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第三十三話     ボス戦  奥の手

 不思議な程、頭はすっきり冴えていた。

 目の前の化け物が次に一体どう動くか、それが動作の始まりを見るだけで手に取るように分かる。あれだけ巨大で重い大斧を扱っているのだ、動きが単調になるのは考えてみれば当然なのだけれど、この状況下でそれを冷静に分析できることに自分で驚く。


 ――次は横振り。


 この距離では後退では間に合わない。ならば逆に突っ込んで潜り抜けるしかない。

 俺は『竜巣の処刑人』が斧を構えなおした瞬間、自分からその足元に飛び込んだ。

 大斧が巻き起こした風が背中を撫でる。しかし大斧自体は当たらないのだから怖くない。


 怖くない? この状況で?


 腕が飛んで血は流れ続けている。痛すぎて気絶もできないし、このまま放っておけば斧なんか無くても十分で死ねる。それなのに怖くないとは、我ながら良い具合にイカれてるらしい。


 否、多分違う。

 これがきっと、例の『鋼の魂』という奴なのだろう。HPが三分の一を切ったら全ステータスが上昇するという話なので、既にHP十分の一くらいの今なら発動してるはず。

 おかげで気分は悪くない。調子も最高に良い。


 ――だけど、それでも状況は覆らない。


 奴の足元を抜け、振り向いた瞬間に理解する。次の縦振りはどうやっても回避できない、と。


 なんだ、ここまでか。折角逆転の手だって思いついていたのに。


 恐怖より残念という気持ちが強い。やっぱりイカれてるかもしれない。

 と。

 諦めかけた俺の目の前に、小さな背中が飛び出してくる。

 大斧の縦振りが、金属音と共に受け流される。


「――鋼! 逃げてッ!」

「っ、助かった!」


 全く、頼りになる幼馴染みだ。


 体勢を立て直して距離をとる。雫も、もう一撃なんとか軌道を逸らしてやり過ごすと、こちらに飛び退いてくる。

 当然『竜巣の処刑人』は追って来ようとするが、それは二つの黒い影に阻まれる。


「――こっち向きやがれ、鈍牛がァ!」


 白刃二閃煌めいて、牛頭の化け物の背から血が吹き出す。その血煙の中には、いつの間に出てきたのか鉄心とその分身の姿があった。


 ったく、ようやく来やがったか……しかも一番美味しいタイミングで。


 なんだあいつ、忍者のくせに主人公かよ、とか思ってると、雫が飛び込んでくる。


「鋼ッ! 大丈夫!? 生きてるの!? 今止血するから!」


 言ったが早いか、雫は荷物袋から取り出した包帯で、左腕の切断箇所を力の限り締め上げる。


「あだだだ! も、もうちょい優しく――」

「そんな暇無いよバカ! 死んじゃうよ! 早く、早く早く早く治療しなくちゃ!」

「大丈夫だって、策はある。っていうか、鉄心が余裕あるならそんなのも必要無いんだけど――」


 雫の肩越しに様子を見遣る。鉄心とその分身はなんとか時間を稼いでくれてはいるが、最初に見たときと比べて明らかに動きが悪い。戦況も防戦一方という様子だ。


 任せられる雰囲気じゃないな……なら、やるしかないか。


 もうほとんど半泣き状態の雫に向き合う。


「雫、あと少しだけ奴の相手できるか?」

「ふぇ? ――うん、やれるよ。一分、いや二分はもたせる」


 雫は涙を拭い、凛々しく頷く。

 本当、頼りになる。


「おーけー、十分だ。鉄心とバトンタッチしてくれ」

「了解!」


 雫は勢いよく飛び出していく。恐れも勿論あるだろうに、なにも聞かずに信じてくれる。その信頼を裏切るわけにはいかない。

 入れ替わりに鉄心と分身がこちらに来る。二人いたはずの分身は一人になっていて、本体の方は指が更に一本減っていた。その他にも全身傷だらけで、左腕なんか多分折れてる。


「――待たせたな。かはっ、今日はオレが一番だと思ったら、てめえの方が無様だな」

