第二十九話 停滞の終わり
迫り来るモンスター達を時に撃破し、時に逃げ延びようやっとの地下十階。既にかなり疲弊しながら、俺達は目的地へと辿り着いた。
十階層に降り立つと、そこは今までと雰囲気がまるで違う空間になっていた。辺りは迷路ではなく、等間隔で柱が立ち並ぶ広い空間で、階段から降りて真っ直ぐの所に巨大な鉄扉が聳え立つ。扉にはダイアナドラ表層でも見られた竜の彫刻が施されており、その中が特別な空間であることを雄弁に物語っている。
空気も、僅かに冷たい。この寒さは単純に地下に降りてきたからというわけではないのだろう。
ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえる。それはあるいは俺自身だったかもしれない。どちらにせよ、緊張し身を硬くしたのは皆同じだった。
今日の実質的リーダーである鉄心に、俺は目で問う。すると鉄心もこくりと頷きを返す。
「あぁ、そうだな――飯にしよう」
「了解。俺達も気合入って、ってえぇ!? 飯ィ!?」
「あ? 当然だろうが。そろそろ昼時だぞ。階段近くは邪魔になるから、その辺でいいか」
唖然とする俺達をよそに、鉄心は階段から少し離れた場所に弁当を広げ始める。完全にお食事モードである。
いや、たしかにそろそろお腹空いてきたし、この世界じゃ空腹は馬鹿に出来ないけど……!
思いっきり出鼻挫かれた。このままあの扉に進み出て、あわよくばその中にも挑もうと覚悟してたのに。
「お昼って、ボス部屋ど真ん前でお昼ってどうなの鉄心君……」
「はあ? じゃあ逆にどこで飯食うんだよ。言っとくけど、この空間は下手すりゃこの世界で一番安全な場所だぜ? モンスターも湧かねえし、野盗の類も出ないしな」
「そりゃそうだろうけんど……なんか拍子抜けだべさ」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。お前ら、ここまででそれなりに消耗してるだろ? その回復も兼ねてるんだ、しっかり英気を養え」
鉄心はそう言いつつ、荷物袋から人数分の休息薬を取り出し配る。俺には追加で魔力回復薬もだ。
まあ、冷静に考えればこれが最善か。たしかにここまで来るだけでも俺達には一苦労だったし。
鉄心がほとんど手を出さなかったのも、案外ボス戦のための温存、という意味合いが強かったのかもしれない。いざボス戦となれば、余程のことがない限り鉄心がやるという話になっていたし。
なにはともあれいただきます、だ。朝猫さんが持たせてくれたお弁当は、サンドイッチとおにぎりがそれぞれ一箱ずつ。野郎共はまずおにぎりに、女性陣はサンドイッチに手を伸ばす。
休息薬をお茶代わりに、場違いなくらい呑気に食事をしていると、文字通り身も心も安らいでいく。毎度思うけどこの薬絶対やばい成分入ってるだろ。
と、丁度食事も終わる頃、階段から白のローブを身にまとった少女が降りてくる。フードの中のその見覚えのある顔に、誰より先に鉄心が反応する。
「んあ? おい、カノンじゃねえか。一人でなにしてんだてめえ」
「ふえ? あ、鉄心だ」
呼び止められると、その少女――カノンはフードを脱ぎ、眠たげな顔をこちらに向ける。
歳は鉄心と同じくらい、纏めただけの二つ縛りの金髪、化粧っ気ゼロの眠たげな顔、フード付きの純白のローブを纏い、手には大きな杖――いつもと変わらぬ出で立ちで、カノンはてくてくとこちらに近付いて来る。
「あ、おにぎり。貰っていい?」
「え、どうぞどうぞ」
「ありがと」
雫から最後のおにぎりを受け取り、それを小さな口でゆっくり食べ始めるカノン。ウサギが草を食む姿を彷彿とさせる絵である。
相変わらずマイペースだなぁ……こう見えてかなりの実力者なのだけれど。
なんたって、鉄心が唯一固定して組むパーティーの一人だ。この人の担当は回復、部位欠損まで治療できるとか。これはプレイヤーの中でも最上位クラスである。
「いや、いきなり食ってんじゃねえよ。一人でなにしに来たんだって聞いてんだよ」
「んぐ。ユイナに『最近サボり過ぎ』って怒られた。だから、頑張ってるアピール」
「お前、だからって一人で来るなよ……いくらてめえでも危ないだろうが」
ただですら前衛じゃねえくせに、と鉄心は呆れ顔で言う。
「だって、アイザックには眠いからやだって断られた」
「あいつ今日は早起きしてたから……麗華は?」
「デートがあるから無理って」
「今度はどこの男引っ掛けたんだか……んじゃ他は?」
「他に友達いないもん……鉄心もいなかったから、もう一人でいいやって」
「良くねえよ。ったく、酒場で暇そうにしてる奴引っ張ってくりゃいいだろうが。そのコミュ障ぶりどうにかしやがれ阿呆」
いつも通りの荒い口調だが、本気で心配しているらしく、鉄心はその後も口うるさくカノンをつつく。
