天地反転ぶっ!!(承 前半)
サブマリンの前半戦になります。
ただし、実況という状態では無く、ベンチスタートの
観戦者視点のような書き方をしています。
※7月10日 次回投稿日を訂正
※7月15日 細かな訂正をしました。
※7月29日 後半部分、琥珀の会話文を訂正(ディフェンダー → アタッカー)
※9月24日 木箱の重さを訂正、それに関連した地の文を訂正。
航宙歴五百十七年四月十日 午後九時二九分
「ルールは理解したです。水場での狩りと似てるです!」
プールサイドに明るく元気な声が響く。
シャワー浴びたイルムが、好奇心旺盛な眼差しを、水面に向けていた。
灰色の翼がそわそわと動いて、サブマリンの開始を心待ちにしている。
「普段の生活から遊びを生み出す。温故知新の発想力は、私達と同じです。サブマリンが終わったら、私達の競技も紹介します」
パルフェは、イルムの横に並んで提案を出していた。
すぐにパルフェの意図に気が付いたイルムは、元気に補足を伝えてくる。
「ニシブッポウソウです。パルフェとイルムの祖先達が生み出した遊びなのです!」
「どんな遊びなの?」
「木々の間を抜けて、相手の陣地にある果物を取る。取った数と、取られた数の合計で勝敗が決まる。狩りの練習にもなる大切な遊び」
「人間のように、悲しみや恨みは生まれない遊びなのです! 負の感情を嫌う穂華達だから、提案出来る遊びなのです」
自分に甘い人間は、スポーツでも後悔や恨み、見下しのような負の感情を抱きやすい。
相手を対等に見続ける努力を、継続出来なかった人間の甘さが、平等なスポーツに精神への不平等を与えていた。
私は、イルムとパルフェの顔を見て、同意を伝える。
「良いよ。サブマリンが終わってから、ニシブッポウソウで遊ぼう。遊び場も、最適な場所があるからね」
「何処なのです?」
銀色の頭部と首を傾げながら、イルムが質問をしてきた。
私は、イルムとパルフェの顔を交互に見ながら答える。
「この空間の真横、結構移動するけど、良い場所があるの」
「ここと同じく、反転してるんですね。だとしたら、楽しそうです」
「パルフェは鋭いね。普段と違う空間での遊びは、良い経験になると思うよ」
反転空間は風呂やプールだけでは無い。
自然や大地の構造物にも、斬新さを与える。
それは、人間や生命の常識が、反転世界という非常識に違和感を付加させるからだ。
しかし、これも星側から見れば、閉塞的な価値観と言える。
宇宙には、上下左右という立ち位置の認識が無いからだ。
現在位置と相対速度、質量(重力)が基本となる宇宙では、地上という立ち位置は不要になってしまう。
「鳥のように軽やかに飛ぶと思ったら、この子達、翼がクジラの胸びれを思わせるほど、厚くて堅いのよ。あれで軽々と飛ぶのだから、相当な筋力と耐久力ね」
シャワーを浴び終えた有樹が、私にイルム達の感想を伝えてきた。
私は、ランニング中の衝撃を思い出して、有樹に答える。
「時速百一キロで私に衝突しても無傷な頑丈さだからね。身体能力は魔力未使用の私達と同等だと思うよ。でも、飛翔能力ではイルムやパルフェ達の圧勝か」
人は構造上、生身での飛翔が出来ない。
星が自身の形状を、三角や四角に出来ないように、出来る事と出来ない事の区別を付ける事は、とても重要と言える。
何故なら、過度な欲望が、支配や独占の欲を生み出す温床となるからだ。
生命の進化に欲望は必須だが、進化には数世代の時間が必要だ。
それを数十年で実現しようと思うから、他者への支配欲や、資源への独占欲が生まれる。
先急ごうとする人間の甘さが、混沌の思考を人間に定着させ、太陽系とスターマインドを消滅させる結果へと繋がっていた。
私の思考を掻き消すように、イルムの明るい声が伝わる。
「水中なら、人間も飛べるのです! 互角だと思うのです」
「私達の潜行可能時間は、息継ぎ無しで三十分。穂華達は何分?」
パルフェは、自分達の能力を示して、こちらに確認を求めて来た。
