濯機を使うね。風呂は九時からだから、みんな時間を守るように」

 星野家は人数が多い為、寮のようにルールがある。

 過去にルールを破った美優がどうなったのか、家族全員が知っている為、誰もルールを破る事は無くなった。 

 食事を終えた人から徐々に席を立ち家事の当番の人は家事へ、当番で無い人は自由行動

となる。

「良かった。琥珀と手鞠って、食べ方がゆっくりなだけなんだね」

 円形のテーブルが琥珀と手鞠の二人だけになった頃、琥珀は三杯目を、手鞠は二杯目を食べていた。

 二人は小食では無く、食べ方がゆっくりということになる。

「おかしいですか?」

「普通だよ。私は自分の手料理を美味しく食べてくれる人が大好きだから」

 私の発言を聞いた琥珀が顔を赤くして、手鞠はスプーンの進み具合が速くなる。

 近くでは、食器を洗う瀬名里と、カウンター席の有樹が談笑をしていた。

 母は風呂の当番なので、今頃はお湯を入れている。

 栗夢は一階廊下の掃除で、音穏が二階廊下の掃除担当だ。

 花菜と陽葵が私達の部屋の掃除担当で、天井からは時々足音が聞こえている。

 本来食器洗いだった美優は、自由時間を満喫しているようで、家中を駆け回る音と美優を注意する声が聞こえていた。

 美優は後でおしおきね――。

「ご馳走様でした」

「ご馳走様です」

 食事の開始から一時間で食べ終えた二人に、食器を瀬名里の所へ持っていくよう促す。

 瀬名里は食器を殆ど洗い終えていて、琥珀と手鞠の食器待ちの状態だ。

「お願いします」

「お、お願いします」

「よしきた。任せて」

 食事が遅い事を自覚しているのだろう、不安そうに来た琥珀と手鞠に、瀬名里は笑顔を見せて食器を洗い始める。

 有樹はその笑顔を見てから、カウンター席を立ち廊下へ繋がるドアへ向かった。

「穂華、美優は私がリビングに誘導しますので、後の事は頼みましたわ」

「えぇ、ありがとう有樹。よろしくね」

「はい、任されましたわ」

 自由時間である有樹は、虎が待つリビングへ美優を誘導する役目を引き受けてくれる。

「瀬名里、琥珀と手鞠をキッチンの中へ待避させておいて」

「分かった。二人共私の後ろに来て」

「琥珀、手鞠、星野家のルールを破る人間がどうなるか見ておいて、今後の生活にも影響すると思うから」

 二人が不安にならないよう、私は笑顔を見せた。

 二人は素直に頷いて、キッチンの奥で瀬名里と一緒に潜んでいる。

 優秀な子達ね、何度もルールを破る美優とは違うみたい――。

「美優はとろいねぇ、それだと私は捕獲出来ないわよ」

「そんなこと無いもん!」

 廊下から有樹と美優の声が近づいて来た。

 有樹の意図に気付いた私は、ドアから少し離れて身構える。

「スターウォーカー!」

 有樹の魔力発動の声と同時に、美優がドアを突き破るようにリビングへ跳んで来た。

 他者に迷惑を掛ける行為は、自己中心的な感情が生み出す心の弱さになる。

 支配欲や独占欲よりは危険が低いが、混沌に傾く可能性もある為、限定的な魔力使用も星の意識体から許可されていた。

「美優! 覚悟してもらうよ!」

「え……えぇぇぇ!」

 後悔先に立たず、私は美優の左手を掴み、跳んで来た勢いを利用して投げる。

 瞬間、美優の体に残像が生まれた。

 音速に迫る勢いで美優の体が天井へ向かうが、先回りをしていた私は、再度美優を床に向けて投げる。

 美優の体は天井と床に衝突すること無く、亜音速で上下運動をしていた。

 私はこの行動を繰り返して美優を酔わせる。

「瀬名里さん。穂華って格好いいですね」

「奇遇だね。私も同感だよ」

「運動神経が高い穂華……素敵です」

「あぁ、私達の大好きな穂華は、魔力無しで亜音速移動が出来るようだ」

「瀬名里さん。私、ますます穂華が好きになりそうです」

「私もだよ。琥珀、一緒に攻め落とそう」

「わ、私も参加します」

 三人の会話が聞こえていた私だが、あえて聞こえないふりをした。

 そろそろ美優を止めないと、健康に影響が出る。

 私は美優を投げ続けながら、徐々に減速させて、最後は床で待ち構えて受け止めた。

「…………ご……ごめん……なさい」

 お姫様抱っこ状態の美優は、ゆっくりと意識を覚醒させる。

「美優、もう廊下は走らないでね」

 必死に頷く美優が可愛く思えた私は、右頬に軽くキスをした。

 すると、さっきまで目を回していた美優が、赤面しながら活発に動き始める。

「どうしたの美優?」

「な、何でも無い! ちょっとトイレに行きたいだけ」

「分かったもう走らないでね」

 顔を真っ赤にして、リビングを後にする美優を見ていた瀬名里達は確信した。

「あれは、穂華に今まで以上に惚れたね」

「はい、頬にキスはずるいです」

「わ、私もされたい……」

「独占欲と支配欲は持てないから、美優も味方に引き込もう」

「全員で穂華を攻略するんですね。瀬名里さん」

「だ……大賛成です」

 今度の会話は小声だった為、美優を気にしていた私に届くことは無かった。

 私は日課であるジョギングへと向かう為、リビングのドアへと手を掛ける。

 どうして急に態度が変わったんだろう――。

 恋愛感情に疎い私だけが、ただ一人、間抜けな反応を示していた。


 ジョギングから戻ると、夜の八時五十分を時計が示している。

「もうすぐ風呂の時間か……みんなは部屋かな?」

 掃除を終えた廊下は綺麗だった。

 母が一階の部屋、有樹と栗夢が離れの部屋を利用しているが、私と残りの同居人は二階の二十四畳の部屋で共同生活をしている。

 琥珀と手鞠の二人が加わった為に、一人三畳程度のスペースしか無いが、収納家具が壁への埋め込み式で、以外と部屋は広く感じた。

 二階へ上がると声が聞こえてくる。

 やはり二階の自室へ集まっているようだ。

 私は、ドアを開けると同時に部屋の中へと声を掛ける。

「ただいま」

「おっ! お帰り穂華」

「穂華、お帰りなさい」

「ほ、穂華、おかえり……なさい」

 ドアの近くに居た制服姿の三人、瀬名里、琥珀、手鞠から真っ先に返答が来た。

「ただいま、名前で呼び合うのには慣れた?」

「はい、なんか、こそばゆい感覚が有りますけど、心が安らぎます」

「な……なんとか慣れて来てます」

 手鞠はまだ恥ずかしさが強いようで、顔がほんのり赤くなっている。

「穂華、明日の身体測定は魔力繊維の寿命と関係が有る?」

 瀬名里から的確な質問が飛んできた。

「うん。オリンポスの全住民七十六人分の衣類を新調しないと……」

 十三年前の戦闘が原因で、森林区画ピテルと工業区画セドナの機能は消失したままだ。

