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第三話       死の気配は唐突に

 痛い程の眩しさと、様々な命が息づく森の匂い、そしてそれらを運ぶ暖かな風が、そこにはあった。


 遠く近く、風に揺れる葉音に混じり、獣の声が聞こえてくる。踏み締めた地面にすら生命の気配がある。人の領域の外、これほどに嘘偽りの無い『自然』に出会うのは、全く初めてのことだった。


「わぁ……!」


 そしてそれは雫も同じだったようで、洞窟から一歩出たその場で感嘆の声を漏らす。


 すげえ……これが、本当の森なのか……


 キャンプや登山で訪れるような、人間の為に整備された自然ではない。完全に手付かずの風景がそこにあった。


「っと、感心してる場合じゃないな。真っ直ぐ行って、アケストだっけ? とにかく、そこに辿り着かないと」

「あ、そうだね。ゲームではもうモンスターも出るから、油断せずに行こう」

「ここから先は解説頼むぜ? 俺にとっちゃ未知の領域だからな」


 俺がそう言うと、雫は「任せて!」とその豊かな胸を張る。頼もしい限りである。


 そう、実は俺、先程のチュートリアルまでしかプレイしていない。正確に言うならば、チュートリアルを終えた時点からの記憶が無いのだ。記憶の切断面は唐突で、恐らくそこで意識を失い、目覚めたら洞窟の中だったのだ。


 こう考えると、本当に意味が分からないな……


 しかしそれを言っても今は仕方がないことだ。ダガーを片手に装備した雫に、俺はただ付き従うだけだ。


「まず、この辺では大したモンスターは出ないはずだよ。さっきのスノースライムとか、あとは跳ね馬ウサギとかかな」

「スノースライムを殺すのは抵抗あるなあ……で、その跳ね馬ウサギとやらは?」

「ひたすら跳ねるっていう回避技を連発するウサギ。攻撃当たらなくてイライラさせられるけど、こっちにもほとんど攻撃してこないから無害だね。出会ったら無視すればいい」

「ここのウサギは首刈りとかしてこないのか、良かった」

「序盤から出たら嫌でしょ……まあ、中盤以降出るけど」


 出るのかよ。嫌すぎる。


 そんなことを話しながら真っ直ぐ歩いて行くが、今のところ接敵は無し。一応獣道程度の道はあるので、恐らく迷ってもいない。思ったより安全な旅路となっている。


「――うん?」

「? どした、なんかあったか?」


 不意にこちらに振り向く雫。いや、俺ではなく更にその後ろに雫は目をやる。


「……気のせいかな? 今なんか、見られてるような気が」

「こんな森ん中でか? でも、お前そういうの敏感だからな」


 他の奴ならともかく、こいつが言うならば警戒が必要だろう。雫は視線には人一倍敏感なタチなのだ。その理由はまあ、幼い頃からやたら発育が良くて、どこでも異性の視線を浴びてきたからなのだが。


 俺も背後を睨んで見るが、しかしそこにあるのは森ばかり。特に背後を狙うような気配は感じられない。


「……やっぱり、気のせいかな。ごめん、私が警戒し過ぎてたみたい」

「そか。まあしてし過ぎるってことも無いだろ。気になったら言ってくれ」

「分かった。先に進もうか」


 ひとまず忘れて先に進むことに。

 道は安全に続くが、しかし町に近付いている気配も無い。お互いそろそろ若干の疲れが見えはじめた頃、獣道が僅かに開ける。そこは天然の広場といった様子で、都合良く腰掛けられそうな倒木もある。


