魔化折衷(序章 星心の穂華)
初掲載です。よろしくお願いします。
※誤字脱字は発見しだい修正しています。(名前の入力ミスや、漢字の変換間違いなど)
男女共に見れるように以下の点で書いています。
・地の文を具体的に書く(多少の比喩表現はあり)
・異性とのエロを描写しない(男一人に女数人のハーレム物は女性読者が嫌いやすい為)
・ボーイズラブは無し(男性読者が嫌いやすい為)
・服の詳細描写あり(比喩表現では無く、Tシャツやプリーツスカートなど具体的に書いてます)
・純粋さの残る登場人物
異世界や転生など人気の要素は微少ですが、読み続けるとこの世界にある感性に
惹きつけられるはずです。
よろしくお願いいたします。
理解しやすい文書は陳腐に見える時もありますが、難しい表現を多用して見飽きられたり、
飛ばし読みされるようでは本末転倒なので簡潔な文書を多様しています。
序章 星心の穂華
全長五十キロ、全高二十キロの、巨大宇宙船「スターマインド」は、外殻と内殻に分割された二重構造をしている、外殻と内殻の間は分厚い魔力装甲板があり、内殻の民間人は戦闘の被害を受けることが無く生活が出来ていた――。十三年前までは。
航宙歴五百四年一月七日。(十三年前の内殻)
宇宙船の中とは思えない、水に囲まれた星形の島に警報が鳴り響いた。
地震が無いはずの内殻に震度三規模の揺れが起こり、段々と強まっている。
星野家の居間では、四十代前半の男性と、十代後半の男子が居て、揺れに対して即座に反応していた。
「何があった? 星夜バルジの制御棟へ連絡しろ!」
父の焦った顔を見た金髪の長男が、慌てて制御棟へ電話をかけていた。
「どうしたの? 心夜」
不安な表情をした黒髪の婦人が入室してきて、夫である心夜に状況を聞いている。
婦人の足元には、可愛い幼子がしがみついて泣きそうな顔をしていた。
「まだ分からない……ただ、この揺れは悪い予感がする」
普段であれば液晶画面からの情報提供で、内殻の状態はすべて確認できるのだが、今は黒画面のままで、情報が全く得られない。
「父さん……れ、連絡塔に混沌の魔力が侵入したらしい」
電話を切った青年が、蒼白な顔で父親へと報告していた。
その話を聞いた父親は、すぐに妻である黒髪の婦人へとお願いをする。
「星菜、穂華を連れて地下に避難してくれ」
「心夜と星夜はどうするの? 私は家族を失うなんて嫌よ……」
連絡塔は外殻との接続通路で、あそこの魔力装甲板が最も耐久度の弱い場所になる。
地震が装甲板に対する破壊行為だとすると、内殻への侵入も時間の問題だ。
「私達は一度、バルジの制御棟へと行って来る。電話だけでは状況が掴めない」
星野家は、内殻の一区画――温泉区画「オリンポス」を管理している。
同区画で暮らす住人の為にも、早急に状況把握をする必要があった。
「そんな……私達はどうすればいいの?」
不安で泣きそうな妻に、心夜が優しく語りかける。
「星菜、必ず帰ってくるから、地下で穂華と待っていて欲しい」
夫に続いて、長男も母へと話しかける。ただ、顔は母親の足元にしがみつく妹の穂華に向いていて、右手で優しく妹の黒髪を撫でていた。
「僕達家族にとって、穂華はかけがえのない天使だ。母さん、穂華を頼む……」
二人のお願いに、母親である星菜も覚悟を決めた。
小さい穂華を抱きかかえて、地下室の鍵を居間の引き出しから取り出す。
「ねぇ……おにいちゃん、おとうさん、おでかけするの?」
「あぁ、そうだよ。父さんと星夜は、みんなを守る為にお出かけしてくるからね」
幼子の純粋な質問に、優しい父の声が返った。
「おにいちゃんがいってた、たいせつなひとを、まもるちからだよね」
「えぇ、そうよ。だから私達は安全な場所で待ってましょう」
我が子を諭すように、星菜が穂華へと優しく語りかけた。
しかし、事態を理解出来ていない幼子は、純粋に自分がしたいことをお願いする。
「わたしも、おにいちゃんといっしょにいきたい」
「ごめんな。穂華、危険な場所に行くから連れていけないんだ」
兄である長男が、優しく断った。しかし、幼子の意思は固く一緒に行こうとする。
「わたしも、おにいちゃんをまもりたい」
