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魔化折衷  作者: 星心星道
15/32

天地反転ぶっ!!(起 後半)

プールに入る前の準備と、サブマリンというスターマインド発祥の謎スポーツが始まる手前までの話です。

今回もシリアスはありますが、現代の人にとって重要な価値観があります。

自分に厳しい人間にとっては、良い内容であり。

自分に甘く、他人に厳しい人間にとっては、悪い内容に見えるでしょう。


※5月20日 最後の方、体操部分での地の文を追加。矛盾になりそうな箇所を無くしました。



 航宙歴五百十七年四月十日 午後八時三十三分


 月明かり程度の明るさとなったプールに、夜景と星空が共演していた。

 天井には写実絵画で描かれたビルや道路、公園や電波塔、線路や駅が灯りを発して夜景を演出している。

 プール周辺の地面には、薄明かりに照らされ姿を見せる雲が再現されていた。

 プールの底面には、写実絵画で描かれた夜空に、数多あまたに輝く星達が灯りで再現されており、プールの側面は、雲の凹凸おうとつを模した形状になっている。

 晴れている部分がプール、曇りの部分がプール周辺の地面で再現された芸術作品となっていた。

 プールを見渡した花菜は、後続の私達を見て、感想を伝えてくる。

「まるで、鳥や飛行機になったみたいね。日中だったお風呂と違って、幻想的だわ」

 雲の上面や側面は凹凸が多いが、雲の底面は平らな雲が多い。

 この特徴が、反転風呂や反転プールから違和感を減らし、幻想的な雰囲気を高める要因となっていた。

 私は、全員が纏った水着に不備が無いか、目視確認しながら花菜の後に続く。

「ここのプールと、この先の場所は男女兼用だから、裸では来ないようにね。有樹や男性意識体に見られる事になるから」

 私の発言に、全員が頷きを返していた。

 脱衣所(更衣室)は廊下と隣接した入り口にしか無い。

 男女で入り口を分けたのも、痴漢やラッキースケベを防止する為だ。

「イルム家とパルフェ家は来てるんですか?」

「来てるよ。有樹と一緒にお風呂に入ってるから、後で来ると思う」

 琥珀の質問に、私はプールサイドを歩きながら答えた。

 イルム達が雌雄同体である事、女性脱衣所側の利用者が多い事を、星野家の家族は知っている。

 その為、驚きや戸惑いが家族から返って来る事は無かった。

 私の前方を歩いていた栗夢は、歩みを止めてプールサイドで(かが)み、感想を言って来る。

「プールも温水なのね」

「はい、先にシャワーを浴びてから、泳いでましょう。有樹達と合流後に、この先の場所も公開します」

 私の発言に、意識共有しているアカとラプラタから緊張が伝わって来る。

 先頭を歩いていた花菜は、プールサイドの壁側にあるシャワーに近付き、蛇口の位置を確認していた。

「あら? 蛇口が無いわね」

「花菜、シャワーを手に取ってみて、温水が出るから」

 花菜の疑問に私が答えると、花菜は右手でシャワーを掴む。

 すると、温水がシャワーから出始めた。

 赤紫色のフレアビキニを身に着けた花菜は、肩や胸付近からシャワーを浴びる。

 アンダーバスト六十六のFカップに温水が伝い流れて、五十九のウエストと八十二のヒップを包む水着が温水で濡れていた。

 フレアビキニは、トップ側(ブラ側)をフリル状の布で覆ったデザインの為、バスト部分が広がって見え、相対的にウエストを細く見せる効果がある。

「生温いわね。体温程度かしら?」

「三十度の設定だよ。お風呂と違ってプールは泳ぐ為の場所だから」

 お風呂は体を洗って、休める為の場所だから、四十度前後のお湯が出る。

 対してプールでは運動をする為、三十度前後のお湯に設定していた。

 西暦時代の記録にあった競泳というスポーツでは、二十五度から二十八度前後の温水を利用していたらしい。

 花菜の水着は、ブラに赤色で彼岸花のシルエットが小さく左右に四輪ずつ描かれて、パンツは股側へ徐々に黒色に変化するデザインとなっている。

 今は、薄花色のパレオスカートでパンツは隠されているが、住民全員の衣類を製作している私には、住民の身体情報や衣類の情報が記憶されていた。