イルムの明るい優しさと、パルフェのフェアプレイ精神に、私は内心で感謝をしながら返答する。
「星野家は、魔力未使用、息継ぎ無しで四十分だよ。居住区画の住民は、十二分が平均値だったと思う」
スターマインドで遺伝子から生まれた人間は、西暦時代の人間とは異なり、肺活量や酸素の消費効率など、内臓機能が強化されている。
星菜がスターマインドに人間として転生した時、船体は宇宙線によって深刻な損傷を受けていたらしく、遺伝子にも宇宙線の影響が出ていた。
その影響が内蔵機能の強化という、偶然の結果を生んでいる。
「星野家……私達……このチーム分けがベスト…………遺伝子提供の為にも実力を確認しておきたい……フィミはお互いの子孫繁栄を願う」
連携と身体能力を考えて、フィミは提案を出してきた。
しっかりと母性本能を添えている事に、私はフィミの直向きさを感じる。
「分かった。でも、参加者数の不平等はどうする? 私達は、十体居るけど」
何人という単位は、人間に対して当てはまる単位だ。
イルム家やパルフェ家には該当しない為、あえて何体という単位を使用する。
「それなら、私と栗夢が審判を担当するわ。私は女子学園で、栗夢は男子学園で、審判の経験があるし、適材適所でしょ」
私の疑問を、有樹が心遣いで解消してくれた。
続いて有樹の隣りに並んだ栗夢が、私達にフェアプレイを促す。
「そうね。ルールを無視した時は、試合を中断してでも注意するから。みんな、平等で対等なスポーツを心掛けてね」
これで、人間側は八体だが、イルム達の五体と比較すると、数の不平等があった。
私が悩んだ顔をしていると、陽葵が的確な助言を出す。
「攻撃時と防御時で三人ずつ休みましょう。この後の、ニシブッポウソウを考慮に入れると、体力温存が必要です」
「でしたら、最初は私達を待機にさせて下さい。サブマリンのルールは知ってますが、経験が無いので見ておきたいです」
「と…………言うことで、よろしくお願いします」
陽葵の言葉に、琥珀と手鞠のお願いが続いた。
スターマインドに居た時、琥珀は白血病で、手鞠は腎臓と膵臓の癌で、病院に長期入院していた為、サブマリンの競技経験が無い。
経験が無いのは、イルム家やパルフェ家も同様だが、数を合わせるという点で、二人の申し出はありがたい事だった。
私は、琥珀と手鞠の傍に移動しながら、みんなに声を掛ける。
「それじゃあ、私も最初は休むね。瀬名里、キャプテンをお願い」
「了解。星野家の連携を、イルム家とパルフェ家に見せるよ」
私の意図を理解した瀬名里が、笑顔で私に応えた。
それを確認したアルナが、明るい声を出す。
「音穏と美優が来たら、競技の開始です。今の内に担当を決めておきましょう」
下校時の触れ合いで、星野家はピルム語を習得していた。
イルム家やパルフェ家の公用語で、スフカーナで使用されていた言語になる。
有樹や栗夢は、まだ完全に理解出来てはいないが、部分的に理解し、ニュアンスからイルム達の意図を理解していた。
「パルムは…………サポーターが良いと。提案してみる」
パルムの立候補に、イルムの発言が繋がる。
「イルムはアタッカーとディフェンダーです! 二刀流ですよ!」
イルムは星野家との会話から得た、二刀流という言葉を発言していた。
それを聞いたパルフェが、的確な指示を出す。
「イルム、私もアタッカーとディフェンダーを担当するから、連携を考えて、遺伝子提供の件もあるから、星野家とは全力で競技がしたい」
「それはイルムも同じです。穂華以外の実力も見ておきたいのです」
今の会話で、イルムとパルフェに連帯感が生まれたようだ。
遺伝子には、星創のフレリが作った因果が組み込まれている。
遺伝子情報が近いと障害のある子が生まれ、遺伝子情報に相違が多いと優秀な子が生まれるという特徴だ。
これは、自分に厳しく、他者に優しくを願ったフレリが、多種族との相互理解を促進させる為に作った因果らしい。
同じ種族だけでは、数万年の内に限界が訪れて、絶滅する。
それを、本能として知るイルム達は、良い遺伝子を後世に残していこうとしていた。