娘の気持ちが強固であることを知った心夜は、静かに穂華の頭へと手を添えた。
灰色の髪をした心夜が得意とする睡眠の魔力が、愛娘へとかけられる。
「あれ……おにいちゃんが……ぼや……けて…………」
やがて静かな寝息を立て始めた一人娘を、心夜は妻へと託した。
「星菜。穂華を頼んだよ」
「えぇ、地下でこの子と一緒に待ってるから、必ず帰って来てね」
「あぁ、必ず二人で戻る。だから、待っててくれ」
力強く意思を伝える心夜の言葉に、妹を撫でながら母を見る星夜の言葉が続く。
「母さん、行って来る。穂華を頼んだ」
「はい、二人共行ってらっしゃい」
眠る愛娘を抱きながら、母は笑顔で夫と長男を見送った。
航宙歴五百四年一月十四日。
心夜と星夜がバルジの制御棟へと行ってから一週間。
「各区画の代表者が集まって前線司令部が置かれたため帰れない」
夫の心夜から、短い電話連絡を貰った星菜は、愛娘の穂華と二人で地下室での就寝と、
地上での家事や食事を繰り返す日々を送っていた。
復活した液晶画面からは、外殻が混沌に支配されたこと、混沌が連絡塔経由で内殻への侵攻を謀っていること、連絡塔での防衛戦をすることが伝えられている。
「我々は内殻の住民を守る為に、共に防衛戦に加わる同志を募集しています。星の信任が二割以上の魔力順応者が参加条件です」
三日前から繰り返し流れる、バルジ制御棟からの映像が、混沌との防衛戦が近いことを教えていた。
度重なる地震は威力を増加させて、震度五の揺れに変化している。
プルル――プルル――。
昼食のため地下室から地上の居間へと来ていた星菜と穂華に電話がかかってきていた。
「はい、星野です」
「星菜か? 心夜だ」
一週間ぶりに夫の声を聞いた星菜は、安堵の表情を浮かべる。
「心夜、心配したのよ。星夜は元気?」
「あぁ、私も星夜も元気だ。星夜は今、防衛戦に参加する同級生と談笑しているよ」
電話からは、学校の休み時間のような喧噪が聞こえていた。
「いつ帰れるの? 穂華が心配しているわよ」
「防衛戦が終わるまで帰れない、我々、区画の代表者も前線の指揮官として参戦するから戦闘中は残った人達に内殻を任せることになる」
人口約一万人の内殻で、星の信任が二割以上の魔力順応者は約三千人になる。
「ならせめて、穂華にあなたと星夜の声を聞かせて頂戴」
ここ数日の穂華は、父親と兄がいない不安から、情緒不安定になっていた。
突然泣いたり、無反応になったりしている。
「分かった。星夜を呼んでくるから待っててくれ」
電話から心夜の声が離れ、喧噪のみが聞こえる状態が一分続いた。
その後、息づかいが聞こえて長男の声が届く。
「母さん、すぐに帰れなくてごめん」
「私はいいから、穂華と話して頂戴。あの子、心配しすぎて情緒不安定なの」
「分かった」
電話から口を離した星菜が、無反応状態の穂華を呼ぶ。
「穂華、星夜から電話よ」
効果は絶大だった。虚ろな目だった幼子に生気が戻り、目がランランと輝き始める。
「おにいちゃん? いまでるから!」
座っていたソファーを跳ぶように立ち上がって、母が持つ受話器をめがけて走った。
「おっと……もぅ、走ると危ないわよ」
「えへへ、へいきだもん」
星菜が数日ぶりに見た愛娘の笑顔が、眩しく見える。
「もしもし、おにいちゃん」
「穂華か? すぐに帰れなくて、ごめんな」
「おにいちゃんは、いつかえってこれるの?」
「悪い人が居なくなったら、帰れる」
「ほんと! いついなくなるの?」
「明日、守る為の戦いがあるから、四日後かな」
「それまでいい子にしてたら、おみやげくれる?」
「あぁ、買っていくから楽しみにしていてくれ」
「わかった。たのしみにまってるね! はい、お母さん」
幼子は受話器を母へ手渡すと、笑顔でソファーへと戻った。
星菜はすぐに受話器を口へ近づけて、疑問を長男へと尋ねる。
「もしもし、星夜。もしかして、防衛戦が近いの?」
「父や他の区画の代表者が、明日突入すると言っている。おそらく連絡塔中央付近で総力戦になると思う」
「戦力は?」
「星の魔力順応者三千五十二人。星の信任が二割越えの人が全員集まった」
それは、内殻に存在する全戦力だった。
