第二十八話 『古の竜巣』突入
アケストの町を南下し、農村部を抜けて更に進んで行くと、そこは広大な遺跡密集地帯となる。
古代都市の成れの果て、と言った方が正確だろうか。周囲一帯は崩れた城壁に囲まれ、その中には朽ちた石造りの町並みが残っている。廃墟と化した今となっても、建物に施された見事な彫刻や、かつては整然と敷き詰められていたであろう石畳の名残が、在りし日はこの場所が如何に隆盛を極めていたかを雄弁に物語っていた。
が、それも今は昔。今となっては、この遺跡群の中央にある『古の竜巣』から溢れ出したモンスター達の巣窟となり、一般人はまず近寄ることもできない有様なのだ。
俺と雫も来るのは初めてだったのだが、誰よりも感激していたのはウィンだった。
「ほえー! すんごいべ! ここがあの有名なダイアナドラだべか!」
「ダイアナドラ?」
「この遺跡の名前だアホ。竜巣ってのは中央のダンジョンの名前。目的地だけじゃなくて周辺のことくらい把握しておけ馬鹿」
怒られた。
でも、言われてみれば聞いたことがある気がする。っていうか、この前読んでたアケストのガイドブックに、最寄りの観光地として載ってたっけ。
曰く、竜の復活以前は観光地兼リーネランらの巡礼地として賑わっていたが、モンスターが徘徊するようになってからは冒険者くらいしか立ち寄らなくなったとか。
「爺ちゃんと婆ちゃんが昔来たことあるって言ってたべ。そりゃあ綺麗な場所で、できるならもう一度来てみたいって言ってたんだべ」
「今はちょっと難しいね……表層に出てくるのは弱いモンスターばっかりだけど、それでも危ないし」
こんな話をしながら進んでいる俺達も、このダイアナドラに入ってから既に二回戦闘している。しかも二回とも不意打ち未遂(雫の直感で察知できた)だ、一般人が来るには危険過ぎる。
「やっぱりそうけ……誰かが竜を倒さんといけないべ」
「誰か、じゃなくて今俺達がその第一歩になろうとしてるんだけどな……今更なんだけどさ、ウィンは竜の復活についてどう聞いてるんだ?」
俺達は「ゲームのストーリー」として知っているけど、この世界で暮らすウィンは一体どんな認識なのか。そういえば今まで聞いていなかったことである。
この質問に、ウィンは少し考え込む。
「うーん、どう聞いてるって言われても……竜が復活したー! って騒ぎになったのは、十年くらい前のことだべ。うちみたいなド田舎でも、みんな大騒ぎしてたべ。なんかおっかないモンスターも出てくるし、うちの畑の前を兵隊さんが行列作って通って行くしで、なんか怖かったなあ」
「それまではモンスターとかいなかったのか?」
「スライムとか動物とかはいたけんど、そんなに人を襲うことも無かったべ。ダンジョンもぼこぼこ生えてきたりしなかったし。竜が復活してからは、とにかく色々不便になったべ。お国も冒険者もいつまで経っても竜をどうにかしてくんねえ、ってみんな文句言ってるべ」
「は、ははは……」
耳が痛い。
だけどまあ、なんとなくどういう認識かは分かった。非常に雑な言い方になるが、現実世界で言う天災に近いものとして受け止められているのだろう。
と。
「お喋りはそこまでだ馬鹿共。見えてきたぜ、あれが『古の竜巣』だ」
鉄心が前方を指差す。崩れかけの町の中心地、一際大きなドーム型の建造物が、不自然なほど完全な状態で鎮座していた。
たしか、『古の竜巣』ってのは、そもそも竜信仰の聖地だったって言われてるんだっけか……
とすれば、あの建物は一番の聖域になるはず。おそらく魔法による加護かなにかで守られているのだろう。竜信仰は魔法特化種族であるリーネランのものだし。
ドームの中に入ると、辺りにはがらんどうのだだっ広い空間が広がっている。そして何組かのパーティーと、彼らの拠点と思しきテントの類が適当な場所に配置されていた。
「ん、今日は少ない方だな。まあ、割と早く来たってのもあるか」
「そうなの?」
「ああ。竜巣を攻略しようって奴はプレイヤーにも現地人にも多い。こうしてオレ達みたいにギルドの依頼で来るばっかりじゃなくて、自発的に挑む奴は大勢いるのさ。
もちろん、来るのは冒険者ばかりじゃねえ。ほら、あそこのテントなんかかなり本格的だろ? ありゃ王都から派遣された調査隊だ。何ヶ月っつう単位で潜ってる連中さ」