 見ただけで相手の寸法が分かるという職業病も、HHブランドの維持には利点となっている。

「液体と幽体は切り離せない関係ね」

「そうだね。でも、雰囲気が台無しになるから、その先は言わないでね花菜」

「分かってるわよ。小織(こおり)を訪問した時にでも話すわ」

 私の指摘に、笑顔で同意する花菜。

 彼女の水着は、隠世(常世)をテーマとしている。

 幻想的な雰囲気が途切れる危険性は、花菜自身も理解していてくれたようだ。

「左の三つを使おう! 琥珀、手鞠」

 列の最後尾を歩いていた三人が、仲良くシャワーへと駆け込んだ。

 活性、安定、沈静、それぞれの性格を持つ三人は、シャワーを左手に取る。

「プールは久し振りです。しっかり準備体操をしてから入りましょう」

「あ……温かい」

 琥珀が二人に心遣いを見せて、手鞠が冷静にシャワーの温度を確認していた。

 先ほど琥珀と手鞠を誘った美優は、左手のシャワーを動かしながら、全身に温水を浴びている。

 美優が着ている深緑色のタンキニと水色のパレオスカートが、温水で濡れて可視光を反射させていた。

 タンキニは、ブラ側がタンクトップやキャミソールの形状で、セパレートタイプの水着となっている。

 美優のは、肩紐部分が細いキャミソールの形状で、アンダーバスト六十二のBカップが美優の動きに随伴(ずいはん)していた。

 ウエスト五十六に、ヒップ七十八の美優の体が、温水と共に踊っている。

「美優、激しくならないようにね。家族にお湯が飛ぶから」

「うん。妖精のように優雅(ゆうが)に浴びるね」

 妖精は西暦時代の記録に残る、人間が思い描いていた精霊だ。

 本来は自然を(あが)めていた頃に生まれたらしいが、西暦の末期には、魔法や魔術の為に使役される存在に設定が変化している。

 人間の都合により(ゆが)められた、被害者と言えるだろう。

 しかし、実際には精霊は存在せず、人間が感知していたのは、星(地球)が放っていた星の魔力だった。

 私は一番右側のシャワーへと近付いて、右手にシャワーを握る。

 腰付近から温水を浴び始めると、肩の高さへとシャワーを持って行く。

 私が身に纏う桃色のクロスホルタービキニが、水気を帯びて体へと密着を始めた。

 アンダーバスト六十八のHカップが温水を浴びながら揺れて、六十一のウエストと八十五のヒップに、お湯が流れ落ちていく。

 桜色のパレオスカートも一緒に濡れて、温水を(したた)らせていた。

 クロスホルタービキニは、ブラの肩紐を首の前で交差させた後、首の後ろで結んで固定するビキニの名称になる。

 衝撃に強く、バストの形を選ばない安心感とセクシーさが魅力の水着だ。

「久し振りのプールだ。何か競技でもしないか? 穂華」

 私の隣りに来た瀬名里からの提案に、私は同意する。

「そうだね。深いプールだし、有樹達の到着を待ってから、サブマリンでもやろうか」

「その胸の柄は桜の花びらか。穂華らしくて良いな」

「ありがとう瀬名里。瀬名里のモノキニも美しさと格好良さがあって、私は好きだよ」

 私の水着には、胸部分に桜の花びらが灰色で五つずつ描かれている。

 パンツは無地だが、桜色のパレオスカートを合わせると、桜をテーマとした水着だと理解出来た。

 瀬名里の水着は、後ろから見るとビキニ、前から見るとワンピースに見える水着で体のラインを美しく見せる特徴がある。

黄色のモノキニは、ブラとパンツ共に無地だが、アンダーバスト六十七のGカップに、ウエスト六十のヒップ八十三を持つ瀬名里の体が、モノキニの特徴を際立たせていた。

瀬名里は黄色のモノキニと(なえ)色のパレオスカートを纏いながら、右手でシャワーを浴び始める。

 瀬名里の水着は、大地に輝く金属をテーマとしており、黄色は金属の輝きを、苗色は大地の植物をイメージいていた。

「穂華に言われると、とても嬉しいよ。チーム分けはどうする?」

「有樹達が来てからかな。イルム達の水中能力が不明だし…………」

 潜行時間と運動量が多いサブマリンは、息継ぎ無しで深海へ潜るのと同等の負担が掛かる競技だ。

 イルム達の能力しだいで、チーム分けも変化する。

「そうか。なら、シャワーをしっかり浴びて、準備運動をしておこう」

「うん。そうだね」

 瀬名里の言葉に、私は笑顔で返答した。


 

