16「あたしの瞳」
指摘されてやっと気付いた。
わずかではあるが、瞳の赤がさっきよりも紫っぽい色に変化しているように見える。
「あれ、何で?」
改めて鏡に目をこらす。
さっき気付かなかったのは、変化があまりにも緩やかだったからだ。
けれど、こうやって見直してみるとはっきりと分かる。
瞳は常に同じ色に留まることなく、刻一刻と変わり続けていた。
自分の瞳に起こっているとは思えない、
いつまでも見ていられるような美しい現象だったけれど、
普通ではないという点で不安にもさせた。
「あの、これってもしかして何かの病気ですか?」
「分からない。後で調べてみるけど、私の知る限りあなたみたいな瞳の症例は覚えがないわ。私の顔、ちゃんと見えてるよね?」
「はい、それはもうクッキリハッキリ。目が両手を上げて喜んでます」
「目から……手が?」
あたしの発言に対して、女医さんの表情が固くなった。
あれ、褒めたつもりだったんだけど。
「あっ、今のは冗だ……」
「目から手が伸びているように……幻覚を見ているのだとしたら、やっぱり意識障害が起こって……となるともしかして原因は眼そのものというよりも脳幹……」
マズイ。
どうやらさっきの発言を言葉通り受け止められてしまったみたいだ。
やばいやばい、どうしよう。今さら冗談だって言いづらいし。
でも、このままだと誤解が誤解を呼んで更にとんでもないことになる恐れが。
このタイミングでちゃんと否定しておかないと……
「ねえ、あなた」
「すみません嘘です! っていうか例えです!」
「……嘘?」
こんな時に効果的な方法は一つしかない!
布団をがばっとめくり、
あたしはその場で土下座した。
「ここここんなつもりじゃなかったんです。あなたが凄く美人だったので、美人だったので! その美しさを称える表現として意味不明なことをついついつい口走っちゃったのです。悪いのはあたしじゃなくてこの愚かな口です。でもこの口も悪気はなかったんです。どうか許して下さいっ!」
謝罪と弁明の言葉をまくしたて、布団に頭をこすりつけて許しを乞う。
ここまですればきっと冗談だと気付いてくれるし、分かりにくい例えを言ったことも許してくれるだるに違いない――
――と、そう思ったのだけれど。
…………あれ?
恐ろしいことに、目の前にいるはずの彼女からは何の返答らしき言葉も聞こえなかった。
し、しくじった?
こうなると事態は深刻さを増す。
沈黙の圧力のようなものをビシビシと背中に感じはじめる。
彼女の青い瞳は今、どんな思いであたしを見下ろしているんだろうか。
赤よりも温度の高い憤怒に燃えた青色?
それとも氷点下マイナスの冷たい青色か。
こ、怖くて顔を上げれない……
「プッ……」