そちらを見てみれば、たしかに冒険者というより学者然とした格好の人が見受けられる。国もただただ座して待っているわけではないらしい。
調査の結果の方は、あまり芳しくないのだろうけれど……
「この通り、もう散々探索し尽くされてるから、アイテムだの宝箱だのは期待するなよ。でも、その分ルートは確立されてるってことでもある。勿論モンスターは出るけどな」
「了解。じゃあ寄り道せずに最短ルートを行く感じか」
「そ。んでもって、道中の戦闘に関しちゃ、オレはなるべく手を出さないから」
「うん、分かっ――え!? どういうこと鉄心君!?」
素でノリツッコミをかます雫に、鉄心はあっけらかんと答える。
「危なくなったら流石に手を貸してやるが、できる限りお前らで対応しろ。お前らも冒険者だろう? 実力を見せてみろよ」
「じ、実地訓練ってことかよ」
「つうより実力テストだな。『枕木鉄心の生存戦略』課外授業ってとこさ、失望させんじゃねーぞ」
鉄心は心底愉快そうに笑うが、こちらは引きつった笑みを見合わせるばかりだ。
ドロップを回収するだけの、楽な仕事って話だったじゃないですか……! 話が違うよユイナさん……!
ほら行くぜー、とノリノリな鉄心に連れられて、俺達はドームの更に中央へ。そしてそこにある地下へと伸びた巨大な階段を、恐る恐る降っていくのであった。
■
実際に『古の竜巣』の中に入ってみると、その内部構造は塔型のダンジョンのそれと非常に似ているものだった。というか、実際はその逆で、このディアナの地に発現するダンジョンは全てこの『古の竜巣』の派生であるというのが通説らしい。
違いがあるとすれば、他のダンジョンとは違い竜巣には多くの冒険者の足跡が残っているという点だろう。ご親切に階段までの最短ルートが壁に書いてあるため、それに従い進むだけですいすい先に進めてしまうのだ。
が、しかし。調子良く進めていたのは地下七階まで。八階に行く頃には流石に疲労も溜まっていて、更にモンスターもなかなか手強くなってくるものだから、探索スピードががくんと落ちる。
っていうか、鉄心は本気で見守ってるだけだし……
なんだかんだ言って、実は手伝ってくれるのでは――なんて淡い期待を抱いていたのだが、流石にそんなに甘くなかった。自分に向かってくる敵は瞬殺するが、こちらの戦闘には声援なのか野次なのか微妙な声を掛けるだけだった。
とはいえ止まるわけにもまた行かず、壁の矢印を頼りに俺達はただ進む。
と。先頭をゆく雫が、後手に「止まれ」のハンドサインを出す。罠については全て解除されているはずなので、またモンスターだろう。
息を潜めて待つことしばし、前方から小気味よい乾いた音が聞こえてくる。かららこん、かららこん――この音には覚えがあった。
スケルトンか……厄介だな。
レベルは七、その姿は言葉通りの白骨で、鉄の剣と盾で武装している。弱点属性は祝福、攻撃は物理のみだがまともなサイズの人型とあって力は中々強い。筋肉無いくせに。
なにより厄介なのは、魔法が当たらねえんだよな……
的が細く隙間だらけのせいで、俺の攻撃はほとんどクリティカルヒットしないのだ。当たったとしてもかする程度、ほとんど前衛組に任せることになってしまう。
雫の強力な索敵能力でいち早く敵を発見し、俺の不意打ちで数を減らして突っ込む、というのが俺達のパーティーの必勝パターンなのだが、こいつにはそれが通じない。しかも、見れば前方にはスケルトンが三匹、数的優位も無いとなると危険な状況だ。
「鋼、どうする? 引き返して別の道を通るっていうのもありだと思うけど」
「うーん……いや、今奴らに背を向ける方が危ない。それに、最短ルート以外は更にモンスターが出るし。仕方無い、出し惜しみしてる場合じゃ無いな」
俺は荷物袋に手を伸ばし、中から丸型フラスコを三つ取り出す。中に入った水には、師匠のアドバイス通り数滴自分の血を混ぜてある。
さてと、どれだけ違うか……
三つのフラスコの中身を真っ赤に染め上げるイメージ。あちらに気付かれるのが先か、こちらの準備が整うのが先か――なんて考えている間に、水は自分で驚くほどあっという間に沸騰する。
おお、効果絶大だ! ここまで変わるとは!
