第二十二話 冒険者の第一歩
翌日。
引っ越したばかりなので当然だが、今日も今日とて俺達はウィンのための買い出しに町に出ていた。
アケストは港と王都を繋ぐ宿場町とあって、その気になれば大抵のものは手に入る。メインストリートには常設店舗も多く、買い物には困らない――のだが、俺達がまず訪れたのはそんな町の中心部からは少し外れたとある場所だった。
アケストの町を北西から南東にかけて走るハナサ川に沿って北上していくと、町の喧騒が遠くなるにつれて、違う音が聞こえてくる。ハンマーが鉄を打つ甲高い音、焼けた金属を水に突っ込む際の蒸発音、そして職人達の野太い声。じきに見えて来るのは工房『ソブンド』だ。
ここはアケスト唯一の工房で、それ故規模もかなり大きい。話によると働いている職人は現地人とプレイヤー合わせて三十人以上、それでもプレイヤーズギルドがある関係で年中暇無しな稼働率だとか。
「はぁー! おら、工房なんて初めて見るべさ!」
「はは、俺も初めて来た時はなんか感動したっけなあ」
何度来ても良い雰囲気だと、格好良い場所だと思うし。
外で作業している顔見知りの職人に挨拶して、併設されている事務所兼武具店に入る。古今東西、思いつく限りの武具が並べられた広々とした店内には、まだ朝だと言うのに結構な数の冒険者が財布と睨めっこしていた。
俺もそうだけど、武器とか防具って見てるだけでも楽しいからなあ。
ぐるりと見て回りたいところだが、今回はそんな要件で来たわけではない。俺達は真っ直ぐカウンターへと向かった。
何人か働いている中から、髪をお団子にした凛々しい女性を見付けて声を掛ける。
「おはようございます、葵さん」
「おや、あんたらかい。おはよう、今日は何の用だね」
単刀直入を体現したようなこの女性は、この工房で女性用防具を担当している葵さんだ。雫の防具を作ってくれたのもこの人である。
「下取りと、こいつの防具作ってもらいたくて」
「こりゃまた、可愛い子連れて来たじゃないか。このナンパ野郎め」
「はは、そんなんじゃないですって。んで、下取りの方は、この鎧なんです、けど!」
「こっちも、です!」
俺と雫の荷物袋から、どうにかこうにか取り出したのは、重装ゴブリンが身に着けていた鎧一式だ。これだけで総重量二十キロは優に超えるだろう、ここまで持ってくるのは大変だった。
それを見ると、葵さんは「ほう」と感心してみせる。
「こいつは、重装ゴブリンの奴か。あんたらが倒したのかい?」
「いきなり襲撃されて、命からがら撃退したんですよ。なんで、せめて良い値が付いてくれると嬉しいですが」
あれだけ死ぬ思いをして、結局戦利品はこれだけだったからな……これすら二束三文だったら流石に泣けてくる。
「そうかい。うぅん、さて……」
葵さんは腰の工具袋から取り出した小さなハンマーで、鎧の各所をコンコン叩く。そうしてあらかた全体の確認が終わると、「ふむ」とどちらとも取れるような声を漏らす。
「ど、どうですか?」
「安心しな、こいつは結構良い品だ。並の攻撃じゃびくともしないぐらいだ、倒すのにも苦労しただろ。一度鋳潰して再利用することになるけど、これだけのサイズだったら、その子の武器防具を揃えてもまだ余るから、下取りどころかお釣りが来るさ」
「本当ですか! はー、良かった……」
死にかけた甲斐があるというものだ。
詳しい値段とかは作る防具にもよるので一旦横において、まずはウィンの採寸から。雫も付き添いにして、葵さんは二人を店の奥へと連れて行く。
それを待つ間、俺は店内を見て回る。武器も格好良くて気になるが、今の所俺の得物は魔法書なので見るのはもっぱら防具のコーナーだ。
前の戦闘でガントレットに穴空いちまったしな……直してもらうか、それともいっそもう少し良い奴に買い換えるか。だけど、ウィンの引っ越しもあるからあんまり金に余裕は無いし……
俺も財布と睨めっこする羽目に。これは冒険者の宿命なのだろう。
と、そうこうしているうちに、三人が戻ってくる。
「――発展途上」
そして葵さんはこの開口一番である。
「ま、まだ成長してるべさ」
「ぎりぎりCに届かないBだね。見込みは十分あるよ」
「そ、そういう話やめません!? ほら、鋼もいるし! ね!?」
飛び火を恐れて必死に話題を変えようとする雫。まあ、この手の話になると、雫は確実にネタにされるからな。
「鋼がいるからするんだろうに。ほら、言ってやりなよ。私の戦闘力は限りなくGに近いFランクだってさ」
「わーわーわー! 駄目っー! やめてっー!」
