天地反転ぶっ!!(結 後半)
居住区画の下、サポート区画や操縦区画、浄化区画の格納庫までの構造がおおまかに理解出来る
内容となっています。
次回からサブタイトルが変わりますが、新たな浄化戦に繋がり、前回の浄化戦とは異なる戦いと
なるでしょう。
ただ、いきなり浄化戦には飛びません。日常から浄化戦に切り替わって行きます。
※2020年1月7日 大鳥達が通れるの? という疑問が出そうだったので訂正しました。
訂正前 横穴は高さ二メートル、幅八十センチ、奥行一メートル五十センチになっており、
入り口から五十センチ進んだ場所に、真下へと続く縦穴があった。
縦穴は直径八十センチの円形で、それが真下に七メートル伸びている。
訂正後 横穴は高さ二メートル、幅一メートル二十センチ、奥行二メートルになっており、
入り口から一メートル進んだ場所に、真下へと続く縦穴があった。
縦穴は直径一メートル四十センチの円形で、それが真下に七メートル伸びている。
※体長 動物が二本足や四本足で立った時の胸からお尻までの長さ
顔や首、尻尾を含めない
※体高 動物が二本足や四本足で立った時の地面から背中までの高さ
顔や首、尻尾を含めない
※3月12日 操縦区画での通信時 星域義勇軍のネフィア艦長から来た通信内容の矛盾を訂正
スターマインド → スターフラワー
※3月17日 格納庫への接続通路を進み始めた辺り 地の文の矛盾を訂正
アニマル艦隊の着艦場所 → ホープアローの着艦場所
格納庫での地の文を訂正
四方の物質 → 四方の塊
※4月7日 次回投稿日を4月29日から5月13日に延期します。
詳しくは活動報告をご覧下さい。
申し訳ありません。
※ロンズデーライトとウルツァイト窒化ホウ素について
今回の投稿では、ウルツァイト窒化ホウ素の方が硬いと記述してますが、
現実の情報では、ウルツァイト窒化ホウ素の方が硬いと解説している場所と
ロンズデーライトの方が硬いと解説している場所があります。
どちらが正しいかは、実際に実物を持ち、研究または加工をしている人物で
無いと分かりません。
この作品は、フィクションですから、こういった諸説ある部分は、気にしないで
下さい。
航宙歴五百十七年四月十一日 午前二時十四分
星野家の一階、玄関から見て左側の廊下と繋がった居間に、星野家の家族が集合していた。
大鳥達は、私と音穏が男性脱衣所から居間のソファーへと移動させている。
熟睡状態で、アイスを食べ終えようとしている瀬名里達にも気が付かないほどだ。
「寝ている仲間の傍で食べ終えるのは、申し訳ない気分になりますね」
「私が、草と水だけで作った氷を後で届けるから、大丈夫だよ」
琥珀の発言に、私は遠慮する必要が無い事を伝えた。
アイスは氷菓子というように、砂糖が含まれている。
西暦時代や私が幼少期のスターマインドでは、油脂や安定剤、乳化剤や香料も含まれた氷菓子があった。
しかし、それらは経済活動が消えてから、二ヶ月後に消滅し、スターフラワーにそれらを生み出す工場は無い。
砂糖は在庫が各家庭であり、サトウキビが畑作施設で栽培されている為に、消える可能性は低いが、牛と豚が消えた事で、油脂を氷菓子に利用する事は困難になっている。
宇宙産のパルナ鳥は体脂肪が少なく、その他の宇宙産の動物も、体脂肪率の低い者が多いからだ。
「それを聞いて安心しました。とても美味しくて、二個をペロリと食べてしまったので」
琥珀の正直な感想に、私は家族の顔を見回す。
ペリオシュという宇宙産の多年草から採れる、花の蜜を使用したアイスに、家族の笑顔が広がっていた。
蜜に水と砂糖を加えて良く混ぜてから、マイナス二十度の冷凍庫で凝固する。
スターフラワーでアカが作った冷凍庫は、全てがマイナス二十度の冷凍機能を備えている為、食品の長期保存に適した冷凍庫は、居住区画の住民にも利用されていた。
「穂華と音穏は、イルム家とパルフェ家を公園の大木まで送るんでしょ? アイスは食べなくても良いの?」
疑問を伝えてきた栗夢のボトムスは、焦茶の色をしたマキシ丈のチノパンツに変化していた。
栗夢の気遣いを無駄にしない為に、私はボトムスの話題へと会話を誘導する。
「私達は、大鳥達を送った後で食べるよ。それよりも重ね着すると、足の冷えが無くなるから良いよね。寝心地が悪くなる欠点もあるけど」
栗夢は、脱衣所で穿いたマキシ丈のスカンツに、マキシ丈のチノパンツを重ね着していた。
不定期でくる、スカートのパジャマが持つ意味を理解して、それを損なわないように栗夢は気を使っていた。
最初はスカンツを穿き、脱衣所を出た後で、ロング丈やマキシ丈のパンツを重ね着する事で、スカートのパジャマが持つ新鮮さを失わないように配慮している。
足の冷えという理由を添える事で、スカートのパジャマに反対している訳では無いという意思表示をしていた。
この気遣いを理解しているのは、私と有樹、瀬名里と花菜の四人で、高等部になり、無邪気さが落ち着いた頃に、栗夢本人が教えている。
初めからスカンツやスカーチョを着なければ良いという考えは、栗夢の気遣いを否定する事になる為、私達四人は栗夢の優しさを尊重していた。
「そうね。でも、私は足が温かい方が好きだから、ボトムスの重ね着は気にならないわ」
男装という個性と、スカートのパジャマを着る意味、その両方を守ろうとした結果が今の栗夢だ。
その行動に負の感情は無く、家族への優しさが気配となって溢れている。
支配や独占の欲も無い為、私達に栗夢の行動を否定する理由は無かった。
「私達も、足が冷えた時は、重ね着してみます。手足の冷えは、誰でも経験する可能性がある事ですから」
女性に冷え性が多いというが、男性にも手足の冷えはある。
私は、栗夢の気遣いを成功で終わらせる為に、ボトムスの会話を終える方向へ進めた。
「主。そろそろ行きましょう。大鳥達の氷菓子は明日の朝でしょうか?」
「うん。登校の時に持っていくよ。それじゃあ、先ほどと同じように、ゆっくりと駆けて行こうか音穏」
「はい。任せて下さい」
音穏の返事を聞いた私は、キッチンのシンクでアイスの深皿とスプーンを洗い始めた陽葵に声を掛ける。
「陽葵、あれの管理をお願いね。しっかりと持ち主に渡るように」
その曖昧な発言だけで、陽葵は私の意図を理解してくれた。
