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第七話       大事な約束

 結局、雫はあれから十五分ほど悩んだ後、最終的には本名をそのままに登録することにした。


 結局かよ。


 そして晴れてギルドの一員となった俺達は、鉄心の先導で早速部屋へと案内される。


「――あぁ、そういや聞いておくが、部屋は別々にするか? ちょっと広めの二人部屋もあるけど」

「え? 普通に別々で頼むよ。年頃の男女だぞ、一応」

「ねえ? プライバシーは欲しいよ」


 俺達がそれぞれそう言うと、鉄心は少し意外そうな顔をする。


「そうなのか。恋人同士なんだし、てっきり二人部屋の方が――」

「ちょ、違うぞ鉄心。俺達は幼馴染みであって、恋人同士じゃないぞ?」

「そ、そうだよ。びっくりしちゃうなあ」


 二人で慌てて否定すると、鉄心は今度は最早怪訝そうに顔をしかめる。


 いや、これは照れ隠しでもなんでもなく。俺と雫の関係は、あくまでも仲の良い幼馴染みである。


「……お前、ただの幼馴染みのために死ぬ気でドラゴンに突っ込もうとしてたのか?」

「ただの、なんて言う程浅い縁じゃねえよ。こちとらもう十年来の付き合いだ」

「そういうもんかね……んじゃ、それぞれ一部屋ずつってことで良いな。部屋は隣同士でいいだろう?」

「うん。その方が行き来が楽で便利だしね」

「あっそ……もうお前らよく分からねえよ。なら部屋はここだ、二一八号室と二一九号室。内装はどっちも同じ、トイレはついてるが風呂は共通、一階に大浴場があって朝五時から夜十二時までやってる」

「んじゃ俺二一九で」

「じゃあ私は二一八」


 鉄心からそれぞれ鍵を貰い、早速中に入ってみる。内装は極めてシンプルで、ビジネスホテルを少し広くしただけといった印象。独特な点と言えば、当然ながらテレビや内線電話なんて無いという点と、照明が蝋燭であるという点、それから剣などを置く武器立てが部屋の隅にあるという点くらいか。内側の部屋のなので、窓からは立派な中庭が見える。悪くない風景だ。


 廊下に戻ると、雫も中々満足げな顔をしている。最低限のものは揃っていたし、これに文句を言うのは贅沢というものだろう。


「気に入ったか? ならなにより。分かると思うが、この部屋はかなりの安宿だ。もうちょい良い部屋なら照明もスイッチ一つで使える魔法照明になるし、ベッドももうちょいマシになる。精々頑張って金稼いで、さっさと拠点を移すこったな」

「まあ、仮の宿ってことで使わせて貰うよ。ちなみに、鉄心はどこに住んでるんだ?」

「オレか? オレはこっから南のパレオスって村のあばら家に住んでる。つっても半分倉庫で、実際はいろんな所転々宿暮らししてるけどな」


 近くに来たら案内してやらあ、と自慢げでもなく鉄心は言う。


 十代で自分の家を持ってるとか、現実だったら凄まじい話だな……


「へー、家持ってるんだ。ゲームだと割と序盤から手に入るけど、こっちではどうなの?」

「流石にゲームほど簡単じゃねえが、そこまで難しくもねえよ。普通にこつこつ稼いでいけば、一年以内にそのくらいの金は溜まる。それを当面の目標にしてもいいかもな」


 実際そういう奴は多いぜ、と鉄心。たしかに、自分の家を持つというのは中々夢のある話である。


 で、だ。


「結局、金ってどうやって稼ぐんだ?」


 ずっと抱えていた素朴な疑問を口にする。鉄心やユイナさんの口振りからして、恐らくそこまで難しいことではないと思うのだが。


「あぁ、そういやお前は初心者だっけか……その点はゲームと同じで、まずは町の住民からの依頼で稼ぐことになるだろうな。アイテムの納入だったり、護衛だったり、モンスター討伐だったり、パーティーでの演奏だったり――依頼は簡単なもんから命掛けのもんまで多種多様だ。自分で出来る奴を探して小銭を稼ぐといい。依頼の難度は大体ゲームと同じだから、雫に聞くといい」

「依頼か、なんかファンタジーっぽいな」


 ちょっとわくわくしてきた。男の子だもの、みつお。


「ちなみに、依頼はどこで受けられるの?」

「普通は各都市の冒険者ギルドだが、このアケストに限っちゃここ『プレイヤーズギルド』の一階で管理してる。ここが一番冒険者が集まるからって、冒険者ギルドにスペースを貸し出す形で共同運営してんのさ」