残りは未覚醒状態の幼児や小学生、覚醒して間もない中学生に、星の信任が一割と低い魔力順応者のみで、この戦いに負ければ、内殻が混沌の支配下に置かれることを意味している。
「必ず勝って、帰って来なさい。母と妹を孤独にさせたら承知しないから」
「分かったよ母さん。必ず戻る……あっ、お父さんが伝えたいことがあるって」
受話器からガタゴトと音が聞こえて、心夜の声が聞こえてくる。
「星菜、予想よりも混沌の侵攻が速い。だから、二時間後に出発することになった」
「速いって、何処まで来てるの?」
「第九隔壁だ。残りの隔壁は四枚。これを突破されたら我々は敗北する」
「敵戦力は?」
「現状で、我々と同等と見ているが、危険が高いため偵察もできない」
「じゃあ……敵の力は不明ってことじゃない……」
「なんだ? 星の防衛力を疑っているのか?」
心夜はおどけた口調で、星菜の不安を紛らわせようとした。
「……そうね。夫である貴方を信じるわ。心夜」
「あぁ、任せろ」
「集合! 作戦会議を開始する!」
受話器から、夫や星夜とは違う声が届き、喧噪が静まった。
「星菜、もう行かないといけない。二、三日音信不通になるが、穂華と一緒に待っていてほしい」
「お父さん! 区画代表は壇上に集合だって!」
「分かったすぐに行く。またな、星菜」
「えぇ、また」
電話の切れた受話器を置いた星菜は、自分を元気付けるように気合いを入れて、昼食の準備を再開した。
航宙歴五百四年一月十七日。
防衛戦の開始から三日目となった。
地震の揺れは震度二程度と収ったが、連絡塔内部から断続的に聞こえる爆発音が戦闘中である現状を伝えている。
内殻の全戦力が投入された以上、防衛成功を願って待つしかない、内殻に残った住民の誰もが、不安と希望を交互に抱きながら、朗報を待っていた。
「おはよう、おかあさん。きょうはれんらく来るかなぁ……」
「おはよう穂華。顔洗っていらっしゃい」
「はぁぁい」
元気になった幼子も、少しずつ元気を無くしている。
不安が期待を上回って来ているからだ。
「さて、喜んでくれるかしら」
そんな愛娘に星菜は星形のクッキーを焼いていた。
穂華の大好物で、前回はクリスマスの時に食べている。
大黒柱と未来の大黒柱が不在の今、穂華を守れるのは私だけだ。
そんな感情が星菜の心を強く支えていた。
もし、娘が存在せず、一人ぼっちだったら、今頃は心が折れて精神病になっている。
星菜本人がそう感じて、娘の存在に感謝していた。
「おかあさん、かおあらったよ」
「そう、じゃあ朝ご飯にしましょう。今日はクッキーとチーズよ」
大皿のクッキーと、温めたホットプレートの中で溶けたチーズがテーブルへ並んだ。
「わぁぁ、おいしそう」
愛娘の口から、涎がこぼれている。
「ちゃんと、お口を拭いて食べてね」
「うん。いただきまぁす」
穂華は左手の箸でクッキーを掴み、右手をおしぼりの上に載せた。
そして、食べる前に自身の姿勢を再確認している。
「よし! これで、だいじょうぶ。いただきまぁす」
愛娘の前にはホットプレートで溶けるチーズがあり、香ばしさが食欲を誘っていた。
箸に挟まれた星形クッキーが、チーズの海にダイブし、チーズを纏いながら浮上する。
大皿の上をチーズを垂らしながら移動したクッキーは、幼子の口へと吸い込まれた。
「おいしい! おかあさん、おいしいよ!」
愛娘の満面の笑みに、星菜も心からの笑顔を返す。
それは、二人が十日ぶりに見せた屈託の無い笑顔だった。
航宙歴五百四年一月二十一日。
早朝、星野家に眩い閃光と、ガラスが揺れる程度の衝撃波が伝わった。
「な、なんなのこれ…………」
光が収った星菜が窓から見たのは、連絡塔が消えた風景だった。
中心区画「バルジ」の各所から黒い煙が上がっている。
バルジから十キロ離れた温泉区画「オリンポス」も台風が襲ったような惨状で、星菜は自分の目を疑いながら、異質な光景を数分眺めていた。
「そうだ。天頂カメラ」
星菜は、内殻の上空五キロの魔力装甲板にある監視カメラの存在を思い出した。
区画代表の家にある操作盤から起動して、内殻の地上を拡大して見下ろす機能がある。
