星域環境(転 前半)
地の文が多くなっています。
しかし、全て世界観を理解するには必要な文です。
真面目に見ると、SF作品の描写が、現実的では無く
演出の為の誇張表現であると理解出来ます。
現実よりも仮想や空想が好きという人には、閲覧をおすすめしません。
宇宙が生物にとって過酷で有害な空間であると、認知出来る人は、見て下さい。
※三月三日
この先の体感時間に対する記述と、スターフラワーの移動に矛盾があった為、修正。
※五月三日
スライドや斑の調整などで、矛盾を感じた部分があった為、訂正しました。
※7月29日
恒星ヒギスとの念話部分を訂正(他人 → 他者)
※2019年1月23日
ヒギスの念話を訂正 斑の調整は核融合は → 斑の調整は核融合に
穂華の指示を訂正 有樹への指示が二重になっていた部分を削除しました
※2019年5月12日
戦闘速度での一秒間の移動距離に矛盾があった為訂正しました。
約一万一千五百七十四光年 → 約十一万五千七百四十一光年
航宙歴五百十七年四月九日 午後四時五十八分
時空干渉の応用。
星の魔力による質量干渉で、質量〇となったスターフラワーが、七光年の距離を一秒にも満たない時間で駆け抜けていた。
一日十億光年の戦闘速度が可能な、スターフラワーは、一秒で約十一万五千七百四十一光年の移動を可能とする。
その為、質量干渉無しでは移動を認識出来ない。
「有樹。本艦の右三十五度、上七十七度を重点索敵。栗夢は、進路そのままで速度を秒速一千キロで維持」
私の指示だけが、操縦区画に木霊した。
操縦区画には、前方に一つの大型液晶があり、スターフラワーの前方を映す五台のカメラが、進行方向右上の光を捉えている。
「………………えっ? って、もう着いたの?」
呆けていた栗夢が、五秒の沈黙を経て意識を戻す。
「着いたよ。進路そのまま、速度は秒速一千キロで固定」
「了解」
「有樹は大丈夫?」
「えぇ…………右三十五の上七十七でしょ。指示は聞けてたけど、一瞬過ぎて言葉を返す余裕が無かったわ」
質量干渉が出来る私や瀬名里達とは異なり、有樹と栗夢は基本の時空干渉しか使用出来ない。
住民は基本が出来るのが少数、基本さえ扱えないのが大半となっている。
その為、七光年の移動を体感で理解出来たのは、七人と星の意識体だけだった。
あれは――星域義勇軍のようですね――しかし何故彼らが――無生物宙域に居るのでしょうか――。
オオハクが念話で第三勢力の正体を伝えて来た。
私はフレリの記録から義勇軍の情報を見つけ、事実確認をする。
「星域義勇軍は、知的生命体が存在する惑星を渡り歩いて、混沌になりかけた生命を捕獲し、浄化の手助けをする組織……で間違い無い? オオハク」
えぇ――間違いありません――あの船の直近の寄港先は――――なんと――地球でしたか――。
真面目なオオハクらしい冷静な驚きが、念話で届く。
「それって、五百年以上前から無補給って事?」
はい――そうなりますね――あの船は恒星の光――電磁波をエネルギー源としています――農作物の栽培区画もあり――艦内での自給自足が可能な構造のようです。
私の質問に、念話でオオハクの説明が来た。
四隻の星域義勇軍が、十七隻の混沌に追われている。
「穂華、このまま進むと恒星表面から三千キロを通過するわ」
「通過宙域の推定温度は、百七十万度ね」
栗夢の報告に、有樹の情報が、私達の耳に届く。
かつて存在した太陽よりも、大きい恒星が左前方に見えた。
私は恒星と混沌の位置関係を確認した上で、指示を出す。
「問題無い。進路このまま、戦闘の観測を続けます」
私は二人に、コロナへの突入を指示した。
続いて、念話で付近の星達に挨拶をする。
こちら――宇宙心の星野 穂華です――この宙域が浄化に移行した為――参りました――――混沌浄化へのご協力をお願いします――。
親しい仲にも礼儀あり。
仲間と言っても、最低限の礼儀とマナーは必要だ。
遠慮や礼儀が無い存在は、支配欲の保持者と認識される。
