その3
しばらく廊下を忍び足で進むと、俺の前を進んでいた金髪ゴシック美少女が、小声でささやいてきた。
「二人とも、この部屋じゃ」
金髪ゴシック美少女が指さした先の扉の足下に、さっき彼女がチョークで書き込んだ記号が書いてある。どうやら、本当に『確認済み』という符丁だったみたいだ。
部屋の中に入ると、そこには誰もいなかった。中は俺が目覚めた部屋より広く、テーブルもより大きなものだ。ここの部屋のテーブルの足も板状なので、その後ろに隠れられそうだ。
怪しまれないよう、扉は開けっ放しにしておく。テーブルの足を背中にして、三人横並びで両足を投げ出して座る。
これで入り口のところから部屋をのぞきこんだぐらいじゃ見つからないだろう。外はざわついてうるさいし、小声で話す分には問題なさそうだ。それにAK47を携えた兵士が近づいてきたら、俺にはすぐに分かる。
金髪ゴシック美少女が、大人びた顔をこちらに向けておじぎした。
「自己紹介がまだじゃったのう。わしはマリアン・ヤヴォルスキーという」
「改めて、あたしはリリ・コーカワ。家族名は亀の甲羅の『甲』に三本線の『川』と書く。名前で分かると思うけど、この都市の出身だ」
銀髪でやや童顔の褐色肌の美女、リリも軽く会釈した。
「自分はヤマル・エギンだ。わけあってこの都市に来た」
「ヤマル殿、あ、失礼した、エギン技士……」
「マリアン、三人とも同じ技士なのだから、自分のことは名前で呼び捨ててほしい。
それに、緊急時だから、敬称に気をつかうのは止めたい」
「あたしにも遠慮しなくていいよ、マリアン。ヤマルの言うとおりだと思うし」
「そうかの。先達の技士が言われるなら、わしも従おう」
咳払い一つ、マリアンはその青く光るような眼をこちらに向けた。
「ヤマル、おぬしがこの都市に来た理由、隠さずとも良いぞ」
「どういう意味だ」
「あんたも、チトセ・シジャン博士の赤紙をもらって来たんだろ」
リリはそういって、腰のベルトに手をかけ、書類の束を取り出した。体の特定の箇所に注目しすぎて、そんなベルトをつけていたとは気づかなかった。
「ほら、あたしたちも赤紙で呼び出されたんだ」
リリに倣うように、マリアンも紙の束を取り出した。いずれも赤い縁取りがある。
「わしら二人は、一度シジャン博士に会っておる。おぬしの名もそのとき聞いたのじゃ」
「悪いが、あんたが気絶している間に懐を検めさせてもらった」
俺は詰め襟の上着のボタンを外し、内ポケットの書類を取り出した。リリ達が持っているものと同じく、赤く縁取りされている。
俺たち技士は、義務的な研究開発活動の他に、任意で連邦技術局が依頼する任務を受けることがある。その中で、予想死亡率が1割を超える危険な任務を『赤紙任務』と俗に呼んでいる。任務を受けていることを証明する書類の縁が赤いからだ。
この赤紙任務という俗称は、旧地球の日本国で行なわれた軍部の強制召集になぞらえているのだが、実際には立候補した中から選抜されるのが普通なので、だいぶ趣は違う。
手当、任務中の金銭的・社会的支援、身体に障害を負ったときの保障、そして成功したときの名声――いずれも破格で、死ぬ危険があると知っていても募集に応じる技士・技手は多い。
それにしても、俺を含めて三人とも、技士になってあまり年月が経っていない人間が選ばれたとは意外だ。最後に一稼ぎしてやろうという老獪な技士が一人ぐらい仲間になるかと思っていた。
「メートル原器の製作で名高いヤマル・エギン技士と共に赤紙任務に就けるとは、技士の誉れと思っておる。若輩者じゃが、精一杯務めさせていただくぞ」