航宙歴五百十七年四月十日 午後九時四十一分
十二台のシャワーが並ぶ壁の中央、シャワーが設置されていない壁が、プールサイド側に開いた。
両開きの扉が出現し、中からは音穏と美優の足が出てくる。
二人は大きな木箱を持っており、腰骨から上は見えなくなっていた。
「美優、音穏、足下に気を付けてね!」
「はい。主、心配いりません」
「大丈夫だよ穂華お姉ちゃん」
私の掛け声に返答した、音穏と美優は、一メートル四方の木箱を身体の前に持ちながら、私達が居る逆側のプールサイドへ歩いて来る。
木箱の重さは百二十キロほどだが、前方の視界が塞がれる為、横歩きで運搬する状態になっていた。
「隠し通路があるのは、勘付いていましたが、一キロの通路だとは思いませんでした」
私の傍まで来た音穏が、正直な感想を伝えてきた。
勝手に閉まり始める扉を確認した私は、音穏にねぎらいの言葉を掛ける。
「お疲れ様、この後の移動先へ繋がる通路だからね。広くて荷物が接触する心配が無かったでしょ」
横幅五メートル、高さ八メートルの通路があの先にはある。
その通路の五百メートルほど先に置いていた二つの木箱を、音穏と美優が一つずつ持って来てくれていた。
「木箱は何処へ下ろせば良いですか?」
「壁際にお願い、使い終わったら元の位置に戻すから、優しく下ろしてね」
「分かりました」
シャワーが無い方の、プールサイドの壁は、黒色の壁に灰色の雲が薄く描かれている。
雲の下を表現している為、星は描かれていなかった。
その壁際に、木箱が一つ着地すると、音穏が美優に心遣いを見せる。
「美優! 手伝おうか?」
「……大丈夫っ! ありがとう、音穏」
ゆっくり慎重に運んでいる美優は、重心移動に気を使っていた。
不注意から生まれる危険を経験して、美優は危険への対応力を高めている。
美優の腕力は音穏より少し弱く、柔軟性も音穏より低い。
柔軟性と体幹は比例しやすい為、音穏と美優の移動速度に差が出ていた。
遅い事は恥では無い。
怠惰な心が恥となる。
今の美優は、自己を理解して、自己の全力で動く、自分に厳しい姿と言えた。
「美優、音穏が下ろした荷物の隣りに置いて、ゆっくりで良いからね」
「うん。任せて! 穂華お姉ちゃん」
音穏と私が見守る状態で、美優がゆっくりと箱を下ろす。
二つの箱が仲良く並び、競技前の準備が完了した。
一箱に百個の球体とレーザーポインター一個が格納されており、球体内部には軽石と水深センサーと衝撃センサーが、内蔵している。
この球体は、重さよりも浮力が少しだけ上回る設計の為、水中で運動量が無くなると浮き始める特徴があった。
「ありがとう。美優、音穏、競技の時もよろしくね」
「美優は、アタッカーとディフェンダーで頑張るね」
「はい主。全力でサポーターをします」
私の掛け声に、美優と音穏の決意が返ると、イルムの呼び声が聞こえる。
「穂華。こっちは編成を終えたです! 早速始めるです」
五メートルほど離れているのに、間近で聞いているような声が届く。
「イルムはとても元気ね。私は、サポーターをするわ。瀬名里と陽葵は、アタッカーとディフェンダーを担当するそうよ」
花菜の声に私は、屈伸をする二人を確認する。
気合い充分な二人は、私の視線に気が付くと、柔らかな微笑みを見せた。
私は木箱へ近付くと、全員に声を掛ける。
「これからサブマリンの前半戦を始めます。攻撃可能時間は十分間。イルム、パルフェチームは、攻撃。星野家は防衛です。全員自分の配置へと移動を願います!」
私の声に、イルムとパルフェとフィミの三体が、木箱に歩み寄った。
パルムとアルナの二体は、プールに入って、水面からプールの中を確認している。
透明度の高い水は、水深五十メートルの底を綺麗に見せていた。
プールの底に描かれた星空と光源、そしてプールを囲む雲が、天井の夜景と共演して、水の気配を消している。
「さてと、私達も行って来るよ。前半戦が終わったら、また会おう」
「防衛して来るね! 穂華お姉ちゃん」