丁寧な挨拶――痛み入ります――私はヒギス星系の恒星ヒギス――――仲間の衛星が二つ――混沌に消されてるわ――――全力で浄化に協力しましょう――。
黄白色の恒星ヒギスから丁寧な返答がきた。
さらに周囲からも念話が届く。
こちら惑星ジキバ――浄化艦隊の来訪に感謝する――私の周囲を公転していた衛星マルピュナが粉砕されてしまった――――混沌を浄化してほしい。
我は惑星フトキオ――我が同胞――衛星オヒワフを消滅させた混沌の浄化を頼む。
星達は生まれた時から名前を持っている。
それを無理矢理、人間側の言葉に変換している為、呼びにくくなっていた。
私は周囲を見渡した上で念話を続ける。
ヒギス――ジキバ――フトキオ――詳細情報を念話で送って下さい――第三勢力の義勇軍が――――浄化対象になるかどうか――確認します――。
分かったわ――ジキバ――フトキオ――情報連結を――こちらで纏めてから宇宙心にお送ります。
私の念話にヒギスの念話が返って来た。
ヒギス星系は、星の密集地帯と星が無い暗黒地帯の境界にあり、恒星一つに惑星が二つと、他の星系に比べて規模が小さい。
混沌の出現情報が遅れ、被害を未然に防げなかった理由も、星の意識体達が油断をしていたからになる。
生命が住む惑星が存在せず、星も微少な境界部は、混沌が来る可能性が低いと、判断していたらしい。
こちらヒギス――マルピュナとオヒワフは――――混沌側の艦隊が破壊しています――――星域義勇軍は混沌側の幹部を捕虜にしているようね――――情報を念話で送るわ――――。
ヒギスから秘匿念話が届く。
キルトのような意識体の代表を脳とすると、ヒギス達は体の免疫細胞に例える事が出来る。
混沌というウイルスを見つけ、キルト達に報告するのが、恒星や惑星、星雲や小惑星の役目だ。
私はヒギスからの情報を分析すると、ヒギスへ念話を送る。
星系の外にあったカレヌア星雲――――ここからの死音報告を――誤報と判断してますね――――。
死音報告は、意識体が発する断末魔の叫びだ。
自身の役目を終えて死ぬ事を、星や宇宙は望んでいる。
死音は、役目を果たせず死ぬ星達の最後の念話だ。
過去には、太陽系が死音報告を出し宇宙から消えている。
混沌が来るとは思わなかったのよ――――ここから生命の住む惑星までは――三千七百光年も離れている――――混沌にとっても戦略的価値の低い宙域なの――。
ヒギスから油断と言える、言い訳が返って来た。
その念話を聞いたオオハクは、私の中から念話を送る。
私の監督不行き届きですね――――ヒギス――あなたは油断した事実を言い訳で弁明するつもりですか――――マルピュナとオヒワフ――カレヌアが浮かばれませんよ。
オオハクが念話に込めたのは、怒りでは無く、残念や落胆という感情、そして心配する気持ちだった。
間違いを問われた時、状況説明から始める者が居るが、それは言い訳にしかならない。
大切なのは、間違いを認め謝罪から始める事だ。
申し訳ありません――オオハク――混沌は来ぬ者だと油断しておりました――――星系を守る責任者として――如何なる処罰も受ける覚悟です。
ではヒギス――指定した方向へ電磁波の放射を強めなさい――――二十パーセント強化の三分間放射です。
オオハクが念話で指示する方向には、混沌に追われる星域義勇軍がいる。
間接支援ですね――。
その通りです穂華――義勇軍と混沌の戦力が拮抗しています――おそらく混沌側が手を抜いているのでしょう――。
私の念話に、オオハクの肯定が届いた。
私は戦況分析から得た情報に、スターフラワーの立ち位置を添えて、念話を出す。
混沌の幹部を――星域義勇軍が捕らえている影響で――本気を出せないようですね――あの状態の戦闘にスターフラワーが加わったら――蹂躙になります――――混沌側にアクションを起こして貰う為にも――――ヒギスの間接支援が必要です――。
恒星は、コロナという盾と、電磁波という矢に守られた、星の魔力の貯蔵庫だ。