 航宙歴五百十七年四月十日 午後九時

 シャワーと準備運動を終えた私達は、有樹とイルム達を待っていた。

 男性側のお風呂から気配が動かず、長風呂を楽しんでいる事が想像出来る。

「待ち時間が長くなりそうですね。美優達は遊び始めてます」

 陽葵の言葉に、私は向かいのプールサイドを確認した。

 三人の動きを観察して、陽葵に声を掛ける。

「琥珀が居るから安心だね。手鞠も周囲を見ながら遊んでるし」

「はい。だから私も安心して、こちらに来られました」

 陽葵は、美優の姉として責任感を持っている。

 その役目の一部を、琥珀が担当するようになり、陽葵には余裕が生まれていた。

 余裕が油断になっては駄目だが、家族で助け合うというのは、自分に厳しく他者に優しくの星の心に合致(がっち)している。

「陽葵の水着は、動きやすさと可愛さを両立させた特徴があるけど、パンツ側は脱げやすいから、気をつけてね」

「はい、結び目が引っかからないように、注意します」

 陽葵は橙色のタイサイドビキニを着ている。

 パンツの横部分を紐で結んで止めるタイプの水着で、リボン結びなどで可愛く出来る反面、(ほど)ければ脱げる危険性があった。

 陽葵の水着は、ブラに向日葵のシルエットが黄色で数輪描かれている。

 パンツは無地だが、黒色のパレオスカートを纏う事で、恒星をテーマとした水着にしていた。

 アンダーバスト六十四のDカップに、五十七のウエストと七十九のヒップの体を持つ陽葵は、落ち着いた表情で私を見ている。

「星と穂華がくれた日常に感謝しないといけませんね。今の私達は、フレリや穂華が居たから、存在出来ていると思います」

「そんな事無いよ陽葵。私の魔力は星からの借り物だし、陽葵が得た星の信任は、陽葵自身の選択が勝ち取った信頼なんだから。私達は何時でも信任を増やせるし、失うことも出来る。全ては私達の心に懸かってるの」