「恐縮だ。だが、今の事態は、その赤紙任務を受ける以前の問題だ。
そもそも依頼者であるシジャン博士から、任務の詳細も聞いていない。
任務のこと、いったいここで何が起きているのか、それを教えてくれるか」
「うむ……実は、任務の詳細はわしらも知らされておらんのじゃ」
マリアンが時折顔をしかめつつ、小声でこれまでの経緯を話し出した。
この1週間、二人はここ技術再現本部に出頭して、赤紙任務を受けた残りの一人である俺の到着を待っていたという。一応、台風による橋の倒壊、川の氾濫という、どうしようもない理由での遅刻であることを言い添えて謝っておく。
最初、広場の爆発音を聞いたときは、なにかの事故だと思ったらしい。
「ここは土木工事が盛んだからな。工事の爆発事故がたまにある」
リリが補足した。
なにごとかと地階に降りてみたら、技術再現本部前の広場のあちこちで続け様に爆発がおこり、石畳の敷石が飛び散り、馬車は倒れ、人が倒れていた。
リリとマリアンは、無事の人間は助けようと、入り口に倒れていて、まだ息のありそうな男を抱えて技術再現本部の中に運んだ。そのただ一人助けられた幸運な男が俺だったらしい。
「自分の周りに、兵士は倒れていなかったか」
「あんたの周りか……確か、近くの馬車の下に二人いたような気がする。馬車を起こして、生きてるか確かめる余裕はなかった」
「そうか」
あの兵士の、俺の無事を祈る言葉を思い出して、ため息が出てしまう。
俺は本当に、無駄に運が良い。
「リリもわしも、おぬしを運ぶだけで精一杯じゃった。許せ」
「あ、すまない。責めているわけではない。続けてくれ」
二人は技術再現本部の地階にある簡易診療室に俺の体を運んだ。そこで身を検め、俺が赤紙の任務を受けた当のヤマル・エギンだと知った。
俺がヤマルだと知ったリリは、なんと、わざわざ入り口まで戻って俺の鞄を拾いにいったそうだ。シジャン博士は、俺が到着しないと赤紙の任務は開始できず、詳細も話せないと言っていたので、リリは、任務に必須の物が俺の鞄に入っていると思ったらしい。
「赤紙にも、別の出頭依頼書にも、何か特別なものを持ってこいという指示はなかった」
「そうか、思い違いだったんだな。でも、入り口に戻ってよかったけどな」
「なぜだ」
「鞄を拾ったところで、銃を構えた兵士たちが向かって来るのを見つけたからさ」
敵兵らしき者は数十名ほど、広場から外に出る二つの道を両方塞いでいた。二人は広場を抜けて逃げるのは無理と判断した。
リリは、簡易診療室に戻って俺を背負うと、鞄はマリアンに持たせ、最上階である5階の奥、ほとんど使われていない会議室に逃げ込んだ。
建物の中でやりすごしていれば、そのうち助けが来る、と二人で隠れていたところに、巡回していた兵士の一人が部屋の中の二人に気づく。
女だと油断したのか、背中を向け、仲間を呼ぼうとした兵士の喉を、リリのウォーピックで一撃。
死体を机の下に運び、血の跡を拭って片付けた直後、俺が目覚めたというわけだ。
「しかし、戦闘のプロである兵士相手に、ずいぶん無茶をしたな」
「そういうおぬしこそ、クロスボウに仕掛けをして、兵士を斃していたではないか。
かのような技術、どこで学んだのじゃ」
「……あまりぺらぺらと話すことではないが、二人とも技士ならいいだろう。
自分は、軍部の依頼を受けて、機密情報をしまう大型の金庫を作るプロジェクトに従事していた。あのクロスボウの仕掛けも、毎日のように実験していた『罠』の応用だ」
「軍部と仕事してたってことは、あんた、軍事系に詳しいのかい?