惑星や衛星にも星の魔力はあるが、盾のみで、矢となる部分が無い。
その為、直接攻め込まれた場合は鉄壁となるが、中距離から遠距離の高威力攻撃に弱いという弱点がある。
分かりました――電磁波の斑で調整します――――宇宙心様――先ほどは失礼しました――慢心から自分を正当化する支配欲を出していたようです――――星側の意識体として申し訳なく思います――。
放射準備に入るヒギスから、私に謝罪が来た。
言い訳は、正論とは違う。
行為の正当化という思惑から生まれる、他者の心への支配欲になる。
改心して頂けたようで安心しました――星の意識体が支配と独占の感情に囚われたら――――混沌に消される運命が待っています――失った仲間の為にも――自分に厳しく他者に優しくの精神を持ち――光輝いて下さい。
私の念話を聞いたヒギスが、電磁波の放射を強化する。
ありがとう――混沌が本気を出した時は――浄化をお願いしますね――。
はい――衛星や星雲の破壊が可能という事は――――強い混沌が居るという意味ですから――――混沌が本気を出した時は――こちらで対応します――。
私は、ヒギスからの念話に、宇宙心としての意思を示した。
恒星から出る電磁波は、常に一定では無い。
強弱があり、位置と時間で変化する。
ヒギスはその斑を調整して、電磁波の強い位置を義勇軍の方へ向けていた。
星本体は、魔力があると言っても、己の形態を変容させる事は出来ない。
それは宇宙やワームホールも同様で、星の意識体が生命の協力を求める理由の一つでもある。
「全員よく聞いて、混沌が本気を出したら、スターフラワーで混沌を浄化します。混沌側は私達の存在に気が付いていません。そこで混沌へ強襲を仕掛けます」
ヒギス星系との念話を黙って聞いてくれていた家族は、私の発言に私へと視線を集中させる。
「強襲を掛けるタイミングは? 私達は何をすれば良い?」
「瀬名里達はアカ達から操作方法を聞いて、栗夢は混沌の鼻先に突撃するイメージを、有樹は星域義勇軍と混沌の正確な情報を、栗夢に伝えて」
瀬名里の質問に私が答えると、私の中から意識体の代表者達が出始めた。
アカとハシブトが私の前に向かい、瀬名里と花菜の横で浮遊したまま止まる。
チーターとモミヤマが左へ、ツキノワとオオハクが右へ、ラプラタが後ろへ向かうと、アニマル艦隊の指揮官と艦隊の代表が、寄り添う状態となった。
我々は中から穂華をサポートしよう――。
そうね――穂華――可動処理の三割を私達に任せて――――その代わり防衛の方は完璧にね。
最中――我らもキルト達と協力するぞ――出番が無いのは寂しいからのぅ――。
何――当たり前の事を言ってるの――ほら――コスモス達に合わせるわよ。
「よろしくね。キルト、コスモス、大福、最中」
私の幽体に溶け込む四体に声を掛けると、星域義勇軍へと注意を向ける。
無数のレーザーとビームが宇宙に線を引き、義勇軍と混沌との間で未来位置の探り合いが展開されていた。
混沌側の消滅艦隊は、魔力装甲という混沌の魔力のみで出来た装甲を持つ。
物質を使用しない為、魔力が持続する限り瞬時の修復が可能という利点があった。
混沌側は魔力で生み出した見えるレーザーと、不可視のビームで、義勇軍の集光鏡とエンジンを狙っている。
レーザーは、魔力や電磁波に指向性を持たせ、集束(収束)させて放つ光速攻撃だ。
電磁波は可視光を含んでいる為、視認しやすく、魔力の場合も星側なら灰色、混沌側だと白と黒の螺旋として視認出来る。
西暦時代には、媒体に何の物質を利用したかで、固体レーザー、化学レーザー、自由電子レーザーなどと名前を変えていた、その為、可視光を含まない電磁波を放つ兵器も存在し、その場合は裸眼による目視は不可能となっていた。
ビームは、荷電粒子を粒子加速器によって亜光速まで加速して放つ攻撃の事で、イオン化した原子や電荷を持った素粒子が使用される。
ただし、最低十ギガワットの電力と、加速器の冷却問題、磁場による偏向問題などが費用対効果でマイナスと判断され、西暦の人類ではビームは実現しなかった。
