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その1

 この新たな地球に住む我々は、自分たちが持つ技術のほとんどが旧地球の19世紀(クラス)に留まっていることを知っている。しかし、これが魔粒子まりゅうしのせいだと、普段の生活の中で意識する人は少ない。

 

                ◇ ◇ ◇

 

 10年近くも前、幼年技術学校の授業で朗読した、歴史の教科書の冒頭だ。

 どうしてそんなものを思い出してしまったんだろうか……。

 ……たぶん、19世紀の近世どころか、甲冑騎士が活躍する15世紀に建てられてそうな城壁が見えたからだな。

 

 目の前にだんだんと迫ってきている城壁は――測ってみると、だいたい15メートルぐらいの高さだ。灰色の継ぎ目ない壁は、20世紀級のコンクリート技術を使っているらしい。

 話に聞いたとおり、河川都市オーディチガワの土木・建築技術は優れているようだ。

 城壁の外には、都市税を払えない・ケチりたい人が大勢暮らしているようだが、貧民街にありがちなバラックではなく、田舎町の宿屋程度には立派な木造の家が建っている。

 

 その家々や店の間を、俺の乗った馬車がゆっくりと通り抜けていく。御者一人、護衛兵一人の馬車に、乗っている客は今や俺一人だ。他の乗客は都市への入場手続きがあるので、先に役所の前で降りていった。

 

 行き交う人々を観察してみる。

 各都市の例に漏れず、ここも袖口そでぐちえりにレースをあしらった19世紀ヴィクトリア朝のファッションが人気のようだ。ただ、海に面している都市だけに、水着に布をまとっただけのような格好の者も多い。

 俺みたいに装飾のない長袖の詰襟つめえりに長ズボン、と官吏みたいな格好は、温暖湿潤な気候のせいかまったく見られない。まあ、こっちとしては、台風が到来し始めた季節とはいえ、我慢できない暑さではない。

 

 そんなことをしばらく観察していたら、オーディチガワの城門がようやく見えてきた。

 幅・高さがきっかり5メートルの正方形の門とはちょっと珍しいな。

 城門の入り口に立っていた、門番らしき兵士の一人が小走りで近づいてきた。

 

「失礼します。都市入場許可証――もしくは留学許可証を出してください」

 

 おい、と俺の向かいに座っていた護衛兵が抗議の声を上げた。確かに、護衛兵がいる馬車のただ一人の客にむかって、身分確認をするのは冗長に思える。

 だが、こうやって平等に都市入場手続きをさせられるのは、都市連邦が法治国家として正しく運営されている証拠だ。個人的にはこっちの方が気分がいい。

 

「自分は技士、ヤマル・エギン。オーディチガワ都市評議会特別委員、チトセ・シジャン博士の赤紙任務を受け、参上した。都市入場手続きを頼む」

 

 懐から赤く縁取られた書類の束を取り出し、兵士の顔の前に突き出す。

 

「あ、これは――し、失礼しました……技士、恐縮ですが、ご本人証明をいただきたく」

「技士以上は両手の指紋が必要だったと理解している」

「はい、加えて身分証明書は写真の入った正式のものが必要です。お手数ですが」

 

 合図されたもう一人の兵士が、駆け足で青色のインクパッドと書類を持ってきた。技士とはいえ、俺みたいな若造にまでうやうやしくする必要はないのに。

 

 城門の脇の建物にいる都市入場審査官たちには、俺が来ることの連絡はきちんと届いていたらしく、指紋照合はすぐに終わった。

 

「ヤマル・エギン技士、二〇歳。確認できました。正式身分証明書をお返しします」

「ご苦労様、ありがとう」

 

 馬車が再び進みだす。城門をくぐると、そこでオーディチガワ全体を一望することができた。

 

 都市全体は、海岸線で半分に切られたすり鉢のような形になっていて、堤防が放射状と同心円状に築かれている。その間を縫うように、大小いくつもの川が流れ、灰色の道路が敷かれている。道路が灰色なのは、コンクリートのブロックで敷き詰められた石畳になっているからだ。

 

 道路の脇には木炭ガス灯が立っているが、隣に立っているものを見失うほど間隔が広い。裕福な都市には違いないが、さすがに都市外縁部にまで木炭ガス灯を密に配備するほどではないようだ。

