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第十八話      戦場への闖入者

 目を閉じて深呼吸を一つ。再び開いた目でゴブリン達の状況をもう一度確認する。


 革の鎧に木の棍棒、という通常装備のものが三匹、そしてあの二匹はそれに加えて松明を持っている。一際大きい重装ゴブリンは、その身の丈に合った巨大な棍棒を手にしている。雫の言った通り、遠距離攻撃の手段は無い。


「――まずは松明を持った奴を確実に仕留めて。そうすれば、奴らの索敵能力は落ちるはず」

「下手に松明を落とすと、畑全体が火事になる危険がないか?」

「水遣りしたばっかりで地面も苗も濡れてるし、多分大丈夫。それに、悪いけどそうなったらそうなったで好都合だよ。炎ダメージで重装ゴブリンを倒せる。風向き的にもこっちの林に延焼する危険は無いし、畑一つで済むなら安いものでしょ」

「なるほど。了解した」


 そこまで見据えているとは、大した策士ぶりだ。いつも呑気なくせに、いざとなるとその芯の強さを見せやがる。


 俺は雫の言葉を信じ、右手で松明持ちのゴブリンに照準を合わせる。

 呼吸を落ち着ける。最後にやったFPSはなんだったか。そんなことを考えながらタイミングを計り、呪文を詠唱する。


「刺され、鋭き欠片よ……!」


 頭上に構成した魔方陣から一直線、結晶化した魔力塊が狙い通りにゴブリンを穿つ。小さな悲鳴と共にゴブリンは吹っ飛び、松明も宙に舞う。

 当たった、などと喜んでいる暇は無い。すぐさま第二射を、もう一匹の松明持ちに対して放つ。が、しかし、一匹目を倒したことで混乱が生じ、他のゴブリンが動いたことにより狙いが逸れる。


 くっ、まだまだ!


 続けて第三射。今度こそ命中し、二匹目の松明持ちも吹っ飛ぶ。

 突然の襲撃、更には明かりを失ったことでゴブリン達は明らかにパニックに陥る。無闇に動き回られるのは困るが、こちらを特定できていないのは狙い通り。安全なまま、順調に数を減らせている。


 すげえ緊張感だ……鼓動が落ち着かねえ。脇から汗が止まらない。


 しかし、冷静に、正確に。松明を拾おうとしたゴブリンが狙い目だ、第四射を放つ。場所が固定されている分狙いやすく、その一撃も命中する、


「これで三体……! レッサーゴブリンはあと二匹だよ……!」


 分かっている。弾数にも余裕がある。

 もう一方の松明を拾おうとしたゴブリンを狙い撃つ。距離の遠さで一発は外したが、二発目で仕留める。これでレッサーゴブリンはあと一体、こちらの残弾はあと四発。


 これなら、少なくともレッサーゴブリンはなんとかなる。後は――

 と。

 ボスへの対処に思考を移しかけた、その時だった。



「――お、おら達の畑に入るなーッ!」



 少女の鋭い絶叫が、周囲に響き渡った。

 畑の入口にいたのは、おもちゃのような剣と盾を構えた褐色の少女だ。


「なっ……! ウィン、あの馬鹿……!」

「っ、行くよ鋼!」


 突然の闖入者に、雫の反応は早かった。

 雫は迷いなく安全な林から飛び出し、ウィンのもとに走り出す。俺もそれに続く。しかしウィンの元に向かっているのはゴブリン達も同じだ。


 この場の全員が一点に殺到する。このままでは確実にウィンまで激戦地に巻き込まれることになってしまうだろう。


 だったら、俺が取るべき行動は――!


