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第四話       降って湧いたニヒルな幸運

 なんなんだ、と問う間すら無かった。


 眼前に黒い影が降ってきたかと思えば、次の瞬間は消えている。否、レッサードラゴンに向けて飛んだのだ。


 白刃一閃煌めいた。レッサードラゴンの右前足に肉薄したかと思えば、瞬きの後には背中に乗っている。振り落とそうとドラゴンが暴れ出す頃には背にはおらず、再び俺の眼前に黒い影がある。そしてその頃ようやく右前足と背中から鮮血が噴き出し、ドラゴンは怒りの雄叫びをあげる。


「かっ、相変わらず元気なこった、赤トカゲが。おらそこの馬鹿二人、突っ立ってねーでもうちょい離れろ。だけど逃げんじゃねえぞ、すぐに始末してやっから」

「お、お前は――」

「オレが誰かなんてのは今はどうでも良い。名刺交換なら後で付き合ってやらぁよ馬鹿が」


 影――否、声からして少年だろう――は嘲るようにそう言うと、再びドラゴンへと飛び掛る。言われた通りに雫と共に距離を取りつつその様子を眺めていたが、それは圧巻としか言いようが無かった。


 飛び跳ね、飛び乗り、飛び移り。周りの木々やドラゴンの背すらも利用して、少年は絶えず三次元移動を繰り返し、ドラゴンを翻弄する。ドラゴンはその巨体故に鈍重である、というのも勿論あるだろうが、それを差し引いても少年の身軽さはまるでアクション映画のそれだ。


 な、なんだあれ……どっかからワイヤーでも伸びてんのかよ……


 ふと横を見れば、雫も俺と同じく阿呆面で惚けるばかり。そりゃそうだろう、明らかに人間の動きではない。


 どれだけ経っただろう。恐らくは数分もしないうちに、ドラゴンは身体中血塗れとなり、一際大きな雄叫びを上げる。そしてそれが、ドラゴンの断末魔となった。


「好い加減っ、くたばりやがれッ――!」


 少年は近くの木の枝から高々と飛び上がり、逆手に持っていた短刀を両手に握り、全体重と共にドラゴンの口に突き刺す。ドラゴンは上顎から下顎まで短刀に貫かれ、そのまま地面に縫い付けられて、ようやく動かなくなった。


 絶句する俺達の前で、少年は短刀を引き抜き、すっと取り出した布で一拭き。それを腰の鞘に仕舞うと、ふぅと小さく息を漏らした。


 あれだけの大立ち回りを演じておいて、息もろくに乱していない。どころか、少年はドラゴンからただの一撃も貰っていなかった。


 そして、俺達はここで初めて少年の姿をはっきりと捉える。


 ――全身を覆う黒装束。上下動きやすそうな七分丈で、しかしその下に着た薄い鎖帷子で地肌は見えない。顔も額は額当てに隠れ、口元も面頬に覆われていて、露出している部分は殆どなく、人相も判別できない。唯一表に出た双眸は切っ先の如く鋭く、それだけで十分に迫力を放っていた。


 っていうか――


「に、忍者だ……」

「忍者だよ、鋼……私達、忍者に助けられた……」


 よく見れば、先ほどの短刀も、恐らくは忍刀である。全身完全に忍者である。


「んだよ忍者で悪いか。白馬に乗った王子様でも期待してやがったか馬鹿共。格好なんざ生き残りやすけりゃなんでも良いのさ」


 口調は荒いが、さほど気を悪くした様子でも無く少年は言う。多分素でこんな調子なのだろう。


 少年はドラゴンの死体に近付くと、先程とは別の刃物を取り出し、その牙を二本強引に抉り取る。そして適当に血を拭くと、俺と雫に一本ずつ投げて寄越す。


「うわっとと、な、なんだ?」

「えと、く、くれるの?」

「やる。それほど立派なもんじゃねえが、装備を一通り揃えるぐらいの金にゃなるだろ。なにはともあれ防具だ。死んで花実が咲くものか、まずは生き残ることだけ考えやがれ」


 少年はそう言って、さっさと歩き出す。


「あ、ありがとう……でも、良いの? レッサードラゴンの牙って、結構貴重な素材じゃ――」

「うるせえな、やるっつってんだから貰えば良いんだよ。これもランダムイベントみてえなもんだろうがよ、オレの気が変わる前に袋の中入れちまえ」


 振り向きもせずに、面倒臭そうに少年は言う。


 ふ、太っ腹というかなんというか……


 俺達は顔を見合わせ、結局袋にそれをしまう。二人の口振りから、かなり価値のあるものらしいが、ここは素直に好意として受け取ろう。


 と。歩みを進めていた少年が不意に振り向く。


「おい、なにちんたらしてやがる。さっさと行くぞ。日が暮れると厄介だろうが」

「え? 行くって――」

「アケストだよ。オレも戻るんだ、死にたくなきゃついて来やがれ」

「あ、はい。ありがとう」


 大人しく礼を言う。なんというか、彼はかなり気が短いようなので、遠慮とか過剰な感謝の言葉とかは控えた方が良さそうだ。


 先を行く少年に、俺達二人がついていく、という形でしばらく歩く。こうして見ると少年は結構小柄なようで、大体百六十あるか無いか、声も幼い感じがしたのでもしかしたら年下かも知れない。


「あのさ、雫、一応聞いておくけど、ゲームのキャラじゃないよな?」

「ち、違うよ! 多分、私達と同じ、だと思う」


 まあ、多分そうなのだろう。ラナイやルーシアスも十分どこから見ても人間だったが、彼のぶっきらぼうな態度にはそれ以上に人間味を感じる。


 はっきりしたところで、俺は意を決して話し掛けてみる。


「な、なあ、名前教えてくれないか? 俺は鋼、黒金 鋼っていうんだ」

「あ、わ、私は雫。片桐 雫って言います」


 俺達の名乗りに、少年は初めて歩みを止める。そしてこちらに振り向くと、その面頬を外しながら答える。


「――鉄心。枕木 鉄心だ。お察しの通り、てめえらと同じ『プレイヤー』だ。ちょいと先輩ってことにならぁな」


 かはは、と。鉄心はこれまた初めて嘲りではない素直な笑い声を上げる。予想以上に幼さを残すその顔と相まって、中々愛嬌のある笑顔だった。


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