第二十六話 生還とその後
「――ひとまず、よう無事で戻った」
うちの奢りや、と頼んでいない杏仁豆腐を三皿並べて、朝猫さんはそう言った。
あれから真っ直ぐギルドに戻り、報告というか事情聴取を終え、他にも人相描きの協力やらなにやらに翻弄されて、気付けば午後七時。夕食に酒場に降りてきたらこれである。
「ありがとうございます。しっかし、耳が早いですね」
「朝猫さんの猫耳は高性能やからな、噂の類はばっちりや。つってもま、今回はユイナから直接聞いたんやけどね」
「ですか」
ならば納得だ。俺達が真っ先に報告したのはあの人だし。その後、ギルドの調査部部長と現地人の警邏隊隊長のコンビに数時間の事情聴取を受けたのだ。
正直、こっちが犯罪者になったような気分だった。二人してゴツい強面なもんだから、ウィンなんか思いっきり怯えっぱなしだったし。
「前回のプレイヤーキラーの件以来、初めての手掛かりやから、あっちもこっちも大騒ぎよ。犯人探しに注意勧告、前科者の洗い出しってな具合にね。ギルドの上の方も、今回は賞金首にするつもりらしいで」
「賞金首って、あのイエローとビリジアンをですか?」
雫はグラタンをつつく手を止めて聞き返す。その反応も無理はない、俺だって危険すぎると思う。
イエローは完全に未知数だが、ビリジアンの方は師匠と鉄心のコンビから無傷で逃げ出したんだぞ……?
「うちも正直どうかと思うよ。でもね、結局実力者を本気で動かすにはこれしかあらへんからね。被害が拡大する危険性を考えても、ここで奴らを捕まえときたいんやろ。色々と考えた上で、ね」
「色々……それは、あいつらが俺達のことを『鍵』って呼んだことも含めて、ですか」
「せやろね。向こうの口ぶりは、まるでこっち以上の情報を持っとるみたいや。ギルドとしてはなによりもその情報が欲しいんよ」
何に代えてもね、と肩を竦める朝猫さん。
「……おらはギルドの事情はよく知らんけど、命さ掛けてまで必要なもんなんて、そうそう無いべさ」
そして、ウィンは納得いかないという様子で口を尖らせる。
「もっともやね。ウィン、あんたが合っとるんやで。あんたらはまさか大丈夫やと思うけど、こんなつまらんことに命張ったらあかんよ」
「分かってます。私達、ここに来て二ヶ月もしないうちにもう四回も死にかけてますから、命の大切さは身に染みてますもん」
ごもっとも。恐怖を伴った教訓ほど、身につくものは無いだろう。
っていうか、数えるとそんなに酷い目に遭ってるのか……
初日のレッサードラゴン、アルフ達の一件、重装ゴブリンの襲撃、そして今日の『活動家』達との邂逅。そりゃ臆病にもなろうというものだ。
「にしても、あんたらよう面倒事に巻き込まれやんなあ……うちも結構冒険者見てきたけど、中々見んでこんなん」
「特別なことはなにもしてないはずなんですけどね……今日のだって、こっちが狙ったわけでも、向こうが待ち伏せてたわけでもないし」
幾多とあるダンジョンの中、たまたま選んだ所に奴らがいたのだ。運が悪いにも程がある。
「こりゃもう、なんかあるのかも知れんねえ、あんたらには。『活動家』の奴らが言ってたことも、あながち与太話じゃないかも」
「そんな御大層なもんじゃないと思いますけど。俺達弱いし」
「強い弱いは関係あらへんのかもしれんで? 強さだけで先に進めるんやったら、こんな状況にはなっとらんはずやしね。
なにはともあれ、メインダンジョンの攻略、気張って行きや。こんなことがあって大変やけど、ユイナは日程の変更は無いって言っとったよ」
「ですか……はい、頑張ります」
気丈に答える雫。ウィンも、そして勿論俺も、心意気は同じだった。
■
なんとなく眠れずに、市場で買ったアケストのガイドブックをめくっていたときだった。
こんこん、と控え目なノックの音が響く。起きていれば気付いて欲しいけど、寝てたら起こしたくはない、という感じの遠慮深いノックだ。
雫ならこういう微妙な遠慮はしないし、万一鉄心だったら叩き起こすつもりのノックをするはずだ。となるとウィンかな、と予想してドアを開けてみると、案の定彼女だった。
「おう、どうした、こんな時間に」
「その、なんか、眠れなくて……」
迷惑け? と上目遣いで問うウィン。そのアングルに一瞬どきりとしたが、俺はしいて平静を装いウィンの頭を撫でる。