柔らかな笑みを見せて、明るく承諾してくれる。
「分かりました。寝る前に渡しておきます。大きい方は、そのままで良いですか?」
「そうだね。星野家に他者の物を盗む人間は居ないから。防犯は家族全員でしておいて」
自分に厳しい者が多い環境でも、自分に甘い人間が犯罪をする事は稀にある。
ガルエノが連れて行った天野 川居も、性欲を優先させた自分に甘い人間だった。
幸い、覗きや痴漢は未遂に終わらせているが、今後も、自分に甘い者が出て来る可能性がある。
「私と花菜が、他の部屋を確認しておくよ。気配で察知出来なくても、何か潜んで居る危険は考慮しないとな」
「八伸様も居るし、穂華と音穏は、早くお客様を送って来なさい、陽葵はあれを渡す事を優先して」
地下に向かう前に、私達は一度、三階の自分達の部屋へ行っている。
目的は、水着、下着、パジャマを脱衣所に持って行く為で、先ほど脱いだ水着は、制服と一緒に女性脱衣所の洗濯機で洗われていた。
だから、あれが熊のぬいぐるみを示している事に、瀬名里と花菜は気が付いている。
琥珀や美優、手鞠も熊のぬいぐるみは見ているが、あれと熊のぬいぐるみが同一である事を、理解出来ていなかった。
「よろしくね、瀬名里、花菜。音穏、パルフェとフィミをお願い。私はイルム家を運ぶから」
「はい。任せて下さい、主」
返事と終えると、音も無くソファーへ移動した音穏が、パルフェを左腕で、フィミを右腕で抱えた。
パルフェの胴囲は初等部三年から初等部四年の女子平均で、フィミよりも少し大きくなっている。
音穏は腕と自分の胴体で、パルフェとフィミの胴体を挟むように持ち上げていた。
そうする事で、腕や手だけで持つよりも安定性が高まり、楽に運ぶ事が出来る。
私は、パジャマに重ね着するように、灰色の抱っこ紐を纏うと、イルムを優しくその中へと入れた。
人間用な為、翼を出す事は出来ないが、イルムの両足が出て、抱っこ紐の中で座るような状態になる。
それからソファーの前で屈むと、左腕でパルムを抱え、右腕でアルナを抱えた。
「それは、抱っこ紐だな。誰のなんだ?」
見慣れない物に、瀬名里が持ち主を確かめようとしていた。
私は、三体を抱えたまま立ち上がって、瀬名里の方に向き直る。
「私が赤ちゃんの頃に、母が使ってたの。スターマインドを脱出する時の荷物に、キルトとコスモスが気を使って紛れ込ませてくれたみたい」
悪い思い出と一緒に、良い思い出を捨てる必要は無い、キルトは私にそう言っていた。
失った存在は戻らない、それを認めた上で、良い思い出を残すのは、星側の思考といえる。
失った事実を否定して、取り戻そうとするのは、支配と独占の欲が混じった混沌側の思考になる。
過去の思い出と欲望は、分けて考える事が最良だと、コスモスは私に教えてくれた。
「そうか。良い思い出は活用しないとな。資源が限られている現状だからこそ、パルタイト以外で作られた縫い物は、希少と言える」
失った存在には執着せずに、今有る希少な存在は大切に扱う。
瀬名里はキルト達の優しさと、私の内心の双方を理解して、そっと助言を伝えてくれた。
「そうだね。これからも、スターマインドでの良い思い出は忘れないようにするよ。ありがとう瀬名里」
私の笑顔に照れた瀬名里は、嬉しそうに自身の情報を伝えてくる。
「私の荷物にも、思い出が紛れてたんだ。明日の帰宅後にでも見せるよ」
「分かった楽しみにしてるよ。それじゃあ、行ってくるね」
「行ってきます」
私に続いて、音穏の声が出ると、それを聞いた家族が一斉に声を出す。
「行ってらっしゃい!」
同時に出た声が、五十畳の居間と六畳のオープンキッチンに反響して、星野家の心の温かさを、周囲の星の意識体に示していた。
航宙歴五百十七年四月十一日 午前二時三十六分
星域学園入り口がある大木、その根元付近に着地した私は、先に降りていた音穏に声を掛ける。
「音穏、ご苦労様。パルフェとフィミは起きなかった?」
「ご苦労様です。熟睡してましたから、朝まで起きないと思います」
真面目な返答だが、直後に音穏の口から欠伸が出ていた。
「私の方も、静かに寝息をたててたよ。無事に送れてほっとしちゃった」
「そうですね……私も……気が緩みました」
周囲の気配にも鈍感になり始めている音穏は、外で眠り始めそうな状況だ。
私は、先ほどまでイルムが入っていた抱っこ紐を外すと、それを音穏に預ける。
「私は、星の意識体達に用事があるから、音穏は抱っこ紐を星野家に戻しておいて、ペリオシュも先に食べてて良いからね。私も用事が終わったら帰るから」
ガルエノが行ったスフカーナは、軍事と民間共に二十四時間体制で動いていた。
軍事は六時間ごと、民間は十二時間ごとの交代制だが、戦闘中は軍事関係者の総動員となり、今も軍事側は三時間交代の非常体制になっている。
「分かりました。抱っこ紐は…………先ほどのソファーに……置きます。それでは……」
気力を出して星野家への道を疾走する音穏だが、少し左右にふらついていた。
それでも、進路や体勢を修正しながら、星野家の玄関へ向けて駆けている。
「さてと……操縦区画によってから、浄化区画か……疲れが蓄積しない理由も含めて、確認に行かないとね」
音穏の気配が、星野家の中に入った事を確かめた私は、大木の根元に空いた横穴を見る。
公園の大木は、高さが十九メートルあり、幹の太さは直径三メートルと巨大だ。
反転した森のグラリタと比較すると、幹の太さ、枝の太さや長さでは負けている。
しかし、幹の縦方向への長さ(高さ)では勝っていた。
天井から水面へと逆に生長していたグラリタの大木は、高度で考えると公園の大木よりも高くなっている。
反転した森の水面から天井までの高さは、三十六メートルだが、グラリタの太い枝は水面から二十三メートルの高さにあり、幹の縦方向の長さは十三メートルだ。
だから、高度ではグラリタが高くても、幹の長さは公園の大木が勝っている。
我々は役に立てたでしょうか? 宇宙心――。
私が熟考をしていると、星野家の玄関外から公園の大木根元まで、大鳥達を運んでくれたホナエル達が秘匿念話を出してきた。
とても助かったよ――ありがとうホナエル――――私はこれから仲間のガルエノとホナエルを迎えに行くけど一緒に来る?