 農業区画タイタンは無事であった為、食料は賄えているが、服の原材料が無い影響で、

 星の魔力で作った魔力繊維を、織物や編み物で衣類にしている。

 手先の器用さは必要無いが、代わりに繊細な魔力制御が必要な為、作成者は私一人しか存在していないのが現状だ。

「穂華、毎回思うけどさ、七十六人分の衣類ってどうやって作ってるの?」

「私も気になります。紙に書いたリクエストに寸分違わぬ衣類が届くので……」

「わ、私も教えて下さい」

 瀬名里だけでなく、琥珀や手鞠も耳を向けてくる。

 部屋の奥からも耳を向けた同居人がおり、聞き耳を立てているようだ。

「聞いたら教えてたのに……今まで我慢してたの?」

 衣類の原材料が無くなり、服の劣化が進んだ六年前から、HHブランドは有る。

 今回は二十四回目の衣類の新調だ。

「なんか聞きづらくて……さ」

「瀬名里だったら、何気なく聞いて来そうなのに以外だね」

 瀬名里が可愛く見えた私は、瀬名里の頭を優しく撫でる。

「花菜、陽葵、音穏、美優聞こえる?」

「聞こえてるよ。穂華お姉ちゃん」

 美優が返事をして、音穏は私の前へと素早く移動してきた。

「音穏、奥のみんなを部屋の中央に集合させて」

「分かりました。主」

 音穏は、あるじと発した瞬間には部屋の奥に戻っている。

 速度では私が速いが、音を立てない隠密性では音穏が勝っていた。

「さぁ、私達も中央に移動しようか」

 琥珀と手鞠が頷いて立ち上がるが、瀬名里が俯いて座ったままでいる。

「瀬名里どうしたの?」

「ほ……穂華、さっき頭を撫でたのが原因だと……思います」

「不意を突かれたら私でも脱力するかも」

 手鞠の指摘と、琥珀の感想が届くが、私には元気が無いように見えた。

「仕方ない……瀬名里ちょっとごめんね」

 瀬名里の膝裏と背中に手を回した私は、彼女を持ち上げる。

 つまり、お姫様抱っこの状態で、腰と足を抱えて落ちないように移動をした。

「瀬名里、天国の気分はどうだった?」

 瀬名里を降ろした場所に花菜と美優が寄って、花菜は言葉でちょっかいを、美優は指で頬を突いて反応を確認している。

 顔を紅潮させて放心状態の瀬名里は、リビングでの美優と反応が似ていた。

「…………」

「瀬名里、起きないなら胸を揉むわよ」

「私なら穂華のを揉むよ」

「おっ……意識が戻っていたのね」

 素朴に驚く所が花菜らしい、美優は無関係を装って離れようとするが、瀬名里の左手が美優の右手を掴み離脱を阻んでいた。

「美優、お姉ちゃんに悪戯をした場合の結果を教えて上げようか…………」

「え……遠慮……しときます」

「美優と私の中じゃない……遠慮しなくて良いよ」

 美優の顔に恐怖心が出て、花菜が冷静に傍観し、陽葵がおろおろと困惑している。

「はい、瀬名里ストップ」

「止めないで穂華、美優を懲らしめないと」

 美優と瀬名里の間に体を挟むが、その程度では不満が収まらないようだ。

 私は仕方がなく瀬名里の耳元へと口を近づけて提案をする。

「美優を許してくれたら、首と脇をマッサージしてあげる」

「本当に?」

「うん。お風呂で体を洗って上げても良いよ」

「…………分かった。今回は許す」

「うん。ありがとう瀬名里」

 瀬名里の感情が冷静になるのが分かったので、私は美優を見た。

「美優、暇なら私に声を掛けて、遊び相手になるから」

 家族であっても最低限の礼儀がある。

 それを教える為にも、美優からは目を離せないようだ。

「うん……分かった。穂華お姉ちゃんに抱きつくことにする」

「だ…………まぁ良いか、さて私の服の作成方法について教えるね。他にも教えたい内容があるから、風呂の時間が遅くなるけど良い?」

 時刻は夜の九時五分。話をすると、十時から入浴する母と重なるかもしれない――。

「か、構いません。私も、この制服がどのように作られるのか気になりますし」

 陽葵は、自分が来ている水色の長袖ワンピースを触りながら、返答してくる。

 寿命の近い影響で、フレアスカートの裾部分が少しほつれていた。

「陽葵は大丈夫ね。異議のある人は居る?」

 全員が顔を向けて、耳を傾けている。

 これを異議なしと捉えた私は、早速説明を始めた。

「まず、服の材料である魔力繊維は、パルタイトと呼ばれる金属繊維を使っています」

「パルタイトですか?」

「そう、琥珀はパルタイトが何か想像が付きますか?」

「星の魔力と関係してそうですね。順応力が高くて魔力が染み込んでいます」

「正解。琥珀は服を良く見ていますね。理解が早い子は大好きです」

「だ……大好き……」

「この物質は、キルトとコスモスの元故郷である、一番宇宙のパイト星系ルタ惑星から、届いています」

 縦方向に結合が強く、横方向に結合の弱いパルタイトは、糸状になりやすい物質だ。

 私はこの中で一番記憶力の不安な美優に質問をしてみる。

「美優、現在の宇宙の数を言ってみて」

「えっと……六万五千五百三十五個の宇宙が存在しています」

「正解。美優も大好きだよ」

「……はぅ……」

「か、肝心の加工方法を教えて下さい」

 美優の変な声が気になったが、陽葵の指摘に、意識を説明へと戻した。

「うん。加工方法はね、三次元魔力を使います。パルタイトを糸状に束ねて空中で縫い物や編み物をしていくイメージです」

 西暦時代にあった三次元プリンターに似ている。

 でも、固体であるパルタイトと、半固体(半固形)の樹脂プラスチックやアクリルでは作成方法が大きく異なる為、同じとは言えない――。

「手では、縫ったり編んだり出来ないのですか?」

「七十五人分の衣類、制服、私服、下着、靴を含めると、手では効率が悪い為、星の魔力を利用します。私達が生きる為に、星の意識体が魔力使用を認める数少ない事例です」

「制御が難しいというのは、理由がありますか?」

「全員、体のサイズが違う為、数センチ単位での調整が必要ですが、それを手で無く魔力で遠隔操作により作成しないと駄目な為、長時間の集中力と繊細さが要求されます」

「短時間で作成しているように見えましたが……」

「あぁ、陽葵は私をしっかり見てくれてるんだね。探究心のある陽葵は大好きだよ」

 あれ? 琥珀、美優に続いて、連続で質問をしていた陽葵が大人しくなった。

「撃沈三人目……何人沈むかしら……」

 陽葵に声を掛けようとしたが、花菜の小声が気になり反応する。

「何か言った? 花菜」

「何でも無い、加工方法は大体分かったから、次の話を頼むわ」

 三人の様子が気になるが、花菜の冷静な反応に、私は話を再開させた。

「手鞠、音穏、火は何色に見える?」

「赤……です」