 

 堤防の一つを越え、都市の中へと進んでいくと、石畳の道路の脇に立ち並ぶ店やアパートが見えてきた。そのいずれも、4階建て、背の高い四角柱を斜めに切り落としたような形状、のっぺりとした壁――と大きさと形が似通っている。

 その一方、外壁は、縞々(しましま)模様、星模様、幾何学模様、とさまざまな模様で、赤、青、黄、白と鮮やかな色のペンキで塗り分けられている。見ていて飽きがこない。

 じっと目をこらして壁の質感を見てみると、どの家もコンクリート造りのようだ。

 

「都市中コンクリートだらけだ。レンガ造りの田舎町出身としては驚くばかりだ」

「数年前は灰色一色でしたから、別の意味でもっと吃驚びっくりされたかもしれませんね」

 

 俺のつぶやきに、向かいに座っていた護衛兵が応じてくれた。

 

「最近、潮風に耐える、より高性能な腐食防止塗料が再現されまして、その塗料を塗るついでに、皆が染料を混ぜて色々な模様を描いたのです。

 おかげさまで、ご覧の通り、少しは見栄えのする都市になりました」

「その塗料の技術もシジャン博士が再現したのか」

「いえ、シジャン博士が呼び寄せた、塗料系の技手の仕事だったと聞いています。その功績が認められ、その技手は、技士に昇格したそうですが」

 

 なるほど。旧地球の知識は、それを必要とされるところに複製されて運ばれる。オーディチガワは大小多数の川が集まる河口に位置した海岸都市で、水害の多い地域だ。同じく山と川が多く、土木建築技術が優れていた日本由来の技術資料が集まっている。

 

 そういう歴史があるオーディチガワで仕事するとなったら、ある程度は日本語ができないと話にならないはずなんだが――その外から来たという塗料系の技手は日本語が話せたんだろうか。シジャン博士が通訳でも用意してくれたんだろうか。

 ふと不安になったので、道端にある標識や看板を改めて読んでみた。

 

「店の看板に知らない漢字が多いな。汎ユーロ語の旅行ガイドが必要そうだ」

「こうしてお話ししているかぎり、ずいぶん日本語は達者のようですが」

「日本語は、話す分には簡単だからな。読み書きはひらがな・カタカナで精一杯だ」

「そうですか。失礼ですが、あの漢字だけは覚えていただけますか」

 

 指した先には赤い菱形の標識があった。その下に、縦書きで漢字四文字が書かれている。

 

「魔術禁止、だね」

「はい。ただ、標識のあるところでも、魔粒子過敏症には充分ご注意ください。お恥ずかしい限りですが、この都市には、魔術を使うときのマナーを守らない者が多いのです」

 

 護衛兵の視線が俺の首元に落ちる。左の襟元には、標識と同じ、赤い菱形のバッジをつけてある。

 

「了解した。任務の前に魔粒子過敏症で死んだら情けないからな」

 

 と、言ったものの、実のところ、家々が見えてきたときから俺の右手足は痺れたままだ。

 まあ、うかつに真実を話すと、犯人捜しが始まって面倒なことになりそうだから、このまま黙っておくことするけれども。

 馬車が進んでいるのは魔術禁止地域の住宅街だが、大方、よその地域から来た客人が、タバコを吸うため魔術点火式のライターを使ったんだろう。仕方ない。

 便利なものはどんどん使って、人類がより裕福に、より技術が向上していけばいい。その方が魔粒子過敏症の俺だって結局は助かる。

 だから、これくらいの面倒は、仕方がないはずさ。

 

 ほどなくして体の痺れは取れ、護衛兵のオーディチガワ案内と日本語講座を聴いているうちに、目的地に着いた。

 

「長旅お疲れさまでした。オーディチガワ技術再現本部です」

 

 目の前にあるのは、総コンクリート造りの円柱型のビルだ。立っている位置が悪くて正確には測れないが、高さは26から30メートルほどだろうか。

 

 それにしても、人の頭ほどしかない窓がぽつりぽつりと等間隔に並んでいる建物というのは不気味に感じる。この建物だけ、他の家々と違って、コンクリート打ちっ放しのままの灰色の建物なので、余計にそう思ってしまう。