いえ――――我々は他に役目があります――仲間の情報は念話と気配で――理解出来ますから――それでは宇宙心――我々はこれで失礼します。
うん――ありがとう。
ホナエルとの秘匿念話が終わると、彼らは真上へと離れて行く。
根元から大木の上にある住居まで、大鳥達を運んだのは私と音穏だったが、疲れの蓄積した肉体に小休止を入れられたのは、ホナエル達のおかげだ。
星の意識体は、浮遊や空中移動が可能で、物質の通り抜けが出来る、霊体とよく似た特徴を持っている。
穂華――――ネフィア艦長が話したいそうだ――――操縦区画へ来てくれ――。
ガルエノはスフカーナを出るところよ――――まだ戻って来るには時間があるわ。
ホナエルが居住区画の天井に消えた所で、星の意識体からの秘匿念話が、私の脳内に届いた。
音は物質の振動で生まれるが、念話は星の魔力である為に、耳を中継せずに、脳に直接伝わってくる。
キルト――コスモス――ご苦労様――――大木の入り口に居るから――――すぐに向かうね。
私は秘匿念話を出しながら、大木の横穴に入る。
横穴は高さ二メートル、幅一メートル二十センチ、奥行二メートルになっており、入り口から一メートル進んだ場所に、真下へと続く縦穴があった。
縦穴は直径一メートル四十センチの円形で、それが真下に七メートル伸びている。
縦穴にはステンレス製の梯子が設置されており、それを使用して七メートルの縦穴を上り下りする設計だ。
万が一、落下しても安全なように、七メートル下には厚さ五十センチのマットレスが敷いてある。
待っている――――音穏は家に戻したようだな。
うん――疲労の蓄積で――眠りそうだったから――。
梯子を降りた私は、幅二メートル長さ五メートルの短い通路を歩く、その先は下に続く螺旋階段で、十三メートル下の星域学園や操縦区画へと繋がっていた。
気配で感知していたけど――大鳥達は良い仲間になれそうね――アカやラプラタも喜んでいたわよ――。
純粋さと他者への優しさを合わせ持つ――――可愛い仲間だから――共に成長していけると思うよ――。
螺旋階段の幅は二メートルで、擦れ違いが楽に出来る設計だ。
十三メートル下まで降りると、複合装甲の扉が目の前にある。
高さ二メートル、幅一メートル、厚さ三十センチの扉が二枚並んでいた。
扉の先はサポート区画で、操縦区画と星域学園の間に存在する必要不可欠な施設になる。
今からサポート区画に入るね――――通信はまだ繋がっているの?
えぇ――――川居さんの件でお話しがあるそうよ――。
両開きの二枚扉を開けると、調理実習室前の廊下に出た。
調理実習室を正面に、複合装甲の扉を背後にして立つと、左右の廊下が十メートルほどで九十度折れているのが見える。
どちらも星域病院方向に折れ曲がっており、左に進むと操縦区画、右に進むと星域学園に繋がっていた。
私は操縦区画へと向かう為に、左に進み始める。
幅三メートルの廊下を十メートル歩くと、廊下が右に九十度折れ曲がっていた。
廊下に合わせて進行方向を変えると、十メートル先に隔壁扉が見える。
星域学園やサポート区画で設置されている隔壁扉は、私達がホープアローから居住区画に来る時に通った隔壁扉(金属製扉)を小型化した設備だ。
あちらは魔力動作式だった為、星の魔力を使用しないと開閉出来ないが、こちらは船体損傷時以外は、人力で開く事が可能となっている。
その方法は、左にスライドさせて開く引き戸方式で、扉の重厚感とは裏腹に、魔力順応力が皆無の女性でも、楽に開けられる状態だ。
私は、両手で隔壁扉の取っ手を掴むと、左に扉を動かし始める。
複合装甲の扉は開き戸だったが、そちらと同様に楽に開ける事が出来た。
扉を通って少し進むと、背後で閉まる音が聞こえる。
複合装甲の扉と小型の隔壁扉は、自動でゆっくりと閉まるように設計されていた。
サポート区画の保健室前まで来たようね――――。
我々が発声の魔力でネフィア艦長に応対しているが――――彼女の好奇心は返答に困る部分がある――少し急いでくれないか?