「燃える物質や温度により変化します」

「二人共正解。じゃあこれは何?」

 私は、空中浮遊する水色の液体を召喚する。

 左手に持った液体を高くし、その真下に右手を置くと、右手に向けて液体を注いだ。

「水、だと思います」

「主、間違いなくそれは水です」

「二人共間違い、正解は火です」

 そう言って私は左手に紙の切れ端を持ち、右手に持つ水色の液体に載せると、紙が一瞬で黒くなり消え去る。

「このように、水を火に、火を水に見た目を誤魔化す事が可能です。花菜、これを踏まえた上で、戦闘で注意すべき事は何?」

「色や見た目に捕らわれず、属性が持つ気配で相手の魔力を判断する事……でしょうか」

「大正解。花菜、後で一緒に寝ようね」

「うっ!」

 不意打ちを食らった花菜が轟沈する。

「固形は液体のように動かない、液体は固体のように固まらない、私達の常識が混沌との戦いでは敗因となる可能性があります」

「対策はあるのか? 穂華」

 瀬名里が対応策を聞いて来たので、回答する。

「常識に捕らわれない柔軟な思考が必要ですが、気配を読む力が重要ですね」

 十三年前の敗因の一つは、混沌の魔力が持つ、属性の気配を読めなかった事だ。

 男性は気配や視線の感知能力が低く、霊感も弱い人が多い、だからこそ混沌の魔力偽装に気付けず敗北している。

「戦闘中は私がみんなに指示を送るので、気配を読む事を意識して戦って下さい」 

 一通り話が終わったので、私は全員の顔を見た。

 琥珀、美優、陽葵の様子は元に戻っていたが、顔は赤く熱があるように見える。

 花菜は口から涎と泡を少し出し放心していた。

「花菜! 混沌にやられたの?」

 私は、心配して花菜へと駆け寄る。

 花菜のおでこや手首を触り、胸に手を当て鼓動を確かめる私に、瀬名里達はこう思う、無自覚って罪だよね――。

 百合を意識せず、百合を増やす私が、同性殺しと呼ばれている状態を、私が自覚する事は無かった。


「お母さんも、これからお風呂?」

「あら穂華、瀬名里達もこれからなの?」

「うん。二階で会話が盛り上がってね。遅くなった」

「そう、有樹と栗夢はお風呂終えたようだから、私達も早く入りましょ」

 時刻は夜の九時五十分。花菜の復活に時間が掛かり、脱衣所に来るのが遅くなった。

 脱衣所にある大型洗濯機の横には籠があり、有樹の桃色ジャンパースカートと、栗夢の紺色シングルスーツが入っている。

 離れに風呂は有るが、洗濯機は無い為、一緒に洗濯をしているのだ。

「そういえば、洗濯が穂華の担当になったのは何でだっけ?」

「母さん忘れたの? 服の仕分け間違いがあったからでしょ」

 全員の服装、特に下着や靴下を把握しているのは私だけで、私以外が担当をすると下着を置き間違える事件があった。

 それ以来、間違えの無い私に洗濯が一任されている。

「穂華、有樹や栗夢と同じ籠で良いのか?」

 畳一畳分の大きさがある大籠を指した瀬名里が、脱いだ深緑色の長袖ブレザーを抱えたまま聞いて来た。

「うん。お風呂上がってから、纏めて洗っちゃうから、入れておいて」

「分かった。全部ここに入れるよ」

 ブレザーを入れた瀬名里が、深緑色のショート丈プリーツスカートを脱ぎ始める。

 籠の傍で脱いで、すぐに籠に入れていく考えのようだ。

「まるで、学校のプール更衣室みたい」

「で、でも……風呂では裸になるので……緊張します」

 感想をもらす琥珀に、羞恥心から緊張する手鞠を見ていた美優が、元気に声を掛ける。

「手鞠、恥ずかしがる事なんてないよ。私なんてほらっ!」

 水色のショート丈ジャンパースカートと水色のボレロが空を舞い、白色長袖Yシャツと桃色のブラジャーが後を追う、最後には桃色のショーツが地に落ちた。

「美優、いつも大胆だ」

「当然だよ花菜お姉ちゃん。裸の私が、本来の私だから!」

 黄色のリボンタイもYシャツに巻き込まれて落ちた美優は、白色靴下だけを履いた裸になっている。

「美優、少しは恥ずかしさを持ちなさい」

 異性が居ないから良いが、それでも裸体が大好きな美優の意識改革は必要だ。

 そうで無いと、美優の将来が心配になる。

「それと、脱いだ服は籠にしっかり入れること」

「嫌だ。面倒くさい」

 悪い心が芽生えている美優を、私は持ち上げた。

「穂華お姉ちゃん? 何するの」

「美優の怠惰な心を洗おうと思ってね」

 そう語りながら、大型洗濯機へと私は近づいている。

「今日の穂華お姉ちゃんは、大胆だね」

 美優の言葉は無視して、洗濯機の真上へと美優を持ち上げた私は、母へと発言した。

「お母さん、投下の許可を」

「許可するわ穂華、冷水でさっぱりさせて上げなさい」

 笑顔で応対する母を見た美優が、慌て始めた。

「ご、ごめんなさい。す、すぐに片付けますので、許して下さい!」

「美優。女性としての自覚は持てる?」

「裸に恥ずかしさ持てって事だよね…………難しいけど……頑張る」

「…………良いわ美優、許して上げる。でも今の言葉忘れないでね」

「うん。ごめんなさい穂華お姉ちゃん」

 美優が靴下を脱いで、自分の脱いだ服を集める頃には、全員が裸になっていた。

 陽葵は水色の長袖ワンピースとブレザーを抱えながら、白いタオルで胸を隠している。

 同性であっても裸を見せるのが恥ずかしい年頃なのだ。

「美優も少しは陽葵を見習って欲しいかな」

「何か言いましたか穂華」

 遠慮がちに聞いて来る陽葵に、私は笑顔を見せて答える。

「美優も陽葵の羞恥心が持てたらと思ってね」

「あぁ……私が美優に教えましょうか? 私も美優のお姉ちゃんですし」

「そう? それならお願い」

「はい、分かりました」

 陽葵と約束をした私は、脱いだ乙女色の長袖ブレザーと、白色の長袖Yシャツを右手に持ち、白色のショート丈プリーツスカートと、桃色のリボンタイを左手に持ちながら大籠へと歩いた。

 紺色の靴下がプリーツスカートと一緒に、水色のブラジャーとショーツが長袖ブレザーと一緒に、大籠へ着地する。

「先に入ってるよ穂華」

 風呂の入口に手を掛ける瀬名里へ私は頷く、それを確認した瀬名里、美優、音穏、母の四名が風呂の湯煙へと消えていった。

「音穏は静かに脱ぐのが上手ね。私でも脱衣の瞬間が見られなかった」

 花菜が脱いだ服を持って、籠の前へとやって来る。

「隠密は、人の意識外で動くから、霊感が強くても追いきるのは難しいかな」

 花菜の白色長袖ブレザーと、白色ショート丈プリーツスカートが籠に入り、赤色リボンタイと撫子色の長袖Yシャツが後を追う、桜色と白色のボーター靴下を籠に投下すると、紫色ブラジャーと紫色ショーツが最後に舞い落ちた。