これを使えば、内殻の現状を確認できるだろう。
夫の部屋に入った星菜は、パソコンからカメラの遠隔操作を始めた。
「建物の被害は少ないわね」
最初に映ったのは温泉区画「オリンポス」の温泉街だった。
木が倒れ、商業用の看板広告が飛ばされ、道路にはゴミが散乱しているが、建物や塀の倒壊のような深刻な危害は無い。
カメラはゆっくりと中央区画「バルジ」へと視点を移動させている。
バルジに近付くにつれて、コンクリート片が数多く見えてきた。
段々と大きい破片になって、数も増えてきている。
「あっ……バスが……」
オリンポスとバルジを繋ぐ、区画間連絡道路でバスが逆さまになっていた。
激しく回転したようで、バス全体が傷ついている。
バスはバルジ方向から吹き飛ばされたようだ。
バルジ側から延々と、バスが道路とこすれた時の跡が残っている。
カメラはやがてバルジの一番外側に位置する商業地区を映し出した。
「嘘……ここってバルジの商業地区だったはず……」
映像に映ったのは、瓦礫と煙に包まれた地獄だった。
ビルは倒壊し、道路と建物の境目が判断出来ないほど被害が大きく見える。
先ほどの破片は、商業地区から吹き飛んで来たのだ。
商業地区を抜けた先の住宅地区は、すべての家が中心部から押し潰された状態だった。
圧壊といえる惨状で、土地がバルジの中心部に向かって傾斜している。
カメラは瓦礫の山になった住宅地区を通過し、最後にバルジの中心部を映した。
ここには、バルジ制御棟と連絡塔があり、心夜と星夜が戦っているはず――。
「…………な、何も……無い」
中心部が消滅していた。
地面には深さ五十メートルはありそうな半円状の大穴が空き、住宅地区と同じく圧壊があったことを教えている。
幸い、早朝だったこともあり、星菜の愛娘である穂華はまだ地下で寝ていた。
ただ、穂華にどう伝えたら良いのだろう、星菜は自分でも戸惑う現状に頭を抱える。
五分後、愛娘が起床し一階に上がってきた最悪のタイミングで、訃報が届いた。
液晶画面から、防衛戦の結果が放送されている。
緊急放送であるため、電源を切ることができない。
「混沌の勢力は撃退に成功……しかし、連絡塔の消滅と共に防衛戦に加わった味方は全員死亡したことが判明しました」
幼子である娘には理解できない言葉ばかりだが、星菜の心が耐えられなかった。
ぽろぽろと涙が零れる。夫と長男が二度と戻らない、そう理解してしまったら、穂華の前でも涙を止められなかった。
「おかあさん。なんでないてるの? あのがめんの、おばさんは何をいってるの?」
星菜は穂華を強く優しく抱きしめる。
涙はあふれるが、夫と長男が亡くなった以上は、穂華を守れるのは自分だけだ。
その思いが、星菜の心の芯を辛うじて支えていた。
「穂華、よく聞きなさい。とても大切な話があるの……」
涙目で話す母親を、穂華はしっかりと見つめ、頷いた。
母はそれを確認し、幼子の穂華が分かるようにゆっくりと伝え始める。
それは、穂華と星野家の運命が大きく変化した瞬間だった。
航宙歴五百四年一月二十八日。
防衛戦で三千五十二人が死亡し、バルジ中心部の消滅と衝撃波により六千七百七十七人が犠牲となった。
人口一万人だった内殻が、人口百七十一人に減ってしまった。
この影響により内殻の経済活動は停止し、物流も止まっている。
「はぁぁ……穂華は大丈夫かしら……」
父親と兄が二度と帰らないことを愛娘に伝えてから一週間。
娘はほとんどご飯を食べずに泣き続けていた。
泣いて、泣き疲れて眠り、起きるとまた泣くの繰り返しで、一週間が経過している。
バルジの生存者は、被害の少ない温泉区画「オリンポス」に避難していた。
星菜は温泉区画「オリンポス」の代表代理として、避難住民の受け入れ作業を指揮しているため、二十四時間、愛娘に付き添ってあげることが出来ない。
「私の声も穂華の心に届いていないようだし……どうしたら……」
避難所の指揮をしつつも、常に愛娘の心配をする星菜。しかし、心労で疲れていた彼女が、穂華に忍び寄る二つの存在に気が付くことは無かった。