「うるせえ。腕くらいどうってことねえよ、前に一度ぶった斬られてるしな。

 ――鉄心、勝負を掛ける。乗ってくれ」

「策でもあんのか?」

「ある。『あれ』とってきてくれ」


俺が『それ』を顎で指すと、鉄心は怪訝そうに眉をひそめる。


「……なにしようってんだ、お前」

「いいから。それと一応聞いておきたいんだけど、その分身って痛覚繋がってないよね?」

「っ、お前、まさか……! かは、このイカれ野郎が! 安心しろ、繋がってねえよ。好きに使え」


 鉄心は心底愉快そうに笑うと、分身に『それ』を取ってこさせる。

 流石、場数踏んでるだけあって察しが良い。

 そしてそれでも俺を止めないということは、鉄心から見ても成功する見込みがあるのだろう。


 よし、ならばやってみるだけだ。


 俺は懐に手を伸ばし、師匠がくれた小瓶を取り出して中身を飲み干す。味は少し苦いだけだが、それを身体に入れた瞬間体温が急上昇する。

 汗が吹き出す。腕の切断面からも血が溢れる。そしてなにより――力が沸き立つ。


 成る程、これは確かに切り札だ。


「鋼、とってきたぞ。――大丈夫か?」

「大丈夫。いける。貸してくれ」


 分身から『それ』を受け取り、俺はあらん限りの魔力をぶち込む。

 蛇口を全開にする、という言葉が比喩でもなんでもなかったことを痛感する。一瞬で俺の中身は空っぽになった。


 もう、立ち上がることすら不可能だ。


「くあ……鉄心、あと一息だ。頼む」

「やってやらあよ。てめえこそ、しくじるんじゃねえぞ」


 勝気な笑みを残して、鉄心と、それから『あれ』を抱えた分身は駆け出す。


 ――あとはタイミングをはかるだけ。


 限界寸前だった雫に代わり、鉄心達が前に出る。奴も最後の力を振り絞って自慢の三次元機動をみせ、相手を翻弄する。

 誘い、躱し、時には斬る。永遠にも思える数秒の攻防の後、鉄心は叫ぶ。


「――今だ、鋼ッ!」


 声と同時に、鉄心の分身が『竜巣の処刑人』の背に張り付く。


 その懐に、()()()()を忍ばせて。



「――爆ぜろ、紅蓮の炎よッ!」



 そして俺は詠唱する。まだ使い物にならないはずの、火炎の呪文を。

 しかし。

 俺自身の血液が存分に詰まった腕を使えば、出来損ないの魔法でも十分過ぎる――!


 爆発、だった。


 有りったけの魔力を込められた左腕は、炎上を通り越して大爆発を引き起こす。

 まずは光、次に爆音、そして爆風と熱が俺達を襲った。その衝撃に目を開けていることすらかなわない。


 やった、か……?


 恐る恐る目を開ける。爆心地には、炎に包まれた巨体が仁王立ちしていた。

 巨体がゆっくりとこちらに振り向く。燃え盛る身体で、それでもまだ殺意をもって俺を睨む。


 お、おいおい……


 もう俺は一歩も動けない。雫も鉄心も同じだ。これが最後の賭けだったのだから。

 ここまで、か。

 相変わらず恐怖が無いのが救いか。全く、全員で生きて帰るって言ったのに、どうやらそれは叶わないらしい。


 牛頭の化け物は一歩、また一歩と近付いて来る。奴も限界らしく、その足取りは焦らすように重い。

 雫と鉄心の声が聞こえる。生憎だが返事をする気力も無い。ただ口から漏れるのは、情けない独り言だ。


「みんなで、生きて、帰りたかったなぁ……」

「――帰るに、決まってるべ」


 と。

 そんな声がして。


 炎に包まれた巨体が、横合いから切り裂かれる。その一撃で牛頭の化け物は仰向けに倒れ、そのまま二度と起き上がることは無かった。


 あぁ、なんだよ。主人公はお前だったのか……


 褐色の少女が駆け寄ってくる。その泣き顔を最後に、俺の意識は静かに沈んでいくのだった。

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