「白色のブラジャーと白色のショーツが音穏の下着?」

「そう、音穏は下着で明るいのを着るから」

 下着の横には、水色長袖ワンピースと、水色長袖ブレザーが折り畳まれて置かれ、音穏の真面目さを主張している。

 しかし、黒色靴下と深緑色のリボンタイが、その上に無造作に置かれ、完璧では無い事も証明していた。

「音穏も人間なようね」

「うん。生真面目な音穏はちょっと嫌だから、このくらいが丁度良いかな」

 私と花菜が微笑んでいると、陽葵に随伴して、琥珀と手鞠が大籠の前へと来る。

 三人共下着を脱いでいて、後は籠へ投下するだけだ。

「それを入れたら一緒に行こう、瀬名里達が中で待っているから」

「はい」

「……はい」

「分かりました」

 陽葵、手鞠、琥珀の順番で返答が届いた。

 私は最後に返事をした、琥珀の方へと目を向ける。

 水色の長袖ワンピースと水色の長袖ブレザーを籠に入れた琥珀は、白色靴下と深緑色のリボンタイを続けて入れる。

 最後に置いた桜色のブラジャーとショーツが気になった私は、琥珀に質問をしてみる。

「琥珀も桜色が好きなの?」

「穂華もですか?」

「うん。淡い色に儚さと純粋さを感じて好きなの」

「私も同じです! 嬉しいなぁ。感覚が共有出来て」

「そうだね。私も嬉しい」

「あ! あの……私のは、どうでしょうか?」

 手鞠が顔を赤くしながら、精一杯の声を上げて自己主張をしてくる。

 彼女は、コスミック柄のブラジャーとコスミック柄のショーツを手に持っていた。

 コスミック柄は宇宙をモチーフとした柄で、宇宙柄とも呼ばれる。

 銀河や星雲などが描かれた本格的な物と、丸い点が点在しているだけの簡素な物が存在しているが、手鞠のは本格的な方だった。

「綺麗だね。闇があるからこそ光は輝く、光があるからこそ闇が栄える。色や属性に善悪は無い、善悪を決めるのは心や意識であり、時間や環境では無い」

「詩人ですね……」

「キルトの発言を思い出してね。独特の感性を持つのが、星の魔力を保有する生物の特徴だから、私はこのキルトの考えが好きかな。例えば、赤が敵、青が味方なんて人間が勝手に決めたイメージで、色には元々善悪なんて存在しないから」