こいつがこれだけ世話焼きになったのって、パーティーメンバーの影響もあるのかもな……
カノンはこの通りだし、師匠だってほっとくと三日くらい何も食わずに研究してたりするし、麗華さんだって違う意味で自由奔放な人だし。この皮肉屋忍者が一番の常識人という時点で、あのパーティーは既におかしいのだけど。
「あーもう鉄心うるさい。分かったよもう。帰りは一緒に帰るから、それでいいでしょ」
「反省してねえだろお前……ったく、仕方ねえ奴だ。で? 一応挑戦するんだろ? やってこいよ」
ユイナに怒られるぞ、と鉄心が急かすと、カノンは渋々と言った様子で立ち上がり、閉ざされた鉄扉の前に進み出る。
まずは普通に、押したり引いたりしてみるものの、当然のようにびくともしない。
次に、カノンは一歩下がり、手にした杖を扉に向ける。そしてなにやらごにょごにょと詠唱すると、杖から幾筋ものまばゆい光が放たれ、その全てが槍となって扉に向かう。
連続する金属音。肌で感じられるレベルの轟音が、広々としたフロア全体に響き渡る。
す、すげえ威力……
あれは恐らく、祝福属性の魔法だろう。回復系統の魔法と比較的近しい攻撃魔法で、本来アンデットには有効だが威力は低いという代物のはずだが、彼女くらいの実力者になると凄まじい火力になるらしい。
が、しかし。
その攻撃が全て命中してもなお、扉には傷一つ付いていない。当然改めて押しても引いても開く気配は無い。
カノンはその後しばし杖でぽこぽこ叩いたり、「ひらけごま!」と合言葉(?)を試したりしていたが、案の定全て不発。むすっとした顔でこちらに戻ってくる。
「――無理。わたし、頑張った」
「はいはい、見てたよ。ユイナにはオレから言っておいてやるから」
むくれんじゃねえよ、と苦笑する鉄心。
しっかし、本当に開かないもんなんだな。信じていなかったわけじゃないけど、こうして目の前で見せられると、自分達では開けられる気がまるでしない。
それでも、やるだけやってみるしか無いのだけれど。
「さて、と。んじゃオレ達もそろそろ試すか。てめえら、回復は出来てるな?」
「十分だべさ」
「私もいつでもいけるよ」
「右に同じく」
立ち上がり、伸びを一つ。疲労はもう残ってないし、魔力も十分に回復している。
「結構。改めて確認するが、もし中に入れた場合はオレがやる。お前らは下がって援護に徹しろ」
「分かった。その場合は任せるよ」
「だが、不測の事態に陥った場合は各自で判断しろよ。余裕があればオレから指示を出すが、そんな暇も無いってこともあり得るからな」
「了解だよ。鋼、万一のときは下手に前に出ちゃ駄目だからね」
「なんで俺だけに……分かってる、ちゃんと後衛の仕事をする」
なんか余分に注意されたようで癪だが、雫の言葉にも頷いておく。
と、こんなやりとりに、ウィンは不思議そうに首を傾げる。
「? 不測の事態って、中にいる奴は分かってるんじゃないんけ?」
「予想は付いてるけど、確認は出来てないんだよ。全く予想外の奴が出てくるって可能性も、零じゃねえ。冒険者たるもの、常にあらゆる状況に備えておくもんさ」
「そうだべか。分かったべ、じゃあいざとなったら身を挺してみんなを守るべ」
鉤爪を抜き、ウィンは気合を入れ直す。頼もしい限りである。
戦闘準備が整った一同は、いざ鉄扉のもとへ。真ん前に立つと、遠目で見るよりも更に重厚で威圧感がある。鉄扉どころか鉄壁とでも呼んだ方が相応しく感じられるほどだ。
ごくり、と息を飲む。これは間違いなく俺自身だ。
「鋼、お前がやってみろ」
「え、俺?」
「言っただろ? これはお前らの冒険だ。それに、『鍵』って呼ばれたのはお前らだしな」
俺はあくまで脇役だ、と鉄心は肩を竦める。
雫とウィンに目をやれば、二人もはっきり頷く。俺に任せてくれるらしい。
そういうのなら、特別なことはできないが、やってみようか。
緊張で僅かに心拍数が上がるのを感じつつ、俺は左右のドアにそれぞれ手を掛ける。そして全身全霊の力を込め――
と。
押す、そう決意した瞬間、だった。
力を入れるまでもなく、どころか物理的には押してすらいないのに、重い重い音を立てて――鉄扉が、開いたのだ。
「……は?」
素っ頓狂な声をあげたのは、他ならぬ俺自身だ。他の全員は、文字通りに絶句している。
な、なんで、こんな、あっさり……?
まるで招き入れるように、扉は苦もなく開け放たれた。その奥は明かりもなく真っ暗で、闇の向こうからはただただ冷たい空気が漏れ出して来ている。
「――奴ら、与太話じゃ無かったってことか」
いち早く気を取り直した鉄心が、愛刀を逆手に構え歩み出る。雫とウィンもそれに続き、俺の前に出る。
戦闘陣形にして戦闘態勢。俺も左手の魔法書を開く。
「――行くぞ、みんな。俺達が、停滞を終わらせるんだ」
俺の言葉に、皆が静かに頷く。
行こう。
行こう。




