第五話 プレイヤーズギルドへの誘い
アケストの町まではそう遠く無かった。あの後、お互い簡単な自己紹介をしている間に(道中一度スノースライムに出くわしたが、俺達が構えるより早く鉄心が持ち帰り用の肉にした)、俺達は気付けば初めての町に辿り着いていた。
雫の情報によると、ゲーム的にも最初に訪れる町で、規模はそれなりの交通の要所らしい。北に豊かな森、東には王都、西には商業都市として賑わう港、南には古代遺跡を抱えていて、ここを拠点とするプレイヤーも多いのだとか。
情報通り、町に入った途端耳には石畳を荷馬車が行く音がひっきりなしに響いてくる。建物は木造が主で、荷馬車のためかいちいち道路が広い。徒歩の人の行き交いも多くの、それらの人々に対し声を張り上げる露店も目につく。
「なんつうか、賑やかな町だな。宿場町、ってとこか?」
「あぁ、んなとこだ。宿屋が多いが、鍛冶屋道具屋飯屋に魔法屋、必要なもんは大体揃ってらあよ。そしてなんといっても『プレイヤーズギルド』がある」
「『プレイヤーズギルド』?」
雫が聞き返す。どうやらゲームには存在しないものらしい。
「説明は着いてからする。形はでかい宿屋だ、飯でも食いながらのほうが良いだろ。餡パン半分じゃ足りねえだろうしな」
「え、ちょ、なんでお前がそれ知ってるんだ!? 尾けてたのか!?」
「それも食いながら話す。ついて来やがれ」
言ったが早いか、鉄心はさっさと歩き出す。俺達は急いでその後に続いた。
この町の中心部にして大通りの一等地、そんな場所にある一際大きな建造物の前で鉄心は足を止める。
地上四階建て、横幅はそれまで並んでいた普通の建物の約三倍強と言ったところ。役所か、あるいはちょっとした学校くらいの規模はあるのではないだろうか。
「ここって……ゲームだと、たしか宿屋と図書館がある場所、だよね?」
見覚えがあるのか、雫は自信なさ気ながら言う。
「そう。だが今はそこを丸ごと買い取って、大改装を加えて一つの建物にしてるんだ。とりあえず入るぞ」
我が物顔で中に入る鉄心に続く。
室内は奥にカウンターを備えた大きなフロアになっていて、幾つものテーブルが不規則に配置されている。イメージは西部劇の酒場を広々とさせたような感じで、うるささもまさにそれだ。違いと言えば、テーブルを囲む人々の服装がウエスタンではなくファンタジーの雰囲気だという点だろう。
物々しい全身鎧にロングソードの人もいれば、ローブで身を包んだ魔法使い然とした人もいる。中には頭から獣の耳を生やした人なんかもいて、普通ならばコスプレ会場じゃなければ見られない光景である。
「ここにいるのはみんなオレやお前らと同じ、元の世界――便宜上『現実世界』って呼ばれてる所から来た連中だ。皆同じように洞窟で目覚めて、あのクソ忌々しい青髪のリーネランに腕ぶった斬られたお仲間さ」
奥へと歩みを進めつつ、鉄心は慣れた口調でそう言う。多分、この説明も初めてでは無いのだろう。
「えと、つまり、それが『プレイヤー』なの?」
「そ。この世界に来た人間の唯一の共通点は、『ISOD』をプレイした経験があるってことなのさ。逆に言えばそれ以外はまだほとんど分かってねえ。誰も彼も右も左も分からないって状況、そんな迷える羊共の互助組織がこの『プレイヤーズギルド』だ。その目的は大きく二つ。
一つ、『プレイヤー』の安全保障。
そしてもう一つ、ISODに於けるストーリーのクリアだ」
鉄心はそう言って、カウンター席に腰掛ける。この先は座ってじっくり、ということらしい。
説明してくれるというならば是非も無し。俺達も横に並んで座る。
「一つ目の安全保障は分かるが、二つ目はなんなんだ? ストーリーのクリア?」
「そう。まぁ簡単に言っちまえば、状況を動かしたいのさ。確認できる限りでこの世界に最初に人が来てから既に五年、だが俺達は最初のボス部屋にすら入れてねえんだよ」
「っ!? それは、どういうことなの? 最初のボスって『竜巣の番人』のことでしょ? そこにも辿り着けないって、一体どんな理由なの?」
雫は混乱を隠せず、矢継ぎ早に質問を重ねる。
「落ち着けよ、鋼がついて来てない。これも簡単に言っちまうと、メインダンジョンの序盤に『竜巣の番人』っつうボスがいるんだ。ゲームだとそこに行くのも倒すのも、そこまで苦戦する相手じゃねえ。レベル十のボスだしな」
道中で俺が初心者であると話していたので、ありがたいことに鉄心はわざわざ説明をしてくれる。
しかし、レベル十っていうと、さっきのレッサードラゴンより結構下だな……
レッサードラゴンを一人で倒せる『プレイヤー』がいながら、レベル十のボス部屋にすら辿り着けていないとなれば、雫の反応も納得だ。一体どういうことなのか、意味が分からない。
「正確に言うと、ボス部屋の前までは行けるんだ。だが、そのドアが開かない。強さなんかじゃない、なにか他の要素が足りてねえ。そんな状況がもう五年も続いてやがるのさ」
「ドアが開かない……ゲームだと、そんなこと無かったよね?」
「あぁ、入ったら倒すまで出られないようにはなってたが、そもそも入れないなんて仕掛けは無かった。その点に限らず、ゲームと異なってる点も多い。そういう情報を収集し、共有するのもギルドの役割の一つだな」
奥の元図書館に資料がまとめてある、と鉄心は付け加える。それもプレイヤーの安全保障の一環なのだろう。