 感謝される事は、素直に嬉しいと思えた。

 でも、それが(おご)りであってはならない。

 だから私は笑顔で、陽葵に私の心構えを教えた。

 それを聞いた陽葵も、笑顔でこちらに応える。

「だからですよ。自己に(おぼ)れず、他者を第一に動く、そんな穂華だから、私は大好きで、感謝しているんです」

「その点に関しては、私も同意ね。恋愛は有樹が第一だけど、信頼は穂華が第一よ」

 陽葵の言葉に同意しながら、栗夢がゆっくりと近付いて来た。

 普段男装をする彼女は、今日は女性用の水着を着ている。

 下着と同様に、肌着となる水着までを男性用に替える気持ちは、皆無だと言っていた。

 私は目線を栗夢に移して、提案をする。

「トップスやボトムスを女性用に替える気はありませんか?」

「それは無いわね。男性用の方が動きやすくて、下着の露出を心配する必要も無いもの」

 空色のマイクロビキニに身を包んだ栗夢は、(あかね)色のパレオスカートを揺らしながら、私達の隣りへ来る。

 マイクロビキニは、ブラとパンツの布地が非常に少ない面積で作られた水着の事で、セクシーさが際立つ反面、露出の危険性が高まる水着だ。

 人間の男性が有樹だけとはいえ、男装を好む栗夢からは意外性を感じる水着となっている。

「でも、水着や下着には感謝しているわ。体に合って、肩の疲れや、お尻への食い込みも無いし、女性用の肌着と、男装が両立出来ているのは、穂華のおかげよ」

 アンダーバスト七十三のBカップに、ウエスト六十六のヒップ九十一の身体を持つ栗夢は、普段は女性用の肌着を身に着けながら、男装をしている。

 そう考えると、トップスやボトムスを纏う必要の無いプールで、女性用の水着(肌着)になる事も納得出来た。

「今後とも、HHブランドをよろしくお願いします」

 私は栗夢の言葉に、(おど)けた返答を出した。

 陽葵も私の意図に気付いて、私に合わせて礼をしている。

「そうね。ご贔屓(ひいき)にさせて貰うわ」

 私達より人生経験を重ねている栗夢も、すぐに気が付いて、笑顔で反応を返してくれた。

 経済が残っていたら、今の会話は支配や独占に該当してしまうだろう。

 しかし、スターフラワーは経済が無く、配給制の環境だ。

 それを理解出来ているから、私達は(おど)けた会話が出来ている。

「パンツのデザインはどうでしたか? 白色雲柄を小さく描いてみましたが」

「可愛くて良いわよ。目立ちすぎないし、気に入ってるわ」

 栗夢の水着は、雲の残る晴れ空と夕焼けがテーマだ。

 パレオスカートを茜色にする事で、それを実現させている。

「そういえば音穏は? さっきから見てないけど……」

 ふと違和感に気が付いた栗夢は、私に疑問を伝えてきた。

 私はプールの水面を指差しながら、栗夢へ回答する。

「あぁ…………音穏でしたら、その下です」

 私が言い終わると同時に、プール中央に七メートルの水柱が上がった。

 水柱の中心からは、見知った姿が現れて、私達の(そば)へと着地する。

「主、呼びましたか?」

「うん。栗夢が姿の見えない音穏を心配していたから。プールの中を下見してくれたんだよね」

「はい、この温水プールが、長さ二十五メートル、幅十五メートル、水深五十メートルであると分かりました。長さと幅は雲の凹凸がありますので、平均値ですが、混沌の気配は無く、息さえ持続出来れば、良好な水中環境と言えます」

 このプールの温水はガラスのように透明度が高い、無色透明な為、水と空気の境目でさえ、水面が揺れなければ、認知出来ないほどだ。

 ここは、地下一階と地下二階の間の中地下二階にあるが、脱衣所やお風呂の位置からは大きく横にずれた位置にある。

 そうで無ければ、地下二階の女性脱衣所や女性風呂にプールが貫通するからだ。

「安心してサブマリンが出来そうだね。ありがとう音穏、私の横に来て待機してて、有樹達を待つ事になるから」

 こう言っておかないと、音穏は警戒の為に動き出す。

 索敵警戒の使命感が強い音穏は、頼れるが、自分自身では体の落ち着きを取り戻しにくい真面目さがあった。

 だから今は、私達が音穏に安らぎの場を与えるようにしている。

「主、失礼する」

「うん。隣りに来て」

 陽葵が右隣り、栗夢が正面に居たため、音穏は私の左隣りに来た。

 花菜と瀬名里は、私達が入って来たプールの入り口近くへ戻って、美優達の方を見ながら会話をしている。

 時折、優しく微笑んでいるので、母性の強い会話だと推測出来た。

 私は音穏の水着を見ながら、感想を(たず)ねる。

「水着の水中性能はどうだった?」

「撥水性と防水性が高く、抵抗も最小限なので良いです。競技用水着には負けますが、私はこのデザインが好ましいと思います」

 音穏は、群青色のタンキニを着ている。

 美優と同じ水着だが、美優とは異なり、ブラ側がタンクトップの形状で、肩紐部分の幅が広い水着になっていた。

 ブラ側の布地がブラジャー程度しかないビキニを嫌がり、モノキニや競泳水着のような上下が繋がったワンピースの形状も好ましく無い音穏にとって、タンキニは最適な水着だったようだ。