「雫さんには勝てる気がしねえべ……完全に別の世界の住人だべ」
「あながち間違ってないけど! そこばっか凝視しないの!」
「は、ははは……」
こっちに火の粉が飛んでこないといいなあ、と祈りつつ、俺はかしましい三人のやりとりを見守るのだった。
■
採寸が済むと、当然どんなタイプの鎧にするかという話になる。
「フルプレートでも軽鎧でも、大抵のもんは作れるけど、なんか希望はあるのかい?」
「はい。ウィンには遊撃役をやってもらうつもりなんで、できるだけ軽くて動きやすい奴を作って欲しいんです」
これについては昨日のうちに決めておいたことだ。以前の襲撃の際も、ウィンはその身軽さで陽動を引き受けてくれた。今後の戦闘に於いても、そういう方面での活躍を期待したいのだ。
防御は雫、火力は俺、撹乱と遊撃はウィン。そろそろパーティーらしく役割分担ができてきた。
「なるほどねえ。なら、やっぱり軽鎧――それも、重い鉄は極力使わない、革製の鎧がいいかな。プレートとして鉄板を仕込むくらいなら、そこまで重くもならないだろう」
「ですか。鉄心の奴が着てる鎖帷子とかはどうなんです?」
「ありゃ見た目よりずっと重いんだよ。あれ着てぴょんぴょん跳ね回る方がおかしいんだ」
おすすめしないねえ、と葵さんは肩を竦める。
そっか。考えてみりゃ鎧よりは薄いとは言え、金属の塊だもんな。たしかに軽いものではないだろう。
「それじゃ、エンチャントはどうする? 付けてみるかい?」
「あれ付けると値段が五、六倍になるじゃないですか……そんな余裕は無いです」
「ははは、ま、初心者のうちはそんなもんかね。しっかし、そうなると下取り分の鉄は随分余るねえ。どうだい、この機会に雫の鎧も新調しちまうってのは」
「うーん、でも私、この装備でまだ二回しか戦ったことないし……遠慮しておきます。余った鉄は買い取っちゃってください」
「そうかい、しっかりしてるねえ。分かったよ、それじゃあ鉄の買取額が、そうだね……二万八千ゴールド。これで文句無いかい?」
「おぉ! 文句無いです、全然!」
予想を遥かに上回る金額に、俺達は三人して顔を見合わせる。一万ゴールドにでもなれば儲け物、くらいに考えていたのだ。
ちなみに、この世界では大体パン一つで百ゴールド。日本の感覚で言えば、一ゴールド約一円といったところか。つまり、およそ二万八千円での買取となる。
……そう考えてしまうと、命張ったにしては安すぎるけど。
まあ、言っても「鎧」としてではなく「鉄」として買い取ってもらうのだ、この金額でも十分すぎるくらいだろう。
「んで、軽鎧の料金が、諸々ひっくるめて一万ゴールドぴったりにしとく。これでどうだい?」
「問題無いです。それでお願いします」
「よし、それじゃあ商談成立だ。早速今日からとりかかってやるけど、完成は余裕見て五日後くらいかな。いつも通り完成次第ギルドまで送ってやるから、楽しみに待ってな。
んでもって、お釣りがこれ。確認しな」
「はい。たしかに受け取りました」
葵さんがカウンターから取り出した紙幣をしっかり数え、こちらの財布にしまう。
ちなみに貨幣も大体日本円と同じ感覚だ。下は一ゴールド硬貨から、上は一万ゴールド紙幣まで。このファンタジー世界で紙幣が流通している、というのは若干違和感があるものの、おそらく王都がしっかりと価値を保証しているのだろう。
っていうか、紙幣が無くて硬貨だけだと、持ち運びが大変で仕方ないしな……
ともあれ、これでウィンの防具については完了したし、予想以上の収入も得た。俺達は上機嫌に工房を出て行くのであった。
■
工房『ソブンド』を出た後は、主に日用品などの買い出しに奔走することとなった。
冒険者の必需品である諸々のポーションや巻物、採取用のナイフ、そしてそれらを持ち運ぶための空間拡張魔法の掛かった荷物袋なんかは勿論のこと、衣服に石鹸に手鏡などなど。張本人であるウィンは「勿体無いからそんなに要らないべ」と遠慮していたが、雫が「絶対必要だから」とばんばん買い漁るという、一体誰の買い物なのか分からない状況に。
まぁ、こうなると思ってたけどな……
案の定、鎧を売って得た一万八千ゴールドなど跡形も無く吹き飛んだ。冒険者準備セットも随分値が張ったし、雫が言うには「女の子は色々大変」らしいので、それも致し方無し。必要経費だと我慢することにした。
にしたって、俺のガントレットの修理費くらい残しておいてくれても……
