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第二十話      逆転の一投

「――いいか? 俺が合図をしたら、まずは奴をこっちに向かせる。それから『そいつ』を投げる。分かったな?」

「分かったべ」


 ウィンは緊張した面持ちで頷く。誇張でもなんでもなく、この作戦は彼女に半分掛かっているのだ、それも無理は無い。


 が、それでもやってもらう他無い。できるのはウィンだけなのだ。

 身を低く、すぐに走り出せる態勢を整え、俺は指で合図を送る。


 三。

 二。

 一。


「――こっち向け! 化け物!」


 ウィンの怒声と共にトマトが飛び、重装ゴブリンに命中する。そしてその瞬間、俺は全力で重装ゴブリン目掛けて走り出す。


 先程のは注意を引くための一発。本命は、この次だ!


「これでも、喰らえぇぇえッ!」


 そして放たれる本命の一投。それは俺の頭上に放物線を描き、振り向いた重装ゴブリンの顔面へと吸い込まれるように命中する。


 ぼんっ!


 先程までとは明らかに違う爆発音が生まれ、重装ゴブリンは苦悶の絶叫を放つ。


 よし、効いた! 大成功だ!


 突如顔面を押さえて蹲る重装ゴブリンに、前線を張っていた雫は戸惑いを見せる。


「え、なっ――」

「雫! 今だ! 右手を狙え!」

「っ、らぁあっ!」


 が、それも一瞬。俺の声ですぐさま気をとり直し、ゴブリンの右手――つまりは棍棒を持つその手に、渾身の力でもってメイスを振り抜く。

 籠手とメイスがぶつかる甲高い金属音と、それに混じる骨が折れる鈍い音。それに野太い悲鳴を重ねて、ゴブリンは棍棒を手放す。


 そして、俺が到着する。


 全力疾走の勢いをそのままに、俺が放ったのは極めて原始的な攻撃――つまりは、全力の体当たりだ。

 通常ならば俺の非力な体当たりなど、平気で弾かれて終わりだろう。しかし今相手は顔を押さえて蹲り、ましてや右手を武器ごと吹っ飛ばされ態勢を崩し掛けている状態だ。そこに俺の肉体弾丸を受ければ、いくらなんでも耐えられはしない。


 どん、と仰向けに倒れた重装ゴブリンの胸の上に即座に飛び乗る。暴れられるより先に、その巨大な顎を下から鷲掴みにして黙らせる。


 後は、とどめを刺すだけだ。


「刺され、鋭き欠片よ……!」


 顎を掴んだ右手の掌に魔方陣を展開し、零距離で渾身の魔力を放つ。

 一発、二発、三発、四発――!

 魔力が尽きるまで撃ち切って、俺はようやく我に返る。跨った巨体は、とっくのとうに動かなくなっていた。


 お、終わっ、た……


 極限の緊張から解放されて、俺は完全に脱力してしまい、こてんとゴブリンから落ちる。


「は、鋼!? 大丈夫!?」

「へ、へへ、勝ったぁ……やったぞ、雫」

「うん、うん……! やったんだよ!」


 俺が力無く突き上げた拳を、雫はぎゅっと胸に抱く。鎧のプレートが邪魔である。

 そうしているうちにウィンも駆け寄ってきて、俺の顔を覗き込む。


「だ、大丈夫かい鋼さん! あわわ、あわわわわわわ! 誰か回復魔法使える人は!?」

「俺しかいねえよ。はは、大丈夫。疲れただけだ」

「はー、なら良かったべ……おら達、こいつをやっつけたんだなぁ……」


 ウィンは俺の横に転がる巨躯を見遣り、しみじみと言う。信じられない、という気分なのは俺達も同じである。


 作戦が上手く決まったのも、半分運だしな……


 流石に少し落ち着いて、俺はゆっくり身体を起こす。俺の背中についた土を払いながら、雫は「それにしても」と首を傾げる。


「作戦ってなんだったの? 私からしたら、戦ってたら急にゴブリンが苦しみだしてびっくりだったんだけど。一体何をぶつけたの?」

「あぁ、それか。ぶつけたのはトマトだよ。それしかねえもん」


 最初に確認した通り、ポーションの類はほとんど無かった。投げられるのはここにある物だけだった。


「でも、ただのトマトじゃあんなに効かないでしょ? なんか爆発してたし」

「ただのトマトじゃ、たしかにな。実は簡単なこった――中身を『沸騰』させたのさ。俺はまだ火を出したりはできないけど、湯を沸かすくらいはなんとかなるからな」


 そう、それが俺の精一杯の『属性攻撃』だったというわけだ。

 俺がそう言うと、雫は感嘆の声を漏らす。


「へええ……なるほど、だからあんなに苦しんでたんだ。そりゃ熱々の汁を顔面に食らったらああなるよね」

「で、お前に棍棒を吹っ飛ばさせたのは保険だな。俺が上手くマウンドポジション取れるか分からなかったから、せめて攻撃力を下げておこうとしたってわけ」

「……ちなみに、失敗したらどうするつもりだったの?」

「何度でもやるだけだ。魔力の続く限り沸騰トマト爆弾ぶつけてりゃ、いつか隙ができると思ったからな」


 まさか一発目で成功するなんて思って無かったが。

 それから、今回の功労者は間違いなくこいつだろう。

 俺はウィンに向き直り、ぐいと捕まえて思いきり頭を撫でてやる。


「よくやったなウィン! お前が当ててくれたおかげだぞ!」

「えへへ、頑張ったべさ」

「本当に凄いよ、お前。――っていうか、正直よくあんな熱いもん素手で持てたな。俺自分で作った瞬間、『こんなもん投げられねえよ』って思ったぞ、正直」


 そこから驚きである。


「そうけ? おらちっこい頃から農作業してっから、手の皮厚いんだべさ。あんぐらい平気だべ」

「そっか。本当、お前が来てくれて助かったよ。二人だけだったらきっと負けてた」

「む。でも、私はまだ勝手に出てきちゃったこと怒ってるからね」


 感謝はしてるけど、と雫。

 ウィンはしゅんと小さくなって、俺はまあまあと宥める。なにはともあれ、この場は一件落着だ。俺は改めて安堵の溜息を漏らすのだった。


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