 宇宙や星は、私達に新たな感性と思考を提供してくれた。

 星の意識体と出会えた因果に、私は感謝している。

「同感です。私は闇が得意ですけど……光も好きですし」

「私も闇が好きだよ。暗くないと寝られないし」

 手鞠の発言に、琥珀が同調した。

 得意属性が正反対の二人だが、心の繋がりは強く、姉妹とさえ思える。

「まるで姉妹ね。服も畳んで置いてあるし」

 琥珀の水色ワンピースと、手鞠の水色ジャンパースカートが、並んで大籠にあった。

 花菜は大籠と二人を交互に見て、微笑んでいる。

「花菜は優しいよね。母性本能もあるし」

「穂華だってあるじゃない、人や生物を見て、優しさを抱くのは母性本能よ」

「うん。そうだね…………そろそろ行こうか? 瀬名里達が待ちくたびれちゃう」

「そうね。陽葵、琥珀、手鞠、風呂に入りましょう」

「はい」

「分かりました」

「あっ、はい、今行きます」

 花菜と私が並んで先頭を歩き、三人が後ろに続く、風呂のドアを開けると、湯気と熱気が肌に優しく触れ、お湯へと入る私達を出迎えてくれた。

 星野家の風呂は六畳の浴槽に、十二畳の洗い場と十人前後の入浴を想定している。

 元宿泊業だった名残で、昔は家にも納入業者の幹部とか偉い人が来ていたそうだ。

 ただし現在は、関係業者のすべてが、オフィス街のあった中心区画バルジに、事務所を構えていた影響で、十三年前にその存在は消し飛んでいる。

「遅かったですね主。お背中流しましょう」

「うん、お願い。琥珀と手鞠も体を洗ってから入浴してね」

 返事は無いが、私の両隣に二人が座り、行動で返答をしてきた。

「あれ? 瀬名里……美優もまだ入浴して無かったんだ」

 浴槽に居るのは母だけで、瀬名里や美優はまだ洗い場にいる。

「健気よねぇ……穂華に洗って貰いたいそうよ」

 浴槽の母から、その答えが届く。

「主、瀬名里と美優の次に、私も洗って下さい」

 私の手と足を洗い、背中や腰、最後には胸を洗う音穏も自己主張を忘れていなかった。

「母さん、今の状況を楽しんでいるでしょ」

「大丈夫よ穂華、百合に深く染まりそうだったら、私が救出して上げるから」

 やっぱり楽しんでいる――。

 星野家では家族の絆を深める為、お互いの体を洗い合う習慣がある。

 さすがに股の付近は本人が洗うが、それ以外は家族に洗ってもらうのが慣例だ。

 当然だが、これは同性同士の環境だからで、有樹や男性は適用外になる。

 もし入って来たら、亜音速の拳が、男のあばら骨を粉砕骨折させるだろう。

「ありがとう音穏。ちょっと待っててね順番に洗うから」

「穂華、私達は四人で洗うから、三人を頼むわ」

「うん。花菜達の方法が一番効率が良いんだけどね」

 正方形に並んだ四人が、お互いの体を洗い合っている。

 花菜が手鞠を、手鞠が琥珀を、琥珀が陽葵を、陽葵が花菜を洗う状態で右半身を洗い、

 左半身を洗う時は、手鞠が花菜を、琥珀が手鞠を、陽葵が琥珀を、花菜が陽葵を洗う、

 短時間で洗い合える為、早く入浴したい時には便利だ。

「琥珀と手鞠も穂華が好きなんだよね」

「は、はい。大好きです」

 花菜の質問に手鞠が答えた。

 琥珀は返答はせずに、逆に質問を投げ掛ける。

「花菜と陽葵は穂華の何処が好きですか」

「私は性格と雰囲気かな。陽葵は?」

「私は、母性と服です」

「HHブランドが好きで、穂華を好きになる人も多いですよね」

 陽葵の発言に、琥珀は素早く反応を返す。彼女はHHブランドのファンなのだ。

「うん。私はロングパンツとスカートが好きかな」

「私は下着と靴下です」

「穂華攻略同盟を五人で組んでいるんだけど……二人も入らない」

 花菜の提案に、琥珀が疑問で返答する。

「同盟ですか?」

「そ、そう……独占と支配は混沌を呼んでしまうから」

 その疑問に、陽葵が理由を伝えた。

 そして、花菜は自慢気に同盟の目標を掲げる。

「私は、これを一妻多妻制いっさいたさいせいと名付けたけどね」

「もう……その名前は変だって言ったよ。花菜」

 陽葵は、センスの無い名前に困った顔を見せていた。

「そうかしら? 意識体の記憶にあった、昔の制度をオマージュして名付けたのよ」

 花菜と陽葵を中心に不穏な会話となり、琥珀と手鞠がそれに付き添っている。

 あぁ、琥珀と手鞠が変になりませんように――。

「なぁ……穂華、全身を丁寧に洗ってくれるのは嬉しいが……胸を洗いすぎだ。それと脇の間から手を通さないでくれ……か、感じてしまう」

 花菜達の方が気になっていた私は、全自動で瀬名里を洗っていたらしい、背中側から脇の間を通して胸と乳首を揉むように洗っていた私は、すぐに瀬名里を解放する。

「全自動裸体洗浄機、穂華ね」

「お……お母さん?」

「一家に一台欲しいわ」

 母を白い目で見ると、私は周囲の雰囲気が変な事に気が付いた。

「ま……まさか、みんなも欲しいとか?」

 瀬名里を除く全員がコクンと頷き、私は目が眩む。

 みんな重度の百合だ。

「私を理解してくれるのは、瀬名里だけだよ」

 そう語り顔を覗くと、失神状態の瀬名里が居る。

「きゃっ! 瀬名里、大丈夫?」

 頬を軽く叩くが反応が無い、本日二度目のダウンに私は頭を抱えた。

「大好きな穂華に触れられて昇天したのね。責任とって穂華が介抱しなさい」

「はぁ……分かったよお母さん。美優、音穏、悪いけど瀬名里の隣りに来てくれる? 私から移動出来そうに無いから」

 失神している瀬名里へ、私の膝を貸しつつ、左隣りに来た美優から洗い始める。

「瀬名里お姉ちゃん大丈夫かな?」

「呼吸も安定してるし、鼓動も正常だから大丈夫。美優は失神しないでね?」

「うん。脇や腰を集中的に攻められなければ大丈夫だよ」

「誰に触られても感じるの?」

「穂華お姉ちゃんだけかな? 瀬名里に触れられても、くすぐったいだけだし……穂華に触れられた時だけ感じるって、みんな言ってるよ」

「全自動快感製造機」

 まだ悪ノリしている母は無視をして、美優との会話を続ける。

「美優も胸大きくなった?」

「うん。六十のAカップだと窮屈かな……。みんなも胸がきついって言ってた」

「そう、明日の身体測定でトップバストとアンダーバストの差を測る必要があるわね」

 瀬名里の胸も大きくなっていた。

「みんな、穂華の前だったら、胸を見せられるって言ってたよ」

「みんなって星野家のみんな?」

「違うよ。星野家と学校のみんな」

 星野女子学園の女子生徒全員に百合の適正があるのだろうか――。

 恐ろしい想像に、私は寒気を感じる。

「まさか、有樹も含むって事は無いよね?」

「有樹は栗夢とお互いに採寸するって言ってた」

 異性が含まれなかった事に、私は安堵した。

 結婚するなら優しい男性という理想を持っているが、恋愛感情を持てない異性の体は、極力見たく無い、有樹に男性を担当させるのは、私が男性を担当したく無いからになる。

「美優もしっかりリクエストを書いてね。要望通りに作るから」

「私服三十着、制服三着、パジャマ七着、下着三十着、靴下三十足、靴五足……だっけ」

 難しい顔をして、美優が前回のリクエストを思い出した。

 私服、制服、パジャマ、下着は上下セットでの着数となる為、大量の衣類が誕生する。

 気候に変化の無い宇宙船だが、三ヶ月分の衣類を決める為、重要な選択となっていた。

「美優は賢いね。お利口な美優は大好きだよ」

「う、うん。ありがとう穂華お姉ちゃん」

 会話をしている間に、私は、美優を洗い終えた。

「後は自分で洗ってね。私は音穏の方を洗うから」

「うん。分かった」

 少し顔を上気させた美優が素直に頷く、さすがに家族でも股付近は洗えない、越えてはいけない一線のような気がする。

「お待たせ音穏。しっかり洗うからね」

「頼みます主」

 右隣りに座っていた音穏は、美優との会話を黙って聞いて待っていた。

 音穏は人間だが、雰囲気が犬に似ている。

「音穏、犬耳のカチューシャとか付けてみる?」

「遠慮しておきます」

 私が思いつきで発した提案は、すぐに一蹴された。

「音穏は中を明るく、外を暗くだよね」

「はい、アウターやボトムスが明るいと隠密性能が落ちるので」

 アウター(上着)を着ない時は、トップス(シャツやブラウス)も暗い色にする。

 ボトムス(スカートやロングパンツなど)は黒や茶、深緑や群青を選択する為、水色の制服には不満を持っていた。

「制服の色は変えないのですか?」

「うん。もうちょっと我慢してね。高等部に上がれば、深緑や紺の制服を選べるから」

 高等部は白、深緑、紺の三色から選べる。

 学校は社会性や混沌との戦闘知識を学ぶ場なので、簡単には変更が出来ないのだ。

 裏地やYシャツの色、リボンタイや靴下の色など自由な部分もあるので、納得して頂くしかない、学園指定靴のローファーも、白、茶、黒の三色を選べるなど、服装に関しては自由度の高い学園なのだが、他の学校を知らない生徒達は、時々不満をもらしている。

「分かった。腰と首を丁寧に洗ってくれたら我慢する」

 足と手を洗い終えた所で、音穏が要望を出してきた。

 どちらも音穏が敏感な部分になる。

「良いけど、失神しないでね」

「うん。主、その点は心配しなくて良い、興奮するだけだから……」

 全然安心出来ない!

