第六話 ギルドについてあれやこれ
食事の後、俺達は鉄心に連れられてギルドの二階へと移動する。こちらは壁ぶち抜きでフロアになっている一階とは違い、多くの部屋がずらりと並んでいる普通の宿屋のような構造。しかし中央には役所か病院の受付カウンターのようなものがあり、俺達の目的地はそこだった。
鉄心が手を挙げると、カウンターの中で書類整理をしていた眼鏡の女性は、その手を止めてにっこりと微笑む。
「あら、おかえりなさい鉄心。お出迎えご苦労様でした。問題ありませんでしたか?」
「いんや、道中レッサードラゴンに襲われた。なんとか無事だったが、きな臭え気配がしやがるぜ」
「それはまあ……向かったのが貴方で良かった、他の者だったら対応しきれていたかどうか。とにかく、その件に関してはマスターへ報告をお願いします。奥にいる筈ですから、直接説明した方がいいでしょう」
「了解、と。二人には大まかなギルドの目的は説明してある。具体的な恩恵と制限を説明してやってから、加入手続きをさせてくれ」
終わる頃には戻ってくる、と鉄心は後手に手を振って廊下の奥へと進んでいく。彼も彼でなにか義務があるらしい。
お出迎えってことは、鉄心は偶然居合わせたんじゃなくて、初めから勧誘するつもりで俺達を見張ってたのか……
そう考えると餡パンについて知ってたこと、それにあの絶妙のタイミングで助けに現れたことも納得だ。一体いつからつけられていたのかは分からないが、そう言えば道中雫が視線を感じるとか言ってたっけか。
と、そんなことに考えを巡らせる俺に、受付のお姉さんは「どうぞお掛けください」と着席を促す。
「あ、はい。よろしくお願いします」
「します」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。私、『プレイヤーズギルド』総合受付案内係のユイナという者です。大まかなことは既にご存知とのことなので、私からは具体的にギルドに入るとどんなことができて、どんなことができなくなるのかを、こちらのカードでご説明させていただきます」
そう言って、ユイナさんはカウンターの内側から二枚のA4くらいのカードを取り出し、俺達の目の前に一枚ずつ置く。そこには簡単なイラスト付きで『プレイヤーズギルド加入特典と義務』という内容が書かれている。
もう案内もマニュアル化されてるんだ……
下の階にも結構な数の『プレイヤー』がいたが、実際は更に多くの人々がこの世界に迷い込んでいるということなのだろう。
「と言いましても、そう難しいことはありません。要点を掻い摘んで話しますと、まず最大の特典はこの世界についての情報が手に入るということでしょう。我々ギルドがこの五年で集めた情報は全て整理され、この建物の別館にある図書館にまとめられています。その内容は多岐に渡り、世界地図から各店舗の品揃えまで網羅しています。ふふ、鉄心なんかは皮肉混じりに『攻略wiki』だなんて呼んでますね」
「それはまた……」
あいつ、センス尖ってんなぁ。
「そして次に、こちらに来たばかりのプレイヤーには最大三ヶ月、格安でこのギルド運営の宿を斡旋しています。また、初期状態では所持金零であるということを配慮し、三ヶ月分の宿泊料のお支払いは最大半年間猶予されます」
「当面の寝る場所は確保してもらえる、ってことですか」
ほっとした様子で雫は言う。
「ええ、更にギルド運営の宿では基本的に食事も付きますので、食についてもご安心ください。宿代も少し慣れてくれば三ヶ月分くらいは簡単に稼げますので、過剰に心配することはございません。ギルド運営の宿は世界の主だった都市にはありますので、拠点を移動してもその恩恵は受けられます」
「食事までつくのか……至れり尽くせりですね」
「ふふ、地方によって料理が異なりますので、中には美食の旅に出る方もいらっしゃるんですよ。それから、ギルドでは実践的情報共有の機会として、定期的に各種講習会、あるいはチュートリアルを開催しております」
「げ、チュートリアル……」
思わず右腕を押さえてしまう。既にトラウマと化している。
そんな俺の反応がツボに入ったらしく、ユイナさんは初めて素の笑いを漏らす。
「っくく……し、失礼しました。大丈夫です、腕を斬り落とされたりはしませんよ。低レベルのモンスターを練習相手とした戦闘訓練や、魔法理論の授業、錬金術などの講習会では実際に材料のある場所まで赴いたりもします。参加者は正直まだそう多くはないのですが、面倒臭がらずに参加してみると必ずお役に立つはずです。特に初心者のうちは頼りになる先輩を見付ける、という目的もありかも知れません。――とりあえず、鉄心と仲良くしておいて損はありませんよ。彼はああ見えてかなりの実力者ですし、その、あれで身内にはとても甘い所があるので」
最後は小声で付け足し、ユイナさんはちょっと小悪魔じみたお茶目な笑顔を見せる。営業スマイルではなく、こちらが彼女の素なのだろう。
「たしかに、ちょっとそんな感じが……鉄心君、既に牙くれたし」
「あら。牙って、レッサードラゴンのですか? 全く、彼はもう、本当に欲しいもの以外はすぐに人にあげちゃうんですから……
と、少し脱線してしまいましたね。今までは主だった特典を挙げてきましたが、次は義務や制限について述べさせていただきます。
まずは情報共有の義務です。なにかイベントが発生した場合、未開の地を発見した場合、特殊なスキルや魔法を発現させた場合、ギルド員には報告の義務が生じます。そうやって情報を蓄積していけば、他のギルド員にも資することになりますから。具体的には、三ヶ月に一度最寄りのギルド関連施設に報告書を出していただきます。勿論、それを待たず、なにか見付け次第報告していただくのが一番なのですけどね」
