第二十四話 地の底で遭ったのは
それから少しすると階段が見つかったので、俺達はそこで休憩がてら昼食をとる。ダンジョンのモンスターは、基本的に別の階層には移動しないという習性があるので、階段は比較的安全な場所なのだ。
ダンジョンのど真ん中で飯ってのも呑気な感じだけど、元ネタがローグライクだしな……
この世界では、空腹というのは馬鹿にできない。空腹度合いが深刻になれば、明確に体感できるレベルで能力が低下するので、定期的な食事は必須なのである。
腹も満たしたところで、次の階層へ。やることは一階と同じだ。
「――あ、まただ」
「え? ああ、本当だ」
雫が指差す先を見てみれば、そこにはレッサーゴブリンとグリーンスライムの死体が。グリーンスライムはスノースライムの上位種で、毒を使う厄介なモンスターだ。
近寄り死体を確認すると、またも菱形の傷跡が一つだけ残っている。やったのは上のコボルト達を始末した人と同一人物だろう。
「……おかしいね」
グリーンスライムの毒腺を探しながら、雫はぼそっと呟く。
「なにがだ?」
「見てよ、この死体。さっきもそうだけど、殺すだけ殺してなにも剥ぎ取ってない。邪魔だから殺した、って感じだよ」
「実際そうなんじゃないか? ボス撃破だけ目当てって人もいるだろうし」
「にしたって、普通道中のアイテムくらい拾わない? 私達があれだけ拾えたってことは、アイテムも無視してるってことでしょ」
「たしかに、そりゃ妙だべ……じゃあ、新しい武器の試し射ちとか?」
「それならこんな分かりづらい場所にあるダンジョンでやる必要は無い。そもそも、これだけ強い人だったら、こんなレベルのダンジョンじゃ試し射ちにもならないと思う」
雫は即座に否定する。
「モンスターの希少素材狙いとか」
「このレベル帯のならお店で割と買えるよ。他の冒険者が売りに出すから。値段もそこまで高くないし、わざわざ自分で取りに来る必要があるとも思えない」
「……何が言いたい?」
「用心しよう、としか言えない。私にも目的が分からないからね。もし人目を憚るような用事だったら、出会った瞬間攻撃されるかもしれない」
そんなことは流石に無いと思うけど、と雫は付け足す。
人目を憚る用事って……ううむ、やっぱり想像付かないな。
言っている雫も、ここで引き返そうと言わない以上、明確に嫌な予感がしているわけでは無いのだろう。それならば、適度に気を引き締めつつ進むだけだ。
雫の言葉もあり、俺達は先程までより更に慎重に探索する。集中して五感を研ぎ澄ませば、思うより多くの情報が得られるものだ。
たとえば音。スライムが這う音や、獣の唸り声に気付けば先制攻撃を受けることはなくなる。
たとえば痕跡。ウィンが死体の傷跡から冒険者の得物と人数を言い当てたように、僅かな痕跡からも周囲の状況は探れる。
加えて俺達には、雫の直感センサーがついているのだ。不意に危機に陥るようなことは、まずあり得な――
「おや。参ったな、こんな所まで冒険者が来るなんて」
よく通る、爽やかな声だった。
唐突に背後から響いたその声に、俺達は思わず得物を抜いて振り向く。
な、なんだ……!? いつの間に後ろに!?