「安全そう、だね。ここらで少し休んでいこうか」

「だな。流石にちょっと疲れた。お前なんかゲーマーでヒッキーだし、結構ヘトヘトじゃねえの?」

「ひ、ヒッキーとか言うなし! ちゃんとwii fitで運動してるし!」

「外に出ろよ」


 とまあ、こんな言い合いをしながら倒木に腰掛けて一息。


 ぐっと伸びをしたり身体を捻ったりしていると、倒木の陰になにやら使い古された鞄が落ちていることに気付く。


「ん? なんかあったぞ、雫」

「お、ラッキーだね。多分、野外限定のランダムイベントだ。冒険者の忘れ物って奴で、鞄の中のアイテムが手に入るんだ」

「……忘れ物を勝手に貰って良いのか?」

「ほら、忘れ物って言っても、実際は形見って場合の方が多いから……」


 若干言いづらそうに目を逸らす雫。シビアなゲームである。

 ともあれ、最序盤の俺たちに遠慮する余裕など無い。結局二人してわくわくしながらご開封となる。


 中に入っていたのは、瓶詰めにされた黄色の液体が二つ、パンが一つと、それから指輪と紙切れのセットが一つだった。


「おお! 指輪まで入ってる! かなり珍しいよ! この紙は……あぁ、鑑定書か。へえ、こうなってるんだ」

「? 当たり?」

「どっちかって言うと大当たり。序盤に嬉しい品が満載って感じだね。あれだよ、予約特典で付いてくる初心者パックみたいな」


 やったぁ、と無邪気に喜ぶ雫。よく分からんが雫が嬉しいなら俺も嬉しい。なんとなく顔がほころぶ。

 鑑定書とやらに目を通した後、雫は一つ一つの説明を始める。


「よし、じゃ教えてあげよう。まずこれ、この瓶詰めされてるのは休息薬。ISODはローグライクだから、空腹度は当然あるんだけど、疲労度って概念もあってね、寝ないで冒険を続けたり連戦したりスキルを使い過ぎたりすると疲労度が溜まる。溜まると全部のステータスにマイナス補正がかかるから、定期的に寝るか、或いはこの休息薬とかで疲労度を回復しなくちゃならないんだ」

「つまり、エナジードリンクか」

「そゆこと。安い物だけどよく使う物だね。で、パンは当然空腹度回復用アイテム。しかもこれは餡パンだから、結局良い奴だよ」

「パンの中にもランクがあるのか」

「そ。餡パンは上から三つ目、ちなみに一番良いのはメロンパンで、一番悪いのは小麦粉の無駄遣いってアイテム。はい、半分こ」


 雫はそう言ってパンを半分に千切り、こちらに寄越す。思えば小腹も空いていた、俺は礼を言ってそれを頬張る。


「んぐ。で? こうなってる、とか言ってたけど、その指輪は?」

「ああ、こうなってるっていうのは鑑定書のこと。ゲームだと鑑定しても鑑定書とか無しで、単純に詳細画面が表示されるだけだからね。で、指輪自体の効果は生命力上昇、単純にHPを増やす効果だからこれも序盤に嬉しいね」


