幕間 不穏な気配
――時は少し戻り、場所は『プレイヤーズギルド』最上階の一室。質の良い必要最低限の家具だけで揃えられたギルド長室に、鉄心の姿はあった。
彼は慣れた様子でソファーに腰掛け、秘書に出されたジュースに早速手を付ける。
「――珍しいじゃないか、呼んでもないのに君から来るなんて。なにかあったのかね、鉄心」
そして彼の向かいに座るのは、四十前後に見える総髪オールバックの男性だ。ぴっしりとしたスーツを身に纏ったその男は、にこやかに鉄心に話し掛ける。この男こそ『プレイヤーズギルド』の長、スノア・クレイドルだった。
「あぁ、お忙しいところ悪いな旦那。ちょっと耳に入れておいてほしいことがあったんだ」
敬語こそ使わないが、鉄心は他の年長者に対するときより明らかに丁寧に話す。スノアの立場と人柄に、彼なりに敬意を払っているらしい。
「なにかね。たしか君は今日、新たなプレイヤーを迎えに行ってくれてたはずだが、そのことになにか関係が?」
「察しが良くて助かる。いつも通り、適性審査も兼ねて町に着くまでは陰から見つからないようについて行くつもりだったんだが――道中、そいつらがレッサードラゴンに襲われたんだ」
「レッサードラゴン? あの森で?」
スノアが思わず聞き返すのも無理は無い。洞窟からアケストの町までの森は、ゲームでも初心者が必ず通る道だ。通常ならば、スノースライムなどのほぼ無害なモンスター以外出てくる場所ではない。
「ついでに言うと、確証は無いんだが、オレ以外の誰かが今回のプレイヤーをつけていた可能性がある。見付けられはしなかったが、オレも気配は感じたし、プレイヤーの一人も視線を感じたらしい」
「つまり、その何者かがレッサードラゴンを呼び出した可能性があると?」
「否定はできない。少なくとも、人為的な何かが無い限り、あそこにレッサードラゴンなんざ出てくる筈が無いのはたしかだろう」
鉄心の報告を聞き終えると、スノアはふうむと深く考え込む。
「だとすると、一体何が目的なのか……」
「単なる愉快犯じゃないのか?」
「安直に決め付けることはできんよ。なにせ、こういうことは初めてじゃない。以前から何回か、初心者があの森で通常出現しないモンスターに襲われることはあっただろう」
「まあ、そりゃな。だからこそわざわざギルドの奴が出迎えするようになったんだし」
「原因を突き止めなければ自体は好転しない。そしてそのためには相手の目的を正確に捉えなければならない」
「つってもなあ……一体誰が、わざわざ初心者ぶちのめして喜ぶんだよ?」
疑問がそこに行き着くと、二人は揃って唸るしかなくなる。愉快犯と決め付けるのはたしかに安直ではあるが、それ以外の理由は思いつかないのだ。
「ううむ、この初心者殺しだけではなくて、プレイヤーキラーの件も未解決だというのに……」
「あぁ、例の都市伝説か?」
「実際に被害は出てるんだ、ただの噂話だとは捨て置けんよ。そちらについても、なにか情報があったら伝えてくれ」
「了解。んじゃ、一応報告は以上だ。失礼するぜ旦那」
「ご苦労様――っと、そうだ」
立ち去ろうとする鉄心を、スノアは思い出したように引き止める。
そして振り向く鉄心に、スノアは一つ質問を投げかけた。
「君から見て、今回のプレイヤーは有望そうかね?」
「んー、どうだかな。素の身体能力は正直両方期待できそうにねえよ。普通の男子高校生と、ひ弱な女子高生って感じだ。ただ」
「ただ?」
「女の方は頭がきれるみたいだし、男の方はドラゴンに挑む度胸がある。『有望』かはともかく、少なくともここ最近じゃ、一番『面白そう』だ」
鉄心はそう言って、心底楽しそうに笑う。
そんな彼につられて、スノアも「そうかい」と微笑む。
「それはなによりだ。では、その二人がちゃんと生き残れるように、先輩として教授してやってくれ」
「言われずとも。簡単に死なすには惜しいやつらだ、精々口うるさい先輩をやってやるさ」
鉄心はそう言い残し、今度こそ部屋を出て行くのだった。