 私服ではワンピースを着たいが、水着ではワンピースは嫌らしい。

 音穏の新たな一面を知った時、私は嬉しい気分になった。

 批判や否定、無視だけでは得られない感覚が、相互理解の先には待っている。

「タンクトップ側の雪だるまシルエット、可愛いでしょ。小さく八体描いておいたから」

「はい、可愛くて素敵です」

 音穏は温和な笑みを浮かべながら、青と白で描かれた雪だるまを触っていた。

 パンツ側は無地だが、藍色のパレオスカートが音穏の可愛さを引き立てている。

 音穏の水着は、水と氷がテーマの水着だ。

「あっ! 美優!」

「危ない!」

 琥珀の呼び声と、手鞠の警告を聞いた私は、瞬時に視線を音穏から反対のプールサイドへと移した。

 感覚が鋭敏となり、体感時間が遅くなった状況で、美優が後頭部から地面に落ちようとしている。

 それを見た私は瞬時に跳ねた。

 正面の栗夢に接触しないように、一度天井へ跳ねてから、天井を蹴って、浮遊する美優へ突入する。

 姿勢を変えながら美優の下へ潜り込み、美優の体を掴むと、背中側に衝撃が走った。

 音穏の水柱で濡れたプールサイドを、壁側に向けて(すべ)る。

 足裏を壁側に水平にすると同時に、足から胴体に衝撃が伝播(でんぱ)した。 

 たった四秒間の出来事に、私以外の思考が一時停止する。

「主、大丈夫ですか?」

 六秒ほど遅れて、音穏が私の横へと跳躍してきた。

 私は笑みを浮かべながら、音穏にお願いをする。

「私は大丈夫。美優の様子を見てあげて、転んだ時に足を(ひね)ってる可能性があるから」

 星の魔力は、星側の存在を守る理由が無いと使用出来ない。

 だが、魔力を宿す私達は、魔力未使用の状態でも身体能力が大幅に上昇していた。

 しかし、身体能力が高くても、怪我を負うこと事はある。

 特に後頭部への衝撃は、心臓への衝撃と同様に危険度が高かった。

 私の上に乗る状態だった美優が、音穏の手を借りて立ち上がる。

「美優、大丈夫だった?」

「大丈夫ですか」

 美優の傍には、琥珀と手鞠が駆け寄って、心配そうに美優の体を触っていた。

 私は自力で立ち上がりながら、傍に寄ってきた音穏に声を掛ける。

「美優が無事で良かったよ。私も怪我は無いし、水着も無事だから」

 私の言葉に、音穏は無言で私の足と背中を叩いた。

 軽い衝撃によろめくが、一瞬で痛みは消えて体勢を直す。

「どうやら無事なようですね。主。着地時に頭部は上げていたようですし、足も曲げた状態で壁と衝突している。斜めに濡れたプールサイドに突入した事で、運動量も滑走のエネルギーに逃がせてる。良い受け身です。ですが、無茶は極力避けて下さい。こちらが心労で倒れてしまいます」

 音穏は、私がやせ我慢をしていないか確認する為に、手で私を叩いていた。

 心配を掛けた音穏に、私は謝る。

「ごめんね、音穏。でも、さっきは私が動くしかなかったから」

 速度と反応、耐久力は私が最も高い。

 静音と隠密では音穏が一番だが、一、二秒しか猶予が無い状況では、私が動くのが最良だった。

 私は美優が近付いて来たのを確認して笑顔を見せる。

「美優、遊びは楽しいけど、周囲には気をつけてね。体が健康であってこそ、騒げるんだから」

「うん…………ありがとう穂華お姉ちゃん。そして……ごめんなさい」

 抱き付いて来た美優の頭を、私は優しく撫でる。

「これから同じ間違いをしなければ良いよ美優。失敗から学んで行くのが生命なの、あっでも、支配や独占の欲を持ったら駄目だからね。自分に厳しくしながら、同じミスをしないように生きるの」