と。
真剣な調子で話し込んでいた俺達の間に、鈴を転がしたような明るい声が割って入る。
「――はいはい、お待たせお待たせー! 朝猫姐さん特製のミートスパゲッティやでー! このチビの奢りやから遠慮無く食べてってーな!」
「え? あ、ど、どうも」
「わぁ、美味しそう……」
鉄心はいつの間に注文したのか、俺達の前に三皿のスパゲッティが手際良く並べられる。一体なんだと振り向けば、そこにはエプロンドレス姿の猫耳猫目のお姉さんが、上機嫌に笑みを浮かべていた。
年の頃は二十歳前後だろうか、二つ縛りのよく似合うお姉さんは、笑いながら鉄心の背をぱんぱん叩く。
「あはは、このチビ生意気でムカつくやろ! 口は悪いけど悪気は無いんよー、許したってね」
「あだ、あだ、やめろ馬鹿! うるせえよ、厨房戻れ!」
「照れんな照れんな。今アイドルタイムやからちょい暇なんよ。にゃは、折角やし酒場のアイドルの朝猫姐さんが歌って踊ったろか? AKBなんちゃらかんちゃらとか。あれってまだ生きとるんかなー、もう消えたかなー? もうこっち長くて元の世界のテレビんこと分からんわー。せや、お二人さん今日来たばっかなんやろ? 暇だったら色々教えてーな! 鉄心のツケで好きなもん食わしたるから――」
「ええい、帰れっての! 暇じゃねえよ! まだ説明途中だ間抜け! 邪魔!」
ぐいと無理矢理押しのけ、鉄心はお姉さん――朝猫さんのマシンガントークを強引に終わらせる。
「えー、なんやつまらんわー。しゃーない、今日は顔立てといたる。覚えとけよー!」
そして謎の悪役専用台詞を残して厨房へと消えていく朝猫さん。
なんというか、その。
「……濃い人だな、おい」
「ただの迷惑な変人だ、あんなもん。常時ハイなんだよ」
狂人め、と毒突きつつ、やれやれとばかりに顔を綻ばせる鉄心。決して悪い関係ではないらしい。
つられて表情が緩むのを感じつつ、ふと横を見れば、そこには既にスパゲッティを口に運んでいる幼馴染みの姿が。
「もう食ってんのかよ!?」
「んぐ。だって、冷めちゃうと勿体無いし」
「いや、そりゃそうだけどさ……まあいいか。鉄心、続きは食べながらでも――って、お前も食ってるし!」
「んあ? 最初から飯でも食いながらっつってただろうが。遠慮せず食えよ」
「わ、分かったよ、食べるよ。いただきますだよ、もう……」
なんか納得いかないけど。俺が一番常識的な反応してるのに……
しかしながら森を歩いた身体は空腹を訴えている。俺もフォークにパスタを巻き付け、ミートソースと絡めて口に運ぶ。
お、美味い……
ちゃんとしたミートスパゲッティなのに、今まで食べたそれとは明確に違う。おそらく素材がそもそも違うのだろう、はっとするほど新鮮な味わいだった。
と、それはそれ。俺は次の一口分を巻き取りながら問う。
「ストーリーが進んでないのは分かったけどさ、そこにこだわる理由はなんなんだ? 進めるメリットは?」
「ん。まずは行動範囲が広がる。他のゲームでもよくあるように、ISODでもストーリーの進行度で行ける場所が増えんだよ」
「あぁ、ドラクエで船が買えるとか、そういう話か」
「その通り。んで、本命はそれによって手掛かりが得られる――かもしれない、ってことだ」
鉄心は一度手を止める。
「手掛かり? 一体、なんの――」
「元の世界に戻るための、でしょ?」
スパゲッティに集中していたとばかり思っていた雫が、横から俺の言葉に答える。
っていうかこいつ、よく見たらもう食い終わってるし……
「御名答だ、雫。オレ達は現状行ける所を全て探し、五年に渡って探し続けて、そしてなにも得られなかったんだ。もうこの地はことごとく探した。残る希望は、もうこの先――ストーリーをクリアした先にしかねえんだよ」
「なるほど、ねえ……」
元の世界への鍵。それを探すためのストーリークリアか。
鉄心も食べ終えたらしく、ふうと一息。そして敢えて明るい調子で言う。
「つってもまあ、今日来たばっかのお前らにとっちゃそっちはあんまり関係無え。正直今この瞬間も、これが夢じゃないかってどっかで思ってるだろ? オレの場合はそうだったよ。寝て起きたらこんな馬鹿げた風景は消えて、いつもどおりの自分んベッドにいるってさ。
だけど、そんなことは無いんだ。パソコンやスマホの代わりに魔法やモンスターが出てくる世界で、それでも生き延びなきゃならねえ。だから、とりあえずはその為に、この『プレイヤーズギルド』を利用していけ。恩恵は少なくないし、借りは後で返してくれりゃ良い。勿論強制はしねえが、お前らが仲間になってくれるとオレは嬉しい」
以上だ、と締めて鉄心はそれきり口をつぐむ。余計なことは言わず、判断はこちらに任せるという意思表示だろう。
俺と雫は顔を見合わせる。しかし、そんな確認をするまでもなく、二人とも意思は決まっていた。
「入るよ、その『プレイヤーズギルド』にさ。俺達、今日の寝床すら無いわけだし、なにより命の恩人のお前が言うなら、断る理由なんて無いだろ」
「そうそう。むしろ、誘ってくれてありがとうね? ご馳走になっちゃったし」
「かはは、そうか、それなら良かった。一息ついたら二階の本部でメリット・デメリットの詳しい話をしよう。その時もう一度よく考えて決めてくれ」
そう言って、鉄心は安堵の笑みを浮かべるのだった。