「丁度良いや、俺もなんか寝付けなかったんだ。入れよ、茶でも淹れよう」
「うん! お邪魔しますだべ!」
ウィンは嬉々として部屋の中に入っていく。
この時間帯に、一人で男の部屋に入る危険性を分かってねえんだろうな……後で雫に教育してもらおう。
こいつはなまじ可愛いから余計危ない。俺の理性も時々危ない。
平気な顔でベッドに座るウィンを、無理矢理椅子の方に座らせて(きょとんとしてやがった)、俺は茶の準備をする。
「緑茶で良いよな? っつうかそれしかない」
「うん、緑茶好き」
「そか」
この西洋ファンタジー風世界でも定着しているらしい。
空のポーション用の瓶に、洗面所から水を汲んでくる。そして小さく一呼吸、魔力をその水に集中させる。
――属性魔法のコツは、強くイメージを持つこと。色でも音でも言葉でも、その属性に合ったイメージで魔力を凝集させるんです。
先日の講習で師匠に習ったことを思い出す。俺の場合、属性魔法のイメージは色だ。火炎系の属性魔法ならば赤、瓶の中の水を赤く染めるイメージで魔力を集める。
そうして魔力を込めること約三十秒、水は徐々に熱を帯びていき、ついに沸騰する。俺はそれを茶葉の入ったポットへと注ぐ。
「ふぉお、やっぱり何度見ても魔法はすごいべ」
「俺の魔法は大したことないけどな。師匠ならこの倍の量の水を四秒で沸かす」
俺もこれでマシにはなったのだが。最近では魔法書の補助があれば、マッチ程度の火は出せるようになってきたし。
早く実戦で使えるレベルにしたいんだけどなあ……
今のところ、俺が実戦で使える魔法って魔力放出だけだし。せめて一属性だけでも使いこなせれば、だいぶ戦力になれると思うのだが、その一属性すらなかなか遠いのだ。
コップに茶を注ぎ、二人でそれをゆっくりすする。
「魔法は、難しいんだべか?」
「んー、俺や雫がもといた国には無かったからな。完全に一からってなると、なかなかね」
魔法の上手下手は、要は魔力の扱いの上手下手だ。師匠曰く、俺はまだ魔力自体に慣れていないのだとか。
「二人の故郷……ニホン、とかいったっけ。二人は、たしかそこに帰る手掛かりを探してんだっけ?」
「俺達は、っていうより、このギルドのみんながって感じだな。ウィンには悪いな、付き合わせちゃってさ」
「そ、そんな、とんでもないべさ。おらは無理矢理二人についてきたんだ、なんだってするべ。
でも――おら、足手まといになってないけ? 今日だって、おらが混じってたから、あんな変なのに目ぇ付けられちまったべさ……」
緑の水面をじっと見つめ、ウィンは消え入りそうな声で言う。
随分急に来たと思ったら、要件はそれか……
俺苦笑混じりに溜息を一つ、コップを置いてウィンに歩み寄る。
「何言ってんだよ。お前はなにも悪いことしてないじゃないか」
「で、でも! どこ行っても、『現地人と一緒なのか』って驚かれるし!」
「珍しいだけだよ。みんなそれを嫌がったり、馬鹿にしたりしたか?」
「それは……無いけど……」
ぽん、と頭に手を置く。
「それに今日だって、むしろお前がいたから生き残れたんだぞ? お前がいなかったら、もしも俺と雫だけの普通の冒険者パーティーだったら、あいつらにとっちゃ『どうでもいい目撃者』として殺されてたかもしれない。きっとあいつらは、お前がいたから俺達を生かしておく気になったんだ」
「でも、やっぱりそのせいで覚えられちまったべ」
「構わんよ。それはきっと、次も殺されないってことだ」
これは我ながら楽観的すぎる気もするが、方便というやつだ。半分くらい本気だし。
どういうわけか知らないが、『活動家』達にとって、俺達はなんらかの価値があるらしい。そしてその理由は、間違いなくウィンの存在だろう。
正直なところ、その良し悪しはまだ分からない。
それでも――ウィンが悪くないのだけは、胸を張って言える。
「じゃあ……おら、迷惑じゃないけ?」
「迷惑なものかよ。お前はもう仲間なんだ、寂しいこと言うなよな」
ウィンの頭を引き寄せ、胸にぎゅっと抱く。指に触れる焦げ茶の髪の柔らかさも、その頰から伝わる体温も、なにもかも愛おしいものだ。
物言わず、そっとこちらの腰に腕を回すウィンの頭を、俺はいつまでも撫でるのであった。