 私は、美優の体を手で少し離してから、(さと)すように語りかけた。

 美優のタンキニに視線を一瞬移すと、キャミソールの裾に描かれた海豚のシルエットが目に止まる。

 私と意識共有するラプラタからは、安堵の感情が伝わって来た。

 私は、美優が明るさを取り戻せるように、優しい笑顔で話す。

「美優、水着は予備が無いから大切にしてね。水色の海豚がチャームポイントの水着は、美優専用なんだから」

「うん! ありがとう穂華」

 明るさを取り戻した美優は、花菜と瀬名里の方へ小走りで向かった。

 よく見ると、花菜が美優を手招きしている。

 美優は、転ばないように垂直に足を上げて、垂直に足を下ろしていた。

 水や氷の上では、斜めや横に力を入れると転倒しやすい。

 移動を、力の方向では無く、足の振りに置き換える事で、移動の安定性が増している。

「私達が付いていながら、すみませんでした」

「……ごめんなさい」

 美優と入れ替わるように近付いて来た琥珀と手鞠は、私に深々と頭を下げた。

 私は二人の頭を撫でながら返答する。

「琥珀も手鞠もありがとう。二人が居るから、美優が元気なんだよ。私や陽葵にも余裕が出来たし、琥珀は姉として、手鞠は家族として、美優をしっかり見てくれてる。世の中にはね。注意してても回避出来ない危険があるの。だから、私は二人の責任だなんて思ってないよ。大切なのは、危険に遭遇した時にどう行動するかなんだから」

 星の信任が持続される間は、病気とは無縁で、二十歳から老化が止まり、不老不死となる。

 しかし、怪我はするし、宇宙災害や人的災害で死ぬ可能性があった。

 不老不死では、寿命が永遠になる。

 しかし、外傷(がいしょう)や、創傷(そうしょう)など、肉体への損傷(そんしょう)は例外だった。

 だからこそ私達には、日々危険と向き合いながら、日常を生きる因果がある。

「私達は家族なんですね。穂華の本音を聞くと嬉しくて、優しい気分になります」

「わ……私もです。怒られるだけが……教育法では無いんですね。厳しいけど優しい穂華の助言が…………とても嬉しくて、星野家と星の為に頑張ろうと思えます」

 琥珀の本音に、手鞠の感想が私に届いた。

 そう、怒る事も、甘えさせる事も、教育の本質から見れば間違いなのだ。

 自分に厳しく、他者に優しくの姿勢こそ、必要不可欠な教育と言える。

 優しさと甘えは、親切とお節介のように、全く違う事なのだから。

「二人が、自分に厳しい心構えで良かったよ。自分に甘い人間は、今の話しをしても、言葉の真意を理解してくれないから。さぁ、もう一度準備運動をしよう。有樹達が動き出したようだし」

 地下一階の男性風呂から、男性脱衣所へと気配が動いている。

 そこでサーフパンツを穿いてから、男性風呂経由でプールに続く通路へ来るだろう。

 男性側のプール出入り口は、女性側のプール出入り口とは真逆の位置にある。

「私も()ぜて下さい。体が硬くなって来ました」

「良いよ。陽葵、一緒に準備体操しよう」

 反対のプールサイドから、温水を迂回して歩いて来た陽葵が、私達の体操に加わる。

 美優は、花菜や瀬名里と合流して、準備体操を始めていた。

 私は、音穏と陽葵、琥珀と手鞠を見回してから、声を掛ける。

「それじゃあ、始めて。他者の邪魔にならないようにね」

 私達の体操に、音楽や順番は無い。

 個々に体を(ほぐ)して、一人で出来ない体操は二人で実施する。

 それが私達の準備体操だ。

私は、両腕を回しながら、琥珀へ視線を向ける。

白色のホルタービキニを身に着けた琥珀は、両腕を伸ばし、前後に上半身を動かしていた。

アンダーバスト六十三のCカップが、上半身と一緒に動き、ウエスト五十七とヒップ七十九の体が、柔軟な伸び縮みを繰り返している。

ホルタービキニは、私のクロスホルタービキニと似ているが、紐を交差させずに首の後ろで結んで固定している。

ブラから伸びる紐が、体の前で一度交差してから首の後ろで結ばれるのが私の水着。

体の前で交差せずに、そのまま首の後ろで結ばれるのが琥珀の水着だ。

どちらも、バストの形を選ばない安心感と、衝撃への強さを特徴にした水着となっている。

「琥珀の水着は、光の中の星がテーマだよね。光に埋もれて星の輝きが見えなくても、星の魔力が放つ気配で、位置と存在を知る事が出来る。本質を捉えた良いテーマだね」

 私は、足の屈伸をしながら、琥珀へ声を掛けた。

 琥珀は、上半身を左右に(ひね)る柔軟を始めようとして、私の言葉に一時停止する。

「はい。灰色の星柄と灰色のパレオスカートは、星の気配、魔力を表現しています。人間は視力に頼りがちですが、可視光では判断出来ない世界も宇宙にはあると、私は伝えたくて、光の中の星を表現してみました」

