第三十話 ボス戦 後衛の役割
俺達全員が中に入った途端、鉄扉が再びその口を閉ざす。その向こうからはカノンの声が聞こえるが、案の定もう開くことはない。そしてこれによって明かりが完全になくなり、視界が闇に包まれる。
「大魔王からは逃げられない、って奴かよ……離れんなよお前ら。今明かりを――」
と、鉄心が用意するより先に、扉の近くから順々に、柱と壁に取り付けられた照明が灯る。
ボス戦らしい演出だこった……
階段前のエントランスも広かったが、扉の内側は更に広い。一列、また一列と明かりが増えるたび、その全貌が明らかになっていく。
障害物は等間隔に配置された石柱だけ。正に戦うためだけの空間だ。そしてその奥、その最奥に鎮座するこの場所の主が、今明らかになる――
大斧を構えた、巨大な牛頭の化け物。
それが――三匹、並んでいたのだ。
「なっ、んだと……!? なんだ、その数は……!」
あらゆる状況に備えろ、と言った鉄心ですら、この状況には戸惑いを隠せない。
当然だ、一匹でも十分に脅威となるのに、それが三倍。危険度は三倍じゃ到底済まない。
が、そんな動揺すら許されない。明かりが部屋中に行き渡ると、三匹が一斉にこちらへと動き出したのだ。
化け物の足音の中、いち早く我に返ったのは雫だった。
「ぶ、分断、分断しなくちゃ! 前衛三人で一匹ずつ――」
「っ、良い判断だ雫。だがてめえらに一匹ずつは無理だ」
「でも!」
「俺が二匹引きつけて殺す。片が付くまで、お前らは三人で一匹相手に持ち堪えろ。倒す必要はねえ、ただ生き残れ」
「そんな、いくらお前でも二匹相手なんて――」
俺の反論を、鉄心は手で制す。
そして鉄心は荷物袋に手を伸ばすと、一粒の丸薬と、髪留めのバレッタのような物を取り出す。
否、そんな平和な物ではない。それは上と下の両方に鋭利な刃物を取り付けた、奇妙な形状の切り落とし鋏だ。
「こいつは、なるべく使いたくはなかったんだがな……」
そう言いつつ、鉄心は丸薬を噛み潰す。そして両手で印を三つ結んだ後、何を思ったか切り落とし鋏に自分の左手の小指と薬指を噛ませる。
「お、おい、待て、まさか――」
「忍法、影分身!」
がちん、と。
肉も骨を断つ音がして、二本の指が宙に舞った。
しかし、その指が地に落ちることはない。小指と薬指はぼんっ、と音を立て爆ぜると、宙空で真っ黒な霧と化し、霧は再び人型に集まる。そして鉄心が右手で一つ印を結ぶと、人型の霧は一瞬にして鉄心と全く同じ姿に変わる。
「ぶ、分身の術……」
「そういうこった。てめえらは一匹だけ引きつけろ! すぐに助ける、死ぬんじゃねえぞ!」
言ったが早いか、鉄心とその分身達は一斉に駆け出し、向かって右側の二匹に襲いかかる。
「わ、私達も行くよ! 鋼! 反対方向から攻撃して!」
「了解!」
そうだ、余所見をしている暇は無い。俺達も、任された仕事をするんだ!
柱の隙間を駆け抜け、鉄心とは反対側に周りつつ、向かって左の牛頭の化け物に照準を合わせる。体長三メートル弱、撃てば当たるでかい的だ。
「刺され、鋭き欠片よ!」
放たれた魔力塊は化け物の右肩に直撃し、鉄心の方へ向かおうとしていた相手を狙い通りこちらへ向かせることに成功する。
だけど、効いちゃいねえな、おい……!
相手の装備は手に持った真っ赤な大斧と、腰に巻いた皮の腰巻のみ。肩なんてがら空きだってのに、その肉体の硬度だけで俺の攻撃は弾かれた。
化け物は向き直るなり、俺に狙いを定めて猛然と突進してくる。しかし、その巨体の足元に滑り込み、すれ違いざまに斬りつける影が一つ。
「こ、こっちだ! こっちだべ!」
奴の太腿に三本の傷跡を残し、挑発するウィン。しかしこちらも浅い。気は引けてもダメージにはなっていない。
「本気で持ち堪えるのが精一杯みたいだね」
「雫!」
鎧の重さの所為で一歩遅れた雫が、俺の壁となりに駆け寄る。
「鋼、気付いてる? あいつ、予想してた『竜巣の番人』じゃないよ。あの斧の色、それからあの硬さからして、多分上位種の『竜巣の処刑人』だ」
「なっ……!」
ただですら三匹もいるってのに、おまけに上位種だと!?