 心の叫びが、私の脳内で反響する。

 私は過度な興奮を避けさせる為に、慎重に音穏を洗い始めた。

「こ、こう?」

「うん。優しく撫で回してくれ、主」

 腰を揉むように洗いながら、へその周囲と背中側も洗う、音穏の体が動くので、股の間に手が行かないように細心の注意を払う必要がある。

「あぁ……主に洗ってもらうというのは、快感だな……」

「音穏は、何か欲しい物は無いの?」

「主が欲しい」

「そうじゃなくて、宝石とか洋菓子とか女の子に人気があるもの」

 服だけで無く、宝石、鞄、洋菓子、和菓子、洋食など音穏の嗜好を知りたい。

「主の贈り物なら、全部宝物になるので何でも良いです」

「そう、分かった。後で、作ってみるね」

「何をです?」

「内緒」

 私は音穏の首を洗いながら、アクセサリーの検討を始める。

 金属召喚は装着者に守りの加護を与えてくれる為、私的に見えるアクセサリー作りでも星の魔力が使用出来るのだ。

「はい、洗い終わったよ」

「……うっ! 何だ……頭が……温かい」

 音穏を洗い終えるのと、瀬名里が意識を戻したのは同時だった。

 私は優しい笑みで、私の膝に頭を置く瀬名里へ語り掛ける。

「おはよう、瀬名里」

「おっ……おはよう。わ、私は気絶していたのか?」

「うん。十五分程ね」

 お風呂場の壁にある防水時計が、夜の十時二十分を指していた。

「介抱してくれてありがとう。穂華」

「私の責任でもあるし、気にしないで。お風呂には入れそう?」

「もう少しここで休んでから入る」

「分かった。悪いけど先に入ってるね。美優が浴槽で潜水艦をしているから」

 お湯の中に潜行して、魚雷と称する指先攻撃を母や花菜へ行っていた。

「はぁ……まったくあいつは」

「美優はまだ初等部だし、私達が見守って上げないとね」

「そうだな……まったく世話の掛かる妹を持つと、暇にならないよ」

 文句を言う瀬名里の表情は微笑んでいた。

 母性の感情を示す瀬名里に、私は発言する。

「家族って楽しいでしょ」

「まったくだ」

 私達は幸せという感情を抱きながら、静かに笑い合った。

 世の中には血縁であっても、殺し合ってしまう場合がある。

 私は、家族とは血縁では無く、心と記憶の繋がりが生み出す関係であるという、言葉を思い出し、この関係が長く続くことを願った。


 風呂を上がり、パジャマを着た私達は、就寝までの自由時間を満喫していた。

「どうして美優が、洗濯を手伝わないとならないの?」

「お風呂で潜水艦をした罰って言ったでしょ。仕分けは私がするから、美優は丁寧に折り畳んで籠に分けて頂戴」

 時刻は十一時三十分。洗濯と乾燥を終えた衣類が、目の前に山を形成している。

「うっ! これを分けるの?」

「分けるのは私、折り畳むのが美優。適材適所でしょ」

「…………分かった。頑張る」

「よし、じゃあ始めちゃいましょう」

 私は掛け声を出すと同時に、衣類山の山頂へと手を掛けた。

 赤色ブラジャーと赤色のショーツを手に取り、美優に手渡す。

「これを畳んだら、二番の籠に入れて」

「うん。分かった」

 美優は、番号が誰に対応しているか知らない。二番は瀬名里の籠になる。

 私が、次に手に取ったのは制服だ。

 水色長袖ワンピースで、外見だけでは誰の物か判断出来ない。この場合、私は服の寸法から本人を特定する。

 全住民七十六人分の身体測定結果を記憶している私に、この程度は朝飯前だ。

 明日はこの記憶を更新しながら、服の作成にも取り掛かる為、厳しい日程になる。

「美優、この制服は四番に、しっかり畳んでね」

「うん。まかせて」

 四番は音穏の籠だ。

 今度は橙色のブラジャーと橙色ショーツを手に持つ、この大きさは陽葵の下着になる。

「美優、これは五番にお願い」

「はい」

 私達は、こうして一つずつ衣類を仕分け、脱衣所での家事を終えた。

「あっ! 美優のは六番だったんだ。八番が手鞠のだね」

「分かるの?」

「うん。手鞠とは親友だから」

「そう、星野家の先輩家族として、手鞠に良いお手本を見せてね」

「うん。任せて! 穂華から頼りにされる人に、なりたいから」

 美優もしっかり成長しているようだ。

「そう、良い子ね美優は、陽葵が教育係を引き受けてくれるらしいから、これからは陽葵も頼ってね」

「本当に?」

「うん。陽葵は女性としての恥じらいを、教えてくれるって」

 何時までも純心無知では居られない、最低でも高等部に上がるまでには、女性としての恥じらいを持つ必要がある。

「分かった。陽葵お姉ちゃんも頼る!」

「うん。さぁ籠を運ぼうか。寝る時間が無くなちゃう」

 私が籠を六つ、美優が自分と手鞠の籠を持ち、脱衣所を出た。

 私達が寝る時に着るパジャマは、フレームドカラーの襟に、長袖の袖口にリボンカフスが付いたオーバーシャツと、ロング丈のイージーパンツで、お揃いの服になる。

 柄や色は個人の好みで違うが、パジャマだけは新調の時にも色や柄に変更が無い、全員変更を希望しない為だ。

「今日は、陽葵お姉ちゃんと寝るね」

「そうね。私は花菜と陽葵の間かな」

「じゃあ、穂華お姉ちゃんとは二つ隣だね」

 楽しい気分で会話をしながら二階を目指す。

 美優は、上下共に水色のパジャマで、猫が隠れている。

 オーバーシャツのフレームドカラーに白色で小さな猫のシルエットが、シャツの裾には

 手の平くらいの大きさの白猫が、美優の動きに随伴していた。

 イージーパンツには裾から腰を目指すように、白い肉球が足跡を作り、シャツの猫達に物語を与えてくれている。

「美優の猫達は家族なの?」

「うん。家族で探検しているの!」

 襟に先行している猫は子猫だろうか――。

 純粋さに触れると、想像力が生まれる。

「穂華は寝る時必ず、緑と白緑の色だよね」

「うん。緑は、心の安らぐ色なの」

 私の緑色で統一したパジャマは、シャツに白緑色の格子柄が描かれ、イージーパンツは裾に向かって少しずつ、白緑色に変化している。

 階段を上がり共同部屋のドアを開けると、布団が整列した部屋があった。

 私達を発見した手鞠が、そっと近付いてくる。

「あっ……穂華、美優、ふ……布団を敷いておきました」

 控えめだが、心遣いを感じる手鞠の配慮に、私は初々しさを感じた。

「ありがとう手鞠」

「ありがとう!」

 私と美優のお礼を聞いて、手鞠が笑顔を見せる。

「あ、あの……私が一番端なので、寝る時……お邪魔するかも……」

「良いよ。朝の起床で、自分の布団にそのまま寝ている人がいないから」

 私達は、特異点に集中して寝ている事が多い。

「分かりました。転がりながら、お邪魔します」

 それを軽く笑いながら、便乗している手鞠も、星野家への順応性が高い子だ。

 手鞠は白藤色のパジャマで、オーバーシャツの裾付近には、藤の花のシルエットが白色で美しさを添えている。

 手鞠も大人側に背伸びをしたい年頃に見えた。

 私は自分の布団へと歩く、部屋の奥では、瀬名里、音穏、琥珀が談話をしている。

「琥珀が美優の隣みたいね」

 陽葵と琥珀の布団の間に、美優の布団があった。

「ほんと? 琥珀に声掛けてくる!」

 奥にも聞こえる元気で、美優が移動する。

 声で気が付いた瀬名里と琥珀が手招きをし、音穏が熊のぬいぐるみを、見せていた。

「元気ね。美優は」

 自分の布団へ座る花菜が、穏やかな笑みで美優を見守っている。

「私達も風の子だよ花菜。あっ、星の意識体を宿すのだから、星の子か……」

「言い得て妙ね」

 花菜と会話しながら、私の布団の上に移動すると、隣の陽葵が不安を訴えてきた。

「き、今日は、心霊現象無さそうですか?」

「無いよ陽葵、有っても花菜と私が居れば安心でしょ」

「そう、三人の連携は最強よ」

「さ、三人?」

 陽葵の疑問に、花菜が回答を出す。

「私、穂華、後は彼女よ」

 花菜の後ろに一人、揺らぎのある人影が現れて、一瞬で消える。

「ひゃあ!」

 短く悲鳴を上げた陽葵に視線が集まった時には、人影は消えていた。

 黒色のオーバーシャツに、橙色のイージーパンツの陽葵は、私の右足へ抱きついて目を閉じている。

「ほら、顔を上げてもう居ないから」

「本当に大丈夫ですか?」

「うん。戦闘訓練では平気なのに、日常生活で見るのは駄目なんだね」

「見る物自体は変わらないのに、何でかしら?」

「普段の生活まで、幽霊に慣れたくはありません!」

 霊体に関わる人生に慣れた花菜の疑問に、陽葵が当然の反論を返す。

「え、襟付近が黒色で、裾に向かって橙色に変化するのは、もしかして夕空?」

 私は、話が深くならないよう、話題を逸らした。

 死後の世界を知り、死に近付くのは、花菜と私だけで良い。

「あっ……はい、私は星が……特に大気の中から見る風景が好きなので」

 私達は、宇宙船の内殻で再現された機械仕掛けの空しか見た事が無い、好奇心から来る風景への憧れを、私達は時々、実際に見たかのように話す事がある。

「うん。私も、橙色や茜色に染まった大地や雲が好き」

「あら、夕暮れは逢魔が時って言ってねって……何するの」

 私は花菜の左手を掴み、顔と胴体で視線を塞いだ。

「普通に人を引っ張らないで」

 この言葉は花菜に大きな効力がある。

 花菜は九年前に一回だけ、隠世(あの世)に引っ張られ掛けた事があった。

 あの時、私が助けたから、花菜はまだ生きている。

「ご……ごめん、穂華、陽葵、私はそんなつもりじゃ……」

「花菜、情報を得て、知識を蓄える事には責任を伴うの、死を知れば、自分が死に近付く最低限の知識は必要だけど、幽霊が住む死後の世界は、気軽に知って良い場所じゃない、それは九年前死にそうになった、私と花菜なら分かるはず」