 嬉しそうな琥珀の解説に、私は笑みを返す。

 電磁波だけでは観測出来ない場所が宇宙にはある。

 琥珀は、それを他者に伝える方法を模索(もさく)していた。

 ただ語るだけでは、理解出来ない感性を、琥珀は着衣にする事で他者に伝えようとしている。

 白色のホルタービキニは、ブラは無地だが、パンツに灰色の星柄が小さく七つ描かれていた。

 さらに灰色のパレオスカートを纏う事で、白色の光に包まれた星の気配を強く表現させている。

「うん。琥珀のその感性は大切にしてね。常識に囚われない思考と、優しく伝えようとする姿勢は、星の象徴とされるほど大切な心構えだから」

 相手へ分かりやすく伝えるには、方法を熟慮(じゅくりょ)する必要がある。

 それを面倒に思ったりすると、伝え方が悪くなり、相手に不快感を与えてしまう。

 他者への優しさは、そのまま自分への厳しさとなる理由が、この点から理解出来るはずだ。

「穂華。私の水着はどうですか?」

 私は、声の主に視線を移す。

 黒色のタンキニを着た手鞠が、体操を中断して私を見ていた。

 アンダーバスト五十九のAカップを包む黒色のキャミソールが、手鞠の呼吸に合わせて揺れて、キャミソールに描かれた赤や青、緑の小さい水玉柄が、一緒に踊っている。

 七十三のヒップに纏うパンツは、星や銀河、星雲が描かれた宇宙柄(コスミック柄)で、灰色のパレオスカートが、五十三のウエストに固定されるように結ばれていた。

「宇宙という闇の中に輝く星、星の魔力でしか感知出来ない星。電磁波で見える星と、見えない星の双方を水着に表している。手鞠の水着には、見える事と見えない事の両方を、知ってほしい思いが込められているね」

 私の発言を聞いた手鞠は、優しさと信頼を感じる笑みを見せる。

「テーマは全宇宙です。宇宙には見える星と見えない星の両方が存在しますから、琥珀と同じで、私は闇に隠れた星を、琥珀は光に埋もれた星を、知ってほしい願いがあると伝えたくて、この水着を選びました」

 家族が着ている水着には、それぞれの個性と、伝えたい思いが込められていた。

「琥珀と手鞠の願いはね。星側の思いを理解する為の基本なの。知識と未知、電磁波と気配、恒星と惑星、どんな存在にも、見える部分と見えない部分がある。それを自覚して理解を示そうと努力する姿勢が星の思想。逆に、自身の常識を大切にして、異なる常識や思考を否定するのが混沌の思考。未知との相互理解か、未知の否定か、それが星と混沌を分ける最大の要因。支配や独占の欲は、否定や見下しから生まれる副産物なの。琥珀と手鞠は、本質を見抜けている。だから、光と闇の属性に信任を得られたのかもね」