 

 入り口の横にはガラスのショーケースがある。それぞれのケースの上の壁に、三大技術のシンボルが彫り込まれている。

 

 ものごとを系統だてる『系』の技術の象徴、神殿。

 ものごとを計測する『計』の技術の象徴、日時計。

 ものごとを造型する『型』の技術の象徴、滑車。

 

 護衛兵が日時計のシンボルを指してにっこりと笑うので、仕方なく、俺はその『計』の技術が展示されたショーケースの前に歩み寄った。

 そこには、白銀に輝く、断面がH字型の金属棒があった。隅には3年前の年号が刻まれている。その金属棒の傍らに、日本語の解説文がある。

 

 

「メートル原器は、全ての長さの基準となるものです。

 旧地球で定義されたメートルと同じ長さになるよう、改良が続けられています。

 このメートル原器は、

 距離計の技手 ヤマル・エギン(後に技士)によって再現されました」

 

 

 俺は、襟元の魔術禁止のバッジに並んでつけてある『日時計』の銀バッジを、いつの間にか撫でていた。

 日時計は人類が最初に発明した計測器具で、万物を計る技術の象徴だ。

 そして、日時計の銀バッジは『計』の技術を持つ技士であることを示す。

 計の技士である俺には、計測する技術を再現する義務がある。

 

 俺は、魔粒子過敏症だ。真っ当に生きることすら、この惑星では許されていない存在だ。

 それが、様々な巡り合わせの結果、まだ生きている。

 人類の役に立つチャンスが来たからには、いつ無くなるかもしれない、この命を賭ける。

 そのためにここに来た。

 

「ヤマル・エギン技士」

 

 名を呼ばれて振り返ると、護衛兵が敬礼していた。先ほどまでの笑顔は消えている。

 

「技士が『赤紙任務』に成功し、メートル原器の再現に引き続き、またも人類の発展に貢献されること、信じております。どうか、どうか生きて還られますように」

 

 生きて還る、か――思わず苦笑してしまった。

 

「死亡率10%以上の任務は、すべて赤紙任務として扱われる。実際には、そこまで酷い確率ではないはずだ。でも、ありがとう」

「はっ、失礼します!」

 

 護衛兵はきびすを返すと、小走りで馬車に戻っていった。

 

「あ、ちょっと待ってくれ!」

 

 馬車の乗り口に足をかけていた護衛兵は、わざわざまた小走りで戻ってきてくれた。

 

「差し支えなければ、貴官の名前を教えてくれないか。覚えておきたい」

「は、申し訳ありません。何か粗相を――」

「あー、いや違う、上に報告するとか、そういうことではない」

「では、なぜでしょうか」

 

 なぜか。

 なぜこの兵士の名前を俺は覚えておきたいのか――それは、分からない。

 

「すまない。なんと言ったらいいか。

 日本語が簡単なんて嘘だな。日本語って難しい」

 

 俺とほぼ同い年に見える護衛兵は、微笑んで敬礼した。

 

「いえ、こちらこそ失礼しました。小官の名前は――」

 

 ドン! と空気をつんざく爆発音で護衛兵の声が途切れる。風圧でふらついた体を立て直すと同時、破裂音が広場に鳴り響き始めた。

 

 反射的に伏せて顔だけを上げる。

 

「銃声か!?」

「エギン技士! 立ってこちらへ、馬車の影へ!」

 

 護衛兵が俺の手を取って、馬車の元へと引っ張っていった。

 馬車の近くに来たところで再び伏せ、ざわめきと爆発音の中で必死に耳を澄ます。

 

 間違いない、この破裂音は銃声だ……どうして、都市のど真ん中でいきなり銃撃戦が!?

 

「撃ってきてるのは向こうから……なら、エギン技士は建物の中へ!

 ここからまっすぐに走ってください!」

「分かった!」

 

 そう返事して、立ち上がった瞬間。

 爆発音とともに、馬車が吹き飛んできた!

 

「なっ!?」

 

 とっさに手にしていた鞄を持ち上げて盾にする。体全体に受けた圧力で、肺の空気が全部抜け、体が浮いたところまでは分かった。続く背中への衝撃の後、俺の視界は失われた。


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