分かった――すぐ着くから待ってて。
保健室の前を駆け抜けた私は、隔壁扉を素早く開ける。
食料貯蔵室の前を残像を生みながら過ぎると、複合装甲の扉が眼前に見えた。
扉の前で一度立ち止まってから、両開きの開き戸を開けると、私はすぐにキルトとコスモスの傍へ駆け寄る。
「お待たせしました。ネフィアさん、またお話し出来て嬉しいです」
スターフラワーの通信設備に、映像を送受信する機能は無い。
それは、この操縦区画も同じで、音と音声だけがスフカーナと繋がっていた。
「私も嬉しいわ、穂華さんのような同性の話し相手は、立場上少ないから。映像が無いのは、機密性を保つ為かしら?」
「宇宙には、可視光を利用しない通信を行う生命体も居ます。また、星の意識体は映像を使用した連絡は利用しないので、音声や音のみの送受信でも、相手との会話は問題無いと判断しました」
電波の反射で物質との距離や大きさを測る生命、可視光以外の赤外線や紫外線を目で見る生命、音や声を聞いて物質や獲物の位置関係を把握する生命、宇宙には可視光以外を活用する知的生命体が数多く存在する。
可視光を目で見て、映像として送受信するのが当たり前だと思うのは、一部の知的生命体が持つ、限定的な常識なのだ。
「常識は閉塞的、宇宙では常識は非常識となる。穂華さんが語っていた意味が当てはまるわね。星の意識体と間接的に話せる希少な機会も得られたし、天野 川居さんの乗船は特別に認めましょう。しかし、一緒に来たこの鉱物は何かしら? スフカーナに存在する金属や鉱物よりも硬いのだけど……」
大鳥達は星の意識体から信頼を得て、スターフラワーへの乗船を許可されている。
対して天野 川居は、混沌の思考を嫌う事が出来ない、自分に甘い、欲望に正直な人間だ。
川居本人が希望したとはいえ、ネフィア艦長から見たら、厄介払いされた人間の、擦り付け先に見える。
だからこそ、私達はそのお詫びを示す為に、硬度の高い物質を提供する事にしていた。
「ダイヤモンド、ロンズデーライト、ウルツァイト窒化ホウ素の三種類です。ロンズデーライトはダイヤモンドと同じ炭素原子の結晶です。ウルツァイト窒化ホウ素は基本構造がダイヤモンドに近いですが、ダイヤモンドとは異なり、高温の酸素の中で燃えにくい特性があります」
「そう…………工作機械も一緒に来てコロノイとエルリルが歓喜していたわよ。ポウサルは船体に利用出来ないか、真剣に検討していたわね。工作機械を利用した研磨や切断にはウルツァイト窒化ホウ素が活用されているのかしら?」
「はい。今回送った三種類の物質の中で、ウルツァイト窒化ホウ素が最も硬い物質ですから…………燃えにくい特徴は、化学変化が起きにくい事を示しています。そちらの防衛強化に役立てられるはずです」
三種類の鉱物が五百キロずつと、重量二トンの工作機械が一台、浄化区画の格納庫で眠っていた資源と設備の一部を、スフカーナに提供していた。
今回送った物質も、アカが作りすぎた余り物になる。
「そちらの好意として、ありがたく頂いておきます。しかし、穂華さんが宇宙を生み出した星の意識体の子供なんてね。私の知る人間と、感性や気配が異なる事にも納得出来たわ」
キルトとコスモスが教えたのだろう、ネフィア艦長は私の情報を、落ち着いた口調で伝えてきた。
私は、ネフィア艦長の勘違いを訂正する為に、説明を始める。
「私も心に弱さを持つ生命体ですよ。感性や気配に、種族や立場は関係ありません。自分に厳しいか、自分に甘いか、その違いがあるだけです」
「それは、身体能力や仕事の効率では無くて、心の在り方なのよね?」
「はい。身体能力が高く、仕事が効率良く出来ても、他者を見下したり、他者に負の感情を見せる生命体は、自分の欲望に甘い、混沌側の思考を持っていると言えます。怒りや苛立ちを見せる事は、他者への優しさとは言えないのです」
自分に厳しい者は、相手の間違いを平常心で注意する。
優しさとは、相手への心遣いや気遣いの事だ。
負の感情の発露は、ストレス発散の手段であり、自分に甘い者が持つ、他者に対する支配欲となる。
「思いを吐き出せない、不安や焦りを消せない状態で、心が病むことは無いの?」
ネフィア艦長は、負の感情を嫌う事への副作用を案じていた。
無からの亡命者は、無の意識体(混沌の意識体)だった頃の記憶を忘れる。
無の魔力も失う事になるが、その代わりに魔力順応力が備わって転生していた。
しかし、生まれる場所や種族は選択出来ず、混沌側の思考が多い環境に生まれると、それが当たり前の光景だと認知する。
ネフィア艦長の発言は、負の感情を出す事が当然だと思う、星域義勇軍側の価値観を示していた。
「不安や焦りは、助言や協力で解消します。思いは相手との信頼があれば吐き出せます。思いと我が儘は、全く異なる思考です。自分に厳しい、星側の思考を持つ者が集まれば、我が儘や腹黒さ、見下しや争いは、自然と消えて行きます。混沌側の思考が多いと、負の感情を出す事が、常識と思ってしまうでしょうが、それらが、差別や格差、見下しや争いを生む、温床になっているのだと、認知した方が良いと思います」
星側の思考を保持して、心が病むのは、周りの者が混沌側の思考を常識にしていた場合だ。
怒り、苛立ち、妬み、恨み、嫌悪、無視、見下し、負の感情という原因は、虐めや犯罪、テロや戦争という結果を呼び込む。
負の感情が循環を続ければ、宇宙の消滅が待っている。
正の感情が循環出来れば、宇宙の輪廻が正常に保たれる。
その事実を知っている私達は、自分の心に負担を掛けてでも、星側の思考を守る道を選んだ。
「心が強いのね、スターフラワーの仲間達は。これは、星域義勇軍としての常識なのだけど、仲間や家族、故郷を失ったら、普通は悲しみが湧き上がって、その後に恨みや怒り、そして殺意が生まれる。でも、穂華さんからは混沌に対する負の感情を感じ無い、それどころか、一種の優しさを感じる」
「私と会っただけで、仲間の本心が理解出来るのですか?」