しかし感激している暇は無い。そもそも、この攻撃が骨相手にどれだけ有効か微妙なところだし。
「三本投げきったら突っ込め。不利を感じたらすぐに退け、煙幕巻いて階段まで戻ろう」
「了解だべ」
「分かったよ」
作戦会議終了。俺はフラスコを手に投擲姿勢に入る。
重装ゴブリンの一件以来、コントロールの練習はかなり積んできた。当てられるはずだ……!
フラスコの首を掴み、スケルトン目掛けて放り投げる。その形状的に直線的にではなく、山なりにだ。第一投の着弾より先に第ニ投の姿勢に入る。スピード勝負だ、続けて第三投も放つ。
最後のフラスコが手を離れた瞬間、二人は全力で駆け出す。そして、第一投を身に受けたスケルトンの悲鳴が、二人の足音に重なった。
っし、一応効いてる!
第ニ、第三も直撃。どれほどのダメージになっているかは分からないが、少なくとも相手は姿勢を崩している。それでひとまず十二分だ。
後は、当たるかどうか微妙だけど、魔力放出で援護射撃を――
「盾狙え、盾」
と、傍観を決め込んでいた鉄心が突然口を開く。
「え? でも、それじゃダメージ――」
「盾吹っ飛ばせりゃそれだけで随分戦いやすくなる。後衛の基本は前衛の援護だろうが」
「っ、分かった!」
そうか、敵を仕留めるばかりが援護じゃない。その力を削ぐのだって立派な仕事だ。
魔法書を開き、右手で照準を合わせる。左右のスケルトンは二人が戦っているから、狙うは中央だ。
「刺され、鋭き欠片よ!」
標的は左手に持った円盾。面積が広い分狙いやすく、実際直撃してスケルトンは大きく仰け反る。吹っ飛ばすまではいかなかったが、ならば簡単なこと。吹っ飛ばすまでやるまでだ。
第ニ射は外れ、第三射で左腕ごと遥か後方へ吹っ飛ばす。
「よし、よくやりやがった。ご褒美だ」
言ったが早いか、鉄心は右腕を一振りして袖から苦無を抜き出し、左手の甲を僅かに切りつける。そこから滲んだ血を刃先に付け、印を結んで詠唱する。
「忍法、火の車」
そして、その苦無を真っ直ぐ中央のスケルトンに投擲し、頭蓋骨に刺さった瞬間一気に炎上させる。
燃える炎は最小限。しかし、頭蓋を焼き払えば、それだけでスケルトンはただの動かぬ白骨と化した。
「おぉ……!」
「どうやって動いてんのかは謎だが、奴らの弱点は頭だ。覚えておけ」
「うん、分かった。っと、二人も終わったか」
ウィンの鉤爪がスケルトンの上半身と下半身を両断し、雫のメイスがその頭蓋を砕くと、左右のスケルトンは息絶える。なんとかやり過ごせたらしい。
戻ってきた二人は、興奮気味にこちらに迫る。
「な、なんかそばで燃えたんだけど!? 髪焦げそうになったんだけど!」
「やるなら言って欲しいべ! っていうか、いつの間に炎なんか使えるようになったんだべさ?」
「お、俺じゃねえよ! あれは鉄心の仕業だって」
「仕業っててめえ、一応助けてやったのに……二人にゃ悪かったよ」
苦笑し肩を竦める鉄心。
しっかし、こいつ炎まで扱えるのかよ……
「なんだ、鉄心君だったんだ。……鋼、魔法使い形無しだね」
「う、うるせえ! 俺だってすぐに炎くらい出せるようになるし! 余裕だし!」
「ま、まあまあ……んでも、鉄心さん魔法使えたんだべか?」
「魔法じゃねえよ、オレのは忍法だ。魔法は魔力、忍法は生命力を使ってやるもんだ、結果は似てるが中身は別物だよ」
鉄心はそう言いつつ、手の甲の血をぴっと拭う。あの行動を見るに、忍法を使うには多少血が必要なのだろう。たしかに魔法とは随分異なるようだ。
おらも使いたい! と鉄心に迫るウィンを宥めつつ、俺達は探索を再開する。目指す十階までの道のりは、近いようでまだまだ遠いのだ。