 私は花菜を抱きしめながら、静かに強く語り掛けた。

それに花菜は真面目な顔で答える。

「えぇ……ごめんなさい。穂華以外と本格的な幽霊の話はしないわ」

「それで良し!」

 私は、上下黒色のパジャマに身を包んだ花菜を、さらに強く抱きしめる。

 オーバーシャツの襟と袖、裾の三ヶ所に白色の線が引かれ、イージーパンツの裾には、

白色で描かれた、カラスのシルエットが飛ぶ、寝ている花菜を守る為のパジャマだ。

「穂華が何時も私だけでなくて、みんなに守護の魔力を掛けている事を知ってるから」

 花菜の発言に、陽葵が疑問を出す。

「わ、私にも……ですか?」

「うん。パルタイトの衣類には、私の体に集合している星の魔力を込めてる」

 混沌の前では気安め程度の防御力だが、それでも必殺技を一回受け止める力はある。

「凄いですね。敵の不意打ちにも安心じゃないですか」

「信任の無い人にも着せられる、簡易的な防御だから、過信はしないでね」

「分かってます。初撃さえ防げれば、不意打ちは食らいません」

 陽葵は緊張が無くなると、普通に話せる子だ。

「私達も加えて下さい」

「良いよ。琥珀、美優、入って」

 部屋の奥に居た琥珀と美優が、私の布団へと来た。

 すると、美優は布団に大声を上げながらダイブする。

「おっ邪魔します!」

 パルタイトで出来た布団が軽く跳ねて、美優が布団に埋まった。

 私は、うつ伏せで布団に着地した美優の背中へと腰掛ける。

「うん。良いクッションね。琥珀も座って」

「はい、失礼します」

 申し訳なさそうに、美優の後ろから布団に歩いて上がった琥珀が、私の隣へ座った。

 私が怒っていない事に安心し、美優へ罰を与える為に協力をしてくる。

「あぁ、確かにほど良い弾力です」 

「あ、あの……重い……かなぁって」

 琥珀の感想に、美優の苦情が重なった。

 それを、私が怒るよりも早く、陽葵が注意してくる。

「美優、布団にダイブした罰なんだから我慢して」

「う……うん。我慢する。陽葵は私の教育係だもんね」

「あれ、穂華から聞いたの?」

「うん。陽葵お姉ちゃん、これからよろしくね」

 美優がお姉ちゃんと言うタイミングで、私と琥珀は立ち上がった。

 場の空気と展開を読めないほど、鈍感にはなれない。

「花菜、琥珀、瀬名里と音穏の所へ行こうか?」

「私は良いわ。陽葵の成長と美優の成長をここで眺めてる」

 感慨にふける状態の花菜は、梃子でも動かなくなる。

「分かった。琥珀、手鞠を誘って瀬名里達の所へ行くよ」

「えっ? 手鞠寝てますよ」

「あれは寝たフリだから、私に任せて」

 私は左手で、琥珀の右手を引いて手鞠の布団へと来た。

「ちょっと待ってね」

 琥珀から手を離すと、さっと両手を枕側から入れて、手鞠の両脇に手を入れる。

「ひゃ!」

 悲鳴に構わず、引っ張り上げると、藤の花を纏った少女が釣れた。

「隠れてないで行くよ手鞠」

「穂華を誤魔化すのは不可能です。手鞠」

「う……抱っこ……」

「んっ、お姫様抱っこが良いの?」

「ち……違います! 自分で立ちますから」

 膝裏に回しかけた私の左手が引き返す。

「穂華は、百合が嫌いでは無いですよね」

 すると、琥珀が小声で確信を付いた。

 そう、本心から嫌がっていたら、瀬名里達が支配欲や独占欲に該当するはずだ。

 つまり私は、本心では百合を認めている。

 ただ、優しい異性との恋愛を希望する願いが、百合への進行を抑えていた。

「そうだね。でも私はまだ、百合になる気は無いから」

「分かりました。攻略のしがいがあります」

 灰色で統一されたパジャマを着る琥珀が微笑む。

 オーバーシャツの裾が黒色に変化して、イージーパンツの裾が白色に変化する、灰色を基準に黒と白が混ざる特徴的な服だ。

 灰色は星の魔力の発光色でもある為、星の服と言える。

「じゃあ、レベルナイトメアで対応してあげるね」

「も、もう少しお手柔らかに……お願いします」

 三年前の陽葵を見ているような手鞠に、私は笑顔を見せた。

「手鞠がもっと話上手になったらね」

「じゃあ、手鞠は私と一緒に特訓しよう」

 琥珀がコーチを引き受けて、手鞠の肩に手を回しながら先行する。

「二人共、瀬名里と音穏の所で停止だからね」

 私はその後ろを嬉しい気分で歩く、陽葵は成長し、美優の教育係をするまでになった。

 心と記憶を共有出来る関係ほど、相手の成長が楽しみになる。

 母親と似た心境を持ち始めている事を、私は実感していた。


「はい! ストップ」

 オーバーランしそうになっていた二人を、手で抱きしめて止める。

 私の右手が琥珀のCカップの胸を捉え、左手は手鞠のAカップの胸を覆っていた。

「主、待っていたぞ、陽葵と花菜の所から時間が掛かったな」

「手鞠を呼んで来たからね」

 音穏に理由を話すと、瀬名里が質問をしてくる。

「花菜は来ないのか?」

「陽葵の教育ぶりを眺めてるって」

「そうか、花菜らしい反応だな」

 瀬名里が着る、黄色のパジャマは、オーバーシャツに白色の格子が描かれた服だ。

 イージーパンツは無地で、口調や性格を合わせると、一番大人びた存在に思える。

 私が緊急停止させた二人は、動きが固まっていた。

 胸に手を回して抱きしめた影響だろうか? 二人の手を引き、私は着席を促す。

「ほら、私達も座ろう」

 瀬名里と音穏は、瀬名里の布団に座っているので、私達は音穏の布団へ上がる。

 私を真ん中にして、右に琥珀、左に手鞠が座ると、瀬名里達と対面する状態になった。

「さっきは何を話していたの?」

「明日の身体測定についてです。主」

「穂華の補佐には誰が付くんだ?」

「母にお願いしている。でも、園児を診断してからだから、最初の内は一人かな」