星菜が避難所で陣頭指揮をとっていた頃、幼子の穂華は地下室で二つの存在に出会っていた。一つは光と闇が均等に混じり合い灰色の発光をしており、もう一つは光と闇が台風のように渦を巻いて発光している。
穂華は起床したばかりで、また泣き始めてしまう直前だった。
だが、突然現われた二つの光に驚き、泣くことを忘れている。
「兄を探したいと思わない? 私ならその力を与えられるわよ」
始めに語りかけて来たのは渦巻きの方だった。
続いて灰色の方も話かけてくる。
「兄は死んだわ、私なら二度と大切な存在を失わない、守りの力を与えられる」
「ふたりはだれ?」
二つの光の正体を確かめるため、穂華は名を尋ねた。
その問いに渦巻きの方がすぐに答える。
「私はロゼイナ。私には欲望を叶える力がある。兄にも会えるわよ」
灰色の光は沈黙したまま動かなかった。
穂華は再度、灰色の光へと問いかける。
「はいいろさんのほうは?」
「ごめんなさい。私には名前が無いの、でも私には守りの力がある。二度と失わない為の守護の力が、それをあなたに与えるわ」
名が無いことを気まずそうに話す灰色の光、穂華はその奥底に優しさを感じた。
「兄に会いたくないの? 私を受け入れれば会えるわよ」
渦巻きの光には優しさが無かった。無垢な心を持つ幼子だからこそ、渦の奥に潜む本質に穂華は気がついている。
「ろぜいなさん。あには、しにました。わたしは、うそつきはしんようできません」
泣きながら理解し、受け入れつつあった事実を、穂華は渦巻きに伝えた。
そして、灰色の光へと手を伸ばす。
「ななしさん。わたしは、たいせつなそんざいを、まもるひとになりたい。そのまもりのちからをかしてください」
兄が穂華に教えていた守る為の力。穂華はその守りの力を強く願った。
その思いの強さを感じ取り、灰色の光が穂華の手のひらへ載る。
「分かりました。穂華、私達星の魔力は、あなたに星の運命を委ねます。守りの心を持ち失うことの無いように……」
灰色の光が穂華の胸の部分から体内へと溶け込む。その瞬間、膨大な量の光が穂華の体を包み込んだ。
「わぁ…………あたたかい」
優しい心が灰色の光から伝わってくる。
渦巻きの光は知らない間に消えていた。
灰色の光は穂華の体内へ際限なく流れ込み続けるが、溶け込む速度よりも、集まる光の量が多い。すでに地下室だけでは無く、家全体を光が包み込んでいる。
「大穴ね…………これほど高い魔力順応力を持つ人間は初めてだわ……」
灰色の光自身が、幼子の素質に驚いていた。
「わたしは、たいせつなそんざいすべてを、まもれるちからがほしい、みんながてんじゅをまっとうできる、やさしいせかいをつくりたい」
穂華に集束する光は、知識も与えていた。漢字こそまだ分からないが、言葉の持つ意味を理解し、自分の考えを正確に表現できる。
灰色の光が穂華の体内で集束と圧縮を繰り返し、どんどん取り込まれていた。
まるでブラックホールのように、灰色の光が、特異点となった穂華に吸い込まれる。
それでも、家を包む光の量は変わらなかった。
「もっと集めないと……こぼれちゃう」
穂華は、優しい感情を持つ灰色の光を信頼して話かける。
「ななしさん。もっとわたしのなかにあつまって、わたしはだいじょうぶだから」
すると、秒速一キロの集束速度だった光が、秒速十キロにまで加速した。
この現象を、灰色に発光する星の魔力自身が驚いて見ている。
「ねぇ……今までこの速度で吸収を続けた生命体っていたっけ……」
「居ないな。本当にこの幼子は人間なのか…………星の信任は何割になっている?」
「待って……六万五千五百三十五ヶ所の宇宙、すべてで計測してみるわ…………ちょ……ちょっとこの数値は何……十の六十八乗……って信じられない……」
「無量大数か、その規模が人間一人に入ったら、全宇宙の神にでもなれるな…………」
彼らは星の魔力が生み出した意識体で、恒星や惑星にとっての神に近い存在だ。
その意識体が持つ星の魔力を軽々と越えるほど、穂華は大量の魔力を吸収している。
「星の信任十割か、大穴どころか、奇跡だなこれは……」
「星心の穂華と呼ぶべきかしら」
意識体である二つの会話は、穂華にはまだ聞こえていない状態だ。
星の魔力を、穂華が吸収し始めてから五分。
