第三十四話 この世界の一番楽しい歩き方
――俺が目を覚ましたのは、実に三日後のことだった。
出血多量と魔力枯渇の合わせ技で本気で生死の境を彷徨ったらしく、それでも俺が生還できたのは鉄扉の外にいたカノンの適切かつ迅速な治療のお陰だとか。
他の面々も、同じくカノンの治療によって大事無しで済んだ。鉄心は出血多量と生命力枯渇で、俺と同じく三途の河まで行脚してきたらしいが、あいつは何故か一日で復活して俺が起きた時には立って歩いていた。あいつおかしい。
しかし、大変だったのは目覚めてからで、雫には心配をかけたことを散々怒られ、ウィンには腕のことで散々泣かれた。最終的に雫も感極まって泣き出すし、運び込まれた病室はとんだ愁嘆場みたいな様相になってしまった。
二人を宥めるの、本ッ気で大変だった……結局泣き疲れて寝るまで泣き止まなかったし。
それからしばらくはベッドの上の生活だったのだけど、それもただ寝ているだけとはいかないわけで。結果的に俺達が五年の停滞を打ち破ったのだから仕方ないけど、社長――じゃない、ギルド長がわざわざ労いにやってきたり、他のギルド職員が聴取に来たり、知り合いが見舞いに来たり、知らない人が押し掛けてきたり。
結局、見かねた鉄心が全員蹴り出して、親しい人以外面会謝絶にしてくれたんだけど。あいつも入院してるはずなのに、やってること絶対おかしい。
で、ようやく平和な入院生活となった。それから退院するまでは、やたらと世話を焼きたがるウィンに甘えたり、それを雫に怒られたり、でも結局雫にも甘えたり。身体中ぼろぼろだったし、左腕が無いのは思った以上に不便だったけど、それを差し引いても贅沢な休養をさせてもらった。
雫もウィンも、改めて見ると結構な美少女だしな……男冥利に尽きる日々だった。
――そして。
「よし、と。それじゃあ先生、看護師さん、お世話になりました」
俺は病院の玄関で、見送りに来てくれた担当医とナースさんに頭を下げる。
「いえいえ、どうかお大事に。無茶は禁物ですよ」
「また来てくださいねー」
真面目に見送ってくれる先生と、夜の蝶ばりに愛想を振りまいてくれるナースさん。
できれば来たくないです。
「じゃ、行こうか。鉄心君もギルドで待ってるよ」
ひょこっと左に付き添う雫。
「あいつ、なんで俺より一週間も早く退院してんだろうな……」
「はは、まああっちはカノンちゃんが全力で治療に協力してたしね。本人もちょっとおかしいし」
雫にまで言われる始末。そして多分ちょっとじゃない。
「鋼さん、歩くの大変じゃないけ? 疲れたらいつでも負んぶしてやるべさ!」
ひょこっと右に付き添うウィン。
「大丈夫だよ、身体はもう回復したってば。腕も、後で王都まで行って義腕を作れば平気だしな。定着すれば本物同然になるらしいし」
「でも、やっぱり今は不便だべ……」
「いつまでも気にすんなっての。ははっ、どのみち元通りになるまでは世話してもらうつもりだしな」
「うん! お任せあれだべ!」
よしよし、ウィンはそうやって笑ってくれるのが一番だ。俺はウィンの頭をわしわし撫でる。
と、そんな俺を雫はジト目で睨む。
「ウィン、甘やかし過ぎないようにね? 庇った件はともかく、自分で自分の腕吹っ飛ばしたのは鋼なんだから」
「あ、あれはあの場面じゃ仕方なかっただろ? 他に策も無かったしさ」
「そりゃそうだけど……私からしたら、鋼だって鉄心君と大差無いくらいおかしいんだからね。私には説明ゼロだったし」
「そ、それも仕方なかったんだって」
そんな余裕無かったし。幼馴染みの信頼故と受け取ってもらいたいところである。
とまあ、道中そんなやりとりをしつつ、俺達は久々のギルドへと向かう。そう言っても大した距離じゃない、リハビリがてらの散歩と思えば最適である。
歩きながらなんとなしに辺りを見回すと、やはり少し雰囲気が違っている。以前から活気のあった町だったが、より一層賑やかになったように思える。
詳しくは聞いてないけど、色々と動きはあったらしいしな……
どこに、と限定せず、言うなればこの世界自体に。鉄心なんかも、その変化をいち早く把握するために無理を押して退院したわけだし。
実感は無いが、俺達が世界に与えた影響は、決して小さなものではない。この事実は、良くも悪くも俺達の日常を一変させることだろう。
――この先、俺達はどうなるのか。
停滞をやめた世界、先に進もうとするプレイヤー達、そして暗躍する『活動家』の存在。
俺達はまだまだ無知で未熟だ。幸運のうちに勝ち取った勝利に、いつまでも浮かれていることはできないだろう。
まだなに一つ完結していない。どころか、ここからが始まりなのだ。
「――お前らさ、これからどうしたい?」
「え? なに、急に」
「いやさ、なんか色々行ける所も増えたみたいじゃねえか。やれることも沢山ある。差し当たって、何がしたい?」
俺の問い掛けに、二人は顔を見合わせてうんうん唸る。
「やっぱり、まずは鋼さんの腕だべ。準備を整えて王都に行くべさ」
「だよねえ。問題はそのあとだけど――私は、観光したいな! 実は王都のガイドブックももう買ってあるんだよ!」
じゃん、と自慢げにガイドブックを取り出す雫。
え、観光……?
俺としては予想外な発言に、思わず絶句してしまったが、ウィンは目を輝かせて飛びつく。
「おお、準備周到だべ! 面白そうなところあったんけ?」
「いっぱいあったよ! 美味しそうなレストランとか、アイスクリーム屋さんとか、国立美術館とか、魔法学校とか! えへへ、きっとギルドからボス撃破の報酬も出るから、結構贅沢に遊べるはずだよ」
「おおお! リッチだべさ! 鋼さんはどこに行きたいんけ? やっぱり魔法学校とか興味ある?」
「えー、冒険のことはちょっと忘れてもいいんじゃない? ほらここ、ディアナで一番の植物園だって! で、デートスポットに最適、だってさ? 一緒に行ってあげても、いいよ?」
何故か頰を赤らめる雫に、「おらも一緒に行くべ!」とはしゃぐウィン。
――ああ、そうだったな。
くすり、と思わず笑みが零れる。
「え、え? どうしたの鋼?」
「いんや、なに――こういうのが、俺達らしいなって思ってさ」
なにも、世界がどうだとか、気張る必要なんてありはしないのだ。
――折角だ、楽しもうぜ、この世界を。
ここにきた最初の夜、そう言ったのは他ならぬ俺自身じゃないか。
どうせ巻き込まれた世界だ、望むままに楽しめばいい。あちらの歩幅に合わせてやる義理などあるものか。
「もー、なに笑ってんの。そんなことより、結局鋼はどこ行きたいの?」
「はは、俺はやっぱり美味いもん食べたいよ。肉がいい、肉」
「あー! 野菜もしっかり食べないと駄目だべ! 鋼さんいつも肉ばっかりありがたがるべ!」
「じゃあお肉も野菜も食べられる場所が良いよねー。えっとね、たしかこの辺にレストラン特集が――」
二人は楽しげにガイドブックをめくる。俺もそれに加わって、あーだこーだと騒ぎ合う。
――こうして俺達は、今日も明日も明後日も、この世界を誰より一番楽しく歩くのであった。