背格好は俺と同じくらい、歳は少し上の二十歳前後だろうか。すっきり切り揃えられた金髪で、柔和そうな糸目が特徴的な美青年がそこには立っていた。
服は麻布の茶色のズボンに白いシャツと、まるで村人の普段着さながらだが、背に負った弓を見るに彼が先客ということだろう。格好がどんなにラフだろうと、俺達の誰にも気付かれずに後ろをとった時点で、どう考えてもただものじゃない。
「ああ、いきなり後ろから驚かせちゃったかな? ごめんごめん、悪気は無かったんだ。おっかないから、取り敢えず武器構えるのやめてくれない?」
「あ、ああ」
青年の拍子抜けするほどまともな対応に面食らいつつ、俺達は武器を下ろす。向こうに敵意が無いなら、こちらも争う理由など無い。
こちらが落ち着いたのを見ると、青年はほっと一息ついてから俺の方へ歩み寄ってくる。
「冒険者さん、だよね? もしかして先に入ってモンスター狩っちゃったの怒ってる? いやあ、それも仕方なかったんだよ。あいつら人を見るなり襲ってくるからさあ」
「いや、別にそんなことはいいんだけど……えと、そういうあんたは冒険者じゃないのか? 置き札も無かったし、その格好だし」
もっとも、置き札という文化に関しては、まだギルド所属のプレイヤーの間にしか浸透していないらしく、現地人の冒険者はほとんどやらないらしいのだが。
そもそもこの人、プレイヤーなのか現地人なのか……この世界に慣れるとなんとなく分かるようになるらしいが、俺にはまだ即断できない。
「なんだ、いきなり構えるからてっきり怒ってるのかと思ったよ。僕が冒険者かって? いんや、違うよ。この弓はただの護身用。ここに来たのだって、ただの待ち合わせだし」
「待ち合わせ? ……こんな所で?」
低レベルとは言え、人を殺せるモンスターが出没するダンジョンですることじゃない。
怪訝がる俺に、男は何が面白いのか快活に笑う。
「あっはっは、世の中には色々事情があるってことさ。僕らはね、一種の『活動家』って奴でさ、なにかと敵が多いんだ。だから公然とレストランで待ち合わせってわけにもいかなくてさあ。特に今日会うことになってる奴はとびきりの過激派だからね」
「そりゃまた、物騒な。そんな派手な活動家がいるなんて初耳だな」
この世界にも環境問題とか発生しているのだろうか。あるいは、動物愛護団体ならぬモンスター愛護団体なのか。いや、あれだけ殺してたしそれは無いか。
どっちにしても、ぱっと見そんなやばそうな人には見えないんだけどなあ……
「ま、言ってもまだまだそんなに知名度は無い団体だから。派手な活動してるのはメンバーの中でも数人だし。僕みたいな穏健派もいたりして、一枚岩じゃないのさ。
ところで、さ――彼女、NPCだろう? 珍しいねえ、プレイヤーとパーティーを組んでるなんてさ」
男はぐいと俺に近寄ると、俺にだけ聞こえるように言う。
この人、プレイヤーか……
「それこそ、世の中には色々事情があるってことだろ」
「くっくっく、成る程。どんな手を使ったにせよ、素晴らしいことだよ。君達は他の誰よりもこの世界に順応できている」
「俺達はまだこの世界に来て二ヶ月も経ってないぜ?」
「年月なんて問題じゃあないのさ。丁度良い、ちょっとついてきてくれないか? 今日会う奴に君達のことを紹介したいんだ」
「な、なんの活動をしてるのか教えてもらわないと、ついていくことはできません!」
と、不意に雫が声を上げる。その目は剥き出しの警戒心で光っていた。
俺達日本人にとって、活動家ってあんま良い響きじゃないもんな。雫が警戒するのも頷ける。
そんな雫に、男は困ったように苦笑する。
「なんの、って言われると困るんだよねえ。強いて言うなら、この世界をより良いものに――より『完全なもの』にする為の活動、かな」
「答えになっていません。私達を連れて行こうとする理由も不明です」
雫はばっさり切り捨て、そっとメイスに手を伸ばす。そしていつの間にかこちらに来ていたウィンは、俺を強引に引っ張って男と距離を取らせ、その間に割って入る。
一触即発、喉がひりつくような緊張感が場を支配する。男の次の発言次第で、二人は得物を引き抜くだろう。
「ちょ、待て待て二人共、落ち着けって。そんな身構えなくても……」
「鋼さんは呑気すぎるべ。こいつ、なんかまともじゃないべ」
「私も、正直そう思う。わざわざこんなところで待ち合わせなんて、絶対普通じゃないよ」
鋭く男を睨む二人に対し、男の態度は飄々としたものだ。
「嫌われたね、どうも。説明の仕方が悪かったかな? そういえば名乗ってもいなかったもんね。ははっ、今更になるけど僕の名前は――」
「なにをしている、イエロー」
と。
重苦しいほど低い声が、響いた。