また、安定した荷電粒子は加速度が変化しないかぎり、可視光を出さない。
つまり現実では、真空中(宇宙)でビームの視認は困難だと言える。
実際、混沌側が放つビームは視認が出来ず、電波や赤外線、紫外線やX線、ガンマ線の観測装置で確認している状態だ。
こちらヒギス――三分経過したわ――これ以上の斑の調整は核融合に不調をきたすわ――。
ご苦労様です――後はこちらで対応するので――通常活動に戻って下さい。
私の右で琥珀に操作方法を教えるオオハクが、私に笑顔で会釈をしてくる。
忙しいと思い、代わりに念話を送ったのが、感謝されていた。
「混沌側が陣形を変更中。損傷の激しい駆逐艦級を下げて、巡洋艦級と戦艦級を前に出し始めてるわ」
有樹が敵の変化を伝えて来た。
星域義勇軍の集光鏡は、恒星の電磁波を鏡に反射させて、発電したり、レーザーとして放つ機能を備える。
鏡で反射出来るのは、赤外線、可視光線、紫外線で、波長の短いX線やガンマ線は散乱し、波長の長い電波は反射がほぼ出来ない。
混沌にとっては、恒星から放たれる星の魔力を、集めて放って来る邪魔者だろう。
星域義勇軍の艦船は、集光鏡を持つ点から、星の魔力を間接的に纏いやすい。
魔力順応力が無く、星の信任を得ていない状態で、混沌と戦えているのは、集光鏡を運用する戦法に理由があった。
「星域義勇軍の艦船が、中破した段階で混沌を強襲。蹂躙と認識されない程度に、混沌を浄化します」
義勇軍は星に協力的ではあるが、支配と独占の欲望を捨てる事はしない。
魔力順応力の無い彼らが選んだ道は、混沌を品物とした星側との取引だ。
混沌が肉体を乗っ取る数日から数時間の潜伏期間中に、対象を義勇軍の船へと誘い、絶対零度による冷凍で凍結させる。
そうする事で、混沌を肉体に閉じ込め、星側からの接触を彼らは待っていた。
六百年から一千三百年の寿命を誇る種族が運用する。
星域義勇軍らしい気長な商売だ。
「有樹、サポート区画の住民に浄化宙域への到着と、浄化戦に移行する事を伝えて」
サポート区画には外を見る設備が無い。
水耕栽培施設と畑作施設、調理実習室と保健室、食料貯蔵室があり、浄化戦を後方から支えるのが、住民の役目だ。
私の言葉を聞いた有樹が、サポート区画への案内放送を始める。
「七光年の移動が完了しました。これより浄化戦を開始しますので、住民は後方支援をお願いします」
私達は今、恒星ヒギスのコロナに包まれていた。
ヒギスを左に、混沌を右上に確認出来る位置で、コロナの中を移動している。
防衛魔力を展開したスターフラワーは、昇華が起こるほどの高温の中で、無傷で泳いでいた。
熱も遮断している為、恒星やコロナの熱がスターフラワーに伝わる事は絶対に無い。
「穂華、恒星の間近を移動しているのに、どうして大型液晶が見えてるの? 普通は光で前が見えないと思うけど……」
「防衛魔力がスターフラワーに触れる電磁波の量を調整してるの。防衛魔力の外側は、直視出来ない可視光と、固体を瞬時に気体に変える強烈な赤外線があるから、防衛魔力無しだと私達は消えちゃうね」
栗夢の質問に、私は優しい笑みで答えた。
温度が高いほど、赤外線は強く(多く)放射される。
百七十万度のコロナの中は、赤外線が強く密集する昇華空間だ。
「なら星に感謝しないとね。私も星よりの思考になれたかな。穂華の返答に違和感を覚えなかった」
「確かに、自虐的な発言と笑みに、人間の思考なら不快感を覚えそうね。私達は星菜と穂華を見てきたから…………星よりの感性を持ててるわ」
栗夢の感想に、有樹の分析が続くと、二人の視線が私を捉える。
「浄化戦だから人間視点の常識は捨ててるの。私達は星の協力者でしょ」
私は確認の為に、二人へ言葉を投げかけた。
浄化戦に人間の常識を持ち込むと、敗北を招く。
「えぇ、分かってるわ。人間の常識には囚われないから安心して。ね、栗夢」
