24「キモヲタ変人」
「うわっ、キョウイチ」
ウニちゃんが立ち止まって、驚きの声を上げた。
目線の先には一人の男の人。
ここが廊下なのにも関わらず、膝を抱えて座り、俯いた状態で親指を咥えている。
もしこの人が子どもだったら、お母さんの帰りを待っているみたいだと想像しただろうけど、
身体の大きさや各パーツのバランスからして少年の時期はとうに過ぎている。
若くて二十歳前後ってところだろう。
「部屋の前で何やってんのよ、キモヲタ変人」
五十センチの距離で声をかけられ、男の人はやっとウニちゃんの存在に気付いた。
「待っていたんですけど」
その人がウニちゃんを見上げる。
白いTシャツにボロボロのダメージジーンズ、足元はサンダル。
私服ってことは、ひょっとしてこの人もディペンダー?
「クマ子、これ、キョウイチ」
「河原さん、人を犬のように言わないで下さい」
「何言ってんの。こんな所でお座りしてるくせに」
「この体勢が楽なんですよ」
ぼさぼさの髪をかきながら、キョウイチさんがすっと立ち上がる。
細身の体で、あたしより一回り背が高い。
しかも手足長いなー、男性なのに。
「チルルはいる?」
「当たり前のことを聞かないでもらえませんか」
「うっさいわね、キョウイチのくせに」
ウニちゃんはぶつくさ言いながら、キョウイチさんの背後にある扉の中へと入っていった。
なーんかこの人の扱われ方、あたしに似てるな……
でもキョウイチさんの方は彼女の見下し発言を気にしてない。
その分、あたしより大人か。
「クマ子さん、初めまして。キョウイチです」
キョウイチさんが手を差し出す。
「ど、どうも……」
無視する訳にもいかず、おずおずと握手を交わす。
この人もあたしのことをクマ子って……
あーあ、すっかり浸透しちゃってるのか。
ディペンダーの人達に名前で呼ばれるのはもうあきらめよう。
そうやって、ある種の悲しみを心の中に抱いていた時――
「……可愛いですね」
「……えっ」
「一目惚れしました。結婚してくれませんか?」
――それはいきなりだった。
親指を軽く咥えた口でさらりとキョウイチさんは言った。
言葉の真意が理解できず、彼を見上げる。
しかしそこには喜怒哀楽といった感情らしきものは一切見当たらず、
あったのは無表情にあたしの反応を待っている瞳だけだった。
「な、何ですか。いきなり」
「おかしいですか? 愛の告白というものは常に唐突なものだと理解していたので問題ないかと思っていたのですが」
「いや、初対面でそんなこと言われても」
冗談でも笑えないですよ。
それにそんな真顔で言われたって、
何か裏の思惑でもあるようにしか……
「……なるほど。私、少し焦り過ぎたのかもしれません」
その時、繋いでいた手が離された。
「すみません忘れて下さい。じゃあ、中へどうぞ」
ウインと開かれた扉の中へと消えていくキョウイチさん。
「……何だったんだ、今のは」
掴めない状況にモヤモヤしたまま、閉まろうとしていた自動ドアに身体を滑りこませる。
キョウイチさん……変な人だ。
「結婚してくれませんか、クマ子さん」
「キャッ!」
中に入った途端、キョウイチさんが振り向いてあたしに謎の告白(二度目)をした。
「な、何ですか。今度は」
「……いえ、もう初対面ではなくなったので大丈夫かと思ったのですが、やっぱりダメですか」
この人……まさか本気で言っているわけじゃないよね?




