俺は魔剣を装備した
自然の世界は弱肉強食だ。強いものが弱いものを喰らい、生きてゆく。その常識は異世界に来ても同じ様だった。
「うおぉぉ、くそッ、全然捕まらない‼︎」
『何よその振り方、あたしを使った中で一番下手ね〜』
魔剣を構え、獲物を狩る為に振り回すが、何といっても俺は素人。剣を持つのは初めてだ。
だから自然に大振りになってしまうのか、余り傷を付ける事も出来ていない。
「はぁ、はぁ」
かれこれ一時間、俺は剣を振り続けた。魔物を仕留める為に。
魔物。ゲームのように、純粋な強さと仕留めやすさでランク分けされた存在。生きるために人を襲ったり、家畜を襲ったり。まぁ人間からしたら、害にしかならない様で冒険者ギルドという仕事を斡旋する場所の依頼の一つに数件は必ずと言って良いほど依頼する人がいるみたいだ。
装備を整えた俺とクレアはその冒険者ギルドに向かった。リハビリというか、魔物との戦闘で死にかけた冒険者はなるべく早く次の魔物との戦闘を経験しなければいけないらしい。
そうしないと死にかけた恐怖で殆どの冒険者は戦闘自体が出来なくなり廃業するか、素材を採ってくる採取と配達や街の中での掃除やその他様々な雑用をするクエストぐらいしか十分に達成出来なくなるらしい。
俺とクレアはクエストの中でも、魔物を倒した成功報酬とその魔物の素材を売って、金を得る事が出来る二度美味しい討伐依頼という種類のクエスト。
その中でも、駆け出しの冒険者がよくこなすというマロンラビットという小型の魔物を仕留めるクエストを受けた。
マロンラビットを五匹仕留め、その証明をすればクエストは成功する。証明は倒したマロンラビットを持って来てくれば良いというものだ。毛皮は一定の金額にしかならないから駆け出し以上の冒険者はあんまりこのクエストを受けないらしい。
あと、身体の一部分だけ持っていくとマロンラビット程度も狩る事が出来ない腰抜けの証明にもなるらしい。
それぐらい弱いなら、魔剣の練習がてらにやってみようと思い、クレアと一緒に受けた。
クエストを受けたまでは良かった。一緒に頑張ろうね! とクレアの笑顔も見れた。
魔剣もやる気を出し、和やかな感じで街の門を出て少し歩き、草原でマロンラビットと対峙してからは地獄だった。
草原にいたマロンラビットは名の通り、兎に似た茶色い毛のふてぶてしい、丸っこい魔物だった。
可愛いと思って近くと、いきなり飛び上がり速攻で襲われ、辛うじて俺が避けるとその先にいたクレアは素早く反応して、槍の柄の部分で叩き落とした。
マロンラビットが飛び上がった時は、ビビっただけだったが、クレアの何でもない様な反応の方がトラウマになりかけた。確かに倒して持って帰るクエストだった。でも、生け捕りでも可って書いたあったじゃないか。それとも殺すのがこの世界での当たり前なのだろうか。
「まず、一匹目だね」
「俺避けるだけで一杯だったよ。す、凄いねクレア」
「アレックスもこれ位できるでしょ?」
「う、うん。次は頑張るよ」
クレアは槍の柄でたこ殴りにして動かなくなったマロンラビットを持って来た袋に入れる。美少女が笑顔で兎を狩る世界。もう、それだけで帰りたかった。
だか、俺はアレックスなんだ。この世界の人間なんだ。きっとコレぐらい出来なければ不審に思われ、俺がアレックスじゃないとバレてしまうかもしれない。それに、兎に似てるけど魔物だし、ヤルしかない。殺るしか。
「クレアはそこで見てて、一人でやってみるよ」
「うん。わかったよ」
マロンラビットを見つけた俺は覚悟を決め、剣を構える。そうして、初めての戦闘を開始した俺は頑張った。
「うおぉぉ、くそッ、全然捕まらない‼︎」
『何よその振り方、あたしを使った中で一番下手ね〜』
魔剣を構え、獲物を狩る為に振り回すが、何といっても俺は素人。剣を持つのは初めてだ。
だから自然に大振りになってしまうのか、余り傷を付ける事も出来ていない。
「はぁ、はぁ」