「それでは行って来ます。火の優しさと水の繊細さを見せて来ますね」
瀬名里の掛け声に、美優の元気と、陽葵の思いが繋がった。
私は、笑顔でディフェンダーの三人を見送る。
「うん。応援してるから、全力でよろしくね」
「あぁ、行って来る!」
瀬名里がプールへ潜ると、美優と陽葵が続いてプールへ潜った。
ディフェンダーは水深五十メートルのプールの底で防衛をする為、サポーターよりも早く潜る必要がある。
「主、我々もそろそろ潜って来ます」
「八伸様の出番は無いけれど…………幽体と縁の深い水の中で、揺らめく舞いを見せて来るわ」
サポーターを担当する音穏と花菜が、私に意思を伝えて、プールへと飛び込んだ。
私は、潜ろうとするサポーター達に思いを伝える。
「音穏、花菜、授業の成果をパルムとアルナに見せてあげて。パルム、アルナ、サポーターは現在地と水深の把握が大切だから、視野を広く持ってね」
スポーツ本来の目的は、多文化や多種族との相互理解だ。
そこに負の感情を持ち込むのは、相互理解とは真逆の事で、味方や敵で区別するのは間違った価値観となる。
信頼すべき仲間と、尊敬すべき対戦相手。
それが本来のスポーツに求められる心であり、対等であろうとする価値観こそ、スポーツが求める精神となる。
「助言をありがとうと…………パルムは感謝する」
「イルムの影響で、周囲に気を配るのは日常となってます。でも、対等に見てくれる穂華の言葉は、とても嬉しいです。ありがとう穂華」
小さな声に、アルナの大きな声が続き、二体の大鳥が水中に潜っていく。
音穏と花菜は、私に微笑みと信頼の眼差しを向けてから、二体の大鳥を追って潜った。
「この球体、大量には持てないのです。足と嘴で三個が限界なのです」
「フィミは六個……この球体、私達が生み出す……愛の結晶みたい……」
イルムの感想に、フィミの母性が繋がると、パルフェの翼が動き始める。
「私は六個です。イルム、三個で良いのでプール上空へ行きましょう。潜行している仲間や相手を待たせるのは、失礼です」
イルムに行動を促すと、嘴に二個の球体を咥えて飛翔するパルフェ。
パルフェの種族は、イルムの種族より肉体が大きい。
足先に二個ずつ、嘴に二個、計六個の球体を持つと、パルフェとフィミは地面に強風をぶつけながら、プール上空へ移動した。
「こうなったら、私は木箱との往復で球体を打撃しまくるのです!」
イルムは、足先に一個ずつ、嘴に一個、計三個の球体を持って飛び始める。
三つの強風がプールの水面間近に滞空すると、栗夢と有樹がプールの底へ向けて赤色の光を伸ばした。
声が届きにくい水中へ、レーザーポインターの光が競技開始の合図を伝える。
「サブマリン! 前半戦開始!」
赤色の光が消えると同時に、有樹の声が周囲に反響した。
アタッカーに攻撃許可を告げる発言となる。
三羽の大鳥が、嘴の球体を一つずつ空中へ離すと、翼で素早く球体を叩いた。
「いくですよぉぉぉ。イルム達の筋力を見るです!」
嘴が自由となったイルムが声を出すと同時に、球体が水面に当たる。
砕かれたように跳ね飛んだ水が、水面から二十メートルの天井へ伸び、三つの球体がプールの底を目指して水を貫き始めた。
浮力が少しだけ勝っている球体は、水の抵抗もあり徐々にその速度を落とすが、水面から時速百キロで真下へ投擲すると、五十メートルの水深までギリギリ到達する特徴を持っている。
今のイルム達は、時速四百キロ前後で球体を真下へ打撃していた。
軽やかな羽毛に、筋肉質の肉体を持つ特徴を存分に発揮している。
「これは、浄化戦にも活かせる良い試合になりそうだね」
木箱から八メートルほど女性側の入り口方向へ離れた私は、随伴してきた琥珀と手鞠に話題を出した。
それを聞いた琥珀が疑問を伝えてくる。
「どうしてですか?」
「これは、エラ呼吸が出来ない生命限定でのお話になるんだけど。プールの水中は、地上と宇宙の中間と言える特徴を持っているから。地上の重力を持ちながら、宇宙のように三百六十度方向への移動が可能になっている。勿論、重力は浮力との拮抗で弱くなっているだけで、水の抵抗もあるから宇宙より動きにくいけど、全方向への移動出来る点と息が出来ない点は宇宙に似ている。そして上下が確定している点は地上に似ているの」