「先ほどの穂華さんの発言から理解出来たわ。負の感情が常識では無く、嫌われている環境なのでしょう? 星域義勇軍の仲間は、本心では負の感情が持つ危険を知っている。でもね、負の感情を出した方が、心のストレス発散になるから、黙認しているの。虐めや差別が発生しても、自分が巻き込まれたく無いから、無視をする。自分の心に有利で、他者の心に不利な日常が続いて欲しい。そんな自分への甘さがあるのが、星域義勇軍の現状なの。艦長の私にとっては、頭を抱えたくなるような事実ね…………。混沌に力を与える要因が内部に有るのだから…………」
私の疑問に返答したネフィア艦長は、星域義勇軍が抱えるジレンマを伝えてきた。
弱肉強食の環境に慣れてしまうと、自分の心に甘く、他者の心に厳しい、混沌側の思考を無くす事に、抵抗を覚えてしまう者が出てくる。
しかし、混沌側の思考を持ち続けると、差別は消えずに、犯罪や戦争を生む結果を誘因してしまう。
自己の優位性に執着せず、自分の心に厳しく生きなければ駄目な、星側の思考を、星域義勇軍に広めるのは、途轍もなく困難な道のりになる。
「どちらを選ぶかは、星域義勇軍で生活する者達が選択する事です。強制は支配欲となりますから、私達は、星域義勇軍の選択を尊重し、見守りたいと思います。勿論、浄化対象になった時は、浄化に伺うので、その点は不安に思わないで下さい。単独で解決出来ない不安は、全員で思案すれば良い。そう考えると、心の不安が少し晴れて来ませんか?」
機械生命体のネフィア艦長でも、限界はある。
限界があるのなら、限界の少し手前で、信頼出来る仲間を頼れば良い、それは相互理解の精神を維持していく上で重要な事だ。
「そうね。次の目的地までは三千七百光年先だから、約一万一千百年間、最大速度を維持すれば到達出来る。子孫の未来を考えて、仲間とじっくり話し合う事にします」
「それが、良いと思います。提供した航路は、銀河の回転方向とは、逆の方向に有りますので、予想よりは早く到達出来ると思います。ただし、途中で補給や修理をしたり、減速もありえますから、過度な期待は避けて下さい」
相対速度が中心の宇宙では、自分の位置や速度で、周囲の速度も変化して見える。
例外となるのは、中性子星かブラックホールのような大質量の存在、それと微小な質量を持つ電磁波だ。
「到達の期間に期待はしませんよ。途中の補給出来る星雲や資源小惑星を確認出来ただけでも、我々は満足してるんです。星域義勇軍の仲間は、船が故郷ですから、最近は人間の中でも惑星では無く、船で一生を終えたいという者が増えています。スターフラワーの人間とは異なり、欲望に正直な方々ですが、今回の航路提供には感謝していましたよ」
大型巡洋艦のスフカーナとは異なり、中型駆逐艦に分類される、ナジェージダ、シャーロット、アリススプリングスの三艦は、最大乗員が三千人の船だ。
人間のみが乗る三艦は、宇宙という厳しい環境により、人口が横這いの状態で推移しているらしい。
その為、三艦それぞれの人口は、地球を脱出してから一千二百人の数値を前後していると、ネフィア艦長から聞いている。
「ナジェージダの乗員の移乗は、順調でしょうか?」
「えぇ、シャーロット、アリススプリングスの二艦に均等に移乗させています。修理も十二日ほどで終わる予定です。スフカーナの乗員は、今現在四千二百十七体ですが、二艦の最大乗員には余裕が有るので、心配は無いでしょう」
人間以外の多種族が共存しているスフカーナは、最大乗員が五千体の船だ。
七百八十三体の空きはあるが、子孫の誕生などで埋まる可能性があり、余裕は無いと言える。
「移乗後の二艦の乗員数を聞いても良いですか?」
「ナジェージダに居た一千二百十一体が、六百八体と六百三体に分かれて移乗中です。シャーロットの一千百九十二体に六百八体が加わって、一千八百体になります。アリススプリングスの一千二百四十五体に六百三体が加わって、一千八百四十八体となります。どちらも、一千体以上の乗員余裕が有りますから、住む場所が無くなる事は無いでしょう」
何人という単位は、人間にとっては常識だが、スフカーナの種族にとっては、珍しい単位となる。
多種族共存が基本のスフカーナにとっては、人間という一種族のみを数える単位が存在する事に、驚きを覚えるらしい。
その為、ネフィア艦長は、全ての生命体に共通した単位である何体という単位を使用していた。
「それなら心配無いですね。川居の事もよろしくお願いします」
「えぇ、乗員の少ないシャーロットに移乗中です。彼は学生で間違い無いわね?」
「はい、中学三年生、移乗先だとハイスクールスチューデントと呼ばれているはずです」
ジュニアハイスクールスチューデントは、西暦時代に日本という国で認知されていた言葉であり、西暦時代のアメリカでは、ハイスクールスチューデントが中学三年生から高校三年生を示す言葉として使用されていたらしい。
星の意識体やフレリの記録が持つ過去の情報は、断片的ではあるが、地球や太陽系を見た事が無い私達にとっては、重宝したい情報になる。
シャーロットはアメリカから脱出した船なので、小学六年生から中学二年生まではミドルスクールスチューデントと呼ばれ、小学一年生から小学五年生まではエレメンタリースクールスチューデントと呼ばれているはずだ。
この違いは、日本で小学校六年、中学校三年、高校三年が一般的だったのに対し、アメリカでは、五年、三年、四年の区切り方が一般的だった事に理由がある。
厳密に言うと、エレメンタリースクールは、幼稚園の年長組に当たる一年間も含めている為、日本とアメリカの教育制度は年単位で異なっていたようだ。
「そう、通信が来た時は驚いたわ。星域義勇軍に亡命したい人間がスターフラワーに居るのが信じられなかったし、通信の相手が星の意識体という事実は、夢のようだった。混沌側の思考を持つ知的生命体が、星の意識体と会話出来るなんて…………通常は有り得ない事だから…………」
