幕間 行く者と去る者
ウィンの部屋の手配と(ウィンは現地人なので通常料金となった。手痛いが必要な出費だろう)ギルドについて諸々の説明を終えると、外はもう夕暮れ時になっていた。良い頃合いだったので三人で食事をとり、本日はそれで解散。今後の詳しい方針については、明日以降に決めることとなった。
ウィンを部屋まで送った後、俺は一度自室に戻って準備をして、ギルド別棟の一室へと向かう。ニ四八号室、俺達が住んでいる部屋と同じグレード、つまり初心者プレイヤーだ。
ノックをして廊下で待つことしばし、中から少しやつれた顔の男が現れる、
「よう、久しぶり、裕也。ちょっと痩せたか?」
「鋼か……あぁ、少しな。入れよ、散らかってるけどな」
記憶にある顔より幾らかこけた頬で、裕也は無理矢理笑って俺を招き入れた。
部屋の作りは俺の住む部屋と同じ、中は家主の言に反して散らかっているどころかほとんど何も無かった。
俺を椅子に座らせ、裕也はベッドに腰掛ける。そして枕元の荷物袋に手を伸ばすと、中から休息薬を取り出して「お茶代わりだ」と俺に寄越した。
「お茶にしちゃ、随分太っ腹だな」
「良いんだよ、どうせもう使わない。腐らせるより飲んでくれた方が良い」
「ん、そうか」
その口振りだと、もうダンジョン探索などはする気も無いのだろう。
意外と落ち着いた様子だけど、それでも精神的にかなり来てるみたいだな……
無理も無い。こっちに来てからずっと一緒だった仲間達が目の前で殺され、自分も殺されかけたのだから。
「最近は、どうしてたんだ?」
「寝てばっかだよ。クエスト受ける気にもならないし、弓を持つことなんて尚更だ。ギルドの捜査に協力したりもしたけど、そっちも進展は芳しくない」
「そっか……やっぱり、あの男は見つかってねえんだな」
「ああ。それに、見付けられたとして、あんな化け物誰が捕まえられるんだか……アルフ達には悪いけど、仇討ちなんて柄じゃねえ、俺はもう手を引くよ。冒険者も引退だな」
短かったなぁ、と裕也は苦笑する。
「それも、良いんじゃないか? 俺達もどうしようかって考えてたんだ。まあ、今日になって状況が少し変わったんだけどさ」
「? なにかあったのか?」
首を傾げる裕也に、ウィンのことを話す。話は自然と昨日の襲撃のことや、マロウ家での一週間のことにも及び、気付けば結構話し込んでしまった。
「――っと、悪い、随分長話になっちまったな」
「気にすんなよ、こっちも久々に人とまともに話せて楽しかった。
にしても、さ。お前らはやっぱり、冒険者続けた方が良いんじゃないかな」
裕也は穏やかな口調でそう言う。
「? なんでまた」
「そのウィンって子は、お前らに憧れてついて来たんだろ? そういうのって、ただ強いだけで生まれるもんじゃない。力以外のなにか、惹きつけるものがあったから、親元飛び出してくる気になったんだよ」
「力以外のなにか、ねえ」
「それがなんなのかは俺には分からないけどな。だけど、せめてその子が一人で冒険者名乗れるくらいまでは、お前らも続けた方が良いんじゃないかな」
「ん。そう、かもな」
それが、ウィンを連れてきた俺達の責任でもある。裕也の言うとおり、しばらくは冒険者としてやっていくべきなのだろう。
ウィン自身のためにも、そしてやはり俺達を信じて預けてくれたあの老夫婦のためにも。
「じゃあさ、お前はこれからどうするんだ? 冒険者辞めて、この先は」
「んー、なんも考えてないなあ……俺はお前達みたいに、NPCと仲良くしてこなかったし。そういう意味じゃ、この世界に馴染めて無かったんだよ」
「だったら、お前マロウさんとこで農業手伝ってみたらどうだ? 俺達実際にやってみて、すごく大変だったけどその分楽しかったし、気持ちも晴れたんだよ」
俺がそう言うと、「農業かあ」と裕也はしばらく考え込む。それもまあ当然、現代人にとってはある意味ファンタジー以上に縁遠い世界の話だ。
しかし、しばらく悩んだ末に、裕也は「それもいいかもな」と呟く。
「どのみち、どっかで働かなくちゃなんねえんだしな。だったらお前の紹介があった方が得かもしれねえ」
「ははっ、お前ならそう言うと思ってたよ。というわけでこれ、紹介状な。夏は忙しい時期だから、これ持っていけば明日からでも受け入れてくれるはずだぜ」
俺はそう言って、用意してきた便箋を裕也に渡す。
「お前、これ……最初からこのつもりで?」
「俺なりに心配してたんだよ、これでもさ。俺にできるのはこのぐらいだしな」
「ったく、かなわねえな……分かったよ、明日にでも行ってみる」
裕也は呆れ混じりの苦笑を浮かべるのだった。
そろそろいい時間だったのでおいとますることに。その別れ際、裕也は拳をこちらに突き出して言った。
「鋼、約束しろよ――俺みたいには、なるんじゃねえぞ」
「……約束するよ」
ごん、と己の拳をぶつけ、俺は誓う。
――この先なにがあろうとも、雫やウィンを死なせたりはしない。絶対に、絶対にだ。
俺の答えに満足して、裕也の大きくも小さな背中は、部屋の中へと消えていくのだった。