 割合じゃなくて固定値上昇だから後半は使えないけど、と雫は付け足す。


「ふうん、んじゃあ本当に当たりだったんだな。指輪はお前が装備しろよ」

「いいの? 良い奴だよこれ」

「俺は後衛職だからな、脳筋職のお前が着けてたほうが良いだろ」


 まあ、これは半分方便。今の所職業や種族による違いは感じていないが、取り敢えず雫には少しでも安全にいて貰いたいのだ。こいつひ弱だし。


 少しばかりの押し問答があって、雫は渋々指輪をはめる。すると一瞬雫の身体を緑色の光がまとい、そして消えた。


「お、おお」

「なんか感じたか?」

「少し元気が出てきた! へー、こういう感覚なんだ……! 鋼もやってみる?」

「いいから。ったく、無邪気に楽しみやがって……」


 気持ちは分からんでも無いが。


 その後、俺たちは休息薬をお茶代わりに半分こした餡パンを食べる。休息薬の効果は想像以上のもので、食事を終え瓶を空にした頃には洞窟を出た時より元気なほどだった。


「ここまで効果覿面だと、逆に不安になるな……なに入ってたんだよ、あれ」

「腕くっつけておいて今更そういうこと言うの? ゲームではよくあるでしょ、凄い効果の薬とか。気にしない気にしない」

「ま、そういうもんか」


 仕方ないので納得しておく。


 さてと――と、そろそろ再び歩き出そうとした、その時だった。



 どす。



 背後で重い、明らかに人間の出すそれより数倍重い足音が響く。


 俺達の反応は早かった。空の鞄をその場に投げ捨て、ダガーを構えながら二人同時に振り向く。俺は元々の警戒心の、雫はゲーム知識の賜物だろう。


 そして、俺達が見たのは。


「っ、レッサードラゴン……!? な、なんで、こんなところに……!?」


 僅かに震える声で雫は言う。


 ――その赤黒い身体は、まるで熱された巨大な岩石だった。地面を抉る四つ足は三本の鋭い爪を有し、低い唸りを漏らす口には凶悪な牙が覗く。そしてその双眸から放たれる視線は、射抜かれた者を釘付けにする威圧感があった。


 まずい、と理性も本能も認識している。

 逃げなくては、この場から一刻も早く逃げなくては――そう思うのに、身体は恐怖に竦みまるで動かないのだ。


 どす。

 一歩。文字通りに死の足音が近付いてくる。その距離およそ十メートル。


 どどす。

 四つ足の足音がより鮮明になる。残り八メートル。


 どどす!

 足音が振動として伝わって、ようやく俺は我に帰る。


「――雫、後退しながら俺の後ろに回れ」

「っ、わ、分かった」


 雫も俺の声ではっとして、指示通りに背後に回る。俺もすり足で後退し、距離は残り七メートル。


 ジリ貧だ。逃げ切れる気もまるでしねえ。そして明らかにダガー一本が二人いたところで敵う相手じゃない。


「――レッサードラゴン。レベル十五、ドラゴン種の中では最弱だけど、中盤に入る頃の強敵。攻撃は物理のみだけど、耐久力と攻撃力は同レベル帯では群を抜いてる。弱点属性は氷」


 背後から恐怖を押し殺した解説が聞こえてくる。ありがたいがこの場では絶望しか与えてくれない情報だ。


 氷属性なんか持ってないし、耐久力も高いならラッキーパンチで切り抜けるのも無理だろう。


 となれば、だ。


「――雫、全力で突っ走れ。絶対振り向くな。死んでも諦めるな」

「ちょ、な、なに言って――」

「ここは任せて先に行け、だ。ははっ、言ってみたい台詞ナンバーワンが言えたぜ。これでもう――悔いも無い」


 ダガーを構える。強く握り身は低く、躱せるだけ躱して時間を稼ぐ。攻撃など考える必要は無い。どうせ蝿が止まった程度にしかならないだろう。


「ば、馬鹿言わないでよ! そんなの、無理に決まって――」


 どどすっ!

 距離はもう五メートル。猶予は好い加減に無い。


「雫、ラナイの奴も言ってただろ? 男なら女の子は守らなくちゃならねえんだ。遺伝子レベルのお約束だ、破るわけにはいかねえのさ」

「格好付けてる場合じゃないでしょ!? 鋼、死ぬ気なの!?」

「あぁそうだとも。お前のためには死んでやる。だからお前は感謝するため生き残れ。そうすりゃ死ぬだけの価値がある」

「っ、この、この、ばかぁ!」


 どどす!

 距離は既に三メートル。死の気配は鼻先だ。


「行け、行けよ雫。お前のためなら本望だ」

「鋼……」


 涙混じりの声が俺を呼ぶ。全く、ついに最後の最後まで泣き虫は治らなかったか――


 と。


「――良い台詞だ気障野郎。てめえも生きなきゃ駄目らしいな」


 声が、降ってきた。

 否。降ってきたのは影だった。


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