兵士が持っていた、あの紋章がついた連射銃って……」
「キブノのAK47で間違いない。同じく、軍部の依頼で実物を計測したことがある」
キブノは大陸の中央部、山岳地帯を中心とした地域を支配する立憲君主制の国家だ。かつてはこの大陸の他のすべての都市と同じく、都市連邦の一員だった。百年ほど前、都市連邦の首相を決める選挙においてスキャンダルが発覚し、そのときのごたごたの結果、キブノは別の国家として独立した。
その事件から100年経った今も、都市連邦とキブノの国境付近では散発的に武力衝突が起きている。
「でもさ、キブノとの国境から、港湾都市のオーディチガワまで、いくつかの街をはさむぐらい離れてるよ。なんで、遠く離れたオーディチガワをいきなり襲うんだ?」
「この都市にしかない何かがあるとしか思えぬのう」
「そうだな。たとえば、襲撃するほど貴重な旧地球の遺物はないか?」
「うーん、宇宙船にあったというコンピューターの残骸を子どものころ見せてもらったけど、それに襲撃するほどの価値があったら、うちらの生活はもっと楽になってるよ」
違いない。旧地球の装置というものは、ほとんどが電子の流れを利用して動いていて、魔粒子があっては役に立たない。
魔粒子とは、この惑星から発せられている未知の粒子だ。魔粒子の流れは、静電気から雷まで、ありとあらゆる電気の流れに影響され、また干渉してしまう。
例えば、もっとも簡単な電子部品である真空管を作ったとする。その真空管ひとつだけなら正しく動くだろう。だが、周囲に配置した他の真空管は、魔粒子の影響を受けてまともに動かない。多数の電子部品を組み合わせた本格的なコンピューターは、この惑星上では再現できないだろう。
それだけではなく、他の電気的な装置も実用は難しい。
例えば、電子信号はあきらめて単純な電気エネルギーを利用しよう、と昔の人も当然考えた。だが、高電圧の電線を通したら、魔粒子の影響で数十メートル離れた林でいつの間にか火事が起きたり、周囲で魔粒子過敏症を発症する者が出たりする。
電力の利用は、例えば、周囲数キロに何もない砂漠の中央に建てられた工場などに限られる。これでも、装置を動かすとき、労働者は一時的にその工場から待避しなくてならないのだ。
それ以外にも、電気を利用する技術は研究されているが、あまり再現できていない。
そもそも、魔粒子というのは、俺たちのご先祖様ですら克服できなかった問題だ。
ご先祖様は、超長距離の宇宙航行で移動し、この地球を生物が住める星に作り替えるほどの技術力を持っていた。しかし、魔粒子を克服できずに資源が枯渇し、この惑星に不時着するしかなかったのだ。
俺たちが解決するとしたら、数千年以上の時間が必要だろう。
こんな環境下で、旧地球の産物でもっとも有用なものは、電子記憶のバックアップとして用意していた『膨大な量の紙の本』だ。俺たちの先祖が宇宙船で運んできた旧地球の文献は、謎の腐食防止措置が取られていて、今も多くがこの地上に残されている。
ただし、これらに書かれている知識はせいぜい21世紀初頭のものまでだ。その時代以降の知識は『膨大すぎて電子的な手段以外で保管できなかった』と記されている。
電子記憶を読む装置の作り方はもちろん書いてあったが、この惑星上じゃ机上の空論、宝の持ち腐れというわけだ。
「ならば、秘匿されている、わしらの知らぬ旧地球の知識なり技術がここにあると?」
俺は強く否定したくて、首を横に大きく振った。
「たとえ、そんなものがあったとしても、知識や技術は簡単に複製できる。スパイに複写させて、そっと自国に持ち帰ればいい。危険を冒して襲撃までする必要はない」
「そうなると、詳しくは分からぬが、この技術再現本部をわざわざ襲ってくる理由、リリとわしを探す理由。思い当たる節は一つじゃ」
「あたしらが受けた赤紙任務、こいつを事前に妨害しに来たというわけか」
かもしれない。それにしても、任務の内容を知らないうちから妨害を受けたんじゃどうにもならんな。
「シジャン博士とは、はぐれてしまったが、彼女もキブノ兵に捜索されているか、拘束されておるじゃろう。なんとかして救出、合流せねばならぬな」
「本気か。キブノ兵のAK47に、力で対抗する手段なんてそうそうないぞ」
20世紀級の自動装填式突撃銃、それがAK47だ。まともにその連射を受ければ、腕ぐらいなら一瞬で引きちぎられてしまうだろう。