若干の不満は残るが、それを飲み込むのも度量というもの。結局文句一つ言わずに丸一日付き合って、ウィンの新生活準備はようやく完了したのだった。
ギルドにて解散した後、さて疲れを癒そうかと着替えを持って浴場に向かおうとしたところ、二階のギルド受付前で不意に呼び止められる。
「あ、鋼さん! お待ちしていました、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
覚えのある声に振り向けば、ギルド入会以来色々とお世話になっているユイナさんが受付から身を乗り出していた。
「はい? 大丈夫ですけど、どうかしましたか」
「例のガライドの女の子についてお話がありまして。どうぞ、お掛けください」
「はあ。ガライド?」
言われるがままに受付に腰掛け、俺は耳慣れない言葉を問い返す。
「鋼さん達が連れてきた女の子ですよ。あの褐色の肌、ガライド人という人種なんですよ?」
ご存知なかったんですか? とユイナさんは意外そうに言う。
あー、そう言えば、初めて会った時に雫が説明してくれたような……特に気にしていなかったので、すっかり忘れていた。
たしか、ガライドと言うのはゲーム中には登場しない海の向こうの国だったっけか。人種としては他の人間と比べて肉体がしなやかで強靭という特徴があり、最初のキャラクター作成でも選べた種族だったはず。
ゲーム的に言えば、速度と耐久が高めのバランスの良い物理型。そういう意味では、ウィンは典型的なガライド人なのだろう。
「で、ウィンがどうかしました? なにか、早速粗相でも……」
「いえ、そういうんじゃないんです。ただ、他の方にも言われたかも知れませんが、傭兵でもない現地人がパーティーに加わるというのは非常に珍しい――少なくとも、私が知る限りでは初めてのことなんです」
「そうなんですか?」
そう言えば鉄心も驚いてはいたけれど、そこまで珍しいことだとは。
「ええ、ですからその経緯を報告書にまとめて提出して頂きたいんです。イベント等が発生した場合の報告義務については、ギルド入会時に説明させていただきましたよね?」
「イベント、ですか」
その呼び方は少し――否、かなり引っかかる。
――まるで、俺達とウィンの出会いが、あらかじめプログラムされた一工程でしかないみたいだ。
俺は余程露骨な表情をしていたのだろうか、ユイナさんはこちらの顔を伺うとぺこりと頭を下げる。
「気を悪くされたなら謝ります。ですが、便宜上『イベント』という言葉を使っているだけで、皆さんの関係を貶めて言っているわけではありませんので、ご容赦いただければ幸いです」
「あ、いや、こちらこそごめんなさい。ユイナさんはお仕事なのに……分かりました、とにかく経緯について報告書を出せばいいんですよね」
これは俺が大人げ無かったか。ユイナさんは『NPC』を『現地人』と呼ぶと教えてくれたその人だ、嫌な意図などあるはずも無かったのに。
「ええ、こちらに専用の用紙がありますので、雫さんとお二人でご確認の上なるべく正確に、詳しくお願いしますね。これは特別報告となるので、ちゃんと報酬も出ますから」
「そりゃありがたい。ちょっと今金欠なもので」
「ふふ、ウィンさん、でしたっけ? 女の子の新生活となると、お金もかかりますものね」
上品に微笑んでユイナさんもそう言う。どうやら女性陣の中では共通認識らしい。
ともあれ、俺は差し出された報告用の用紙を受け取る。正直面倒ではあるが、報酬も出るとあらば依頼のつもりでしっかりこなすとしよう。
風呂の前に用紙を部屋に置いてこよう、と席を立つ俺を、ユイナさんが思い出したように引き留める。
「そうだ。これはまだ確定ではないのですけど」
「? どうかしました?」
「近々、ギルドの者の同行付きで、メインダンジョンへ行ってもらうことになると思います。『現地人』がストーリーを進める鍵になっている可能性もございますので、その確認作業というわけです」
「あぁ、なるほど」
「通例かなりの実力者――それこそ、万一ボス部屋に入れたとしても、一人でボスを倒せるくらいの者が同行することになりますからご安心ください。……こう言ったら怒られそうですけど、道中の敵も全部倒してくれちゃうので、ドロップ拾うだけの簡単なお仕事ですよ」
眼鏡をくいと押し上げて、こっそりお茶目な笑みを見せるユイナさん。真面目な態度とのギャップがちょっと卑怯なくらい可愛い。
ま、そういうことなら、精々楽しみにさせてもらおうか。
そんな軽い気持ちで、俺は「分かりました」と頷くのだった。