「だから、星の意識体しか知り得ない、私の情報を聞いてたんですね」
「えぇ、まさか……宇宙を作った星の意識体の子供だとは、思わなかったけどね」
発言の後に苦笑するネフィア艦長からは、戸惑いの感情が窺えた。
不快感は無く、気軽に質問をした自分の愚かさに、困惑している気配を感じる。
感情の気配を鋭敏に感知出来るようになった私は、離れた相手であっても、音声だけで相手の感情を理解していた。
「私達は、神とは無関係ですから、気にする必要は無いですよ。星と宇宙を守る、正の感情と他者への優しさを尊重して、宇宙を破壊する、負の感情と他者への厳しさを嫌う。混沌の意識体は浄化して、無の世界に送還する。それが私達です。上下関係はあったとしても、それが見下しや差別に繋がる事を、私達は嫌います。スターフラワーの仲間は、自分の中に弱さが有る事を知っています。だからこそ、それを嫌い、自分に厳しく、他者に優しく生きるんです。そうすれば、他者に自分の弱さを知られても、馬鹿にされない環境が生まれますから、あっ! 勿論、怠惰な者や間違った者は、平常心で注意されますけどね。でも、怒りや苛立ちで注意する者は、現状のスターフラワーには居ません」
弱さを知られても良い環境は、自分に厳しく他者に優しい仲間が集まることで生まれる。
怠惰な者や、我が儘な者、負の感情を出す者が多い環境では、弱さは理解されずに、誹謗中傷の標的になっていた。
「穂華さん。その感性は素晴らしいわ。多くの生命体は、自分自身の存続を重視する。家族、親友、会社、他に大切な存在が有ったとしても、それは自分の優位性を守る為の、建前である事が多い。大切な存在を失い、自分自身が不利になっても、他者に優しさを示せる生命体を見たのは、穂華さんが初めてよ。だから、宇宙の事はお願いね。未来の宇宙心さん」
最後の発言に、私は左へと顔を向ける。
私の左隣りに並んで浮かぶ、キルトとコスモスは、優しい笑みを浮かべていた。
隠し事にする内容では無いでしょ――――穂華の情報は既に――全ての宇宙に伝播している――他の宇宙で活動する星の協力者からも――穂華を信頼すると返答が届いているわ。
フレリの本体魔力に慣れて――記録も自由に閲覧可能な穂華なら――――他の宇宙で活動する協力者の事も――――理解出来ているはずだ。
コスモスとキルトの秘匿念話に、私も秘匿念話で答える。
そうだね――宇宙心の事は――――家族にも伝える必要があるから――キルトとコスモスは私が話すのを待っててね――――睡眠不要になり始めた肉体や精神については――――ネフィア艦長との通信が終わった後で聞くから。
私の秘匿念話に、キルトとコスモスが少し緊張する気配を捉えた。
その緊張には触れずに、私は通信の続きを始める。
「ネフィア艦長、ありがとうございます。一つお願いがありまして……私の立場を知って利用しようと思考する者が居る可能性を考慮したいので、私と母の関係や未来の宇宙心についての情報は、信頼出来る者のみに伝えて下さい」
伝わった情報に統制をかけるのは、支配欲だ。
だから私は、相手に選択権がある、お願いという手段をとった。
ネフィア艦長に、腹黒さや他者を見下す思考は無い、星域義勇軍が存続する最良の方法を考え、支配や独占の欲を上手く調和させていると、私は感じている。
「良いでしょう。私も、悪巧みに繋がる情報を、気軽に伝えるという愚行は、実行したくありません。信頼出来る仲間のみに伝えたいと思います」
二度と会わないと思っていた者に、会う偶然は、一生の中で何回かある。
度重なる選択という原因が、偶然の再会という必然を生む宇宙だからこそ、私のお願いには重要な意味があった。
「ありがとうございます。恐らく私達の方が、先に船の移動を始めると思いますから、出発の時に改めて通信をします。そろそろ川居と物資を送り届けた仲間が、戻って来る頃ですから、私達はこれで失礼させて頂きます」
浄化区画の格納庫に接近する、ガルエノとホナエルの気配が、私に伝わってくる。
星の魔力には、レーダーとしての役目もある為、フレリの本体魔力に慣れた今の私は、スターテリトリーの展開無しでも、気配を高精度で探知出来ていた。
「今の星域義勇軍としては、星側の思考に賛同出来ない。でも、私は穂華さんを応援しています。負の感情が無くなり始めた場所でも、幸福度と治安の維持は可能。重要なのは、そこで生きる者の思考を、星側の思考に保持出来るかどうか…………それが理解出来たのは、私にとっては大きな収穫ね。星と穂華さんに感謝を。また話しましょう。穂華さん」
ネフィア艦長は、常に星域義勇軍にとっての最善を考えている。
その上で、こちらの事情や思考に理解を示せる、器の大きさも見せていた。
「ネフィア艦長のような、思考が増えれば、星域義勇軍も星の協力者になれます。利便性の追求と幸福度の上昇は、比例しません。それは、過去の文明が証明していますから、仲間と共に今後の方針を考えて下さい。私も、ネフィア艦長とのお話しを楽しみしてます。それでは、また」
「私も楽しみにしているわ。またね穂華さん」
ネフィア艦長の返答と共に、約十六分間のピルム語を使用した通信が終わった。
仲間を一緒に迎えに行くか――。
私も行くわ――穂華――行きましょう。
浄化区画へと繋がる扉に視線を向けた私に、キルトとコスモスの秘匿念話が届く。
入って来た扉とは、正反対の位置にある扉に近付くと、両開きの扉をそっと開ける。
複合装甲の扉が静かに開き、接続通路の一部を、私に見せていた。
航宙歴五百十七年四月十一日 午前三時
操縦区画から接続通路へと出た私は、周囲を目視確認する。
正面には、浄化区画へと進む通路が見え、左には複合装甲の扉があった。
背後では、先ほど開けた両開きの扉が、静かな音を立てて自動的に閉まる。
浄化戦に時に使用した扉だね――――帰りは――こっちから出ようか。
そうだな――星域病院の様子も窺えるし――その方が良いだろう。
穂華――――聞きたい事については――上に戻ってからでも良い?
