15「青い瞳の白衣」
「それにしても、あれは何だったんだろう……」
実際、奇妙な体験だった。
自分の力では何もできないと諦めた直後、
自分にできないはずがないという思いが現れ、
そう思った時には、すでにできてしまっていた。
これまでの自分が新しい性格に上書きされたような、あの感覚。
何て言うか……そうだ。
堪忍袋の緒が切れて、普段絶対に言えないことをバンバン言っちゃう、あの感じに似ていた。
モードが切り替わったら、普段機能しているリミッターが外れ、人が変わったみたいになってしまうような。
そして、元に戻った時に後悔する。
そんな体験。
なーんか初めて、って気がしないんだよね……
って、誰か来た。
「目を覚ましたのね」
扉がウインと開き、入って来たのは、丈の長い白衣を着た女の人だった。
ここの女医さん、だね。
クリンとした水色のカールヘアーと、そこへ更に光沢を増したような海色の瞳。
白衣越しでも分かる腰のくびれに、短いスカートから伸びた羨ましいほどの細い脚。
右手にクリップボードを抱えたその姿は、紛れもなく職業の人、なのだけれど。
仕事着から溢れだす彼女自身の女性としての美しさに、目を瞠った。
「……きれい」
「えっ?」
「あなた、美人ね」
あたしの横側に立った彼女が、不思議そうな目であたしを見下ろす。
眉間に小さな皺が寄っていた。
「……目の不調が起こってる。もしくは意識の混濁?」
「あはっ、何それ。照れ隠し?」
微笑むあたしをスルーして、彼女は中腰の体勢を取った。
二人の目線が同じ高さに合う。
「私の目を見て」
わずか数センチの位置にある彼女の顔。
こんな近いとさすがに照れるな。
長い睫毛……白眼も充血一つしていない。
こんな麗しい瞳に見られたら、身体溶けちゃいそうだ。
ナメクジのような気持ちで心配しはじめたその時、彼女の瞳孔が大きく開いた。
「あなた、不思議な瞳をしてる」
「えっ、瞳?」
「コンタクト付けてないよね?」
「はい……あの、何か変ですか、あたしの瞳」
「ううん、そんなことはないよ。正常だと思うけれど……自分じゃ気付かなかった?」
「まだ鏡を見てないので」
「じゃあ自分で見て驚くかも」
彼女はそう言ってコンパクトミラーを渡してくれた。
記憶を失って以来、初めて自分の顔を見る。
赤い髪に似た赤い瞳。
うん、確かにこんな顔だった気がするけれど。
何となく目の辺りに違和感がある。
でも……
「普通……ですよね?」
「目を離さずにしばらく見続けてみて。瞬きは極力しないで」
美人さんの言葉に従い、目をできるだけ開けたまま鏡を見続ける。
そういえばウニちゃんもあたしの目のことで何か言いかけてたな。
どこかが普通と違うのか……
瞳以外にも、上まぶたを指で引き上げたり、下まぶたを引っ張ってあっかんべーしたりする。
更に目を左右に動かして、目頭と目尻に変なところがないか、観察した。
それでも自分では目立った異常を捉えることはできなかった。
「あのう、どの部分がおかしいですか?」
不安になって美人さんに尋ねると、彼女はあたしに手を重ね「ほら、」と鏡を持ちあげた。
「瞳の色、変わってるでしょ?」
「瞳の? ……あっ!」