一番の問題は、そんな銃をキブノだけが制式運用しているということだ。AK47の銃本体だけなら、都市連邦にも再現する技術力がある。しかし、肝心の弾を量産できないのだ。
連射銃の弾には金属薬莢を使う。金属薬莢式の弾を大量に生産するためには、金属を押し曲げ、好きな形に加工できるパワーを持った金属プレス機が必要だ。
この地球には、旧地球に存在したという石油・石炭・天然ガスといった高エネルギー源がほとんど存在しない。キブノだけが、その高エネルギー源なしに金属薬莢を量産する技術を持ち、秘匿している。
「そんだけ強い銃なら、こちらで奪って使えないのか?」
「無理じゃろうな。さっき、倒した兵士の銃や懐から、煙が上がっておったじゃろ。
ひとたび弾倉のロックを解除すると、弾倉に魔粒子を注ぎこんで静電気を発生させ続けぬと、弾ごと使えなくなるのじゃ。
キブノもAK47の弾が自分たちの生命線だと理解しておるからのう、都市連邦軍でもロック解除前の弾倉を奪取できた例は稀と聞いておる」
「ヤマルが壁越しのキブノ兵に気づいたのは、その静電気の魔術を感知したのか」
「そうだ。魔粒子は素粒子レベルの大きさで、20世紀級のコンクリート壁だろうが貫通するからな。魔術を使っていれば壁越しでも分かる」
魔粒子は人間の神経を流れるような微弱な電気信号にも影響を及ぼすが、逆にこれを利用し、神経を流れる電流を調整することで、魔粒子の流れを制御し、増幅させ、他の物体に電気的な反応を引き起こすこともできる。それが魔術だ。
魔術はこの惑星特有の――そして唯一の一般的な電気技術だ。研究が進み、静電気を起こし続ける、といった単純な魔術なら訓練で『ほぼ』誰でも、意識しないぐらい簡単に扱えるようになった。こういった魔術はAK47の弾倉だけではなく、木炭ガス灯やライターの点火、工場施設のスイッチなど、様々な機械や道具に使われている。
だが、もっと大がかりな魔術を使えるかは、個人の神経網の構造、要は体質に依存する。
「さっきマリアンが使った魔術はなんだ? 武器になりそうだが」
うなずいたマリアンが懐から取り出したのは、六連装のリボルバー拳銃だ。拳銃なのになぜか銃口の下にライフル用の着剣金具がついている。その金具には、おとぎ話に出てくる魔法のステッキのようなものが装着されていた。
彼女はそれを指さすと言った。
「わしは、この鉱石棒の内部に特定の周波数の電磁波を発生させ、閃光や光線を放つことができるんじゃ。ま、さっきは目くらましにはなったようじゃの。
それに、父に毎日のように射撃を仕込まれたからのう、銃には自信がある。
この先から魔術で真っ直ぐの光線を出して、狙いを付けて撃てば、ほぼ百発百中じゃ」
「あたしは、水を一気に分解して水素と酸素にできる。けど、こんな状況じゃ役に立ちそうにないね。
それに、あたしは何があろうが、魔粒子過敏症の奴の前で魔術を使うマネはしないよ」
リリの鋭い視線はマリアンの顔に移動した。
「そうじゃった。ヤマルにはすまぬことをした……」
「魔術を使えといったのは自分だ。それに、自分だって非常時なら、たとえ盲人の杖だろうが蹴っ飛ばすだろう」
「いや、非常時じゃろうが、二度とかようなマネはせぬ。申し訳ない」
マリアンの視線は、俺の胸元、魔術禁止を表わす赤い菱形バッジに向いている。
俺みたいに、魔粒子で神経の電気信号を乱されるのに弱い体質――魔粒子過敏症の人間は、この魔術禁止バッジをつけて周りに注意を喚起している。離れていてもAK47の静電気レベルの魔術に気づくぐらいだから、目の前で大がかりな魔術を使われたら、急な魔粒子の流れで神経が麻痺し、最悪死ぬこともある。
だから、俺が一緒にいるだけで、リリとマリアンの二人はせっかくの魔術を使えない、ということになる。
それだけではなく、急な電気の流れを伴う行動・道具・場所も、魔粒子の流れを誘発するので厳禁だ。近所に雷が落ちたら全身麻痺で死にかけるし、乾燥した地域で不用意に鉄製のドアノブを触って静電気がとんだりすると、その触った手が電気ではなく魔粒子で麻痺してしまう。
そりゃ、胎内で母親の神経網が生み出した微弱な魔粒子の流れのせいで神経が麻痺し、生の前に死を迎えた胎児よりかはマシなのかもしれないが……。
「――ん?」
物思いにふけりそうになったところで、地響きのような音が近づいてきた。