琥珀の目を見ながら、私は長い説明で答えた。
無重力の宇宙空間は、地上と違い上下左右の概念が無い。
人間で見ると自分の足先が下、頭が上、と言うように、自分の現在位置で上下左右を決める。
地面(底)という基準が無くなり、自分自身を基準として見ないと、立ち位置を見失う世界が、宇宙空間だ。
「星域義勇軍を訪問した穂華のように、私達も生身で宇宙空間に出る可能性があるという事ですね」
「わ……私も頑張ってサブマリンに慣れます」
琥珀の確認に、手鞠の意思を聞いた私は、プールへ視線を戻した。
三球目を終えたイルムが、木箱から球体を補給している。
パルフェとフィミは五球目を翼で打撃していた。
滞空を続けながら、翼の打撃で時速四百キロ前後の球体を打ち出す器用さに私は感心する。
水中では、水深二十五メートル付近で、音穏と花菜が球体失速や妨害を狙って動いていた。
パルムとアルナは、音穏と花菜の動きを阻害して、球体の球速を維持しようとしている。
サポーターの役目は、防衛側が球体の動きを止め、攻撃側が防衛側の身動きを妨害する事だ。
防衛側がディフェンダーの負担を減らし、攻撃側が球体の運動量を維持させる事で底へ到達する可能性を増やす。
アタッカーー以外の者が、球体を加速させると反則になる為、パルムとアルナは球体に触れずに、音穏と花菜の動きを封じる必要がある。
「も、もう少し水面に近付きませんか? ディフェンダーの姿が見えません」
「待機中の私達がプールに入ったら、星野家の反則負けになるから駄目だよ」
手鞠の提案に、私は理由を伝えて断った。
水深五十メートルの位置は、水面から四メートルほど離れている私達からは、僅かに確認出来る程度になっている。
スターマインドに居た頃も、待機者が水面へ接近するのは厳禁とされていて、興味本位に近付く者は居なかった。
「分かりました…………その代わり、ディフェンダーの動き方を教えて下さい」
情報収集を諦めない手鞠に、私は心の成長と強さを感じる。
「良いよ。ディフェンダーは、サポーターの約二倍の水圧が掛かるから、動きずらいし、酸素や体力を消費しやすいの。だから広いプールの底で散開して、防衛範囲を決めて防衛する必要がある。このプールは長さ二十五メートルの幅十五メートルだから。一人の防衛範囲は、長さ九メートル、幅一五メートルになる。その中に沈んでくる球体の動きを止めて底への到達を防止するのが、ディフェンダーの役目。最小限の動きで球体を停止させる必要があるから。止める球体と止めない球体を選択する必要があるの」
サポーターの水深だと、多少泳いでも酸素と体力が保持出来る。
だから、防衛側のサポーターには、ディフェンダーの現在位置を見て、ディフェンダーが防衛出来ない球体を確認し、その球体の動きを止める役目があった。
「休憩の時はどうするんですか? 急浮上は危険だと思います」
「空気が充填されたタンクを背負って深く潜ったら、急浮上は危険だけど、私達は息継ぎ無しで競技をするから、秒速一メートルの浮上速度でも、危険は無いよ」
減圧症はスチールタンクやアルミタンクを背負って、呼吸しながら潜行するダイバーに起こる。
タンク(酸素ボンベ)内の気体は、酸素だけでは無い。
酸素百パーセントで潜ると、水深六メートルの付近から短時間での酸素中毒を起こす。
だから、タンク内には空気と同じ割合で気体が充填されていた。
空気に含まれる酸素は約二十一パーセントほどで、その割合だと水深四十メートルまで潜行しても、酸素中毒の心配が無い。
その空気を、レギュレーターを通して水中での圧力に合わせて呼吸出来るのが、タンクの特徴だ。
しかし、水深三十メートル付近からは窒素中毒の危険が出る。
また、深い場所でボンベを利用した呼吸を続けると、身体の組織や体液に気体が溶け始めて、減圧症の原因を作り出す。