 俺はその場で急ブレーキを掛け、右手の照準を重装ゴブリンの巨体に合わせる。


「刺され、鋭き欠片よ!」


 相手は鈍重なでかい的だ、走っている最中でも当てることは容易かった。

 しかし、効くかどうかは別問題。魔力塊は確かに重装ゴブリンの胴に直撃したが、その重厚な鎧に弾かれ霧散する。ダメージはほとんど入っていないだろう。


 だが、んなこた折り込み済みだっての。


 重装ゴブリンはその場に止まり、肉に埋もれた小さな目で、こちらをしかと捉える。五メートルの距離があっても、その巨躯が放つ威圧感には圧倒されてしまいそうだ。


「こ、こっちだ着膨れ野郎! 相手してやる!」


 しかし俺は、震える声で必死に煽る。言葉が通じるのかそもそも不明だが、少なくとも気を引くことはできたらしく、重装ゴブリンは進路をこちらに切り替えてきた。


 そっちは任せたぞ、雫!


 二人の無事を祈りつつ、俺は命懸けの鬼ごっこを始めるのだった。



   ■



 ――間に合ったのは、ひとえに雫の判断の早さのお陰という他無いだろう。


 レッサーゴブリンがウィンの頭に棍棒を振り下ろそうとする、まさにその瞬間、雫のシールドバッシュ――否、シールドタックルがゴブリンを吹っ飛ばす。雫とゴブリンは絡まるように畑の上を転がり、がむしゃらな取っ組み合いの果て、雫はなんとかマウントポジションで静止する。そして右手に持ったメイスを力の限り振り下ろし、ゴブリンの頭部を完全に破壊した。


 頰に飛んだ返り血を拭い、生々しい感触に震える右手をなんとか落ち着かせ、雫は振り向く。

 そこにいるのは、半泣きで恐怖に蹲る少女だ。


「……ウィン」

「ひっ! し、雫さん! ぶ、無事でよか――」


 ぱぁん、と。


 乾いた音が高く響き渡る。頰を打たれたのだ、とウィン自身が気付くまで、一秒は間があっただろう。


「っの、馬鹿! なんで出てきたの! 隠れててって言ったでしょ!?」

「へ、だ、だって、やっぱり二人が心配で……!」


 穏和な雫の見たこともない厳しさに、ウィンは戸惑いを隠せない。


「貴方が出てきてどうなるの! 戦えないなら足手まといなの! 分かるでしょう!?」

「だって、だって! だって……」

「はぁ……もう戻って。あれを倒したら私達も戻るから」


 雫はそうとだけ言って、重装ゴブリンに向き直る。視線の先では、鋼が重装ゴブリンからひたすら逃げ回っている。


(レッサーゴブリンは私に任せて、重装ゴブリンを引き付けてくれたみたいね……おかげでなんとかなった)


 自分も加勢しなくては、と向かおうとする雫を、ウィンが袖を引いて引き留める。


「し、雫さん、おら、やっぱり戦う!」

「ウィン……言ったでしょう? はっきり言って、貴方は今は足手まといなの。お願いだから、家で大人しく――」


 雫の言葉を遮るように、ウィンはその場に剣と盾を投げ捨てる。


「雫さん、あいつはのろまだべ。図体はでかいけど、棍棒が当たらなきゃ怖くねえ。おら、走るのは得意だべ」

「……囮役をやるつもりなの?」

「たしかに、おらは戦えねえべ。だけど、石ころ投げて気を引くくらいはできるべさ!」

「危険だよ?」

「それでも! おらだって、皆を守りたいんだべ!」


 真っ直ぐに、ただただ真っ直ぐに言い放つウィンに、雫はやれやれと苦笑する。

 覚悟を決めた少女を止める言葉など、一体どこにあるというのか。


「――ウィン、なら貴方の仕事は陽動と時間稼ぎよ。私が合図を出したら、奴の気を引いて全力で逃げて。自分の命を最優先にしてね? 危ないと思ったら戦線離脱してもいいから」

「分かったべ」


 ウィンは素直に頷く。

 こうして、今度こそ雫は鋼の元へと向かう。新たに危なっかしい仲間を一人引き連れて。

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