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第八話       この世界を楽しもう

 夕食が済んだ後(メニューは白米と煮魚だった。プレイヤー達の努力により、日本食は大体食べられるとか)、俺達はどちらから言うでもなく俺の部屋に集まっていた。


 蝋燭が薄ぼんやりと照らす部屋の中、雫は椅子に腰掛けて呆然と呟く。


「なんか、凄いことになっちゃったね」

「あぁ……未だに、全然実感無いけど」

「あは、私も。えい」


 身を乗り出し、雫はベッドに座る俺の頬をつねる。

 痛い。普通に痛い。


「なにをする、えい」

「いひゃい」


 お返しにつねり返すと、雫も当然痛がる。

 夢じゃない。何度確認しても、これは現実なのだ。


 お互いに手を離して、小さく溜息。


「……なんか、ごめん。私が一緒にやろうって言ったから」

「お前がやってるの見て、やりたいって言い出したのは俺だよ。それに、こんなこと想像もつかねえだろうしな」


 目が覚めたらゲームの世界に、なんてことを常日頃から考えていたとしたら、そいつは間違いなく気が触れてるだろう。


「……鋼、なんか落ち着いてるね。私は正直いっぱいいっぱいなんだけど」

「うん、自分でも少し不思議だ。もっと取り乱しても良いと思うんだけど、あれかな、最初のドラゴンで死ぬ覚悟まで決めちまったからかも」


 当然だけど、あんな経験は初めてだった。本気の死の気配が鼻先まで迫って来たのだ、もうそれ以上に驚くことなんてそうそうあるまい。


 いや、単純に現実感が無さすぎて麻痺してるだけかもしれないが。


 いずれにせよ、俺自身驚くくらいに、今は落ち着き払っていた。


「あーでも、せめてもう少しプレイしてから飛ばされたかったな。チュートリアルしか終わってないから、なにも分からん」

「鋼はそうだよね。まだ寝るまで時間あるし、メインストーリーについて簡単に説明しようか?」

「ああ、そうだな。頼むわ」


 ネタバレとかもう気にしてられないし。


 俺が頷くと、雫は待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべ、咳払いを一つ。さっきまでの不安げな様子はどこへやら、意気揚々と説明を始める。こいつは根っからのゲーム好きなのだ。


「まず、ISODっていうゲームは、竜の復活にまつわる物語なんだ。古の邪竜、レシアスを倒して世界を救うお話さ」

「なに、プレイヤーはドラゴンボーンとかドヴァーキンとか呼ばれたり――」

「しない。シャウトも使わない。それ別のゲームだから。そもそもあっちはアクションRPGだけど、こっちはローグライクだからね。

 だから当然、メインとなるのはダンジョンだ。メインダンジョンは『古の竜巣』って所で、この最深部には神話の時代に大暴れした邪竜が封印されていたんだ。だけど、その邪竜を信仰する一部のリーネランが、それを復活させてしまうんだ」

「なんだ、リーネランって悪者なのか?」


 俺もこの世界ではリーネランらしいのに。

 石投げられたりしたらやだなあ、とか思っていると、雫は苦笑しながら否定する。


「そうとも言い切れない。リーネラン達は竜を信仰してるけど、封印されていた邪竜を信仰していたのは極一部だからね。竜にも良い竜と悪い竜がいるんだよ。

 で、邪竜の復活によりここディアナの地にはモンスターが湧き、そして数多のダンジョンが発生するようになった。この辺りからプレイヤーが参加してくる感じかな。ロールプレイ重視のゲームだから、主人公に関しては設定とか何も無いんだけどね」

「で、いきなり飛行船が墜落してあの洞窟で助けられる、か。じゃあ、ラナイ達は何者なんだ?」

「彼らは良いリーネランだね。……本当だよ? ま、ラナイの人間性はともかく、邪竜を信仰していた側じゃない。むしろ、邪竜を再び封印するのに協力しようと王都に向かう途中なんだ。彼らは長命で魔法に長け、なにより竜に関しては詳しい。ストーリーでも、実質的には彼らのために奔走する感じかな」

「……あの野郎のためにか?」


 こちとら腕ぶった斬られてるんだけど。


「あはは、まあ封印の方法を知ってるのは彼らだけだから。で、実際にすることは封印に必要な石を三つ集めて、『古の竜巣』の最深部まで行って、邪竜を倒せば第一部完。割とメインストーリーはシンプルでね、それだけに絞ると下手すれば五時間くらいで終わっちゃうくらいなんだ」


 RTAだと四十八分くらいだったかな、と雫は付け加える。


「へえ。にしちゃ、たしかワールドマップとかあったよな? 普通のローグライクって、結構ダンジョンと拠点となる町しかないってパターン多いのにさ」

「このゲーム、サブクエストとか多いからね。さっき言った三つの石だって、それぞれメインダンジョンとは別の三つのダンジョンにあるし。世界観自体もかなり壮大でさ、それについて話すと一晩じゃ終わらないくらいなんだよ。

 ははっ、だからかなあ、私あんまり違和感は無いんだ。ゲームは見下ろし型の2Dゲームなのに、こうしてこの世界に投げ入れられても、ここがディアナなんだって納得しちゃってる」


 信じられないけどね、と雫は言うが、その顔には不安だけではなく期待感のようなものも透けて見えた。


 ――あぁ、こいつのこの顔は、よく知っている。


 新しいゲームを買ってきたとき、それをぎゅっと胸に抱いて、こいつはそんな顔をするのだ。


「雫」

「ん? なに?」

「折角だ、楽しもうぜ、この世界を」

 俺がそう言うと、雫はしばらくきょとんとしてから、ぱあっと満面の笑みを咲かせる。


 ったく、正直な奴。


 不安なのも本当だろう。可能なら今すぐにでも帰りたいだろう。しかし――それと同じくらい、わくわくしているのだ。雫も、そして多分俺も。


 どのみちすぐには帰れそうにない。今日寝て明日目が覚めて、それでもこの世界にいたとしたら、素直にこの世界を受け入れ楽しもう――俺は、半ば開き直るつもりでそう決めたのだった。


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