それで良いよ――コスモス――帰りはこっちの出入り口を使うね――キルト。
左の扉は、星域病院正面側の平屋小屋に繋がっている。
そう、ヒギス星系に来る前に通った道だ。
私達が居住区画に居る時に、浄化対象が出た場合は、平屋小屋の出入り口を利用する。
理由は、混雑の発生を避ける為だ。
大木と平屋小屋は、梯子で降りてから、短い通路を通り、螺旋階段を降りるという共通構造になっている。
この影響で、梯子付近は混雑しやすく、上り下りの順番も考慮しないと、覗きが発生しやすい環境となっていた。
それを回避する為に、下りは女性が先に下りて、上りは男性が先に上るというルールが周知されている。
左の扉を過ぎて、正面の通路を進むと、通路の幅と高さが徐々に広がり、下りの斜度が少しずつ増えてきた。
この先は、ホープアローの着艦場所から、居住区画に下りて来た時と同じような、幅が広く、斜度の有る通路が続いている。
あちらの通路は、百メートルごとにU字に折れ曲がる通路だったが、格納庫へと続くこの通路は、緩やかな左曲がりが百八十度続いて、その後に直線が続いていた。
直線からは、幅三十メートル、高さ三十メートル、斜度五十パーセントという、住民には厳しい坂が格納庫まで繋がっている。
この辺りが――星野家と一番近い所だね。
緩い左カーブが終わり、急な直線の坂を下り始めた私は、秘匿念話を出した。
その通りよ――八十メートルの複合装甲は――私達にとっては――通り抜け出来る物質だけど――生命体にとっては――通過出来ない壁ね。
心配無いよ――私達は――この船が星や宇宙の為に存在してるって認知してるから――――人間や生命の為の船では無い――――私達は星の協力者として乗船させて貰っている――その考えを忘れない限り――――私達が船の構造に不快感を持つ事は無いと思う――素朴な疑問を持つ者は居るけど――理由を伝えたら納得してくれるから。
反転した森での瀬名里の質問を思い出しながら、私はコスモスに秘匿念話を返した。
斜度五十パーセントの通路は、角度では約三十度となる。
重心の崩れに気を付けながら、私は歩きから駆け足へと、自身を加速させた。
広大な格納庫に入ったガルエノとホナエルが移動を始めている。
出迎える側が、仲間を待たせる訳にはいかない。
残り六キロ――。
脳内で独り言を出した私は、足の動きをさらに速めた。
接続通路の全長は七キロと百メートルになる。
残り四キロから疑似重力の無い場所になる為、身体能力と船内の疑似重力を利用した加速も、そこまでが限界だ。
そろそろ左曲がりよ――――速度は緩めなくて大丈夫?
問題無い――加速の勢いはアウト側の壁を走れば――減速せずに曲がれるから。
コスモスの秘匿念話に返答すると、左曲がりの通路が眼前に迫った。
通常は減速しないと壁に激突だが、私は減速せずに壁へ向けて跳ねる。
壁に対して肉体を垂直にして、足裏を壁に向けると、靴底が壁を捉えた。
私はすぐに足を動かして、アウト側の壁を走り始める。
加速を緩めると下に落ちる為、壁走りでは勢いが必須だ。
百八十度の左曲がりが終わると、直線が現れる。
残り五キロ――。
通路の床へと下りた私は、速度を維持したまま斜度五十パーセントの直線を駆け下りた。
遠くには左曲がりが見えて、四キロ付近で直線が終わっている事を示唆させている。
疑似重力が消えたら――もっと加速するね――。
無重力での移動は――浮遊中の進路変更が困難だ――構造物を押す時の角度に注意してくれ。
任せて――キルト。
疑似重力を発生させる利点は、惑星起源の生命体が持つ感覚が、狂わない事だ。
重力環境下の中で進化した過去のある生命体は、無重力環境下に長く居ると、精神と肉体に不調を来す。
宇宙にも、重力や摩擦は有るのだが、恒星や惑星、衛星や小惑星などの物質が集まった場所に近付かない限り、肉体が引かれるほどの重力が実感出来なくなる。
無重力とは、実感出来ないほど周辺の重力が低い場所や、重力が釣り合った場所という意味だ。
摩擦は、物質同士が密着した時に、相互運動(平行な動き)を妨げようとする力であり、宇宙でも摩擦は発生している。
残り四キロ――。
脳内で独り言を出した私は、加速を維持したまま、斜め上に跳ねた。
それと同時に疑似重力が消えて、空気が有るのに重力が無い不可思議空間に入る。
私はすぐに肉体を百八十度回転させて、頭を下に足を上にした。
足裏が天井に届く間際に、通路の先を見た私は、左曲がりのアウトコース側に向かって天井を蹴る。
垂直抗力と摩擦で押し返された私の肉体が、床に近いアウトコース側の壁に接近していた。
頭を上に足を下に戻した私は、左曲がりの終わり付近にある天井を目で確認する。
アウトコース側の壁を足裏で捉えた私は、目視確認した天井を目指して壁を蹴った。
航宙歴五百十七年四月十一日 午前三時〇九分
後半の動き――――平均時速八百キロは出ていたわね――初めは小手調べをしてたの?
そうだよ――スターフラワーの設計を知ってると言っても――実際に接続通路を見たのは初めてだから――想像との違いが無いか確かめていたの――――理想と現実は違うって言葉が――――人間にはあるから。
残り四キロの左曲がりを通過後は、直線、緩やかな左曲がり、直線、左曲がりと続いていた。
コスモスの秘匿念話に答えた私は、目の前にある隔壁扉に目を向ける。
幅三十メートル、高さ三十メートル、接続通路と同じ幅と高さを持つ扉が、静かに開き始めていた。
この先は空気が無いんだね――。
そうだ――だから星の魔力でしか開閉出来ないようにしてある――――他の生徒や住民が迷い込む可能性も〇では無いからな。
私の秘匿念話に、キルトは住民への配慮を伝えてきた。
続いてコスモスが、補足を付け加える。
ホープアローから居住区画に来る時に通った二枚の隔壁扉も同様の理由ね――――スターフラワーの空気は――星の魔力で一定区画に供給されているから――魔力開閉式の扉は空気が無い場所に迷い込む危険性を皆無にしてくれる。
スターフラワーの扉は、私達を隔離する為にあるのでは無い、星側の存在を守る為にあるのだと、コスモスの秘匿念話が語っていた。
そして――混沌の意識体の侵入を遅らせる盾にもなる。
そうだな――星側の存在が多いと言っても――――自分に甘い者は必ず生まれてくる――――重要なのは最悪を想定して常に対応策を考えておく事だ――――穂華は家族や仲間が混沌になったとしても――――迷い無く浄化するのだろう?