 自分の見える事だけが真実では無い、見えない事にも大切な情報が隠されている。

 これが個性の違いを生み、価値観の違いを生む理由になっていた。

 視野を広め、閉塞的な価値観を見直す為にも、他者の個性と価値観を認め、相互理解する事は重要になる。

「そう言って貰えると、とても嬉しいです」

「わ、私達は星の思いを広める為に頑張ります」

 私の発言に、琥珀が感想を、手鞠が決意を伝えてきた。

 二人は優しい笑みを湛えていて、私達の周囲には穏やかな雰囲気が溢れる。

「穂華、背中を合わせてお互いに背負い合いませんか? 人という漢字にも見える体操です」

「うん。良いよ。琥珀と手鞠もお互いに背中合わせてやって見て、持ち上げる時と戻す時に体勢を崩したり、勢いを付け過ぎないようにね」

 陽葵の提案に同意した私は、琥珀と手鞠にも同じ体操を勧めた。

 西暦時代の記録が少ない為、体操の名称は失われている。

「陽葵は体幹が良いね。背中合わせで背負ってるのに、肉体が揺れてない」

 背中を合わせたままで、自分の胴体を前に倒すと、陽葵の肉体は私に背負われる状態となる。

 足が浮いた状態の陽葵の視点には、プールの天井が見えているだろう。

「良い体操ですね。お互いに信頼が無いと、安全に出来ない体操です」

「うん。お互いに肉体を委ねるから、怪我もしやすい……」

 私達の隣りでは、琥珀と手鞠が、発言をしながら安定した背負い合いを見せていた。

 私も、姿勢を元に戻して、陽葵を着地させる。

 今度は陽葵が胴体を前に倒して、私を背中合わせで持ち上げた。

 先ほど蹴った天井が視界に入り、地面を離れた足がバランスを取っている。

「穂華も安定感が良いですね。全く背中での動きを感じません」

「体幹が悪くて重心が安定しないと、お互いに怪我をする原因になるからね。浄化戦に影響する部分でもあるし、自己鍛錬はしっかりしないと」

 初等部で得た体幹は、中等部や高等部で変化を起こしやすい。

 成長期で身長が伸び、身体の発育が良くなる為、重心の位置が変化するからだ。

 身体の構造が変化すると、同じ運動方法では、逆効果になる場合がある。

 西暦時代には、それが原因で怪我をしたり、活躍していた選手が失速したという記録も残っていた。

「瀬名里は家事で、花菜は散歩で、音穏は索敵警戒で、琥珀は手鞠や美優との遊びで、無意識に重心移動を考えた運動をしてますし、私は意識的に体幹トレーニングをしています。穂華はジョキングしながら、重心移動を調整しているんですよね」

「うん。さっき美優を助けた時だって、体幹が悪ければ大怪我をしていたからね。自己に厳しくしないと、危険な時に家族や他者を守れないから」

 陽葵が姿勢を戻すと、私の足が地面を捉える。

 天井から視線を移すと、音も無く花菜達に合流していた音穏が見えた。

 花菜は瀬名里と、美優は音穏とペアを組んで、私達と同じ背負い合いをしている。

 音穏は、私達の人数が奇数で、花菜達も奇数な事に気が付き、体操のペアを考えて素早く動いたのだろう。

 気遣いという音穏の優しさに、私は心の中で感謝する。

 栗夢は、一人で体操をしながら、男性側の出入り口に近付いていた。

 男性風呂とプールを繋ぐ連絡通路に、有樹とパルフェ家、イルム家の気配がある。

 徐々にその気配が近付いていた。

「有樹達がシャワーと準備体操を終えたら、サブマリンの始まりですね」

 気配の接近に気が付いた花菜達も、女性側の出入り口付近から、私達の居るプールサイドへと歩いて来ていた。

 私は陽葵と琥珀、手鞠の顔を確認してから、三人に声を掛ける。

「私達も男性側の出入り口へ行こうか? サブマリンのルールを知らないお客様も来るし、

ここでの決まりも教えないといけないから」

 飛びながら水面ダイブなど、人間に出来ない行動を、お客様は魔力無しで実行出来る。

「そうですね。行きましょう!」

「付いて行きます」

「ど、同伴します……」

 私の掛け声に、陽葵の気合いと、琥珀の同意が届き、手鞠は少し緊張のある賛成を返した。

 私は、手鞠に少し接近して、明るく話し掛ける。

「競技をする前って、仲間同士であっても何故か緊張するよね」

「はい。練習と違うと思うと異様に…………穂華も同じなんですか?」

「うん。みんな同じだと思うと、少し安心出来るでしょ。緊張は油断をしない為の心構えだから。過度な緊張は不要だけど、少しの緊張は必要なの。全員、星野女子学園以来のサブマリンだから、二週間ぶりだし、練習の競技だと思えば良いよ」

 私の発言に、手鞠の顔が明るくなる。

「緊張が必要な事だと思うと…………不安が無くなって来ました。ありがとう。穂華」

「仲間になっても、対戦相手になっても、練習だと思って全力でよろしくね。手鞠」

「はい。お願いします!」

 私と手鞠は、無意識に握手を交わす。

 陽葵と琥珀は、そんな私達を見て、慈愛のある優しい笑みを見せていた。

次回投稿は、7月10日を予定しています。

フルタイムの現実の仕事との平行作業の為、執筆速度は遅めです。

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