35「二つ目の事件」
『チサトか、一人か?』
『いえ。河原ウニ、森見乃チルル、都肖羽の四人です』
『河原たちも、そこにいるんだな』
『大森さん、彼女は後ろにいるので通信内容を聞いていると思いますが、会話はできません』
『確実に伝わるよう、後でチサトからも直接伝えてくれ』
『了解。でも、普通の事件なら一課二課に任せた方がいいのでは?』
『今回のは単なる事件じゃない』
『どういうことですか?』
『店員の証言だが、男のナイフが空中で自在に動いているのを見たらしい』
『……つまりそれって』
ナイフが空中を?
耳を疑う言葉だったけれど、冗談だと感じたりはしなかった。
横にいるウニちゃんの真剣な表情がそう物語っていた。
地下通路の時みたいに、また暴走しそうしなきゃいいけど。
他人を寄せ付けないオーラを身にまとい、殺意すら放っているように見えるウニちゃん。
しかし、その隙だらけの彼女の背後にチルルちゃんが忍び寄る。
ゆっくりと後ろから腕を伸ばし距離を縮めると、後は一気にウニちゃんの胸をわしづかみにした。
「あっ、チルル!?」
「ウニ……チルルと留守ば、ん」
もみもみもみもみもみもみ
「ちょっ、何してん、の。離しなさいよ」
もみもみもみもみもみもみ。
「暇を揉んでる、の」
「何言ってんのバカッ、んっ。離しなさいよ……」
「気持ち……い?」
もみもみもみ。
あ、あのー、じゃれあってるところすみません。
あっちで真剣な話してるんですけど。
『大森さん、“虹”が関与しているのなら、私たちでは手を負えません。他のディペンダーはどれぐらいで到着しますか?』
『他のディペンダーは来ない。他のエリアでも同様の事件が二件発生している』
『他のエリアでも?』
『現場の状況分析は森見乃にやらせろ。河原はトゥキープオーダーの使い方を都に。犯人との交渉は上切、オマエがやれ』
『まさか肖羽一人に捕まえさせるつもりですか?』
『相手が“虹”ならば、トゥキープオーダーなしに対応はできない。だがオマエはもうディペンダーではないし河原は言うまでもなく使わせられない』
『危険です。彼女はまだ本当に何も知らないんですよ』
『都に伝えておけ。念のため、ちゃんと眼鏡をかけて行くように。以上だ』
『大森さんっ……』
「クマ子、これ」
大森さんの通信が切れた途端、ウニちゃんが頑丈そうな銀色のアタッシュケースをあたしの方へ放り投げた。大森さんの指示を聞いて、不満を露わにしている。
「トゥキープオーダー“ニキヲ”。ディペンダーの武器よ。はぁ、“ニキヲ”を初めて使うのは私だと思ってたのに。それをクマ子なんかに……」
「あたし、何をするの?」
「はぁ? 通信聞いてたでしょ? アンタが犯人を捕まえんの」
「……やっぱり?」
「当然でしょ」
「でも、まだ研修とか何も受けてないよ」
「そんなもんないわよ。ディペンダーになった時点で基本的な技能は身に付いているのが普通だもん。言っとくけど、真剣にやらないと死ぬわよ」
「……夢オチで何とかなりませんかね」
「現実は常に非情なものよ。観念しなさい」
ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべて、アタッシュケースのロックを解除するウニちゃん。
ナイフを持った犯人をあたしが捕まえる?
いやいや、無理でしょ。普通に考えて。
ガシャリと音がして、ケースが開かれる。
ケースの内部は紫色の布で覆われていて、まるで高級な宝石品でも入っていそうだ。
しかし、実際に入っていたのは、そんな煌びやかなものじゃなかった。
かといって、拳銃のようないかにも武器っていうものでもない。
「ああ、ニキヲ。アナタはなんて可愛いの」
手の平に乗せた小さなそれを見て、目を輝かせるウニちゃん。
でも、あたしはウニちゃんのようにそこから可愛さの片鱗すら見付けられなかった。
っていうか……気持ち悪い。
――ディペンダー対犯罪者専用ディバイス“ニキヲ”。起動します。




