31「街頭献エネ」
「この前ここからすぐ近くの路上で占いやっててよー。先着三十名無料ってすげえ美人がやってたから占ってもらったんだ」
「へえ、」
「『あなたは世界を変える重要な使命を持った人だ』とか『黄色い靴があなたを幸福へと導いてくれる』とか気持ちいいことばかり言われて、考えて見ればそれが罠だったんだよ。その後、『使命を果たすためにはあなたの失われた過去を取り戻す必要がある』つって“記憶を取り出す水晶玉”を特別にたったの一万円で譲るなーんて言い出した」
「はあ、」
「怪しいとは思ったが、それでこの女と知り合いになれるならいいかと思って契約書にサインしちまったのが運の尽きさ。月々一万円の五年ローン、合計六十万……職場の奴に話したらオマエそれ詐欺だよって笑われちまった……もう恥ずかしくて死にてえよ。なあ頼むから早く捕まえてくれねえかな……」
「……あたしが、ですか」
「アンタ調査官だろう。エネルギー提供してる善良な市民が被害にあったんだ……このつらさ、理解してくれたっていいじゃないか」
「……分かりますよ。あなたの気持ち、すごく」
「慰めはよしてくれ……あー思いだしたら落ち込んできた」
「エネルギーが減ってるせいですよ。一晩寝たら治りますって」
「……はぁ、死にたい」
――三百パックにエネルギー供給完了です。市民の皆様、ご協力感謝いたします。
装置から機械音声が流れ、男性の手足から固定用のバントが自動解除される。
「……ええと、ありがとうございました。これ、粗品」
「ああ」
けだるそうにベッドから起き上がった男性に牛乳と調査庁のマスコットキャラクター『しらべくん』のキーホルダーを渡す。
男性は元気なくそれを受け取り、溜息を付きながら献エネ車を降りていった。
「ご協力ありがとうございましたっ! ……もう、六十万ぐらい何だってのよ。こっちは」
「肖羽、今の黄色い靴の人。やけに元気なかったけどエネルギー取りすぎなかった?」
「最低量の三百だよ、チサト」
「そうなの? にしてはこの世の不幸みたいな顔していたけど」
「精神的なものだと思うよ……うーん、疲れた」
「そろそろ休憩しよっか」
外で献エネの呼びかけをしていたチサトに呼ばれて、車の外に出る。
「牛乳あげる」
「ありがとっ」
繁華街の横断歩道横のガードレールに腰かける。
身体を休めると、急に疲れが出てきた。
「中は疲れるでしょ? やっぱり私が替わろうか?」
「ううん、また今後もやらないといけないみたいだし。それに中で献エネやってた方が色んな話聞けるから楽しいもん」
「肖羽は人と打ち解けるのが上手なのよ。献エネ中に提供者から話しかけられることなんて私にはほとんどないもの」
「きっとチサトが美人過ぎるから緊張してんのよ」
「……もう」
チサトと休憩していると、『献エネのご協力お願いします』の看板を首からぶら下げたチルルがこっちに近付いてきた。
巻いていた髪を解くと、長い髪が地面まで垂れる。
「休、憩?」
「うん。チルルも休んで。河原さんも今の人が終わったら呼びましょう」
「ウニは休憩、必要な、い」
献エネ車の後部を指差すチルルちゃん。
ウニちゃんの方、やけに騒がしいな。
「アンタまだ終わってないわよっ! 抵抗するな」
「これ以上取られたら死んじゃうよっ!」
「私の腕を信用しなさいよっ! ちゃ~んと生命活動可能な量は残してあげるから」
「ひいいいいっ!」
……ウニちゃん。
「……まったく。成人男性最大六百までって言ったのに」
チサトの手が牛乳を潰した。
「死人が出る前に注意してくる」
「よろしくお願いいたします。チルルちゃん、はいこれ牛乳」
「……牛乳。嫌、い」
「じゃあオレンジジュース。ありがとね、チルルちゃん。あたしたちのために手伝ってくれて」
「ジュルジュル……献エネ、トワイライトのエネルギー安定供給の、ため。あなたたちのため、じゃ、ないジュルジュル」
「それでも実際、助かってるのは事実だもん」
「ジュルジュル……クマ子、どうして?」
「ん?」
「ジュル……もう一個、ジュース」
「もう飲んだの? はいこれ」
「……ジュルジュル。キョウイチ考える時、必ず行動す、る。食べたり、爪噛んだり、身体ポリポリした、り。でもクマ子と話している時、何もしてなかっ……た」
「そ、そうなの?」
確かに、話しながらバリボリうるさかったな。
「チルルと話す時でも動く、なのに。どうして?」
「んー、偶然よ、きっと」
「キョウイチ、クマ子とデートするって言った。その時、胸の辺りがチクチクし、た……どうして?」
「え?」
胸の辺りがチクチク……
それってもしかして……嫉妬?
「チルルちゃんって、キョウイチのこと好きなの?」
「ジュルッ!」