 本来の補佐であった真優先生は亡くなっている。

 混沌に力を与えない為とはいえ、家族や親友、同僚や知人と戦い浄化させる行為には、精神的につらい物があった。

「栗夢先生は来ないのですか?」

「栗夢先生には、一般女性の診断終了後に、警備をしてもらう予定。みんな裸の時に男子が入って来たら、琥珀は嫌でしょ?」

「はい、頭蓋骨粉砕を狙って、顔を殴ります」

 星の信任が高い私達は、魔力無しの状態でも身体能力が高い、本気を出せば粉砕も可能となる。

「頼むから、気絶程度に済ませてね」

「はい分かりました。手鞠ならどうする?」

「あ、相手の股間を……全力で……蹴ります」

 手鞠のような子でも、人間を全力で蹴ったら、百メートル先へ吹き飛ばす威力がある。

「手鞠は、出来るだけ軽く蹴ってね」

「はい……穂華が言うなら優しく蹴ります」

 これで、万が一男子が来ても、五メートル吹っ飛ぶくらいで済むだろう。

 私達は、魔力制御や身体能力の制御が上手い為、日常生活を問題無く送れていた。

 だから、器用な事も、星の信任に影響するのでは無いかと、私は考えている。

「主、私なら格闘では無く、チョークを投げるぞ」

「速度は?」

「魔力無しで、時速四百キロだ」

 それは人に致命傷を与えられる速度だ。

 私はすぐに音穏に制限を与える。

「音穏は混沌以外への投擲禁止!」

「うっ…………分かった。主が言うなら、混沌だけに投げる」

 同意の上での制限は、支配や独占に該当しない、音穏の了承に、私は安心した。

 自分の服に目を向けていた瀬名里は、私と目が合うと明日の予定を聞いてくる。

「穂華、服は午後には出来るよな」

「うん。やっぱり窮屈になってる?」

「あぁ、胸の締め付けと、服が少し小さいかな」

「三ヶ月前に比べて、身長が二センチ、胸が三センチ大きくなってるからね」

「あぁ、目視で分かるのか?」

「誤差五十ミリくらいの正確性で分かる」

「エロいな穂華は」

「服の製作者として体の採寸は当然だよ。プロなら見ただけでブラジャーのカップも理解出来るし、同性同士恥ずかしがる事も無いでしょ」

「穂華のは精度が異常だと思うぞ。それに穂華のは職業病って言うんだよ」

 瀬名里が困った顔で、私に訴えてきた。

 職業病は、仕事による影響で発症した病気と、仕事での動作を無意識にする二タイプがあるが、私達は病気とは無縁だから、動作の方になる。

 採寸の何が駄目なんだ――。

「主の鈍感さは諦めるとして、今日は主の横に行っても良いか?」

 音穏が寝てからの事を聞いて来た。

 音穏は、群青色のパジャマに身を包んでいて、オーバーシャツの裾部分には黒色の音符が音階を奏でている。

 無音移動を重視する音穏は、日常の中で、物質が出す音を聞くことが好きなのだ。

「良いよ。でも、サンドイッチ側になるのは我慢してね」

「うっ! が、頑張る」

「今日は私も先頭で行くから、よろしく!」

「瀬名里が先行するのは珍しいね」

「私も時々、甘えたくなるのさ」

「琥珀と手鞠はゆっくり来てね。最初に来ると圧迫されるから」

 内容を理解出来ていない二人は、首を傾げている。

「寝てから二十分くらいで、私の所へ来てみて、理由が分かるから」

 だから、私は補足を足してみた。

 あれは、初めて見る人にとっては、怪奇と言える。

「よ、よく分かりませんが……行ってみます」

「わ、分かりました」

 琥珀は少し警戒をしながら返答して、手鞠は素直に肯定の意思を示す。

 手鞠の方が、場の雰囲気に流されやすい性格のようだ。

 私が座っていた音穏の布団から立ち上がると、花菜が呼び掛けてくる。

「穂華、瀬名里、常夜灯にしても良いかしら」

「あっ! ちょっと待って、手鞠、消灯される前に戻るよ」

 琥珀は音穏の隣の布団の為、問題無いが、手鞠の布団までは十メートル距離があった。

 私の手に引かれて立ち上がった手鞠が、少し戸惑っている。

「えっ? 私暗くても歩けますけど……」

「この部屋の常夜灯は、かなり暗いの。瀬名里、音穏、琥珀、私達は布団に戻るから」

 常夜灯と言っても暗い方で、家具や人の影しか見えなくなる。

 その為、慣れるまでは数メートル単位の移動は危険だ。

 私達が、音穏の布団を降りると、瀬名里、音穏、琥珀の順で声がする。

「あぁ、おやすみ穂華」

「主、また後でな」

「おやすみなさい」

 計画が順調に進めば、この部屋で寝るのも最後だ。

 星の救援要請に応えるという、本来の目的に戻る事が出来る。

「おやすみ」

「お……おやすみなさい」

 三人へ返答した私達は、部屋の入口側、自分の布団へと戻った。

「花菜、手鞠が布団に入ったら消灯して」

「えぇ、分かったわ。優しいのね」

「花菜の慈愛には、負けるけどね」

「あら、私にも悪戯心はあるわよ」

「花菜のは、愛情から来る物だって知ってるから」

 誹謗中傷の無い私達にも、悪戯心はある。

 でも、それは愛情から出る物で、軽蔑からでは無い。

 馬鹿や阿呆などの悪口発言が無い事が、その証拠だ。

「穂華は観察力が高いのね」

「えっ、何か言った花菜?」

「何でもないわ、消すわよ」

 周囲を見渡すと、全員が布団に入っている。

 陽葵と美優は、隣合った布団の中で会話を続けているようだ。

 内容までは聞き取れないが、声が微かに届いている。

「おやすみなさい、みんな」

 暗闇に浮かぶ影だけとなった部屋に、花菜の声が広がった。

 それに呼応して、全員の声が部屋の空気を振動させる。

「おやすみなさい」

 ほぼ同時に部屋へ伝わった声が、私の意識を眠りへと誘った。

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