「穂華、安心しなさい。私達は混沌には負けないし、肉体も奪われないから」
私の心配に有樹が明るい笑みで答え、栗夢が強い意志を示す。
その瞬間、前方を斜めに横断する白と黒の螺旋が現れた。
四本の螺旋がコロナに突入して、中ほどで受け止められている。
マルピュナとオヒワフを破壊した攻撃はこれね――コロナの盾が無かったら――私に直撃していたわ――。
ヒギスの緊迫した念話が私達に届く。
戦艦級の放った魔力砲が、電磁波の中を突き抜け、コロナにまで届いていた。
私は義勇軍と混沌の位置関係を見て、ヒギスへ念話を送る。
流れ弾のようですね――巡洋艦や駆逐艦の魔力砲は――――電磁波で相殺されてますし義勇軍の側面を掠るようにレーザー(魔力砲)が撃たれてます。
混沌側は、先ほどまで荷電粒子を亜光速まで加速して、ビームを放っていた。
しかし今は、混沌の魔力を光速で放つレーザーに変更している。
義勇軍は私への接近コースを取っているわね――その影響で後ろを追いかける混沌側の攻撃が私に流れて来ている――。
はい――義勇軍は集光鏡をヒギスに近付けて――攻撃力を上げようとしているみたいです――。
ヒギスの念話に返答すると、私は義勇軍の状態を確認する。
ヒギスから二百万キロにまで接近した義勇軍は、九十度回頭をしてその場で静止した。
義勇軍の船体が光輝き、混沌へ向けて無数の光が、線となって瞬時に当たる。
義勇軍の集光鏡レーザーが、攻勢をかける混沌に損傷を与えていた。
それを見たキルトとコスモスが、念話で感想を出してくる。
星域義勇軍の指揮官は優秀だな――自身の限界を把握している――。
これで支配と独占の感情を無くしてくれると――ありがたいのだけど――。
星や混沌の魔力無しで、恒星に近付ける者は存在しない。
恒星との距離が狭まるほど、電磁波の量と強さは増加し、船体が溶けるよりも先に、船内の乗員が死ぬ事になる。
理由は電磁波に含まれる紫外線やX線、ガンマ線が船内の乗員に有害となるからだ。
赤外線が船体表面を溶かし、船内を灼熱空間にするよりも早い段階で、X線やガンマ線などの放射能が致死量を超える。
電磁波以外にも、素粒子や複合粒子、準粒子が宇宙を飛び交い。
電磁波に含まれない放射線である、粒子放射線も宇宙には溢れている。
船体全てを鉛や金にすれば、結果が異なる可能性はあるが、鉛や金が潤沢では無い事実は、知的生命体が持つ宇宙の常識らしい。
義勇軍は被爆の限界距離と、集光鏡の電磁波集光効率を天秤に掛けて、被爆許容の限界距離に船体を静止させていた。
今の位置でも――約二十分で致死量の被爆ですね――。
義勇軍は集光鏡を使用する特性上――鉛や金を船体の六割に使用しています――それが無ければ四分で致死量に達するでしょう――――恒星に接近すると言う事は――巨大な原子炉に近付く事と似ているのです――――。
私の念話に、オオハクの分析と比喩が届いた。
それを裏付けるように、四隻の星域義勇軍が、四十五度回頭して斜めにヒギスから離れる進路を取る。
義勇軍の衝突コースを取っていた六隻の駆逐艦を躱すと、加速しながら集光鏡レーザーを背後の混沌へ照射していた。
「混沌艦隊、駆逐艦六隻中破。巡洋艦三隻小破、二隻中破。戦艦六隻無傷。戦艦の能力が明らかに高いわね。穂華、戦艦には強い混沌が乗船してそうよ」
有樹から混沌側の戦力分析が届く。
レーザー(魔力砲)の威力に比例して、戦艦の防御力も高いようだ。
「義勇軍側は劣勢。被爆覚悟の恒星接近も、混沌には効かずか……」
「栗夢。間もなく強襲するから、気を引き締めて」
「……了解、穂華。余計な思考は排除しておく」
私は栗夢の思考を中断させた。
私達は星や宇宙を守る為の存在で、支配欲と独占欲を持つ義勇軍を守る存在では無い。
心配や同情は、自身が相手の文化や思想に感化される危険を持つ。
星の信任を得続ける為には、知的生命体の社会や経済、文化や思想とは、隔絶された生き方が必要なのだ。
「星域義勇軍二隻中破、二隻小破。エンジン付近への被弾を確認」
