俺は人に騙される
「私が悪かった。アレックス、すまん」
数時間くらい寝てしまったのだろう。魔力を使い、オリーブの予想を悪い意味で上回った俺は、また治療院のベッドの上で目を覚ました。
目を覚ました部屋は以前と違い、個室になっていた。
そこにクレアと初日に会った金髪のイケ面、ラミナ、そしてラミナと闘った貴族の坊ちゃんが俺のベッドを囲んでいて、目を覚ました俺にラミナが腰を綺麗に九十度曲げ、頭を下げて謝罪の言葉を漏らす。
ん。どうゆことだ?
俺が頭を傾げ、疑問符を浮かべていると先程と違う鎧を着て、切り傷などが無くなっているラミナが話し始めた。
「アレックス、先程の……決闘なんだが芝居というか、その、嘘なんだ」
「嘘?」
「魔物にやられ、記憶喪失になったと聞いてな…記憶を失う前にやった行動をなぞれば、思い出す治療法があると昔聞いてな」
「怪我をする前の日の出来事。私が決闘しアレックスが助けてくれた時の事を再現してみたのだ…」
「皆も手伝ってくれて、流れ通りにアレックスも動いてくれた辺りまでは良かったが、まさかこんな事に、またアレックスを大変な目に、合わせてしまった。本当に私が悪かった。ごめん、なさい……」
「…そうか。ラミナが無事でよかったよ」
ラミナは下を向き、途中から床に涙を落とし、さめざめと泣く。俺の言葉を待っているのか、ラミナ以外の三人は申し訳なさそうな顔をしている。
記憶喪失か。俺がこの世界で目覚めてから金髪のあんちゃんが現れ、そう呟いてその後に飯を持ってくると言いつつ、俺の病室を訪れなかった理由が解った気がした。
多分この街にいるアレックスの知り合いに、記憶を失ってしまった事を伝える為に動いていたのだろう。
そう思っているなら都合が良いと思う。元に戻れるまではアレックスのフリをすると決めた。
これでボロがでる心配もなくなったのだ。なにせ、何も覚えてない人間は記憶を失う前にしなかった事をしても、あまり不審がられない。まあ、クレアと話してて思ったが俺の話し方や態度を変に思ってなかったし、俺に都合が良い展開になっていたと思ってこれから行動しよう。
騙し続けることは、俺のメンタルにダメージを与え、アレックスの胃に穴をあける結果になるかもしれないが、魔法もある世界だし多分、大丈夫だろう。ラミナの様子を見ると先程の怪我も魔法で治したっぽいしな。いや一応聞いてみようか。
「ところでアレックス、記憶は戻ったかい?」
「いや、全く。それよりも俺は二人の名前を聞いてないんだが…」
俺は怪我が消えている事について、ラミナに尋ねようとした時。
貴族の坊ちゃんが話しかけてきたので、坊ちゃんと金髪のイケ面を見ながらそう答えた。これでやっと名前を聞けそうだ。
「そういえば、名乗っていなかったな。僕の名前はニコラス・ブロードだ。君とは同い年で、この間まで君とは争いを繰り返していた。その、クレアとラミナを無理やり妾にしようとしてな…」
少し恥ずかしそうに言うニコラス。やはりあの求愛はこの世界でも、間違っていたことなのだろうか。ちょっと安心した。
「あれ? 俺言ってなかったっけ?」
「ああ、聞いてない」
「そっか、俺の名前はローレン・ラグラス。凄腕治療魔術士だ。俺がアレックスの怪我を治したんだぜ」
得意げにローレンは言ったが、自分で凄腕とか豪語するとか別の意味で凄いと思う。しかも魔術? 魔法じゃないのか?
【簡単にいうと魔術は魔法よりももっと、詳しく一つの事象を行使する為のものだから魔術のほうが効果が高い場合があるわ…】
【…貴方、どうやってこの世界に来たの?】
上位互換に近い感じかな? オリーブが補足の説明をしてくれる。
まだ考えている事が読まれているのか、俺の事がバレてしまった。オリーブは他の人に伝えるすべがある様には思えないから、素直に言うか。
【なんか、鏡にぶつかって気がついたらアレックスになってた】
【何よそれ…】
アレックスと入れ替わった原因の詳細がわからないため、ざっくりと説明すると今度は、真剣な声色から一転して呆れはててから静かになった。
「アレックス、君は記憶を失ってもまだ、冒険者を続ける気かい?」
「ああ、魔法はまた覚えて、他にも戦い方を覚えてまともに戦える様にしたいしな」
「…そうか、魔剣の使い手になったと聞いた。剣なら私が教えよう」
「じゃあ俺は、治療魔術教えてやるよ。前のアレックスには教えてやれなかったしな…」
「はいはーい、私も手伝う‼︎」
「僕も魔法を教えよう。君ならすぐに出来るようになると思うがな」
俺が冒険者を続けるという事が決まったお陰でラミナ、ローレン、クレア、そしてニコラスがそれぞれの得意分野を教えてくれる事になった。
ニコラスに尋ねられたが、俺がこの世界で生きて行く為、金を稼ぐ方法は複数あったほうが良い。食べ物を買う金すら稼げずに元の身体に戻る前に死んでしまった…そんな間抜けなことはしたくないしな。
もしかしたら死んで、元に戻れるかもしれないけど出来れば試したくはない。
俺が寝てたから、皆んなで遅めの食事をし、空が暗くなった頃に四人とも、病室を出て帰って行った。
俺はこれからの事を考える。元に戻る方法を探す事も目的の一つだが、冒険者ギルドでクエストを見て、ドラゴンの討伐依頼もあった。
ドラゴン。凄く、見てみたいし触りたい気持ちがある。
オリーブに聞いたが亜人もいるみたいだ。元の世界では会う事ができない存在達を見てみたい。
どんな姿をしているんだろうか、元の世界みたいに狼男とかドワーフとかエルフとか小説や漫画などの作品の中にいた種族は一体どこで会えるんだ? とか想像したらキリがない。魔法も使える様になりたいしな。
元の身体に戻るためにやるべき事は色々あるだろうけれど、少しだけ寄り道したって誰にも文句を言われる筋合いはないのだ。やりたい事もやってみよう。
こうして俺の自分勝手な考えのせいで、確実に元の身体に戻るのが遅くなってしまう事など、気づけるはずもなく、その日はすぐに寝た。
次の日からは、強くなる為、知識を得るための新たな生活が始まった。