「へー。じゃあやっぱり、しばらくはここに居つくことになりそうだな」


 職場まで徒歩零分。最高と見るべきか、最悪と見るべきか微妙なところである。

 一通りの説明を終えたところで、鉄心は「さぁて」と一息つく。


「こんなもんかね……あとは個人的なアドバイスを幾つかして、オレのチュートリアルは終わりだ。

 まず第一、攻略wiki――じゃねえ、図書館を使え。特に雫、ゲームとの違いを把握しておかないと痛い目見たりするからな」

「ん、了解です」


 素直に頷く雫。まあ、根が真面目な雫のことだ、言われずとも情報収集は怠らないだろうけれど。


「次に第二、[一ヶ月は敵と戦うな]。これは絶対に守れ。絶対にだ。スノースライムからも全力で逃げろ」

「え、えぇ!? 戦うなって、じゃあ討伐依頼とかどうすんのさ」


 あんまりにもファンタジー全否定の発言に、流石に俺は反発する。


「んなもん受けようって考えが間違いだ、この馬鹿。お使いクエストをこなしてそれなりの防具が揃うまで、冒険者らしいことをしようだなんて考えねえこった。『プレイヤー』の死亡率が一番高いのは、最初の一ヶ月だっていうからな。粋がって死ぬより、臆病と笑われても生き残る方がずっと良いだろ」

「そりゃそうだけど……実際にスノースライムからも逃げてたら、お使いクエストもままならないんじゃないのか?」

「意外となんとかなる。ならなくてもクエスト失敗するだけだ。失敗のペナルティーは大体軽いから安心しろ、なにより命が最優先だ。これは絶対だからな?」

「むぅ、分かったよ……」


 流石に少し拗ね気味にもなる。男の子だもの、みつお。

 しかし、鉄心がそこまで言うのなら、この約束はしっかり守ることにする。今日一度死に掛けて、命の大切さは痛感したところだし。


「雫も、約束できるな?」

「うん、約束する。一ヶ月間は戦闘しないよ」

「よし。それで一ヶ月は生き残れる。一ヶ月もてば、後は無茶さえしなけりゃそうそうは死なねえからな。

 で、最後に、プレイヤーズギルド主催の講習会に出ること。これはアドバイスっつうか、お願いに近いかな」

「お願い?」


 アドバイス、約束ときて最後はお願いとは妙な話である。

 こちらの疑問に、鉄心は何故だか唐突に面頬を装備しながら言う。


「えーとだな……今やってる講習会、役に立つはずなんだけど、参加者が少ねえんだよ」

「? それでなんで鉄心君がお願いするの?」

「……講習会開こうって言い出したの、オレなんだよ」


 そっぽを向きつつ、消え入りそうな声で鉄心は告げた。


 あぁ、なるほど……自分の企画が全く受けないほど、遣る瀬無いことはねえよな……


「絶対役立つのにさ、皆見向きもしやがらねえの……我流の剣の持ち方とか、見てて危なっかしいんだよ。強い奴に教えて貰った方が良いのにさ、皆見栄張っちまってさ……」


 面頬の中で口をモゴモゴさせる鉄心。口の悪さとのギャップもあって、悪いけどちょっと笑える拗ねっぷりである。


「分かった分かった、行くよ。オススメとかあるのか?」

「お、来るか!? えーとな、お前たしか魔法使いだろ? だったら水曜日の『アイザックの魔法入門』がオススメだぞ! 講師のアイザックはちょっと気難しい奴だが、一ヶ月受けりゃ実戦使えるレベルの魔法は覚えられる。雫は戦士だから、木曜日の『麗華の前衛道場』が良い! 麗華の奴は馬鹿っぽいけど実力は確かだ、真面目にやれば基本的な前衛の立ち回りはマスターできるはずだ。あと、オレも隔週で『枕木鉄心の生存戦略』って講習をもってるから、気が向いたらこれにも来い」


 途端に元気になる鉄心。意外と素直な奴である。


 しかし、思ったんだけど……


「お前、かなり世話好きなんだな……」


 お人好しというがお節介というか。


「う、うるせえ馬鹿。んなことねえし」

「いや、私もそう思うなあ。親切さんだよ、鉄心君」

「少なくとも、俺達は感謝してるぜ? ここに来て最初に会ったのが、お前で本当に良かった。ドラゴンの件を抜きにしてもな」


 これはお世辞でも社交辞令でもなく、本当に。きっとこれが他の誰かだったら、俺達は唐突に投げ込まれた未知の世界で、もっと不安に震えていただろう。


「かっ、なに言ってんだ間抜け。大変なのはこっからだ、一日目を乗り切ったくらいで、ハッピーエンドみたいな顔してんじゃねえよ馬鹿。

 ――死ぬんじゃねえぞ、絶対」


 照れ隠しなのか、殊更ぶっきらぼうにそう言って、鉄心は去っていく。その小さくも頼れる背中を、俺達はただただ見送るのだった。


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