まだ魔力は絶え間無く集まってきていた。
「体感時間と実際の時間経過に差が出ているわね……」
「この幼子自身が、時空に干渉できる存在になったからな」
「体感では五分でも、実際には五秒ほどしか経っていないわ」
星の魔力はさらに速度を増して、秒速二十万キロの早さで穂華の体内へ集束している。
「まだきょうきゅうの方が多い……もっと、集めないと」
立ち止まったまま魔力を吸収する穂華が、ポツリと呟いた。
知識を同時に得ていた穂華は、言葉だけで見れば、すでに中学生並の学力を得ている。
過剰な知識の吸収で、脳が壊れないように、星の魔力が穂華を助けてくれていた。
星から全幅の信頼を得る生命体は初めてで、二つの意識体は穂華の将来に期待と不安を抱く、彼女の選択一つで、星の命運が決まりかねないからだ。
「混沌に対抗する星の救世主となるか……混沌に敗北して星を滅ぼす存在になるか……」
「彼女の将来を信じましょう。私達が声をかけた幼子ですもの、大丈夫よ」
二つの意識体も、星の魔力として彼女の中へ溶け込んで行く。
穂華は優しい灰色の発光に包まれた安心感から、瞼が重くなってきた。
首が揺れ始めて、意識がゆっくりと眠りに落ちてくる。
「名無しさん……終わったら…………起こしてね」
灰色の光が、明度を一瞬変えて返答してきた。
穂華はその返答に満足し、ゆっくりと深い眠りに落ちる。
時間にして十分ほどの出来事だったが、現実時間では八秒ほどしか経っていなかった。
近隣住民からの通報で、星菜が家の前に着いた時には、すでに魔力吸収開始から三十分が経過していた。
「入れない……どうなってるの?」
灰色の光から、星の魔力であることが理解できる。
だが、味方であるはずの星の魔力が家に入れてくれない。
それほど高密度の魔力が、家を包み込み他者の侵入を拒んでいた。
「星夜の時よりも魔力密度が多い……しかも、集束速度が異常だわ……」
集束速度はすでに光速を越えていた。
目では移動が感知できず、魔力端末による計測で、星の魔力が超光速で、家の地下室へ集束していることが分かる。
「穂華がこれを受け入れているというの…………信じられない」
家の下、土地のさらに下、外殻さえ越えた先の宇宙から、星の魔力が光の柱を形成していた。超光速で受け入れても供給が勝るほどの魔力が地下室へと集束している。
「これは……穂華を信じて待つしかないわね……」
混沌の魔力であれば命を捨ててでも愛娘の元へと行かなければならないが、星の魔力は信頼に値する味方だ。内殻の機能を管理してきた彼らなら、穂華を安心して任せられる。
「さて、避難所にでも戻りますか」
呆気にとられている近隣住民の横を、星菜は穏やかな顔で通過した。
星野家は星の魔力との付き合いが長い、その高い信頼が、他人を驚かせるほどの態度を星菜にとらせている。
その後、現実時間で五日間後に、星の魔力の吸収が終わった。
玄関先で会った二人は、他者の予想とは裏腹に、落ち着いた雰囲気で会話を始める。
「お帰り、穂華」
「ただいま、お母さん」
言葉と知識が、星の魔力により身に付いた穂華は、幼児でありながら、大人の優しさを湛えた雰囲気となっていた。
それを知っていたかのように、星菜は穏やかな表情で愛娘と会話している。
「ねぇお母さん。これから、星の魔力を宿した仲間が主に女子に現れて来るんだけど……孤児の子が多いみたいなの……だから……家に同居させても良い?」
星菜は少し思案した後、笑顔を見せる。
「えぇ、良いわよ。ただし二階の大きい部屋で一緒に同居することが条件ね」
二階には二十四畳の長方形の部屋がある。あそこなら大人数で同居ができるだろうと、星菜は判断した。
「ありがとう、お母さん」
穂華が元気よく、玄関先の廊下から二階へと伸びる階段へ、駆けだして行く、その背中を見つめていた星菜は、愛娘の可能性と、これから増えるであろう同居人の子供達に思いを馳せ、希望を持てている自分に気が付いた。
「さて、混沌なんかに負けてられないわね」
星菜は気合いを入れて、玄関から家の中へと入る。
窓からは、太陽の代わりとなる内殻光が朝の室内へ入り、二人の再会を祝福していた。