私の秘匿念話に返答したキルトは、私の本心を確かめようとしていた。
家族や仲間が混沌になった場合も、躊躇無く浄化をしないと、星側の負けが待っている。
浄化するよ――それが私の本心だから――家族や仲間で一番大切な事は――――血の繋がりでも――記憶の共有でも無いの――――心の繋がりが最も大切な事――――心が離れて――自分優先の欲望や負の感情に溺れて――混沌になった時点で――――星にとっての浄化対象となる――――だから――私はたとえ浄化対象が自分であっても――浄化する考えだよ。
混沌とは、混沌の意識体(無の意識体)だけでは無い、星を破壊出来る武器(兵器)を作り、それを使用した者達も、混沌と認識される。
宇宙に居る生命体は全て、元々は混沌の意識体からの亡命者なのだ。
星側は、亡命者を生命体に転生させて、その者の本心を審査する。
本心から星側の思考を維持した者は、恒星や惑星、衛星や小惑星などの星の意識体に転生出来る。
星や銀河が、規則正しく公転や自転を継続させ、宇宙の中を移動しているのは、自分に厳しく、身勝手な者が極一部しか、居ないからだ。
良い返答ね――嘘も無いようだし――――全てが循環を始めている事実も知っている――――宇宙心になるのは――予想よりも早くなりそうだわ。
油断はするなよ穂華――――油断と甘さは深く繋がっている。
うん――ありがとう――コスモス――キルト――扉が開いたから中に入ろう。
私を誉めるコスモスと、助言をするキルトに、私は感謝を伝えた。
開いた隔壁扉を境界にして、空気の境目が存在している。
私が、スフカーナの行き帰りで空気を固定させたように、星の意識体達が設定した空気の境界が、目に見えない状態で実在していた。
この先は空気が無い――――星の魔力での空気の固定を許可する。
キルトの秘匿念話を聞いた私は、すぐに魔力で空気を固定した。
軽く床を蹴ると肉体が浮いて、空気の無い格納庫の中へと進み始める。
広大な格納庫の天井が近くに見えて、眼下に無数の金属と鉱石の塊が見えた。
塊の大きさは多様で、数メートル四方の塊から、最大で七十メートル四方の塊も目視確認出来る。
見ただけで、相手の大きさや寸法が理解出来る職業病が、私に巨大格納庫の異様さを伝えていた。
格納庫の天井から床までの高さは、九百十メートルあり、入って来た隔壁扉の一番上と天井が同じ高さになっている。
ガルエノとホナエル達の姿を探すと、高く積み重なった金属の頂上で、私の方を見ながら待機してくれていた。
足を天井に、頭を床側に向けた私は、徐々に近付いていた格納庫の天井を蹴る。
疑似重力が無い空間では、蹴った力(垂直抗力と摩擦)が肉体の加速に繋がっていた。
空気が無い格納庫では、空気抵抗も生まれない為に、速度が維持されたまま、金属の頂上が近付いている。
周囲に固定した空気も、私と一緒の速度で同一方向に移動している為に、空気抵抗を生む事は無かった。
二百メートルほどを移動した所で、頭を天井に、足を床側に向けた私は、金属の頂上にあるU字型の取っ手を確認する。
あれは――――アカが付けたの?
アカは――――穂華や星野家の格納庫訪問を予測していたわ――――星の魔力を極力使用せずに――疑似重力と空気の無い格納庫で速度を停止させるには――――身体能力と摩擦を利用するのが最適でしょ。
有樹と栗夢に遠投を頼んだ時も――――星の魔力を使用した空気の固定は許可したが――――格納庫内の移動や――物質の遠投は――垂直抗力や摩擦を利用した――身体能力のみで実行してもらっている。
摩擦が無ければ、取っ手を掴もうとした時に滑り、停止する事は出来ないだろう、垂直抗力は、物質が垂直に押された時に、反対側に押し返そうとする力であり、跳ねるという行為は、垂直抗力と摩擦があるから可能となる行動だ。
取っ手を掴んだ私は、高い身体能力で自身の速度を急停止させる。
星の信任を得て、星の魔力を体内に格納する者は、魔力未使用でも身体能力が飛躍的に上昇していた。
この特徴が無ければ、今のような急停止は、怪我や致命傷に繋がる。
ようこそ格納庫へ――――未来の宇宙心である穂華が出迎えてくれた事を――――我々は嬉しく思います。
ホナエルは――生と死――死と生の物質循環が役目――――ガルエノは警備の一環で――我々ホナエルは――物質循環の一環で――スフカーナに行って来たのです――――出迎えは素直に嬉しいですが――――宇宙心様自身の肉体と心を第一に行動して下さい。
金属の頂上に無傷で立った私に、ガルエノが挨拶を、ホナエル達が心遣いを見せていた。
どちらも嬉しい感情が気配となって溢れているが、自身の役目を常に自覚しておくという厳しさも感じられる。
今回は人間側の都合でしたし――私がお願いした事ですから――出迎えをするのは当然と言えます――――私は星と宇宙の役目を理解していますから――――余計な気遣いや心遣いはしませんよ――――身近な者が混沌になっても――迷い無く浄化する本心も保持しています――――ですから今回はお礼を言わせて下さい――――ありがとう。
秘匿念話で出した私の本心に、ガルエノとホナエル達からは、嬉しさと気恥ずかしさが気配となって出ている。
未来の宇宙心は――――自分への厳しさと他者への優しさを象徴する存在となりそうね。
あぁ――――油断が無ければ――未来は素晴らしい宇宙心になりそうだ。
それを見ていたコスモスとキルトが、期待と信頼を込めた秘匿念話を出していた。
今回の内容で、色々と現実と関わりのある情報も入ってますが、この作品は、フィクションです。
現実と比較しての批判はご遠慮下さい。
なお、この作品は私のオリジナルです。
反転風呂やスターマインドの都市構造など、この作品を書き始める以前に、提案書にして、
大手企業へ郵送した過去はありますが、いずれの企画も不採用となっています。
次回投稿日 5月13日