有樹から強襲タイミングを告げる報告が届く。
星野家全員の視線が前を向き、大型液晶を見据えていた。
「栗夢、右六十七度、上十八度へ進路変更。秒速六万キロまで加速」
スターフラワーと義勇軍。
お互いの位置と姿勢が変化している為に、コロナ突入前と比較して、混沌を確認出来る位置も変わっていた。
「瀬名里、アカと協力してウイングカーテンを展開、混沌との衝突時に、混沌の意識体が侵入しないようにして」
生命から肉体を奪った混沌は、物質を通過出来ないが、肉体を奪う前の混沌の意識体は物質をすり抜けられる。
スターフラワーの防衛魔力と、ウイングカーテンで混沌の密航はお断りする考えだ。
「了解。ウイングカーテンの展開に入る」
瀬名里が黄色の二等辺三角形へと魔力を流す。
するとスターフラワーの前面を覆うように、黄色のカーテンが出現した。
カーテンは七層に分かれ、オーロラのように時折色を変化させている。
コロナを抜けたスターフラワーが、混沌艦隊の背後を目掛けて加速した。
「美優、衝突後にエレメントアートで混沌を囲んで。ラプラタは美優のサポートをよろしく!」
「了解穂華お姉ちゃん。ラプラタ準備するよ」
美優の笑顔を確認すると、栗夢が指示を仰いでくる。
「穂華、このまま中央突破で良い?」
「混沌を弾き飛ばしちゃって。先頭の戦艦群を抜いたら百八十度回頭。星域義勇軍に退避の余裕を与えます」
守る対象では無いが、義勇軍は混沌が入った肉体を、絶対零度で封印している。
混沌側が奪還を考えるほどの存在を、解放させる訳にはいかない。
穂華――行くぞ。
うん――防衛魔力中規模展開――――フラワーアロー――。
キルトの念話に、私は防衛魔力の制御を強める。
二百三十万キロの距離を縮めたスターフラワーは、矢のように一直線の軌道を取り、混沌を上下左右へと弾いて行った。
ヒギスが放つ星の気配に紛れていたスターフラワーの接近を感知出来なかった混沌は、先制を奪われてよろめいている。
「百八十度回頭と同時に、エレメントアート発動。混沌の動きを封じます。瀬名里はウイングカーテンでの防御を継続。陽葵はチーターやヒギスと協力して電磁波の準備」
回頭を終える前に私は指示を出し、スターテリトリーの出力を上昇させた。
ヒギスと同規模の魔力展開を始めた私に、混沌側が気付く。
「戦艦内部から混沌の高魔力反応! 巡洋艦と駆逐艦は加速しようとしているわ」
「美優! エレメントアートで包装して!」
有樹の報告に、私は美優の魔力展開を促す。
「ラプラタ、リボンもよろしくね! エレメントアート」
「承知した!」
美優の掛け声に、ラプラタの同意が続くと、七色の巨大葉が混沌の行く手を塞いだ。
広葉樹の葉に似ているが、縦七キロ横五キロ幅百メートルと大きく、全長三キロの戦艦が小さく見えてしまう。
美優とラプラタが描いた絵は、緑色の二等辺三角形に魔力の状態で伝わり、美優の指定した位置から放出される。
それが混沌の進路へ先回りして、彼らの足を止めていた。
進路を塞がれた混沌は、一ヶ所に密集させられて、葉に包まれてしまう。
六十枚の葉で出来た球形の風呂敷に、緑色のリボンが結ばれると、十七隻の混沌艦隊を包囲する絵が完成した。
実体化する絵は、二次元では無く、三次元の絵を生み出す。
固定概念に囚われた思考では、生み出せない浄化方法だ。
折角――伝令を出そうと思ったのに――――間に合わなかったわね――ロゼイナと別れてから七年――盗人を追い詰めたのに――――星に邪魔をされるなんて――心外だわ。
風呂敷の中から念話が伝わって来た。
ヒギスのコロナと同等の魔力密度がある風呂敷内部で、浄化されずに念話を出す、強者が居る。
「全員、時空干渉の用意。瀬名里達は応用を、有樹と栗夢は基本を最大限に発揮して、サポートは私がします」
最低亜光速の移動が出来る混沌が私達に視線を向けた。
濃い混沌の気配に、星の意識体に緊張が走る。
美晴や叶菜乃、心音が、赤子に見える気配が私達と対峙した。