第三十一話 ボス戦 信頼に値する
――ウィンの怒号、そして遠くで響く金属音を聞きつつ、鉄心は密かに胸を撫で下ろした。
(武器を吹っ飛ばすたぁな、よくやる……)
しかもそれは、つい先程教えたばかりの戦い方だ。この局面で早くも生かしていることに、場違いな笑みまで漏れる。
幸運が味方しているとはいえ、あの様子ならばしばらくは生き延びられるだろう。そう判断した鉄心は、戦闘を一時分身達に任せ、自身は一度柱の影に隠れる。
鋼達を足枷ではなく戦力として考えられるのならば、やりようは他にもある。幾多と潜った死線の数は、決して伊達ではないのだ。
鉄心は荷物袋から先程の丸薬と切り落とし鋏、それから一巻きの巻物を取り出す。
(ったく、今日は大盤振る舞いにもほどがあらぁよ……!)
麻酔用の丸薬を噛み砕き飲み下す。口内にへばりつくような強烈な苦味と、脳の奥が痺れる様な感覚が走る。度の合わない眼鏡を掛けたようにぼやける視界の中、僅かに震える手で左手の中指に切り落とし鋏を噛ませ、それを勢いよく握り締める。
麻酔が効いていても叫びたくなるような激痛と、自身の身が千切れる壮絶な恐怖。しかしそれも全て飲み込んで、鉄心は右手と口で巻物を開く。
この巻物は、市販されている類のものではない。鉄心自身が書き上げた忍法の発動装置なのだ。こうしてあらかじめ巻物の形に収めることで、本来長い詠唱や印が必要とされる高度な忍法も、大幅に簡略化して発動させることができるのである。
鉄心は自ら切り落とした中指を拾い、広げた巻物に叩きつける。
「忍法、塗り壁……!」
印を一つ、巻物と薬指が灰も残さず焼失する。
そして、次の瞬間。
どん、どどん!
どどどどんッ!
地鳴りのような轟音と共に、床から巨大な土壁が連続して盛り上がる。土壁は二匹の『竜巣の処刑人』と鉄心達を囲い込み、外部から完全に隔離する。
突然の大幅な地形の変化に、『竜巣の処刑人』は狼狽えるが、時既に遅し。土壁は天井まで隙間無く伸び、その厚さは実に二十センチ。如何にその豪腕を振るえども、そうそう容易くうち壊せるものではない。
「逃すつもりも、さらさら無えってんだよ、畜生風情が……!」
改めて愛刀を握り、鉄心は二匹の化け物に対峙する。
――左手は既に使い物にならず、そして部位欠損以上に生命力を使い過ぎた。強力な麻酔薬の連続服用の副作用で視界も若干ぼやけている。
しかし、それでも。
「全員、生きて帰るんだよ、オレ達は……!」
雄々しく雄叫びをあげなから、鉄心は敵の懐へ突っ込んでいくのであった。
■
突然の轟音にちらりと目を向ければ、鉄心が戦っていた辺りを巨大な土壁が覆っていた。
ありゃ、鉄心の忍法か……?
雫は『竜巣の処刑人』は完全物理型と言っていたし、おそらく間違い無いだろう。
完全な隔離。これでお互い、目の前の敵に集中できるというわけだ。
「お互い助けられない、ってことでもあるけど……!」
そう呟きつつ、魔力塊を『竜巣の処刑人』の背中に撃ち込む。それも二発、三発と連続して打ち込んで、ようやく奴はこちらを向く。
大して効かないからって、段々無視するようになってきやがった……こいつ、少なくとも重装ゴブリンよりかは知恵がある。
なんとか注意を引いてからは、雫に防御を任せて俺は後退する。
怒号と共に繰り出される鉄拳。雫はそれをなんとか斜め後方に受け流す。
勢い余って派手に体勢を崩した『竜巣の処刑人』に、ウィンが横から斬りかかった。得意のヒットアンドアウェイである。相手の左の脇腹に三本の傷跡が加わり、相手の怒りがウィンへと向かう。
――今はこうして二組に分かれて時間稼ぎをしているが、これもそう長くはもたないだろう。ウィンも雫も、既に疲れが見え始めている。
「雫! 大丈夫か!?」
「だい、じょうぶ……まだいける」
雫はそう言いながら、震える手で荷物袋から休息薬を取り出す飲み干す。既にメイスは腰にしまい、盾で受けることのみに集中しているが、それでもかなり消耗は激しいのが見て取れる。
素手とは言えあの威力だ。薬で誤魔化しても、限度がある……
ウィンの方を見てもそうだ。重装ゴブリンのときと違い、『竜巣の処刑人』は巨体にもかかわらず素早い。躱すのもギリギリ、しかも攻撃力の関係でウィンの方が標的にされやすいため、消耗は雫の比ではない。
だが、だからといって退くわけにもいかない。攻撃して注意を引き続けないと、奴は大斧を取りに行こうとするのだ。
考えろ、考えろ! このままじゃジリ貧だぞ……!?
奴より早く大斧を回収して、荷物袋に収めちまうのはどうか――いや、無茶だ。あの鉄塊はおそらく優にニ、三十キロはある。誰が持つにしても、機動力が大幅に落ちてかえって危険になるだろう。
向こうの機動力を削ぐ――これは既にウィンが試している。あの鉤爪には麻痺毒が塗ってあるのだが、効いている様子は無い。雫によると、ボス級のモンスターは大抵の状態異常に強い耐性を持っているらしいのだ。
俺の魔法では、奴の眼球に直撃でもしない限りほとんどノーダメージだ。なにか、なにか他に――
と、呼吸を落ち着けた雫が口を開く。
「鋼、時間稼ぎに徹しよう」
「だから、どうやってやるんだよ。なにか策でもあんのか」
「煙幕だよ。持ってるよね、鋼」
「それは――あ、そうか、もう鉄心に気兼ねせず使えるのか」
たしかにある。俺も忘れていたわけではないが、これはかなり広範囲まで効果があるため、鉄心の邪魔にならないよう控えていたのだ。
しかし、もう鉄心達は完全に隔離されている。気兼ねなく使える状況は出来上がっている。
「ウィン! 煙幕を使う! 敵から離れろ!」
「分かったべ!」
声を張り上げ指示を飛ばす。そして俺は荷物袋からテニスボール大の煙幕弾と、蛍光オレンジの液体が入ったフラスコを取り出す。
この淡く発光している液体は、錬金術の素材にもなる特殊なキノコの色素を集めたものだ。このように自然状態でも発光しているが、温めるほどに強く光る性質を持っている。
「雫、俺がこいつを当てたら、煙幕弾を叩きつけてくれ」
「了解」
煙幕弾を雫に渡し、俺はフラスコの投擲体勢に入る。
深呼吸を一つ。狙いを定めて放り投げたそれは、なんとか奴の腰に直撃して派手に飛び散る。
そして雫はすかさず煙幕弾を叩きつける。軽快な破裂音と共にむせるほど濃い煙が一瞬にして辺りを覆い尽くした。
一寸先も分からない煙の中、それでも蛍光オレンジの光だけは薄っすら見える。奴の体温に温められることにより、色素が激しく発光しているのだ。
これで煙が消えるまで二、三分はもつか……
そして、それまではこちらとしても下手には動けないということでもある。物音を立てずに柱の影にでも隠れ、策を練るくらいしかできない。
こうしている間に鉄心が来てくれれば最高だけど、あいつの防御力を考えるとそれも厳しい。如何に奴でもそう簡単に殺しきれる相手じゃない。
考えろ、考えろ。
全員で生きて帰る、そのために。