「それって、例えば狩場を独占するために報告義務を怠った場合、どうなるんですか?」
流石はゲーム脳というべきか、雫は間髪入れずにそんな質問を放つ。
「発覚し次第、罰金やギルド員としての特典の長期没収、最悪の場合ギルド員の資格を剥奪されることもあります。更に、ストーリー進行の妨害などが発覚した場合、ギルドの精鋭が『排除』に向かう可能性もありえますね。――正直、ギルドの特に古参の方々は、停滞している現状に焦れています。どんな小さな手掛かりでも欲しいという状況なので、ストーリーとの直接的関連に関わらず、隠匿に関しては想像以上に重いペナルティーが掛けられるでしょう」
絶対にお控えください、とユイナさんは静かに、しかしはっきりと念を押す。
なるほど……この世界の、正確に言うなら『プレイヤー』たちの現状については、なんとなく掴めてきた。我慢も限界の破裂寸前、ギルドの特典の豊富さも、少しでも人材を集めて新たな発見の可能性を増やしたいがためのことなのだろう。
五年の停滞。
まだ十七年しか生きていない自分にとって、それは想像もつかない程に重苦しいものだ。
「次に、こちらは義務ではなく制限となるのですが――『プレイヤー』以外のこの世界の住民、便宜上『NPC』と呼ばれる方々に対し、一切の非人道的行為を制限します。殺害は勿論、傷害や窃盗、各種嫌がらせや悪戯なども禁止です。『NPC』個人に対してだけではなく、町の破壊などで彼らの運営する都市機能にダメージを与えることなども禁じます」
「それは、どうしてですか?」
「逆にお聞きしますが、貴方にはラナイやルーシアスがどう見えました?」
「え、どうって……人間と、別に変わらなく見えました、けど」
唐突に聞き返されて、俺は戸惑いつつなんとか答える。
しかし、その答えが正解だったらしく、ユイナさんは満足げに頷く。
「そうだと思います。そして、つまりはそういうことです。我々『プレイヤーズギルド』は、『NPC』を人間として扱います。人間に対しては傍若無人に振る舞うことは許されない。そうでしょう? ――個人的な話になりますが、私『NPC』という呼び方も嫌なんです。言うなれば、彼らは『原住民』であり、我々は『来訪者』です。私は少々行き過ぎかも知れませんが、ギルドは基本的にそう言った考え方で動いています」
「『原住民』と『来訪者』……分かりました。私は了承します。鋼は?」
「俺も、その考え方には賛成だ。町を歩いてる人たちだって、とてもじゃないが作り物なんかには見えなかったしな。特典も制限も、了解しましました」
俺達の答えに、ユイナさんは安堵の笑みを漏らす。
「理解していただき感謝致します。ではどうぞこちらに名前と、拇印を。こちら魔法の掛かった羊皮紙となっておりまして、署名と拇印によって発動し、以降こちらで解除されるまで証明書など無しでもギルド員であると判別できるようになります」
「そりゃ便利だ。んじゃ早速――」
「ととっ、お、お待ちください! すみません、大切なことを言い忘れていました!」
初めて見せる大慌てっぷりで、ユイナさんは俺達を制止する。というか、いつ盗ったのか、気付けば俺達の手にしていたペンが指から抜き去られていた。
す、すげえ早業……実は職業盗賊とかじゃねえのか、この人……
ユイナは深呼吸を一つ、無理矢理先程までの営業スマイルを貼り付けて説明に入る。
「ふぅ……ここでの署名は、今後少なくとも当ギルドではずっと使われる名前となります。例えば私、本名は田中結菜と申しますが、この世界では片仮名三文字でユイナという名前で通しています。勿論手続きをすれば後から変更することも可能ですが、ここで使いたい名前を記入しておくことをお勧めします」
ではどうぞ、とユイナさんはペンを再び渡してくれる。
と、言われてもなあ……
別に自分の名前に不満がある訳でもない。わざわざ片仮名にする必要も、黒金という姓を消すこともないだろう。
というわけで、俺は素直に本名フルネームを書き入れて拇印を押す。すると一瞬俺の全身が青い光をまとい、それにて俺の加入手続きは完了した。
横目に雫を見れば、なにやらペンを持ったままうんうんと唸っている。
「……なにしてんだよ、さっさと決めろよ」
「か、簡単に言うけどさ、自分の名前決められる機会なんてそうそう無いよ!?」
「そうですよ鋼さん。世の中には自分の名前にコンプレックスを抱いてる人も多いんです!」
何故か加勢し力説するユイナさん。彼女もまさにその一人らしい。
「つったって、お前が仮にピーチとかゼルダとかっつう名前にしても、俺はずっと雫って呼ぶぞ?」
「なんで姫縛りなの……名前自体を変える気は無いけどさ、漢字を変えたりさ、あるじゃない。片桐の桐の字を天候の霧にするとか、格好良くない?」
「どうでもいいわ」
変わんねーよんなもん。
「よくないですよ鋼さん! そう言う所、繊細な人は繊細なんですから! あ、ちなみ本名で登録していない人を本名で呼ぶのはマナー違反ですからね? 私のことを田中と呼ぶのはお止めください。さもないと――」
と。
どうやら用事が終わったらしく、奥から鉄心が戻ってくる。
「おーい、こっちは終わったぜ。そっちはどうなってんだユイナ。ちんたらやってんじゃねえだろうな。ユイナー、おい聞いてんのか田中――」
ひゅん、と。
聞こえたのは風切り音だけ。瞬きの後には、俺が先程まで借りていたペンが、鉄心の額当てに真っ直ぐ刺さっていた。
「……こうなりますので、お気をつけください」