かれこれ一時間、俺は剣を振り続けた。思ったよりもマロンラビットはすばしっこく、襲われた時より剣を避ける時の方がスピードが速かった。
これはマロンラビットさえ倒せない俺が弱すぎると、他の人が見ればそう思うだろう。だが俺は、そいつらに言ってやりたい。お前は他人と身体を交換した事あるのか? と言ってやりたい。
自分の身体じゃないだけで、こんなに動かし辛いなんて思わなかった。おまけにアレックスの体力が無さすぎる。一時間動いただけで元の身体のマラソンを大会を走った時と同じ感じの疲労度だ。
垂れてきた汗を服の袖で拭き、どうしようと思った時今まで黙っていたクレアの方を見た。
「ふぁー。あ、頑張ってねアレックス」
クレアは槍の手入れをしていて眠そうに、あくびを噛み殺していた。
飽きて来てる。やばい、どうしようと焦っても、マロンラビットは倒せない。一時間粘っても、疲れを見せない俊敏な魔物みたいだ。俺の剣をヒラリヒラリとかわし小馬鹿にした表情を見せる。
クレアには飽きられ、魔物には馬鹿にされる。そんな俺に魔剣から信じられない言葉が投げかけられる。
『……これは、契約するしかなさそうね』
「契約?」
『あっ、やっと返事してくれた。そうよ、契約。魔剣の使い手は契約をして魔剣の力を引き出すの。あたしにも固有のスキルはあるけど本人の資質に左右されるのよね〜』
初耳だよ。契約する事で何らかの恩恵を貰えるらしい。魔法を使えない、体力も無い今の俺には、頼りになる能力を獲得するしかない気がする。
「契約ってどうやんの?」
『簡単よ、あたしと魔力の交換をして自分の物だって事を魂に刻むのよ〜』
「魔力って俺にもあるのか?」
『知らないの? 誰にでもあるのよ。虫にだって有るんだもの』
魔力? やっぱりゲームとか漫画みたいな魔法がこの世界にはありそうだな、当たり前の事みたいに言ってるし。
「魔力の使い方が分からないんだけど……」
『えっ、仕方ないわね〜 じゃあ血よ、血をよこしなさい』
『でもあたしで切った血は、契約出来ないからナイフとかで指を切りなさいよ。少しだけでいいんだから』
「わかった」
俺はクレアからナイフを借りて指を切り血を三滴ほど魔剣に落とすと、魔剣が輝きだした。
【あたしの名はオリーブよ、宜しくね〜】
先程よりも声が深く、心の中で響くように聞こえる。そして身体の中を何かが流れ込み満たされる感覚がした。
「この身体に流れるのが魔力か?」
【そうよ、ちなみに契約したから喋らなくても意思の疎通ができるし、少しだけなら貴方の身体操れるけど、魔物を狩る手本、見せてあげましょうか?】
「このままだと、倒せそうにないかな……手本みせてくれ」
【了解〜】
剣が手本を見せる? 無理だろうって思ったけど、得意そうに言ったから任せてみよう。
結論から言うと瞬殺だった。
マロンラビットが危険を感じ取り、距離をとる前に近づき、横薙ぎに一振り。
首を落として尚且つ魔法なのか、剣を持ってない左手をマロンラビットに向け、体内の血が毛について毛皮の価値を下げないため、血を操り球体にして取り出し、蒸発させた。
オリーブはメチャクチャ強かった。
クレアは凄い凄い。とさっきの呆れ顔から一転し瞳を輝かせ、俺を見つめる。クレアの俺に対する評価が百八十度、変わったようだ。
【これぐらい出来なきゃ、好きな子も守れないわよ?】
【……そうっすか】
魔剣・オリーブは得意得気に言ったが、俺はオリーブに操られた反動か足と腕が痛く、もう何もしたくない気分だった。
こうして初めての戦闘は難なく終わり、残ったノルマはオリーブ程じゃないがクレアが数分で三体とも槍で撲殺し袋に入れて、ギルドに持って行き、成功報酬と毛皮を売った金も貰った。
クレアの泊まる宿屋は下が酒場になっていている。そこで二人で飯を食べ、俺は治療院に戻って疲れ切った身体で、汗だくの服のまま何とかベッドに倒れこんだ。
【だらしないわねぇー】
どっかの魔剣が言ってたが、心の中でも返事をする余裕も無く、その日は眠りについた。