急な浮上をすると、溶けた気体が急激に膨張して大きな気泡を生み、それが血管や内臓などに損傷や機能不全を誘発させるのだ。
「分かりました。私はサポーターに入る事にします。琥珀はどうする?」
「私もサポーター。アタッカーはまだ不安があるから」
手鞠の意思に、琥珀の同調が伝わると、近くの水面で水が跳ね飛んだ。
十三球目を私達の近くで打撃したイルムが、十四球目の打撃に向けて場所移動をしている。
十八球目を終えたパルフェとフィミは木箱へ来て、球体の補給をしていた。
試合開始から八分が経過し、まだ半分以上の球体が残っている。
翼に手が無いイルム家やパルフェ家は、球体の中継という戦術が活用しにくい。
それが、球体の打撃間隔に影響を与えていた。
アタッカーは、一度水面に落ちた球体には、触れられないルールがある。
その影響で、一体が木箱から球体を水面上空へ打撃して、残りの二体が水面上空に飛んできた球体を打撃で真下へ打ち出すという戦術に、気付いて無いようだ。
サブマリン開始前であれば助言出来たが、競技中の助言はルール違反となる。
「言いたいけど……言えないね」
「うん。後半戦が終わったら、伝えよう」
控えめな声の手鞠に、琥珀の同意が繋がった。
二人も、私と同じ事に気が付いている。
「ラストスパートですよ。急いで補給です!」
十五球目を男性側の入り口に近い水面で終えたイルムが、木箱へ向けて飛んでいた。
パルフェとフィミは、十九球目を終えて、二十球目の打撃位置に移動している。
サポーターとディフェンダーの位置を見て、二体は打ち出しの場所を変更していた。
透明度の高い水は、水面から水深五十メートルの底を、綺麗に見せている。
「前半戦。残り一分です!」
レーザーポインターに付いた時計を確認した栗夢が、アタッカーに声を掛けた。
有樹はレーザーポインターを水面に這わせるように水平にして、赤色の光を出す。
水中に居る者達が、残り一分である事を知る為の合図だ。
宇宙心――星の仲間に飲み物を持ってきました――休憩の一時にお飲み下さい――。
「琥珀、手鞠、飲み物を持ってこようか。ホナエル達が気を使って、運搬の魔力でドリンクを持って来てくれたみたい」
男性側の入り口にホナエルの気配を感じた私は、二人に提案を出した。
二人はすぐに笑顔を見せて、私に同意する。
「はい。スポーツの後の水分補給は格別ですから」
「さ、賛成です。みんなに配りましょう」
左に琥珀、右に手鞠を随伴させた私は、男性側の入り口に向けて歩き出す。
木箱の近くに来ると、イルムが補給を終えて、プールへ飛ぼうとしていた。
「イルム。休憩の時は美味しい飲み物があるから、ラストスパート頑張ってね」
私の顔を見たイルムは、優しい笑みを見せて、気合いの入った声を上げる。
「了解です! 双方を平等に見る穂華は最高なのです!」
前半戦、ラスト二十秒で飛んだイルムは、二十二球目を終えたパルフェ達と合流した。
男性側の入り口へ歩く私達とは距離が離れている為、会話の内容は把握出来ないが、最後に採る作戦は決まっている。
今持っている球体を、時間内に全て打ち出す事しかない。
それを証明するかのように、私達の左後方で、打撃音と着水音が立て続けに聞こえてくる。
「い、今の球体が運動量を無くしたら、前半戦の終了ですね」
「うん。時間はアタッカーの攻撃可能時間だからね」
手鞠の確認に、私は補足を加えて同意した。
それを聞いた琥珀は、ルールの確認をしてくる。
「球体の運動量が消えて、浮き始めるまでは、サポーターとディフェンダーは水面に浮上して来られないと言う事ですか」
「そう。だから今、ホナエル達の飲み物を受け取って運べば、配り始めた頃にディフェンダーが浮上してくるの。丁度良いタイミングでしょ」
「はい、みんなの為に配ります」
「わ、私もです!」
私の発言に、琥珀と手鞠の優しさが、返ってきた。
私は二人の柔らかい笑みを見ながら、男性側の入り口を開ける。
私達の背後では、前半戦の終了を告げる栗夢の声が響いていた。