見れば、たしかに資料にあった『竜巣の番人』の特徴と若干異なっている。体表も斧も緑がかっている、と書いてあったのに、目の前の化け物はどちらも赤みがかっている。
雫は『竜巣の処刑人』を睨みつつ、強いて淡々と説明をする。
「『竜巣の処刑人』、レベル十六。完全物理型だけど、防御力と攻撃力は同レベル帯でも群を抜いてる。特に攻撃面では、命中率は低いけど会心率が高く、まともに食らうと一撃死もあり得る」
「レベル十六!? じょ、冗談じゃねえぞ……こちとらまだ二桁にもなってねえってのに……!」
「一番厄介なのは、属性以外の魔法に耐性があるってこと。つまり、鋼の魔力放出じゃダメージは通らないの」
「マジかよ……でも、やるしかねえだろ!」
照準を合わせ、今度は脇腹を狙って魔力塊を放つ。ウィンにばかり任せているわけにはいかない。
今度の攻撃も命中こそするものの、やはりろくに傷も付けられず弾かれる。
「やっぱり……鋼、離れて! 私が受ける!」
「っ、任せた!」
己の無力に歯噛みしながら、俺は指示通り後方へ距離を取る。
こちらへと猛追してくる『竜巣の処刑人』の前に、雫は勇敢に立ち向かう。相手はその頭を叩き割らんと大斧を振り下ろすが、雫はそれを横っ飛びでなんとか回避する。大斧は轟音と石つぶてを撒き散らし、床に深々と突き刺さった。
あんなもん、馬鹿正直に防御したら盾ごとへし折られちまう……!
まともには戦えない。俺の攻撃も通用しない。だったら、この場で俺は何をすれば――
と。
不意に、視界の端に鉄心の姿が映る。三つの黒い影が、柱を利用し三次元で飛び回り、二匹の牛頭の化け物を翻弄していた。
たった一人で、果たすべき役割を必死でこなそうとしている。
役割。
そうだ、果たすべきは役割。
ならば、俺の役割は――
「っ、刺され、鋭き欠片よ!」
俺は即座に意識を戻し、全力で魔力塊を放つ。しかし、その狙いは『竜巣の処刑人』本体ではない――床に刺さった大斧の刃だ。
魔力塊は見事刃直撃し、その衝撃で『竜巣の処刑人』は斧から手を離す。
まだだ、もっとだ!
続けてもう一発、同じく刃にぶち当てると、大斧は床から飛び出て『竜巣の処刑人』の後方へと滑る。
「くそ、流石に壊せはしないか……」
どころか、恐らく傷一つ付いていないだろう。俺の火力でどうにかなるような代物ではないらしい。
だが、これで多少でも時間稼ぎになれば――
「いんや、これで大正解だべ」
と。
大斧が滑った先から、誇らしげな声が響いてくる。
「な、お前、ウィン……!」
「うんらああああああああぁぁあああっ!」
ウィンは大斧の柄を掴むと、その身の限りの全力でもって、そいつを勢いよくぶん投げたのだ。
広い広いこの部屋の、奥の奥の一番奥。ウィンの手を離れて数秒後に、ようやく壁にぶちあった金属音が聞こえてきた。
あいつ、やりやがった! なんつう最高の仕事!
激怒しウィンへと迫る『竜巣の処刑人』の前に、体勢を立て直した雫がまたも立ち塞がる。しかし、前回とは構えが違った。
牛頭の化け物が怒りのままに繰り出した豪腕を、雫は真っ正面から受け止める。数メートルほど凄まじい勢いでスライドさせられたが、それでも雫の身体に傷は無い。
「斧無しだったら、私だって受け止められるよ!」
「助かったべ雫さん!」
そしてウィンも鉤爪を構えなおし、『竜巣の処刑人』を見据える。
いける、なんとかなるかもしれない……!
生死の際の緊張感の中、俺は自然と口角が吊り上がるのを感じていた。




